乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第77話 暗躍

 密会を重ねているフランプトン侯爵とヘルトルーデが訪れたのは、ホルファート王国王宮内にある宝物庫だった。

 そこに飾られているのは数々の財宝やロストアイテムだが、用途不明な物も多数存在しており、そのまま飾られている。

 ヘルトルーデは黒騎士バンデルが愛用していた大剣と、自身が使用していた魔笛が飾られているのを苦々しい思いを胸中にしまいながら、表情に出さぬよう別の目当ての宝物を探していた。

 そして無造作に飾られている宝物を見つけて内心喜ぶのだった。

 

 「侯爵、これを譲っていただけないかしら?」

 

 「古代の鎧の腕を、ですかな? これは大変貴重な物でありますから、私の一存ではどうにもなりませんね」

 

 ヘルトルーデの提案を顎鬚を撫でながら勿体ぶるようにフランプトン侯爵は答える。確かに歴史的価値があるとはいえ、現代では使えないとホルファート王国では判断されたので、そのまま飾られているのだった。

 

 (こんな危険な物を無防備に飾っておくなんて王国は度し難いわね。万が一にも使われないために、やはりこちらで手に入れておかないと)

 

 ヘルトルーデの内心を知らないフランプトン侯爵は、ヘルトルーデを睥睨して思案するような表情を浮かべている。

 

 「何がお望みかしら?」

 

 「随分と気に入られた様子ですね。一体何に使うのかお聞きしても?」

 

 問われたヘルトルーデはもう一度、自身が使用した魔笛と黒騎士バンデルが愛用するアダマティアスの大剣に視線を這わせる。もう一度悔しさが込み上げてくるが、フランプトン侯爵にはその表情を見せたくないヘルトルーデは、必死に平静を装っていた。

 

 「魔笛とバンデルの大剣を奪われたのです。失った宝の代わりでは駄目かしら?」

 

 その後も互いに会話を挟みながらもヘルトルーデの熱い視線は古代の鎧の腕に注がれており、フランプトン侯爵はヘルトルーデの本気を読み取り、真剣な表情を浮かべた。

 

 「殿下、この宝、何にお使いに?」

 

 「古代の鎧のパーツよ。観賞用以外に使い道があるのかしら?」

 

 「……まぁ、ごもっともですな」

 

 ヘルトルーデは少々強い興味を示し過ぎたかと緊張していた。しかし、王国にとって利用価値がない古代の鎧の腕よりも、フランプトン侯爵の興味、野望は別の所にあるので、ヘルトルーデの興味に等、そもそもが関心がなかった。

 

 「殿下、私は公国との友好を考えてます。その懸け橋として、ユリウス殿下には公国へ向かってもらおうと考えているのです」

 

 「嬉しい申し出ね。でも聖女様の恋人ではなかったかしら?」

 

 ヘルトルーデの感情の籠らない様に気付きながらも、フランプトン侯爵は話を続けた。

 

 「お恥ずかしい話です。ユリウス殿下にもヘルトルーデ殿下のような自覚を持って欲しいものです。さて、友好に関する本題ですが、我々は公国に一部の領地を割譲する用意があります。もっとも、そのために王国内を掃除する必要があるのですが」

 

 フランプトン侯爵の提案に対してヘルトルーデは、先程と異なり明確な興味を示した。

 

 「詳しく聞きたいわ」

 

 「公国も元を辿ればホルファート王家の分家筋。これを機会に本格的な友好を考えているのですよ。我々は協力出来る。……そうは思いませんか?」

 

 「話にならないわ。僅かばかりの大地を渡すから、私達に矛を収めろと言うの? それに領地を割譲するなんて嘘ね」

 

 自分達に協力しろと言ってくるフランプトン侯爵に、ヘルトルーデは素っ気ない態度で否やと首を横に振るが、フランプトン侯爵は笑顔を保ったまま説明してくる。

 

 「殿下は王国の事情にお詳しくないようだ。公国との間で戦争が起きる大地ですが、あそこに王国直轄地はないのです。割譲しても問題が無いのですよ」

 

