乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
何か書いてみました。
学園祭2日目の夕方、アンジェリカとオリヴィアが屋台でクレープを買って食べていると、面白い光景が飛び込んできた。
「ア、アンジェ、あれって!?」
「エーリッヒとマル…… じゃない、ヘロイーゼ嬢か!?」
ベンチでエーリッヒが、ヘロイーゼに膝枕してもらっている所を2人は目撃してしまった。
その驚きで、2人のギクシャクした空気が取り払われたのは幸いなのかは、誰にもわからなかった。
「エ、エーリッヒさん寝てますね。ヘロイーゼさんは嬉しそうに撫でてますし……」
オリヴィアは顔を赤くして、恥ずかしいのか手で顔を隠しているが、指の間からしっかりと覗いていた。
「エーリッヒの奴、マルティーナに見られたらどうする気なのだ」
アンジェリカは、マルティーナが現状を見てどう動くのかが予想出来ず、額に手を当てて呻いてしまう。
昨日のオフリー伯爵令嬢を血の海に沈めた姿を思い出すと、アンジェリカでさえ身震いしてしまう。
「あ、あとあれです。最近はクラリス先輩もエーリッヒさんを熱い目で見てますよ!」
オリヴィアは昨日やリオンの浮島での事を思い出してアンジェリカに伝えた。
「そうだな…… クラリスもあいつに執心していたな…… エーリッヒもわかっているだろうに何でこう隙の多い。リビア、巻き込まれたら敵わんからさっさとここを離れよう」
「え、あ、そうですね。邪魔しちゃ悪いですし」
自分達が邪魔になってはいけないと照れながら言うオリヴィアに、アンジェリカはホッコリとし、やはりオリヴィアとはこのような関係でいたいと願うのであった。
この後日談をどうしようかな?
学園祭3日目、駆逐艦が運んできたヘルツォーク子爵領からの手紙で、エーリッヒはヘルツォーク子爵軍の詳報を知り、昨夜纏めておいた鎧と駆逐艦を使用する攻撃プランを渡した。
夕方には出発して合流予定である。
ヘルツォーク子爵領からの宣戦布告は、本日夕方にオフリー伯爵家及びその近隣に発布予定とし、王宮へはバーナード大臣に昨日渡した正式な書状が本日午前、大臣より提出される。
段取りを済ませたエーリッヒは寝不足であったため、エアバイクレース競技場を見下ろせるラウンジにて、マルティーナの肩を借りながら、うつらうつらと船を漕いでいた。
「勝つって楽しいね! はーはっはっは」
リオンが札束や金貨に銀貨をテーブル積み上げて高笑いしていた。
「お前という奴は、本当に周りを煽るのが好きだな」
「リオンさん、賭け事をやり過ぎたらいつか痛い目に遭いますよ」
周囲には大金を賭けて負けた学生も多い。リオンの高笑いを、憎しみの籠った目をしながら聞いている者も多かった。
「んぁ!? な、何だ? リオンの笑い声が!?」
「もう、リオンさんのせいで、エーリッヒ様が起きちゃったじゃないですか」
マルティーナの肩からビクッとしたエーリッヒが、周囲を見渡していた。
「ごめんごめん、マルティーナさん。リビアにアンジェも大丈夫だよ。 負けないし、一回か二回負けても全然問題ないくらい勝ってるから」
リオンが座るテーブルは目映く光輝いている。リオンの正面に並んで座るオリヴィアとアンジェリカは、苦笑しながらリオンの様子を見ていた。
エーリッヒとマルティーナは、リオンと背中合わせに座っていたため、リオンの高笑いを一番近くで聞いてしまったのだった。
「リックさんは今回、賭けはしないんですね?」
エーリッヒとマルティーナの向かいに座ってドリンクを飲んでいたヘロイーゼが、起きたエーリッヒにジュースの入ったグラスを差し出しながら質問する。
「んー、エアバイクレースはよくわからなくてね。複雑だから観戦に徹底かなぁ。ジルクとか優勝候補の人の単勝に賭けても大した儲けにならないから」
2人の単勝比率はオッズ比が高いので、のんびり観戦でいいとエーリッヒは考えていた。
「リックは昨日荒稼ぎしてたからなぁ。解説にかこつけて上手い事やったな」
「いや、既にリオンのほうが儲けてるじゃないか。やっぱりエアバイクレースの賭けは凄いな」
エーリッヒは肩越しにリオンのテーブルを見るが、どう見てもエーリッヒが昨日儲けた白金貨50枚の価格を超えている。
