乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
ご褒美だ!
授与式後の翌日、「食事も兼ねた打ち合わせをしよう」とバーナード大臣から呼び出しを受けたので、アトリー邸にお邪魔をした。
食事後の談話も早々にバーナード大臣とクラリスの3人で話し合いが設けられた。
「露骨に横紙破りなことをやられてね」
バーナード大臣は食事中はワインだったが、今はお茶で舌を滑らかに動かそうとしている。
「王宮内で何かありましたの?」
クラリスも少し驚いているが、いきなりの呼び出しだ。大臣と俺も夜の方が都合が良いとはいえ、当日に呼ばれるのは珍しい。食事を共にというのは少し心を落ち着けてから話がしたかったという事だろう。
「新ヘルツォーク領における軍備の議決案が可決されていたのだよ。昨日ね」
「昨日って!? 式典だったでしょう御父様! そんな時に…… 通せるものなの?」
クラリスが驚いているが、俺には王宮の形式的流れはよくわからない。
「暗黙の了解でね。本来なら式典中に議案など出さんし、そもそも出せん。王宮貴族は式典に出席する者も多いからね。最低限の議決数も保持していない、委任状等も書いているわけがない…… しかし、ファンオース公国との件は事件と発表したが、実は王宮内はまだ戦時体制を敷いている。今月末で解除だがね。浮島領主の軍備統制、それ以外にも戦時体制中は特例議決が使える案件がある。出席した貴族だけで決議出来る特例。戦時で王宮貴族も議会に顔が出せなくなることを見越した制度だね。実際に使われたのはかなり昔だ。当時相当有用だったため、古臭いが未だ残る議会制度だ」
露骨な横紙破り、式典で王宮貴族の出席者が少ない。
首謀者は直ぐにわかるが、わかった所で王宮内では大した案件ではない。流されて終わりそうだな。
慌てふためく戦時において、戦争関連の議案が出席人数が足りないで止まるのは確かに大問題だ。
王の強権よりも議会が強い方が個人的には好ましい。王がアホだとその代で潰れる可能性もある。議会が腐っていたとしても、強権の王がアホな舵取りをするよりは衰え方は緩やかだ。
誰かそろそろ改革した方がいいんじゃないかな。
「だから昨日ですか。上手い手を使いますね」
果たして軍艦級飛行船一隻とかだろうか? 流石に困る。この爵位と宮廷階位では最低でも要請があったら五隻出陣させられる。外国が攻めてくるだけではなく浮島の暴発で反乱だってあるのだ。この勲章だと駆り出されそうだ。
確か10年以上前に男爵領3家が結託して王宮に要求を通そうとして、王国軍と近くの伯爵家に鎮圧された事件があったな。ヘルツォークとは正反対だったので、そんな反乱など露知らずに王都で仕事を始めたときに話で知っただけだ。
これだけ勲章持ってると色々駆り出されそうで困る。
「準備期間などそうない筈だが、形式に不備は無い。よくもやってくれたものだ。決定は軍艦級飛行船五隻、戦闘用鎧は36機だよ。リック君の階位における最低限で通してきた。急すぎるということで差し戻しを要求したが、ギリギリ最低限は満たしている。出陣したら空になるが、あそこなら比較的安全だから大丈夫だろう…… そんな意見が蔓延していたよ。そう、ギリギリ満たしているという所が旨い手だな。差し戻しは決議の三分の二が必要だ。無理だろうな」
五隻か、当面というよりも結局は人員の関係で、結果的には数年間それしか維持できないだろう。
徴兵制の本家ヘルツォーク領は、有事に際しては艦艇員の補充は容易だが、新ヘルツォーク領はゼロベース。物にするには時間が掛かる。気にしても仕方ないだろう。
「当面は問題ないですよお義父さん、それと僕の駆逐艦は軍装をほとんど取り払ってます。民間輸送船扱いで登録しなおせないですかね? 所属は僕が持っている飛行船運送業として」
「お義父さんか…… いいね。あの駆逐艦だね。構わないよ。部署に流しておこう。確かにあれは形は駆逐艦とはいえ、客船や輸送船と変わらない装備だしね。問題なく処理されるはずだ」
ファンオース公国以外での出陣になったら、民間護衛組織にでも空賊対策を依頼すればいい。
果たしてファンオース公国が攻めて来た時に新ヘルツォーク領に出陣要請が成されるのだろうか? 実は少し不安だ。態々志願する領主はいないだろうが、志願が無理であれば、さらに作戦がシビアになるな。
実行取り消し? 親父達は本家ヘルツォーク領のノルマはやりそうだな。これも机上の空論、現実にならないとわからないなら準備するしかないか。
「あぁ、それとリック君、借金しようとしているだろう? オフリー取り潰しで、うちが儲けた分がある。うちで出そう。ちなみに君の借り入れ要請額も知っている。君の動き、そしてクラリスへの頼み事も事業資金用だと示しているがね。私には詳細はわからんし、その内説明してくれたまえ」
「え、いや、あの額を!? 流石にそれは…… 僕はクラリスまで貰っているというのに」
ポンっと貸せる、いやあげることのできる額じゃないぞ!
