乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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本日はもう1話投稿しようかなと考えております。


第44話 連休明け

 翌日になって学園に登校すると、リオンが机に突っ伏していた。

 休暇時間になってから声を掛けようとリオンに近付くと、ダニエルとレイモンドも同じようにリオンの席に近付いてくるので、絶望の表情のリオンより先に挨拶を交わした。

 

 「よっ! リックはリオンより元気だな」

 

 そう声を掛けてきたのはダニエルだ。

 

 「リオンももう少し喜んだら?」

 

 レイモンドは俺とリオンを見比べて、突っ伏しているリオンの後頭部に声をかけた。

 

 「ブラッドとグレッグは、空賊退治の件で女子にちやほやされているのに、僕とリオンの所には来ないねぇ」

 

 半分がっかりしながら俺も愚痴を溢した。

 

 「いや、リックはたぶん恐れられているんじゃない。オフリー伯爵家の顛末は、噂でもうほとんどが知っているよ」

 

 レイモンドが眼鏡クイッとその理由を言ってくれた。そういう耳の早さは紛うことなく貴族なんだよなぁ。登校時から、女子も専属使用人も俺を見掛けると一歩離れるし。

 もうズザッとね。わかりやすくて逆に面白かったよ。

 

 「俺は下手に出世なんてしたくなかったの……」

 

 リオンがボソリと愚痴を吐き出した。

 

 「気持ちはわかる。階位が高いと大変だからな。お前の階位なら、領主貴族だと寄子や陪臣をまとめて艦隊を指揮するような階位だし」

 

 ダニエルが困ったように笑って納得していた。

 階位や爵位が高いと相応の働きを求められる。そこら辺りにいる六位下の男爵であれば、戦争になっても飛行船一隻で問題ない。

 俺が所有する、全長100m弱の主砲や副砲を取り払った速度特化の旧型駆逐艦ですら構わない。一体あれは何を駆逐するのだろうか? 距離や時間だろうか…… 大物感が増してしまった。

 

 実は困った事にあの旧オフリー領には、飛行船が既に無い。撃ち墜としたし、そもそも鹵獲、今回は飛行船に使用された浮遊石だが、全て王宮に納めている。

 今はヘルツォークの分家であるフュルスト家の人員と王宮官吏で後処理を進めて貰っているが、それが終わった後が怖い。親父と俺には都度確認と報告がくる手筈だ。

 いっそあそこでフュルスト家が、正式に王宮の直臣として叙爵してくれて構わないんだけど。

 

 「リックは卒業したら、子爵で五位下か。リオンも五位上が確実なら、結婚には困らないんじゃないの?」

 

 レイモンドが素朴な疑問というか、この学園に通う男子の悲願に着目した。確かに女子達のリオンを見る目は複雑そうだ。俺が目を合わせるとサッと逸らされる。

 え、もしかしたら俺って、今一番学園で嫌われている男子なのだろうか? 酷い。

 

 「あぁ、そうだな。確かにそうだけど、面倒だよなぁ」

 

 リオンが溜め息を吐くように項垂れるが、今からリオンに寄ってくる女子はリオンの地位が目当てだろう。この学園の女子は9割がそれ目的だが。

 こと地位や金目当てで言えば、普通クラスの女子だって男にそれらがあったほうがいいだろう。

 女の子は現実的に自分の利益を見ているから仕方ないね。愛は専属使用人と育めばいいそうだから。

 

 「修学旅行もあるし、その時に声を掛けてくる女子がいるかも知れないよ。羨ましいね」

 

 レイモンドは笑っていた。そこにはいつもの皮肉めいたものが無いのが印象的だった。確かにダニエルもレイモンドもまだ結婚相手は決まっていないから、純粋にチャンスが増えるという意味で羨ましいのだろう。

 しかし、俺は何かある度に結婚から遠ざかっている気がする。最早女子が、俺と目を合わせなくなってしまっているし。

 

 「しかし、リックは子爵になるのか。クラリス先輩とか結婚相手になるんじゃないのか?」

 

 ダニエルがそんな疑問を軽く言ってくるが、そう単純じゃないだろう。

 

 「いや、クラリスは伯爵令嬢と言っても大物過ぎるだろう。大臣の娘だぞ! 侯爵家や年代さえ合えば公爵家すら釣り合うお嬢様だ。時勢とタイミングが合致したなら、時の王妃にだってなれたかもしれない。成り上がりには厳しい…… 調子に乗った瞬間毒入りのワインを飲んでそうだよ……」

