乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
「さて、僕も含めた鎧搭乗者達の作戦を説明しようか」
と言ってもこの旗艦にいる鎧搭乗者は、俺と12騎士の内の親父を抜いた10名だけだ。
俺自身も入っている。お情けではなく2番を勝ち取った。しかも戦場で名を上げた騎士は、ネームドと呼ばれるらしい。
ファンオース公国の戦争経験者で生き残りの彼等は、皆がそうだとの事だ。
くそ、羨ましいな。
実戦だ、お行儀よく優男めいた貴族ぶった言葉遣いは止めるとしよう。
「お前達10機のうち2個小隊は、実弾と爆薬をありったけ積んで、発進後は海面まで下降し、浮島の下を飛行しながら潜り込む。そして1個小隊は浮島の裏側から上昇、浮島を下方から全弾発射して攻撃。もう1個小隊は裏側から浮島上空まで上がり、全弾撃ち尽くして浮島を焼いてやれっ!! 沈めてしまって構わん。寧ろ沈めてしまえ!!」
歴戦の猛者共でも浮島に攻撃するのは、やはり抵抗があるのだろうか?
それとも急変した俺に対して、違和感を感じているのだろうか?
「う、浮島を沈めるのですか? その…… 浮遊石は貴重ですし、あの浮島だってあの大きさなら飛行船に改造も」
「いらんっ! そもそも100隻も敵が固まっている浮島を拿捕など出来るもんか。それに被弾した船も20数隻、牽引が20隻との偵察艇からの報告だ。あのアホ共は、ラーシェル神聖王国から逃げ出した負け犬共だぞ。浮島を叩き落として絶望から諦観を味わわさせてやれ」
「残りの2個分隊はどのように」
「2個小隊に随伴しつつ、敵機が来たら迎撃。退く事は許さない。2個小隊は爆薬を抱えるだけ持っていくからな。鈍亀達を絶対に落とさせるな! 死守せよ」
我が家が誇る12騎士達は、皆が眉間に皺をよせながら沈痛な面持ち浮かべていた。
わかっているのだろう。
100隻、鎧だけでも400機から500機はいる。
改めて当主代理、しかも昔から仕えているまだ15歳の若者に言われたのだ。
全員この任務で死ねと。
中々にくるものが心中あるだろう事は俺でもわかる。
「安心しろ。俺も皆と共に死ぬ。幸いこの赤い鎧はいい的だ…… 十分正面からお前らが浮島を落とすまで、持ちこたえてやるさ」
笑顔で10人を見渡して言ってやった。ちゃんと責任者の俺も死んでやると。
「全く…… 俺達はもう40過ぎのロートルです。戦場で死ぬのは覚悟の上です。しかも最新式ときたら棺としちゃ上等です」
「違いない」「よくあんなオンボロで俺達今まで生き抜いたよな」「ある意味戦場の女神に見放されてたな」
席次1番、ゲルハルトを皮切りにいつもの訓練後のように、和気藹々と笑顔が戻ってきた。
「あぁ、ちなみに今はこの旗艦に女神が乗り込んでるぞ。上の妹だがな」
俺の言葉に一同が一斉に驚き慌て始める。
「ふ、はははっ…… 安心しろ。こうなったら、どこかで気絶させてでも避難させるように手配する」
お嬢様が!? などと屈強なオッサン達があたふたするのについ笑い声が漏れてしまった。
「さて、これよりナーダ、バロンと合流後、浮島なんぞにこだわったアホ共の上空を押さえる。そこから艦艇は煙幕弾を一斉発射。上空を押さえられて煙幕弾、さらには一斉砲撃だ。誰も眼下や海面など気にする余裕はなくなるだろう。奴等の目線は精々、俺の赤い機体に釘付けにさせてやるさ。そして合図後にお前達は発進、その後は前の作戦通りだ」
☆
ブリッジに戻り前の作戦を説明すると、遅滞防御とは真逆の奇襲作戦に艦長も目を見開いている。
