乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です 作:N2
確か聖女親衛隊として出発したリオンが、本日戻ってくる頃だろうかと、朝早く起きて手紙を読みながら、学園寮の自室で少しぼんやりとしている。
そこに朝食を一緒に食べようとやってきたマルティーナがお茶を用意してくれた。
「お疲れですね」
「あぁ、もうスッカラカンだよスッカラカン…… ゴミも積もればとんでもない出費だな」
しかしその甲斐もあって、本家ヘルツォーク軍籍偽装船二十隻は完成した。本家ヘルツォーク子爵領からの手紙を先程港で受け取り、一先ずはといった具合で落ち着いている最中だ。
この作業には新ヘルツォーク領の住民も従事していた。あくまで偽装で精度なぞ必要なし。簡単な部分をブロック工法だな。旧日本海軍工廠が行っていた手法だ。
「ガワと見栄えだけの飛行船二十隻ですか。よくもまぁ、こうも急ピッチで出来ましたね。しかしオンボロの中古客船や輸送船を購入したのは四十隻では?」
浮遊石や動力源だけでは疑われる。だからこその民間運送業をメインに民間護衛組織にも購入先を少し散らした。
「別で使う。そっちは浮遊石や動力源が必要なだけだからな。本家ヘルツォークではこれからはそっちの作業がメインだ。これでファンオース公国との戦に出陣しても数で誤魔化せる。しかもその二十隻は勇猛果敢にファンオース艦隊の隊列を乱すために、突貫航路をとって体当たりの自爆。動かす艦艇員は最低限にして、脱出後は新ヘルツォーク領の軍艦級飛行船で回収だ。別に一隻も相手を落とせなくても構わない。王国軍や合同領主軍が、ヘルツォークの勇気ある行動に涙しながら士気を上げて頑張ってくれるさ」
ファンオース公国の王国侵攻軍に対してはこれで十分だ。本家ヘルツォークは無傷で別作戦を行える。
突貫用二十隻は新ヘルツォーク領の人員で行い、新ヘルツォーク領の飛行船五隻で回収して人員の定員満了を図る。しかしその五隻は回収後、後方に下がらせて貰う予定だが。
二十隻がファンオース公国艦隊の隊列を乱すために体当たりという自爆は壮観だろう。
新ヘルツォーク領軍が下がり気味でも嫌とは言えん。若しくは艦隊総指揮官殿にお涙頂戴で泣きついて、後方に下がる許可でも何でも取ってやる。
どのような戦いになろうともこの二十隻は、出陣したら沈めなければならない。インパクトと貢献度が高い手法が持って来いという事だ。出費がとんでもない事に目を瞑れば、この戦いにおけるヘルツォークの異様さと艦隊への貢献度はずば抜けた物になる。
しかもこの戦いでは、この作戦後は王家との密約通りに行動した本家ヘルツォークは、その後出陣しなくても済むという事だ。
人員損失無しというのが素晴らしい。まぁ、おそらく避難に遅れたりで多少の犠牲は出るだろうが、本家ヘルツォークの人員に損失が出ないのが、この作戦の妙とも言える。
「しかし、ファンオース公国は動くのでしょうか? リオンさんの聖女親衛隊にもヘルトルーデ王女が同行しているようですよ。何かのんびりとした雰囲気を感じてしまいます」
マルティーナの言う雰囲気はわかる。しかし、バーナード大臣の言葉を考慮すると王宮内は少々キナ臭くなってきているだろう。
「リュネヴィル男爵名義で、フィールド辺境伯に小型偵察艇を出す許可を貰い、鎧1機を積んだ計2人体制で四隻が、ファンオース公国との国境周辺と浮島本島を偵察している。だけどまあ、驚くぐらい静かだね。リュネヴィル男爵が言うには、本来なら王国の偵察艇を見つけたら、素早く攻撃を仕掛けて来る筈らしい。それが動かないのが不気味だね。王国を気にする必要が無いのだろうか? こちらとしては、情報伝達が出来ればいいだけだから、あまり踏み込まないように伝えておくよ」
表面上は静かで動きがない。ファンオース公国にとってはあれだけの事があったというのに、静か過ぎるのが気持ち悪い。
「リオンの戻りは?」
「確か予定では本日だったと思いますよ。お昼ぐらいでしょうか?」
予定上は間違いないらしい。
「じゃあ、昼に学園寮のリオンの部屋に挨拶してみるよ。今日は港とリッテル商会に顔を出してくる。ティナは学園の雰囲気でも見ておいてくれ」
