乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
空賊から奪ったラーシェル神聖王国の最新式軽巡洋艦三隻、数世代前の戦艦四隻、最新式の戦艦一隻、最新式の重巡洋艦が五隻、数世代前の軽巡洋艦が四隻、最新式の駆逐艦が二隻、補給艦が一隻。
最新式の戦艦を旗艦とし、名前はブリュンヒルデと名付けた。
特に意味はなく、なんとなく格好いいから付けてしまっていた。
鎧はラーシェル神聖王国の最新式が10機、王国の最新式が90機、数世代前の王国の鎧が90機、カスタマイズ機2機、内1機は親父専用機なので今回は使用しない。
俺の機体はヘキサグラム撃ちから取って、ダビデと名付けた。
この程度の数でも、ヘルツォーク子爵領の人間からすれば壮観だ。しかし領内には五隻の飛行船とおんぼろの継ぎ接ぎ鎧が10機しか残ってない。
さすがにもう後詰めの援軍としては出せないだろう。残りの飛行船の内も一隻は補給艦だしな。
残存戦力がこれでは貧乏男爵家と変わらないな。
ただこの2年でよく揃えられた物だ。
もちろん借金しているが、借金がしっかりと出来るようにまでなったヘルツォーク子爵領に感動してしまう。
「しっかり整備してありますんで、戻ったらまたワイン下さいね」
緊張を見せずに朗らかに言ってくるのは、俺が初陣で汚してしまった機体を整備、清掃してくれた30代の整備員だ。
「かなりピーキー設定だし、追加兵装の魔力操作で攻撃する槍の穂先のような武器のスピアも装備してる。スピードや小回りは大丈夫か?」
「ええ、この機体はラーシェル神聖王国とホルファート王国最新式の良いとこ取りをしましたからね」
とは言ってもコクピットハッチ回りの固さと各部スラスターの増加、その分動けるが反面、コクピットハッチ回り以外は防御面は弱くなっている。
リアル、「当たらなければどうということはない」を地でいく鎧だな。
1回言ってみたいセリフだよね。
ただし魔力波を感知して増幅して連動させるスピアは最新式。
てかファン○ルじゃね? 形状はビ○トかな? 魔力波感知増幅ってサイ○ミュじゃね?
と思ったのはまぁ愛嬌だ。
後は赤く染めて角も付けた。
赤いのは初陣からの癖だが、角には全く意味がないと考えたが、通信用としてそれなりに長距離も可能になった。ただのロマン装備だったのに整備員とメカニックが、それに意味を持たせてくれたのは純粋にありがたかった。
魔力波を相手に伸ばして糸電話ってところかな。
スラスターに魔力を通せば、瞬間的に速くなるし力も増す。
俺のオーラ○ードが開かれそうだ。
もうスピアやスラスターを魔力で使うという段階で、そんなもんかと受け入れるしかなかった。
確かに鎧に乗りながら魔法は使うが、余程の魔法じゃないと落とすのは難しい。俺は撹乱で使っていた。
幸いにも配備自体は3ヶ月前だったので、操縦も完熟している。
今は旗艦である最新式の戦艦内にて、ライフルに魔力を込めながらふざけた事を考えながら作業していた。
このライフルは、実弾に魔力を帯びさせて多少威力が上がるとの事。
普段通常運用していたから、魔力は空のままだったらしい。
大急ぎで発進準備をして出たのが、親父から連絡を受けてから2時間後。装備の換装やその他諸々は飛行しながらと慌ただしい。
「各家の状況は?」
ブリッジに戻りローベルト艦長に確認する。今回もローベルト艦長が旗艦にいるのは、数少ない安心材料だ。
「ナーダとバロンは近いので間に合いそうですが、フレーザー侯爵家はまだ準備が完了しないと連絡がありました」
「クラスはとりあえずいいから、何隻と何機回せると言ってきた?」
「40隻に鎧は200機だそうです。フレーザー侯爵家側の国境で、艦隊を動かすラーシェル神聖王国の貴族家が出てるそうなので、警戒と防衛のためこれ以上は無理との事です」
「全てラーシェル神聖王国の目論見じゃないのか」
肘掛けに拳を振り下ろしてつい毒づいてしまった。
「ふぅ、ナーダやバロンの数は?」
「併せて10隻です」
「まあかき集めてきたな。補給艦も我が家は連れてきたが、最悪ナーダやバロンに頼る事になるか……」
いや、フレーザー侯爵家が来るまでにどれだけやれるかか、王国本土の増援が未定だと遅滞戦闘も難しい。
教本ではこちらも浮島を利用しつつ、遅滞防御で援軍待ちだが。
「艦長、取り敢えずフライタール正面に同時到着するようにナーダとバロンに伝えてくれ」
「了解です。エーリッヒ様、後3時間もしたら到着でしょう」
昔のように「若」と小僧を呼ぶように気安く言われなくなったのは少し寂しいな。
さて、向こうはもう後がない。浮島も以前うちが空賊から奪ったやつの半分ぐらいの広さだ。
100隻の整備も搭乗員全員の生活すら絶対に賄えない。10,000人は最低でもいる筈、となると補給物資の貯蔵ぐらいしか使えないだろう。
浮島をぶつける?