「こちらから仕掛けるには、それ以外になさそうですな。それとブリッジにお戻りの前にフレーザー侯爵家から艦隊が発進したと連絡が入りました」
「遅い、どうせ間に合わんが急がせろ。ローベルト艦長はこのまま艦隊指揮、それとティナ」
「わたくしは降りません」
「わかっている。それより頼みがある」
「わたくしにですか?」
「こちらの煙幕発射後にオープンチャンネルで、貴族じゃない艦艇員達に投降を呼び掛けてくれ。投降する場合は、我が艦艇真下に着水するよう指示をだせ。ただしこちらは、呼び掛け中も奴等が投降中も攻撃の手は一切緩めない。このまま戦い続けるよりも、さらにはラーシェルに引き返すよりもまだ遥かにまともな待遇を保証すると呼び掛け続けろ。細部はお前に任せる」
「ローベルト艦長、ナーダ、バロンとの合流時間は?」
「30分後です」
ちらりと時計を確認し普段の表情に戻っている艦長は、既に覚悟を決めているのだろう。
いや、ティナが乗艦しているから退き時も考えてくれていると思いたい。
「鎧で発進準備に向かう。あぁ、副官のランディ付き合ってくれ」
格納庫に向かう道すがらに副官に耳打ちする。
「マルティーナだが、君の状況判断で気絶させてでも退艦させてくれ。申し訳ないが、君には責任を持って父上の所に妹を届けてくれ」
「はい、了解しました…… 御武運を」
「すまない。あぁそれとナーダ男爵の魔力通信周波数を教えてくれ」
艦と共に出来ないためか悔しそうな表情を浮かべていたが、納得はしてくれたし任せよう。
「案外この角が役に立ちそうだ」
普通の機体では、ナーダ男爵の艦艇まで通信出来るか不安だったが、メカニックと整備員のおかげもあって、中身が長距離通信アンテナが積まれている。
ロマン装備の有効活用が、ここで生きそうだと鎧を見上げ、開いたコクピットハッチに手を掛け搭乗しようとしたら、後ろから駆けてくる足音が聞こえてくる。
「お兄様!」
「結局ティナは僕の呼び方がブレブレだね」
「もう、茶化さないでください」
笑いながら呼び掛けに応じると、年相応のむくれ面を見せてくれた。
あぁ、可愛い妹だ。ランディさんもさすがにこの年若い娘が艦と一緒に沈むのを良しとはしないだろう。
「少しコクピット内で落ち着きたいからね。あまり時間はとれないよ」
自分も家にいる時のような口調に戻っている。
これはこれで、ヘルツォーク子爵家で培った素の自分であると今気付けたよ。
「戻ってきますよね。また今のお優しい口調で、も、元通りの生活に……」
目に涙を湛えた妹の頬に手を沿えて
「ティナ、頼んだよ。どうか健やかに」
軽く相手の唇に自分の唇を触れさせて、離れ際にはしっかりと微笑んで、後は脇目も振らずにコクピットハッチを閉じた。
「お兄様!? 何故戻るとおっしゃってくれないんですかっ! 何故今口付けをしてくれるのですか…… これでは今生の別れのようではありませんか……」
「マルティーナお嬢様お下がりください。もうここは各機発進準備が始まります」
泣きながらこちらを振り返るマルティーナ。格納庫整備員が彼女の手を引っ張って下がらせてくれている。
そういえばこちらの世界では、挨拶でキスを交わす姿はあまり見てないな。
前世でも相手の頬だったか、最後に格好がついたのであれば良かったがな。
さて、魔力の触れあい回線といこう。いや、糸電話回線か。
「ナーダ男爵聞こえますか? こちらヘルツォーク子爵領軍の全権指揮を任されているエーリッヒです」
