乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
ファンオース公国の旗艦内貴賓室。
マルティーナの肩に凭れ掛かり、意識朦朧気味になっていた俺は、急に身震いして覚醒した。
前にもあったトキメキにも似た何かのような気がする。
「んぅ、はっ!? 何だ?」
「どうしかしましたか? お兄様」
ビクッとして頭を起こした俺をヘルトルーデ王女もアンジェリカも訝しんでいた。
「いや、何故か、俺の次の扉が開かれるような気がした……」
BOY♂NEXT♂DOOR
「だからそれは開いてはいけないと前にも言いましたよね! 止めてください」
何が問題ですか? あぁん? ホイホイチャーハン♂
「い、いや、もちろん大丈夫だったよティナ」
危ない危ない、何かしらの展開でもあったのだろうか? というよりも結構時間が経ったと思えるほど、身体の辛さにあまり変化は見られないが、気分的には良くなっていると感じる。
俺は頭の靄振り払うかのように、瞬きを繰り返してから首を回した。
「貴方は大分辛そうね。まだ攻撃まで時間はあるわよ。休んでいたら?」
随分お優しいことだが、攻撃を始めないとは余裕だな。ヘルトルーデにも特段緊張が見られないのが気にかかる。
「その優しい言葉には涙が出そうになりますが、傲慢が綻びを生むこともあるのでは?」
「その言葉はホルファート王国にお返しするわ。ねぇ、アンジェリカ」
ヘルトルーデはアンジェリカを見ながら意味ありげに目を流すが、ラファの名を持つアンジェリカは耳が痛いのだろう。ヘルトルーデを睨んだ後は直ぐに窓の外へ視線を移すのだった。
ホルファート王国がそもそも国内外に対して傲慢だからこそ、このような状況に陥っているとも言える。
どう考えても公国を手引きした人間がいる筈だ。辺鄙だからこそこんな王国領空圏内にファンオース公国が優雅に飛んでいられる筈はないからな。
(そろそろ状況が動く。準備しておけ)
(はい、お兄様)
マルティーナの腰骨を叩いて合図をすると、我が意を得たりといった具合に即座に返事が来るのは頼りになる。
さぁ、駆逐艦かそれともリオンか、誰が引き金を弾く。
☆
豪華客船の格納庫にて、リオンはヘルメットを被ってエアバイクに跨る。
ヘルメット内にはエアバイクに仕込んだカメラから周囲の映像が見えるようになっている。簡易的な全周囲モニターの仕様にルクシオンによって改造が済んでいた。
『出番ですよシュヴェールト』
ルクシオンは、エアバイクに自分が収まる場所を作っており、そこに違和感なく取り付いていた。
リオンはハンドルを握って調子を確認するようにエンジンを吹かした。暴れまわるエンジンの振動が格納庫に響き渡ると、気を利かせた船員がハッチを開けてくれる。
「リオン君!! 本当に行くの? 駆逐艦と連携も取らずに……」
格納庫に風が入り込み五月蠅い中、クラリスがエアバイクに跨っているリオンに近づき大声で心配と共に問いかけた。
「ファンオースが動く前に主導権を取りたいんですよ。ヘルツォークならこちらに合わせるか上手いこと牽制なりしてくれるでしょう。クラリス先輩は、ヘルツォークが接触してきたら、リックの件やこちらの作戦を伝えて豪華客船を守るように指示してください。お願いしますよ」
「まったく…… リック君もそうだけど、あなたも相当無茶苦茶よ。今のリック君には2人の面倒は無理だから、アンジェリカはリオン君に任せるわ…… 本当に
誰からとも何からとも具体的には言わないクラリスに、だからこそリオンは驚愕してしまう。
「クラリス先輩ってもしかして?」
「あら、落ち着いたらリオン君とアンジェリカには、お義姉さんって呼んでもらわないとね」
リオンにウインクをしながら背中を叩いて船内に向かっていくクラリスを、リオンはただ唖然と見つめることしかできなかった。
『あの実子証明を王宮に通してみせたのはアトリーです。大方調査の内に数人当たりを付けていたのでしょう』
「あのゲスい使者の反応で確信に至ったって事か…… 恐ろしい
『エーリッヒとの今後の関係性を考慮して、家ぐるみで知らぬ存ぜぬを通していたとしたら中々ですね』
しかしリオンにはわからないことがある。
「何故、まるで俺に打ち明けるような意味深な事を?」
『甲板でのエーリッヒとマスターの会話をずっとクラリスは観察していましたよ。唇を読んだということでしょう。先程の言葉は、マスターがエーリッヒとアンジェリカが兄妹ということを気付いたかどうかの反応を見るためです。マスターの間抜け面から、クラリスにはマスターが知っているという事を気付かれたでしょうね』
