乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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車椅子ニート(レモン)様、誤字報告ありがとうございます。




第42話 ウェイン準男爵領

 昨夜絶好調だった我が妹様は、まだぐっすりと眠っている。

 俺自身も、うとうとはしたがマルティーナの身じろぎで都度、その心地好い感触のせいもあり、心地好い眠りから目が覚めてしまった。

 寝相は良くても多少は動くという事だな。

 なるべく起こさないようにベッドから這い出たが、しっかりと覆い被さるマルティーナを退かした時に、眠りから覚まさせてしまったようだ。

 

 「おはようティナ」

 

 サッとインナーシャツとズボンを履いてから、まだぽやっとしている我が妹様に挨拶をした。

 

 「ふ、ふぇ!? あ、お、おはようございます」

 

 身体を起こし、布団でその身と口元を恥ずかしげに隠しながら挨拶をする姿は可愛く、こちらも自然と笑顔になった。

 

 「少し長めに洗面を使うから、ティナは身支度しておくといい」

 

 何か色々ありそうだしね。下着とか。

 シャワーはないが、洗面所は併設されているのが助かる。俺はマルティーナを見ないように洗面所で長めに顔と歯を磨く事にした。

 

 「え、え…… きゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴が聞こえてきたな。

 慌てて服を身に付けていく音が聞こえる。

 

 「あ、あの、シャワーを浴びに行ってきます……」

 

 「行ってらっしゃい」

 

 マルティーナに洗面所から声をかけておいた。

 女の子は大変だね。俺はタオルを水に濡らして搾り、それで身体を拭っておく。

 顔も洗えばそれなりに眠気もとぶ。

 

 「さて、父上達と今日の段取りだな」

 

 まだ朝もかなり早いが、起き出しているだろうと思い挨拶に向かった。

 

 

 

 

 親父とエルンストは、ドレスデン男爵領にヘルツォークの分家であるギュンター・フュルストが艦長を務める重巡洋艦の下、軽巡洋艦二隻を伴った計三隻で向かった。

 俺とマルティーナは、ローベルト艦長指揮の下、旗艦ブリュンヒルデと軽巡洋艦二隻を伴った三隻でウェイン家に到着をした。

 オフリー伯爵領には暫く、ヘルツォークの軍艦級飛行船を八隻を滞在させ、残りの六隻でオフリー伯爵領の他の浮島を臨検していく流れだ。

 

 「空賊か!?」

 

 ウェイン家の浮島に空賊の船七隻が、港に入りきらないのであろうか、一際大きな飛行船と共に接岸されていた。

 一瞬見ただけだと空賊が襲いかかるように見えるため、監視員が警戒した声を上げた。

 

 「いや、あれはパルトナーだ。という事はリオンか…… パルトナー、一隻で全て拿捕したのか。このまま浮島へ行くぞ。ウェイン家の屋敷真上で飛行船を停泊。鎧10騎を護衛に付けて小型艇で降下する」

 

 「だいぶ威圧的ですが?」

 

 俺の指示にローベルトが艦艇員への周知を含めて確認をしてきた。

 

 「港で少し揉めていただろ? あそこの娘はな、あの空賊の討伐をリオン、バルトファルト男爵にわざわざ寄親や王宮を頼らずに依頼をしていたんだ」

 

 「にしては、上から見てましたが、些か妙な慌て方でしたな」

 

 ウェイン家の浮島の港は小さくとてもではないが、700m級のパルトナークラスの大きさは入港出来ない。精々300m級までだ。

 どうも港湾警備が警戒体制を取っている。あの空賊の飛行船に対してだろう。

 

 「まるでリオンのパルトナーを知らずに、空賊が来襲したような対応じゃないか…… おかしいものだな。自分達で依頼したのではないのか? せっかく慌てているんだ。こちらでも拍車を掛けてやろうじゃないか…… 馬脚を表すかも知れないぞ。それにこちらは相手の抵抗も想定済みだ。問題は無い」

 

 ローベルトは苦笑して艦艇員達に指示を出した。

 

 

 

 