「だろ! 笑いが止まらないね! うひゃひゃひゃひゃ」
リオンの高笑いがさらに響いて、アンジェリカは呆れ顔をし、オリヴィアは苦笑していた。
☆
リオンの高笑いを聞きながら、そういえば次はジルクのレースだなと俺は競技場を見下ろした。
「エアバイクレース実行中は、もうほとんど実行委員の手を離れるので、クラリス先輩もここに顔を出すんですよね?」
「問題が起こったらそうは言っていられないだろうけどね。確かそんなこと言ってたな」
ラウンジで観戦する事は伝えていたから、顔を出すだろう。何だかんだで、未だクラリス先輩の事を呼び捨てには出来ていなかった。オフリーとの戦争後かなぁと考えていると、レースの様子に変化が現れた。
「ジルクの奴、マークされているな」
ジルクは優勝候補だが、そのマークのされ方が徹底しており、ぶつけられたりしている。
「潰す気か…… あれって……」
正直面識はほとんどないが、クラリス先輩の取り巻きだったか? 優勝候補の人ではない人達だな。
「クラリスの取り巻き達だ」
アンジェリカさんも気づいたか。
レースが中盤から終盤に移行するとジルクは勝負に出て、無理矢理アクロバティックな操縦で囲みを抜け出し、次々に他の選手達を追い抜いていった。
「なんかあいつだけ違法改造したバイクみたいだな」
リオンの呟きには俺も同意してしまう。レース規定バイクをボアアップしてリミッターカットしたみたいだ。
全く、集合チャンバー泣かせだな。
ジルクはギリギリの差でトップに立つことは出来たが、ゴール後には担架で医療関係者達に運ばれていった。
「どこ行くの?」
「これでも1年の纏め役だからな。ジルクの怪我の様子を確認して、必要なら代役を用意する。実行委員と話をするさ」
リオンとオリヴィアさんが、出ていこうとするアンジェリカさんに付いていこうとするので、俺達も付いていった。
実行委員といえばクラリス先輩も関わる事になる。様子を見ておこう。
☆
医務室に着くとマリエの泣き声が響いていた。
ベッドに横になるジルクにすがり付き、ガン泣きしている。
「大丈夫ですよマリエさん。私はこの通り無事です」
医務室には、殿下とショタエルフのカイルだけであった。他の3人は選手として出場するので、この場にはいない。
この5人は何種目出場してるんだろう?
「代役を立てるしかないか」
1年生の実行委員と話をしていたアンジェリカさんはそう言うが、誰を代役に立てるかで揉めている。
「3日もあれば脚の骨折が治るんだって。凄いよね」
リオンがオリヴィアさんに、確認するように小声で話しているのが聞こえてきた。
確かに凄い。オフリー嬢の顔の骨折も今日か明日には治るのかな? 治った所で首と胴が離れるだろうけど。
なんかリオンとオリヴィアさんが、イチャつき始めた。ちょいちょいこの2人はイチャついているな。
げんなりしているとマリエの声がさらに響き渡る。
「エアバイクレースは賞金も高かったのに! 私の賞金がぁぁああ!!」
いや、お前の賞金じゃないだろ! それとも賞金はマリエに貢がれるのだろうか?
「大丈夫だマリエ! 俺や皆が他の種目で優勝するから」
殿下は男前だが、その賞金をマリエに貢ぐ宣言している。男前なのに。
全ての種目で賞金が出るが、その額は数万ディア、数百万円だ。エアバイクレースは破格で30万ディア、三千万円にもなる。
成人しているとはいえ、まだ十代なのに貴族って凄いわ。
「他の競技じゃ全部手にいれてもエアバイクレースに届かないじゃない! うわぁぁああん!」
「申し訳ありません。まさかここまでするとは思いませんでした」
ジルクがマリエに対して申し訳なさそうに表情を歪めている。
「本当よ。上級生も酷くない? 慰謝料を請求してやるわ!」
そりゃ困る。クラリス先輩の責任問題になりそうだ。
「ねえエーリッヒ様、さっきからラーファンの娘はお金の話しかしてませんが」
マルティーナは、未だマリエに含む所があるのか名前で呼ばないな。リオンもお金の話しかしないマリエに疑問を抱いていた。
裏山育ちの山猿だからお金は大切なのだろう。マリエは可哀想な奴なのだ。涙が出そう。あいつ本当に貴族なの?
