乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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牛散歩様、誤字報告ありがとうございます。

何か長くなっちゃいますね。
申し訳ないです。


第38話 ルクシオンの報告

 リオンはパルトナーの一室、会議室のような場所に入ってルクシオンが撮影した戦場の全体像を見ていた。

 グレッグとブラッドには、空賊を縛り上げさせている。

 

 『余り拡大した映像は見ないほうが良いでしょう。それとも見ますか?』

 

 「いや、全体像が把握出来るほうがいい」

 

 スクリーンに投影された映像をリオンは見ている。

 もし拡大して、リオンが人の姿を見てしまうと気分が悪くなる事も考慮し、ルクシオンも配慮していた。

 

 「しかし、この高度からの強襲、本当に出来るものなのか……」

 

 『アロガンツであれば可能です。マスターが気絶しても私が操縦しますので、問題ありません』

 

 リオンをいない子扱いするルクシオンをデコピンするが、リオンは指を痛めてしまった。

 

 『この高高度強襲が要因でオフリー艦隊は総崩れ、ヘルツォークの被害がほぼ無かった結果になります』

 

 ルクシオンの説明を聞いてると、その時扉がノックされた。

 

 「リオンさんいますか?」

 

 「リビアか…… どうぞ」

 

 一瞬映像を消そうかと迷ったが、オリヴィアならば構わないだろうと考えてリオンは入室を許可した。

 場合によってはこのルクシオンは、オリヴィアが手にしていたかもしれないのだと、リオンは妙な罪悪感を覚えている事も入室を許可した要因だ。

 

 「な、何ですかこれは!? どこかの絵? いや、動いてますよね!」

 

 オリヴィアはスクリーンに投影された戦場に驚いてしまう。

 

 「絶対に内緒にしていてね! まぁ、これはパルトナーの機能の一つでね。ほら、リックがオフリーと戦争だから撮影していたんだ。ここからもそこまで離れていないからね」

 

 リオンは、内緒という部分を強調する。

 このような索敵記録が出来るようなロストアイテムとみなされれば、王宮に脅威を与えてしまうだろう。

 

 「わ、わかりました。リオンさんがそう言うなら、絶対内緒にしますね!」

 

 (うわ、何それ!? 可愛い!)

 

 警戒心の無い無邪気な微笑みは、リオンの心を容赦なく擽る。

 

 「でもあの、エーリッヒさんは無事だったんでしょうか?」

 

 直ぐに友人、もしくは知人の安否を気遣うのは、リオンもオリヴィアも人が良いのだろう。

 

 「リックもエト君も無事、ヘルツォーク艦隊の完勝だって……」

 

 「エト君も戦争に!? でも、勝って無事ならそれは良かったですね! なのに、リオンさんは何を気にされてるんですか?」

 

 オリヴィアは、リオンの表情に陰が射している事が気にかかった。

 

 「友達がさ、戦争で多分…… いや、確実に人を殺した事に何かね。ショックというか…… 何というか」

 

 言葉には表せないが、リオンの胸中に得体のしれない何かが、蠢いているような気がしている。

 

 「リオンさんは、空賊も殺さずに捕らえていましたからね」

 

 「精神的にどうもね……」

 

 「リオンさんはそれでいいと思います。私もリオンさんが殺すところを見るのは怖いです」

 

 切な気に眉を下げて言うオリヴィア、でもさらに言葉を続ける。

 

 「でもエーリッヒさんは、それをしないと守れないからじゃないでしょうか?」

 

 「守る…… か……」

 

 「はい。エーリッヒさんが優しいのは学園で知ってますし、ヘルツォークの事を凄く考えているのも知ってます。ヘルツォークの人達を守りたいのでしょう。私に治癒魔法を教えて下さった先生が言っていた事があるんです。当時の私はわからなかったんですが、エーリッヒさんやマルティーナさんを見てわかったんです」

 

 オリヴィアは故郷の浮島で、治癒魔法を教わった人物の言葉に思いを馳せる。

 オリヴィアの浮島とて空賊などの脅威は存在していた。戦争経験者も近所にいたぐらいだ。

 

 「守る人達のためにしっかりと敵を殺せる事もまた優しさだと。私はそれが怖くてわからなかったんですが…… でも、ヘルツォーク領の事をエーリッヒさん達から聞いたらわかったんです」

 

 「殺す事もまた、守る人達への優しさ、か……」

 

 (乙女ゲーなら、もっとふわふわしてていいんだが…… ヘルツォークは殺伐とし過ぎだろ。そうするしかないあそこは酷過ぎるな……)

 

 「はい、理解と納得もしましたが、それでもやっぱり私には怖いんですけどね」

 