「うふふ、貴方、いいんじゃない。どうせヘルツォークの為なんでしょう? 巡り巡って王国やアトリーの為になるわ」
クラリスは本質的に理解しているのだろう。夏の長期休暇に滞在したことも要因か。
ヘルツォーク領という所は、どう足掻いても王国と共存する道しかないからな。
「非合法賭博はアトリーが抑えて合法に切り返させた。中身は結構変わったがね。ああいう金回りの良い悪い貴族を潰すと色々と出てくるから、王宮も含めて担当する貴族家も相当美味しい思いが出来るのだよ。継続的な収入もアトリーは増えるから万々歳だ。持っていきなさい」
「わかりました。ありがとうございますお義父さん」
バーナード大臣はお義父さん呼びにご満悦だ。しかしこの人も一見人は良さそうだが、相当に黒そうなんだよなぁ。非合法事業接収時に、記載されてないオフリーのヤバい資産の現物は相当個人的に接収してそうだ。金塊や謎の白金貨とかかな?
しかし、腹黒くない政治家なんか逆に信用できない。バーナード大臣は個人的に非常に好ましい腹黒さだ。
清潔? クリーン? そんな奴が政治の何をするのだろう? 声を集める目安箱程度の役にしか立たなそうだな。
「御父様、そろそろ」
「あぁ、しっかりやりなさい。では、リック君失礼するよ。女中に案内させるから泊っていきなさい。明日は、女中に任せればいいよ」
「あ、はい。わかりました」
明日、女中に任せる? 泊りか。まぁ、冬休みとはいえ、今日はティナが泊まらない日だから別にいいだろう。ティナはヘルツォークへ帰る準備や僕が頼んだ仕事で、ニアと共に忙しかっただろうから、そろそろ休んでいるかもしれない。
☆
湯を頂いて、女中に滞在する部屋に案内されるとクラリスがベッドで腰かけていた。
「クラリス……」
「うふふ、ダメよ。明日は女中が確認するから。それに御父様の希望でもあるわ。でも一番は、私の願望。うふふふふ」
髪を解いて下ろしたクラリスは、身体のラインが透けて見える薄手のネグリジェのせいで、異様に艶めかしく男を興奮させてくる。
クラリスの目を見据え、誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫の様に無意識にクラリスの身体を弄ってしまった。
「ぅんはぁ、積極的。んふ」
「当たり前だろ。美しいよクラリス。しかし、この屋敷は大きく立派とはいえ、お義父さんがいると思うと緊張するね」
例え付き合っていようが結婚していようが、相手の家でイタすのはかなり精神的にくるものがある。
「この部屋からは相当離れているわよ。ん、くぅぅ、ぅんんあふぅ…… ティナちゃんが困っていたわよ。私やイーゼちゃん、ニアにも相談してきたわ。他の男性と弾みで手が触れてしまってもちょっとした嫌悪感ぐらいで問題ないのに、貴方だと正気を失いそうになるそうよ。悪いお兄さんね」
あいつは一体何を相談しているんだ。そういえば女子って彼氏との寝た内容とかを話し合うとは聞くが、男性は彼女に関する話はあまりしないんだよな。
ティナはモナピーの回数とかの相談でもしているのだろうか? 非常に知りたい!