 リオン達は、エーリッヒ達がウェイン家の浮島に到着する前に着いて小型艇で港に降り立ったが、警備員に取り囲まれてしまっていた。グレッグとブラッドも同様だ。カーラとオリヴィアは警備員側に保護されている。

 カーラは顔が真っ青で震えていたが、そこに父親のウェイン準男爵が到着した。

 ブラッドの顔をウェイン準男爵は覚えており、漸くリオン達は警戒が解かれた状況であった。

 そこにヘルツォークの飛行船が三隻浮島内に侵入してきたため、ウェイン準男爵を慌てさせた。

 

 「ルクシオンの読み通りだな…… おい、準男爵、こちらはお宅の娘に依頼されて空賊の退治をした。遊びじゃないのはわかっているよな? しかもヘルツォークの旗艦も来ているぞ。どうやらあんたの寄親も終わりなんじゃないか?」

 

 ウェイン準男爵は、ヘルツォークの飛行船と娘のカーラを交互に見るが、状況が飲み込めていない。オフリーとヘルツォーク同士の争いが始まるのを知ったのも一昨日である。まさか既に自領にまで到達するとは考えも及ばなかった。

 

 「ちょうどいい。こちらには捕らえた空賊が持っていた証拠もある。ヘルツォークも来ているんだ、屋敷に案内しろ。それから、レッドグレイブ家の飛行船も午前中にはここに到着するぞ」

 

 リオンは、ルクシオンからレッドグレイブ家の飛行船がこちらに来る事を既に確認している。

 今の状況は、一介の準男爵が処理出来る範疇を超えている。ウェイン準男爵は、娘から詳細を確認したかったが、一先ずはリオン達を屋敷に案内するのであった。

 

 

 

 

 「あれ? セバーグにフィールド、それにオリヴィアさんまでいるのか…… リオン、彼等も空賊退治かい?」

 

 ウェイン家の屋敷を鎧で包囲しているとウェイン準男爵含むリオン達が屋敷に来たが、まさかオリヴィアさんまでいるとは思わなかったので、俺は驚いてしまった。

 しかもグレッグとブラッドは何でいるのかそもそも意味不明だ。

 

 「あぁ、リックは知ってたもんな。ウェイン家からの依頼。まぁこの2人もカーラさんに依頼されたんだよ。けっこう役に立ってくれたぞ」

 

 リオンと挨拶をしているとグレッグが驚いた声を上げてきた。

 

 「ヘルツォーク兄に妹か!? いや、まさかもうオフリー伯爵との争いが終わったのか!」

 

 ブラッドも同じ様に驚いている。

 

 「まさか! 昨日だけで片が付いたのかい?」

 

 この2人に加えて青髪メガネのクリスにも俺は特に嫌われていないので、無難に挨拶を交わしておいた。

 

 「何かマルティーナさんは大人しいね?」

 

 リオンが普段より静かなマルティーナに疑問があるみたいだが、マルティーナは俺や親父がいる場合は、本来は目立たずに後ろに控える性格だ。

 学園の様子とは違うので違和感があるのだろう。特に今は実務中だから尚一層だ。

 

 「ティナは昨日絶好調だったからね。今は少し、ふふ、落ち着いてるんじゃないかな?」

 

 「エ、エーリッヒ様っ!? さ、昨夜は、そのぅ……」

 

 からかうように言えば、即座に普段学園や2人でいる時に見せる反応に戻ったな。

 

 「昨夜?」

 

 「あっ!?」

 

 リオンは首を傾げ、オリヴィアさんは驚いて顔を真っ赤にしている。妄想逞しいね。

 我が妹様は、オリヴィアさんの反応にあたふたし出した。このぐらいにしておこうか。

 

 「いや、艦隊戦の指揮はティナが執ったんだよ。もちろんサポートにはベテラン中のベテランがいたけどね。だからまぁ疲れてもいるのさ。それに学園ではわからないかもしれないけど、ティナは男の後ろにそっと控えるタイプだよ」

 

 「も、もう…… わざとからかうような言い方をして…… お兄様の意地悪」

 

