乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
進みが遅くてすみません。
俺はリッテル商会の打合せに行く前に、行き先をマルティーナに伝えておこうと探していると、学園裏の目立たないベンチから、マルティーナとマリエの声が聞こえてきた。
「ティナ、それにニアもこんな所にいたのか…… マリエか」
ベンチに座りながらカーラとマリエが寄り添い端に移動している。マルティーナもベンチに座っているが、半人分間が空いているのが、俺には気になった。
「ご主人様っ!」
ナルニアが助かったというような叫びを上げるが、マルティーナが何かしたのだろうか?
カーラとマリエは小刻みに震えていた。我が妹様はまだ朝から続く少し機嫌が悪い状態だ。
「エーリッヒ様、どうやらカーラさんとこのマリエは友達だそうですよ」
え!? マリエが友達! マリエも1学期は苛められていた筈だが、大丈夫なのだろうか?
「そうか、まぁ、マリエは逞しいから大丈夫だろう」
「何よ! あんたの妹怖いのよ! しっかりとヨスガって管理しなさいよ! あとお金頂戴!」
ヨスガだと!? 何故、あのある意味伝説のアニメをマリエは知っているんだ!! BPOに真っ向から喧嘩売った素晴らしい兄妹だぞ!
「貴女に言われなくても、わたくしはエーリッヒ様をしっかり
あぁ、そっちね。心の拠り所のほうね。
マリエの奴、その言葉を動詞で使うんじゃない! これだから裏山を駆けずり回って育った野生児は。
「お金って何だよ! 従妹でもそこまで面倒見れないぞ。あのお馬鹿ファイブを頼れ」
ヤバい、ティナが俺の従妹という言葉に反応して機嫌がさらに悪くなった。
「あいつらは事お金に関しては役に立たないの! この連休はカイルと王都のダンジョンに潜っていたけど、目的があったからあまり稼げなかっ…… あ、しまっ……」
マリエがいきなり言葉を噤んだ。
アッシマ○がぁぁああ!! とでも言うつもりだったのだろうか?
「ダンジョンに潜っていたのか。やっぱり逞しいじゃないか」
「あ、あは、あはは……」
マリエは笑って何か誤魔化しているが、カーラさんに、2人で何て危険です! と窘められて更に笑って誤魔化している。仲がいいな。
「あ、あのご主人様、ご用件は?」
ナルニアが、俺とマリエの会話が途切れたタイミングで聞いてきた。
「あぁ、ティナ。これからリッテル商会で事後処理の打合せがあるから、先に帰ってなさい。ニアも頼んだよ」
わかりましたと頷くマルティーナとナルニアを見ながら、気になったのかマリエが口を挟んできた。
「ねぇ、あんた同学年とはいえ、上級クラスの女子にご主人様って呼ばせるとかなくない? キモいんですけど」
「ティ、ティナ!? 落ち着こう! マリエは何も考えてないだけだから…… てかキモくねぇよ!」
マルティーナの殺気が、マリエに向いた瞬間に我が妹様を抱き止めた。2人は相性最悪だな。
え、ていうか実際キモいのか俺…… 地味にショック何ですけど。
「え、なっ!? お兄様っ! は、はひ……」
しゅぅ、と熱が冷めるようにマルティーナは落ち着き出す。あ、また熱が上がってきている気がする。
「ごにょ…… 何よ、結局ヨスガってんじゃないの…… ごにょごにょ」
マリエが怯えながらボソボソと何か言っている。
「それと、これ」
カーラさんにポンッと封筒を渡す。
「え、何ですか? え、えぇぇええ!? お金ですかっ! けっこうありますよ! これ」
「え!? お金!!」
1万ディアだな。表だってウェイン家を助ける事は出来ないけど、娘をこっそり助けるぐらいは良いだろう。
何だかんだ言ってもあの旧オフリー領の空域では、ウェイン準男爵家は無視出来ない。今後を考えると関係はよくしておきたいからな。
取り潰されずに家が存在しているなら、互いに利用価値はあるだろう。元寄子、所謂ご近所さんだからな。
おいマリエ、お前のじゃないからな。睨んで釘を刺しておく。
「その制服は変えたほうが良いだろう。色々内緒ではあるけど、コンラッド準男爵にはよろしくね」
こんな程度王宮は気にもしないからな。あくまで娘にだし、領ではない。怖いからバーナード大臣に報告しておこう。
助けてよバ○ニィ!