「ティナには段階が必要だね。余り無理はさせたくないんだけど、ティナは無理にでもシタいそうだから、困ったねぇ」
軽くお互いに口を啄みながら、俺はたわわに実っている柔らかさを遠慮なく堪能している。腰や臀部、内腿にも手を撫でる様に這わせていく。
「んくっ、ぅふぅ、わた、しはぁ、準備、もぉ覚悟も…… ぅはっ、出来て、るわ。はぁ、はぁ、修学旅行で貴方を看病した時から、もう疼いて仕方がないの」
熱に浮かされていたから覚えている。ディープキスをした時だろう。あの時は熱が無ければ間違いなくそのままクラリスを抱いていた。
「ブレーキを掛ける要因は無い。もう止まらないよ」
「……はぁぁ! キて!」
クラリスの身体を気遣いながら、ゆっくりと時間を掛けてお互いの身体を貪るようにねっとりとした濃密な香気を放ちながら、夜は更けていった。
☆
「ん、ふわぁ……」
「うふふ、おはよう」
目が覚めて欠伸をしたら、俺の喉元から見上げるように頭を俺の身体に預けているクラリスが挨拶をしてきた。
「悪い。起こしたかな?」
「うぅん、ほぼ、同時。目を開けたら貴方が欠伸していたわ。可愛い」
「参ったな」
寝起きの欠伸をじっくり見られるのは恥ずかしい。
「身体は大丈夫か?」
「ん、まだ、貴方がナカにいるみたい――」
エロっ!? まぁ最初は特に、そして数回は暫く違和感と痛みが出るみたいだしね。
「――でも、貴方の愛で痛みが与えられるなら、意外と嬉しいかも!」
マゾなのかな?
「無理はしちゃいけないよ。湯を浴びに行こう。女中を呼ぶかい?」
「うん、お願い」
明日女中に任せるとはこういう事だろう。大身の貴族女子は最初か数回は女中を呼ぶと聞いたことがある。しっかりと出来たかどうかの確認だ。
監視がつくような家もあるとか。正直そこまでは勘弁してもらいたいのが本音だが、この程度であればそうは気にしなくて済む。
「起き上がって歩くときは気を付ける様に。じゃぁ、呼んでくるよ」
女中を呼んで湯を頂き、身支度を済ませたクラリス、そしてバーナード大臣ご夫妻との食事は、俺自身は気まずかった。ご夫妻が無駄に笑顔なのがとても居心地が悪い。
クラリスでさえも顔を真っ赤にして俯き加減だったのだから、フォローも無かったのがきつかった。
解放されて学園寮に戻る道が、妙に清々しかったのが印象的となった。
☆
リュネヴィル男爵領、ここは辺境の男爵家よりは裕福だが、しかし、一度ファンオース公国との戦いになると出陣しなければならない。
被害によっては苦しい立場になる可能性もあるが、フィールド辺境伯領とファンオースの小競り合い程度では、兵を出さなくても問題無いという利点はあった。軍属崩れの空賊も多い地域なので油断は出来ないが、20年間大規模な戦争が無い事もあり、それでも現状はかなり安定していた。
「初めましてリュネヴィル男爵、私はエーリッヒ・フォウ・ヘルツォーク。この度は子爵に陞爵されたばかりの若輩にございます。こんなにも早くお時間を取って頂き感謝致します」
本家ヘルツォーク領との交流は無いが、親父、エルザリオ子爵とは戦友と言っても差し支えない人だろう。
穏和な顔立ちだが、眼光は鋭く未だ鈍りは見受けられない。
「色々と存じてますよ。貴方は有名です。ヘルツォークはよく戦場では狼に例えられます。一糸乱れぬ巧みな艦隊連携で敵に一気に鎧と共に食らい付く。あれは見事過ぎて言葉もありませんでした。しかも狼達から貴方のような竜が生じるとは…… 寧ろ御目に掛かれて光栄です。リュネヴィルは、ヘルツォークを歓迎します」