いや、そんなもんに当たりはしないし、爆薬をセットされてても乗り込まなければ意味がない。しかも大きさ的に鎧を数機乗り込んでの確認作業でこちらは十分だ。
うん、どれだけ考えてもこの戦闘で浮島の使用価値は低い。
ヘルツォーク子爵領に向かわずにナーダ男爵領正面に来た。何故……
食料や生活物資の補給か!?
「艦長、フライタールが運んでる浮島は海面から水を吸い上げてなかったよな」
「確認します」
どこにだ、とは思ったがまぁいい。
何故そう思ったか、それはうちの空賊からぶんどった浮島がそうだからだ。
あそこはドックや工場設備メインだが、浮島内の小山に巨大な濾過装置が設置されており、海から飛行船で汲み上げるのと雨を貯める貯水池が多数ある。あの浮島程度であれば、それで十分数百人暮らす事ができる。
ある程度の大きさか、余程吸い上げる力を持った浮島じゃないと海面から引っ張りあげないんじゃないかと聞いた事があるしな。
「ナーダの小型哨戒艇に確認しましたが、浮いてるだけで水は汲み上げてないとの事です。20隻で引っ張ってるそうです」
「ご苦労。やるなナーダ男爵の哨戒艇も」
艦長から頼まれた通信員が応えてくれたが、なるほど20隻は牽引か。
ラーシェル国境付近から我が家は丸1日かかってヘルツォーク子爵領まで到着した。
奴等相当慌てているな。ラーシェル神聖王国に打撃を受けて急いで逃げ出した。だから一番近いナーダを目指しているという事か。
ドアの開閉音と共に体重を感じさせない足音が聞こえてきた。
誰だ? 今頃もう戦闘配備に皆がついているこんな時にと、そう思って音のほうに振り向くと――
「あら、戦艦のブリッジも中々良い景色ではありませんか? ねぇ、エーリッヒ様」
「お、おま…… 何でここに?」
この世界で麗しくも尊い、家族の1人がそこにいた。
☆
フライタール辺境伯軍はエーリッヒの予想通り、いやそれ以上に焦っていた。
ラーシェル神聖王国もホルファート王国同様、空賊を庇護し且つ利用するような家は、例え王家に連なっていようが取り潰しは間違いない。
空賊やその他関係書類は全て押収されており、一族郎党処刑になるのは明らかである。
迫り来るラーシェル神聖王国軍と近隣貴族領の混成軍との戦闘の最中、後方にいた艦隊を纏めて逃げ出したのが、フライタール辺境伯家次男のアンドラスであった。
「アンドラス様、浮島があると艦艇の足が遅くてかないません。遺棄しなければ、ホルファートの奴等が数を揃えます」
「浮島を遺棄してどうしようっていうんだ!! もしこの浮島を遺棄して、ナーダの浮島を奪えなかったら海に漂流する事になるんだぞっ!!」
大声で喚くように叫びながら、意見を口にした副官を殴り付ける。
「お前ら全員干からびたいのかっ!!」
這う這うの体で逃げ出してきた彼等は、被弾して後方に退いていた飛行船もあるため万全には程遠いと言えた。
艦長等は寄子の準男爵や騎士爵、陪臣騎士達であり、ラーシェル神聖王国に戻れば確実に処刑。
艦艇員も鉱山送りの上、一番過酷な場所での重労働で長くはないだろう。
死兵ではあるが、ホルファート王国側に攻めこんでも未来は無い。
艦艇員はむしろフライタール辺境伯を恨んでいた。彼等が何もせずに投降していれば、辺境伯一族郎党は処刑だが、ただそこで生まれて働いていただけの艦艇員は、特に罪には問われない可能性が高かっただろう。
よく知らぬまにフライタール辺境伯からの命令で、自国の軍隊と戦わされた彼等に罪を問うのは、余りにも惨いと言えた。
彼等の士気が最悪なのは、どうしようもなく仕方がないのであった。
☆
「マルティーナっ!! ここは遊び場じゃないっ! 死に場所だぞっ!!」
「やはりお兄様は死ぬ気ですか」
睨むように俺を捉えながら、兄と呼ぶ妹の気迫に不覚にも気圧されてしまった。
「言葉の綾だ…… 早く退艦しろ。小型艇があるはずだ」
「いいえ、退艦は出来ません」
俺の意見に逆らう意味がわからない。何故、そうも頑ななのか。
