乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
うぁぁ、テ、テンポが悪くなってきました。
すいません。
学園祭二日目、昨日の騒動で、極一部の生徒達は不穏な空気を発していたが、それでも学園全体からみれば、微々たるものであり、学園祭自体に影響は及ぼしていない。
オフリー伯爵領の近辺で耳聡い所は、情報を掴み学園にいる子供達には、騒動が落ち着くまで、連休に入ろうともそのまま学園にいるように、と指示を出している家もあった。
オフリー伯爵令嬢の取り巻きの纏め役である、ナルニア・フォウ・ドレスデンは、医務室でエーリッヒに会った後、直ぐに実家のドレスデン男爵領とオフリー伯爵領へ事の経緯を手紙に記したが、定期便のため早くても届くのは本日の昼過ぎだろう。
ミレーヌのオフリーとヘルツォークの争いの許可も口頭であり、その場に居たものは、リオン、アンジェリカ、オリヴィア、エーリッヒ、マルティーナ、ヘロイーゼ、お茶紳士先生にミレーヌを含めた8人だけだ。
ミレーヌの王宮での発表も予定は本日だ。
オフリー伯爵が、派閥から知らされるのも手紙で知るのも大差がないかもしれない。
リオンが開いた喫茶店も初日は騒動が酷かったが、二日目の本日は快適であった。
しかし、リオン達から見たアンジェリカとオリヴィアの様子はぎこちなかった。
リオンが厨房からお茶菓子を受け取ると、レイモンドが話し掛けた。
「あの2人大丈夫なの?」
「昨日のオフリーに言われた事が響いたな。あんなのに惑わされなくてもいいのにさ」
貴族にとって平民は数字だの、ペットだのと罵られた事に起因して、2人は互いに意識しつつも気軽に声を掛けられないでいた。
「暫く様子見だな。直に元通りになってくれればいいが」
「どうかな? 家庭環境の違いは、友人関係を築く上で致命的だと思うけどね」
少々捻くれた見方かも知れないが、レイモンドの言う言葉にも共感出来る部分があることを、リオンは否定出来なかった。
単純に所持している金額の多寡によってさえ、価値観にズレはどうしても生じてしまう。
「2人の関係にはわたくしも中々、後でオリヴィアさんに話はしてみますが……」
食器を下げにきたマルティーナも独特な2人の関係には、中々踏み込む事が出来ない。
「マルティーナさんは、こんな所で呑気に給仕していていいの?」
ダニエルが、昨日オフリー伯爵令嬢を血に沈めたマルティーナにおっかなびっくりと疑問を投げた。
ダニエルやレイモンドは、事の詳細をリオンから聞いているので、気になって仕方がなかった。
一言、オフリー伯爵家とヘルツォーク子爵家が戦争する事になったとだけではあるが。
こんな所とは何だ、とリオンは心中でダニエルを睨むが、リオンもそれは疑問なので黙って耳を傾ける。
「エーリッヒ様が、昨日から今朝まで忙しく動いてます。早朝にはヘルツォークへ向けて、情報を纏めた物を戻ってきた駆逐艦に渡してましたから。わたくしは特にする事がないので、本日はリオンさんの喫茶店で働くようにと。自分は解説の仕事があるからと言って」
しっかりと休んで欲しいとでも言うように、マルティーナは溜め息をつく。
エーリッヒはアトリー邸から戻った後に手紙に情報を纏め、第一報を届けてとんぼ返りしてくる駆逐艦を待った。そして纏めた第二報を早朝、駆逐艦の艦長に渡して、本日は学園祭に顔を出していた。
学園祭最大の目玉は、最終日の明日に行われるエアバイクレースだが、本日は鎧のトーナメントがある。ただし、エーリッヒは解説者として急遽2学期が始まってから依頼されていたのだ。
それを行う事によって、各種目参加は免除。学園男子は学園祭で行われる各種目の一つにエントリーをしなければならない。
そして学園祭実行委員の選定を経た人物が選手となる。そこから漏れれば、学園祭を見て楽しむだけでも済むというわけだが、選手として活躍すると婚活に有利になるので、男子は皆が真剣だった。
エーリッヒも鎧のトーナメントにエントリーしたが、実行委員から丁重にお断りされてしまった。実績が有り余り、勝敗が見え過ぎて賭けにならないと泣いて頼まれれば受け入れざるを得なかった。
「オフリー嬢は学園の医務室で入院だし、情報伝達に差が出るね。本来オフリー伯爵領は王国本土に近かった筈だけど、王宮からの発表以降かな」
レイモンドが呟く声がリオンにも聞こえた。
「本来ならそうだろ。リックの動きが早いだけだ。ミレーヌ様からの許可も直接聞いていたしな。ヘルツォークは遠いから特に急いだんだろ。呑気に発表を待っていたら、ヘルツォークが知るのは明日になる。それはさておき、お嬢様方を休憩にでも出すか」
アンジェリカやオリヴィアとは別としても、エーリッヒの体調を心配しているマルティーナも精彩を欠いている。
「それもいいかもね。お客も捌けてきたし。それよりもこれって確実に赤字じゃない? 内装費はリックだけど、この茶器の分絶対回収出来ないでしょ」
「いいんだよ。最終日のアレで稼ぐから」
「アレって…… エアバイクレース!? 賭けじゃないか! リオンは賭け事が好きだよね」
全ての種目は賭け事の対象であるが、一番金額が大きく動くのはエアバイクレースである。リオンも明日は喫茶店を開かずにエアバイクレースに集中する。
ルクシオンの情報解析能力を最大限に活かして、賭けで儲ける算段だ。
「俺は、勝てる勝負が好きなだけで、賭け事は嫌いだよ」
(寧ろリックのほうが博打打ちじゃないだろうか?)
