乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第58話 強奪

 エルンストとペーターは分隊を組んで、八の字に展開した敵左翼の軍艦級飛行船から続々と出てくる鎧達を相手にしていた。

 ファンオース公国はモンスター頼みであったせいなのか、飛行船に搭載している鎧はあまり多くなかったようではあるのが幸いであった。

 最初にエルンストが沈めた五隻の飛行船に加えて、中破させた五隻も既に海面に着水している。

 味方の8機には、撃沈して着水した飛行船から上がってくる鎧達の相手をさせていた。

 

 「数が少ないこちらがオートで照準なんか付けるなよ! 静止軌道に入った瞬間四方から蜂の巣にされるぞ!!」

 

 ペーターが部隊内通信で味方機に呼び掛けている。

 

 「んな事言われたって、当たりませんよ!」

 

 味方機内の第3小隊の若い隊長から泣き言が入ってくる。

 

 「泣き言を言うんじゃない!」

 

 叱咤しながらエルンストに随伴飛行しつつ、ファンオース公国の無事である十隻から、こちらに対して向かってくる鎧をターゲットとして射撃を行っている。

 十隻からは50機が出てくるが、全て中々に手強く、撃沈された飛行船から上がってくる鎧達もそれぞれ正規に訓練された鎧搭乗者達であった。

 撃沈された飛行船からは、36機しか上がって来なかったが、それはエルンストの小型魔力弾頭によって引き起こされた、飛行船内部の誘爆に巻き込まれた可能性が高いためだと思われた。

 その36機に対しては、高度を生かした2個小隊が6機撃墜し、更にエルンストとペーターが、飛行しながら掩護射撃を加えて6機撃墜した事により、何とか2個小隊で渡り合っている。

 今は2個小隊とファンオース公国の鎧24機は、お互いに飛び回って牽制中であった。

 

 「こいつら相手に無駄口の多い奴らですぜ」

 

 ペーターは銃口を一定の姿で構えながら、相手も動いているため照準を大雑把に捉えつつも、相手の速度を考慮した偏差射撃を行うが、中々クリティカルが与えられない。

 ファンオース公国の鎧もよく動いている。

 

 「これだけの手強い相手に無駄口を叩けるなら有望じゃないか? 兄上も黙り込む新人よりも喚いてる奴のほうが、結果として生き残りやすいというしなっ!」

 

 エルンストはペーターの愚痴に答えながらスピアで相手の動きを一瞬止めたところをライフルで撃ち抜いた。

 

 「無駄口だけじゃなく、無駄弾も多いんですよあいつ等は。しかしまぁ、そのスピアは羨ましいぐらいですな。上手くお使いで」

 

 ペーターは大雑把に撃ち放った魔力弾頭をライフルで命中させて爆発させる。慌てふためいた敵鎧を交差狭間に2機撃墜した。その間の護衛はエルンストが行っている。

 

 「ははは、私も無駄弾は多い方だから耳が痛いな…… スピアに関しては全て兄上の指導だよ。ただ敵鎧を追尾させて突き刺すだけのスピアをよくもこう、見事に改良したものだ。この使い方はヘルツォークだけだろう」

 

 「結局まだ3人しかフル活用出来ませんがね。寡兵が常の我々にとっちゃあ、落とせる奴が効率的に落とすのが良いとはいえ、エーリッヒ様のセンスは異常ですぜ」

 

 元々コストが高いスピアを何とか破壊せずに運用しようとした苦肉の策であったが、想像以上に使い勝手が良かった。難を言うとすれば、鎧相手にスピアから発せられる弾丸では鎧を仕留められないというぐらいではあった。

 使い手もかなり魔力運用の技術とセンスが問われるため、戦闘スタイルが悪く言えば凝り固まっているベテランは遠慮したという点であろう。柔軟さが際立ち、それを自身の戦闘スタイルに取り入れたエルザリオが異常と言えた。

 

 「ペーターも無駄口が多いじゃないか。兄上に報告しておくぞ」

 

 「そりゃ勘弁ですよっと」

 