 王国直轄地は王家の土地だが、それ以外は浮島や王国本土の各場所に領主がおり、それは王国の領地であるが、王家の土地ではない。

 

 「なるほど、そういうこと…… フィールド辺境伯の浮島もあったわね。でも、それって貴方達の領地じゃないなら、割譲しようがないじゃない」

 

 マリエの恋人の1人である、ブラッド・フォウ・フィールドの実家は、公国に睨みを利かせる重要な立場であった。領主達の土地を王国が勝手に割譲する権利は無いのだが、それでもやりようは如何程にも取れるだろう。

 

 「我々王国の支援が無ければ、地方領主の抵抗などたかが知れています。公国はそのような木っ端領主共も相手に出来ぬと?」

 

 「言ってくれますね。出来ないとは言わないわ。けれど貴方達にメリットがあるのかしら?」

 

 自国の領地を減らすような提案など、本来であれば唾棄にするような愚策であるが、フランプトン侯爵は目をギラ付かせながら、三日月を描くような笑みを浮かべた。

 

 「殿下、地方領主など王国にとって邪魔なのですよ」

 

 「邪魔、ね」

 

 (そういえば、フランプトン侯爵とフィールド辺境伯は派閥が違ったわね)

 

 ヘルトルーデは単純な王宮内の派閥争いに辟易したが、実際はそれだけではない。

 フランプトン侯爵も気づいているのだ。

 そもそも王家は地方領主を間引きたいとすら思っているという事に。徒党を組まれて反乱されるぐらいならば、浮島領主など王家には必要ない。王国本土でさえ、領主を間引きして直轄地にしたいぐらいとの王家の意向も大貴族であれば、基本的に気付いている。

 そのような事情を知らず、そして関係の無いヘルトルーデは、フランプトン侯爵の提案をそのまま受け入れるのだった。

 そしてフランプトン侯爵の話に乗り、ユリウスが婿に来る前祝いとして、古代の鎧の腕を手に入れることに成功した。

 

 「大変良い取引が出来ました。それでは、公国の準備が整ったら教えてください。王宮内の掃除を行い、公国が勝利した所で我々が介入して講和。シナリオとしてはベストかと存じます」

 

 「いいわ。私の名前で約束しましょう」

 

 (たかがガラクタで随分と良い条件を引き出せたという顔をしているわね。小娘1人くらい、手の平の上で踊らせるくらい簡単だと思っているようだけど)

 

 ヘルトルーデは笑い出したい気持ちを我慢しつつも、目的が達成出来た事に安堵した。

 

 (早く公国に送りましょう。ラウダ、愚かな姉を恨んでくれていいわ)

 

 飾られている魔笛に視線を向け、ヘルトルーデは妹に重荷を背負わせる自身の不甲斐無さを嚙みしめる。

 

 「それから、バルトファルト子爵の件はどうなっているのかしら? ロストアイテムはしっかりと押さえたのよね?」

 

 「えぇ、パルトナーという飛行船、そしてアロガンツという鎧も我々が手に入れました。すぐに解析できるでしょう。あの小僧はすぐにでも処刑したかったのですが、王妃様のお気に入りでしてね。少々てこずっております」

 

 それを聞いてヘルトルーデは内心で嗤うのだった。

 ホルファート王国は、自らの手で切り札を使い物にならないようにしてしまったとヘルトルーデは確信する。

 ヘルトルーデはエルフの里へ同行しており、リオンの使い魔であるルクシオンが一筋縄ではいかない相手だと知っているのだ。その時の感触を思い出せば、飛行船と鎧の制御はこのフランプトン侯爵では不可能だろうと推測した。

 ヘルトルーデは、ホルファート王国の切り札とも言える、リオンを機能不全にしたフランプトンを持ち上げようと宰相と呼べば、相手もまんざらでは無い様子に馬鹿にした笑みを心中で浮かべた。

 

 (レッドグレイブ家に宰相になられまいと無茶をする馬鹿な男。おかげで目的は果たせたわ。ありがとう。貴方が宰相だと公国も楽だわ。いえ、王国は貴方が宰相になる前に無くなっているかしら)

