乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

84 / 153
第76話 リオンの保護

 新ヘルツォーク領から王都の浮島ターミナルへ戻ってきた俺は、飛行船内で仮眠を取ったとはいえ、十分に眠れていないので欠伸を咬み殺していると、ファンオース公国国境へ偵察に出していた内の一隻の偵察員が、俺を待ち構えていた。

 

 「待ってくれていたのか」

 

 「はい、新ヘルツォーク領を既に出発されていらしたので、先回りしていました」

 

 深夜に向こうを発ったので、夜間巡航速度の遅いこちらを余裕で抜いたのだろう。

 

 「無理させて済まない。動きがあったか?」

 

 「はい、いいえ。明確な動きはまだですが、かなり慌ただしさが目立ってきました。搬入や飛行船の都市間の移動ですね。通常起こりえると言えば起こりますが、我々に目もくれないところが臭いです」

 

 余裕が無いか、それとも一気呵成に出るためか……

 

 「一番慌ただしいのは?」

 

 「第三都市です」

 

 「第二都市の防衛用港湾都市じゃないのか?」 

 

 ファンオース公国の防衛用港湾都市は、フィールド辺境伯領から一番近い。加えて貿易港も兼ねた人口流入も首都に次いで二番目に大きい都市だ。その後方に首都もあり、首都から一番近い大型都市だ。

 軍事施設も立派なので集結するならそこだと考えていたが。

 第三都市? 

 ファンオース公国の地理は、学園の図書館とバーナード大臣から拝借した資料で叩き込んではいるが、いまいちピンとこないな。まさか予備戦力を先に集めているとは思えないが。

 

 「はい、いいえ。第三都市です。第二都市も慌ただしいですが、第三都市に物資搬入の動きのようです。しかし第二都市の常備戦力は動かしていないようですね」

 

 あぁ、ファンオース公国本土浮島と王都ヘの直線航路が一番障害が少ないラインということか。

 王国本土と公国の浮島本土を並べないとわかりづらいな。

 フィールド辺境伯領を無視するつもりか。

 予備戦力でフィールド辺境伯領を抑えるつもりだろうか? しかし、本隊で草刈りや地起こしは出来ても制圧部隊で地均し、整地が必要だろう。本隊で王都攻め落として、はい終わり。なんていう訳にはいかないのが戦争だ。そこでしっかりと停戦交渉を行えばそれで終わりだが。

 王国すべてを制圧出来るほどのそんな潤沢な戦力は、ファンオース公国にある筈は無いだろうがまあいいか。

 王都で有利な停戦交渉を行うには、悪くない侵攻ラインという事か。

 

 「しかし、ファンオース公国は動くか」

 

 「はい、まだ少し後になるでしょうが、偵察員全員の意見はエーリッヒ様に同意するでしょう」

 

 現場の空気という奴か。

 

 「エルザリオ子爵に例の二十隻を新ヘルツォーク領へ向かわせるよう指示してくれ。それから例の作業を急いで欲しいと伝えてくれ。それと引き続き監視を頼む。あまり踏み込みすぎなくていいからな」

 

 王宮から出陣要請があったら新ヘルツォーク領から向かわせる方が早いからな。

 例の作業、まだ二つか三つぐらいだろうか。予定では六つ…… 全ては間に合わないな。

 敬礼する偵察員を見送った後、学園に顔を出したら、衝撃の事実を伝えられた。

 

 

 

 

 「リオン君が捕まって、ヘルトルーデ王女に抗議したアンジェリカも捕らえれたわ」

 

 学園領の自室で、クラリスとマルティーナ、ヘロイーゼちゃんとナルニアも集まってくれて、学園内で起きた話を聞かせて貰った。

 

 「黒だな。間違いなく戦争が起こるだろう。そもそも公爵令嬢がヘルトルーデの護衛騎士に捕らえられるとかありえないだろう。例え暴行を働いても窘められて、注意と共に解放だ。まだ拘束されているのだろう?」

 

 俺の疑問にクラリスが頷く。

 

 「よし。もう戦争が起こると仮定して行動しよう。今日バーナード大臣は?」

 

 「夜には屋敷にいると思うわ」

 

 王宮に簡単に顔を出せない立場なのが辛いな。五位下の子爵だからいいのかな?