思いの外の好評価に驚いてしまう。
あれか、王国本土や女性にはヘルツォークは嫌われているが、浮島群の40代の当主辺りには嫌われていないのかもしれない。ナーダ男爵やリオンの親父さんも割りと好意的だった。
生じるという所が、実子証明を知っているという事だな。ヘルツォークにとっては本来なら不具合だが、結果として好転したと皆が捉えてくれているという事かな。
リュネヴィル家は嫡子は妾との子であり、ヘロイーゼちゃんと同腹でもある。正妻に男子がいないので、実子証明も影響はなかったのだろう。
「温かいお言葉、重ねて感謝致します。実は、ファンオース公国との件でリュネヴィル男爵領と私、新ヘルツォーク領で連携させて頂きたいのです」
俺の言葉に男爵は意外そうな顔をしている。
「子爵のあの場所は旧オフリー伯爵領、であれば子爵にはうちと連携するメリットはないのでは?」
そう、あそこはファンオース公国の被害は受けない空域だ。ドレスデン男爵はあくまで王国が、ファンオース公国に侵攻を掛けた時に従軍して、被害を多大に被ってオフリーに借金をする嵌めになっただけで、基本的にファンオース公国が侵攻してきてもあそこのルートは通らない。
「連携といっても、リュネヴィル男爵領の領民やご家族の避難先の提携です。前の戦争、ではなく事件でしたね。ファンオースは先遣隊と言ってました。本隊は無傷です。近い内か遠い将来か未だ不明ですが、必ず向こうから侵攻してくると私は思います。無事にリュネヴィル男爵領の従軍しない方々の避難体制を整えておくのが、私個人に対するメリットです」
「リックさん」
目を潤ませて笑顔になるヘロイーゼちゃんに微笑みを返しておく。
「強がりを言うつもりはないですが、確かにフィールド辺境伯の防衛ラインを抜けられてしまうと、王国軍は本土付近での迎撃態勢に移行する筈。確かにリュネヴィルは蹂躙される可能性も高いでしょう。大昔にはかなりの被害も受けています。子爵の申し出はリュネヴィルは助かります。しかし、子爵個人のメリットとは……」
「娘さん、ヘロイーゼさんには学園で本当にお世話になりました――」
「違うよ!? 私がリックさんにお世話になったの! 面倒ばかり掛けて…… でも、でも一緒にいたくて……」
俺の言葉を遮ってヘロイーゼちゃんが、リュネヴィル男爵に食い入るように腰を浮かせて叩きつけるように言葉を紡いでいる。
「イーゼ、子爵の言葉を遮ってはいけない。落ち着いて座りなさい」
「……はぃ」
少し間を置いて俺は言葉を再開する。
「私は男爵に謝らなければなりません。私には王宮の大臣であるアトリー伯爵の娘、クラリスを正妻としており、側室にヘルツォーク子爵領の長女を迎えております。しかし、恥ずかしながらリュネヴィル男爵の娘さんである、ヘロイーゼさんを愛してしまいました。本日は、娘さんを頂きたいというお願いをするために来たのも理由の一つ、いえ、最大の理由になります。どうか、ヘロイーゼさんを私に下さい」
俺は勢いで一気に捲し立てた。嫁が2人もいてどの面下げて来た! と拳を叩き込まれても何も文句は言えない。
「あ、頭をお上げください。え!? う、うちのパッパラパーな娘でいいんですか?」
リュネヴィル男爵、いや、お義父さんが困惑している! 隣のお義母さんもポカンとしている。
「ちょ! ちょっと、お父さん酷い!」
「イーゼ、貴女は黙っていなさい」
お義母さんがイーゼちゃんを窘めてくれる。
「子爵、貴方は英雄だ。年齢なんて関係ない。伊達や酔狂で剣柏葉付き騎士殊勲十字に艦隊指揮殊勲十字を同時にぶら下げる事など出来はしない。過去探してもいるのかどうかすら怪しい。そんな英傑が、イーゼ?」