 

 ヘルトルーデは公国に古代の鎧の腕を送る手筈を進めるのだった。

 そして、ヘルトルーデから古代の鎧の腕を受け取った公国は、バンデル・ヒム・ゼンデン含む元黒騎士部隊の生き残り、志願者を募ってこのロストアイテムといえる魔装の腕の取り付け調整に入るのだった。

 フランプトン派閥で引き受けた公国の捕虜も既に密約で、公国に返還されており、公国内での行き場すら失った彼等の戦意は異様なほどに高かった。

 そして、ファンオース公国は百五十隻を超える大艦隊の編成を手配しつつ、ファンオース公国第二王女ヘルトラウダを擁して、モンスター群を公国内にあるもう一本の魔笛で集めながら、第三都市の空を埋め尽くす。

 その異様な姿は、エーリッヒが手配している小型偵察艇からも確認出来たのであった。

 

 

 

 

 小型偵察艇からの報告を受け取ったエーリッヒは、苦虫を嚙み潰したような表情を一瞬浮かべたが、すぐに表情を戻して偵察員に労いと共に、準備していた本家ヘルツォーク用の手紙と新ヘルツォーク用の手紙を渡した。

 

 「まだ動いてはいないんだな?」

 

 「はい、集結している段階です」

 

 飛行船の数はおおよそ現段階で百隻ぐらいだろうがまだまだ増えるだろう。正直そんな程度の艦隊であれば拍子抜けだが、まさかまだあのモンスター群を率いる魔笛があるとは思わなかった。

 リオンちゃん、リオンちゃん。お前のゲーム知識、結構グダグダじゃね?

 空域で止まって戦うのであれば、鬱陶しいとはいえ数さえ王国も揃えれば何とかなりそうだが、止まらずにモンスター群の物量で前進され続けたら非常に厄介だな。

 豪華客船の時は、その場で留まってモンスター群の相手を出来たから比較的容易だったと言える。モンスター群が前進し続ければ、そのまま飲み込まれてしまうだろう。

 となるとアレをやるしかないか…… まだダビデの調整には時間掛かるし間に合わないけど仕方ない。

 

 「進軍したらまた報告してくれ。それと航行スピードもだ。モンスターの動きは飛行船に比べるとかなり遅かったからな。取り敢えずはランディとエト、それに12騎士2名の招集だ。ソロモンの改修もまだだろう? 別の鎧を用意させてくれ。僕の分は…… まぁ、あるから準備しなくていい」

 

 こちらの唯一の利点は、モンスターを率いた航行スピードの遅さだろう。だから、障害になる浮島が少ない第三都市からの進軍に決めたというわけか。それに艦隊集結にはまだまだ時間が必要だろう。

 さて、王宮はいつこの情報が入るかだな。もうフィールドからもたらされている可能性もあるだろう。そうしたら本家ヘルツォークにも召集が掛かる。

 まだ本家ヘルツォークは待ちだな。親父には、出番は当面無し、焦らず作業に集中してもらうよう一筆添えるか。

 

 

 

 

 「随分ジメジメした場所だな。牢屋と言っても判決前は、本来なら身分に合わせた部屋らしいぞ。でも差し入れ可能とか面会可能とかなんかチグハグだな」

 

 面会できる理由は、リオンが餌となっている事に起因するのだろうが。

 

 「おぉ、リックか」

 

 空気が淀んで臭気もあり、ひんやりと冷たくて寒い牢屋にいるリオンに会いに来ていた。

 

 「ここって相当酷い環境の牢屋らしいぞ。もうちょっと要求できたんじゃないか? ほれ、学食のスープとシチューにパンの差し入れだ。それなのにあっさり差し入れも面会もできるなんて、普通はあり得ないな」

 

 俺は持ってきたランチバッグの籠を看守に差込口を開けて貰いリオンに渡した。

 

 「おぉ、お茶とか貰えるけど、メシが微妙だったから助かるよ!」

 

 『マスター、毒は混入されてませんので大丈夫です』

 

 看守が下がった所でルクシオン先生がリオンに伝えた。

 

