乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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次話でリオンが牢屋から出てくる場面となってきます。

この辺りは原作様でも時間経過が捉えきれづらいので、流れはもちろん原作様準拠ですが、独自のエーリッヒ側とリオン側も重要になってきますので、次話辺りからがよく互いの視点が混じるかもしれません。


第83話 ローランドの追求

 リオンが未だ牢屋に囚われている中、俺は王国軍本部から招集されたので、新ヘルツォーク領から足を運ぶ事になった。

 ベアテとナルニアも俺に同行している。

 王宮駐在の武官が使者として、要件を書状で事前に伝えられていたので、面倒だと思いながらも出頭するはめになってしまった。

 とはいえ、広大な王宮内の一区画にある参謀本部への出頭なので、王国軍中央本部よりは幾分かは気楽ではある。

 しかしこの場合、ミレーヌ様のご尊顔を拝見出来ないのが残念だ。

 いや、広大とはいえ王宮内だからワンチャンあるかもしれない。

 

 「ご主人様?」

 

 「いや、何でもないよ。軍務で呼ばれたから、ニアもベアテも僕の事は、階級か閣下と呼んだ方が無難だ。理由は直ぐにわかる」

 

 「「わかりました」」

 

 浮わついた雰囲気をナルニアに察せられたのかな。

 俺達は受付に来訪した旨を告げ少々待たされた後、以前も俺を王宮で案内した女性の中尉殿によって、お目当ての人物の執務室に通されるのだった。

 

 「こんなに早く参謀本部にお呼びたてして申し訳ない。ヘルツォーク子爵…… いや、軍令だ。ヘルツォーク准将、素早い招集に感謝する」

 

 シュライヒ中将閣下が態々立ち上がって笑顔と握手と共に出迎えてくれた。

 

 「いえ、お気になさらず。急ぎの要件であると伺っておりますが?」

 

 「うむ、先ずは掛けてくれ。そこの2人もだ」

 

 ベアテとナルニアも緊張を伴いながら、俺を奥にベアテ、ナルニアと腰を落ち着かせる。

 俺の対面にシュライヒ中将、その隣に例の女性中尉殿。シュライヒ中将の副官のようだ。

 

 「ではクリムデ中尉、先ずは准将の副官の事務手続きを」

 

 クリムデ中尉は眼鏡に手を添え、手早く書面と軍務規則集を二部、テーブルの上に用意する。

 

 「畏まりましたシュライヒ閣下。ではヘルツォーク閣下、先んじて頂いた書類通りに手続きは済ませました。ベアテ殿はもうすぐ学園も卒業致しますので、みなし扱いとして名誉少尉に任官致します。ナルニア殿は学園生でもありますので、名誉准尉に任官致します。お二人は、ヘルツォーク准将が軍令により、軍務に就く限りにおいて、正式なヘルツォーク准将の副官となりますのでご留意を。詳細及び軍務規則はこちらをご参考下さい」

 

 2人とも顔には出さないようかなり気を配っているが、その顔色は真っ青だ。

 ヘルツォークや各領の軍務規則とホルファート王国軍の軍務規則にそこまで相違は無い。まぁ、一応はヘルツォークだってホルファート王国内の貴族だ。どの領も軍令はそれなりに統一感はある。

 でなければ、王国軍領主軍合同運用なぞ出来るわけが無い。

 合間や折りを見て、俺やフュルスト達で教えれば大丈夫だろう。

 というよりもベアテは鎧に乗ってさえいれば、それだけで満足するようなタイプだから、副官採用誤ったかなぁ。でも学園卒業は問題ないから、副官としては全く問題無い能力だ。

 ちなみに一週間、俺とエルンストがベアテに付きっきりでヘルツォークの新人訓練規定を強引に突破させた。

 ただでさえスレンダーなベアテを五キロ痩せさせたが、女の子なら嬉しい筈だ。

 BがAになったと嘆いていたが、痩せただけだからその内復活するだろう。

 

 「ヘルツォーク准将は領主貴族だからな。領の状況により副官が1人だと不都合な場合が出るだろう。名誉将官には、副官も名誉階級扱いだが2人就くという待遇である。名誉佐官には副官が1人だ。名誉階級持ちの領主貴族は、副官を除き貴殿を含めて、将官では12名、佐官では12名在籍している。少なく思えるかもしれないが、自領に加えて王国軍の招集にまで応じられる領主貴族は、やはり中々に少ない…… 若しくは、やはり自領に固執してしまうのが常なのだろうな」

 

 シュライヒ中将は残念がっているように見えるが、王国軍の専属軍人は基本的に領主貴族が同じ軍務に関わるのを嫌う筈だが?

