乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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本日の投稿は61話からになります。
もし、こちらを先に開いてしまった場合は、1話戻っていただけると幸いです。


第62話 リオン対黒騎士

 アロガンツが貫かれた後の傷んだモニターを、リオンは手で押しのけるように取り払う。

 アロガンツの胸元は開いた形となり、外の風がコックピット内に入り込んで、風が直接身体を激しく撫でていく。その開放感は凄まじく、自然とリオンは尻が竦み上がり、不安感に苛まれてしまった。

 リオンは黒騎士が大剣を突き刺した瞬間、間一髪で頭部を右に傾けて、黒騎士の大剣を避けることが出来た。

 仮に突き刺さる場所がリオンの腹部であったならば、内部で躱せることなく死んでいただろう。

 

 「はぁ、はぁ……」

 

 リオンの肉眼で見る黒騎士は大剣を構えている。

 

 『性能は三割減です。パイロットへの負担増加。撤退を進言します』

 

 ルクシオンが丁寧に機体状況の説明をしてくる。

 

 「アロガンツの装甲を貫くとか聞いてないぞ。リックの忠告を甘く見ていた」

 

 『敵の持つ大剣は、どうやらこの世界特有の金属、アダマティアスのようです。ファンタジー金属ですね』

 

 「ファンタジーの塊みたいなお前がそれを言うのかよ」

 

 この世界の中でも特別製の大剣であり、それを身体の一部のように振り回すのは、乙女ゲーのアルトリーベの制作陣すら認めている公式チートの黒騎士という存在である。

 

 「俺だってさっさと逃げたいよ。何だよこいつ、強すぎるだろうが」

 

 リオンは愚痴を零すが、ルクシオンは冷静に反論してくる。

 

 『彼等の戦争動機は怨恨に根差しています。秘宝ともいうべき魔道具まで投入しています。しかも優勢な状況から一気に劣勢すぎる状況に陥ったように彼等は考えてます。退く判断が既に出来ないぐらい混乱しています』

 

 「くそ、パルトナーで苛め過ぎたか!? でもこっちだってギリギリのタイミングだったんだぞ!」

 

 リオンが毒づくが、それでもルクシオンは冷静だった。

 

 『目まぐるしく状況が反転すると撤退判断は双方に難しくなります。自軍における絶対的な数の優勢さがファンオースの判断を狂わせましたね』

 

 リオンにとっては耳が痛い。

 ルクシオンの本体を未だに使用しない、要は舐めプした結果でもあるのだ。この事は誰にも言えないだろう。

 ファンオース公国が現れた瞬間にルクシオン本体の攻撃で、全艦艇を撃沈させることも出来た事実がある。しかしそれを採用しないのは、リオン個人がルクシオンに大量虐殺させたくなかったという我が儘だ。

 

 「リックに文句言われそうだな」

 

 『エーリッヒはドライですよ。持ってる力は各々が使い道を選べばいい、と言うでしょう。文句があるならば、使いたい人間が力を持てばいいという考えの筈です。無い人間がそもそも文句を言うなというスタンスですね』

 

 一変してルクシオンがリオンを擁護するような言葉を発してくる。リオンにとっては違和感が半端ない。

 

 「何からの分析だ? それは」

 

 『普段の行動と、ヘルツォーク内にあるエーリッヒの手記を基にした分析結果からですが』

 

 調査の一環でルクシオンが、ヘルツォーク領の屋敷に忍び込んでスキャンしまくっていた資料の中にあったものだ。

 詳細を知るのは心が非常に痛むので、絶対に聞くまいとリオンは心に誓った。

 

 「若いな。六芒星(ヘキサグラム)の赤い悪魔といい、あの五芒星(ペンタグラム)の青い悪魔もそうだが、こんな若いのが王国の騎士だと?」

 

 リオンは黒騎士に話しかけられた事に驚く。皴枯れ気味の老人の声に近いものがある。

 先程リオンは他の黒騎士部隊にこの外道、外道騎士などと呼ばれて気落ちしていたが、エルンストの異名もリオンの気落ちを加速させていった。

 