 

 お馬鹿ファイブのように同じ年ではないが、アンジェリカを筆頭にクラリス、ディアドリー、その下にはついにフレーザー侯爵家の嫡男と婚約した王女がいる。確か第二王女もいたか。その世代にはお馬鹿ファイブの残り4人の妹までいる。

 お馬鹿ファイブの妹達も同じ年だというから恐ろしい。リオンの妹のフィンリーちゃんやマルガリータと同い年だ。

 

 「アンジェを見てるから麻痺してたが、確かに大臣の娘さんっていうのも怖いよなぁ。え、何でクラリス先輩をそもそも呼び捨てにしてるんだ?」

 

 「いや、バーナード大臣がそうしろって」

 

 リオンがクラリス呼びにびっくりしているが、お前のアンジェ呼びも大概だぞ。

 

 「公爵令嬢を愛称呼びに大臣の娘、しかも年上を呼び捨てかい? 2人は怖いもの知らずだね。特にリックは学園を無事に卒業出来るかが心配だ」

 

 レイモンドが俺とリオンを呆れた顔で見てくる。いつも妬ましさや恨みで殺意を持つレイモンドが、終に俺を心配してきただと!?

 今後呑むワインは自分の物だけで、さらに未開封の物だけにしようかな。

 

 「リックとは同じ場所だが、お前達とは別々か。残念だな」

 

 リオンが堪らないといった具合に話題を修学旅行に話を戻した。それを聞いてダニエルはつまらなさそうにする。

 この学園の修学旅行は毎年あり、三学年合同で行う。目的地は3ヶ所あり、毎年1ヶ所を巡る事になるが、俺とリオンは一緒だが、ダニエルともレイモンドもそれぞれ目的地が異なっていた。

 全校生徒を3つに分けて、それぞれ修学旅行を楽しむ。その行き先は、連休明けの今日発表されており、皆その話題で持ちきりだ。

 

 「2人は色々と大変そうなメンバーらしいじゃないか」

 

 ダニエルがからかうように言ってくるが、俺としてはもういつもの面子だから、そんな風には思わないけどね。

 それに修学旅行までの時間は王都で色々と忙しいから、寧ろ準備を頼める。

 

 「リックはクラリス先輩にマルティーナさん、ヘロイーゼちゃんと一緒か。よく揃ったな」

 

 それに加えてナルニアも一緒だが、これは偶然らしい。

 

 「クラリスがこの連休中に手配していたらしいよ。僕も結局、知り合い少ないから助かったよ」

 

 ちなみにお馬鹿ファイブは見事にバラバラだ。たぶん学園の差配だろう。殿下とジルク、ブラッドとグレッグにマリエ、そして青髪メガネのクリスは俺やリオン達と一緒だ。

 

 「あの面子と一緒で有り難がるとか、もうリックは手遅れかもしれないね。僕は祈っておくよ」

 

 レイモンドが合掌をして拝んでくる。それにつられたのか、にやりと嫌な笑みを浮かべながら、リオンとダニエルも合掌してきた。

 俺を拝むな! 悲しみの向こう側にお前らも引き摺り込むぞ!

 

 「あ!? しかもリック! ドレスデン男爵の娘を囲い出したんだろ? ヤバくない」

 

 おいリオンっ! 何だその誤情報は!? 

 

 「違う! 今後寄子になる娘さんだ。オフリーの取り巻きをしていたから、学園での面倒を頼まれたんだよ。それにクラリスやティナに任せたから大丈夫だろう」

 

 マルティーナにも朝説明して顔合わせは済んでいる。

 もう既に学園では有ること無いこと噂されているのだろう。だからか? 女子が目を合わさないのは……

 

 「え、お前あの2人に任せたの!? いや、英断なのか?」

 

 リオンが悩み出した。ふふふ、抜かりは無いという事だ。

 

 「う~ん、俺には四方から刺される映像が見えてきた」

 

 ダニエルが酷い。

 

 「やっぱり成仏出来るように祈っておくよ」

 

 レイモンドは相変わらず、お手々の皺と皺を合わせて幸せになっている。

 俺に幸せをくれ!