「あ、あの、ありがとうございます」
「内緒にね!」
右手の人差し指でシーッとミレーヌ様のように茶目っ気を出してみた。左手はマルティーナを後ろから抱き止めた格好のままだからだ。
胸の上側に腕を回しているが…… これ、胸の上に腕置けるんじゃないか!?
「ねぇニア、そのご主人様って止めない?」
「ではどうお呼びすれば? それにちゃんと仕えないと怖いです。それにクラリスお嬢様とティナ姐さんには許可を頂きましたから」
クラリス先輩とマルティーナの許可なら仕方ないか。え、怖いの? ティナだな。それとクラリス先輩だな。
「ほら、お父様もドレスデン男爵領は中々悪くないと仰っていましたから。ニアさんも無下には出来ませんよ」
「確かに父上も誉めていたね」
ドレスデン男爵領とオフリー領は気候や浮島の風土もほとんど一緒だから、農地改革などは知識面や指導において助けて貰わなければならないのも事実だ。
ナルニアを蔑ろに出来ないというのが実際の所だな。
オフリーの領民は、農地で麻薬の原料を育成して、領内の工場で一次加工し、王都のマフィアや裏の商会が、王都の工場で精製していたという屑っぷりだった。
原料と一次加工品は合法的な物に流用も出来るが許可制だ。オフリーが属する派閥内から許可を発行されていたが、マフィアとの繋がりが原因でその許可も剥奪される。
そんなん引き継げる訳もない。
名誉の戦死ならまだ本望だが、犯罪で縛り首とか貴族として阿呆過ぎる。謀殺ならまだ格好はつくかなぁ。
「まぁ、任せるよ。ニアもあまり肩肘張らなくてもいいから気楽にね。じゃぁティナ、僕は行くよ」
「あまり無理をなさらないでくださいね」
「あ、ありがとうございます」
マルティーナとナルニアの言葉に微笑みで返して、俺はその場を後にし、リッテル商会へと向かった。
☆
ここはリッテル商会の王都本部会頭代行執務室、会頭代行であるカトリナに加えて、本部マネージャーのトーマスとオフリー関連商会に関する件で打合せを始めた。
「しかし、王宮から許可が出ているだけでもそれなりにありますね」
俺はオフリー関連の店や事業に関するリストを見て素直にその多さに感心する。
「非合法関連は今後取潰されて、財産は王宮が持っていくでしょう。今やオフリーの派閥は、オフリーとの繋がりの証拠を処分するのに躍起になっているでしょうね」
それはそうだろう。カトリナ会頭代行の言葉に俺も相槌を打つ。
「ではここのリストにある物は全てこちらに?」
「はい、バーナード大臣からこのリストは預かりました。オフリーの元派閥やバーナード大臣の派閥等も押さえた物もあります。バーナード大臣は非合法賭博関連を押さえてましたね。エアバイクのレース場やその他の合法賭博をバーナード大臣は取り仕切ってますから。非合法を潰せたのは大臣にとって大きいでしょう」
合法賭博はバーナード大臣の巨大な財源である。非合法賭博に流れる人を止めるだけでも実入りは増えるが、さらに非合法賭博場を潰した跡地に作ればいいのだ。
麻薬関連は元オフリー派閥の人間が速やかに潰すだろう。相当の金額を抱えていそうだからな。オフリーの財産自体もかなりの物でミレーヌ様も喜んでいたそうだ。
問題はここにある事業をリッテル商会が請け負えるかどうかという事だが。
「基本的にはそのまま人員をリッテル商会で抱えて運営致します。もちろん多少の整理は行いますが」
「これでリッテル商会も大手に仲間入りですね」
カトリナ会頭代行の言葉に微笑みで俺は返す。他意はないよ。
「い、いえ、まだ準大手ぐらいですが、実はお願いしたい案件があるのです」
カトリナ会頭代行は何故か引き攣るような笑顔に変わってしまった。解せぬ。
「リストにある民間護衛組織と運送業の件ですが、今回の一件でそれぞれ1社ずつが潰れそうです。私共リッテル商会は幅広いとはいえ、さすがに飛行船を扱うその事業には疎くてどうしたものかと」