公式の訪問でもあり軍備関連の話もするので、今日は略式の騎士服を着用して訪問していた。もちろん勲章もぶら下げている。
しかし俺はリュネヴィル男爵の物言いに、脳天から脊髄にかけて雷光が走り抜けた。
「なぁぁあにを言っているのですか男爵! イーゼ、いや娘さんの朗らかな笑顔! いつもこちらを明るくさせてくれる器量! 疲れた心を癒してくれる何気ない可愛い仕草! こちらをいつも気遣ってくれる最上級の優しさ! 貴方の娘さんは最高ですっ!」
腰を浮かして
「そ、そこまで娘を評価してくれるのは…… う、嬉しいよ子爵。しかしね、貴方が提示してくれたメリットは計り知れない。大昔にファンオース公国に攻撃を受けたからこそ、我が領はその後の復興が、どれほど大変だったかわかる。当時は多くが死んだとの記録もある。復興の厳しさの大きな要因の一つだ。人という領の財産を守ってくれる提携というのは、そもそもこちらのメリットが多すぎる。娘を貶めるわけではないが、イーゼにそれほどの価値があるというのかね」
リュネヴィル男爵は統治者の表情をしている。人的資源の大切さを日々で実感している立場の人の目だ。
イーゼちゃんは少ししょんぼりしながら、推移を窺っているのだろう。
「私にはそれだけの価値があります。側室とはいえ、ヘロイーゼさんの立場は愛妾に近い立場と周囲からは見られてしまうでしょう。娘さんは明るくいつも私を受け入れてくれますが、我慢を強いているのも理解しています。非常に心苦しく申し訳ない気持ちで一杯です」
「わ、わだじぃ我慢してないよぉぉ、りっくざんにぞれだげおぼっでもらえでいるだげでぇ。うれじぃぃぃ、うわぁぁぁぁぁん」
「こ、こらイーゼ、すいません子爵」
俺に抱きついて泣いてしまったイーゼちゃんを嗜めようとお義母さんが声を掛けるが、イーゼちゃんは全く泣き止まない。
リュネヴィル男爵はイーゼちゃんを微笑まし気に見た後、居住まいを正した。俺はイーゼちゃんに抱きつかれているので、いまいち締まらない。
「エーリッヒ・フォウ・ヘルツォーク子爵。不詳の娘ですが、何卒、宜しくお願い致します」
「こちらこそ、末永い両家の付き合いをしていきましょう」
こうして無事にリュネヴィル男爵からヘロイーゼちゃんとの関係を認めてもらった。
「では、少ししてから、ファンオースの侵攻予測と、撤退プランの打ち合わせに行きましょう。侵攻予測等はあまり当てに出来ませんが、撤退プランは詰めておきたいですね。頭にあるのと無いのとでは、現実となった時の行動の差が顕著に表れますから」
「助かりますよ子爵。予定通り一泊なさるのでしょう。では夕食までに一通り、避難場所、そこから漏れる人員等の算定も概算ですが古いものがありますので…… おい、子爵は離れをイーゼと共に使ってもらうから予定通り準備しておけ。就寝部屋の隣室の浴場は一日火を入れておくように…… では、執務室で行いましょうか」
離れ!? それはこの本邸と隔離されている別邸という事か! しかも就寝部屋の隣に浴場だと! くっ、ヤバい気になって仕方がない。
「はい。行きましょう」
☆
手土産で持ってきたヘルツォーク産のワインを夕食後に楽しみ、今はヘロイーゼちゃんと離れの部屋にいる。平屋の別邸だが、広々としており来賓を迎える為の邸宅だとの事だ。浴場を設置しているのもそのためらしい。
「リックさん。いえ、旦那様。お父さんに言ってくれたこと凄い嬉しかったです」
