乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
第73話 聖女親衛隊
冬の長期休暇の終盤、本家ヘルツォーク子爵領にて15歳となったエルンストを相手に、俺は訓練に精を出していた。
ダビデは大規模改修のため、鎧での訓練は懐かしの訓練機を使用している。それに加えて生身での剣術で技の確認であった。
「兄上、こんな技があるんですね!? 正直びっくりです!」
前世でもあったが、こちらの世界は鎧で飛ぶので術理が異なる。体重移動の概念が全然違うのだ。しかし動きの練習は可能であるし、何よりも親父、エルザリオ子爵がそれに通じていた。
「父上は懐かしそうに教えてくれたよ。僕達だって結果として敵の武器を奪って攻撃することはよくやるが、そもそも率先した戦法の確立を父上や先代がしていたことに驚きだよ」
補給は敵が持ってきてくれるとか、理屈ではわかるし、俺自身もフライタールでは無我夢中で行ったが、戦闘プランで採用している所が頭おかしい。
実弾演習の武器が無い!? ならば敵基地に潜入して拝借してこよう! ついでに敵基地で実弾演習だ!
クレイジー過ぎて吃驚だな。
しかもヘルツォーク領が貧乏期に突入した頃、先代がそれをラーシェル神聖王国のフライタール辺境伯領、軍事施設用浮島で実は実際にやっている。先々代も面白がって同行する狂人。
親父は当時5歳だったらしいが、2人が一遍に死んだらどうするつもりだったのだろう。頭が痛くなる。
俺だったら、親父が言ってきても、意地でも却下させるだろう。
「しかもブレードですか。兄上はあまりブレードを使用しませんが、何か想定でも? しかも何度も腕を斬り落とすから、整備員が泣いてますよ。私も心苦しいんですが……」
整備員には申し訳ないと思っている。
「いや、まぁ、黒騎士のバンデルがファンオース公国に返還されただろう。あの大剣は王宮が確保しているが、あれって公国にスペア、というか実はもう一本あるとかいうオチじゃないだろうなぁ、なんて考えると対策しておきたくてね。まぁ、誰か、12騎士とかエトと一緒に奴と対峙出来れば、存外簡単な相手ではあるんだけど……」
二対一なら後ろを取った奴が、ズドンと一発で穴を開ければいい。ヘルツォークの上位から見れば、あの大剣が怖いだけだからな。
一人で黒騎士の後ろを取るのは容易じゃないが、俺とエトであれば瞬殺できる。
「仮に一人で対する事になった場合の訓練ですか。しかし魔力の消費が半端じゃないですね。一回限りの作戦ですか」
「突撃スピードがとんでもないからね。これぐらいの意表は必要だ。たぶん魔力欠乏になるだろう。スピアの技術を両腕に備えさせたが、細かい調整は無理だな。魔力を大放出して無理矢理といったところだな」
親父も黒騎士相手にはこの戦法は素直には使えないと言っていた。
術理が少々異なる空中では、黒騎士の突撃スピードが凄まじい。小手先の技を廃した純粋で強力、そして速さがある。まぁ、剣なんて畢竟、相手の身体に速く叩き込んだ方が勝ちだから、そうなるのは仕方がない。だから慣れと反応を自身の身体に叩き込むのが先決であった。
やはりベストは、多人数で囲んで虐め抜いてやるのが一番だな。単独行動する黒騎士なら多対一に持ち込むのは容易だろう。
確か、古いヘルツォークの軍人に聞いたが、黒騎士は常に一人突出して先陣を切るので、それに無理しながら付いていった部下が軒並み戦死。本人は満足げに悠々自適と自軍に帰ってくる姿に頭を痛めたファンオース公国上層部が、黒騎士に独自行動を与えたとか。そりゃぁ、指揮官や上官が突貫したら、部下としては付いて行かざるを得ないよな。