 まだ15、16歳だ。そんなもの怖くて当たり前だろう。エーリッヒやエルンストが異常とも言えるが、戦争だけではなく、モンスターすらいるこの世界。

 ヘルツォークだけでなく、フィールドやフレーザー、モットレイ等の有名な国境を任されている貴族家は、ヘルツォークと意識上は大差が無い。

 経験及び覚悟の決まったリオンの父親であるバルトファルト男爵は別だが、リオンの育ったあそこも平和な部類ではある。

 

 『ヘルツォークはホルファート王国から冷遇されておりましたからね。はじめまして、お嬢様。私はマスターのサポートをしておりますルクシオンです』

 

 リオンとオリヴィアの話を聞いて一段落したと判断したルクシオンが、透明になる迷彩を解いて出てきた。

 

 「え、え、喋った!? リオンさんこの丸いのは?」

 

 「出てきたのか、まぁリビアならいいか。使い魔のルクシオンだよ。挨拶をしろ」

 

 『お二方はここの事は内緒のようですからね。ただし使い魔は納得出来ません。私は魔に関係するのではなく、科学の結晶です。そこは絶対に譲れません。使い魔ではなく、人工知能を搭載したロボットになります』

 

 オリヴィアはルクシオンの説明を素直に聞いている。さすがに子機とは言わなかったルクシオン。言っていたらリオンも怒るだろう。ルクシオン本体だけは出来れば、ずっと秘密にしておきたいという希望がリオンにはある。

 

 「それで、ヘルツォークには何があった」

 

 『何が、ですか。まず王国の援助が100年以上ほとんどありません。いえ、あの家が成立してからずっとですね。ですからあそこは小国のような状態です。経済、行政、もちろん基礎は王国法です。子爵領というよりも、ギリギリですが伯爵領に近い規模を備えています。必要とあらば、王国本土とは王国直臣の寄子経由で細々とした状態でした』

 

 リオンは黙ってルクシオンの説明を聞いている。その雰囲気に当てられたのか、オリヴィアも聞き入っている。

 

 『ヘルツォークは王国を頼れません。だから外敵には容赦が出来ないという事情があります。王国自体には逆らわない小さな属国のような状態でしょうが、その外敵には恐らく他の貴族家も含まれている筈です。冷遇の真実に王国との密約、エーリッヒの手記も見つけて記録しましたが、報告しますか?』

 

 オリヴィアのゴクリと唾を飲み込む音が響く。ルクシオンがリオンに確認を取るという事は、非常にセンシティブな内容だとリオンも理解している。

 

 「止めておく。俺達が聞いていい内容じゃないだろ。それになるほど、王国は守ってくれない。自分達を守れるのは自分達だけか…… そりゃ覚悟は決まるよな。というよりも情操教育に含まれていそうだ」

 

 『エーリッヒは敵対しませんよ。アロガンツとパルトナーの脅威を正しく認識しています。マスターも警戒する必要はありません』

 

 「警戒? 友達じゃないですか。リオンさんとエーリッヒさんは! それで充分な筈です」

 

 オリヴィアがリオンの手を握り力説してくれる。それだけで、リオンの心も落ち着きを取り戻していくのだった。

 オリヴィアはリオンを休憩させるために、飲み物の用意をすると言って部屋を退出する。

 

 「友達か、まぁ確かに、学園では何か抜けた奴だったよなぁ」

 

 『マスターは学園では恐れられてますよ』

 

 「それ、嫌われてるの間違いじゃね?」

 

 『それとカーラ・フォウ・ウェインは焦ってますね。通信用の道具の妨害をしてあります。大方バレる事を恐れているのでしょう』

 

 カーラはこちらが用意した船室にいるが、しっかりとルクシオンが監視していた。

 

 「ウェインさんは放っておけ。彼女にはもう何も出来ない」

 

 『マスター、空賊の本隊がこちらに向かってきました』

 

 リオンが伸びをし始めたところに、ルクシオンが空賊の報告をしてくる。ゲームを考慮すると2年生まで待っても構わないが、リオンとしては、ここまで関わった以上、確実に潰しておきたかった。今後起こるであろう戦争時に邪魔になる事を知っている。

 

 「早いが、これもリックの影響か?」

 

 『はい。元々今朝の段階で慌てて動ける準備をしてましたが、空賊の監視挺が動いてましたからね。オフリーが敗れた事を知ったのでしょう。単艦であるパルトナーを狙ってその後逃げる算段です』

 

 「ロストアイテムで空賊団を強化してか。ケツに火がついたな」

 

 リオンは甲板に出て様子を確認すると全員縛られていた。グレッグとブラッドも甲板にいる。

 

 「空賊団の本隊がくる。そいつらを船倉にでもぶちこんでおいてくれ」

 

 捕らえられた空賊達の目に光が戻る。助けに来てくれたのでは、という期待の表れだ。

 もちろんリオンは潰す気満々だが。

 

 「バルトファルト、壊れかけの鎧でも良い。貸してくれ」

 

 「ついさっき使えそうな鎧も見つけている」

 

