乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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つい先程も投稿しましたので、前話からが本日の投稿になります。


第40話 ヘルツォークの意味

 王宮官吏を乗せた査察挺がヘルツォーク艦隊に同行し、オフリー伯爵領に到着した一同は、オフリー領本邸に残っていた嫡男及び夫人、その他一族を捕らえて王宮の査察挺に引き渡した。港湾施設や軍事関連施設をそのまま無血で制圧出来たのは大きかった。

 本邸が一番抵抗していて、殴り倒すのが手間だったのが笑える。

 王宮の査察挺の官吏は、アトリーの派閥とレッドグレイブの派閥で構成されていたため、ヘルツォークに友好的であったのが、こちらも気を楽に出来たのが幸いだった。

 捕らえたのは財産把握のための調書取りで、伯爵本人も王宮で拘束中とのことだ。ただし、こちらからの報告により、マフィアとの繋がりがある事が判明したので、本邸や関連商会への立ち入り調査も入るだろうと言っていた。

 ブリュンヒルデで一泊した後は、オフリー伯爵の寄子の領地へ向かう。ウェイン家が気になっていたので、俺は明日はそちらに向かう手筈となった。 

 

 親父、エルザリオ子爵も同意及び同席の下、夜半に俺はエルンストをブリュンヒルデの一室に呼び出した。

 

 「疲れているところすまないエト」

 

 「いえ、構いませんがどうしたんです? 父上もお疲れの所を」

 

 親父は王宮官吏との話し合いを一手に引き受けていたので、確かに疲労が濃い。

 しかし、この一戦でエルンストの名前も王宮ではそれなりに有名にはなるだろう。

 戦果などは王国内での内輪揉めなので認められないだろうが、今後一層意識を高める、というよりも自覚を持って貰うために話そうという事になったのだ。

 平時よりも戦闘後のほうが、意識しやすいと親父も考えたのかもしれない。

 

 「ヘルツォークの嫡男への大事な話だ。歴代当主しか知らない事項だ。本来なら僕も知っちゃいけない事なんだがな…… 勘のいい分家は苦労もしてるから薄々気付いてるかもしれないが」

 

 「お前の功績が13歳で大きすぎてな。私も興奮して当時エーリッヒには話してしまった。成人を待つべきだったと今でも思う」

 

 親父は苦笑と後悔が綯交ぜとなった表情になってしまった。結局血の繋がりがなかったというのは、この話を既にしてしまった後だ。

 俺は父親が異なると勘づいていたが、まさかこんな重たい話だと思わなかったから、当時は俺だって悩んださ。

 

 「エトももうすぐ成人だし、父上の子なのは間違いない。この活躍で王宮ではお前の名前も知れ渡る。コンタクトを取る輩も混じるかもしれないからな。知って意識的に自覚を促すためだ。疑問や納得出来ない事があれば、学園の入学前にしっかり父上と話し合って欲しいからだ。学園には王国貴族が集まるからな」

 

 少しキョトンとしたエルンストは年相応のまだ青年手前のあどけなさだ。

 

 「さすがに私は疲れたからな。聞いておくさ。補足があれば付け加えよう。もしかしたらエーリッヒのほうが知ってそうだがな。この話を聞いてからは色々と調べておったようだからな」

 

 と言っても屋敷の書庫や倉庫。父祖達の墓を調べただけだ。

 

 「もちろん他言無用だ。ベルタ義母様にもティナやメグにもだ。緊張し過ぎても仕方がない。お茶でも飲みながら聞きなさい。これでも学園ではお茶をよく淹れていたんだ」

 

 用意した茶器からお茶を淹れる準備をする。お茶の味はリオンのほうが旨いんだよな。

 

 「兄上が家で練習してた以来ですね。何だか不思議ですね。兄上がお茶を毎日のように女性のために淹れるというのも」

 

 学園の男子は大概がお茶に精を出しているが、まだエルンストには違和感が大きいか。

 

 「何だ? ふんぞり返っているほうが似合うとでも? まぁ、学園では女子に人気がなくてね。最初は必死だったさ。今は半分諦めモードだな。ははは」

 

 「そこが意味不明です。リオンさんもそうですが、独力で爵位を得るまでに至った者は、女性なら放っておかないと思うのは間違いなんでしょうか? 兄上はふんぞり返るぐらいで丁度良いと思います」

 

 エルンストも親父も顔を顰めている。何だ、そっくりじゃないか。羨ましい限りだ。

 俺はいつも誰かを羨んでいるな。お馬鹿ファイブにもだった。

 

 「女性は気難しくてね。中々粗野な男には理解が難しい」

 

 俺には肩を竦める事しか出来ないな。結婚が念頭にあるから、男子は気軽に遊びで手も出せない。

 王都で男子が女の子と遊び歩いたら、学園では針の筵。しかも各貴族家にも噂で伝わる。要領のいい男子は結婚してからこそこそと遊ぶ。

 いや駄目だろ。俺の諦観した表情を見てエルンストも押し黙ってしまった。

 