「全部本当の事だ。イーゼは可愛いし、朗らかな笑顔はこちらを明るくしてくれる」
にへら、と笑ってイーゼが抱き着いてくる。
「でも、ティナちゃんやクラリス先輩みたいに綺麗じゃないし……」
そんなことを心配していたのか。確かにあの2人は普通に立っていると、綺麗でとんでもないオーラがある。
「イーゼは内面の優しさや明るさも表情に出ているから、決してあの2人に負けないよ。ベクトルは違うのかもしれないけど、可愛いし、実はスタイルが凄い男好みする身体なのも僕は知ってる」
スレンダー美巨乳で太腿の張りと柔らかさが堪らない。快活だから淫靡さを少しも感じないが、黄昏ながらベンチに座る姿は、実は結構エロい。
「も、もう。言ってくれたら少しくらい、さ、触ってもいいんですよ?」
「実はいつもこっそり楽しんでいるよ」
ウインクして軽く唇と唇を触れ合わせる。
「エ、エッチ、でも、嬉しいです。えへ、えへへ」
あまりにも可愛いので、強く抱きしめて強引に唇を重ねて口腔内に舌を滑り込ませた。
「きゃん! つよぃ、ぅんあぁぁ、んぐ、ぁあむぅ…… はぁぁ、ヤバいです。ティナちゃんの気持ち、ちょっとわかっちゃうかも……」
「さぁ、ベッドに行こうか」
コクリと上目遣いのまま頷いたイーゼを抱き上げて、そのままベッドに向かうのだった。
☆
朝目覚め、恐らくまだ火を入れてくれているだろう、隣の浴場にでも行こうとヘロイーゼちゃんに声を掛けた。
「イーゼ、おはよう。一度浴場を借りてから本邸に挨拶に行こうか」
髪を掻き揚げて撫でた後、少し揺さぶってみると反応があった。
「あ、え、おはようございますぅ…… 私、いつから?」
一度周囲を見てから朝だと気付き質問してきた。
「3回目の途中辺りから怪しくなってきたかな。身体は大丈夫?」
「リックしゃん凄すぎますぅ。2回目の途中、いや、1回目でもちょいちょい意識飛んでて…… 腰に力が入りませんぅぅ」
腕を伸ばして来るので、引っ張り起こして抱き上げる。その時にベッドに残る残滓が目に付いたのだろう。ヘロイーゼちゃんは驚いていた。
「うわっ、あれって……」
「脱水症状を起こさないように、水差しから合間合間で水を飲ませたけど、喉は乾いてないかい?」
「言われてみれば乾いてます」
浴場前に女中さんがいたはずだ。行きがけに頼むとしよう。
「水か冷えたお茶を頼むとしよう。先ずは浴場に行こうか。そこに持ってきて貰おう」
「はい! やった、お姫様みたい!」
抱き抱えながら浴場に向かうとヘロイーゼちゃんが、そんな乙女のような事を言うのが印象的だった。
☆
少し話は遡る。
授与式後の3日後にリュネヴィル男爵が、エーリッヒと会うとの手紙がヘロイーゼ宛てに届いたため、エーリッヒとヘロイーゼは準備に没頭した。
エーリッヒ達の急ぎとの要望を、男爵が最大限考慮してくれた結果でもある。
エーリッヒは、クラリスとマルティーナが出来るであろう範囲で仕事も割り振っていた。
ナルニアを二人の補佐に当てている。ただし、全員が慌てていたため、意思疎通が若干合わなくなってしまった場面があった。
そしてエーリッヒ達が出発した日の夜、学園寮の自室で紙一枚の概要を伝えるメモをクラリスにマルティーナ、そしてナルニアが見つけた。
「ファンオース上陸における避難提携のためリュネヴィルに行く!? 戻りは明日の夕方!? 何ですかこれはぁぁぁぁあああ!」
わなわなと震えながらその紙を握りしめるマルティーナ。ナルニアは破かれては堪らないので急いで窘めようとした。
「ティナ姐さん! 破いたら駄目です。それご主人様の私達への概要書でしょう?」
