乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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yoso様、taniyan様、誤字報告ありがとうございます。


第67話 ルクシオン先生が話しかけてきた

 酒のせいか眠りも浅かったのだろう、まだ薄っすらと外は暗いが東側は陽が出始めている朝早い時間に目覚めてしまった。

 ティナは気分良さげに俺に抱きついて眠っているが、ティナが絡めた脚の感触から俺は思い至った。

 

 「ティナに前戯は、ティナ自身が刺激に慣れるまで、あまりしないほうがいいのかもしれない……」

 

 普通逆っぽいが、我が妹様はそんな所まで我が道を突き進んでいっているな。

 

 「ふぁ、……あ、おはようございまふ」

 

 身動ぎしたせいで起こしてしまったか。

 

 「おはようティナ。まだ少し早いけどね。まぁ、早いに越したことはないだろう」

 

 俺は身を起して、ベッドの脇に座って欠伸と共に伸びをした。

 

 「あ、あのぉ、お兄様、わたくし達、遂にその、シタんですよね……」

 

 ティナが布団で口元を可愛く隠しながら上目遣いでこちらをチラチラと見てくる。

 これ嘘ついて上げた方がいいんじゃなかろうかと思ってしまうような表情と仕草だな。

 しかし、誠実・清潔・温和をモットー(当社比)とする俺には嘘は付けないんだ!

 

 「いや、シてないよ!」

 

 朗らかに真実を伝えた。

 

 「え!? いやいや、お兄様。まさか、ここまできてそんな……」

 

 ティナは驚きながらも昨夜のことを必死に思い出そうとしている。

 

 「何があったか思い出してごらん。舌を絡めるキスまでは覚えているかな?」

 

 さあっ! 思い出しながら悶々とするがいい! 俺もあの後だいぶ悶々としたのだ!

 

 「あ、あぁっ!? お兄様に全身を(まさぐ)られながら、口の中を乱暴に蹂躙されて胸を(もてあそ)ばれた後の記憶がありませんっ!?」

 

 すげぇ、人聞きが悪いな、おい!

 

 「思い出したかい? さすがに気絶したティナに変な事は出来ないよ。次の機会だね」

 

 「お、お兄様なら構いません! そのまま欲望をぶつけてくれても良かったのに!」

 

 ティナは朝から飛ばしているな。

 

 「ティナ、何を言ってるんだ。初めてがそんなのでは嫌だろう? 機会はこれから幾らでもあるさ」

 

 俺はシャワーを浴びに行こうと思い立ち上がった。

 

 「うぅぅぅ、でも、嬉しかったですし、気持ち良かったので一先ずは満足しました。うふふふ、不束者ですが、宜しくお願いします」

 

 シャワーを浴びた後は交代でティナがシャワーを浴び、受付に伝えて朝食は部屋に持って来てもらった。

 俺は満足できなかったが、ティナの機嫌が良くて安堵したよ。

 

 

 

 

 久しぶりに登校した俺は、クラリスからバーナード大臣が会いたがっていると聞いて、授業中だというのに気も漫ろに早く終わらないかと考えていた。

 ダニエルやレイモンドは、俺がまだ本調子じゃないのだろうと勘違いを起こしたのか優しかった。

 実は膝に矢を受けてしまってな…… なんて。

 オリヴィアさんに改めてお礼を言おうとリオンのお茶会に顔を出したら、アンジェリカは不在でリオンとオリヴィアさんの2人だけだった。

 

 「オリヴィアさん、治療魔法ありがとう。これ、リオンのお茶と一緒に楽しんで」

 

 「ふわぁ、ケーキですか! こちらこそありがとうございます! リオンさん、ケーキ貰っちゃいました! 一緒に食べましょう。アンジェの分も残しておかないと」

 

 こういう裏表のない笑顔に関しては、ヘロイーゼちゃんとオリヴィアさんのは絶品だな。本当に癒される。

 

 「お茶菓子は助かるよ。お前も飲んでいくか?」

 

 「リオンのお茶は僕のより旨いからね。頂いていくよ」

 

 バーナード大臣と面会するまでは時間もあるし、ティナやクラリスもその事は知っているからここには顔を出さないだろう。

 ナルニアとヘロイーゼちゃんもどちらかと一緒にいる筈だから同様の筈だ。

 