 「おい、リックに失礼だろ!」

 

 「いや、いいよリオン。寧ろ安心した。ルクシオン先生は判別出来るという事を僕に伝えようとしたんだろう」

 

 『……あなたは楽ですね』

 

 今の一連の流れでリオンが毒殺される懸念は無くなったという事だ。それをルクシオン先生は少し嫌味だが示してくれたのだろう。肩を竦めて俺も持参したお茶を飲む。

 という事は、いよいよリオンの拘束は長くなりそうだという事だ。

 しかし、サポートAIのルクシオン先生がいなければ、リオンは十中八九その内毒殺されていただろう。ミレーヌ様も随分杜撰な保護だな。

 それとも、ミレーヌ様やレッドグレイブ公爵家はルクシオン先生の性能を知っているのだろうか?

 

 「事情は大体把握しているよ。アンジェリカはリオンの状態を知っているのか?」 

 

 「いや、教えられないってギルバートさんが言ってたよ。おかげでヘルトルーデさんに抗議して拘束されたらしい」

 

 「それは知っている。いいかい、知らないからアンジェリカは直情的になるんだ。寧ろ彼女にこそ話すべきだろう。事情を知れば直情的だろうが何だろうが公爵令嬢だぞ、そもそもの分別は弁える。レッドグレイブ家のアンジェリカに対する扱いがたまに理解不能だな。アンジェリカの拘束が解除されているかどうかはまだわからないけど、僕が学園に行ってアンジェリカにリオンの状況を説明するよ。軽挙妄動は厳に慎むようにと」

 

 感情的になる人間や直ぐに行動に移してしまう人間は、そもそも知らないから自己の赴くままに動いてしまうんだ。まぁ、若さもあるのだろうが、それでも状況を知っていたら耐える事も出来るし、安心を与える事も出来るだろう。そもそも学生のアンジェリカから、リオンの状況がそのフランプトン派閥とやらにばれる可能性よりも、暴走する可能性の方が遥かに高い。

 その証左として、現にヘルトルーデに抗議して捕らえられている。

 16歳の小娘という事で、レッドグレイブ家からも軽く見られているという事なのだろうか?

 

 「その辺の判断は俺にはわからないし、身動きも取れないから任せるよ。なぁ、差し入れだけじゃないだろう? 何かあったのか?」

 

 そう、あの件を伝えておこうと思ったのだ。手招きをして、牢屋越しに互いに小声で伝わるような距離感を保ってから切り出した。

 

 「公国は戦力を集結しだしている。それに豪華客船の時の様にモンスター群もいる。魔笛がもう一つ公国にあったんだ」

 

 「は…… はぁ!?」

 

 リオンの叫び声に看守も何事かと顔を出してきたが、何でもないと言って追い返した。

 

 「何だそりゃ? 俺は知らないぞ…… 誰が魔笛を?」

 

 「先遣隊が第一王女なら、格を揃えるためにも第二王女のヘルトラウダじゃないか? バーナード大臣から公家の構成は聞いている」

 

 後の親戚は侯爵家などの格落ちだ。当主が出てくれば何とか取り繕うことは出来るだろうが、しかし第一王女が先遣隊で出陣した事を考えると、乾坤一擲で第二王女を擁する可能性も高そうだ。

 あの魔笛の使用条件がわからないが、第一王女が使用していたという事は妹も使用できてもおかしくないかもしれない。

 

 「ヘルトラウダ…… 第二王女なんか聞いたことないぞ」

 

 リオンは魔笛を知っていても公家の構成までは知らないのか。まぁ、俺は2つとも知らなかったから文句は言えないけど。

 

 「まぁ、僕も大臣から聞いて知ったからね。そもそも魔笛が2つある事に吃驚だ」

 

 「リックはどうするんだ?」

 

 「リオンはまだまだ牢屋が長そうだからね。王国本土に上陸したら本家ヘルツォークはお呼びがかかるだろう。その時に本隊とは別口で、ちょっとリオンの真似をしてみるよ」

 

 「俺の真似?」

 

 リオンが首を傾げているが、こいつは忘れたのだろうか?