 マルティーナはばつが悪そうに俯き加減になってしまった。マルティーナが艦隊指揮まで執った事にグレッグとブラッドやオリヴィアさんは驚くが、リオンはあまり驚いていないのが、俺には印象的だった。

 予測していたのだろうか? 確かにマルティーナも普段から制服に艦隊戦闘章の略綬を付けているから、そこからの推測だろうか。

 

 「リオンもこれから空賊の件で話し合いかな。僕達はオフリー伯爵と決着が着いたから、寄子の臨検だ。王宮の官吏も来ているし、一緒にどうだい? さて、コンラッド・フォウ・ウェイン準男爵、貴方に拒否権は無い」

 

 「うっ、わ、わかりました。中へどうぞ」

 

 コンラッド準男爵とカーラさんは項垂れたまま屋敷へ皆を案内したのだった。

 

 

 

 

 その後、カーラ・フォウ・ウェインがオフリー嬢からの命令で、空賊にリオンのパルトナーを襲わせた事を自供した。レッドグレイブ家の人間も来ていたため、その証言は王宮官吏とレッドグレイブの両者が確認、加えてリオンから、オフリー伯爵が空賊と繋がっていた証拠書面が手渡された。

 リオンは俺に気を使っていたのだろう。アトリー派閥の官吏にバーナード大臣へと渡してくれた。オフリー伯爵に関わる全ての施設に対して、今後王宮から立ち入り調査が入るとの事だ。

 捕らわれた伯爵本人及び嫡男は処刑、その他は関わっていた度合いにより処罰が下されるだろう。

 

 「暫くこの件はかかりそうだな。しかし、パルトナーか…… とんでもない船だな」

 

 「しかし、リオンさんは手柄をあの2人に譲るそうですが、どうしてなのでしょう? しかも空賊の財宝や拿捕した飛行船や鎧もレッドグレイブ家経由で王宮に献上なんて…… 理解出来ません」

 

 その日の夜、ブリュンヒルデの甲板でマルティーナと話をしていた。

 

 「まったくだね。リオンは出世には興味無いようだが、金に無頓着というわけでは無いのにおかしいよな…… あの程度は大したことない。ならばレッドグレイブへのポイント稼ぎかな。アンジェリカさんも愛されてるねぇ」

 

 マルティーナからの問いに茶化すように肩を竦めるが、俺にも意味不明過ぎてわからない。特にグレッグとブラッドの件は不可解過ぎた。

 

 「廃嫡されたあの2人にそれだけの価値などあるのでしょうか?」

 

 「僕からしたら既に無いと思うんだけどね。セバーグもフィールドも大きい。代わりなどいるだろうに…… 空賊退治でリオンと友達にでもなったのかね?」

 

 そのぐらいしか思い付かない。あの2人は分かりやすく、性格もその分悪いものじゃないのだろう。可能性としては、リオンと空賊退治で打ち解けたのではないかとは思う。

 

 「さぁ、後は王宮官吏達に任せよう。あ、ちなみに今日は僕は父上の部屋を使うからね。ここ数日は寝不足気味だから、もう休むよ」

 

 「うっ、わかりましたよ。もう…… おやすみなさいませ、エーリッヒ様」

 

 おやすみとお互いに挨拶を交わし、2人で艦内の部屋に戻る。俺は数日ぶりにぐっすりと休めたのだった。

 

 

 

 

 マリエとカイルは、完全武装で王都にあるダンジョンに挑んでいた。

 立ち入り禁止と書かれた看板の先を進み、2人は縦穴をどんどん降りていく。

 重たい荷物を背負う2人の姿は、決死の覚悟が見て取れる。カイルはグチグチとマリエに文句を言うが、マリエはそれをはね除けて鬼気迫る形相で、手榴弾を大きなトカゲのモンスターに投げ付けて吹き飛ばす。

 

 「アレさえ回収出来れば、今の状況からだって抜け出せる! カイル、しっかり掴まりなさい! 幸せも掴み取るわよ!」

 

 「ここって、3年生ですら厳しい場所ですよ!? もう帰りたいです……」

 

 カイルは文句たらたらだが、マリエに甲斐甲斐しく付いていく。

 

 (あのモブが、頭お花畑のオリヴィアの側にいたら油断できないわ。一刻も早くアレを回収しないと、先を越されたら私の人生設計が狂っちゃうじゃない!)