堂々と学園をサボる俺に対してマルティーナは顔を顰めた。
「学園にも顔を出してください。いいですか、お兄様は今、学園男子から逃げ回っているから、学園に来ないんだと陰口叩かれているんですよ」
あらら、男子の見る目が剣呑で雰囲気悪いからあながち間違いでもないかも。
「テストには出席するよ。じゃあ、行ってくる」
「もう!」
マルティーナに手を振って、そのまま学園の敷地を出ていった。
☆
昼、一度学園寮に戻ってリオンの部屋をノックすると、着替え中の慌ただしいリオンが出てきた。
「お疲れ様。これ、疲れが取れるハーブティーだって。紅茶と違うけど自分飲みにはいいんじゃないか?」
「おぉ、悪いな。これから王宮に報告に行かなくちゃいけなくてな。あまり時間が無いんだよ。何で学生の身分で働かないといけないのかな」
リオンが愚痴をぶつぶつ言いながら必死に準備している。
『中身は成人男性では?』
「心はいつでも遊び心を忘れない子供なんだ」
リオンとルクシオン先生の会話が面白い。
『以前、自分は大人だと言っていましたが?』
「そんなことを言ったかな?」
『言いました。私は忘れませんよ』
「お前はしつこいな。いいか、都合の悪いことを忘れるのも大人だぞ」
リオンに賛成したくなる意見だな。
『現実逃避ですね。改善するように提案します』
ルクシオン先生が厳しい。
「却下します」
リオンとルクシオン先生の漫才を見せつけられているが、本当に忙しそうだ。頻りにリオンは準備に精を出している。
「忙しいようだからまた今度。僕は失礼するよ」
邪魔をするのは悪そうだ。
「あぁ、そうだリック、やっぱりマリエは転生者でこの世界が乙女ゲーだと知っていやがった。あいつ相当引っ掻き回していやがる」
『マスターとマリエでは情報に齟齬が見受けられましたがね。間違ってはいないでしょう』
という事は、2人もこの世界が乙女ゲーであるという人物が現れたわけか。少し信憑性が増したな。
「そうか…… マリエとも少し話してみたいが聖女様じゃ無理そうだな。僕自身は乙女ゲーをリオンから聞いた以外はわからないから何とも言えないけど、また時間がある時にでも話そうか」
俺自身が知らないから、そう言われてもピンと来ないのは変わらずか。
「そうだな。じゃあ、行ってくる。ハーブティーサンキューな。ってかこういうのって女子にやるもんじゃないのか?」
「僕はもう婚約者いるしね」
そう、女子に無駄に気を遣う必要はないのだ。勝ち組の特権だな。
「けっ、釣った魚に餌を上げない男はどうなっても知らないぞ」
「肝に銘じておくよ」
皮肉と嫌味を聞き流しながら、俺とリオンは学園を別方向に出ていった。
☆
リオンが王宮に出向いた知らせを受け、学生寮には3人の亜人種である専属使用人が集まっていた。
その中の1人は、リオンの姉であるジェナの専属使用人、ミオルであった。
猫耳を持ち、背が高く筋肉質のその男は、他の仲間と共にリオンの部屋の前に来ていた。
「カイルの奴、裏切りやがった。俺達に手を貸さないだとさ」
ミオルの苛立ちを他の2人が宥める。
「聖女様の使用人だ。下手な真似もさせられないだろ」
「エルフ達の様子もおかしいから、それが理由じゃないか? それより、よく鍵を手に入れたな」
「これか?」
リオンの部屋の鍵を手に入れたミオルは笑みを浮かべている。
ここで少し話を遡るが、聖女マリエの発案で聖女親衛隊共々エルフの里がある浮島に向かう事となり、リオンも隊長としてパルトナーを出して出発した。
エルフの遺跡内で行われていた人造実験施設を、結果として暴いたリオン達はエルフに恐れられる事となったのだ。加えて謎の光、ルクシオンの攻撃であるが、それで破壊された様子を、エルフの里に伝わる古の魔王の仕業という事になり、ますますエルフはリオン達を現在進行形で恐怖している。
このエルフの里である島は、実はマリエの専属使用人であるカイルの故郷であり、エルフの里全員に疎まれていたカイルの母親であるユメリアも暮らしていた。
そしてカイルは、人間との間には子供が出来ないと信じられていたハーフエルフであることが判明する。その事もユメリアが疎まれている要因の一つでもあった。疎まれる最大要因は魔力の色らしいが、専属使用人としての価値に反映してしまうという恐れもそれを強くしていた。