「ジルクは大丈夫なの!?」
そこにクラリス先輩が、取り巻きの男子達を連れて医務室に入ってきた。
☆
一瞬医務室の場が凍った。ジルクの元婚約者がクラリス先輩であると皆がわかっているからだ。殿下とアンジェリカさんがいる事も、それに拍車をかけている。
しかし、アンジェリカさん達数人は、クラリス先輩がジルクを気遣うような声をあげて医務室に入ってきた事に、少し違和感を抱いたみたいだ。ちなみに俺も。
「クラ…… いえ、アトリーさんですか……」
そういえば、名前を呼ぶなってクラリス先輩にジルクの奴は言われていたな。
「クラリス、先程のラフプレーはお前の取り巻きの仕業だな?」
「ええ、そうね……」
アンジェリカさんの問いにクラリス先輩が顔をしかめて答えている。これ以上認めると不味いな。
「お前の指示か?」
「……そ、んんっ!?」
「あーっと、アンジェリカさん、ちょっとジルクと話があるのでいいですかね?」
答えようとしたクラリス先輩の口元に手を当て、口を塞いで話に割り込んだ。
「ん、んー!?」
「ちょっと黙ってて下さいね。いいですかアンジェリカさん?」
「私は別に構わないが」
アンジェリカさんはジルクを見る。マリエが泣き顔でおっかなビックリしながら、こちらの様子を伺ってきているのが笑える。
「君が私に何を?」
「あ、じゃあ、えーと、他の人達はみんな医務室から出て下さい。殿下達やリオン達、クラリス先輩達は残っていて構わないので」
医務室のベッドには幸いジルクだけであったので、俺達の関係者以外にいた実行委員達は外に出てもらった。
「それで、何でしょうか?」
さて、問題にする気はさらさら無かったが、ちょっとしたカードを切ろう。
「ずばり、この怪我はお前自身の操縦ミスという事にして、取り巻きの先輩方の責任は問わないでくれ」
俺の無茶苦茶な言葉に皆が絶句している。いち早く抜け出したのはお金大好きマリエだった。
「あ、あんたねぇ、何、無茶苦茶な事言ってんの! 慰謝料払いなさいよ!」
金を払えばいいのだろうか?
「堂々とした不正行為は見逃せないぞ」
アンジェリカさんはお堅い。
「リック君! 取り巻きの責任は……」
「任せて下さい」
クラリス先輩が取り巻きの行為の責任を取ろうとするので、唇に人差し指を当てて、今度はやんわりと言葉を塞いだ。
唇の感触がプニプニしててドキドキする。
「まぁ交渉だよジルク。決闘には、異議申立て期間があるのは知ってるよな?」
俺のこの言葉に首を傾げるマリエとヘロイーゼちゃんがシンクロしている。
止めて! そこで仲良くならないでね!
殿下やアンジェリカさん、それにジルクは気付いたが、だから何だという顔をしている。
「勝ったほうからも、もちろん異議申立ては出来るんだよ。負けたほうの当事者、その当事者が死んだ場合は遺族側が申し立てる事がほとんどだがな」
決闘自体に疑義や不正が無かったかを調べる権利だ。決闘は王国で認められている。だからこそ正当でなければならない。
神聖な決闘に不正は卑劣な行為だ。そこには慣例も適用される。グレーなラインは異議申立てで論争になる。
そもそも決闘は勢いで始めるから、調べたらそこそこ異議申立ての記録があった。
「はて? 私が君に何か不正でも」
こいつは絶対に気付いてるし、自分達が負けてさらに殿下や自分の立場が下がったから、しらばっくれようとしていたのだろう。
勝っていた場合は、今から俺が言う事実を突かれても強権で潰したはずだ。
「いやぁ、決闘でガチガチの実戦装備はアウトでしょ。高威力のライフルなんか即失格。高威力の魔力弾頭ももちろん駄目」
苦虫を噛み締めたかのような表情をしているジルクを見ると溜飲が下がる。次いでに怪我してるしね。クラリス先輩の気持ちを思うと、まあこのくらいは罰を受けろと思ってしまう。
「あぁ、あれはリックだから問題にならなかったのか。被弾しなかったし」
「リオン、あれを一発でも食らったら、僕は死んでいたよ」
「そりゃきついな」
リオンが茶化し気味に相槌を入れてくれたのには助かる。
「ジルク、お前この事実を異議申立てで争って、もしお前に非があると認められたら、今度は卒業後の爵位すら剥奪されるぞ」
