乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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赤羽結城(偽)様、誤字報告ありがとうございます。


第56話 聖女の光

 ファンオース公国の旗艦では、警報が鳴り響いていた。

 立ち上がったヘルトルーデは、烏の濡れ羽色をした長い髪を揺らしながら窓に近づいていく。

 

 「殿下、いけません」

 

 「下がれ。自分の目で確かめる」

 

 侍女を手で遮りながら、警報が鳴った時から騎士に囲まれているアンジェリカを伺うと、外を気にしているようなので声を掛けた。

 

 「アンジェリカも来なさい。どうやら貴女の学友達は、名誉ある死を選んだようね。最後の瞬間をその目で見せてあげるわ。ヘルツォークのお2人さんも如何かしら?」

 

 俺は頷いて了解の意を示し、マルティーナに支えられながら窓に近づく。さすが貴賓室とでもいうべきなのか、テラスに通ずる扉を開けてヘルトルーデは外に出る。

 だが、ヘルトルーデは外に出て見れば、想像していた光景と異なっていたのか驚きの声を上げた。

 

 「なっ!? どういうこと?…… あの鎧達は!?」

 

 豪華客船がこの旗艦を目指して突撃してこようとしており、陽光を浴びて煌めくスカイブルーの鎧が、モンスターの群れの間を優雅に飛び回っているかのような光景が飛び込んでくるのが、俺やマルティーナにも捉えることが出来た。

 

 「エト…… 来ちゃったのかぁ…… 頭痛くなってきた」

 

 領内での訓練や勉強では飽きも来るし、一風変わったことがしたいという気持ちもわかる。年頃の好奇心旺盛な男の子だ。何となく乗り込むような気はしていたが、こんな詰んだ状況に次期当主が参戦するのは不味い。

 

 「もう、お兄様の言いつけを破るなんて…… お仕置きですね」

 

 小さい声でぼやく俺達にはヘルトルーデは気付かず、侍女に向かって声を張り上げた。

 

 「魔笛を早く!!」

 

 アンジェリカは慌てるヘルトルーデを忘れ、只一点を見ている。

 豪華客船の前方から魔法を解き放ってモンスターの中を突き進むエアバイク。それに跨る人物が誰かわかった途端に涙が決壊してしまったようだ。

 

 「馬鹿! 大馬鹿者!! 何で…… 何で逃げてくれなかった。それだけの力があれば、逃げることも出来ただろうに」

 

 リオンの姿を見つめたまま、もう涙を隠そうともしない。

 

 「騎士、いや、男の夢だからね。お姫様を悪漢から颯爽と救い出すのは…… いくつになっても心が躍るものだよ」

 

 「だ、だからといって! あんな無謀な!? 命がいくつあっても足りないではないか!」

 

 本当に心の底から、リオンを心配しているのがわかる表情と言葉が、アンジェリカから発せられる。

 

 「王国随一の冒険者は、そんな危険よりもお姫様を奪い返す事を選んだんだよ。浪漫じゃないか。それに、小舟で未知に飛び立つ勇気は、今この時にこそ! だな」

 

 ヘルトルーデは侍女が持ってきた魔笛に口を付ける。息を吹き込むととても不思議な音色が鳴り響き、周囲のモンスター達が活性化するように動き出した。

 アンジェリカは涙を流しながら頬を染めつつ、俺の言葉から逃げるようにヘルトルーデの笛に注視した。

 

 「それが公国の奥の手か」

 

 アンジェリカの問いに合わせるかのように、ヘルトルーデは口から笛を離す。

 

 「そうよ。数の差はこれで覆る。王国は沈むの」

 

 ヘルトルーデはそう宣言したのだが、豪華客船に突撃したモンスター達は次々に消えていく。

 窓越しから豪華客船を見ると、乗っている学生達が必死に抵抗をしており、シールドを展開しつつも魔法を放って応戦している。加えてヘルツォークの鎧達の護衛もあり、現状の防衛では問題は出ていない。

 ヘルトルーデやゲラットは王国の学生達を馬鹿にしてはいたが、そもそも男子は強いのだ。

 それは何故か? 