 エルンストはスピア二基を使用してペーター側の敵機にも牽制を入れている。そこを見逃さずに撃ち落とすペーターも大した技量ではあるが、彼からしてみれば敵鎧はスピアの弾丸に気を取られて、挙動が反転しようと一瞬止まるのだ。ごちそうさまとしか言えない状況であった。

 エルンスト達分隊の2機が、この短い時間内でファンオース公国の鎧を12機、1個中隊を撃墜した所で状況に変化が現れた。

 敵飛行船艦隊右翼、豪華客船から見て無傷の左側の艦隊の動きが止まったようにエルンスト達からは見えた。

 

 「何だ? エアバイクが戻った!? リオンさんがやったんだ!」

 

 開戦当初よりは大分モンスターの数は減ったが、まだ豪華客船を疎らに取り囲むように空を飛んでいる。その隙間から豪華客船の甲板に滑り込むシュヴェールトが見えたのであった。

 

 「敵が止まりましたね。おそらく男爵が敵方の王女を捕らえたのでしょう」

 

 エルンストの喝采の声に対して、クラリスから直接状況と作戦を聞いたペーターが相槌を挟んだ。

 

 「全機駆逐艦に後退、一度補給をしてから状況を見定める。急げよ」

 

 敵飛行船艦隊左翼も動きを止め出し、敵鎧が飛行船付近まで後退を始めたため、エルンストも光魔法で後退信号を発した。

 

 「浮島で話した時は普通の人のようだったのに、エアバイクで単騎駆けで王女を奪い、尚且つ公爵令嬢まで救出とか物語を見ているようだ」

 

 「エルンスト様はそういえば男爵とは面識があったんでしたな。まぁ、冒険者なんか脳みそをダンジョンに捨ててきたような連中ですからな。ぶっ飛び方も脳みそが無い分よく飛ぶんでしょうや」

 

 ペーターの言い方はかなり酷いが、口調が気安いせいかそれに面白味を感じてしまい、エルンストは吹き出してしまった。

 

 「ぷ、くはははは。無礼だぞペーター、まぁ、同意する部分が多々あるな。ははははは。とはいえ兄上の御友人だぞ。程々にな」

 

 「ほう、やはり類友という奴ですな」

 

 ペーターのそのひょうきんで物おじしない物言いに、もう一度エルンストは盛大に吹き出してしまうのだった。

 

 

 

 

 ファンオース公国旗艦の艦内は非常に混乱していた。

 そもそもこの飛行船は特殊であり、航行は大型モンスター便りであったため独力で浮かせて飛行する事が出来ない。今は徐々に安全機構が働いて高度を下げていっている。

 退避するために混乱した艦艇員達は、銃声が鳴り響いても頭の片隅に置く程度で対処に向かうことが出来なかった。

 

 「クリアだよティナ。しかしモンスターに飛行船上部を載せて航行するのも考え物だな」

 

 「浮遊石が小さくて済むんじゃないですか?」

 

 「なるほど」

 

 曲がり角の気配を伺いながら、マルティーナの言葉に納得してしまう。要はコストカット面が大きいという事かと考えながらも、マルティーナにハンドサインでOKを出して通路を走る。

 格納庫まで来ると、小型艇がちょうど脱出するところであり、さらに待機している小型艇もある。

 

 「あった! 黒い鎧が4機、さすが旗艦、黒騎士部隊の1個小隊を搭載していたか」

 

 「しかし何故未だに発進していないのでしょう?」

 

 話に聞く馬鹿でかい禍々しい大剣はないので、例の象徴ともいえる黒騎士はいないのだろうが、確かに不可解だな。

 そんな事をマルティーナと考えていると、角から艦艇員の会話が聞こえてきた。俺とマルティーナは壁に身を寄せてその話に耳を傾ける。

 

 「何故黒騎士部隊の搭乗者達が来ない?」

 

 「さ、先程、貴賓室で気絶されたゲラット様と、黒騎士部隊の騎士4名が死亡しているのが確認されました!!」

 

 「何だと!? 姫様を奪われた時か! ゲラット様は?」

 

 「直ぐに運び出してこれから別艦へ避難して頂きます」

 

 その会話には自然と笑みが零れてしまう。

 

 「おやおや、不意を討つというのは想像以上に素晴らしい物をもたらすな。近頃悪かった運の反動か?」

 