 浮島根性が染みついているからよくわからない。まぁ、昼間の王宮は大臣も忙しいだろうから止めておこう。

 

 「じゃあ、前にも言ったようにクラリスとイーゼは、新ヘルツォーク領でリュネヴィル男爵領の避難関連に努めて欲しい。まぁ、勘だけど今回リュネヴィルはそう被害は受けないだろうけどね。まだ時間はあるからリュネヴィル男爵と協議、クラリスとイーゼに任せるよ。リュネヴィル男爵への手紙は今日纏めておく。明日には出発してくれ」

 

 「わかったわ」

 

 「任せてください。お父さんも喜びます」

 

 学園を急遽休むことになる筈なのに文句が出ないのは正直助かった。

 

 「ニア、お前も新ヘルツォーク領に行ってもらうけど、ドレスデン男爵の助力が欲しい。リュネヴィルからの避難民の受け入れ。後は本家ヘルツォークから飛行船が来る。場合によっては暫く滞在させて欲しい。その分の費用は新ヘルツォーク領の屋敷にあるから、フュルストから受け取ってドレスデン男爵に届けてくれ」

 

 「はい、わかりました。あ、あの、実は……」

 

 ナルニアが言い淀んでいるが、恐らくあの件だろう。最初に伝えるべきだったか。

 

 「お母さんと屋敷の人達も一緒に連れて行っていいよ。その後はドレスデン男爵に何とかしてもらいたいけどね。まぁ、クラリスの身分には逆らえないだろうから、何かあったら頼むよクラリス」

 

 ドレスデン男爵と正妻の仲は良くはないだろう。でもクラリスの身分には、いくら放蕩してようが逆らわない筈だ。

 

 「任せて頂戴」

 

 「あ、ありがとうございます。ご主人様、クラリス様!」

 

 ペコペコと頭を下げるナルニアは本心で嬉しいようだ。本人がずっと一緒に暮らしてきた母親だから当然だろう。

 

 「イーゼさんの正妻はいいのですか?」

 

 マルティーナの疑問も尤もだけど、関係性を聞いているから改めてヘロイーゼちゃんには聞かなかったんだよな。

 

 「別にいいですよ。私、正妻と会った記憶ってほとんどないんですよね。正妻の姉も数回です。しかも私も弟も虐められて最悪だったんです! 旦那様の手を煩わせるとかホント無理です」

 

 皆一同苦笑してしまったが、ここで俺は気付いた。

 もはや誰も名前で呼んでくれなくなってしまった事に! マルガリータも何か微妙だし、異性で名前を呼んでくれる相手は、もうミレーヌ様しかいないのかもしれない。

 

 「その件はイーゼの意見に甘えるよ。ティナ、お前は本家ヘルツォークだ。父上の下に行け」

 

 「実家で待機ですか? それとも……」

 

 本当は参加させたくないが、どうも適性があるらしい。

 

 「ほら、例のゲラットから奪った魔道具。誰でも使用できるが、お前やメグの魔力に強く反応するそうじゃないか。より効果的に使えるなら、お前が父上の下で作戦参加だ」

 

 例の銃の形をした一回限りの魔道具。

 要は弾自体が魔道具となっており、使用者は選ばないが、用途を調べる過程で魔力反応を見ると、人によって反応が様々だった。冬の長期休暇で判明したが、マルティーナとマルガリータに強く反応を示したのだ。

 どうせ何だかんだ親父に言って作戦参加しそうなら、親父の旗艦に乗るのが安心だ。ファンオース公国との戦争になると、どうせ毎度の様に国境沿岸が騒がしくなるから、本家ヘルツォークも安全とは言えない。

 マルティーナの能力を遊ばせるのも勿体無いので、半ば諦め状態だ。

 最悪、親父が何とか守るだろう。展開がどうなるかわからないが、おそらく俺の下よりは安全な筈だ。それだけ本家ヘルツォーク側作戦は練れている。寧ろ王都のほうが安全か危険かの状況は読めない。

 王都のだいぶ手前で失速するだろうが…… 手引する奴がどこまでやれるかだな。

 

 「はい! やった! あの作戦は是非参加したかったんですよ。言いましたよね。わたくし好みだって!」

 

 だからお前の戦争の好みは知りません!