 親父とエルンストと自分の分のお茶を用意して、さて、そろそろ始めようかと雰囲気を変える。

 

 「ヘルツォーク家だが、成り立ちはファンオース公爵家、現、公国公家の分家だ」

 

 「え!? だってファンオース公国との戦争では、うちはいつも前線に!」

 

 俺の言葉に驚いたのだろう。エルンストも公国との戦争で、いつもヘルツォークがかり出されているのは知っている。不思議に思う筈だ。

 

 「まぁ聞きなさい。ファンオース公爵家が独立のために王国に攻め入る前年、ヘルツォークをラーシェル神聖王国との国境に独立させたんだ。ファンオース公爵家が持っていた浮島を使ってね。王国としてはあそこの穴を埋めるのに最適であったし、何よりファンオース公爵家の領地とは距離がある。王国にメリットが大きいからな。強大な公爵家特有のお家事情の苦肉の策だろうと考えて認められた。事実ヘルツォーク家当主は、ファンオース公爵家当主、後のファンオース公国公王の次男だ。継承順位は2位でもあった。血を流さないための策だろうと認識された」

 

 エルンストは目を見開いて口を開けている。まぁ、いきなりこんな話をされてもそうなるだろう。少しクッションを置くか。

 

 「ヘルツォークという家名の言葉には、【公】という意味があるんだよ。まぁ、あまり考えないよなぁ」

 

 「うちの家名にそんな意味が……」

 

 「古いからな…… 今では知ってる者のほうが少ない。気付いてもうちの爵位じゃ誰も何も思わんさ」

 

 親父もエルンストの驚いた呟きに、口から言葉が溢れ落ちていた。俺は話を続ける。

 

 「ファンオースはな、スペアとしてヘルツォークを残したのさ。王国に自分達の血筋をな…… ふざけた話だよ。その後王国でヘルツォークがどんな目に合うかなんて、そんな事をしたらわかりきっている筈なのにな。王宮からヘルツォークが子爵家として認められた翌年、王国に攻めこんで独立を果たした…… 王宮は大激怒。ヘルツォークに対してもだ。まぁ気持ちはわかる。ファンオースに虚仮にされたようなもんだ。独立も果たし、分家も王国に存在する」

 

 親父も俺の話に加わってくる。思うところは大きいだろう。

 

 「公家の血を残す。例えその後ファンオースが滅ぼされたとしても…… ヘルツォーク家の設立は、正規の手続きを経ている。裏技も賄賂も使わず、実際ヘルツォーク家の浮島は、当時の公爵家継承権2位の次男が発見したものだ。それは冒険者としての功績だ…… 継承争い回避にも独立は有効だ。それは王宮も認めた。公爵家内で継承争いが派手に起これば、大多数のその他貴族家が巻き込まれる。王宮だってファンオースの手続きは渡りに船であったという事になる」

 

 俺は親父が加えた説明をお茶を飲んで聞いている。エルンストはもう圧倒されっぱなしだ。ただ、自分に関わっている事だ。真剣に聞いていた。

 俺はティーカップの紅茶の揺れる水面を見ながら、親父の話を引き継ぐ。

 

 「ただ、王宮も臍を噛むだけではなかった。もちろんラーシェル側国境にヘルツォークがあるのは助かる。気に食わないからと滅ぼすのは勿体ない。ならば、対ファンオースへの尖兵にも使おうと考えた。ここに王国との密約が生まれた。ファンオースとの戦争には飛行船二十隻、鎧を100機必ず出陣させる。担当区域は前線。前線というのがポイントだな。わかるかエト?」

 

 「はい。最前線で潰れてもらっては困る。前線で抜けた敵の対処、最前線への援護投入。擂り潰すにも長く長く…… ですか?」

 

 俺の問いにエルンストは、拳を握りしめ堪えながら答える。

 

 「ふ、正解だ。さすがだな…… まぁ、ラーシェルへの壁にも使いたいからな。生かさず殺さずだ。まったく上手いものだな」

 

 「馬鹿な! うちでなければとっくに潰れてます!!」

 

 自重しながら鼻で笑うような俺の言い方にエルンストは激昂し、親父はテーブルに拳を叩きつける。

 

 「この出陣数、守らなければ王国直轄軍の出動事案に該当する。最低でも王国直轄軍飛行船二百隻、鎧は2,000機だ。場合によっては他の貴族家にも王宮は出動要請を出す…… ヘルツォークは王国の貴族ではないのかね? ははっ、これではまるで……」

 

 「他国…… ヘルツォークは国ですか? 王国にとっては、獅子身中の虫だとでもっ!」

 