ナルニアは自分も見るためサッとマルティーナから紙を取り上げた。少し端が千切れてしまったが、読む分には問題ないとナルニアは諦めた。
「ねぇ、いつ行くって聞いてたかしら?」
クラリスが誰とは無しに質問を投げかけた。
「さぁ、でもこれ1枚物とはいえよく書かれていますよ。かなり真面目な話し合いになりそうですが……」
別段エーリッヒをフォローするわけではないが、ナルニアは書かれている内容から判断して、クラリスとマルティーナに伝えた。
「問題はそこじゃないんです! これ泊りですよ! でなければ明日の早朝には帰ってくるはずです」
「やられたわねぇ」
マルティーナとクラリスは、エーリッヒとヘロイーゼが泊まるという事が問題のようだ。
「でも、普通、浮島の領主の所に打ち合わせに行ったら、最低一泊はしますよね? 仕方がないんじゃないですか」
ナルニアは当然の事実を伝える。
「まぁ仕方ないわね。イーゼちゃんも側室、愛妾みたいなものだから今夜は譲りましょう。リュネヴィル男爵の了解と仕事をしなきゃならないリック君への御褒美ね」
クラリスは正妻の如く余裕の態度を保っている。
しかし、マルティーナは違った。
「お、おおおおおお兄様のバカァァァアアアア! わたくしまだ最後までシて貰って無いのにぃぃぃぃぃ!」
クラリスもナルニアも、呆れ顔で肩を竦めるしかないのであった。
「あ、そういえばクラリス様もご主人様と泊ってましたよね。え~と、式典の翌日! ティナ姐さんは疲れて自室で寝ちゃいましたけど、私は書類を渡しにちょっと遅い夜でしたけど部屋に行ったんですよ。どちらもいらっしゃらなかったんです。それで、あぁ、アトリー邸で打合せするってご主人様に聞いていたんで、泊ったんだなぁと」
ナルニアは日々の忙しさで忘れていたが、この状況でピンときて思い出した。
「ふぁっ!? ほ、本当ですか! クラリス先輩!」
マルティーナがクラリスに泣きながら縋り付いてくる。それを困りながらも見詰めるクラリスは、舌をペロッと出しながら白状した。
「バレちゃった!」
テヘペロ! クラリスはお茶目な笑顔で白状した。
「ふわぁぁぁぁぁああああぁあぁぁあっぁああんんんんん!」
非常に大音量で泣くマルティーナに、クラリスとナルニアが急いで耳を塞ぐ。
「ティ、ティナ姐さんは何度もご主人様と寝てるじゃないですかっ! お、落ち着いてください! 一人絶好調になって、でも嬉しかったんですよね!」
ナルニアの必死の叫びに一瞬、グスリとマルティーナが泣き止んだ。
「で、でも…… でも!」
「またご主人様に可愛がって貰えばいいんです! ティナ姐さんが頼んだらご主人様は絶対に断りませんよ」
「……うん、そうしてもら――」
決死の覚悟で行ったナルニアの宥めは成功しつつあった。
「私は最後まで抱いて貰えたからいいわ!」
テヘペロ! 可愛らしく誇るようにクラリスはナルニアの努力を無に帰した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああぁっぁんん!」
ナルニアはもうダメだと仰ぐように天井を見だす。
クラリスはエーリッヒが早く帰ってこないものかと思いつつも書類整理に集中した。
マルティーナの号泣も10分ぐらいで止んで、静かになったと思い2人が様子を窺うと、マルティーナは泣き疲れてエーリッヒのベッドで寝てしまっていた。
長かった……
エーリッヒサイドによる第2巻分はこれで終了です。
長くなってしまいましたがお付き合い頂きありがとうございます。