 

 「まぁ、明日から忙しいだろうけど、学園を休ませてすまない。王都に戻る時期は未定だが、新ヘルツォーク領には僕も折々で顔を出す。不自由させるけど頼むよ」

 

 「何を言ってるの。妻なんだから従うわ。でないと心配性の貴方が安心できないものね」

 

 「あ、寂しくなったら新ヘルツォーク領に顔出してくださいね!」

 

 「私は、その、ご主人様に従うだけですので」

 

 クラリスもイーゼもニアも素直なのは有り難い。本家ヘルツォークは場所柄最初から諦めているが、少しでも戦場になりそうな場所に、好き好んで家族に等しい人達を置いておきたくはない。アトリー邸はバーナード大臣の屋敷だ。大臣の差配に任せるし、俺が口を出すのも失礼だろう。

 

 「お兄様は、ヘルツォークには顔をお出しにはならないのですか?」

 

 ティナが少し拗ねる様にむくれている。確かに暫くは会えないだろうしな。

 

 「あそこは人員が揃っている。父上に任せればいい。この段階で僕が口出しできる要素はないよ」

 

 「でも……」

 

 「お前だから任せられる部分もあるんだ。この年代で、軍艦級飛行船に違和感なく乗艦させられるのはお前だけだ。それに、作戦の締めは任せたよ」

 

 「はい……」

 

 まだ納得できていないようにも思えるが、後は親父にティナの事は丸投げするしかないかな。

 方々に準備があるためティナにこっそりと耳打ちした後、このまま解散となった。

 

 

 

 

 夜、アトリー邸でリオンが捕まった詳細を教えられた。

 

 「公国と繋がっていたという大量の手紙がリオンの部屋から…… また強引ですね」

 

 お粗末だが取り調べもせずにいきなり牢屋に入れるのは急展開だな。

 

 「衛兵部門をまんまと掌握されたというわけだ。だがまぁ、捕えられた当日にバルトファルト子爵は王妃様とギルバート殿と王宮内の一室で面会している。実質は――」

 

 「保護の色も強いと」

 

 バーナード大臣の言葉を引き継ぐように俺は答えた。

 ギルバートとは、確かレッドグレイブ公爵家の跡取り、アンジェリカのお兄さんか。確か領地経営をメインとしていたはずだが、今は王宮にいるのか。

 

 「そうだね。衛兵は殺気立っていたが、途中で何とか回収できたらしい。衛兵部門に信憑性を持たせたのが、バルトファルト子爵は豪華客船でのファンオース公国との戦いで、誰も殺していないという点だね。議会以外でもかなりフランプトン侯爵は手を回していたという事だ」

 

 公国兵士を殺していないからこそ、雑な捏造の手紙に信憑性が出たという事か。

 

 「しかし牢屋で保護とは最終手段ですね。暗殺ですか?」

 

 「その可能性も高かったのだろうね。今はロストアイテムは王宮で預かっている。フランプトン侯爵派閥主導だがね。今後は牢屋にいるバルトファルト子爵に接する人物を洗うそうだよ。ヘルトルーデ王女とフランプトン侯爵もよく会っているそうだ。内容はわからんが……」

 

 悠長だな。まぁ、証拠など簡単に出ない内は、ミレーヌ様もリオンを餌にして接触者を洗うのがベター。何より暗殺からは一先ずは守れる。食事に毒を盛られたら終わりそうな気がするが。

 

 「これは間違いなく戦争になりますね。ちょうど偵察艇からもファンオースの動きがキナ臭くなってきていると報告がありました。王宮はフィールド辺境伯領からの報告待ちになるのでしょうか?」

 

 「あそこが一時防衛になるからそうなる。二次防衛ラインは王国本土になる。そこで王国軍の編成部隊が合流するだろう」

 

 フィールド辺境伯が王国本土への侵入阻止に専念するか、素通りさせて自領の防衛に専念するかは実際にその時にならなければわからないか。

 

 「二次防衛ラインには本家ヘルツォークも招集されるでしょうね」

 

 俺の言葉にバーナード大臣は訝しむ。

 

 「恒例のように本家ヘルツォークは出陣するが、一体何故なんだね?」

 

 話してもいいか。バーナード大臣は念押しすれば安易に口外はしないだろう。

 