 俺は将官の中では最弱だな…… 悪巫山戯は置いておくが貴殿か…… シュライヒ中将は俺のような若造にすら、かなり敬意を払って頂けているのが言葉の端々に伺える。

 

 「シュライヒ中将閣下、しかし、あまりにも領主貴族が王国軍内に存在すると王国軍の下部は混乱したり、同じクラスは仲違いしたりしそうなイメージがありますが?」

 

 シュライヒ中将閣下は、優しげに微笑んでいる。

 なるほど、俺の疑問は当然だが、その程度は問題にならないという事か。

 

 「名誉階級に選ばれるような領主貴族は、そもそも軍部内において、敬意と畏怖を抱かれている人物にしか与えられないのだ。本来なら辺境の男爵クラスにも、指導教官名目で来て欲しい人物はかなり存在するのだが、やはり辺境の男爵に無理は言えん。軍に有益な人材ほど自領から離れて貰えんのが実情だ。だからこそ貴殿の存在は僥倖なのだ。しかも私は、王国本土端での戦場で貴殿とヘルツォークを知った。貴殿が望めばいつでも、私とコルテン大将の連盟で名誉中将へ推薦する準備がある」

 

 確かシュライヒ中将閣下は50代後半、しかも学園の普通クラス卒業後に仕官したエリートだ。加えて大尉時代に王国軍学総合軍務学部を卒業して参謀本部入りした俊英。

 もっと軍人は硬直的かと思ったが、この人は柔軟だな。それともあの理不尽な大敗を喫して価値観が崩れたのだろうか?

 しかし、穏やかだが覇気は存在している。

 そもそもあれは、誰が指揮しても最初の損害は等しく訪れた筈だ。接敵前の艦隊の動きには全く不備は無く、神殿艦隊を先行させてその後ろに王国軍本隊が控える。

 あれはあの理不尽な超大型の出現位置が悪すぎた。

 

 「私は若輩過ぎますよシュライヒ中将閣下。それに鎧に乗る方が性に合っていますしね」

 

 「鎧で最前線で敵に囲まれながら、ヘルツォーク艦隊の指揮に加え、時々刻々と変化する戦場内で、更に師団単位の鎧の総指揮、そして他領の艦隊すら指揮して見せた貴殿が随分と謙虚だな。軍部に於いて過ぎた謙遜はただの毒であるぞ。王国軍は机上演習にて、佐官以上は貴殿の功績を余す所無く周知しているぞ。では改めて本題に入るとしようか」

 

 フライタール辺境伯越境戦の事か。

 ナルニアとベアテ、それにクリムデ中尉が目を大きくして見つめてくる。クリムデ中尉は別にしても、お前達はフライタール辺境伯越境戦を詳しく知っている筈だろうに、何で今更ながらそんなに驚くのだ?

 あれは無我夢中だっただけで、改めて考えるとクレイジー過ぎる働きを俺はしていたな。

 ティナの前でカッコ付けただけだが、頭おかしいな俺は。

 指揮や指示というよりも、常々ハイテンションで絶叫していただけのような気がしてしまう。

 シュライヒ中将閣下が言うように本題に入ろう。

 

 「そうですね。先ずは、(さき)の王国本土端防衛戦での帰還者の再編が済んだのでしたね」

 

 王国軍は二百隻中、四十八隻が帰還出来たがもちろん全てが無傷という訳ではなく、ギリギリで退避出来た艦には負傷者も多かった。

 鎧を展開していなかったので、鎧は全て無事だったのが唯一の救いだったとの事だ。

 