 グレッグがリオンに頼み込み、ブラッドも真剣な顔付きをしている。2人はリオンが映像を見ていた内に確認していたのだ。

 

 「駄目だ。あんな不良品に乗せられるか。お前らもっと立場をだな……」

 

 リオンの言葉に被せるように2人は頭を下げてきた。

 

 「頼む! お前の足手まといになるのもわかっている。けど、このまま見ているなんて出来ない!」

 

 「虫のいい話だというのはわかっている。壊れた鎧もお前の…… いや、君の物だ。だが、少しで良いから、貸して欲しい」

 

 リオンは断ろうと思ったが、2人の真っ直ぐな視線や態度に顔を背ける。

 

 「はぁ、こっちで一度チェックする。その後なら好きにしろ」

 

 「恩にきる!」

 

 「今度こそ役に立ってみせる!」

 

 グレッグとブラッドは喜色満面だ。ルクシオンはリオンの言葉を待たずに、補給と整備を開始すると告げたのであった。

 

 (文句が多いのに有能だな。これじゃあ、なじれないじゃないか……)

 

 リオンはオリヴィアに空賊がまた攻めてくるから、部屋で待機するようにと伝えて、自身もアロガンツに向かった。

 

 

 

 

 その頃エーリッヒ達は、フレーザー侯爵家のサルベージ艦を迎え入れていた。それをヘルツォークの補給艦から補給を受けながら見ている。

 王宮からの査察挺も来たため、エルザリオ子爵はその対応もしていた。

 エーリッヒらエルザリオ子爵の子供達は、ブリュンヒルデの甲板から戦場清掃というか、回収作業を見下ろしていた。

 

 「やはりフレーザーは規模がでかいな」

 

 「回収だけで三十隻ですか。こちらは五隻を監視に残す程度で済むのは大きいですね」

 

 俺の言葉にエルンストが相槌を打ってくれる。

 

 「エトも父上とお偉いさんの話を聞いていたほうが良かったんじゃないか?」

 

 「成人前ですし、鎧で出撃しましたからね。父上からは休んでおけと言われましたよ」

 

 鎧で出た後に頭も精神力も使う場に出るのは、俺だって確かにごめんだ。

 

 「王宮の査察挺まで近くに来ていたのですね。今後は共にオフリーに?」

 

 マルティーナは査察挺が少し気になるようだ。

 

 「あぁそうだろう。まぁ監督義務もあるからな」

 

 王宮の正式な許可だが、だからこそ監督義務はあるだろう。ただし、戦闘空域には立ち入っていなかった。

 当たり前だな。撃ち墜とされる間抜けになるはずはないだろう。戦闘空域は流れ弾もあるのだ。

 あの高度12,000Ftからも確認済み。

 戦闘空域外からの監視なぞ、どんな魔力光学映像を使おうが、真上から見下ろしている以外には詳細はわからん。

 要は戦闘が終わった事を確認するためだ。航路の保持や制限解除を王宮に出すために。

 それに、一方側の主張とはいえ、父上は子爵で俺は男爵。生き残りには騎士爵の貴族すらおらず、マフィアの飛行船まで使った奴等の言葉なぞ通る訳がない。

 相手も馬鹿だが、爵位様々だな。

 

 この世界では、平等なんぞ物語にも登場しない夢ワード、正に夢物語だからな。

 たぶん俺は今、悪い顔をしているのだろう。その俺の顔を見てうっとりするマルティーナは、もう他家へ嫁に出せないのかもしれない。

 何故自分の結婚相手の前に、我が妹様の結婚を心配しなければならないのか。

 

 「距離が遠すぎて詳細はわからない。煙でそもそも見えないしな。父上に任せておけば大丈夫だ」

 

 こちらは飛行船の被害は小破が五隻、鎧に至っては中破3機の小破が18機。各艦に1人だけいる治癒魔法師のお陰で死者ゼロ。嬉しい結果だが味方でも恐ろしく感じる。

 相手は生き残りが1,254名、それはフレーザー侯爵家が回収済み。推定死者7,000人から8,000人って所だろうか。

 こちらだってフライタールの時は不退転。死者も3,000人近く出したのだ。

 寝惚けた内寄りの王国貴族共には、良い気付け薬になるだろう。

 

 「十隻はヘルツォークに帰しましたが、残りで制圧ですかね?」

 

 エルンストも帰したほうがいいのか、親父の下で学ばせるほうがいいのか少し悩むな。

 

 「そうだな。小破五隻はここでフレーザー侯爵家を監視しながら応急処置。後は二十隻か二十五隻でオフリー領だろう。王宮の官吏がいればスムーズだな」

 

 王宮の査察挺がいる利点だな。制圧戦闘をしなくて済みそうだ。

 フレーザー侯爵家の作業を眺めながら、先ずは戦闘が終わった事を安堵するのだった。




ルクシオンには秘密がばれちゃいました。
まぁ、でも安易には聞けないですよね。

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