 

 「お姫様強奪だね! リオンみたいにエアバイクのような無茶はしないよ。あれに比べれば、何百倍も安心安全設計の作戦だよ」

 

 それでも下手したら死にそうだけど。

 

 「いや、お前が出来るって言うなら出来るんだろうけど、無茶するなよ。魔笛かよぉ、あれはヤバいんだよ。この前部屋で話したから知ってるだろう」

 

 「だからさ。お姫様と魔笛、もしくはどちらかをその超大型だっけ? 出てくる前に奪うよ。それを呼び出したら使用者は死ぬんだっけ? ならばどの道、効果的なのは王国軍や合同軍を集めたときに蹴散らすために呼ぶだろう。その前に呼び出して、王国軍がびびって戦力を削ぐ事が出来なければ効率は悪い。よくわからないけど、王国は逃げに徹して、使用者が死ぬのを待つ作戦は取れるのかな?」

 

 その場合、王国本土蹂躙は見て見ぬ振りだな。でも軍事力は温存出来てその超大型とやらがいなければ何とかなりそうだけど。

 

 「わからない。ゲームでは迎え撃つ事しか出来ない。それに王家のロストアイテムがあれば何とかなるんだ」

 

 「あぁ、オリヴィアさんの力がどうとかっていう奴か」

 

 『マスター、何か知っているのなら、私に相談して欲しかったのですが』

 

 そうか、リオンがふわっと言っていたやつだ。俺も具体的には知らないが、ルクシオン先生も知らなかったのか。

 

 「悪かったよ。だけど、リビアがいないとそもそも動かない筈だ」

 

 伝えることは伝えたし、そろそろお暇しようか。

 そんな最終兵器があるなら、俺自身が奪還に失敗しても最後の方は高みの見物が出来るかもしれない。

 

 「じゃぁ、暫くは僕も学園に顔を出すよ。リオンも身動きできるようになったら、忙しくなりそうだね」

 

 「差し入れサンキューな。あまり無茶するなよ」

 

 俺は手を振りながら、ジメ付いた牢屋を後にするのだった。

 

 そして、リオンは今後の事を考えを纏める意味合いも兼ねてルクシオンと話し合う。

 

 「さて、俺はこれからどうするべきかな?」

 

 『先ずは新人類を滅ぼして――』

 

 「却下。真面目に答えろ」

 

 『真面目に答えていますが?』

 

 「お前、時々本気で怖いよ。俺が聞きたいのは、このままいくとどうなるかって話だ。レッドグレイブ家とフランプトン家、それにファンオース公国…… どこが勝つと思う?」

 

 『そんなことは決まっています。マスターの気持ち次第ですよ』

 

 

 

 

 解放されたアンジェリカは、その足ですぐに公爵家の屋敷へと向かった。

 王都にある公爵家の屋敷でアンジェリカを待っていたのは、父親であるヴィンス・ラファ・レッドグレイブ公爵その人であった。

 アンジェリカは急いでヘルトルーデの件について報告する。

 

 ヘルトルーデへ抗議をしに行ったときに言われた言葉である、呪詛にも近い怨嗟の声。「王国よ沈め、子を親を家族を殺された領民達の悲しみと共に。一方的に攻めた王国は許さない」アンジェリカからその言葉を聞いたヴィンスは斬り捨てるように両断した。

 

 「復讐か。二流だな。それにしても王国も裏切り者が多い」

 

 そもそも当初の歴史をアンジェリカもヴィンスも知っている。ヘルトルーデの呪詛など一笑に付す事がそもそも可能だ。ヴィンスには同情すらも湧かないのは当然であった。

 

 「父上、リオンを解放してください。リオンは悪いことなどしていません!」

 

 「甘えるな。この程度の事は王宮内では日常茶飯事。私の権力で釈放した所で、肝心の飛行船も鎧も戻ってはこない」

 

 アンジェリカは父親の冷酷な瞳と言葉に衝撃を受けた。

 

 「リオンは! リオンはロストアイテムが無ければ無価値と言いたいのですか? リオンはこれまで私のために頑張ってくれました!」

 