王国と兵力差があるファンオース公国の兵士の価値は、1人が王国10人分以上だろう。黒騎士が100人殺して、その突貫に巻き込まれた部下が10人以上死んでいたら、数字の上では意味がないという事だ。
20年前からは、自身が鍛えた黒騎士部隊とも連携は然程ない。
「お兄様ぁ~! リオンさんからお手紙ですぅ!」
遠くからマルティーナが手を振りながら小走りで近づいてきた。
「エト、終了だ。悪いが訓練機を整備の所に持って行ってくれ。魔力も空でふらつくし、何よりリオンの手紙が気になる」
「わかりました。また腕の修理かと泣きそうですね」
訓練機は見事に左腕がエトによって切断されていた。
「済まないと伝えておいてくれ。3学期は訓練機を王都の倉庫に持っていく。まだ僕のダビデもお前のソロモンも改修中だしな」
黒騎士部隊の鎧が手に入ったため、技術に各部の調整、分解、既存機との融合を図っている。
色々と作戦用の飛行船やその他の改修作業に人手は取られているが、この作業は少数の技術者で行えるので、時間は掛かるが、その他の作業に影響があまり出ないのが助かる。
「場合によっては兄上は学園でしょうから、テストは僕や父上でやっておきますよ」
「助かるよエト。あぁ、ありがとうティナ。今から屋敷に向かうよ」
エルンストが頼りになってきたので、十分に任せることが出来るのが心強い。ここ一番の本家ヘルツォーク子爵領の収穫と言えよう。
そのまま俺はマルティーナと共にちょっとした城とも言える規模だが、屋敷に戻っていった。
クラリスもヘロイーゼちゃんも本家ヘルツォークに滞在していたが、今は新ヘルツォーク領の屋敷に顔を出しているだろう。学園が始まる前日には王都に戻る手筈となっている。
俺はマルティーナから出されたお茶を口に含みながら、リオンからの手紙を開けた。
「聖女がマリエ!? 神殿がリオンが空賊から奪取していた聖なる首飾りを返還要求。それに応じるか……」
あいつ許さねぇとか書かれているが、聖女はオリヴィアさんじゃない? いや、最終的にはオリヴィアさん本人の血筋というか力が重要ってリオンは言っていたか。
聖女は神殿が認定する象徴だっけか? 絶大な影響力を持ち、王家ですら無視できないって言っていたな。
しかし、リオンが説明していた乙女ゲーの推移と状況が割と最初から合っていないぞ。
前世持ちだろうが、この世界が乙女ゲー世界というのは、俺には眉唾に感じられるが、さて…… しかし、辺境の男爵家の次男三男は、下手をすれば王都の平民より世俗の情報に疎い。
リオンは首を傾げたくなるくらい物を知っている時があるから、本人が言っていたように乙女ゲーの世界というのも完全には否定できないんだよなぁ。リオンが魔笛を知っていた説明はそうじゃないと不可能だ。
実物を見るまではアンジェリカだって知らなかった。20年前のファンオース公国侵攻戦ですら使用されていない。あんなもの自国の上空では、到底使用できる代物ではないとも言えるか。
「聖女!? 認定されたのですか!」
マルティーナも驚きを隠せていないが、神殿とそこまで関りがない浮島出身は、聖女といっても何か凄い人ぐらいの感覚しかない。物語を読んで知るぐらいだな。
「マリエが神殿から聖女として認定されたらしいぞ。ラーファンの呪いが反転して祝福にでも変わったのだろうか?」
呪いを集積し過ぎて反転。神からの祝福でも得たのだろうか? 謎過ぎる。
しかし、5人に股を開く女が聖女というのもピンと来ないが、あいつの職業は聖娼だったのだろうか?
「ラーファンの娘がっ!? 神殿も癒着し過ぎて脳が腐ったか…… あぁ、ラーファンの娘が神殿上層部を篭絡したんじゃないですか?」
マルティーナの説明がしっくりくるな。権力欲しさに枢機卿だか教皇だかと寝たのだろうか?
