乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第74話 聖女の実態

 神殿により聖女と認定されたマリエが、多数の取り巻きを連れて校舎の敷地内を歩いていた。

 その中にはカーラ・フォウ・ウェインの姿もあり、マリエの横に陣取っている。反対側は、ショタエルフのカイルだが、見た目の愛らしさによって、周囲の取り巻き女子にちやほやされているのを冷たくあしらう。

 そんな姿も彼の人気を博していた。

 

 「マリエ様今日もお美しいですわ」

 

 「今日のお召し物も素敵ですわね。センスがありますわ」

 

 「何でもカーラさんをいの一番に助けたのがマリエ様だとか。やっぱり聖女に相応しい方は違いますわね」

 

 手の平を返した学園の女子達だが、そんな女子達に付き従う専属使用人や男子達が集まり、マリエの周囲には常に大勢の人が集まっている。

 最初は空賊を手引きしたカーラが何故聖女様の傍にいるのかと責められたが、マリエが「カーラは友達なの! 苛めないで」と身を呈したことにより、直ぐにその場は治まった。

 空賊と繋がっていた女子を2学期から救っていたマリエの評判はうなぎ上りである。カーラも誇らしく、マリエに傾倒していた。

 

 「もう、マリエって呼び捨てでいいって言ったじゃない」

 

 マリエはこの状況をとても楽しんでいた。

 

 「でもマリエ様を呼び捨てなんて」

 

 女子たちが戸惑っているとマリエは笑顔を見せた。

 

 「様付け禁止よ。だって、あたし達はもうお友達じゃない」

 

 「マリエ様、何てお優しいのかしら!」 

 

 「もう、だから止めてよ~」

 

 マリエは止めてと言いながら物凄く嬉しそうにしている。

 そう、これはマリエが目標とした周囲からチヤホヤされて贅沢三昧をするという、まさに夢に近づいた姿である。美形に囲まれてという部分も果たしているが、如何せんあの5人はポンコツ過ぎてマリエも愛情すら感じていない。

 

 (モブ野郎に散々煮え湯を飲まされたけど、聖女になったからにはもうあたしの独壇場よ。あの頭お花畑のオリヴィアから聖女の地位を奪ったけど、私が代わりに全て解決してあげるから問題ないわ。それにしてもあたしを散々馬鹿にしてきた連中が、途端にすり寄ってくるなんて気分がいいわね)

 

 少し前までマリエを敵視していた女子達が、今ではご機嫌取りに必死になっている。マリエはこの状況を鼻高々に大いに楽しんでいる。

 

 (ユリウス達に不釣り合いだとか貧乏貴族の娘とか見下してきた連中が、今は必死にあたしの御機嫌取りをするなんて最高。このままのし上がって王太子妃を目指してやるわ!)

 

 マリエは先ずはユリウスの王太子復帰に取り掛かろうと考えた。

 そこにクリス・フィア・アークライトが、マリエ宛ての手紙を持って現れた。

 

 「マリエ、ここにいたのか」

 

 青髪青目の眼鏡をかけた青年は、今日も凛々しい顔つきをしており、取り巻きの女子達の色めいた声が上がり出した。

 嬉しそうに近づいてくるクリスに、マリエは気分よく接する。マリエには、取り巻きの女子達がクリスに頬を染めているのを眺める事すら気分が高揚する。

 

 「手紙?」

 

 「ああ、マリエ宛てだからな。届けに来た」

 

 礼を言って手紙を受け取ったマリエは、差出人を見て目を見開く。

 

 「どうした、マリエ?」

 

 「な、何でもないわ。ちょ、ちょっと用事を思い出したから、あたしは行くわ」

 

 周囲が制止する声を振り切ってその場を離れると、一人になれる場所を探した。そこで物陰に隠れると、震える手で封筒を開ける。

 

 「お、落ち着け。大丈夫。もうあたしは聖女様よ。実家が何をしようが皆が守ってくれるわ」

 

 手紙の差出人は両親であり、中身を取り出して内容を確認するとマリエはその場で崩れ落ちた。

 

 「何でこうなるのよぉぉぉおおお!」

 

 家族が聖女になったマリエの名前を使い、実家が莫大な借金をしたので返済しろというものだった。

 二度目の人生、マリエは肉親に恵まれていなかった。他の兄姉達もマリエの名前を使って好き放題しているらしい。

 マリエは先程までの最高だった気分が、一気に最低まで落ち込んでしまった。

 