「聞こえましたよ。ヘルツォークの次期殿。あ、いや、そういえば違うんでしたな。あれは傑作でした。幸いなことに我が家の息子は大丈夫でしたよ」
「奥方との仲睦まじい所に不協和音を持ち込んですみません男爵」
中々皮肉がお互いに聞いているが、やり取りする側としては決戦前に気を使わず面白い応対で、自然と笑みが浮かぶ。
「こりゃ一本取られましたな。まあ我が家も例に漏れず正妻とはそもそも破綻してるんで、気になさらないでください。して、作戦前にどうしました?」
もう子爵家の嫡子ではないというのに、こちらを気遣う心遣いが嬉しくなるな。
「偵察艇の情報に感謝を…… 厚かましいかも知れませんが、1つお願いがあります。男爵の戦力を教えてください」
「構いませんが、偵察艇が落とされましたので軽巡洋艦クラスの飛行船四隻に鎧が15機。どれも古いオンボロですよ。何をするんです」
「煙幕発射後に一斉砲撃をかけて撃ち尽くしたら、鎧は当家旗艦ブリュンヒルデの護衛のため、後退してください」
「ここまで来て当家に退けとっ!?」
そりゃ貴族が死ぬ覚悟を決めてるんだ。面子を潰す事になるかも知れないが、他に頼むあてがない。
ヘルツォーク子爵家の軍のほうが、兵装の質も量もいい。それらを後ろに割くわけにはいかない。
「当家の女神が乗り込んでしまいましてね。艦隊攻撃は行って貰いますし、偵察艇も一隻撃墜されてます。偵察艇の借りを返させてください。どうしても彼女は父上の元に帰還させたいのです」
「子爵の所には、確か娘が2人…… そのどちらかか?」
「ええ、上の妹です。男爵も娘さんがお一人いたと記憶してます」
お互い近隣の1番過酷な国境沿岸貧乏貴族だ。
付き合いが大して無かろうと家の構成人数に家紋、産業程度の触りは知っているのが普通だ。
「まぁ、そういうことなら、当家よりもエーリッヒ殿達の艦隊と鎧が前に出るほうが、戦況的にはマシでしょうな」
「ええ、フレーザー家があてにならないので、元々こちらは全滅覚悟です。当家のじゃじゃ馬女神のせいで、最新式の戦艦一隻を生かさなければならなくなりました」
「了解ですよ。しっかり護衛しますんでいつか借りを返しに来てください。では、……御武運を」
そんなに気に病まないでほしい。
こちらが若いのはガワだけで中身はロートルだ。戦場経験は少ないが、この若い身体と脳ミソがよくやってくれている。
領地経営や魔法の勉強、戦争のための剣術や銃の訓練。極めつけはモ○ルスーツのような鎧の操縦訓練。
前世などよりよほど勉強をした。
畑仕事に家の特産品の卸し先の開拓、鉱山の坑夫の手配に高位貴族への伝手作り。
なんだ仕事も前世よりよほどしたな。
モンスター退治に戦争で人殺しまでした。
笑えるぐらい精一杯この世界で生きてきたな。
「接敵せり、接敵せり、フライタール艦隊まで距離1,000m、高低差800m上空を確保」
「煙幕弾発射。全砲門は浮島の座標少し手前目掛けて発射せよ。細かい照準は煙幕が晴れるまで気にするな」
始まったか。
「ヘルツォーク子爵軍全鎧発進せよ。艦隊砲撃で煙幕が晴れたら統制射撃、上がってきた鎧を叩き落とせ! 作戦通りだゲルハルト、発進せよ」
別動隊になる10機を先に発進させてから自分自身も発進準備に入る。
「エーリッヒ・フォウ・ヘルツォーク、ダビデ、出る」
☆
「上を取られてます!! 直ぐに上昇を」
「慌てるな」
アンドラス・フライタールは、布陣された敵艦を眺めるが、相手は30隻にも充たない。
対してこちらは最新式ではないが軽巡洋艦が四十八隻、駆逐艦三十一隻、補給艦二隻、重巡洋艦が二十一隻。