 「お前らが攻め込むから、学生でも戦うしかなかったんだろうが!」

 

 「そうか、俺の時もそうだった。小僧、王国に生まれたことを恨め」

 

 リオンは黒騎士から視線を切ることが出来ないでいた。その刹那の瞬間でさえ容易に串刺しにされる映像が、ありありと脳裏に浮かんでしまったのだ。

 操縦桿を握りしめ、アロガンツの拳を構えさせると緊張で呼吸が乱れる。

 正直リオンは逃げたくて仕方がない。普段なら絶対に逃げているだろう。では何故そうしないのか。

 他の学生達にあれだけ偉そうに説教をしておいて、逃げ出すのが恥ずかしいという理由に加えて、そもそもこの黒騎士が逃がしてくれそうにないからだ。

 背中を見せれば容赦なく殺されるだろう。リオンは開いて外の景色が一望できるアロガンツの損傷痕を確認する。アロガンツを貫けるという事は、パルトナーの装甲とて貫くという事だ。

 アンジェリカとオリヴィアの顔が思い浮かぶ。

 

 (こいつだけはここで止めないと2人が危ない)

 

 『本体の使用許可を求めます』

 

 ルクシオンは黒騎士を危険と判断して、本体で焼き払う許可を求めてくる。

 

 「お前を使えば黒騎士を殺すことになるだろうが。それじゃ嫌なんだよ!」

 

 『理解できませんね。敵、来ます!』

 

 先に動いたのは黒騎士だった。リオンの首に提げたお守りが揺れる。

 大剣を振り下ろしてくる黒騎士は、その動きに一切の迷いが見えない。敵を殺す事に躊躇いは無く、アロガンツの右腕で受け止めると、大剣が大きく食い込んだ。

 損傷アラートがコックピット内をけたたましく鳴り響いている。左手を黒騎士に向かって伸ばすが、危険を察知した黒騎士は、大剣を引き抜いてアロガンツの真上を飛んで後ろへと回り込んだ。

 アロガンツは慌てて振り返るが、既に大剣を横一文字に黒騎士は振るっていた。

 前に出て距離を詰め、黒騎士に体当たりを行ったが、アロガンツの右肩に大剣が深く食い込んだ。

 

 「機体性能の差がどれだけあると思っていやがる!? このチート野郎がっ!」

 

 毒づいたリオンに返答するのは常に冷静なルクシオンだった。

 

 『操縦者の技量に関しては、圧倒的な差がありますね。しかし、武器の性能差は比べるべくも無いですが、エーリッヒの操縦技量の方が高いのが興味深いですね』

 

 アロガンツは左腕を黒騎士に叩き込み、そして衝撃波を放とうとすると黒騎士は乱暴に左腕を蹴り飛ばしてアロガンツから離れた。

 

 「あいつは一体何なんだ? 転生特典でも持ってんのかよ! ずるいぞ!」

 

 『だから、そんな異常は見当たらないと報告しましたが』

 

 ルクシオンに構っていられなくなったリオンは、迫る黒騎士を何とか躱しつつも右でも左でも構わないから腕を叩き込もうとするが、寸でのところで何回も躱されてしまう。その度にアロガンツの装甲が少しずつ削られていく。

 しかし黒騎士も無茶な動きが多かったせいか、アロガンツに殴り飛ばされた左腕や距離を取るために、アロガンツの胴体を蹴り飛ばした足も砕けてしまっていた。

 

 「はぁ、はぁ、王国の騎士に負けるわけには」

 

 黒騎士自体も随分と弱っており、絞り出した声は息苦しそうになっている。

 苦しさで言えばリオンも同様であった。

 黒騎士が突撃してくると、夕日が眩しくリオンは目を細めてしまう。

 

 「ちぃ、古典的な手を使いやがって!」

 

 夕日の中、大剣がキラリと煌めいたのをリオンは見た気がした。

 距離を詰められたアロガンツはそのまま黒騎士の大剣に突き刺されるが、リオンはアロガンツからその前に抜け出しており、黒騎士の鎧にアンカーを引っ掛けて飛び移った。

 黒騎士はリオンの行動に驚くが笑みを浮かべる。

 