 「軍艦級飛行船のクラスは、クリムデ中尉から詳細を後程渡すが、三十隻を緊急編成名である王宮直上防衛艦隊として配置する。鎧の搭載数は360機、王国軍鎧一個師団になる」

 

 王国軍では五個大隊で一個師団単位か。

 戦時非戦時で数は変わる物ではあるが、直上防衛艦隊としてはそれなりの数はあるな。

 

 「王宮直上防衛としては纏まった数になりますね。本来なら迎撃か強襲に作戦運用したいでしょうに」

 

 「うむ、貴殿の言う通り、参謀本部作戦課では一転突破の強襲案が濃厚になりそうだが…… どちらにしろ王宮直上防衛艦隊はこのままでは運用不可能だ」

 

 運用不可能? 何だそれは!? 既に編成までされているというのにか。

 軍艦級飛行船は、四十八隻の内から無事な艦を抽出したのだろう。そして軍艦級飛行船一隻に鎧1個中隊を配備した。

 

 「艦の編成と鎧の配備まで済んで運用不可能とは?」

 

 「情けない話、あの超大型のモンスターの凄まじさに心を折られたのだ。士気なぞとてもでは無いが存在せん」

 

 あぁ、なるほど。

 あれは確かにわかる話ではある。

 仲間の飛行船が真横に吹き飛ばされたり、要は360°意味不明に飛び交っていた。

 非現実過ぎて逃避したくもなるし、時間が経つと恐怖が骨の髄から染みだしてくる物だ。

 

 「確かにあれは凄まじい物でした。わかる話です…… いくら軍人とはいえ、もう使い物にならないのでは?」

 

 シュライヒ中将閣下もあの場に居たから勿論わかるだろう。しかし、俺を呼んだという事は、案山子でも構わないから、防衛に使いたいと言うのが本音か。

 

 「逃げ出そうとしたグループもいたが、戦場でも無いゆえ、銃殺はせずに捕らえて反省房程度で済ませてみたが、意外と大人しく反省している。逃げてどうなるものでもない。何故なら生き残った艦隊員達は、王都や王国本土の官舎組がほとんどだ。そもそもが王都寄りの王国本土基地で二百隻を編制後、迎撃大艦隊に組織化。要は家族が王都や付近の官舎に住んでいるのだ。士気が皆無でもやるしかあるまい」

 

 逃げたグループも衝動的に駆られただけという事か。 

 逆にあの超大型やモンスター群を見たら、絶望はするだろうが、家族が王都近辺に住んでいるのであれば、逃げられないという気持ちもわかる。

 

 「軍人ですしね。逃げて情けなく難民になるよりも家族を守る、逃がすために死ぬ方が気持ちはいいでしょう。私が呼ばれたのは、彼等の気持ちの立て直しですか」

 

 しかしまぁ、結構な難題だな。

 ファンオース公国王都侵攻軍が王都に到着するまでは、まだまだ掛かりそうだから、ギリギリまで尻を蹴飛ばすしかないかな。

 

 「それは勿論含まれる。ヘルツォーク准将、貴殿を王宮直上防衛艦隊司令長官として任命する。貴殿の裁量で好きにやりたまえ。そして新ヘルツォーク子爵領軍飛行船五隻、鎧36機も招集されると聞いている。全て貴殿の裁量で防衛軍共々運用して欲しい。各種許可証はコルテン大将と私、シュライヒ中将の連名で作成する。参謀本部は乾坤一擲に賭けるだろうが、いざというときの防衛、若しくは要人の避難のためにも、王宮直上防衛艦隊は必要なのだ。何とか使える状態にしてくれ」

 

 艦隊規模的には少将以上が司令官だろうが、臨時編制だから仕方がないか。

 この状況で使えない艦隊を使えるように仕立て直すには、時間も人も王国軍には足りない。合理的な名誉階級持ちの使い処というわけだ。

 ナルニアとベアテはすっかり置いてけぼりの置物と化している。見目麗しいから鑑賞するには有りだ。

 それにしても若造に惜し気もなく頭を下げる事の出来るシュライヒ中将閣下か。かなり好きなタイプの一風変わった軍人。

 老境に入りつつも柔軟性を未だ合わせ持つ稀有な人物だな。

 軍人云々を抜きにして、尊敬に値する大人の男。

 そんな男に頭を下げられたら、出来る限りの事をやるしかないじゃないか。

 