ロリコンが多すぎるな。
「かもしれないな。まぁ、こちらには関係ないだろう。明日は新ヘルツォーク領に発つ。学園に戻ったら情報を集めてみよう」
「はい、お兄様。じゃ、じゃぁ、あの、今日も……」
「もちろんだよ」
マルティーナは頬を赤く染め、表情を綻ばせながら上機嫌となった。可愛いんだけど、ぶっちゃけ、まだ最後まで辿り着けないんだよね。はてさて、今日もどうなる事やら。
しかしマリエが権力を持つという事は、あのお馬鹿ファイブの扱いも変わるのだろうか? 頭痛を覚える内容だと感じると、無理矢理頭の片隅に追いやり、マルティーナとの時間を楽しむのだった。
☆
学園も明日には始まるという頃、王宮の会議室では重臣や関係者達が集まり、聖女親衛隊創設に関する件を話し合っていた。参加者達は、口々に神殿に対して文句を吐き出している。
「神官共が調子に乗りおって」
「聖女親衛隊の予算を王宮に出させるつもりか?」
「ユリウス殿下達の事もある。下手に突っぱねれば、奴らがどう動くかわからんぞ」
彼等が問題視しているのは、マリエが聖女になってしまったことだ。よりにもよって、一番厄介な女が聖女になった、というのが全員の認識だった。
もちろん皆が頭を抱えるその理由は、マリエが元王太子であるユリウスを含め、名門貴族の跡取り達を次々に篭絡してしまったからである。
神殿側は、聖女と恋仲になったユリウスを後押しして、王太子に復帰させる腹積もりであるのを隠そうともしてこない。王家の権力すらも握る魂胆だ。
会議の場では、アンジェリカの父であるヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵も出席している。
公爵という立場ではあるが、自身が後ろ盾となる派閥はユリウスの失脚もあって大幅に縮小しており、会議には出席しているが、影響力は少ないと言える。
今は明日議会に提出する議案の事前協議であり、ここの決定がそのまま議会でも決定されるという流れだ。ある意味議会よりも重要と言える。
会議の成り行きを見守っていたヴィンスに小声で話しかけてくるのは、宮廷貴族であり大臣職を務めるバーナード・フィア・アトリー伯爵だった。
小太りで人の好さそうな温和な丸い顔にちょび髭が特徴的に乗っており、愛嬌が感じられる。そのバーナードがヴィンスに確認してくる。
「本当に宜しいのかな?」
「私一人が抵抗したところで、この決定は覆らない。それくらいは理解しているよ大臣」
バーナードは、ヴィンスの失脚と共に台頭してきた侯爵派閥、マルコム・フォウ・フランプトンの派閥とは距離を置いている。そもそもが中立派を纏める巨魁であるバーナードは、明確に誰かの派閥を支持というのは滅多にしない。その場合は互いに相当の事前協議が成される。
今日のある一件で明確にフランプトン侯爵派閥とは、今後敵対するかもしれないと考えていた。
「彼の名前を挙げられた時には全力で突っぱねたが、その他というと彼しか適任者がいないのも事実。私としては条件付きで賛成せざるを得なかったよ」
「彼は私の寄子でも子飼いでもない。気にして頂かなくても結構だ」
バーナード大臣は心中で溜息を吐く。
(さっさと子飼いにでもしておけば、断りようもあったというのだがな…… 所詮、娘が王太子との婚約で周囲に担がれ、あれよあれよと王宮内での立場を強めただけの新参者か。脆い…… もはや自領に引っ込んで政治に口など出さねばいい物を。バルトファルト卿もそこでしっかり囲んでおけば、王宮とて早々手は出せんというのに。なまじこんな所にヴィンス殿が直接出てくるから、事前了承を求められるのだ)
フランプトン侯爵が口を開く。
「意見も色々と出尽くしたようだな。では、この場の意見を王宮の決定としたいが反論はあるかな?」
席から立ちあがり周囲を睥睨するフランプトン侯爵。
その姿は瘦せており、背が高く顔に刻まれた皺も深い。鼻が大きく顎髭を胸元まで伸ばしているのは、老人としての迫力があるだろう。
本来はまだ老人と呼ぶには早いが、痩せて顔の堀が深く目は大きく飛び出るように見える様相は、年齢を10以上も上に見せてしまう。この場にいる貴族達は、フランプトン侯爵が疲れを化粧で誤魔化しているのも気づいているが、あえて指摘することは無い。それすらも本人の異様な迫力を彩るのに役立っているのは皮肉と言えるだろう。
フランプトン侯爵が周囲に視線を巡らせれば、誰も反対意見を述べなかった。
フランプトン侯爵がヴィンスを見て目を細めて笑みを作るが、それは勝利を確信しているような顔だった。