「え!? ヤバくない! アトリーがレッドグレイブに対する脅しに使われたら俺、アンジェパパに処されるんじゃ!? てか間抜け面は余計だよ!」
リオンが途端にそわそわしと身を捩り出すが、決してハッチが開いて吹き込む風の寒さのせいではないだろう。
『何故そこで身を案じるのでしょうか? 私がいる限りマスターの身に問題は起こりませんよ。エーリッヒもそうですが、何故明後日の方向の心配をいつもしているのでしょうか? 転生者とは度し難いですね』
リオンの本気の心配に対して、まるで取るに足らぬものと非難するルクシオンにリオンは憤りを多少覚えるが、いつもの遣り取りに少し気持ちは落ち着く。
これから行う馬鹿な行動を考えると気分的にはいい状態で落ち着けていた。
「あの頭ブッ飛んだリックと一緒にするな。俺のは普通の感性だよ! 準備は良いか?」
『どちらもどちらだと思いますがね。こちらはいつでもどうぞ』
大空にエアバイクが飛び出し、まるで波の上を走るかのように優雅且つ機敏に空を飛行する。
そのエアバイク目掛けてモンスターの本能によるものなのか、集まり襲い掛かろうと海洋生物によく似た姿で口を大きく開けて迫りだす。
「雑魚の相手にはこれが一番だ!」
ルクシオンにエアバイクの操縦を任して、リオンはショットガンを両手で構える。
銃口のすぐ前に魔法陣が発生すると、小さな魔法陣が更にいくつもその周囲に発生した。それらが目の前に迫るモンスター達を次々にロックオンしていく。
『雷属性、散弾式、ライトニング構築完了。どうぞ』
「吹き飛べぇぇぇえええ!!」
引き金を引くとショットシェルが飛び出して魔法陣を突き破る。
すると、中の小さな散弾が弾け飛び、それらがそのまま魔力光を帯びて、色とりどりに変化しながら方向を無理矢理変えていく。
モンスター達がまるで驚くかのように、小さな魔力光を煌めかせた弾丸を避けようとするものの、貫かれて黒い霧の様に霧散していく。
まるで花火の様に広がる魔法は、密集しているモンスター達には非常に効果的な範囲攻撃であった。
問題はとても高度な魔法であり扱いが難しいことではあるが、リオンには優秀なサポートが付いている。
「見たか! 俺とルクシオンの力を! 2人で力を合わさせればこんな凄い魔法だって使えるんだよ。最近知ったけどな!」
一発で数十ものモンスターを倒したリオンは、成した戦果を誇るように気持ち良く大きな声で笑っている。
「まぁ、七対三の割合での協力だが」
リオン一人ではこんな大魔法を放つのは、まだ1年生の段階では無理である。ルクシオンは皮肉交じりにリオンの言葉を訂正するように差し挟む。
『どうして自分が七も頑張っているように言うのですか? 比率から言えば私が七で、マスターが三の割合ですよ』
「気分が良いところで邪魔しやがって。ほら、次が来るぞ」
急かされるようにリオンから指示をされたルクシオンは、人間がまるで溜息を吐いたような間を置いた後に苦言を呈した。
『……まったく本当に調子の良い』
リオンはショットガンを構え、また狙いをつけて引き金を弾くと目の前のモンスター達が、また大量に消えていく。しかし全周囲にモンスター達がいる状況である。リオンが突撃した穴を埋める様に後ろからモンスター達がリオンの駆るエアバイクに群がりだした。
『どうやら後ろは気にしなくてよさそうですよ。マスター』
「まったく、背中を任せることの出来る安心感は半端じゃないな。しかもあの機体は……」
リオンはルクシオンの言葉に少し後ろを振り向く。
『えぇ、エルンストです』
ブレードでモンスターを切り払いながら、鎧の足に取り付けてあるグレネードランチャーをモンスターの密集域に放り投げてライフルで撃ち抜き効率的に吹き飛ばしている鎧がいる。
黒々とした霧をその身に纏う光沢のあるスカイブルーの機体は、陽の光を浴びて輝きながら猛威を奮っていた。
☆
「豪華客船が方向転換しました」
艦上待機しているエルンスト達鎧の12機は、モンスターに取り囲まれながらも豪華客船がファンオース公国の旗艦へ進路を向けた姿が、約1,000Ft上空に位置しているこの駆逐艦からも見て取ることが出来た。
「距離を詰めて旗艦をやるつもりか! 中隊構成を解除。ペーターはモンスターを薙ぎ払って豪華客船に取り付いて兄上の指示を仰げ! 何!? エアバイクが出たぞ!!」
「どうします?」
ペーターと呼ばれた四十代前半の鎧搭乗者から通信が入る。このペーターはリック05のコールサインで呼ばれていた浮島落としを実行した大ベテランである。