 「勝負を捨てたか!」

 

 「いや、俺の勝ちだよ」

 

 リオンは同じように笑みで言葉を返す。リオンに気を取られた黒騎士は、アロガンツが無人で動いていることに気づいていなかった。

 アロガンツが黒騎士の鎧を抱きしめる様に徐々に締め上げて行く。

 

 「なっ!? どうして動く?」

 

 黒騎士の機体頭部を引き剝がし、リオンは身動きの取れない中のパイロットと対面した。額に大きな傷がある60歳前後の男に向かって、リオンはホルスターから抜いた拳銃を突き付ける。

 

 「終わりだ。降伏しろ!」

 

 「断る。さっさと殺せ! この臆病者が!」

 

 黒騎士の凄絶な睨みと気迫に、リオンは背筋がゾクリと震えてしまった。

 

 (拒否だと!?)

 

 リオンの額から頬にかけて汗が流れ落ちる。一瞬のこの間が、途轍もないほどリオンには長く感じる。焦りが生まれてくると、ルクシオンがリオンの右肩にやってきた。

 

 『マスター、制圧が完了しました』

 

 この緊張感に溢れた間を崩す吉報にリオンは心の中で踊り出すのだった。

 ルクシオンからの報告により、改めて周囲を見渡せば、戦場の音が聞こえなくなっていた。動けなくなった敵の艦隊や鎧も、既に海の上に浮かんでいるのが見えたのだった。

 

 「よくやった!」

 

 ルクシオンが本体を使用せずにパルトナーのドローンで、気の長くなるような作業を行っていた証拠であった。結果としてヘルツォークが絡んでいない艦の人員や鎧乗りは死んではいない。

 戦果に対して驚愕の捕虜の数と言えよう。

 

 『本当に苦労しましたよ』

 

 ルクシオンがやれやれとでも言うように呟き、黒騎士が悔しがりながら俯く。

 

 「姫様、申し訳ありません」

 

 そんな黒騎士の様子を見ながら空を見上げると、ヘルツォークの鎧と黒い鎧の計6機が、今は着水したばかりの敵後方の艦に降り立つ姿が見えるのだった。

 

 

 

 

 ゲラットは、黒騎士がアロガンツに拘束される姿を甲板上で見てしまい、気が狂ったように笑っていた。

 周囲の避難して下さいという懇願は聞こえていなかった。

 

 「終わりだ。私はおしまいだ」

 

 生ける伝説のような黒騎士が敗北したことで、公国軍の士気はもはや地の底に、いや、海の底に沈んでいた。既に戦う力は残っていなかった。

 公国軍は学生の乗る民間の飛行船に負けたのだ。ヘルツォーク軍の12機の鎧がいたとは言え、対するファンオース公国軍は軍艦級飛行船四十隻、鎧は200機。黒騎士部隊はバンデルを除いて16機である。それに加えて万を超えるモンスターを呼び寄せる魔笛まで使用したのだ。

 この戦力を率いて、学生が操るよくわからない飛行船一隻と鎧7機、ヘルツォーク12機に完敗したのだ。責任者クラスどころか、生き残った指揮官クラスでさえ間違いなく処刑だろう。

 ゲラットはひきつけを起こしそうな笑いのまま懐から銃のような道具を出す。

 一発だけ撃てるそれは、魔笛を研究して作られた道具であり、モンスターを呼び寄せることが出来る。

 本来は魔笛で支配するモンスター達を集めるための道具だが、その中でも特に強力な効果を発揮するため使用を制限されている道具だった。

 

 「こ、こうなればせめて全てを消し去らなければ! 将来私が無能として――」

 

 涙や鼻水でぐずぐずに崩れた表情でぶつぶつと喋るゲラットの前に、戦場には似つかわしくない清廉な音色に一粒の色気を加えたような脳髄を震わせる声が降り注いだ。

 

 「ごきげんよう。あら、相も変わらず品のない顔を晒していますね」

 