 

 オリヴィアはリオンと必ずダンジョンに潜っている。リオンがいたら、いずれはアレを回収してしまうだろうと思い、マリエは焦っていた。

 連休中には回収したいと考え、実家に戻されたり、空賊退治に出向いたあの5人達を待っていられず、マリエはカイルと無茶をしていた。

 

 「行くわよカイル」

 

 ショットガンを構えながら、カイルを急かすようにマリエは声を掛ける。

 

 「この先に何があるんですか?」

 

 「ついてくればわかるわ。安心しなさい。もう、生活の不安とはおさらばよ!」

 

 全てはマリエの理想の生活を手に入れるため。カイルを伴いダンジョンの奥へと進むのであった。

 

 

 

 

 リオンは学園の学生寮に戻るとフィールド辺境伯家とセバーグ伯爵家からの書状を見て震えていた。

 

 「グレッグ、ブラッド、お前らはそんなに俺の事が嫌いかっ! 五位下って何だ!? 親父よりも二階級も上じゃねぇか!!」

 

 『まさか昇進するとは思いませんでした。マスターは私の予想の斜め上を行くのが得意ですね』

 

 リオンにはルクシオンの言葉が皮肉にしか聞こえない。ルクシオン自体も皮肉をかなりの部分に込めて伝えているので間違いではなかった。

 

 「得意ってなんだよ! どう見たって昇進する流れじゃなかっただろうが! 空賊を一回倒したぐらいじゃ有り得ない…… 何か得体の知れない力が働いているぞ!」

 

 (マスターはアンジェリカの父親を恐れてお金や鹵獲品を渡しすぎていますからね。何故そこに気付かないのか?)

 

 その時部屋に呼び鈴がなったため、リオンは応対に向かった。

 

 「アトリー家からバルトファルト男爵にお手紙と贈り物が来ております。部屋に入りませんので外にご用意しております。確認に来て頂ければと」

 

 受付がリオンを呼びに来たのだった。リオンに送られてきた贈答品が寮に入らなかったためだ。

 リオンは訝しみながらも受付の案内に付いていく。

 

 「おお!! これは、エアバイク!! しかも最新式だ!!」

 

 下手な鎧などよりも高価そうなエアバイクが、男子学生寮の入り口脇に置かれていた。

 リオンは嬉しさで気分よくアトリー家からの手紙を読み始めた。

 

 拝啓 バルトファルト男爵、貴君に置かれましては、益々のご壮健の事とお慶び申し上げます。

 さて、学園祭ではクラリスの取り巻きが怪我を負わせてしまったことを先ずは謝罪したい。申し訳なかった。

 君が空賊から入手したオフリー伯爵との繋がりがある証拠書類が非常に助かったよ。リック君の褒賞を王宮内で推すための良い材料となった。リック君も良い友人を持ったものだ。

 感謝の意を込めて、国内でも最高級の技術で作られたエアバイクを送りたい。

 気に入ってもらえると嬉しいのだが。敬具

 追伸

 バルトファルト男爵は別件で昇進手続きが進んでいたが、アトリー家からの申請も条件付きで受理された。その条件だが、学園卒業後に五位下から五位上への昇進となる。喜んで貰えれば幸いだ。

 

 「ぎゃぁぁぁあああ!! 何で皆して俺を昇進させるんだ!? どうしてこんな酷いことが出来るんだ!!」

 

 『二階級特進ですね。おめでとうございます』

 

 リオンは昇進などしたくない。昇進後の階位には責任が付随するからだ。エアバイクだけであれば、リオンにとっては最良であっただろう。

 

 「お前何やっているの?」

 

 『学園祭の物とはエンジンもパーツも異なり、非常に良く作られていますので、改造と掌握を行っています』

 

 リオンには、エアバイクがルクシオンに酷いことをされているように見えるのであった。




何か戦いよりも後処理が書いていて長いですね……

お読み下さる方々には、本当に感謝しております。

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