 

 

 

 

 その日の放課後、カーラ・フォウ・ウェインは、学園裏の目立たないベンチで項垂れていた。

 連休明け初日だというのに、既にカーラが空賊と通じてリオン達を襲わせたという話が知られていたのだ。

 教科書は全て落書きがされ、中には破り棄てられたものまである。トイレに隠れば水をかけられる始末だ。

 

 「初日からこんなの…… 私なんかにどうすれば良かったのよ! うぅ、寄親のお嬢様になんか逆らえるわけないじゃないの。酷い…… これがずっと続くの?」

 

 よく見れば制服も所々ほつれている。物理的な危害もあった事を匂わせている。周囲からは、裏切り者、貴族の面汚し、直接的な虐めに参加せずとも皆が悪し様に言ってくる。

 たった1日とはいえ、カーラは心が折られてしまっていた。

 

 「こんな所にいた」

 

 カーラは声を掛けられた事により、ビクッと身を竦ませた。

 

 「カーラさんよね。あたしはマリエ。良かったら友達になりましょう」

 

 「え?」

 

 カーラはいきなりで混乱した。しかもこのマリエが、殿下を始め、上級クラスの有力子息達を篭絡した事はカーラでさえ周知の事実だ。現にブラッドやグレッグとカーラは面識さえある。

 もちろんマリエにも目論見はあった。

 

 (この女はどうでもいいけど、あの気に食わないモブを嵌めた事は素晴らしいわね。この女を連れていれば、あいつの悔しい顔も見られるかも。それにこれからあたしは聖女になる。その前にこの虐められている女を助けていれば、あたしの評価も鰻登りね!)

 

 カーラは、マリエが笑顔と差し出した手の裏で、そのような事を考えているなど想像も付かない。心が弱りきって無防備な所に与えられる優しさに、自然とカーラは涙が溢れてしまった。

 

 「わ、 わだじぃ…… どうじょうぼなぐでぇ…… ありがどぅ」

 

 「あたしもね、虐められたからわかるよ。仲良くしてね」

 

 「ばぃぃ、バビエざばぁ(マリエさまぁ)!」

 

 カーラはマリエに抱き付いて大泣きしてしまう。

 

 (正直カイル1人だとあの5人の面倒見るのも大変なのよね。ボンボンだからちょっとした身の回りの事すら出来ないし。この子にも手伝ってもらわなきゃ、やってられないわ)

 

 ベンチでカーラが落ち着くのをマリエは優しく宥めるように寄り添い待っていると、そこに近付く足音が聞こえてきた。

 

 「ラーファンの娘ですか」

 

 「カーラ……」

 

 マルティーナがナルニアを伴って、マリエとカーラの前に現れた。 ナルニアはカーラの様子に心を痛めてしまう。

 

 「な、何よ。何か用? それにあんた機嫌悪そうだけど、あたしに文句でもあるの?」

 

 マリエが言うようにマルティーナは機嫌が優れない。ちらりとナルニアを見て溜め息を吐いている。

 ナルニアはナルニアで、マルティーナの機嫌を損ねないように気を使う様子が感じられた。

 

 「いえ、エーリッヒ様に言われているので、貴女には文句は言いませんが、そちらのカーラさんに用があったんです。ニアさんもお知り合いでしょうし」

 

 その言い方だと自分に対して文句がありそうだとマリエは思うが、それを口にして口論にはなりたくなかった。マリエ自身も食べるために熊や猪とは戦ってきたが、マルティーナの気配はそれよりも遥かに恐ろしいと感じていた。

 

 「この子を虐めるの!? させないわよ!」

 

 「マリエ様っ!」

 

 シュッシュッとシャドーボクシングでカーラを庇うように立ったマリエ。カーラは感動してまた泣いてしまう。

 

 「違うわよ。カーラさんのウェイン準男爵家、処罰無しとはいえ、王宮からは見放されました。表だって助ける事は出来ませんが、せめて学園では、それとなくカーラさんを見ておけとエーリッヒ様に言われたから状況確認に来たんですが…… まさか貴女と仲が良いとは知りませんでした」

 

 最初からのやり取りを知らないせいなのか、マルティーナやナルニアから見ても、カーラはマリエに縋り付いて頼っているように思える。

 

 「何であんたの兄貴がこの子の様子が気になるのよ?」

 

 マリエから質問がきたので、マルティーナもベンチに座る。ナルニアはスペースも無いため横に立って様子をそのまま伺うように控えた。

 

 「エーリッヒ様が旧オフリー領を継ぐ事になるのよ。将来的にはウェイン準男爵家の孤立も解消されたら、エーリッヒ様とも関係してくるでしょう。そもそもオフリーの寄子だった貴女の実家は近いのだから。ニアさんの実家はエーリッヒ様の寄子になるわよ。だからその内、貴女のとこ……」

