乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
そんなことを原作様を読んだり拙作を書いていると、ふと思ってしまいます。
公国の使者は随分と身なりのいい男だ。我々に向けられる態度は横柄で嫌味な感じが表情に滲み出ている。
髭を弄るな、引き抜くぞ! 自らの事をゲラット伯爵だと名乗る男は告げだす。
「男爵家以上の子弟は捕虜として扱ってあげますよ。それ以下の騎士家の子弟に興味はありません。亜人の奴隷も同じです。もちろん、この飛行船の船員も必要ありません」
大半は絶望する中、安堵しているのは上級クラスの生徒達だ。
一時間もしない内に俺の駆逐艦が現れる。防備を固めてリオンのパルトナーが来たら逃げる。
これがベストだろう。もう心がぴょんぴょんするぐらい詰んでる戦力差だ。
そんな事を考えていると女子の一人が自分の専属使用人を庇い出す。
「ま、待ってよ! 私の専属使用人は助けてよ。お気に入りなの」
馬鹿が、刺激するんじゃない! 一時間の猶予が崩れたら本当に道が無くなるんだぞ。つい歯軋りを鳴らしてしまう。
「ならば貴女はその愛人と一緒に沈みなさい。人質が1人、2人減ろうがこちらは構わないのでね」
ゲラットは馬鹿にした態度で答える。絶望する女子達は、自分達の専属使用人から視線を逸らして口を閉じるが、俺はそのゲラットの横柄な態度に安堵する。
こいつらは王国の領空で随分と余裕があるな。人質がいれば王国軍は怖くないという事か? それに一時間では王国軍は到着しない。一体何が狙いでどこまで攻め上がるつもりだ?
俺はマルティーナやクラリスに動くなと目線と首の動きで制する。2人は頷いてヘロイーゼちゃんとナルニアの4人で固まりだす。
その事に安堵すると――
「「なっ!?」」
リオンと驚いて声が重なる。それもそうだ、アンジェリカさんがゲラットの前に歩み出ていた。
くそっ、相変わらず短慮すぎる! もうアンジェリカでいいか、まったく、うちの妹達の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。意外と俺の言うことはちゃんと聞くのだ!
「何ですか、この小娘は?」
ゲラットはアンジェリカを見下ろすが、その態度に意を介さずにアンジェリカは堂々としている。
「アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ。私の家名ぐらい知っているだろう?」
公爵家の家名を聞いてゲラットは目を見開き驚くが、すぐに笑みを浮かべた。
「まさか公爵令嬢が乗っておられるとは。王国は本当に間抜けですね。そんな重要人物を護衛も無しに旅に出すなど――」
まったく、その言葉には同意しか出来ないな。
ゲラットは手を広げ喜びだす。
「――素晴らしい! 名乗り出たその勇気に敬意を表しましょう! さぁ、こちらへ」
リオンが止めようと動こうとすると、俺はリオンの肩を掴み、後ろに回る男子生徒が近寄るのを視線に殺気を込めて威圧する。
頭痛が酷くなり、目の奥がさらに痛むが気にしていられない。男子達は尻もちをついて後ずさる。
リオンを抑えて隠すように前に出る。
「一体何の気配ですか。誰です…… おや、貴方は…… いや、何でそこに立っているんです。立てているのですか?」
ゲラットは慌てたように俺を見て唾を飲み込む。
「リオン、後は頼んだよ。駆逐艦の指揮は僕、ティナ、クラリスと順位を伝えてある。使えるようならその順位を言ってリオンが指揮してくれても構わない」
「リック、お前……」
「まったく、
リオンと手早く会話を交わしてゲラットに伝える。
「僕よりも今の僕の状態を詳しそうじゃないか? いつから僕は公国の人気者になったんだい?」
「貴方は寝ていて起き上がれないものだとばかり思っていましたが。こちらに来て頂けますか…… あぁ、そういえば、偽物がいるのであれば本物もいる筈ですね。聞いてますよ出てきなさい、ヘルツォークの殲滅公女」
おい、王国内では秘密にされてきた事項だぞ。公国では割とポピュラーなのか、【公】の意味が。殲滅か…… そろそろ我が妹様の手綱が取れなくなってきそうだ。
「公女ってアンジェリカ以外にいるの?」
「ヘルツォークだからマルティーナさんか?」
「殲滅とかって何よ。女のくせに恐ろしい」
「子爵家の女じゃないの。ファンオースは爵位もわからない野蛮人なのかしら」
他の学園生たちが騒ぎ出す中、マルティーナも言葉の意味がわからず眉根を寄せながら前に出てくる。
最後のくそ女、圧倒的優位な状況の使者の前で馬鹿じゃないのか!?