 黒騎士部隊の鎧と後ろには随伴のこげ茶色のヘルツォークの鎧2機が、ゲラットの前に音も立てずに見事に甲板上に降り立った。

 独りぶつぶつと呻くように声に出していたゲラットは、ハッとしてその声に向かって声を上げると、黒騎士部隊の鎧のハッチが開いており、そこからマルティーナが拳銃を構えているのが見えた。

 

 「あ、貴女はヘルツォークの――」

 

 銃声が鳴り響き、ゲラットの額には穴が開いて後頭部は吹き飛び赤い花を見事に散らしていく。

 

 「気持ち悪い声。耳が腐りそうですね…… どちらでも構いません、あの銃のような道具を拾いなさい。この期に及んで使用しようとしたものです。持ち帰って調べます」

 

 「はっ!」

 

 後ろの1機から降りてきた第2小隊の隊長がその銃を拾い上げる。それをまだハッチが開いているマルティーナに渡した。

 

 「公国は動きが止まっていますがどうしますか?」

 

 第2小隊長がマルティーナに確認を取ってくる。予定ではこの一隻ともう3機が甲板上で威嚇している隣の一隻を攻撃する予定であった。

 

 「予定通り、二隻のブリッジに実弾を叩き込みなさい。白旗は上がっていません。それに妙なことをしようとしていた旗艦です。ブリッジに詰めるようなクラスの人員には吹き飛んでもらうのが正解でしょう。着水したのはいいですが、白旗を上げない愚かさをあの世で嘆いて貰いましょうか」

 

 マルティーナはハッチを閉じて空に浮かび上がる。

 

 「全機攻撃なさいっ!!」

 

 マルティーナ含めて6機から魔力弾頭や爆弾が投下されて、二隻のブリッジは跡形も無く吹き飛んでいった。

 

 「5機は駆逐艦に戻りなさい。わたくしはパルトナーに向かいます」

 

 そうマルティーナは伝えると、パルトナーに向かって一直線に飛んで行った。

 

 

 

 

 「ん…… うぁ、何だ? どうなった……」

 

 確か俺は銃口を最後の1機に向けられてそこで意識が途切れたはずだが、誰かに支えられるように飛んでいるのか、眼下に海面が傷ついた鎧の隙間から見て取れた。

 

 「おぉ、生きていたかヘルツォーク兄!」

 

 「何だ、剣豪様か。どうなっている?」

 

 青髪メガネに支えられているという事は、もう戦いは終わったんだろうか?

 

 「ヘルツォーク兄は止めろ。エーリッヒでいい。何でお前が?」

 

 クリスが疑問に答える様に喋ってくれた。

 

 「あぁ、先ずはお前を狙っていた1機は、私が仕留めさせて貰った。お前に気を取られていたせいか棒立ちだったから楽だったな。ヘルツォークの青い機体は魔力切れを起こしたようで着水した。赤黒い1機に支えられて一度パルトナーに向かっているぞ。つい先ほどバルトファルトが黒騎士を拘束したところだ。今はお前をパルトナーに連れて行っている最中だ。どうもあのバルトファルトの飛行船は治療機能が備わっているらしいからな」

 

 「そうか…… すまない、ごほっ……」

 

 俺の様子を感じ取ったクリスが少しスピードを上げた。

 

 「もう喋るな。急ぐぞ。安心しろ、ヘルツォーク妹もファンオースの飛行船を今攻撃したみたいで、こちらに向かってきている」

 

 クリスの言葉を聞いて安心した。言いつけ通りマルティーナは臨時旗艦を焼いてくれたようだ。周囲を見渡す元気は無いが、戦場の喧騒は遠くでの爆発音ぐらいだから、それがマルティーナの遂行を果たした音だろう。

 青髪メガネにまさか助けられるとは、もうこいつを馬鹿に出来ないな。

 後で謝ろうと思い、大人しくクリスにパルトナーまで運んで行かれるのだった。




マルティーナがどんどん怖くなっていく(笑)
(喋る前に撃てばよかったわ)

ファンオースは嫌いよ!図々しいからぁ!!

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