 「リオンは普通に登校してるんだな」

 

 「いや、パルトナーもアロガンツもシュヴェールトもボロボロだからな…… 整備中なんだよ。結構かかりそうだから、今後はダニエルやレイモンドを誘ってダンジョンだな。少し鍛えておきたい。お前もくるか?」

 

 リオンも少々不安そうだが、不安感の意味合いは俺とは異なっていそうだな。誰だって本来ならこのままファンオース公国との関係は、有耶無耶のままにしておきたい筈だ。

 

 「参加出来たらするよ。でも新しい領の絡みがね…… 王都や王国本土での事業は大当たりで美味しいが、領地である浮島の統治状態が微妙でね。どちらにしろ王都でも浮島でもやることが多い」

 

 肩を竦めると、リオンもうげぇ、といったような表情をする。お茶が不味くなりそうだ。

 

 「ふわぁ、何か凄いお話ですね。エーリッヒさんはまだ学生なのに」

 

 オリヴィアさんが感心と心配を合わせたような器用な表情をしている。

 実際、浮島に関しては、押し付けた相手が学生という事で、アトリー派閥の役人や本家ヘルツォーク領の信頼出来るフュルスト家の人員を借りている。

 事業に関してもリッテル商会が良い仕事をしてくれている。

 正直、俺が偉そうにしゃしゃり出ているだけかもしれないが、全く携わらないよりはマシだろう。

 責任問題が発生したら、俺が金出すか、頭下げるか、首飛ばすしかないわけだしな。

 

 「いや、そう大した事じゃないよ。将来的にはリオンも同じような立場になるし、オリヴィアさんとアンジェリカで助けてあげればいいだけだよ」

 

 ふふんと笑ってリオンを揶揄ってやる。

 オリヴィアさんは、顔を真っ赤にして口元に手を当ててリオンを見ている。おや、リオンも何か顔を赤くしている…… 進展でもあったのだろうか?

 

 「そういう揶揄いをするなよ! 微妙な間になるじゃないかっ!」

 

 リオンが誤魔化すように捲し立ててきた。これは2人の間に何かあったな。

 

 「悪い悪い、まぁ、アンジェリカを悲しませないでやってくれよ」

 

 「わかってるよ。じゃなければ、あんな無茶はしない」

 

 エアバイクの突撃奪還は俺にも出来ない。あんな物凄い事をやられたら、平民だろうがお姫様だろうが、胸キュン必死の即抱いて! レベルで惚れちゃうだろう。

 何かオリヴィアさんが考え込んでる。嫉妬だろうか?

 

 「あの、エーリッヒさんは、何でアンジェリカって呼び捨てをするんですか? 確か修学旅行の途中までは、さん付けでしたよね!」

 

 あ、そっち!? めっちゃ油断してた。

 オリヴィアさんが、私気になります状態になってしまった。俺もリオンも、うっと同じように身構える姿に、オリヴィアさんの疑問が深くなっていくようだ。

 

 「ほら、僕とティナ、アンジェリカはファンオース公国の貴賓室に一緒にいたでしょ。割りと特殊な環境だったから、細かい事は省くようになっただけだよ。流石に愛称では呼べないけどね。なっ!」

 

 「うん、そうそう。そんな感じだよ。いやぁ、あの時は大変だったなぁ」

 

 リオンに振ったら誤魔化すように乗ってきた。やはりこいつは気付いていたか。

 

 「「はーはっはっはっはっは」」

 

 「そ、そうですか……」

 

 リオンと2人で大笑いして誤魔化した。

 この笑いに圧倒されるかのように、引っ込み思案のオリヴィアさんは言葉を引っ込めるのだ。

 

 はーはっは「で、でも!」は、うぇ!?