 上級クラスの男子は結婚してもらうため、そして普通クラスの男子でさえも生活費や、やはり女子へのアピールのためにダンジョンに挑み、稼いではそれを女子に貢ぎ消えていく。そのサイクルを繰り返しながらダンジョンの奥へ奥へと進み、卒業する頃には屈強な冒険者となっているのだ。

 平民から仕官を経て軍人、下士官となった者よりも余程強いし有用と言えるだろう。

 ただ女子に振り向いてもらうという一心で文字通りの血と汗と涙を流すのだ。男子学生にとってのお茶の一滴は正に血の一滴。強くないわけがないのである。

 自分も一学期は躍起に立ってたかと思うと泣けてくる話だ。

 

 「抵抗すればそれだけ辛くなるというのに」

 

 必死に抵抗する豪華客船と依然としてモンスター群の中を突き進むリオンを前に、ヘルトルーデが悔しさが滲み出るかのように唇を噛む。

 アンジェリカはリオンの姿に勇気を貰うかのように涙を拭い、ヘルトルーデを見据えて強い眼差しを向けて言い放った。

 

 「悪いな王国の貴族は諦めが悪い。お前らの望み通り意地を見せに来たぞ。そしてあの場では言わなかったが、先陣を切ったのはリオン・フォウ・バルトファルトだ。王国でも指折りの騎士だ!」

 

 ヘルトルーデはアンジェリカの言い放ったリオンという名に首を傾げているようだ。

 

 「バルトファルト?」

 

 そんな2人のもとにゲラットが髭を厭らしく撫でつけながら近づく。

 

 (彼らはお外に夢中らしい。ティナ?)

 

 (いつでもどうぞ)

 

 互いの腰骨付近で信号をやり取りする俺達には気付かずにゲラットはアンジェリカに話しかける。

 

 「確かに諦めが悪い。ですが、それもここまでですね」

 

 ゲラットがそう言うと、既に指示を受けていたのであろう公国の艦隊が豪華客船を囲む配置に付いた。射線に味方が入らないように八の字に展開している。

 モンスターが図らずも壁になってはいるが、豪華客船が持ち堪えられるかは微妙なところか。

 ちっ、エト頼みになりそうだが、もう艦隊は砲撃体制に入る。砲撃後はモンスター群にも穴が開くだろう。そこを駆逐艦で豪華客船の人員を回収してもらうしかないな。

 

 「勝手なことを」

 

 ヘルトルーデはゲラットを睨みつけている。王女は象徴とモンスターの使役メインで、実質の指揮官はこいつなのか?

 

 「勝つためですよ殿下。それにモンスターなどいくらでも手に入りますので」

 

 ゲラットが不気味に笑うと、モンスター達が押し寄せた豪華客船とリオンに何百という大砲が放たれた。

 モンスター達を巻き込むその砲撃にアンジェリカが叫ぶ。

 

 「リオン! リビア!」

 

 アンジェリカは騎士達に取り押さえられ、視線が俺達二人から完璧に逸れたタイミングでマルティーナに合図を送った。

 

 (ヤーグトッ(狩れっ)!)

 

 最早自分に出来ることは限られており、豪華客船側は祈る事しかできない。

 大爆発で発生した黒い煙に豪華客船が包まれていくのを意識外に追いやり、俺とマルティーナは騎士達に飛び掛かるのだった。

 

 

 

 

 豪華客船の甲板はモンスターの波に押し寄せられ激しく揺れていた。

 ヘルツォークの鎧達は、4機ずつが豪華客船の上部と下部に分かれてモンスターを迎撃している。元々積んであった6機に乗り込んだ学生や用心棒達は、甲板上や外周通路上の学生達と共に側面防御に注力している。

 学生達の魔法やシールドを及ぼすのが難しい上部と下部は、ヘルツォークの鎧で何とか抑えきっている。

 突入を果たしたペーターは、クラリスから衝撃の事実を聞かされていた。

 

 「ファンオースの旗艦にエーリッヒ様とマルティーナお嬢様が!! しかも公爵令嬢まで…… あのエアバイク、バルトファルト男爵はそれを助けに?」

 

 「ええそうです。リック君はアンジェリカを一人にさせないために付いていきました。リック君の素性に気付いた使者はティナさんも連れて行ったというわけです。リオン君がアンジェリカとヘルトルーデ王女を奪ってきたら停戦交渉になる筈…… それまでこの豪華客船の護衛をヘルツォークの方々にはお願いします」

 

 クラリスは外聞を憚ることもなくペーターに頭を下げて頼み込んでいるが、甲板上は皆が全力で対処に当たっているため、クラリスのその態度を気にされることはなかった。

 槍を持った男子生徒は小さいモンスターに攻撃を行い、女子を守っている。女子達は口々に呪文を唱えて飛行船を守るためにシールドを展開していた。

 クラリスの傍でヘロイーゼもナルニアもシールド展開のために魔法を使用している。オリヴィアは獅子奮迅の働きで、甲板上を駆け回り、負傷者の治療を行っている。

 