「レッドグレイブ公爵にも言いたいことはあるだろうが、これは王国のためだ。それを理解して欲しい」
「私は反対などと言ってはいないが?」
その返事を最終確認としたフランプトン侯爵派閥の若い貴族が立ち上がって決定事項を伝えてくる。
「では、リオン・フォウ・バルトファルト子爵を、聖女親衛隊の隊長に任命する議案を明日、提出します。無事に可決される事となるでしょう」
周囲からは不満の声が出るが、それらはリオンに対するものが多い。
「成り上がりが聖女様の親衛隊か」
「鈴としての仕事を果たせれば上出来だ。本来は副隊長に聖女様の従兄を据えたかったのですが……」
バーナード大臣にギロリと睨まれたその貴族は、慌てて口を噤む。
そう、エーリッヒも隊長か副隊長にとフランプトン侯爵派閥から挙げられたが、バーナード大臣が頑として譲らなかった。そもそも治める浮島がある領主をそんなものに据えるなど、無茶も甚だしい。
リオンの隊長就任すらも反対するぞと言って引っ込めさせた。これが条件付き賛成の経緯である。
バーナード大臣からすれば、リオンが聖女親衛隊の隊長になろうがなるまいがどうでもいいという感情もある。どうにかしたければ、レッドグレイブが勝手に何とかしろというスタンスだ。
貴族達はまたお喋りを始めだした。
「まぁ、問題は奴のロストアイテムだ。神殿側に寝取られる前に取り上げるべきではないか?」
「冒険で得た宝を取り上げると? むぅ、それは国是に反する」
「自ら進んで献上すればいいものを」
「だが、聖女とはあの女だぞ。本当に大丈夫なんだろうな?」
リオンの資質を不安視する声が上がるのは、マリエを警戒しての事だった。
それぞれタイプの異なる有力貴族を篭絡した魔女。リオンもその股に咥え込まれるのではないかと、ここに集まった貴族達が心配にもなるのが当然だ。
あのロストアイテムが神殿側に付くのが、恐ろしいと周囲は感じ始めていた。
「皆さんの気持ちはよく理解できます。ですが、彼は夏休みにユリウス殿下達を決闘で打ち破り、更には二度目の決闘でも観客が静まり返るほどに痛めつけたそうです。そのような関係ですから、性女、おっと、聖女様にも靡くことはないでしょう」
若い貴族が堂々と、そして悪意ある言い間違いをした事を、品の無い貴族達は笑っていた。
「男を食べるのが大好きな聖女様も、成り上がり者は下の口に合わないらしい」
「どうやら名門が趣味のようで。ラーファンは浅ましいですなぁ」
その言葉に同調する者達が小さく笑っていると、フランプトン侯爵が小さく手を上げた。
「ふむ、バルトファルト子爵に関してだが、皆の不安ももっともだ。今回の件を試金石として、ロストアイテムを保有する資質を見るのはどうだろうか?」
この言葉にヴィンスが反論する。
「王国に宝を横取りするハゲタカになれというのかな? フランプトン侯爵、それは認められない」
「……ヴィンス、強力なロストアイテムを持つに相応しいか調べるだけだ。何も直ぐに取り上げるとは言っていない。本人の資質次第だ」
周囲の貴族達もフランプトン侯爵に賛同する。
「確かに、放置するのは危険だ。気分で王都を攻撃でもされたら堪らんぞ」
「成り上がり者には大き過ぎる力だな」
「そもそも不相応な野心が無いとは言い切れない」
既にバーナード大臣が反対を言わないため、会議の場はフランプトン侯爵派閥の意見で纏められるのであった。
「文句はないな、ヴィンス? それとも、自分がロストアイテムの力を独占するつもりだったのかな? お前の娘は、バルトファルト子爵と随分親しいようじゃないか」
フランプトン侯爵が大きな相貌で睨みを利かしてくる。
「好きにしろ」
(最初からロストアイテムを取り上げるつもりか)
「納得してくれたようで安心したよ」
周囲がヴィンスを見る目は、かつての最大派閥の長ではなく、負け犬を見るような目であった。
バーナード大臣は、心中で何度目かになる溜息を吐く。
(さっさとバルトファルト子爵を取り込んでいてくれたら、諸手を上げてヴィンス殿の支持に回ったというのに…… 彼はリック君とも友達だから、こちらも吝かではないんだがな。あれだけバルトファルト子爵に便宜を図って貰っておいて何を放置する? 自身の考えはあるのだろうが、機を逸し過ぎている。貴方はもう政治の世界から足を洗った方がいい。領主としてふんぞり返っているレベルがお似合いだな)
レッドグレイブ公爵は思案顔だが、それすらもバーナード大臣は冷ややかに見ているのだった。
でも個人の資質って重要そう。
変な奴に持たせたらどっかに気分で王城にルクシオンビームを定期的に降らせる奴がいそうだし(笑)