乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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萬月様、誤字報告ありがとうございました。


第34話 作戦行動開始

 エアバイクレースが終わり、皆がラウンジを出た後、オリヴィアはベンチで少し落ち込んでいた。そこをたまたまマルティーナが通りかかった。

 

 「まだ気にしてるの? あのオフリーが言った事を」

 

 「マルティーナさん。えぇ、やっぱり気になってしまって…… て、マルティーナさんはまだその格好なんですか!? ラウンジとかだと馴染んでて気にしませんでしたけど」

 

 マルティーナは、リオンが開いた喫茶店で使用していたメイド服を、今日は喫茶店はやっていないというのに着用して3日目も過ごしていた。

 

 「エーリッヒ様お気に入りですから。それよりもアンジェリカさんとオリヴィアさんの事ね」

 

 「やっぱり身分の差は大きいですよね…… 皆様貴族の方で私は平民……」

 

 オフリー嬢の平民への認識は極端過ぎるが、それでも言われた事がオリヴィアの胸の奥には、凝りとして残ってしまっていた。

 

 「公爵令嬢となるとわたくしでも緊張しますし、打ち解けて友達というのは、正直難しいとも思います」

 

 マルティーナも子爵家としては、厳粛な部類の教育を受けてきた子女である。そのような者のほうが、身分に対しては厳格な認識を持っている。

 エーリッヒの影響と学園の雰囲気で、マルティーナも多少その感覚が、普段は和らいでいるというだけであった。

 

 「そうですよね…… 夢のような時間だっただけかもしれないんですね」

 

 オリヴィアは空を見上げ、今までの生活の幻が夕空に消えていくように感じていた。夜の帳が降りはじめてしまうと、幻想を染め消してしまうような寂寞が胸中を襲う。

 

 「でもアンジェリカさんは楽しそうだった。知ってますか? 高位の貴族の人間は、あんな無邪気な笑顔は見せないんです。隙になるから」

 

 「え?」

 

 「純粋に楽しいんじゃないかしら? アンジェリカさんはオリヴィアさんといるのが。無理もないかもしれないけど、壁を作っているのはオリヴィアさんのほうかもしれないですね」

 

 オリヴィアはアンジェリカと一緒にいた時の表情を思い出す。確かにアンジェリカは笑っていた。その時は大抵リオンも側にいて、3人で楽しくお茶をしたり、お菓子を食べたり、買い食いまでしていた。

 アンジェリカはその度にころころと表情を変えていた。

 

 「楽しんでくれてたんだ……」

 

 「そうですね。あら、じゃあ聞いてみたらどうです。貴女達の王子様がいらしたわ」

 

 リオンが向かってくるのに気付いたマルティーナはベンチを立ち上がり、思考からボソリと言葉が溢れ落ちた。

 

 (リオンさんのほうが、オリヴィアさんを愛玩動物のように可愛がってますが…… わたくしからは言えませんね。当人同士の問題という事ですか)

 

 「わたくしは、愛玩動物でも構わないんですけどね……」

 

 「え、何ですか? ……マルティーナさん?」

 

 オリヴィアには、マルティーナの呟きもその表情も、夜と昼が融け合う間際に見せる、濃い橙色に遮られたかのようであり、そのままマルティーナは雑踏に消えていくのであった。

 

 

 

 

 学園祭3日目も終わり、夜も更けてきた頃合い。

 カーラは一人でオリヴィアの部屋を訪れた。

 

 「オリヴィアさん少しいいかしら?」

 

 カーラの声色には緊張感が含まれている。

 

 「はい、カ、カーラさん!?」

 

 カーラに呼び出されたオリヴィアは警戒する。リオンを巻き込む形になってしまったためだ。

 

 「オリヴィアさんにも空賊退治を手伝って欲しいのよ。上級クラスで成績優秀らしいじゃない」

 

 「そ、その事でお話があります。あんな騙し討ちみたいな頼み方は酷いじゃないですか!」

 

 リオンやマルティーナとの会話で、オリヴィアの心情も回復しており、オリヴィアから見たら、普通クラスとはいえ準男爵家のカーラも貴族であったが、改めてカーラのやり方に文句を言える事が出来た。