 しかしヴィンスの意見は尚も冷たい。

 

 「それがどうした? 彼を出世させてきたのは間違いなくロストアイテムの力だ。度胸は認めよう。だが、ロストアイテムの無い彼にどれだけの価値がある?」

 

 アンジェリカは父親のあまりにも冷たい物言いに、両手を握りしめ悔しそうに俯く。

 

 「お、恩人です! リオンは私の恩人です!」

 

 「その分の見返りは用意してやった。お前は学園に戻っていなさい」

 

 「っ!?」

 

 アンジェリカは涙を流しながら、執務室を飛び出すのだった。

 

 

 

 

 ギルバートはアンジェリカと入れ違いになり、アンジェリカの形相が凄いことになっていたとヴィンスに伝えた。

 

 「見張りは付けるから心配ない。アンジェには悪いが真実を知れば何をするかわからないからな。あの子は感情的すぎる。いっそそのまま気持ちをハッキリさせてしまえばいいものを」

 

 ヴィンスの物言いにギルバートは肩を竦めて苦笑してしまう。公爵令嬢として家のためになるよう育てられてきた女が、自由恋愛などに踏み込めるわけはなかった。ギルバートはアンジェリカをフォローするように伝えたが、ヴィンスは小さく笑っている。

 

 「そこら辺は微妙な問題があるからな。こちらから押し付ければ他家から文句が出る。それに、あの子の気持ち次第だ。友人関係なのか? それとも」

 

 アンジェリカの件は一旦置いて、ギルバートは調べてきた事を報告した。

 

 「地下牢にいる子爵に接触を図った者達を調べました。どうやら連中はパルトナーが動かせずに焦っています。所有者を殺せば、新たな主人を認めるのではないかと一部の者達が騒いでいます。なんでも、直ぐに処刑するべきと陛下に直訴したとか」 

 

 それだけリオンが恐れられているのだろうとヴィンスも納得する。公国軍を一隻で三十隻沈めて数十機の鎧を退けた飛行船、自身も鎧に搭乗して黒騎士を退けているのも公然の秘密として知られている。

 公爵家と敵対していた派閥にしてみれば、いつリオンがその矛先を向けてくるかわからず、日々戦々恐々となる気持ちは、ヴィンスにも理解は出来た。

 ギルバートは思案顔のヴィンスに報告を続ける。

 

 「神殿の者達も騒ぎ始めています。このような時に権力闘争といっても限度があります。これでは下手をすれば内乱で国が割れますよ」

 

 ヴィンスは組んでいた腕を解き、呟くのだった。

 

 「来るべき時が来たに過ぎない。いずれ暴発させるために仕込んでいたようなものだからな。それにしても私も敵が多いな…… ふぅ、愚かな事をしたな、マルコム」

 

 膨れ上がった侯爵派閥への対応に苦慮しているヴィンスは、フランプトン侯爵の名前を呟きと共に虚空にかき消していった。そしてギルバートへ笑みを向ける。

 

 「ギルバート、アンジェの人を見る目は正しかったと思わないか?」

 

 ギルバートはその言葉に何とも言い難い表情を浮かべてしまう。アンジェリカがいなければ、レッドグレイブ公爵家もリオンを強く警戒していただろう事は間違いがないからだ。

 ユリウスとの婚約破棄は痛手であったが、不幸中の幸いとも言えるアンジェリカを介して、レッドグレイブ公爵家とリオンは良好な関係を築けていると言えるだろう。

 

 「ある意味幸運でしたね。下手に第二王子殿下を担がなくて正解でした」

 

 ギルバートの言葉にヴィンスは同意を示す。

 

 「さて、お前は領地に戻って戦の準備だ。私はここに残ってやることがある」

 

 ギルバートは頷き足早に部屋を出ていき、そしてヴィンスは王宮へと向かうのだった。




見返り?
アンジェリカが言い寄ろうが、押し付けようが他家からすれば本質は変わらない筈。
押し付けで文句が出るのであれば、アンジェの意向でも文句は変わらず出そうだけど……

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