 わかっているじゃないかエルンスト。

 そう、ヘルツォークが嫌われているのは、理由などとうに忘れていたとしても、彼等王国貴族の血肉が記憶しているのだ。

 王国に潜んだ卑しいファンオースの虫だと。

 

 「そうだエト。ラファを冠するフレーザーは、同じ国境を預かる身内意識の貴族じゃない。王家からのヘルツォークの監視役だ。フレーザーに監視され、王宮に警戒されつつラーシェル神聖王国と戦うヘルツォーク家、ファンオースとも同士討ちをさせる…… 理屈ではなく、当時のファンオース共の心境、心の内を聞きたいな。お前らは子孫を王国の人身御供にして、何をどうしたかったのかを」

 

 単純にヘルツォークの規模を王国内に残して、公国として独立したファンオースは強大だがな。今のレッドグレイブ公爵家が可愛く見える。

 当代のレッドグレイブ公爵家と表立って戦える貴族家など、正面からはほぼ無いというのに。ファンオースが独立したくなる気持ちはわかる。

 ただ最早、ヘルツォークはファンオースに対しても恨み骨髄だ。共に歩くことは出来ないだろう。

 

 「ヘルツォークはよく、耐えてきたのですね……」

 

 ファンオースは不倶戴天。ホルファート王国でさえ最大限に警戒する必要がある。そして対面にはラーシェル神聖王国。一体ヘルツォークは何処へ行けばいいんだろうな。

 

 「学園に入る前に知って、自分の中で消化させておかないとな。先代は学園入学直前に聞いたせいなのか、王国貴族の子女達の態度や我々ヘルツォークに対する忌避感、この今までの不遇や冷遇が一気にきたせいで爆発したからな。エトも親父とよく話をして、気持ちを納得させておけ」

 

 エルンストを怒らせたい訳ではないが、ヘルツォーク嫡男だ。いずれ知らなければならない。

 

 「この際だエーリッヒ、お前が調べていた事でヘルツォークに関してわかった事はあるのか?」

 

 親父が聞いてくるが、基本的に今話した内容がほとんどだ。ヘルツォークに関しては親父と同レベルだと思う。

 ただ一つを除いて……

 

 「ヘルツォークというよりもファンオースに関してですね。彼等はスペアとしてヘルツォークを残したように、何か重要な案件や事柄は、必ずスペアを用意しているそうです。寧ろその特性からヘルツォークを生み出した可能性が高い。後はこの王国との密約ですが、王とフレーザーの当主の引き継ぎ事項です。だからこそレパルト連合王国から嫁ぎ、王宮で辣腕を振るうミレーヌ様によって、王の意向を却下してヘルツォークへの処遇改善が加速度的に進んだのでしょう」

 

 親父も予想していたのか、納得のいっている顔をしているな。

 王国本土との関係が薄いと自領の事で精一杯でもあるし、長い年月を経た今となっては、ヘルツォークにとっては迷惑な話でもある。

 ただ、ファンオース公国との大規模な戦争が20年も空いている。フィールド辺境伯は小競り合いをしているのだろうが、いつ起こるのかとヘルツォークもずっと身構えていた。

 20年前のファンオース公国侵攻戦で、軍艦級の飛行船が十隻墜とされて、ヘルツォークは3年前まで二十隻を保持出来ていなかった。

 それまでにファンオース公国との戦争が起これば、王宮から借りなければならなかった状態だ。

 親父や先代も相当に苦労した時期だ。

 

 「エト、まぁ、相談相手がいるんだ。1人で悩むなよ。明日は父上とお前はドレスデン男爵領への臨検だ。疲れているところ悪かったな」

 

 俺はエルンストの肩を叩いて休むよう退出を促した。少し心ここに在らずといった様子で、エルンストは退出していく。

 

 「お前には本当にヘルツォークの事で苦労をかけるな」

 

 「寂しい事を言いますね父上。僕とて育ちはヘルツォークですよ。まぁ、8歳からですが……」

 

 俺は親父の言葉に肩を竦めておどけて見せた。優しく笑う親父の顔に、やはり他人なのだと一抹の寂寞を感じてしまう。

 俺はこの人をホルファートのよくもわからん王なんぞよりも、よほど敬意と畏敬を抱いているのだろう。

 笑える話、この人に逆らう気すら起こらない。命令されたら王宮への直撃すら実行してしまいそうだ。

 

 「お前はゆっくり休め…… しかし、疲れている時にする話でもなかったのかもな。やはり、堪える……」

 

 エルンストに俺がやったように、親父は俺の肩を手で軽く叩いて退出していった。

 

 「……まったく、そっくりじゃないか……」

 

 親父が気を使ったのか、それともずっと見てきた父親の姿を、自然と俺は模していたのだった。




一応この辺りの設定から始めたんですよね。
そこにリックという異物を混ぜて、原作様の主人公達と絡めていきたかったという。
エーリッヒには別で設定はありますが、大元の設定を明かすには大分先になりそうです。

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