 カーラ自身は、現状非常に焦っていた。

 オフリー伯爵家とヘルツォーク子爵家が、戦争になるのを既に知っている。

 取り巻きの纏め役のドレスデン男爵家のナルニアも見当たらず、オフリー嬢すら学園から消えているからであった。

 カーラは、オフリー嬢から強制されている空賊に、リオン達を襲わせる段取りをつけなくてはならない。

 オフリー不在のため強行して良いものなのかもわからず、さりとて独断で指示を無視する事も出来ない。

 既に空賊とは渡りがついており、空賊自体は準備も出来たと連絡が入ったためだ。

 当初の指示どおり、オリヴィアも参加させねばと強迫観念に駆られていた。

 

 「ご、ごめんなさい。私も焦ってて、でもバルトファルト男爵が受けてくれて助かるわ! ありがとうオリヴィアさん! お願い、オリヴィアさんも助けてっ!!」

 

 (お嬢様もナルニアもいなくなって、もうわけがわかんないのよ!!)

 

 こうも必死に切羽詰まる緊迫感でお願いされてしまうと、元来優しく人のよいオリヴィアは断れない。

 

 「わ、わかりました。私ではあまり役に立たないかもしれませんが」

 

 空賊の退治などオリヴィアには想像もつかないが、それでも魔法の勉強は人の倍、いや、それ以上に頑張ってきたのも事実である。

 今は少しでも、リオンやアンジェリカの側にいたいと思うオリヴィアであった。

 

 

 

 

 「エーリッヒ様、そろそろ合流です」

 

 「ん、あぁ、ありがとうティナ。よく眠れたよ」

 

 伸びをして俺は目を覚ました。

 学園祭3日目が終わった夜半、ヘルツォーク子爵領軍飛行船艦隊との合流地点まではそろそろだ。合流時間前にマルティーナに起こして貰うよう頼んでいたが、ぎりぎりまで寝かせてくれたみたいで助かる。

 

 「ティナはブリュンヒルデに移動したら休むといい。そこで打ち合わせ後は別行動になる」

 

 「本当に例の作戦を? それをせずとも……」

 

 「お前の鴨撃ちを安全且つ的確に行うためだよ」

 

 マルティーナは俺の作戦に危険を感じて、躊躇するように言いたいのだろう。

 しかし上手く決まれば、破格の戦果と安全な艦隊戦が可能だ。やる価値はあるさ。

 内戦だから勲章や公式戦果の対象ではないが。王宮も国賊以外でそれを認めたら、馬鹿が勲章欲しさに他の貴族家を勝手に攻める事例も出てしまう。

 今回はある意味、貴族家同士の決闘だな。王宮から認められているので、異議申立ても糞もないが。

 

 「しかし、父上も短い時間でよく準備したな」

 

 「さすがにお疲れで、今頃休んでいるのでは?」

 

 親父、エルザリオ子爵は俺の連絡後は不眠不休で事に当たったからな。それも仕方ない、作戦空域までは休んでいるだろう。

 

 「本番は朝だ。寧ろ休んでもらわないとな。……見えたな、壮観じゃないか」

 

 三十隻の飛行船が編隊を組んでいる。戦艦級の大型も四隻含まれており、同一の訓練を経ている有機的な艦隊だ。戦艦以外がラーシェル神聖王国製なのは愛嬌だな。

 駆逐艦から作戦確認のために旗艦ブリュンヒルデにマルティーナと共に乗り込んだ。

 そこには出迎えのローベルト艦長とエーリッヒ発案の特殊作戦を担う、エルンスト含めた9名がいた。

 

 「おや、ランディではなくローベルト艦長ですか?」

 

 「ランディの奴はヘルツォークで留守番ですよ。王国貴族を合法的に殺れるとあれば、私らのようなロートル世代が出番ですな! はっはっは! 御当主様は10年は若返ったかのように溌剌としておりましたよ」

 

 親父や上の世代のほうが、王国死ね! という思いは強いからな。

 

 「ランディはいないが1年前と一緒だな。ティナを頼んだよ艦長」

 