 「誰にも言わないでくださいね」

 

 それから俺は、ヘルツォークの成立段階から、王家との密約までを大臣に話すのだった。

 バーナード大臣は目を見開き、絶句しつつも拳を震わせている。そしてそれを一気に爆発させた。

 

 「馬鹿なっ!? 信賞必罰など皆無ではないかっ! いや、罰しか与えないなどと、仕える貴族を何だと思っているのだ王家はっ!!」

 

 そうだね。罰しかない。罰には罪が必要な筈だが、ヘルツォークの罪は何だ? それはファンオースの罪ではないのかね。

 

 「君が! ふぅ、君が事業といって動いていたのは、もしかして戦争の為かね?」

 

 「20年前は、存外いい所まで行っていました。もちろん記録上でしか私は知りません。しかし王国軍が日和った。いえ、王家が日和った、王宮も日和った…… 公国の首都まで攻め上がり降伏させれば、国体すら崩せただろうに。もちろんヘルツォークの意見です。色々あったのでしょう。しかし、ファンオース()()が無くなれば、ヘルツォークは王家の呪いから解放される。ラーシェルからの実弾を鼻歌交じりに楽しむ程度で済むんですよ」

 

 力押しで20年前にファンオース公国を併呑してくれていればどれだけ楽だったか。

 その結果、ファンオース公国は恨みと共に国力回復に成功して、こちらに攻め込む算段まで来ている。リオンを牢屋に押し込めたという事は、パルトナーとアロガンツを封じたという事だ。

 フランプトン侯爵はリオンのロストアイテムを使用したいのだろうが、ファンオースはこのチャンスを使いそうだ。

 本音を言えば、もう少し時間が欲しかったが、肩透かしを食らうよりもマシと思うしかないだろう。

 

 「危険な国境をそんな風に言えるのは君達ぐらいだろうね」

 

 「誰も守ってくれませんからね」

 

 お互いの溜息が重なり、互いに困ったような表情を浮かべてしまった。

 

 「一応は戦争と考えて私も動きますので、クラリスは明日には新ヘルツォーク領に行って貰います。この戦争、状況が落ち着くまではこちらには来させません。事後承諾のような形で申し訳ありませんが、ご了承ください」

 

 「娘が安全なら何でも構わんさ。さて、私は様子見かね。王妃とレッドグレイブ公爵が保護するのならバルトファルト子爵は、まぁ、大丈夫だろう。こちらからしゃしゃり出るのもおかしな話だしね。彼等に頼まれたら力にはなるが。フランプトン侯爵派閥とは関わらないようにするよ。巻き込まれては堪らんからね」

 

 わかりやすくていい。俺も微笑んでその言葉に頷いた。

 中立派閥だから各派閥間の折衝や仲介も熟してきただろうが、現状は沈黙しておく方が無難だろう。リオンがあんな状況になるぐらいだから、もう何をしても王国にとっては良くない方に転がっていきそうだ。ミレーヌ様に頼まれたら、大臣も最低限力になる程度でいいと俺も感じてしまう。

 ヘルツォーク云々の話のせいで夜分遅くなってしまったので、話をここで終了しアトリー邸を後にして、学園領の自室に戻るのだった。

 

 

 

 

 「ティナ、準備は済んだのか?」

 

 「……はい、大体は…… おかえりなさいませ」

 

 自室に戻ると明かりが付いており、マルティーナがソファーで体育座りをしながらうつらうつらしていた。

 

 「ただいま。もう遅いから俺は先にシャワー浴びてくるから、何か飲み物用意してくれ」

 

 「はい、わたくしは先にお湯を頂きましたので」

 

 そういえばマルティーナは簡素な部屋着だったな。ホットパンツがエロい。冬だけど部屋が暖かいからか。

 シャワーを浴びた後冷えたお茶を用意してもらったのでそれを飲みながら、気落ちする理由を聞いてみた。気になって耳打ちしたのもこのためだ。

 

 「だって、この作戦の発動時期はお兄様から連絡があるまで未定。お兄様はヘルツォークにいらっしゃらないし…… 次にいつ会えるかわからないじゃないですか!」

 

