乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
俺、エーリッヒ・フォウ・ヘルツォークには兄弟がいた。いた、そう過去形だ。
血が繋がっていない事が証明され、家督も継げなくなったからだ。
いないことになったということだ。
おぉ、何と可哀想なエーリッヒ、と事情を知らない人間が知ったら思う事だろう。
しかもラーファン子爵家という地雷寄りの人間という悲劇が涙を誘う。
まぁ、俺自身で暴いた事実だからそう思われてもこそばゆいが。
ただ貴族社会は皆耳が良い。この事が知れわたると世の男爵や子爵、一部伯爵は思ったそうな。
「あれ、うちもじゃね?」
王都の産科医師や助産師に情報照会が貴族から殺到したのは、俺にとっては笑い話だな。
実際のところは全ての医師は、間違いないと太鼓判を押したらしい。
ちなみに当時赤子の俺を掴み上げた糞医師もだが…… 何とも面の皮が厚いことで。
医師も例え偽装をやっていたとはいえ、面子も生活もあるから認めるわけがない。
ヘルツォーク子爵領の件は、正妻が実子に漏らしたから発覚出来たのだ。
今後の心配は、各貴族家に元々あったヒビをさらに押し広げるきっかけとなった俺の行動で、逆恨みされないかどうかだな。
知るか!
☆
「兄上! 行きますよ」
「あぁ、止まらずに動きながら狙えよ。止まると落とされるからな」
弟のエルンストと鎧で模擬戦を行うなか、少し前の事を振り返ってしまっていた。
結論からいうと我が家内では俺の扱いは変わらなかった。
多少、妹のスキンシップが多くなった事とそれを生暖かい目で見る義母様の姿くらいか。
ちょうど今月、15を迎えて成人したが、変わらずに勉強に訓練、家の仕事と忙しい。
弟とも一緒に訓練をするようになって2年になる。
「ちゃんとマニュアルで動けるじゃないか」
弟のペイント弾と弱威力の魔法を避けながら、俺は単純に弟の成長を嬉しく思う。
「よくかわしたじゃないか」
「でも死亡判定だよ! 兄上のあれズルい、僕にも教えてくださいよ」
2人でコックピットから降りるとさっそく弟が悔しがってきたのが微笑ましい。
「あれをやるには、Gの中で動くために筋肉と三半規管を鍛えなきゃいけないから大変だぞ」
2年前の空賊シークパンサー襲撃で、あの偶然の産物である紛れ当たりさせた機動を自分の技術としてものにするのに半年かかった。
最近はラーシェル神聖王国の哨戒艇もよく遭遇する。お互いに威嚇射撃で、あっちいけ、みたいな事しかしてないが不穏は感じている。
ラーシェル神聖王国内でも貴族政治が、大分ごたごたしているとリッテル商会から聞いてもいるからだ。
「僕も次の哨戒には出陣しますからね」
エルンストも今年の12月で14歳か。
濃いめの茶髪に少しパーマがかった柔らかめの髪。少し堀の深い男らしい整った顔立ちは、本当に親父に似ている。
親父は少し年もあるせいか、筋肉も纏った武骨な感じがするが、まだエルンストはその髪色と同じ瞳の中に少年らしい好奇心と旺盛さを湛えている。
「こらエト、あまりエーリッヒ様を困らせてはダメですよ」
「困らせてないよ姉上。兄上もいい訓練になるって言ってるし」
妹のマルティーナが汗を拭くためのタオルを渡しながら、エトに小言を言っている。
「まだまだ全然エーリッヒ様に敵わないじゃない」
以前はお兄様と可愛らしく言っていた妹が、あの一件以来、俺の事を名前で呼ぶようになったのが、目に見えた変化だろう。
慌てるとお兄様と呼ぶところがホッコリする。
目に見えてというと、まだ14、10月で15歳の成人だが大人らしくなってきている。身長160cm程になり、元々細身でかなりの美脚だ。細いのに胸もCぐらいありそうだし未来は明るそうだ。
亜麻色の髪も片側の耳後ろで纏めて、胸元に緩く巻かれた髪が跳ねるのは素直に色っぽいと思う。
瞳も知性と明るさを感じさせる亜麻色の瞳、加えて泣きボクロという色気の詰め合わせセット。
普段の表情は少しきつめだが、家族に見せる柔らかな表情は目元も優しげだ。
「エト兄様もまだ子供。無理しちゃダメ」
少し離れたところから見る一番下の妹はマルガリータだ。まだ12歳だが早生まれの来年2月に13歳になる。
エトと同じ親父似の濃い茶髪をふんわりボブにしたジト目可愛い女の子。
口元のホクロが、将来的に妖しい雰囲気を醸し出しそうだ。身長もまだ140cmと小柄だがこれからだろう。
ちなみに我が領衰退の元凶でもある祖父の意向で、我が家の女子には専属使用人は認めていない。
親父もそれには賛成だったし金も掛かるしね。