 「そういう状況ならあの御二人の身柄は現状では問題なさそうですね。では、こちらはバルトファルト男爵が遂行するまで防備に当たりましょう」

 

 「お願いします」

 

 クラリスは、エーリッヒの体調を伝えることが出来なかった。言えばヘルツォーク、エルンストが動揺するかと思ったことが要因である。旗艦に突貫でもされたら豪華客船の防備に穴が開いてしまうかもしれないと考え、リオンがヘルトルーデ王女の身柄を拘束する事に賭けた。

 その後交渉で交換する方が安全だと自分自身に言い聞かせて、伝えたくなるのを堪えたのだった。

 

 「お話は終わって? クラリス」

 

 「ディアドリー先輩」

 

 ディアドリー・フォウ・ローズブレイドは、片腕を横に振るって風魔法を発生させると周囲のモンスター達を切り刻んで黒い霧に変えながら、クラリスに話しかけてきた。

 

 「あの忌々しいオフリー伯爵を焼き尽くしたヘルツォーク子爵領軍と懇意にするなんて羨ましいじゃない。私はローズブレイド伯爵家の娘、ディアドリーよ。勇猛なる事音に聞こえし、ヘルツォーク12騎士の方の参戦に敬意と謝辞を」

 

 ヘルツォークの鎧は一般的に濃い焦げ茶とでもいうようなカラーリングであるが、選抜された技量が飛び抜けた搭乗者の鎧は赤黒くカラーリングされている。

 エーリッヒが趣味で行ったことであって、まだ数年の出来事であり、別段隠している事でもないが、軍人など知っている者は限られる情報であった。

 

 「光栄ですローズブレイド伯爵家のお嬢様、私と次期当主様以外はまだまだひよっこですがね。折れず、退かず、屈せずのヘルツォーク鎧乗りの生き様をとくとご覧あれ」

 

 ペーターは颯爽と鎧に飛び乗り甲板上と上部のモンスター群を切り裂き、そしてグレネードランチャーで吹き飛ばして、一時学生達の狼狽を鎮めて心のゆとりを取り戻させる。

 

 「羨ましいわねクラリス。あんな骨のある男達を従えさせるなんて。くださらない?」

 

 「私のではないわ…… それに私はあくまで、あの人の代わりなだけ。うふふ、絶対にあの人の代わりは譲らない。これは私だけの物…… うふふふふふふ」

 

 マルティーナ本人がどう思おうが、彼女はヘルツォーク内で確固とした立場、立ち位置が築かれている。彼女からの言葉はエーリッヒの代わりではなく、彼女の物として受け取られるが、今のクラリスは異なる。

 クラリスの言葉はエーリッヒの名代だ。それは指揮系統順位を聞かされた段階で駆逐艦乗組員もそう把握している。

 今この時においてエーリッヒの代役はクラリスであり、エーリッヒそのものなのだ。

 依存、執着、そのような事はクラリスは然程も気にしておらず、代わりとしてヘルツォークを任せられる事が嬉しいだけであった。

 

 「ただの賢しいお嬢様なだけかと思ってたけど、随分と怖いじゃない。今の貴女、結構いいわよ。ぞくぞくするわ」

 

 2人は背中合わせで、ペーターがぽっかりと空けた空間に殺到しようとするモンスターを魔法で吹き飛ばす。それを皮切りに態勢を整えた男子学生達は陣形を整えて攻撃を再開し出す。

 

 「ちょっと待て!? おい、大砲がこっちを向いてるぞ!」

 

 「飛行船に挟まれた!?」

 

 「モンスターごと吹き飛ばすつもりか!?」

 

 公国の飛行船は側面を晒して大砲を構えている。左右に開いて八の字ではあるが、学園生達もその意味することは理解していた。

 オリヴィアはその光景に呼吸が乱れる。胸の前で手を組み握りこむと、手首に提げている白い玉のお守りが淡く光り出した。

 

 「駄目! このままじゃっ!? ……駄目ぇぇぇえええ!!」

 

