乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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赤マティー様、誤字報告ありがとうございます。


第64話 回復

 戦争から一夜明けた頃、公国の浮島型飛行船の上には破壊された公国の飛行船や鎧が高く積み上げられていた。パルトナーからの作業ロボット達が夜間も休まずに作業していたおかげである。

 損傷が激しいものでも浮遊石が手に入るので、捨て置く道理は無いだろう。しかし、損傷が激しいものはエルンストが大破させた五隻ぐらいで、残りは中破、ないしは小破程度の物も多い。

 

 「しかし圧巻ですね。まさか一夜でこれだけ回収できるとは……」

 

 エルンストは浮島に積み上げられた飛行船や鎧に驚いていた。通常これだけの量があれば、別途で回収の艦隊が必要になるのが必然だ。

 

 「エト君達は今回頑張ったからな。飛行船十隻と鎧100機ぐらい持っていく?」

 

 リオンは軍艦級飛行船三十隻を落として、鎧もパルトナーのドローンで60機以上落としている。マルティーナが小破させた鎧の拘束も含めるともっとだ。しかも回収までリオンの独力であると皆からは認識されている。

 随分太っ腹だなとエルンストは感じ入った。

 

 「それは、こちらとしては助かります。しかし、今回は不意遭遇戦に近いとはいえ、ファンオースは宣戦布告しています。豪華客船に乗っていた人間が多数聞いてますし、鹵獲の処分はリオンさんの功績が大きいので良いにしても、捕虜は王宮に一度引き渡したほうがいいんじゃないでしょうか?」

 

 「え、数も多いし面倒臭くない? このままこの浮島に捕虜を詰めて、公国に返そうかと思ったんだけど」

 

 

 「え!?」

 

 リオンが物凄い事を言ってくるのでエルンストは驚いてしまった。

 エルンストは少し前の戦争後を思い出す。

 ラーシェル神聖王国のフライタール辺境伯領との戦争では、王宮からの正式要請であった。サルベージはフレーザー侯爵家、鹵獲品の分配や捕虜の取り扱いも王宮から許可も出た。

 要は王宮はラーシェル神聖王国の取り扱いは面倒なのと、ラーシェル側が全て賊で自国民はいないというような発表をしていた。王宮はヘルツォーク達に任せきりの負い目があったからこそヘルツォークやナーダ、バロンのいい様に取り計らってくれただけである。

 

 「勝手に攻め込んできた奴等の物資は全て徴発しても良さそうですが、一応捕虜は公国民です。王宮やリオンさんにとっても金になりますよ。捕虜の取り扱いに賠償金交渉や情報の引き出しは、王宮に任せた方が無難では?」

 

 「そんなもんかぁ……」

 

 リオンとしても自分の面倒ごとが回避されるのであれば、公国の兵士がどうなろうが構わない。しかも捕虜の中にはゲラットと同程度の身分の貴族もいる。その人間が屈辱的なお話し合いを王宮とするだけでもあるのだ。

 

 「それにね。勝手に物事を進めてしまうと、必ず関係も無いのに難癖を付ける輩も出てくるのが王宮よ」

 

 「クラリス先輩」

 

 「リック君の治療の件、本当にありがとう。取り乱してごめんなさいね」

 

 「い、いえ、慣れていないとショッキングでしょうから……」

 

 窓から縫合や手術を覗いて、マルティーナやクラリスが発狂した姿はリオンにとっては恐怖であった。今もその影響からか、リオンはクラリスから少し身を引いていた。エルンストも苦笑いを浮かべている。

 

 「さっきオリヴィアさんがリック君に治療魔法をかけてくれたわ。でも熱がまだ38.5℃あるから、安静にさせているけどね」

 

 「一先ずは安心ですね。しかしまだそんな高熱が続くんですか……」

 

 「本人は大した事なさそうにしているけどね。それからリック君から伝言よ」

 

 リオンは首を傾げてクラリスからの言葉を待った。

 

 「例え腹立たしかろうが、王宮の顔色は窺った方がいい、との事よ。レッドグレイブを頼りなさいな。アトリーも力になるわよ。じゃぁ、戻るわね。エト君も疲れているだろうから、しっかり休んでね」

 