 「借金は嫌ぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」

 

 前世の経験で酷い男達が勝手に作る借金に悩まされてきたマリエは、借金に拒絶反応を示してそのまま泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 「ほう、海外への留学か。期間は1年」

 

 アルゼル共和国への留学のポスターの隣に聖女親衛隊設立のポスターも貼られており、人だかりのほとんどがそちらのポスターを眺めている。

 

 「お兄様は海外に興味あるのですか?」

 

 「いや、まったく」

 

 マルティーナが珍しそうに俺の顔を覗き込んで質問してきたが、即座に否定した。

 もはやすっかり俺の事はお兄様呼びが学園内でも定着している。

 聞くところによると、もう取り繕う必要は無いとの事。それに、得も言われぬ背徳感がそそるらしい。俺は大賛成しておいた。

 

 「何だ? リックも留学に興味あるのか?」

 

 リオンがオリヴィアさんを連れてやってきた。

 

 「いや、全然。それより、お茶会への誘いが多くて大変らしいじゃないか? どんだけ招待するんだ?」

 

 リオンは出世もあってお茶会に招待しなさいという女子から多数手紙を貰っている。

 もの凄い嫌そうにしてたが、俺は男子から、死ね! 糞が! ヘロイーゼちゃんを返せ! 等と暴言の手紙を沢山頂戴している。

 女子には避けられている感じだが、男子からは明確に敵認定を受けてしまった。

 訓練がてら返り討ちにしてやる。

 

 「ディアドリー先輩くらいかな。世話にもなったし、高級茶葉とか貰ったから無下に出来ないんだよね」

 

 オリヴィアさんがリオンの言葉を聞いてムスッとしている。

 嫉妬深いのかな?

 そんな事を考えてると人だかりから、レイモンド・フォウ・アーキンが飛び出してきた。

 

 「レイモンドも留学に興味あったのか?」

 

 「留学? 何の話? 親衛隊設立の件だよ」

 

 リオンが俺にしたようにレイモンドに質問してる。リオンは留学に興味があるのだろうか?

 どうやらマリエ、聖女親衛隊を学園内で募集するとレイモンドが説明しだした。

 何でも聖女の恋人達が特殊すぎて、神殿だけじゃなくて王宮も設立に絡んでいるらしい。リオンが嫌そうな顔をしながらレイモンドの説明聞いている。

 

 「一部だと、ユリウス殿下の女性を見る目は間違っていなかった、なんて言って騒いでいるよ。殿下を王太子に復帰させて、聖女様をそのまま王太子妃に、なんて噂もあるからね」

 

 「あんなへっぽこ2人が王と王太子妃なんかになったら、王国は間違いなく内乱だな」

 

 俺の過激な意見に少しリオンもレイモンドも若干引いているが、否定はしなかった。

 あれ? でも一応はユリウス殿下って有能だったんだっけ?

 どうやら俺の考えている最中もレイモンドの話は進んでおり、この人だかりの注目を集めているのは、聖女親衛隊入隊に関する特別措置のようだ。

 

 「実は聖女様親衛隊の騎士は、神殿騎士じゃなくて、入隊後に騎士の称号を与えられるんだ。それだけじゃなくて、嫁に関しても考慮されるみたいで、出自はあまり問われない」

 

 でもそれって、領主や跡取りはなれないだろう。結局普通クラスの奴らだけで上級クラスには関係なさそうだ。リオンが興奮してレイモンドに食い入っている。

 

 「騎士として王宮に認められながら、嫁は貴族の娘じゃなくてもいいってことだよ」

 

 神殿騎士は貴族もいれば平民もいる。

 しかし貴族といっても跡取りはなれない。婚活から逃げられるとはいえ、落伍者の印を押されてしまうが、そもそも上級クラスには関係ない。伯爵家以上の次男三男ぐらいだろうが、実家のネームバリューで大体はそういう奴らは結婚できるのだ。

 上級クラスの男子で神殿騎士で婚活から逃げるというのは、治めるべき領地から逃げるという事だ。そんなアホがいるわけがない。いたら当主に病死コース送りだろう。

 

 「おい、リオン、領主や跡取りにはそれ関係ないぞ。爵位持ちの領地無しぐらいしか恩恵ないじゃないか」

 