 「大方わたくし達が子供だと思って油断でもしていたのでしょう。寝惚けた国ですね、ファンオースは」

 

 マルティーナの厳しい意見には苦笑せざるを得ない。こんな所にファンオース公国の軍隊を展開させているのだ。ホルファート王国のほうが余程寝惚けているか、もしくはもっと質の悪い状態なのだろう。

 角から身を踊り出し、銃弾を2発お見舞いして物理的に黙らせる。

 

 「駆けるぞティナ! お前は手前の盾持ちに乗れ! はっ、はっ、は……」

 

 「はい、お兄様呼吸が!? お具合は大丈夫なのですか?」

 

 今の俺よりもマルティーナのほうが余裕があるのか、走りながら牽制も含めて銃を発砲しながら走っている。俺の拳銃は5発のリボルバー式で後1発しか残っていない。

 

 「取り付きました! 搭乗します!」

 

 「行け! ハッチ閉じろ!」

 

 立膝で搭乗待機していた鎧にマルティーナに続いて俺も飛び乗るが、ティナの翻るスカートに目を奪われたのは内緒だ。

 赤いな…… 実にいい色だ。

 

 「武装確認、盾の内側にグレネードランチャー二基。それとブレードだけです」

 

 マルティーナの緊張感に溢れた声で意識が切り替えさせられる。

 

 「ちっ、換装前かよ! ファンオースめ悠長な」

 

 俺の武器もブレードと脚部に取り付けられたグレネードランチャー二基だけだ。そうこうしているうちにこちらを捕らえるよりも脱出しようとする事に専念したのであろう。

 乗り込む前に見た小型艇が既に一隻発進しており、さらにもう一隻が発進しようとしていた。

 本当は例の黒騎士の鎧を頂戴したかったが、参陣していないのか? くそっ、これも強奪では一番良い機体を奪えないという呪いなのか!?

 核装備状態で強奪した25歳のラッキーボーイにはなれなかったか。俺は運が悪いからな。

 俺は未だ、未熟!!

 

 「発進だ。行くぞ! これはファンオースの鎧だ。少し空中で空の様子を確認する。離れるなよ」

 

 「はい! もちろん一切離れません!」

 

 少し重たいニュアンスの返事を聞いたような気がしたが、熱による頭痛の錯覚だろう。

 このまま2機は高度が下がりつつあるファンオース公国旗艦を脱出してその上空で待機する。

 

 「リオンは? おぉ、無事に甲板にシュヴェールトが戻っている」

 

 遠目とはいえ、何となくではあるがアンジェリカとヘルトルーデも見て取れた。モンスター達も当初よりはかなり数を減らしているが、それでもまだまだ脅威と言える。

 ヘルトルーデが豪華客船にいるせいかモンスター達も動いていない。ファンオース公国の軍艦級飛行船は、右翼の二十隻が上下を抑えているが、左翼は十隻撃沈されているため、残り十隻が豪華客船の上部寄りの側面を抑えている。

 加えてモンスター、結局囲まれているのは変わらないな。

 

 「ティナ、空は大丈夫かい? 下が海面で怖くは無いか?」

 

 「は、はい。お兄様がいるので大丈夫です」

 

 飛び慣れていないと下がダイレクトに海面というのは少々怖いだろう。しかも敵陣営内ということもあり、怖さも通常よりも一入(ひとしお)だろう。

 空の状況確認が済んだ所に、ファンオース公国の艦隊向けに拡声器で命令が響き渡った。

 

 『王女殿下はその身を公国に捧げた! 各艦、総攻撃を開始せよ!』

 

 ちっ、お飾りの小娘だったか…… しかしあのモンスター達を操る才能をこんな簡単に切り捨てるのか?