 

 「アンジェと私が豪華客船から落ちそうな時に、黒い鎧が物凄いスピードでアンジェの下に向かってきました! ルク君はアンジェのためにあんな身体で無茶するって言うし、リオンさんはシスコンだからって言うんです!」

 

 くわっ、とリオンを睨むとサッと視線を逸らされた。

 

 「しかもその後エーリッヒさんは甲板に倒れこんでいたし、あんな無茶をした理由がわかりません!」

 

 よく見てる、というか一難去って冷静に思い出す事が出来たという事か。勘の良い女の子は割りと好きだが困ったな。

 

 「高熱で冷静な判断が出来なくてね。クラリス達が心配だったんだ」

 

 もうこれで押し通すとするか。

 

 「エーリッヒさんはシスコンですよね!」

 

 は? 話が飛んだのだろうか? 俺がポカンとしているとオリヴィアさんは重ねてくる。

 

 「超シスコンですよね!」

 

 オリヴィアさんが酷い。リオンはぶほっと吹き出して笑いを懸命に堪えている。

 

 「何を勘違いしているかわからないけど違うよ」

 

 オリヴィアさんが物凄いジト目で見据えてくる。この子こんな怖かったっけ?

 

 「ち、違うよ?」

 

 つい迫力に圧されて疑問形になってしまった。

 

 「はぁ、実はさっき、アンジェが上級生に言い寄られて揉めたんです。しかもその時お財布落としちゃって…… だからそれを捜してて今ここにいないんです……」

 

 オリヴィアさんが肩を落としながら話す。まったくそんな話に引っ掛かるか――

 

 「おい! リオンがいながら何やっているんだ! 取り敢えずオリヴィアさん、金はいくら必要だ! いや、その上級生の家名を教えてくれ! 尻毛まで焼き尽くして土下座させてやる! ったく、公爵令嬢に狼藉働くような奴がまだいたのか。土下座じゃ生ぬるいな、おいリオン、ボロボロでも良いからアロガンツだ! ダビデは万全だぞ、そいつの王都の屋敷を薪にしてやる!」

 

 ガタッと椅子を転がしながらオリヴィアさんに詰め寄るが、深い溜め息と共に腰に両手を当てながら、仕方がない奴を見るような目をしている。

 リオンは額に手を当てながら仰いでいた。

 

 『エーリッヒはたまにとんでもないポカをしますね』

 

 あ、ルクシオン先生がリオンの右肩に浮かび上がった。

 あれ? 俺もしかしてやっちゃいました?

 

 「最初に謝っておきますね。嘘をついてごめんなさい」

 

 あ、謝れるのは良い事だね。でも、どゆことなん?

 

 「アンジェは無事です。今は教師に頼まれ事をされて席を外しているだけです。でも、エーリッヒさん、その反応ってマルティーナさんにするのと似てますよね? いえ、もう直接聞きます。アンジェはエーリッヒさんの妹ですよね? リオンさんに聞いてもはぐらかすんです。しかも微妙に不自然な感じで」

 

 オリヴィアさんが聖女様とは聞いたけど、ニュ○タイプだとは聞いていないぞ。

 

 「あ、あの、リビア、ちょっとデリケートな話だから…… ね!」

 

 「あ、リオンさん! あのエーリッヒさんごめんなさい。でも何で内緒にするのか気になって…… 水臭いと言いますか。アンジェだって、本当の事を知りたいと思ったんです」

 

 オリヴィアさんを黙らせようとしたリオンを手で制して止める。嘘を付いてまで追求した自分を恥じる様に身体を縮こまらせている。

 アンジェリカのために嘘を付いたのか。良い友達を持ったじゃないか。

 

 「ルク君とリオンさんの話を聞いて思い出したんです。あの学年別学期末パーティーで、あの5人を睨むエーリッヒさんの目とマリエさんを睨むアンジェの目が、色は違ってもそっくりに見えたんです。それからは鼻筋もそっくりに見えて…… あの時、マルティーナさんが傍に居なければ、エーリッヒさんは飛び出していたんじゃないかって……」

 

 あの時マルティーナは俺の腕を握りつぶす勢いで掴んでいたからな。そうか、あの時点でのあの場はアンジェリカじゃなく、あの5人にあんな目付きで睨む俺の方がおかしいか。

 

 「ありがとう気を使ってくれて。でも内緒にしてほしいな。これはレッドグレイブ公爵でさえ知っているかどうか怪しい話だから。色々と、混乱しちゃうしね」

 

 「でも、それだと寂しいですよ……」

 

 俺は少し寂しいかもしれないが、アンジェリカは大丈夫だろう。

 

 「アンジェリカは、君とリオンがいれば大丈夫だよ」

 

 そう口にしたとき、扉が開いてアンジェリカが入室してきた。

 

 「すまん遅くなった。エーリッヒ、お前身体は大丈夫なのか? 学園にも来ていなかったと聞いたぞ!」

 