リオンは彼等の境遇を慮り、ユメリアを実家の住み込みメイドとして採用し、里から出してやる事に成功したのだった。
以上の経緯により、カイルや取り巻きの女子に同行したエルフ達は、今回のリオンへの感謝や恐れから嫌がらせを拒否したという流れになっている。
ミオルは鍵を眺めながら鍵の入手の経緯を説明する。
「あの女がこの部屋に出入りをする時にちょっと鍵の形をな。馬鹿な女は扱いやすくていいぜ」
主人に対する言葉とは思えないが、奴隷、専属使用人達は契約書によって縛られている関係だ。よって、心から仕えているわけではない。
鍵を開けて、周囲を警戒しつつリオンの部屋の中に押し入った。1人は部屋の外で見張りを行い、ミオルはもう1人と部屋の中に持ってきた荷物を置く。
「こんな物、一体どうするんだ?」
「俺が知るかよ。これを屑野郎の部屋に置けば、後は金を貰うだけだ」
リオンは以前、学園祭の時にミレーヌに手を出そうとした専属使用人達を、完膚なきまでに叩きのめしてしまったため、専属使用人達からは嫌われていた。
もちろん理由はあったが故の行為だったが、それでも専属使用人達からすれば、嫌な男子なのである。その腹いせが今回の行動に繋がっていた。
3人は用事を済ませると、そのまま部屋を出ていく。
男子寮に専属使用人達がいるのを不思議がられたが、女子に嫌われたくない男子達は、それを咎めようとする者は誰一人いなかった。
☆
王宮に呼び出されて、聖女親衛隊の一連の報告をしたリオンは、学園を卒業した女性達と騙し討ちに近い形でお茶会の参加を余儀なくされた。しかも全員が専属使用人を連れている事が、リオンの疲れに拍車をかけていった。
へとへとになった頃、王宮の廊下で会ったミレーヌにリオンの時間を強請られ、快く了解の意を示して王宮内の一室に招かれていった。
そこで聖女マリエの借金問題を聞かされ、リオンは内心ほくそ笑みながら美味しくお茶を頂いていた。
しかし、その借金問題が聖女親衛隊の隊長である、リオンの責任問題とする声が上がっている事をミレーヌから忠告の様に聞かされ、非常に狼狽する事となった。
正直に言って時期も糞も関係なく、リオンにとっては寝耳に水であり、納得できるような話ではない。ただそれでも責める人がいるのが世の中だとミレーヌから言われると、リオンとしては顔を顰めながら心中で毒づくしかなくなってしまう。
「急な出世を妬む人もいますからね。私としては、自分が陞爵を後押しした騎士が責められるのは見ていられません。出来る限りフォローはさせてもらうわね」
「ありがとうございま――えっ? 後押し?」
リオンにとっては出世の謎が解けたような気分だが、個人の気持ちとしては出世などしたい筈もなかったのである。
空賊退治でブラッドとグレッグのリオンに対する報告や、公国の件のミレーヌの推薦も説明されたが、リオンにとっては、ただミレーヌの声が美しいだけで、内容は右から左に抜けていっていた。
ミレーヌの眩しい笑顔にリオンは己の望みを強く感じ始めた。しかし、そもそもの出世したくないという思いをぶつけることは、ミレーヌを傷つけてしまうだろうとリオンは考える。
そうなると残るのは、男としての原初の欲求だ。
「俺は、出世よりも…… ミレーヌ様! 貴女が欲しい!」
リオンは力強く言い切った。
「ちょ、ちょっと! そ、そそそ、それは駄目よ。だって私とリオン君は親子ほども年が離れているのよ!」
しかしリオンの中では年齢差20歳未満。まったく気にするにも値しなかった。精神年齢を加味すると前世持ちのリオンの方が年上だろう。手の平を返す厚かましい学園女子とは比べるべくもなかった。
リオンはミレーヌの手を両手で包み込んで、さらに口説こうと声を発したが、ミレーヌ付きの無表情な侍女の咳払いで、有耶無耶にされてしまうのだった。
翌日の放課後、リオンは伯爵令嬢のディアドリー・フォウ・ローズブレイドを招いてお茶会を開いていた所に、大勢の騎士や兵士達が雪崩れ込んでくると、公国との密約があった咎により、謀反人として拘束されるのであった。
これ、間接的にカイルは知っていて、準共謀罪。カイルの主人であるマリエも同等罪になるのでは?