ただし駆逐艦がほんとんど中破しており、浮島で急いで応急措置を施している最中である。他艦も小破多数のため、各自航行しながら作業中であった。
「牽引ロープを切って、全艦砲撃態勢。旗艦フライタール以外、各艦の鎧を発進させろ。駆逐艦もとばせるものは飛ばして砲撃態勢を取れ」
(相手の戦艦は驚異だが、それでもこちらは数が勝る。鎧もまだ相手の倍以上はあるだろう)
「敵艦隊から煙幕弾多数」
「ここで目眩まし? 鎧による奇襲か!? 砲撃態勢の取れた艦から一斉発射で煙幕を取り払ってやれ!! 」
「全艦砲撃墜態勢、旗艦以外の鎧は発進せよ」
便宜上、アンドラスが乗艦する重巡洋艦をフライタールと呼んではいるが、無事な艦には2線級のクルーしかなく、1線級のクルーはフライタール辺境伯と共に撃沈か拿捕され捕らえられてしまったている。
そのためか艦隊の動きには、かなりばらつきが出ているが、元々密集しているので、結果的に火線は集中出来ると考え、アンドラスは細かい動作は無視した。
「じょ、上空から砲撃がきますっ!?」
「煙幕の最中だぞ、どこを狙ってる?」
「我が艦の後方、浮島周辺が狙われてます!!」
「浮島の座標を狙われたというのか!? は、早く鎧を発進させろ!!」
「牽引していた軽巡洋艦が多数被弾!!」
「な、何だとっ…… 持久戦目的の遅滞防御じゃないとでもいうのか!?」
牽引のためある意味1番統制が取れていた、軽巡洋艦が火砲の集中を受けて、誘爆も引き落とされて沈んでいく。
浮島自体も火砲を浴びる事となり、上陸して整備中の駆逐艦員達も混乱に叩き落とされてしまった。
☆
「こちらは電撃戦だよフライタール。まんまと王国圏内で勘違いするとは…… まぁ艦隊戦に浮島を持つ持久戦は彼等に絶対有利だからか。縋る、か…… ティナは良い事を言う。ここに全て集約されるな」
「エーリッヒ様、敵艦から多数鎧が上がってきます」
「せっかく上を譲ってくださったんだ。我々は下方へ統制射撃、艦隊に取り付かせるなよ」
「はっ」
確か、30代半ばのヘルツォーク陪臣家の大隊長だったなと思いつつも、ヘルツォークの鎧の搭乗者は今回参戦しているものが191名。
皆が20代以上であり、10代の参戦が自分以外いないのがせめてもの救いだな。
ナーダ家とバロン家の艦から煙幕弾発射後、ヘルツォーク艦隊は、砲撃を上昇しながら多少後退航行をしている。
元々布陣した付近をフライタール艦隊からの火線が通り過ぎていった。
ナーダとバロンも煙幕弾を撃ち尽くし、互いの火線で煙は晴れていく。
『フライタール艦艇員、そして鎧に搭乗されている全ての平民の皆様、こちらはヘルツォーク子爵艦隊旗艦、ブリュンヒルデ。我々はフライタールの貴族、陪臣以外の方々は、全て受け入れる用意があります。行くも地獄、退くも地獄であるのならば、責めて矛を降ろして投降してください。命令にただ従っただけのあなた達には、決して不当な扱いは致しません。我が艦隊の真下に着水し投降してください。着水した艦や鎧には、一切攻撃致しません。繰り返します……』
投降勧告も始まったか。やはりこういうのは女性の声のほうが、耳心地がいいな。
剥くつけき男どもの声だと反抗心が首をもたげてくる。
精々悩んでくれ、フライタール艦隊。
『オープンチャンネル、こちらはヘルツォーク艦隊指揮官エーリッヒ。フライタール艦隊の諸君、私はこの赤い機体に乗っている。君達なら一度は国境沿岸で見た者もいるだろう。大将首はここにいるぞっ』
頼むぞ、ゲルハルト。