エーリッヒは、普段の穏やかな人物像からはかけ離れた戦歴だ。
以前興味本位で、ルクシオンにラーシェル神聖王国のフライタール辺境伯との戦争の意見を聞いてみたことがある。
『成功したから良いものの本来なら間違いなく、フレーザー侯爵家の援軍を待つのがセオリーです。時間はフライタールの敵であり、ヘルツォークの味方。加えてホルファート王国領内です。フライタールは勝手に干上がるでしょう』
「でもフライタールのあの数なら負けると思うだろ。事実フレーザーは遅れていた。その隙にナーダやバロンを落として籠られていたら厄介だぞ」
『しかしヘルツォークは落とされなかったでしょう。その前にフレーザーは到着。時間がかかれば王国軍の投入です。ナーダ、バロンは落ちますが、ヘルツォークにとっては安全策でした。フライタールが真っ直ぐヘルツォークに向かっていれば、また別ですが』
しかし近隣の貴族家を時間稼ぎの捨て駒には、リオンだってしたくない。
『マスター、あれは博打です。フライタールが想像以上に疲弊してもいました。その情報把握と予想の正確さは素晴らしいと思いますが、為ればこそ時間稼ぎがセオリーです。その状況ならナーダ男爵領の浮島を使用して、遅滞防御でよかったはず。理解に苦しみます』
「住民を巻き込みたくなかったんだろ。ナーダの浮島をフライタールが目にしたら、死に物狂いにでもなるとか考えたんじゃないか?」
『感情の起伏は、時に理解に苦しみますが……』
リオンの予想も正しいが、ヘルツォーク自身も当時は相当焦っていたという事実もあった。
ナーダとそこまで事前協議なども到底不可能でもあった。そもそも孤立無援に近いヘルツォーク子爵領は想像以上の危機感を抱いた。
しかし、ルクシオンからみたら、博打要素が大きすぎると感じる作戦だった。
今となっては過ぎた話でもある。
リオンは女性3人に休憩を言い渡し、喫茶店を開きはしているが、可能な範囲で片付けを始めだした。
☆
「いや、でも凄い儲けですよね、これ」
ヘロイーゼちゃんは賭けの儲けに驚いている。
「解説の立場がよかったよ。事前に選手を控え室とかで見れるから、オッズなんか気にせずに選べたから」
誰が強いか、どちらが強いかは見れば大体わかる。表情の具合で緊張度合いも判断可能だ。
対戦相手同士を見極めればいい。
立ち合いの段階では、締め切られているので、その前にヘロイーゼちゃんに賭けの申し込みを頼めばいい。
2回程外れたが、後は全て当てている。1万ディアで始めた賭けが、既に200万ディアを超えている。白金貨だと50枚になるか。
ヘロイーゼちゃんには、お駄賃で10万ディアを渡していた。
今は、トーナメントも終わって、ベンチで休憩を2人でしていた。
「私、こんなに貰っていいんですか?」
「僕が動けないからね。あ、でもイーゼちゃんに専属使用人を買われたら悲しいけど」
「リックさんに嫌われたくないから買いませんよ。それに女子グループと離れたから、そんな流行りというか、ステータスを追う意味も無いですし」
ばつが悪そうにそっぽ向くヘロイーゼちゃんに苦笑する。
☆
ヘロイーゼちゃんから聞いたことで少し驚いた事がある。それが専属使用人を買う行為の詳細だ。
見目の整った専属使用人にチヤホヤされるのは、もちろん嬉しいが、皆が持っているので、いないと恥ずかしいのも理由の一つにあるそうだ。
しかし、人気が高い専属使用人は金持ち達に取られる。
女子グループにも大きく分けて3つ程のグループがあり、一番手は一部の伯爵令嬢や金持ちの子爵家の女子。二番手は子爵家や余裕のある男爵家の女子。そして、かつてはヘロイーゼちゃんも所属していた、三番手の貧乏男爵グループと一部貧乏子爵家の女子だ。
一応、マルティーナやミリーさんにジェシカさんもここに所属だが、専属使用人が最初からいないため別枠らしい。