 ファンオース公国との戦争後も直接会う機会は無かったから、公国旗艦の貴賓室以来のような物だ。甲板上では、俺はグロッキーでクラリスの膝枕で唸っていたからな。

 

 「いや、いろいろ忙しくてね。そっちに時間取られていたんだ」

 

 「まったく、クラリスやティナ達も心配していたんだぞ。もちろん私達もだ。少しは顔を出せ」

 

 変わらないいつもの態度に何故か安堵してしまった。

 

 「なるべく顔を出すよ。アンジェリカさんもティナ達を宜しくね」

 

 「さんはいらん、あの時みたいに今後は呼び捨てで構わん。それにティナ達は戦友だ。頼まれなくても宜しくする。侮るなよ」

 

 男前じゃないか。リオンに抱きついていた時は可愛かったのにな。

 

 「なら、任せようアンジェリカ。じゃぁリオン、僕は行くよ。そういうことだからオリヴィアさん」

 

 アンジェリカと入れ違いで出ていこうとすると話し声が聞こえる。

 

 「何かあったのかリビア?」

 

 「い、いえ、エーリッヒさんが差し入れをしてくださったんです。アンジェも一緒に食べましょう」

 

 「あいつはマメだな。リオンも見習った方がいいんじゃないか?」

 

 「何でそこで俺に振るかな。お茶菓子は俺だってしっかり揃えているよ」

 

 「お前はお茶の時だけじゃないか。まったく……」

 

 「ま、まぁまぁ、アンジェ。ほら、美味しいですよ」

 

 楽しそうな会話を聞きながら、寂寞を感じつつも部屋を後にする。

 平民と男爵と公爵令嬢か…… 身分がごった煮のような不思議な空間なのに心地良さが名残惜しい。

 

 『不用意だったことは認めます』

 

 「ルクシオン先生か」

 

 廊下を歩いていると特徴的な電子音が小さく聞こえてきた。周囲に気を配れる人工知能とか凄すぎるな。

 

 『――先生とは教え導く人という意味合いだと理解しますが、何故私を先生と呼ぶのでしょうか?』

 

 色々と教えてもらった気もするが、まぁ、あれだな。

 

 「リオンが僕とアンジェリカの関係を知っているという事は、ルクシオン先生によって科学的に証明されたという事だ。もちろん僕自身確信してはいたが、確証を教えてもらったような物だよ。墓まで持っていくつもりだったが、知られてしまい存外嬉しい自分がいる。僕自身知らない本心は、誰かに知ってほしかったのかもしれないね」

 

 『謝罪はしておきましょう。しかしエーリッヒ、あなたは一体何をするつもりなのですか?』

 

 律儀な人工知能だと思いながらも、そのルクシオン先生は確信めいた質問をしてくる。

 

 「僕の悲願の成就だよ」

 

 『あなたの悲願は、一にヘルツォークを発展させる事、二にヘルツォークを恒久的に王国に認めさせることだった筈では?』

 

 ルクシオン先生は何でも知っているな。

 

 「変更はないよ」

 

 『――聊か欲を搔いているのでは?』

 

 そう、かもしれない。しかし逸脱はしていない。

 

 「成功すれば現状の、そして将来の望みが全て叶う…… 違うかい?」

 

 『――危険です。またフライタールの時の様に博打ですか?』

 

 あれを博打と取るか、流石は人工知能だな。

 

 「可能かどうかの検討は十分過ぎるほどに今後詰めていくさ。それにしてもフライタールの時か…… 人間だからね。あれは博打じゃなかったんだ。ルクシオン先生が博打という根拠を言い当てようか。ナーダ領の浮島本島で遅滞防御に徹してフレーザー侯爵軍を待ち、十字砲火で一気に殲滅する。簡単に言うとこんなところかな?」

 

 『正解です。そこまでわかっていて何故、博打ではないと言い切るのですか?』

 

 最悪それをするしかないとは考えていたけどね。そう、それは我々には最悪だった。

 国境沿岸に近いのがナーダ男爵領本島ではなく、他の施設用のような人の少ない浮島があれば、即そこを遅滞防御に採用していただろう。

 