 今はジルクだけだな。

 

 「マジで!? あいつの親衛隊でなければ直ぐにでも立候補しようと思ってたのに!」

 

 リオンは凄い悔しがっている。

 当主や跡取りが国に仕官しないのと同じようなことだ。まぁ、こちらは王宮の許可があれば可能でもある。国への貢献だ。その領地を他に任せる体制が取れ、希望する者が優秀であれば王宮も仕官は助かるという事だ。

 

 「リックの言うとおりだね。とんだぬか喜びだよ。これじゃ結局変わらないし、そもそも普通クラスの奴等は、僕達なんかよりも遥かに結婚が容易なんだ。希望する奴等は、聖女様やユリウス殿下に近づきたいだけさ。そもそもリックには関係ないだろうしね」

 

 キランと眼鏡を光らせて、最後に毒混じりの言葉を放つレイモンド。

 まぁ、これぐらいなら、男子達からの手紙に比べたら優しいもんだね。

 

 「悔しがって損したな」

 

 「それにしてもリオンは聖女様が嫌いだよね」

 

 レイモンドも悔しそうにしているな。

 

 「あいつの親衛隊に入るとか絶対に嫌だね」

 

 心底嫌そうな表情でリオンは吐き捨てたが、俺もマリエの身の上は同情するが、ラーファンというだけで嫌だ。あまり近づきたくはないし、距離を置くことに徹する。カーラへのコンタクトはナルニアに任せきりだ。

 

 「リオンさん」

 

 オリヴィアさんがリオンの制服を引っ張り視線をそちらに向けると、アンジェリカが真剣な顔付きでこちらに歩いてくる。その眼差しはリオンをロックオンしていた。

 

 「リオン、ついさっき実家から連絡があった。心配するな。そう悪い話ではないんだ」

 

 「何かあったの?」

 

 悪い話ではないという割には、アンジェリカの雰囲気がピリピリと緊張感を伴っている。

 しかし不安そうにしているオリヴィアさんに笑いかけたアンジェリカは、緊張感が少し和らぎ、オリヴィアさんも笑顔になった。

 リオンはその隙に、チラチラとアンジェリカとオリヴィアさんの豊満な胸を盗み見ていた。

 

 「リオン、真面目な話だ」

 

 アンジェリカの言葉にリオンはビクリとして身構えた。視線をキョロキョロさせているので、吹き出しそうになってしまった。リオンの奴、胸を見てた事を気付かれたと思ってるな。

 アンジェリカはそんなリオンの様子をお構いなしに言葉を続けた。

 

 「お前の聖女親衛隊入りが内定した」

 

 「……え?」

 

 リオンの間の抜けた返事が、妙に耳に付くのだった。

 

 

 

 

 「君の名前も挙がっていたのだがね。全力で阻止したよ」

 

 「助かります。しかし何故? リオンが聖女親衛隊隊長に?」

 

 クラリスから、バーナード大臣が会って話がしたいというので、互いに都合のつく少し遅い時間にアトリー邸を訪問した。

 クラリスも当然の如く話を聞いている。

 

 「表面上の名目は聖女含めたあの6人の監視だね。彼等は問題が多過ぎるからね。抑えられる人間が必要だった」

 

 神殿に下手に迷惑を掛けて王国との関係性が悪くなるのも困る。神殿側に傾倒しすぎるのも困るというわけか。

 

 「本当の狙いは?」

 

 バーナード大臣は、俺の言葉に頷くように言葉を紡ぎ出した。

 

 「将来的に彼のロストアイテムを取り上げたいという思惑を持った連中がいる。大方難癖を付け出すための布石なのかも知れん。実際どうなんだね。彼は王国の脅威に成り得るかね?」

 

 なるほど、ファンオース公国を一隻で退けるあの力が怖いというわけか。

 

 「まぁ、リオンの為人(ひととなり)から言って、今は大丈夫でしょう。しかし五年後、十年後は私にはわかりません。人の心は移ろいますからね」

 

 今回の件を決定した派閥の貴族達もリオンがわからないから怖いのだ。そもそも人は、わからない何かには警戒か恐怖を心に抱く。それが客観的に無駄な事であろうが、止めることは出来ないだろう。