義母様には家内の仕事を、祖父の時代からいる75歳になるメイドには礼儀作法を厳しく教わっていた。
我が家の評判も回復してきているし、2人は学園で大人気になりそうで、兄としては鼻が高い。
エルンストに対して申し訳ないのが、ヘルツォーク子爵領の後継ぎとなってしまったため、あの悪名高い学園の上級クラスに入学する事になってしまった。
本人は、「え、それが何か?」みたいで、全く危機感を持ってない事に戦慄したが、エトが普段見ているのが我が家のあいつにとっての姉と妹。
たまに一緒に勉強する、エトと同い年の寄子の準男爵家のカミラちゃんという、全員がまともな女子だからしょうがないか。
寄子の準男爵家や騎士爵家の女の子達は、寄親の俺達を立ててくれるからね。
素晴らしいね。
「今度王都に家の仕事も兼ねて一緒に行くか?」
「え、いいんですか? 兄上と一緒に王都の仕事に行きたいです」
ええ子過ぎて涙が出ちゃう。本当に申し訳ない。貴族男性の現実を責任を持って教えてあげよう。
絶望したら歓楽街にでも連れて行ってあげよう。
「男2人で一体どこに行くつもりですか?」
おっとティナの目が怖いから、後で話をしよう。
弟を上級クラスに売り飛ばすような形となったが…… 改めて考えるとこの表現もヤバいが、俺自身はラーファン子爵家の血筋は間違いないので、普通クラスに入学出来る運びとなった。
ごめんエト、ありがとうザナ母様。
多分生まれて初めて実母に感謝したが、同時に親父には本当に申し訳ないと思ってしまった。
そんな紆余曲折もあり、俺自身も今は175cm、前世の身長と同じになったが、薄めのストレートの金髪に切れ長の少し垂れた蒼い瞳。
割りと薄めのイケメンだ。
これだけを見ても俺の亡くなった実母、ラーファン子爵家の血が色濃く出ている。父親は不明としているが、俺自身は実母から打ち明けられている。
あの騒動後も不明という事で通し、言うつもりもなく墓まで持っていこうと考えてる。
知らないほうがいい筈だ。
今は我が領内もだいぶマシになってきた。
親父や俺、エトが畑を耕さなくてよくなったのも大きい。その分勉強と訓練に時間を回せる。
捕らえた空賊を鉱山に送って強制労働させてるし、今年からはオリーブも輸出出来るだろう。
在りし日のヘルツォーク子爵領も夢じゃなくなってきている。
今は罪悪感もあるので、家の仕事以外ではエトに付きっきりで訓練をしている。
ヘルツォーク子爵領軍の兵士達も利用する、モンスターが出る領内の洞窟で一緒に討伐したり、さっき行ったように鎧の訓練。
今や弟もスパルタの甲斐もあって、勉強はまだまだで学園でも苦労するだろうが、剣や銃に関しては学園の2年上位、鎧は3年の上位レベルと我が家の12騎士からのお墨付きを貰った。
他の貴族家の男子もさすがに鎧までは、入学前に習わない事が多いらしい。
親父も本来なら、初陣は学園卒業後で構わないしそれが普通だと言っていた。
なのに今ではすっかり俺は戦場に慣れてしまった。
哨戒任務に小さい空賊の討伐。威嚇射撃のようなものだがラーシェル神聖王国との撃ち合い。
あいつら、こっちは当てないようにしているのに本気で狙ってきやがった。
結局こっちも回避して被弾しなかったから、まぁ本国や領内は平和そのもの。哨戒に当たった運の悪い俺とかが無駄にドキドキしただけ。
しかも空賊の討伐は余りに弱すぎて、戦果として認められず仕舞い。
ボロの小型艇2隻と古い鎧2機だから仕方ないね。等と言われてしまった。
しっかりと大破させて鹵獲も出来ず、回収品も無しという散々な結果だった。
今さらだけど、あそこでエルンストに経験させてやりたかった。
「さあ、家に帰ろうか」
「わたくしやメグも王都に連れていってくださいよ」
「仕事では忙しいし面白味もないけど、来年は僕もティナも入学だから、その時に皆で行こうか」
「学園ではおにぃ…… じゃなかった、エーリッヒ様のお茶会にはわたくしが参加しますね」
「いや、家では習ったけど、結局僕は普通クラスだからお茶会開かなくて良さそうなんだけど……」
ダメです、開いてくださいと微笑みながら言われてしまえば、可愛い妹のために開きますかと少しやる気になってしまうな。
「「「「ただいま」」」」
あれ、何か親父とセバスが難しい顔をしている。
「王宮から連絡だ。ラーシェル神聖王国からホルファート王国に外交連絡があった」
「ラーシェル側からわざわざ、まさか宣戦布告じゃないですよね」
「ある意味もっと厄介だ…… こちらの国境側のフライタール辺境伯が政変で取り潰しが決定。辺境伯領メインの浮島はラーシェル神聖王国が取り押さえたが、小さい浮島を占拠して、ホルファート王国に越境を企ててるらしい」