 天を見上げて祈るような姿で絶叫するとオリヴィアを中心に光が溢れ出した。それは人も豪華客船も優しく包み込むような温かな光であった。

 オリヴィアの絶叫と同時に公国の飛行艦隊から砲撃音が聞こえてきたが、オリヴィアを中心に広がる光の膜のような物が、砲撃もモンスター達も遮りかき消していく。

 

 「何の光!?」

 

 「おい、モンスター達が吹き飛んでいくぞ!」

 

 「嘘!? 砲弾を全部防いだの!!」

 

 生徒達も船員達もその光景を見て驚く。

 クラリスはその光に包まれた時、制服の上着のポケット内で、ガラス細工が割れるような音を聞いた。

 

 「何が!? オリヴィアさんから光が…… これは、砕けた!?」

 

 ポケットに閉まっておいたエーリッヒの黒く禍々しいお守りが砕けていた。

 

 「破魔の光! 獄火抱擁の呪いすら解いたというの!?」

 

 クラリスは、半ば確信していた神殿の最高位クラスの解呪でしか解けないような呪いを、オリヴィアから発生している光が打ち消した事に驚愕する。

 

 「クラリス様、モンスターも付近の奴等は吹き飛びました!」

 

 「す、少し息を整えたいですぅ…… クラリス先輩は驚いてましたけど、どうしたんですか?」

 

 ナルニアも周囲の生徒同様に驚いており、ヘロイーゼは息が上がっていた。

 

 「頑張るわよ貴女達、それに朗報よ! たぶんリック君の症状は快方に向かうわ」

 

 「え?」

 

 「へ? 何でです?」

 

 クラリスの言葉に意味がわからずに2人はぽかんと口を開けた表情になってしまった。

 クラリスは詳細を説明せずに、またモンスターへ魔法を放ち出した。

 

 (それに、呪い発動が昨夜だから恐らく熱が下がるのは早いでしょう…… でも今すぐではない筈。安静にしても明日はまだ辛いだろうにこの状況…… リック君、無茶せずに大人しくしておいて!)

 

 クラリスは祈りながら周囲を警戒して近づいてきたモンスターを倒すが、この必死な願いは叶えられることは無かった。

 

 オリヴィアは深呼吸をして目を大きく見開き、先程の絶叫冷めやらんままに集中と決意を固めていく。

  

 「リオンさんも頑張ってる。アンジェは不安がっているはず…… 今、せめて私に出来ることを!」

 

 オリヴィアは両手を広げて周囲に魔法陣を展開させる。手首に括り付けている白い玉が、オリヴィアの言葉に呼応するかのように強い光を放ちだす。

 公国の軍艦から砲撃が放たれるが、先程よりも勢いが弱い。モンスター群の壁が一時的に無くなり、豪華客船が野晒しになっているというのにである。

 それでもモンスター達は直ぐ様豪華客船に取り付こうとするが、オリヴィアの周囲に展開された魔法陣から光の矢が放たれ、鎧達が打ち漏らしたモンスターを貫いていく。

 オリヴィアが治療魔法で助けた船員や学生達が、オリヴィアに見惚れていく。オリヴィアは彼等に対して慈愛に満ちた表情で微笑み、そのままリオンの姿を見つけると必死に叫ぶ。

 

 「行ってくださいリオンさんっ! ここは、私が守って見せますからっ!!」

 

 豪華客船を包んだ温かい光が一層強く輝き、モンスター達や公国の軍艦の散発される攻撃から守っている。そして甲板上に押し寄せる小型のモンスター達には、オリヴィアの展開した魔法陣から光の矢が襲い掛かり吹き飛ばしていった。

 

 「これを…… あの特待生がやったのか!?」

 

 「凄い、それに見ろ! 公国の艦隊がっ!? 一方向側が多数火を噴いているぞ!!」

 

 「あれは、あの青いヘルツォークの鎧がやったのか!」

 

 ファンオース公国の旗艦と逆側に配置された飛行船の艦隊、エルンスト攻撃にさらされて十隻が火を噴いており、そのうちの五隻は高度が下がり、着水を余儀なくさせられていた。ファンオース公国からの砲撃が弱く感じられたのはこれが原因であった。

 そんな様子など、オリヴィアは気にも留めずにリオンへ視線を固定している。相当な大魔法であるため顔色は真っ青となっているが、視線はリオンから外さない。

 

 「もう少しだけ…… まだ頑張れる! お願い、私に頑張らせてっ!!」

 

 自らを奮い立たせたオリヴィアは、周囲の状況把握もままならぬ己の状態であったが、船を守るために魔法に注力するのであった。


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