 俺達も豪華客船に戻るか? いや、せっかく敵機に搭乗しているんだから、一撃噛ますとするか。

 

 「ティナ、陽動をやるぞ」

 

 「しかし、お兄様の体調が……」

 

 マルティーナの心配もわかるが、ヘルツォークの鎧のような魔力反応過敏なピーキー設定では無いおかげで何とか俺も乗りこなせている。

 魔力反応のオート挙動は、ホルファート王国製やラーシェル神聖王国製よりもかなりスムーズで動きが滑らかだ。おそらく直線スピードもこのファンオース公国製の鎧の方がありそうだが、しかし、ダビデの魔力反応設定じゃないと俺にとっては、公国製も旋回軌道や反転軌道がドン亀である。

 しかし、この体調だと繊細な魔力制御や魔力運用など出来ないので、あんな過敏な欠陥機には乗れないので寧ろありがたいと言えた。

 

 「ほんの一撃だけだ。その後は駆逐艦に戻るぞ」

 

 「わかりました」

 

 パルトナーはまだか…… 最悪マルティーナだけでも逃がす。

 空中待機をしていると、次々に公国の飛行船が動き出して行くのだった。

 

 

 

 

 拡声器を使ったゲラットの声は豪華客船の甲板上からでも聞こえていた。

 

 「まだ生きているんだぞ。交渉も無しに自国の王女に死ねというのか!」

 

 クリスは苦虫を噛み潰したかのような表情で憤る。

 クリスはリオンが戻ると武器交換のために甲板上に戻ってきていた。クリスの搭乗した鎧は既にボロボロであり、ブレードは真ん中から折れている。

 リオンはそんな状態で戦っているクリスに驚愕していた。

 

 「ふふ、何もわかっていませんね。公国はこの程度では止まりません。私の代わりはいるのです。そもそも私は先遣隊を任されたに過ぎない」

 

 ヘルトルーデはその場に立ってリオンやクリスを笑っている。リオンはその言葉に耳を疑った。

 

 「先遣隊? ……ラスボスじゃなかったのか?」

 

 憤るクリスと悩むリオンの隙を突いてヘルトルーデは呪文を唱えた。驚きと共にリオンは銃口を向けるが、ヘルトルーデはそんなリオンを笑い、そして呪文を唱え終えた。

 今まで停滞していたモンスター達が、一斉に身を捩る様に動き出した。

 

 「何をしたっ!?」

 

 「覚悟が足りませんね騎士殿。即座に私を撃ち抜くべきでした。ヘルツォークとは真逆ね貴方は。あぁ、何をしたのか? でしたね。モンスター達を私の支配から解き放ちました。支配されていたモンスター達は支配していた者を狙ってくる。直ぐにでもこの船に集まってくるでしょう」

 

 ヘルトルーデの言葉が正しく解を示すように、周囲のモンスター達がまるで引き寄せられるように豪華客船に集まってくる。

 公国の軍艦級飛行船も動き出して豪華客船を目指してきた。

 

 「そこまでっ! そこまでする目的はなんだ!?」

 

 アンジェリカがヘルトルーデの胸倉を掴み上げた。

 

 「言ったでしょう。王国を沈めるためですよ」

 

 ファンオース公国はそもそも覚悟が決まっている。

 ホルファート王国外縁部の浮島群に工作を掛けておけば、一斉蜂起で王国はヘルトルーデの言うとおりに、ファンオース公国はこの先遣隊のみで王国を沈める事が出来たかもしれなかった。

 しかしモンスターの力に頼り、自らだけでやるという国力差を考えない傲慢さが、ファンオース公国という国を表しているのかもしれない。

 何故なら、未だに豪華客船一つ撃沈させることが出来ていないのだから。

 リオンはオリヴィアに視線を向けるが、相当疲弊している事が一目でわかった。もうあの豪華客船を守った魔法は使えそうには見えなかった。個人的にこれ以上無理をさせたくないという思いもあるだろう。

 リオンはエアバイクに跨りルクシオンに話しかける。

 

 「とにかく時間を稼ぐ、付き合え!」

 

 『構いませんよ。どこまでもお付き合いしましょう』

 

 エアバイクが宙に浮いたところで、リオンはモンスター達に銃口を向けて引き金を引く。魔法で吹き飛ばしたモンスター達が煙に変わるが、その煙を突き破って新しいモンスター達が現れる。

 

 「くそっ、最悪だ!」

 

 吐き捨てるように愚痴を呟きながらも、リオンはショットガンの引き金を引いてモンスター達を煙に変えていくのだった。




まさかあのセリフをあんなしょうもないシーンで使うことになるとは……実に、未熟!

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