「僕だけで十分じゃないのかい? ラファの付属品としてはそれなりだと思うが?」
アンジェリカは首を傾げているが、ゲラットの気を逸らすために喋りかけたが、熱もあって余計なことを俺も口走ったか……
「あぁ…… なるほど、公爵令嬢は知らないのですか。いやはやどうして、うちの諜報員は優秀だ。駄目ですよ、本物のヘルツォークは王国では価値がなくともファンオースでは価値がありますからね。殲滅公女とそれに使役される
「ティナ、抑えて」
厭らしい笑みを浮かべたゲラットは、俺とアンジェリカを見比べる様にした後にマルティーナへ視線を向ける。
念のためマルティーナに声掛けをしておくが、マルティーナはゲラットを強い視線で睨みつける。ゲラットの身を竦ませて一歩下がらせるが、ゲラットは自慢なのか自身の髭を撫でて気を落ち着かせている。
俺は我が妹様に使役される立場として有名なのか。まさか我が妹様に手綱を握られる事になるとは。
ヘルツォークの秘密は公国の高位貴族内では周知の事実という事なのだろう。しかしティナを巻き込むことになるとは迂闊だった。
しかも付属品の意味を確信された!? 相当深く俺個人の事を調べられている。マルティーナも先程から訝しむ様にゲラットの言葉を考えているのがありありと見て取れた。
「人質は私一人で十分だろう? 他の者達は見逃せ」
アンジェリカがゲラットに詰め寄るが、俺がそれを止めさせる。
「もう黙るんだアンジェリカ。お前の短慮に皆を巻き込むな。蛮勇は認めるが、この状況はお前の手には余るのがわからないわけではないだろう。実家からも浅はかだと注意されたのではなかったのか?」
「な!? エーリッヒお前……」
俺は頭痛を堪えるようにこめかみを揉みこむ。もうちょっとアンジェリカも経験と歳を重ねれば、落ち着き払った対応が出来るのだろうか? そうなれば素晴らしく有能だろうに。
「お兄様、大丈夫ですか……」
ティナに支えてもらいながら立っているが、ティナは俺の身を案じる事に意識が向いているのがこの状況では非常に助かる。
アンジェリカも自身の王子様に縋っていれば楽だというのに。
「我が身を差し出し、他の者達を救う。泣けてきますがまだまだ小娘ですね。今後の事は公国の飛行船でゆっくりと話をしましょう」
連れていかれそうになる俺達に向かって声を掛けてくる人物がいる。
「アンジェ! アンジェ、行かないで!」
「リック君!! ティナさん!」
「リックさん!! ティナちゃん!」
「ご主人様!! ティナ姐さん!!」
オリヴィアさんがアンジェリカさんに、そしてクラリスとヘロイーゼちゃんにナルニアは俺達に声を掛けてくれた。
俺はリオンに目配せをして微笑む。リオンは苦しそうな表情で頷いてくれた。
そしてリオンはクラリス達の元にオリヴィアさんを連れていくのを目にしたところで、公国の小型艇に乗せられるのだった。
☆
エーリッヒ達が連れられて行った後、リオンはオリヴィアをクラリスに預けて、少し離れたところで様子を窺うように佇んでいるが、実態はルクシオンと話をしていた。
「リックはアンジェに厳しかったな。でもあいつがいれば一先ずは安心だけど、お兄ちゃんか…… どういうことかわかるか?」
マルティーナが呼ばれる前にエーリッヒは口走っていた。本来であればそれでは道理に合わないのだ。そこがリオンの頭に引っかかっている。
『センシティブな内容なのでマスターは一度聞くことを拒んだ筈ですが、お聞きになりますか?』
ヘルツォークの調査結果を聞いた時である。
確か空賊を討伐した後のルクシオンの報告だったとリオンも思い出した。
「後でいくらでも謝るし、ヤバかったら黙っているさ。こんな状況だ、少しでも知っておきたい」
『……アンジェリカはエーリッヒの母親違いの妹ですよ。以前調べたアンジェリカとの遺伝子配列の照合の結果です。少し、アンジェリカの兄君と似てませんか?』
「ギルバートさんか…… 髪型が違いすぎるのと、頬に髪もかかって輪郭がよくわからなかった。それにそもそもあまり直視しなかったからそんなこと気付けないぞ。第一アンジェが気付いていない。しかし、これってレッドグレイブのスキャンダルだよな。俺、消されないかな。そもそもあいつは知っていてずっと普通に俺達、アンジェと学園で過ごしていたのか……」