 「頭を上げて下さいシュライヒ中将閣下。私が出来る範囲で注力します。任命確かに拝命致しました。せめて案山子から、玩具の兵隊ぐらいにはしてみせましょう」

 

 恐怖心が無く、ひたすら前進と攻撃しかしない玩具の兵隊もある意味ホラーだな。

 

 「ナルニアとベアテも暫く付き合ってくれ。ベアテには、新ヘルツォーク領でパウルとのやり取りを任せる事になりそうだから」

 

 「わ、私はいつでも。ごしゅ、あれ? えっと、か、閣下!」

 

 「わかりましたリックさ…… いえ、ヘルツォーク閣下」

 

 いきなり話を振られた2人は、双方肩がビクリと震えたかと思えば、慌てて俺に反応してきた。

 自分が蚊帳の外に置かれていたのに、いきなり名前呼ばれると驚くよね。苛めじゃないよ。

 噛むぐらいは仕方がない、驚いて変な声を上げないだけ、10代の新米副官としては充分合格だ。

 

 「王宮外に軍事演習場があり、一応は王宮直上防衛艦隊員はそこでキャンプを張っている。キャンプとは言っても宿泊施設があり、そこを艦隊員の臨時官舎としている。そこに貴殿も出向いて頂き、全て貴殿の裁量に任せる。私は参謀本部に詰めているので、何かあれば遠慮無く申し付けてくれたまえ」

 

 普通は丸投げは困るが、聞いたような状況であれば、全てこちらに投げてくれたほうがまだマシだな。

 王国軍参謀本部、かなりまともな組織じゃないか。逆に柔軟過ぎるのだろうか?

 それとも王国本土端防衛戦の一方的過ぎる敗戦で、王国中央軍の組織が崩れ掛かっているのか?

 後者の可能性も高そうだな。

 王国軍各方面軍は、例のごとくホルファート王国とファンオース公国が争うと、それに便乗して騒がしくなるので動かせない。

 

 「中央軍の教導隊は今回どのような扱いに?」

 

 准将であれば、特殊任務以外における全部隊配置に関する情報開示ぐらいあるだろう。

 

 「剣聖殿も招集してファンオース公国本隊への強襲に組み込まれる筈だ」

 

 この期に及んで引っ込めて置く道理はないが、俺の言う事を聞く人員が欲しい。

 そうだ聞いておこう。

 

 「王宮直上防衛艦隊内での艦長クラスと鎧乗りでの最上階級を教えて下さい」

 

 「艦長クラスで中佐、鎧の大隊長で少佐だな」

 

 鎧は良いとして大佐クラスがいない?

 シュライヒ中将が声を潜めるように、テーブルの上に身を乗り出す。

 

 「疑問はわかるが、単純に戦死と負傷で現段階において揃わなかったのだ。生き延びた四十八隻も無傷であったわけではないからな。ここだけの話、散った戦友への思いなのか、責任故か。あれだけの絶望で儚んだのか…… 大佐クラスで自殺した者も数名いる。そのせいもあって今回の編制で意図的に外した経緯もある」

 

 ベアテは顔を(しか)め、ナルニアの唾を飲み込む音が俺の耳朶を打つ。

 

 「あれだけの理不尽な存在に大混乱、軍人でも仕方がないですね。シュライヒ中将閣下、臨時的な野戦任官で1人捩じ込む事は可能でしょうか?」

 

 現場での信頼出来る副長クラスが欲しい。

 

 「この際だから聞こう。領主貴族である貴殿に対して軍部はかなり甘え、迷惑を掛けている事は自覚している。内容によっては即時許可を取る」

 

 ただの感動屋や好好爺でも無いというわけか。

 シュライヒ中将閣下のお手並み拝見だが、どう出るだろうか?