「はぁっ!? 向こうの落ち度じゃないか。ラーシェルは何て言ってきてるんです」
親父は苦いものを噛み締めたかのような、渋く歪んだ顔つきで糞みたいな事実を絞り出した。
「ラーシェルは国境までは討伐任務を行うが、越境後は関与しないとの事だ」
「糞がっ、王国は何と?」
「受け入れは認めない。フレーザー侯爵家、ヘルツォーク子爵家、ナーダ男爵家、バロン男爵家で討伐せよとの命令だ」
ナーダもバロンも辺境の貧乏男爵家だ。クラスはわからないが、飛行船も両方あわせて10隻程度が関の山だぞ。
「フライタールの戦力は? ラーシェルからご丁寧にうちは悪くないよと言いながら教えてきたんでしょ」
凶報に俺自身、もはや口調を気にする余裕はなくなっていた。
「約100隻だそうだ。半分討伐及び接収したと」
「フレーザー侯爵の動員数次第だな。あそこは落ち目とはいえ、確か200隻は保有してあるはずですが」
俺は記憶にあるフレーザー侯爵家の戦力を思い出しながら親父に答えるが、かぶりをふって俺の言葉を否定する。
「あそこはラーシェル神聖王国の最終防衛ラインだ。簡単にこちら側に艦隊は動かせないだろう。ラーシェルのフライタール辺境伯領はそもそも、うちとナーダ、バロンよりだ」
フレーザーから50隻回ってきても数で負ける。しかもフライタールは帰る場所がない。死兵みたいなものじゃないか。
「何故王国はフライタールを受け入れないんです?」
「そもそもフライタール辺境伯は空賊と繋がり、その件で取り潰しらしいが、王国もその関連空賊達に各地で被害が出ておる。受け入れたら王国内に巨大な空賊団が誕生するハメになるので、絶対に沈めてほしいとの王妃陛下の嘆願も附記されておる」
「くっ、ミレーヌ様が…… ならやるしかないな」
「え、いやなんで王妃様の言葉だとコロッとやる気が出るの? ねぇお兄様?」
「やっぱりおにぃはミレーヌ様に何かした」
「何も出来るわけないだろ…… まぁ勲章や根回しの件もあったから、個人的に騎士の誓いをしただけだ」
「おぉ、兄上格好いい! 物語みたい」
「エトも陞爵したら王宮でやるだろうから、父上に教えてもらいな」
まぁ、ホルファート王にだが。正直この極端な貴族女性優遇を長年放置している、ホルファート直系は大嫌いだ。
兄弟のおかげで少し落ち着いた。
ラーシェル神聖王国のフライタール辺境伯の狙いは何処か、フレーザー侯爵家に単家、しかも半分に減った勢力で喧嘩売る程アホじゃないだろう。
いや、そんなアホのほうがこの際歓迎だが。
「狙いは我々だろうな」
俺の思考を読んだように親父がいうが、その通りだろう。
「ヘルツォーク子爵領を落として拠点とし、ナーダとバロンを制圧。その後にフレーザーや王国本土と交渉ですかね」
「それでも可能性は低いだろうが、奴等の生き残る道はそれしかない」
それでも後詰めの王国軍や貴族軍にタコ殴りにされるだろうが、それでも奴等は逃げ場がない。
「ラーシェルの馬鹿が! 全ての逃げ道を奪いやがって」
「フレーザーが弱れば一気に開戦だろう。ラーシェルはフレーザー侯爵領だけでも奪えれば勝ちだ。王国に楔が出来る」
「そうなれば泥沼の戦争。いや、奴等はフレーザー侯爵家を手にすれば勝てる、交渉して停戦可能だと踏んでるって事ですか?」
親父は頷くが、本当にそうなのか? 仮にもフレーザーは、ミドルネームにラファを持つ王家に連なる血筋。
何でもっと梃入れしない。いや、確か王女と嫡男が婚約してたな。
もしかしたら本格的なフレーザー家の梃入れはこれからか?
くそっ、王国はもっと国境を大切にしろ。
「王国軍や他家の増援は?」
「命令は4家に対してだ。ある程度戦況を把握してからだろうから、いつくる、とはわからん」
王国はそこまで辺境貴族家を疲弊させたいか。
「兄上……」
「お兄様」
「おにぃ」
そんな目で見られても困る。俺じゃなくて親父に期待したほうがいい。実績も経験も俺より上なんだぞ。
あぁそうか、この子達は親父よりも俺が常に動いていたのをこの数年見ていたからか。
あれこれやってきたもんな。遅かれ早かれ親父がどうにかしていたはずだが、つい精神的に大人のオッサンだから、大人と同じ仕事を俺もしたくなったんだ。
そうすればお前達が喜んでくれたしな。
親父や義母様は、本当の子じゃないとわかっても変わらず接して生活させてくれた。
さあ、恩返しをしよう。最後になるかもしれないのが少し悲しいが。
「さて父上、出せる艦は全て出します。全権を下さい」
悪名高きラーファン子爵家、二次創作なのに苦しめられるとは。
とまたしても書いていて思いました。