 

 「えっ! あんたの兄貴出世するの!?」

 

 マルティーナはカーラに説明するように伝えたが、マリエのほうが強く反応した事を訝しむ。

 ナルニアの実家が寄子になるという所で、マリエも出世だと気付いてマルティーナの言葉に被せてきた。

 ナルニアが上級クラスだという事は、学園で見ているのでマリエとて知っている。

 最低でも子爵家以上という事だ。しかもオフリーは伯爵だった。あの乙女ゲーをやったマリエでなくともブラッドの元婚約者の実家だという事は有名だ。

 

 「ええ、そうよ。それが何?」

 

 マルティーナはマリエの勢いに少々圧されてしまう。

 

 「てか何よあんたの兄貴! お金だってたくさん持ってるんでしょ! ずるい! あたしの従兄(いとこ)でもあるんだから、あたしに頂戴よ!」

 

 「はぁっ!? このメス餓鬼がっ!!」

 

 従兄、頂戴の二言でマルティーナの怒気が噴出する。マリエは方々から、お馬鹿ファイブの件で怒られた時に話題に上がりもした、ヘルツォークとラーファンの事をすっかり忘れてしまっていた。

 

 「ちょ、落ち着いて下さい! ティナの(あね)さんっ!! こいつは色ボケしてるからおかしいんですよ。おい、あんたも姐さんを刺激しないでっ! 総入れ歯になりたいの!」

 

 一瞬で沸騰しかけたマルティーナをナルニアは止めに入る。ナルニアもあのオフリー嬢が血の池に沈んだ姿はトラウマだ。挙げ句には海の藻屑になった事も知らされている。

 

 「ちょ、ちょ、待って! 冗談よ! あんたの兄貴が優秀でイケメンだからついね。ほ、本気じゃないわよ」

 

 マルティーナの怒気に本気で恐れるマリエ。マルティーナの右手からは今にも魔法が放たれようとしていた。

 

 (こ、このブラコン怖っ! でもあんなのがあたしの側に入れば、あたしは苦労なんかしなくて済んだのに!)

 

 「ま、まぁエーリッヒ様が学園で一番優秀で格好良いのは確かです。それがわかっていれば構いませんが…… でも貴女はエーリッヒ様に許されたようですが、2度とラーファンの血筋の話をしないでください。エーリッヒ様の許可さえ貰ったら、本気で殺しに行きますよ」

 

 「あたしだって実家は大っ嫌いよ! で、どうするのよ。この子はあたしの友達なんだけど」

 

 この子案外チョロいのかもとマリエは思うが、実家の話はマリエもしたくないので、話を元に戻す。

 

 「貴女の友達であれば、貴女が助けるのでしょうが、何かカーラさんにあれば、こちらは大っぴらには出来ませんが、出来る範囲で助けます。用件はそれだけです。ニアさんは何か?」

 

 マルティーナもラーファンの話はしたくないので、赴いた用件を伝える。

 マリエと友達ということは、あの5人とも関わるという事だ。こちらの助けなどいらないだろうとはマルティーナも思うが、エーリッヒから言われたため一応は伝えておくという程度だ。

 

 「カーラ、まぁそのぅ、私も助けて貰ってる立場だから大したことは出来ないけど、ほら、そのマリエっていう娘と友達ならさ。殿下達にも頼れば? そうすれば表だっての苛めくらいはなくなるんじゃない。私もたぶん陰では色々言われてるだろうから……」

 

 「ニアお嬢様……」

 

 ナルニアも自分ではどうしようも出来ない大きな流れの中では、途方に暮れるしかない。不安と諦めにも似た表情を浮かべていた。

 カーラからすればナルニアもお嬢様だが、オフリーに逆らえなかったという点では同じである。そのナルニアも頼る相手を見つけて全力を尽くしている。先程のマルティーナはカーラも恐ろしかったが、それを止める努力をしていた。

 ただしナルニアからすれば、無我夢中だっただけだが、マルティーナの横にいたのが大きい。真っ正面からマルティーナを見ていたら、恐怖で動けなかったに違いない。

 そんな事とは露知らずにカーラは、自分も守ってもらう代わりに、マリエをしっかり助けようと心に誓うのであった。




こういう日常的なやり取りが、書いていて面白いです。
進行はしていないのですがね。
原作様のキャラとの会話、やっぱりいいなぁと感じながら書いてます。

テンポが悪いのは承知の上ですが、修学旅行は次々話くらいからになりそうです。
申し訳ありません。

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