 少し疲れた表情のクラリスからは妙な色気があり、エルンストはドギマギとしてしまう。

 リオンは、レッドグレイブ、それに王宮貴族の大家であるアトリーが後ろ盾になるという言質を得た事で、一気に肩の荷が下りた。

 

 「よし、一先ず浮島と捕虜を王宮に押し付けよう! 飛行船や鎧関連は頂くとするか」

 

 「浮島型飛行船は王宮も喜びそうですしね。いいんではないでしょうか」

 

 エルンストの同意を得られたリオンは、その方向性で進めることを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 リオンはボロボロにされたアロガンツに突き刺さった大剣を眺めている。この大剣は数々の王国兵の血を吸った曰くつきの逸品ともいえるだろう。

 

 (呪われていそうだ。誰かに押し付けたい)

 

 『マスター、どうしてわざわざ戦われたのですか? 私の本体ならば、黒騎士を倒すのは容易なことでした。危険を冒した理由をお聞かせください』

 

 ルクシオンからは、リオンが自分から危険を晒したように思えてしまい、責めずにはいられなかった。

 リオンは大剣を眺めながら思う。

 

 (圧倒的な力で敵を消す。それをやれば俺は大量殺戮者だ。悩まずにいられるだろうか? 無理だな。絶対に後悔するし、きっと悩む)

 

 その後の面倒ごとが降りかかるのもリオンには目に見えていた。

 

 「お前なら一瞬で公国の軍隊を消し去るのも簡単だろうな。で、その後はどうなる?」

 

 『マスターを脅威と感じるでしょう。公国だけではなく、王国も何かしらの動きを取ることになります。最悪、マスターを殺そうとするでしょう。そんなことは絶対にさせませんけどね』

 

 そのような状況になってしまったら、全てを力で支配するか、ホルファート王国から逃げるしかなくなる。

 

 「面倒過ぎて嫌だ。せっかくお前というチートがあるんだ。俺の精神衛生に配慮した選択をしたくなるだろうが。気分だよ、気分」

 

 リオンは戦いの最中にも思ったが、妙に人間臭い皮肉交じりの人工知能、ルクシオンに大量虐殺はさせたくないのだった。

 しかしヘルトルーデは先遣隊だと言っていたことをリオンは思い出す。銃口を突き付けたが、こちらを嘲笑うようなヘルトルーデの表情が脳裏に浮かぶ。

 今回かなりの戦力を失った公国だが、本当に戦争を止めるのだろうかという疑問が、胸中に鎌首を(もた)げてくる。

 

 「これも修理に出さないと駄目だな」

 

 不安な気持ちを振り切るように、目の前に高く積み上げられた壊れた鎧に圧倒されてしまう。

 

 『私が修理しても構いませんが、全てを私が行うと疑う方も出てきます。ここは鎧を整備する工場に依頼するべきでしょうね。一番良いのはマスターがそういった工場を持つことですけどね』

 

 「すぐには無理だけど、それもいいな。今はどこかに依頼するか」

 

 『最近、鎧のスペシャリストを名乗る詐欺師も多いようです。依頼をする場合は気を付けた方が良いでしょうね。いっそヘルツォークに頼んでみては? あそこは修理、改修、整備面ではトップクラスですよ』

 

 「エト君達の取り分もあるし丁度いいか。そういえばゲームでもそういう詐欺師が登場したよ。酷い世の中だ」

 

 『マスター、全ての作業完了しました。いつでも撤収できます』

 

 「奪うものは奪ったし、面倒臭い事は王宮に任せるとするか。帰ろう」

 

 『国家公認空賊のようなセリフですね』

 

 ファンオース公国は、浮島に公国の捕虜として詰め込まれて王宮に引き渡され、浮島及び軍艦級飛行船と鎧のほぼ全てを奪われるのだった。

 

 

 

 

 オリヴィアさんから回復魔法を掛けてもらった俺は、傷はもちろんの事熱も徐々に下がってきており、夕方の今現在では37.5℃になっていた。朝と比べると1℃下がっていた。

 これならば、病院ではほぼ平熱扱いだな。

 室内に据え付けられたシャワーを浴びた後は、ソファーでマルティーナが入れてくれたお茶を楽しんでいる。

 