「でもあんたは無事だったじゃない!」
俺は被弾せずに五体満足だという事実をマリエが突っかかってきた。
「マリエ、これは結果の問題じゃない。決闘に際する作法とルールの問題だ。恥の上塗りになる…… ジルク」
殿下が止めてくれた。そう、例え俺が無事でもそこを突っ込まれたら問題だ。
「はぁ、わかりました。あの時はそれでも勝つためには構わないと思いましたから。この怪我は操縦ミスして無茶したせい。これでいいですか?」
だからその潔さはもっと上手く使って欲しかった。そうしたらクラリス先輩も泣かずに済んだというのに。
「では、僕も異議申立てはしないと約束しましょう。書面にするかい?」
「いいえ、けっこうです。ヘルツォークの方々の義理堅さは存じていますよ」
狡い言い方だ。絶対にこちらが守りたくなるじゃないか。
「という事ですよ。……クラリス」
呼び捨てにした瞬間、多少驚いたように目がほんの少し見開かれた。
「あ、ありがとうリック君」
少し遠慮がちに胸に飛び込んできたクラリスを優しく抱き留める。
元々使う予定の無かったジルクへのカードで、クラリスを助ける事が出来たんだから、寧ろこの感触は役得だな。
「先輩方も、寧ろナイスプレーでした。ジルクはざまあみろと言った所ですね」
ジルクは肩を竦めている。こんな状況でも格好をつけて様になるのが頭にくるな。
「ヘルツォーク男爵、すまない。いや、決闘の件も含めて本当にありがとうございました」
代表してエアバイクの優勝候補の先輩が礼を述べてくれた後、ありがとうございますと他の取り巻きの先輩方も頭を俺に下げてくださった。
マルティーナがその光景を嬉しそうに眺めている。俺が認められる事って少ないもんね。
ヘロイーゼちゃんやリオンは、男衆が頭を下げた瞬間ビクッとしてるのが笑える。意外とこの2人も相性良さそうだ。
リオンにヘロイーゼちゃんを取られないよう気をつけよう。
「しかし、代役はどうするか? 立てられないとアンジェリカの評判に関わるな」
殿下が代役の件を言及する。確かに1年の取り纏め役のアンジェリカさんの名が傷つくな。
仕方ない、ジルクも提案を飲んだ事だし、全て綺麗に纏めるには出るしかないか。
バイクなんてRZ350以来だな。ナナハンキラーは伊達じゃない! 集合チャンバーで鼓膜破壊してやるぜ!
「それなら俺が出るよ。アンジェの評判が傷付くのは困る」
前世を思い出してテンション上がっていると、アンジェリカさんの本当の王子様が手を上げていた。
偽物だった殿下はマリエを宥めている。
☆
「バルトファルト男爵も済まない。手間を取らせてしまって」
「いいんですよ。エアバイクレース楽しそうですし…… あっ!? エンジンに細工されてる」
リオンが代役になり、学園規定のエアバイクを使用するため賭けが大いに盛り上がりだした。
エアバイクが置かれている格納庫にリオンと俺、そして優勝候補のエアバイク先輩と来ていた。
まさかエアバイクに細工するとは。
「大丈夫なのかリオン? それに僕のほうこそ済まないな。最後お前に迷惑掛ける形になってしまって」
「それを言うなら俺達が、お嬢様に内緒で勝手にジルクを攻撃したのが悪い」
「いや、あれはぶっちゃけスカッとしましたよ」
リオンも見てて楽しめたようだ。やっぱりクラリスは関わっていなかったのか。
率先して指示していても俺は構わなかったけど。だってあいつ酷いし。
「ジルクにはあれぐらいやっていいですよ。僕も半分取り巻きみたいなものだから、先輩方を見習うようにしよう」
「ヘルツォーク男爵がお嬢様の取り巻き? 本気で言ってるのか?」
何だ、仲間に入れてくれないのか? 寂しいじゃないか。
「あ、そいつたまにアホになるんで先輩は気にしないでいいですよ。そろそろ俺の勘だと刺される気がしてるから」
リオンが変な心配をしている。
「ふっ、鍛えているし戦闘経験は豊富だ。何の問題もない」
「そういうのじゃないんだよなぁ。まぁいいや、こっちで調整するからリックはラウンジに戻っていいぞ。先輩も大丈夫です」
俺を悲しみの向こう側へ連れて行けたら大したもんですよ!