 ルクシオン先生が、マスターは絶対に死なせないと言っていた。だからリオンは尻に火が付くか、リオンの考える詰んだ状態になるまで動かない気がする。

 俺はそのことを学園寮の部屋で、リオンがこの世界を乙女ゲーの世界と言い切った時に感じた。本人は本当は、あまり関わりたくないとも言っていた。

 そう、大丈夫だと思う。でも、リオンがどう動くのかは俺には全くわからない。

 王国で大きな異変が起こった時、逃げの一手を取っても不思議ではないという事だ。リオンも辺境の男爵領出身だから大いにあり得るだろう。

 

 「力が強すぎるからね。危険視されるのが当然だな。しかもこちらの理解の範疇外だ。尚更だな」

 

 バーナード大臣の言う通りだろう。正常な者であればどれだけ危険か直ぐにわかる。

 宝は冒険者の物。国是か何か知らないが、個人が持つには危険と判断されれば、没収は当然の帰結だ。

 しかし、リオンは王国への貢献の実績が多大だから、王宮もそう上手くは運ばないだろう。驚くほどに従順に王国、というかレッドグレイブ公爵家に従っている。

 

 「レッドグレイブ公爵は沈黙していたんですか?」

 

 「彼にはもう王宮内では何の力もないよ。バルトファルト子爵を守ろうとする気すら見えなかったね。言葉の上でだけは多少庇ってはいたがね。何の役にも立っていない」

 

 愚鈍も極まれりという事か。

 あれだけの貢献をしているリオンを放置。意味がわからない。

 自領を強化するにせよ、若しくは大胆に王位の簒奪に際しても、リオンの力はレッドグレイブ公爵家には必要な筈だ。

 現実的に王位簒奪が考慮可能な段階と気付いて、レッドグレイブ公爵家は日和ったのだろうか? 可能性はあるな。悟られないようにリオンとの距離感を図っているのかも知れない。

 タイミングに気を付けるにせよ、アンジェリカを助けて、突撃名誉騎士殊勲十字星章を生者で得た段階が、最高の取り込むタイミングだっただろう。あれだけの名誉だ。公爵令嬢の婿にせよ夫にせよ相応しい。

 だというのに…… まだ担ぎたい王族でもいるのか、正直理解不能だな。鈍重すぎるのは領地が強大だからなのだろうか?

 

 「リオン君も可哀想ね。あれだけアンジェリカやレッドグレイブ公爵家に尽くしているというのに……」

 

 クラリスの意見は尤もだろう。

 

 「さっさと寄子や子飼いにして領地に引っ込んでおれば、王宮も勝手に決められん。事前にお伺いに行く。そこで突っぱねてしまえばいいのだ。もし、その状態のバルトファルト子爵を、王宮が勝手に聖女親衛隊の隊長に任命したら、王や王妃、各所の大臣に直訴すればいいのだ。大概可決は破棄される。あんな強大な領主貴族に怒りで王宮に乗り込まれる方が、こちらは本来は恐ろしいのだ。無理矢理議案を押し通した派閥の後ろ盾と、王宮認可の家同士の決闘に持ち込める。なまじ会議の場に出るから言質を取られる。まぁ、出てなくても寄子や子飼いですらないバルトファルト子爵を、レッドグレイブ公爵家は守れなかったろうがね。私は君に隊長や副隊長なぞになって欲しくないから、それを認めるならとバルトファルト子爵の隊長就任に賛成したよ。拒否する理由も無いしね」

 

 なるほど、そんな経緯があったのか。

 

 「助かりますお義父さん。正直マリエなんぞに関わっている時間は無いですからね。リオンなら上手くやるでしょう。頼りにはなる奴です」

 

 ルクシオン先生が、どれだけやれるのかは教えて貰えていないが、あれは科学技術の結晶だ。しかも認証式。この世界の人間では扱える事は無さそうだから、取り敢えず心配はいらないだろう。

 マリエなんかと関わる可哀想なリオンを祈っておいてやろう。

 バーナード大臣の勧めもあったので、本日はアトリー邸に泊まっていくこととなった。




どうしても御恩と奉公を破り捨てているような公爵は好きになれません。
まぁ、この世界ではもしかしたら搾取が常識なのかもしれませんが。
原作様でも公爵への度を越した奉公に対して、リオンは公爵から何を得たのだろう?
献上したものだけでもアンジェリカが釣り合うのだろうか?
アンジェは大好きですが、かぐや姫クラスの品々をリオンから献上されている気がする。

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