 「今、リオン君や教師陣、船員で話し合いをしているけど、リック君は参加しなくていいのかしら? まだ本調子でもないから、大人しくしてくれるのは嬉しいのだけど……」

 

 クラリスが微妙な表情をしている。疑問はわかるが、王国本土に着いてからの話し合いのほうが大変だろう。今行っているのは、戦争経緯等の報告する概略の打ち合わせだ。

 王国本土に着いてからは、爵位の高いリオンと俺の調べがメインとなるだろう。それに――

 

 「今回僕は大した事してないからね。飛び抜けてるのは、リオンとエト、それにティナとペーター、その次ぐらいでヘルツォークの10機かな。クリスも頑張った事にしよう。助けて貰ったし!」

 

 俺なんか高熱で云々唸りながら、ワチャワチャしていただけだ。

 ペーターや10機はヘルツォークの軍人だからエトに功績加算だな。

 

 「「「「は?」」」」

 

 「え!?」

 

 ティナにクラリス、イーゼちゃんにまさかニアまでも、こいつ何言ってるんだ? みたいな表情をしている。

 

 「あれだけの高熱で敵から鎧奪ったりしたじゃないですか!」

 

 まったく、ヘロイーゼちゃんは優しいな。

 

 「寧ろこんな時に体調不良なんて間抜けはマイナス査定だよ。体調管理しっかりしろっ! って怒られるかもしれない」

 

 俺は上体を反らしながら肩を竦めてしまう。

 

 「相変わらずお兄様はアホですね。熱で脳みそ溶けたんじゃないんですか! まったく……」

 

 たまに言ってくるティナの物言いにカチンとくる。

 おい、梯子外すぞ! ヘルツォークのお嬢さんは嬢ちゃんをやってりゃ良いんだ!

 

 「で、でも旗艦から脱出して、さらに敵の黒騎士部隊? でしたっけ。精鋭とご主人様は戦ったじゃないですか!」

 

 我が妹様に対してぐぬぬ、としているとニアがフォローしてくれた。気を使わせて悪いね。

 

 「実際はふらふらで、脱出もティナにおんぶに抱っこされたような状態。結局、撃墜したのは黒騎士部隊も2機と通常部隊の3機だけなんだよね」

 

 自分で言ってて悲しくなる微妙さだな。

 

 「クリスより凄いじゃない」

 

 クラリスが不貞腐れたような表情をするが、正直珍しくて驚いてしまった。

 

 「クラリスもそうだけど、あいつも命の恩人だからね。華ぐらい持たせてやりたいさ」

 

 散々心中で馬鹿にしていた相手に、命を助けられる間抜けを晒した身としては、借りを返すつもりで盛ってやろうかな。 

 

 「わ、私は別に……」

 

 照れているのか? 可愛いじゃないか。

 

 「ありがとうクラリス。ティナも助けてくれてありがとう。イーゼちゃんもニアも無事で良かったよ」

 

 皆無事だったことが何よりの御褒美だな。

 しかし、こんな物でファンオース公国との戦争が終わるのだろうか?

 一度、アンジェリカやヘルトルーデと話をして、探ってみるのもいいかもしれないな。

 

 

 

 

 夜、さらに熱も落ち着いてきており、明日辺りには平熱に戻りそうな気配がする。早めに休んだが、昨日から寝てばかりだったため、目が覚めてしまった。

 散歩がてらパルトナーの艦内を歩いていると、夜遅くとはいえ豪華客船に乗艦していた人員がすべて避難してきているせいか、少し騒がしい気配が漂っていた。

 ふと廊下の先を見ると、リオンが部屋から出てきて慌てながらその場に座り込んでいた。

 

 「よ、覗きでもしたのか?」

 

 するとギョッとしながらこちらを振り向き、慌てて弁明しだした。

 

 「ち、違う!? 2人が寝てるなんて知らなかったんだ! ここは俺の部屋だったんだよ!」

 

 まさか本当に覗いていたとは…… ん? リオンの部屋!?