ペーターが副長としてこの中隊の隊長であるエルンストを補佐していた。他の10名は、先日のオフリー合同艦隊戦が初陣であったまだ20そこそこの若者達だ。
「私があのエアバイクを援護する。ペーターは前の指示通りだ。第2第3小隊はペーター突入を援護しろ。残り第1小隊の2機は駆逐艦の護衛。状況次第で豪華客船の人員を回収することになる。死守せよ! エルンスト・フォウ・ヘルツォーク、突貫する!」
艦上から勢いよく豪華客船前面のモンスター群に突入していくエルンストを見ながらペーターは苦笑する。
「確かに敵飛行船かく乱は、まだまだひよっこのお前たちじゃ難しいか。行くぞ、着いて来い。何、モンスターなんぞ鎧に乗ってりゃ大したことはないぞ」
「おむつ持参でお供しますよ」
若い鎧搭乗者である第2小隊隊長の物言いに、他の鎧搭乗者達の笑い声が魔力通信機越しに聞こえてくる。ひよっことは言っても訓練自体は十分に済ましてある。
実戦というには少々優しい部類であったが、実戦経験済みでもある彼等若輩も適度な緊張感を持ち、心身共に良い状態といえた。
「口だけはいっちょ前だな。ならば、漏らしても安心だな! 豪華客船甲板、モンスターを消し飛ばしてやれ!!」
スカイブルーの鎧は勢いよく豪華客船前面部に突っ込んでいくのを見据えながら、ペーターは若輩を取り残さないように気を使いつつも、モンスターにブレードを煌めかせながら突き進んでいく。
後ろから援護射撃を見事に行う10機は、とてもではないがひよっこには見えなかった。
☆
鎧に乗り込むクリスは、飛び出していったエアバイクを駆るリオンの姿を見ていた。
「本当にエアバイクで先陣を切るとは……」
豪華客船はリオンを追いかけるように既に向きを変えており、ファンオース公国旗艦を目指している。
リオンの姿に奮起されるようにクリスは鎧の操縦桿を握りしめた。
「バルトファルト、お前は強いな」
単純な剣術の強さなら自分が上でも今のリオンの姿を見ると、クリスは自分の敗北だと納得してしまう。
魔法、戦術的視野、そして何よりもその度胸、全てが自分よりも上であった。
そもそも単騎で突撃など誰もが憧れていても中々できることではなく、頭がおかしいと言われているヘルツォークですら早々例はないだろう。
それをリオン・フォウ・バルトファルトは、いとも簡単にエアバイクでやってのけてしまうのだ。
「私は、お前…… バルトファルトのようになれるのか?」
クリスの葛藤を表すように首から提げたお守りが揺れていた。
「私達の目的は豪華客船を守ることだ。絶対に守り切れ!」
クリスは鎧に乗り込んだ豪華客船の用心棒や生徒達を見渡して宣言した。仲間の鎧6機が声を揃えて応えながら、胸元を閉めて起動する。
外に出たクリスは豪華客船に突撃してきた大型のモンスターを一閃の元に斬り捨てた。その太刀筋に迷いはなく、モンスター達の中を豪華客船に添うように突き進み、生徒で相対するのが難しい大型を斬り伏せていくとモンスター達は黒い煙となって消えていった。
「お、おい、あいつ凄いぞ!」
「きゃ! やっぱり強かったのね!」
クリスの雄姿を見た生徒達は歓声を上げだしていた。
そこに豪華客船に積まれていた鎧とは異なるスカイブルーの機体が、一時的に豪華客船の前面部のモンスター達を吹き飛ばして視界が開けていく。
「な、何だ!? あの鎧は?」
決して止まらずにモンスターを軽く捌くように見せるその姿にはクリスも驚愕してしまう。ブレードとライフルを巧みに使用し、尚且つグレネードランチャーをライフルで撃ち落としてモンスターを一掃させる技量には脱帽だ。
「え、何処から?」
「何あの滅茶苦茶強い鎧? 誰よ?」
「か、カッコいい……」
クリスの時よりも一際大きく歓声が上がった。
「あれはヘルツォークよ! 見なさい、あれがあなた達が蔑むヘルツォークの雄姿! まだ成人前のヘルツォーク嫡男、エルンスト・フォウ・ヘルツォーク!! ヘルツォークがどれだけ技量を研鑽し、誇りを磨き続けてきたかっ! 王国民なら刮目なさいっ!!」
クラリス・フィア・アトリーは、先程学園生達が
クラリス自身が誇る事ではないが、せめて学園生達の目を少しでも覚まさせようと、まるで慟哭するかのように涙を流しながら、侮るな、ヘルツォークの真の姿を見よと叫ぶのであった。
アトリーも実子証明の裏取りにおいて、ローランドかレッドグレイブ、フランプトン辺りを睨んでいたというのが実際です。医者は誰か知りませんので。
後は大穴でラーファンと金銭上の付き合いのある大店の商家といった所でした。
ローランドは早々に無いと判断されてました。
あの人隠さないから(笑)