空の護衛組織や運送業は、リッテル商会といえどもさすがに伝手が無いという事か。
トーマスさんがカトリナ会頭代行の言葉を引き継いでくるが、それには少し心当たりがある。
「リストにある民間護衛組織は解体して、本家ヘルツォーク子爵領が引き継ぐとしようか。あそこは維持費と軍事費はあればあるだけ助かるし、軍艦級の飛行船も二十隻はその他の用途に動かせる。艦艇員の訓練にもなるから、一石二鳥どころか三鳥だな。顧客も喜ぶだろう。飛行船があるかどうかすら怪しいガタガタな運送業は売却してしまえばいい。それとリストにある民間護衛組織と運送業に所属して職が失くなる者は、希望すれば旧オフリー領、私の領地で引き取るとしよう」
同じヘルツォークなので、ヘルツォーク子爵領を本家と公の場では、俺は呼ぶようになった。今後俺も浮島の領地を持つが、同じヘルツォークなのでややこしくなってしまった。しかもこちらは偽物のようなものだ。
敬意も込めて、あちらを本家と呼んでいる。
その内民間護衛組織連盟をヘルツォーク本家で食ってやるさ。
民間護衛組織に運送業の人員は、旧オフリー領で軍人として雇用だな。今から訓練が楽しみだ。
「ではそのように。それとこのリストにある事業体の収支報告は、月に一度エーリッヒ卿も出席願います。オーナーは貴方様になりますので、もちろん割合はかなり便宜を図らせて頂きますわ」
カトリナ会頭代行は冷や汗を掻きながらニコニコとしている。俺が悪い事をしているみたいだな。
「会頭代行は大袈裟ですが、我々もエーリッヒ卿には感謝しているのですよ。大手へのかなりの足掛かりになりますからね。利益も充分です。バーナード大臣にもエーリッヒ卿へ便宜を図る事を念押しされています。しかもヘルツォークの御名前は、他の商会や貴族に対してかなりの牽制になりますので」
トーマスさんが俺の取り分を提示してくる。
まぁ、リッテル商会も「うちのケツモチはヘルツォーク組だけどお宅は?」と厄介事回避に使えるというわけだな。
だからこそ俺が売上の1割を頂くというわけだ。
売上の1割と聞くと多いかもしれないが、前世のように不可解で膨大なよくわからん販管費内の間接費はこちらでは少ない。というよりも無い。
交際費ぐらいか膨大なのは。でもある意味、交際費って個人的には解り易いんだけどね。
それに売上の1割と決まっていれば、直接費内の間接原価のようにも扱える。計算は売上割合なので、直接費と同義に近いが。
後はその運営体の努力だな。厄介事に煩わされずに商売出来るなら必要経費だろう。
俺のケツモチはアトリー組とヘルツォーク本家ですけど何か? 俺って凄い気がしてきた。
ここから領内整備や開発、軍備に回さなければならない事を考えると、今後は利益にも名目を付けて取ろうか? 欲張り過ぎはいけないので注視しておこう。
リッテル商会が管理運営を担うので、利益はちゃんと取って欲しいというのはもちろんある。
俺個人としては十分過ぎるかな。
親父にも護衛請け負いの件で、本家ヘルツォーク子爵領に還元出来るというのは素直に喜ばしい。先ずは手始めに五隻から十隻を護衛業として運用してもらおう。
話し合いが済み、王都を歩いていると視線を感じる。別に殺気やら何やらの不穏さはないが、少し不快だ。視線をそちらに向けてもその人物は闇に溶けている。
「相当のプロだろうけど、危害を加えてくる感じじゃないんだよなぁ。しかも最近多い……」
首を捻るが答えは出ない。しかし、叙爵やらオフリーとの争いやらでかなり有名になってしまった。
囲まれたり話掛けられるわけではないが、よく視線は感じるし、通りを歩いているとチラ見されてもいる。
「ティナ達には王都内での護衛を増やす必要があるかな……」
以前マルティーナには、リッテル商会のほうで王都内での護衛を依頼していたが、危険な視線ではないが、少し増やそうかとエーリッヒは考えながら、学生寮への帰路を急ぐのであった。