☆
リオンが参加した途端、多数の妨害にあってハラハラさせられたが、リオンはその妨害後に驚異的な加速を見せてエアバイク先輩に僅差で勝利した。
どっかんターボみたいなヤバい加速をしたと思ったら、エアバイクが空中分解して、エアバイク先輩に助けられていた。
リオンが勝った瞬間、競技場が賭けに負けた大多数の生徒の阿鼻叫喚で埋め尽くされていた。
自分に賭けたリオンは大儲け。
俺も義理みたいな形で、リオンとエアバイク先輩の連勝、それぞれの単勝に賭けたら大儲けしてしまった。
昨日の儲けの白金貨を40枚を連勝に20枚、単勝にそれぞれ10枚賭けた。
儲けを10枚ちゃんと抜いておく俺はセコいなぁと思っていたら、結果として白金貨が500枚になってた。
20億とか、やっぱり貴族は頭おかしいな。
「あ、あんた達何なのよその金額は!?」
「自分に賭けた」
「リオンに賭けてみた」
マリエの驚愕を鼻で笑えたのが面白かった。
リオンが自分の儲けを見せびらかしながら、嬉々として賞金の30万ディアをマリエに渡していたのが印象的だった。
せめて半分でよくない?
「リオン君もありがとうね」
「俺はアンジェのためですから。礼はリックに」
クラリスがリオンにお礼を言っている。俺はさっき言ってもらったよ。
あ、そう言えば忘れてたな。
「クラリス、ちょっといいかい」
「な、何? リック君」
まだ呼ばれ慣れていないせいか、クラリスもぎこちないな。
「はい、これ。お世話になっていたからね。これから忙しくなるだろうから今渡しておこうと思って」
マルティーナには渡したが、クラリスにはまだ渡していなかったチョーカーネックレスを渡す。暫く忙しくなるから、このラウンジで構わないだろう。
「あ、ありがとう。開けてみてもいい?」
「ええ、どうぞ。似合うといいんですけど」
マルティーナがムッとしている。お前にはあげたでしょ。
「チョーカーネックレス! 綺麗……」
その蕩けるような笑みが見たかったから、俺も嬉しい。
「ね、ねぇ、着けてもらってもいい? あ、正面から」
「ん? いいですよ」
うぉ! シャツをはだけて胸の谷間が見える。結構大胆だな。
「んむ? 確か…… それって」
「何かあるんですかアンジェ?」
何かに気付いたようなアンジェリカさんにオリヴィアさんが問い掛けるが、俺はまったく知らない。
マルティーナも見てみるが、何か考え事をしている。
「は、早く、ねぇ」
可愛く甘えながら急かしてきたので、首の後ろに手を回す。凄い甘い香りが心地よい。
「あっ!? あぁ、だ……」
「うふぅ」
マルティーナが騒ぐが、クラリスは艶然と唇が弧を描きながらマルティーナを見ていた。
「え、どうしたの?」
リオンがアンジェリカさんに質問するが、俺も聞きたい。
「いや、もう慣例でもないんだが、古い話でな。チョーカーやネックレスを男性に前から着けられると、首輪をかけられた。もう私は貴方の物ですという意味があるんだ」
ふぁ!?
「リンダからネックレスとかは絶対に男性に着けて貰っては駄目。と言われていたから、エーリッヒ様にも着けて貰った事がないのに……」
グヌヌと我が妹様の視線の圧で押し潰されそうだ。俺の肩越しから、クラリスがマルティーナに対して勝ち誇るように見ているのが印象的だ。
ヘロイーゼちゃんとオリヴィアさんは、へぇ、みたいな感じでシンクロしている。
ヘロイーゼちゃんは大抵の人と仲良くなれるね。凄いね!
「あはぁ、リック君に首輪掛けられちゃった! うふふ、さっきもありがとう」
首元にスリスリしないで!? あぁ、いい香りが!!
「ちょ、調子に乗りすぎです! 離れてください」
「あら、いいじゃない。貴女も貰ったんでしょ…… 自分で着けたみたいだけど」
我が妹様にぐわんぐわん揺さぶられる俺、どうしてこうなった。クラリスはマルティーナを宥めだすが、火に油を注いでいる。
古い話だから! 慣例じゃないから! リンダさん、御年76歳で知ってたんだろうけど、そういうのは男にも教えて欲しかった。
「やっぱりリックはそろそろ刺されるんじゃないか」
「リオンさん、めっ!」
俺はこれから飛行船で戦争に行くんだ! 縁起悪い。
nice boat。
首を飛ばすのはオフリーにして頂きたい!
nice boat