「好みや人気が高い専属使用人は、上に持ってかれて私達はその余りなんですよ。金額も抑えられますし」
との事だ。あくまでファッションらしい。しかし、彼等もプロなので、ご主人様には精一杯仕える。
女子も例え自分の好みとは違えど、甲斐甲斐しく世話を焼かれりゃ情も湧く。そのうち好きにもなるという寸法らしい。
中にはこの長期休暇で、決闘騒ぎの賭けに負けて専属使用人を手放した女子のなかには、今後専属使用人を雇うかどうか考える子も、数は圧倒的に少ないが出始めたとか。
「グループの付き合いで大概の子が、またお金が貯まれば買うと思いますよ」
まぁ、付き合いならそんなものだろう。一月以上も専属使用人から離れたヘロイーゼちゃんは、もう興味もないし、女子グループから離れたのでいらないとの事だ。
それなら服やアクセサリーを買い、美味しいものが食べたいだって。
もうお兄さんが奢っちゃう! 俺は末期かもしれない。
お小遣いを貰わずに逆にあげちゃう俺は、専属使用人として超一流かもしれない。お駄賃で1,000万円を渡せる俺、あぶく銭だからいいや。
事は全てエレガントに運べ。
☆
「それでも桁が多いような……」
「いいのいいの。身動き取れずに参加出来ない所を頼めたんだから、僕もかなり助かったよ」
拘束されるから賭け札を買いにいけない。だから代わりに行って貰ってるんだし、勝ってるから別にいい。
正直半分渡したって構わないが、さすがにそれは遣り過ぎだろう。
「でもグレッグさんは2位でしたね。優勝するかと思いましたけど……」
「上級クラスの3年生の壁は厚かったね。意地もあっただろうし」
殿下は剣術のトーナメント、ブラッドは魔法競技、ジルクはエアバイクレース、剣豪の称号持ちのクリスは剣術トーナメントに出られなかった。
だから何に参加してるかは知らない。
「でもあの、戦争ですよね? 学園祭に出てていいんですか? テンション高めでしたけど、午後過ぎてから何かお疲れですし……」
純粋に心配してくれるヘロイーゼちゃんにときめくな。他の学園女子なら、私を使って儲けたんだから7割寄越しなさい! とか言われそうなんだが…… この子、何で学園女子のグループに所属出来てたんだろ?
1学期にお茶会で、プレゼントして唯一つお礼言われた女子って誰? って聞いたら、ヘロイーゼちゃんだって男子達が言ってたし。
最近仲良いから、男子達に羨ましがられるのが嬉しいのは秘密だ。
「ちょっと昨日の夕方から徹夜で色々してたからね。後はヘルツォークからの情報待ちだよ。明日の早朝には届くんじゃないかな? 時期を合わせて合流するよ」
予想は、明日の夕方に動いて深夜に合流。そこから一気に夜間航行だな。想定空域で早朝に決戦。オフリーがモタモタしていたら、戦闘空域はオフリーの浮島近くだな。
「あ、あのぉ、も、もし良ければ少し休んでください」
俺の袖をちょんちょんと摘まんで振り向かせてから、ポンポンと自分の膝を叩いてから手を広げるヘロイーゼちゃん。
え? 膝枕!? マジで!! ヘロイーゼちゃんを見ると、コクコクと頭を縦に振っている。
「じゃあ、借りるね…… おぉ、柔らかくて気持ちいい」
「か、感想は恥ずかしいです。ふふ、暫く休んでください」
頬を染めて気恥ずかしそうに笑うヘロイーゼちゃんは天使だな。ちゃんと胸の起伏もあるし、そのため覗き込まれないと顔も隠れる。中々逸材だな。
ティナとは感触が違うなと感じたが、予想よりも寝心地が段違いに良かったため、そのまま寝落ちしてしまった。
☆
夕方を迎えた頃、2日目の学園祭の種目も終わり、屋台で買い食いしたりお喋りに興じる人達で溢れている。それも後1時間もしたら、片付けが始まり出すだろう。
そんな時間帯に学園の医務室を訪れる50代の男性の姿があった。
医務室のベッドには、オフリー嬢が寝かされており、顔全体は包帯で包まれている。意識はあるが男性を見て震えていた。