 新ヘルツォーク領には用事もあるし行く機会はあるが、確かに本家ヘルツォーク領に行く機会は恐らくないだろう。

 タイミングを合わせるのがシビアな予感がするので、こちらで空気とファンオース本隊の動きを感じたいのが本音だ。

 

 「ティナ、そこは我慢して貰えないか?」

 

 「だ、だから! きょ、今日は最後までシて貰います! そうしたら心置きなくヘルツォークの実家に帰りますので!」

 

 実家に帰らせて頂きます、の使用方法が違うな。

 

 「わかった。ティナが気絶したら終了だよ」

 

 揶揄いながら言うと相変わらずティナは飛ばしてきた。

 

 「ひ、引っ叩いてでも起こして下さい!」

 

 プレイで叩くのなら良いけど、気絶した女の子をバッシンバッシン叩くのは嫌だよ。

 

 「お互いに頑張ろうか」

 

 「はい!」

 

 そうして初めて俺とティナは、最後まで行為を行うのが出来たのだった。

 

 

 

 

 翌日、王都のターミナル浮島で皆が集まった。

 

 「にゅふ、にゅふふふふふ」

 

 ティナが上機嫌だが、笑い方が薄気味悪い。

 

 「ティナ姐さん機嫌良いですね。昨日、表情暗かったのに」

 

 「ティナちゃん歩き方変だよ? ……あ!?」

 

 ヘロイーゼちゃんの大声にビクリとしてしまった。

 

 「なぁにイーゼちゃん。大声出して」

 

 クラリスも何事かと振り返っている。

 

 「ティナちゃんと旦那様ズル~い! いいなぁ、私も交ぜて欲しかった」

 

 「にゅふ、にゅふふふふふ」

 

 ヘロイーゼちゃんも朝から飛ばしている。

 

 「あら? それはずるいわね」

 

 いてっ!? クラリスに抓られた。

 

 「まぁ、でも、ティナさんもよく最後までいけたわね」

 

 え!? 何? 君達そんなに夜の事話し合ってんの? めっちゃ恥ずかしいから止めてくんない!

 

 「にゅふふふふふ。わたくしは気付いたのです! あの痛みがあれば、飛びそうになる意識を引き戻し、お兄様との甘美な時間が長く味わえる事に! あぁ、あの痛みは祝福でした! これでもう大丈夫です」

 

 全員でポカンとしてしまう。最初に起動したのはヘロイーゼちゃんだった。

 

 「ティナちゃんティナちゃん。その痛みって数回で無くなっちゃうよ。しかもマイルドになっていくし」

 

 「っうぇ!?」

 

 ティナが目を大きくして狼狽えている。

 

 「早い女の子だと2回目から大丈夫だったとかいう話も聞きましたね…… ま、まぁティナ姐さんも慣れて気絶落ちも無くなりますよ。あはは」

 

 ニアの状況説明の最中に、どんどん絶望していくティナの表情に驚いたニアは、慌てて慰めようとしている。

 

 「大丈夫よティナさん」

 

 おぉ! クラリスぱいせん、ティナを慰めてあげて!

 

 「痛みが無くなるともっと気持ちよくなるから! うふふ」

 

 ティナの相貌が崩れ出した。あれ? 慰めていたような気がしないでもないんだが?

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁああぁっぁんん! お兄様ぁぁぁぁぁぁぁああああああ! クラリス先輩がマウント取ってきますぅぅぅぅぅぅうううう!」

 

 一気に情緒不安定になったティナを抱きしめて溜息を吐く。

 

 「……クラリス」

 

 「昨日貴方と過ごした仕返しよ。いいじゃない、今もそうやって甘えているんだし。羨ましいわ」

 

 プイっとそっぽを向くクラリスが可愛い。

 ぐずりぐずりと俺の胸で泣いているティナの両肩掴んでを少し離す。

 

 「ほら泣き止んで、皆出発するんだから。父上に宜しく伝えてくれよ」

 

 「ふぁい……」

 

 「クラリス、纏め役大変だろうけど頼んだよ」

 

 不意に頬にキスされ「もちろんよ」と囁かれる。

 俺はジルクにもっと感謝しよう。何か奢ってあげようかな。

 これで何も起こらなかったら笑い話だが、まだ王都の空気感は正常の範囲に感じられる。

 皆を見送った後は、不安の種が一つ消えたことに安堵するのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。