どのような感情なのだろうとリオンは疑問に思う。エーリッヒは家族思いだが、本人は血の繋がりが無いと証明されている複雑な立場だ。しかし自身の努力もあって血の繋がり以上に家族に愛されている。それは浮島に遊びに来たエルンストやマルガリータのエーリッヒに対する態度に表されていた。
(マルティーナさんは置いておこう…… あれはリックの事を好き過ぎる)
『私が守りますのでマスターの身は安全です。それに、少し似ている程度であればいくらでもいますからね。エーリッヒも公にしたくなかったので、そこは割り切っていたのでは? そう考えると転生者特有の割り切りとも取れますか…… しかしエーリッヒは高熱です。そこを懸念されないので? 通常であれば立っているのも厳しい筈ですが』
「マルティーナさんがいる。そこはぶっ倒れてでも何とかするだろうさ。しかしあいつは属性詰め込みすぎだな。モブじゃないのかよ。あぁ、転生者だったな」
『この世界が乙女ゲーだと知らないモブですよ。マスターが言う乙女ゲーに少しも関わらない、単機で訓練された同じ鎧を100機程度は倒せる技量持ちのモブですね。アロガンツにはまったく敵いませんので、マスターの言うモブの中のモブにピッタリということでは?』
「んなわけあるか! あの5人がただの雑魚に成り下がるじゃねぇか!! Go○gle先生扱いされて怒っているのか?」
ルクシオンの評価が酷すぎると思い、リオンは思わず声を上げてしまった。公式記録ではただの一戦で77機ラーシェルの鎧を落としている。あの年齢でファンオースの黒騎士を超えている実力と言っても過言ではない。
鎧の性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを教えてやると言われそうな実力だとリオンは身震いする。そんな男に後を頼まれたのだ。リオンはプレッシャーで胃が痛くなってくる思いであった。
『あんな検索機能や地図機能、旅客機や自動車を自動操縦及び遠隔操作する程度の物と同列に扱わないで頂きたいものですね。こちらは開発から生産、艦隊管理、医療設備管理など、人の手を介在させずに全て行えるのですから。それよりも、本体は待機ですか?』
ルクシオンがいれば、寝てるだけで全て何でも行える。AIにおける究極の進化系の一つと言えよう。荒野でも人の住める環境を作り出しそうだとリオンでさえも思ってしまう。
「あぁ、あれは基本的に目に触れさせたくはない。警戒されて俺ののんびりライフが出来なくなるからな…… パルトナーとアロガンツで十分だ。ただしエアバイクは用意しておこう。リックの駆逐艦は間に合うだろうが、パルトナーは無理だろ?」
『急がせはしています。シュベールトのお披露目ですか、それは嬉しいですがマスターがやる必要があるのですか?』
「あるんだよ。リビアも泣いているからな…… それに俺も妹には苦労させられたんだよな」
アンジェリカの足は震えていた。エーリッヒ達が同行することになってその震えは止まっていたが、まだ16歳の女の子がたった一人で人質になろうなんて常軌を逸している。
それにリオンにはエーリッヒの高熱もやはり気になる。今すぐにでも倒れて動けなくなる状態だ。ルクシオンへはあくまで強がりの応えだった。
(それに、アンジェの事までリックには任せたくない。アンジェとリビアはこの男に厳しい酷い世界で、俺にとっての希望だからな…… でもリビアは主人公様だから。せめてアンジェだけは…… あいつにはブラコンを拗らせた義理の妹だけに専念させてやるさ)
「ルクシオン、この状況の打破は何だ?」
『マスターの考えている通りかと…… 私の本体を使用しないとなると、旗艦からヘルトルーデを奪って停戦交渉が無難ですね。だからシュベールトなのでしょう?』
「出来る相棒を持てて嬉しいよ。時間はまだある。準備した後にやるぞ! ルクシオン」
『はい、マスター』
球体の中央に位置するレンズが頷くかのように少し下がり、ルクシオンはリオンに付いていくのであった。
妹様はちゃんと言えば割と従順なのだ(笑)
グーグル先生もそのうち飛行機ぐらいはネットで動かせそう。