 「お嬢様は、艦艇練技教本も艦隊戦技教本も熟読済み、加えてあのフライタールとの戦いも経験済みです。立派な艦隊司令候補ですよ」

 

 「邪魔にならないように致します」

 

 ヘルツォーク家の女衆は、非常事態のために飛行船関連は勉強するが、あれだけの艦隊戦を経験したのはマルティーナぐらいだろう。ローベルト艦長がいれば問題もないか。

 

 「戦艦の射程距離は長い。無闇に前には出ないでくれよ。ではエルンスト、それに鎧搭乗者に作戦説明を直接しようか」

 

 さぁ、貴族の優男めいた口調は捨てようか。

 

 「さて、リック05、06、07、08、12久しぶりの特殊任務だ。前回に比べて今回は楽なものだ、鼻歌混じりで事にあたってくれて構わないさ」

 

 5人は笑っているが、残りの3人は顔が引き攣っていた。

 今回の特殊作戦は、おそらく王国軍の精鋭でも難しいはずだ。

 俺とエルンストで分隊を組み、06、07、08、12で第1小隊、05を小隊長とした新しく選抜された3名で第2小隊としてこの特殊任務にあたる。

 もちろんこの3名は前回の生き残り、30代後半のベテランだ。

 三十隻の艦隊には、5個大隊の計180機の鎧が配備されているが、小隊長クラス以上は皆が前回の生き残りだ。基幹要員がベテランなら安心できる。

 

 「ある意味ヘルツォークの悲願である、王国貴族を血祭りに上げられるんだ! 嬉しいだろう?」

 

 「ロートル組には歓喜ですな! 給料出なくてもやりたい仕事です。若い奴等には譲れませんよ!」

 

 あの家は貴族としては偽物の部類ではあるが。

 リック05の言う通り、こちらも笑いが止まらないな。オフリーの阿呆は、わざわざ戦争狂(ウォーモンガー)の尻に火をつけてくれたのだから。

 ヘルツォークはそもそも戦争狂(ウォーモンガー)を収穫して訓練しているような領軍だ。しかも王国に対する敵意は充分過ぎる。

 

 「見せてやろうではないか、誰もが恐怖で足を竦ませる3次元戦闘の極意を! 王国の嘗め腐った貴族共全員にだっ!!」

 

 「はっ!」

 

 「では、各機我が駆逐艦に移動せよ。これより作戦航路につく」

 

 10機が俺個人が所有する駆逐艦に乗り込み、艦隊から別行動に移った。

 

 

 

 

 「エーリッヒ様は行きましたね。それに改装も完了していましたか」

 

 「はい、1年前からエーリッヒ様の指示で設計はしてましたので。学園の入学時以降に改装作業に入れました」

 

 ブリュンヒルデのブリッジからも見える左右に二門ずつの計四門の主砲だ。100度砲門転回可能なため側面一斉射撃も可能である。

 

 「エーリッヒ様は、前面から撃てる事に意義があるとおっしゃってましたからね。精度は問わないと」

 

 「確かに当たらずとも脅威ですからな。出鼻を挫けます。試射も済んでおります。まあ悪い出来では無いかと」

 

 艦隊戦になれば、狙いなど大雑把で構わないので、ローベルト艦長としても先ず先ずの仕上がりであった。

 

 「お父様は既に?」

 

 「はい、目標座標へ」

 

 「ふふ、こちらには三十隻がいるというのに大盤振る舞いね。ふふふ、うふふふふふ」

 

 ローベルト艦長はマルティーナの笑みにゾクリと身を震わせるが、おくびにも出さずに号令を待った。

 

 「わたくしがここに座っていいのかしら?」

 

 「ランディからは、ブリュンヒルデの艦長席は、ヘルツォーク家の方々が相応しいと」

 

 以前は副長席に座ったマルティーナだが、艦長席に緊張する事なく自然体で収まっていた。

 

 「艦長に申し訳ないわね。では、全艦発進なさい」

 

 マルティーナの号令で、ヘルツォーク艦隊は決戦想定空域へ整然と向かうのであった。


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