「お兄様、いえ、エーリッヒ様…… 王宮は誰に迎撃命令を出したのですか?」
「何を言っている? フレーザーにヘルツォーク、ナーダにバロンだ。この戦闘に参加する皆が知っていることだぞっ!」
当たり前の事を言う妹の真意がわからない。むしろこの場では、あれほど大切に思った家族の妹の印象と異なって見えてきた。
「そうです、わたくしが退艦したら、ここにヘルツォーク子爵家はいるのですか?」
「な、何を言って…… あっ!? いや、でもまさか…… それは乱暴では」
気付いてしまった。自分が今まで良かれと思ってやってきた事が、まさか妹を死地に連れ込む結果になるとは。
「気付きましたか。あなた様はラーファン子爵家側寄りの方です。お父様の子ではないと証明された後、ヘルツォーク子爵家と養子縁組をしておりませんから」
だからわたくしがここにいるんです。と胸を張って笑顔のマルティーナに呆気にとられてしまった。
「いや、でも…… 何故お前が」
「あら、メグを死地に連れ込むんですか? まだ12歳なのに可哀想です。エトですか? 次代を死なせてはダメでしょう。お父様を死なせたら、エトではまだ領地経営は無理です。……ね、わたくしが適任でしょう」
開いた口が塞がらないとは、こんな衝撃を言うのだろうか。
「俺はお前を死なせたくはないし、その覚悟があれば領地は任せられそうだけどな……」
「わたくしだってエーリッヒ様を死なせたくないですし、エトがしっかりするまではあの子を指導してやってください」
マルティーナの姉としての顔が見られたことに思いのほかほっとしている自分がいる。
「あいつは十分しっかりしている。後は父上がいれば大丈夫さ」
「じゃあ、わたくしがエトをダメに致します」
「おい!? ったく、おふざけはお終いだ。……どこまで考えていたか忘れちゃったじゃないか」
そうだ、打撃を受けて慌てて逃げているんじゃないか、だったな。
「しかし、このような状況でも彼らは浮島に縋るんですね」
マルティーナの遠い目をしながら発せられた言葉に強い違和感を覚えた。
「縋る…… どういうことだ?」
「わたくしもこの艦に乗り込むまで、王国本土からの情報をお父様から拝見させて頂いておりました。どう見てもあんな規模の浮島を後生大事に引っ張ってくるのは、彼等は怯えているのかなと思ったのですが」
マルティーナが小首を傾げ見つめながら、己の疑問を述べる姿は可愛らしいが、その意見に衝撃を受けた俺はそれに気づくことはなかった。
「そうか…… そういうことか」
なんだかんだ言って前世に引っ張られていた。
この世界に高所恐怖症はほとんどいない、何故か? そもそも空に浮いているからだ。
泳げない、海が怖い、浮島より下に行くと恐怖で震えるなんて人間もいる。
鎧の訓練ではそれも訓練事項に入っている。潜在的に恐怖心を抱えている奴も稀にいるからだ。
何といっても浮島の下には海しかない。大陸などどこにもないのだ。いや、探したらあるのかもしれないが、未だ見つかっていないのなら無いということでいいだろう。
確かに恐怖だな。飛行船で逃げ出したのなら、例え小さくとも浮島に縋りたいというわけか。
「なるほど、なるほど…… 艦長向こうの飛行船団の様子を聞いてくれ。被弾している船はいないか?」
「ナーダ男爵に通信開け」
「お兄様?」
俺の表情が目まぐるしく変わる姿にどう反応していいのか分からない妹様は、すっかり口調が戻ってしまっている。
「偵察艇より通信。被弾した船団20隻あり。多少煙が噴いているのと、浮島に上陸している船も10隻はあるとのことです…… 通信途絶しました」
「ご苦労。艦長、後でその偵察艇の乗組員のリストを父上に渡してやってくれ。命を顧みずに情報を渡してくれた勇敢な兵士たちだったと」
「艦内放送で鎧搭乗者達を格納庫に集めてくれ。作戦を伝える。艦隊命令はそれが終わってからだ」
あまり実感はないが、この世界では悪魔の所業と言われるかもしれないが。
いいさ、やってやろうじゃないか。
例えそれでも終わる前に死ぬ可能性が、遥かに高いのだから。