「王宮からの発表も聞いた。ドレスデン男爵のお嬢さんからも話を聞いた…… ふぅ、言いたい事は山程あるが、事が済んだ後はお前は勘当だ。学園も辞めさせる」
オフリー嬢に勘当を言い渡した人物、それはオフリー伯爵その人であった。
ドレスデン嬢は既にここにはおらず、学園祭での役目があると言ってオフリー伯爵からは離れていた。身の危険を感じたのか、利用される事を恐れてかはわからないが、学園祭に紛れて身を隠していた。
仮にオフリーにとって上手く落とし処が得られたとしても、もう自分の娘と家族でいられる事は出来ないだろう。フィールド辺境伯との縁談も破棄になり、此度の騒動の引き金となった娘だ。
派閥の重鎮達には、玩具としてすら差し出せないだろう。利用価値どころか、存在が害悪に成り下がっていた。
与えた言葉には温情があるように思えるが、実際は処刑一択だ。後考える事は、死体の使い道ぐらいだろう。ヘルツォークの気を沈めさせるために、首を差し出そうとも考えている。
「おい君、娘は連れていく」
「い、いえ、まだ治療が……」
もはや治療なぞいらんと内心オフリー伯爵は思ったが、表情には出さず、治療は当家でするといい医務室から連れ出していった。
オフリー嬢は付いてきたメイドに任せて、オフリー伯爵は執事と学園を歩きながら話をする。
「あの馬鹿娘は王妃様まで罵倒した。この戦争は王妃様のお墨付きで、もはや派閥も口出し出来ない。落とし処はどうする?」
「とにかく艦隊を用意して、決戦前に交渉。もしくは互いの艦砲射撃後に、すかさず交渉に持ち込むしかないでしょう」
執事の言葉に渋面でオフリー伯爵は頷く。
「ヘルツォークには勝てんか?」
「とんでもないですぞ旦那様。あそこは武力だけで長年の冷遇を耐えて乗り越えてきた家です。あそこは今や三十隻は投入してくるかと…… 王国本土寄りの武力が少ない家が、あそこと戦うなど正気ではありません。そもそもああいう所とは、金の力で政治闘争に持ち込むのが王道。あそこは特に王宮内の力は最弱と言っていいでしょう」
金持ち喧嘩せずは王道だ。揉め事は金で解決する方が、規定以上の武力保持などよりも余程効率がいい。
それを金持ちの側から破るなどは相当の準備後でなければあり得ない手段だ。
意図が何であろうが、引き金を弾いたオフリー伯爵家は、王宮に泣き付く事も出来ない。
「父と私で漸くここまで来たというのに…… 馬鹿息子は30を過ぎて未だ貴族の嫁も貰えん。ラーファン子爵家の上の娘との縁談が、難航しているという時だというのに。また貴族の血を取り入れられないというのか!!」
「ラーファンの末娘は殿下達がいて近付けませんからな…… その件は置いておき、先ずは戦力の準備をしましょう」
フィールド辺境伯の血、ラーファン子爵家の血で、貴族として漸く磐石の体制を得られただろうという時に娘が多大な失態を犯した。オフリー伯爵が王宮からの発表を聞いた時には、眩暈がして倒れるかと思ったぐらいであった。
「お前は寄子と我が領の飛行船を動かせ。私は王都の民間護衛組織を騙してでも用意する」
「寄子なぞドレスデンの一隻ぐらいですぞ。当家で十二隻程度かと」
「全てだ! こちらで二十隻前後は何とかするしかあるまい」
そもそもが、有事の際は金で十隻雇えばいいとの算段だった。そのため十二隻しか常備していない。
兎に角数を揃えられなければ、交渉の糸口さえ掴めない。オフリー伯爵は王都を奔走する事になるのであった。
(最悪空賊を頼る事も視野に入れるか)
証拠が残るような事案に空賊を関わらせたくはなかったが、非常時なので仕方がないと割りきる。
しかし、後日オフリー伯爵は気付く事になる。その空賊が娘の指示で、既に略奪の準備をしているという事を。もはやその空賊に対して略奪を止められる段階は、過ぎているのであった。
いずれどこかで、グレッグの解説試合でもしてみようかと。