 「あの時はフライタールよりも我々のほうが恐怖していたんだ。ナーダもバロンも、そしてヘルツォークも。半ば狂乱していたような状況だったよ。フレーザーはよくわからないが、フライタールの状況が想像以上にお粗末だったのは望外の幸運だが、我々の感情によってあそこで迎え撃つしかなかったんだ。博打とも呼べない状況だったかもね」

 

 『人の感情は理解に苦しみます。しかし、だからこそあなたは欲を搔くというわけですか』

 

 僕自身感情的でもある。それはわかっているさ。

 

 「感情が僕の作戦の後押しをする。そして感情がその先のヘルツォークの利益を欲する。チャンスが来るのであれば、屍を積み上げてでもやるだろう。何故だと思う? 未来のためだ」

 

 『現状のヘルツォークを鑑みれば、下手な冒険をせず維持に努めれば問題ないかと思われますが?』

 

 内的要因を考慮すればルクシオン先生の言う通りなのだろうが、外的要因はヘルツォークではどうしようも出来ない。少ないに越したことはない。

 

 「今後30年間はもしかしたらそうかもしれない。でも孫の世代は…… いや、子供の世代すらわからない。ヘルツォークは外的要因のせいで、いつまでも薄氷の上で輪舞曲を踊り続けなければならない」

 

 永遠に今の状況を繰り返すというのか。実はそれすらも危ういのが現状だ。

 ファンオース公国とラーシェル神聖王国が一度に暴発したら、ヘルツォーク領はそこで終わる。

 今はそれでもギリギリ持ち堪えられるかもしれないが、ファンオース公国へ出陣した艦隊が戻ってきたら、既にラーシェル神聖王国に占領されていた。そんな未来も決して少ない確率じゃない。

 

 『――あなたは旧人類の遺伝子が濃いです。それにマスターの御友人でもあります。危険ですのでその作戦をお勧めしたくありませんが、あなたが陣頭に立つのですか?』

 

 ありがたいことを言ってくれる。

 

 「わからない、その時の状況次第…… いや、王宮次第かな。もちろん机上の空論になる可能性も高いんだけどね」

 

 『――実際はそのようですね。私はそもそもその影響が、マスターに危険が及ぶのではないかとも危惧します。巡り巡ってという事になりますので、判断が難しい所ですが』

 

 相手が死兵になれば脅威も増すか。

 

 「そこはルクシオン先生がリオンを守るんだろう」

 

 『当たり前です。絶対にマスターは死なせません』

 

 間髪入れずに即答できるのはこちらも安心する。まぁ、あのアロガンツやパルトナーを落とせる相手ってのは想像できないけどな。黒騎士程度なら既に力不足だ。

 

 「僕はね、王国と公国の人間の胸奥に植え付けたいんだ」

 

 『何をでしょうか?』

 

 「目を瞑れば浮かび上がる、100億万度のヘルツォークの怒りの炎を…… 恐怖と共に! 我々の屍を燃料にした劫火を…… 夢にうなされるぐらいに叩き込んでやりたい! あいつらはいいさ、攻めて攻められてを気分で勝手に繰り返している! ヘルツォークは? 煉獄の炎にじわりじわりと何世代にも渡って身を焦がされ続けているだけだ!」

 

 俺の瞼にはいつも浮かび上がる。親父達の世代はもっと強く大きな炎だろう。その上の世代は既に骨に達している筈だ。

 

 『エーリッヒ、あなたはもう、既に狂っているのですね』

 

 「認めるさ、でも理性的ではあるよ。だからヘルツォークの利益を、未来を第一に考えられる。そのために行動もできる」

 

 あんなイカれ尽くした、ファンオース公国の軍人共とはヘルツォークは違うさ。

 憎悪で戦争をするんじゃない。益を求めて戦争をするのだ。もちろん戦争のスパイスとしてヘルツォークの無念を劫火に全て注ぎ込んでやるだけだ。ティナもあの作戦は喜んでいたしな。

 それに、狂って結構、それが戦争だとも言うが、その後の目的すらも見失っているファンオースのような狂人じゃない。

 

 『――だから、狂っているというのです』

 

 ルクシオンが何か呟いていたようだが、聞き取ることは出来ずにそのまま学園を出てアトリー邸に向かうのだった。




あれ? 何でこんな暗めの話になったんだろう?

ルクシオン先生との会話回だったのに(笑)

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