 

 「女の子2人を部屋に連れ込むとか勇者だな。アンジェリカとオリヴィアさんか? まぁ、ここで話していて起こすのも悪いし甲板にでも行こうか」

 

 「別に連れ込んじゃいない。話し合いが終わるのを待っててくれたみたいなんだけど、長引いたから待ちくたびれて寝ちゃったんだろ」 

 

 甲板に出てくると肌寒い風が撫でる様に吹き抜けていった。

 

 「あ、それと俺が使わせて貰っている部屋。ベッド周りに布団2組敷いてるけど、5人とか多くない? 女子特有のあの甘い香りやソープの香りとかで、調子が戻れば戻るほど眠れなくなるんだけど! 後、治療ありがとう」

 

 「治療はいいけど、でもクラリス先輩が言い出したんだぞ。避難してきた人数も多いから、こっちとしては少しでも大人数で使って貰えると助かるからな。お言葉に甘えさせてもらった。喜べ、この船の俺の部屋と同じ大きさだ」

 

 確かに助けて貰っている身だからな。10人ぐらい突っ込まれて雑魚寝しろと言われても文句は言えない。

 なるほど、俺は寧ろ連れ込まれた方だな。勇者ではない。

 

 「本当に助かったよ。さすがパルトナーだな」

 

 大航海時代に現れた戦艦大和ぐらいの凄さだよな。

 こちらに近付いてくる足音が聞こえたので、リオンと2人で振り向いた。

 

 「クリスか。運んでくれてありがとな。助かったよ」

 

 「いや、礼には及ばない」

 

 礼を伝えたが、クリスは悩みを吐き出すのを迷うかのように顰めた表情をしていた。

 

 「どうした?」

 

 「バルトファルト、教えて欲しい。……私とお前では剣術で、どれだけの実力の開きがあるのだろうか? 私ではお前の技量を測ることは出来ない」

 

 リオンがポカンとした顔をしている。俺も意味が分からない。

 魔法剣術体術有りの総合格闘術ルールならクリスに負ける気はしないが、剣一本でこいつに勝てる奴なんか、それこそこいつの親父ぐらいしか勝てないんじゃなかろうか。

 

 「何? 冗談? ごめん、全然面白くなかった」

 

 クリスは寂しそうに笑いながら首を横に振っている。リオンの答えを理解していないし納得もしていないのだろう。勝手に解釈をし出した。

 

 「いや、黒騎士に勝ったお前だ。私などは眼中にないのだろう。今までの自分が恥ずかしい」

 

 寧ろお前たち5人は行動をまず恥じた方がいいだろう。

 そんな俺の思いを無視するかのように、クリスは決意も新たに宣言した。

 

 「バルトファルト! 必ず追いつく。私はお前に認められるくらいに強くなる! それを言いたかった。お前は私の目標だ」

 

 おぉ、何かカッコいいことを言って颯爽と去っていった。あの5人はちょいちょい絵になる行動をするな。リオンを目標にするのは悪いことじゃないからいいだろう。

 頑張ってマリエから卒業してくれないかな。

 クラリスは吹っ切れているからいいけど、何だかんだ影響力のある5人が1人の女に夢中というのはどう考えてもヤバい。

 

 「なぁ、リック。俺あいつに黒騎士討伐の功績押し付けたいんだけど」

 

 「マジで!? でも大人数に見られているぞ?」

 

 正直クリスには命を助けられたから、あいつをヨイショするのは構わない。エトの功績を譲るのは断固拒否するが、自分や他なら構わないかもしれない。

 

 「結局王宮の報告なんか、爵位ある俺とリックが優先されるだろ。2人で言えばいけるかなって。あの大剣も気持ち悪いから持ってたくないんだよね」

 

 あの大剣か、くっそ重そうだから俺も装備したくない逸品だな。せめて四分の一か五分の一の幅じゃないと俺個人は使いづらい。

 

 「いいよ。あいつは命の恩人でもあるし、借りは早い内に返したいしね。口裏は合わせるよ。でもエトの功績は譲らないぞ」

 

 「流石にエト君の功績を横取りするのは心苦しすぎる。俺の黒騎士の分だけだよ」

 

 「了解だよ。リオンは人がいいね」

 

 「俺はむやみやたらに出世なんかしたくないだけだよ」

 

 寒くもなってきたので、そんなリオンを仕方のない奴だと思いながら、部屋に戻るのだった。




あなたは子供のくせに強すぎるから!! 調子に乗って!
エトはリックの言いつけを破って折檻された。
姉上おかしいよ! おかしいですよ!
悪女扱いしたせいでさらに折檻された

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