 

 「本家ヘルツォークの嫡子である、エルンスト・フォウ・ヘルツォークが私の下にいます。彼は王国本土での戦争義務は今回既にありませんが、直属の副長として王国軍での立場があると有り難いですね」

 

 エルンストは戦況に於いて、不意の事態に遭遇した場合、本家ヘルツォークにサクッと逃がすつもりではあったが、王宮直上防衛艦隊の立て直しを含めて経験を積ませたい。

 王都での戦争で危なくなれば、俺の上官命令で新ヘルツォーク軍と共に退かせればいいだろう。

 

 「彼か、ホルファート王国勇猛騎士列伝最年少掲載者。貴殿の義弟か…… 名誉階級の大佐として臨時任官で捩じ込もう。明日中には階級章と書面を必ず用意する」

 

 まだ結婚式もましてや婚約式すらも執り行っていないとはいえ、マルティーナを側室に迎えたことで、これからは対外的にもエルンストは俺の義弟になったというわけだな。

 ファンオース公国迎撃艦隊司令長官シュライヒ中将。

 なるほど、この人があの場で生き残ったのは唯一の幸運だったな。加えてシュライヒ中将にコルテン大将とレッドグレイブ公爵との軍部ラインが絶たれなかったのが、せめてもの救いというわけか。

 しかし、これで本家ヘルツォークも王都防衛に参加した記録が正式に残る。

 後々絶対に密約以外のこの件は、追及して王家から毟り取ってやる。

 話が纏まったので、王宮外の軍事演習場に向かおうかとシュライヒ中将の執務室から退出しようとした間際、ミレーヌ王妃が俺を呼んでいると使者が伝えに来たため、王宮内の一室に出向く事となった。

 

 「ベアテはエルンストとパウルに報告。新ヘルツォーク領五隻と36機と共に王宮外の軍事演習場へ明日中に到着させるように。ニアは共に来てくれ」

 

 「「はい」」

 

 呼び出された一室の前に案内されるとナルニアの入室は断られ、別室で待機させられる事となった。

 

 

 

 

 狭いわけではないが、採光されているとはいえ王宮内の殺風景な一室に呼び出された俺は、この部屋の中にてほくそ笑みながら、泰然と座る人物を目の当たりにしてしまい、非常に腹立たしくもげんなりとしてしまった。

 

 「まさか国王陛下に呼び出されるとは、恐悦至極に存じます」

 

 「そんな堅苦しい挨拶などいらん。寧ろふざけているのか。ここには私とお前しかおらん。面倒だから態度も砕けてよい」

 

 糞陛下は顔をしかめながら、手で追い払うよな素振りをしやがった。

 帰るぞこの野郎! 俺はミレーヌ様からの呼び出しと聞いて飛んで来たんだぞ!

 

 「何が2人だけですか。天井に5人、陛下の後ろの壁に3人、私の真後ろの壁に1人。しかも私の真後ろが一番手練れじゃないですか…… 何ですか? 暗殺されるんですかね、私は」

 

 恐らく最悪なレベルの対人スペシャリストが、ゴキブリのように壁裏でカサカサしている。

 とてもじゃないが落ち着かない。

 

 「ちっ、何で気付けるのだ。気付きもせずに私に無礼な態度を取る輩も多いから、彼等がいつその無礼者どもを襲うか、内心ワクワクしながらそやつらをからかってやっているというのに…… つまらん小僧め」

 

 嫌がらせのようにローランドは言うが、こいつは一国の糞王だから、こんな護衛はそもそも居て当然。

 ミレーヌ様の場合は、いつものお堅いメイドさんがかなりお出来になるしね。

 しかし、こいつはわざとらしくこちらの神経を逆撫でするような物言いをしてくる。この糞陛下と付き合う王宮貴族連中も相当腹に据えかねている事だろう。

 バーナード大臣にはまたワインでも差し入れしておこう。

 

 「そもそも陛下と2人きりで話をするのは、今回が初めて…… しかもこんな非公式な形で。陛下は私に嫌がらせをするために、このファンオース対策で忙しい時に態々時間を取られたんですか?」

 

 正直ベース、普通に考えても新興の子爵が、自国とはいえ大国の王と一対一で話す事案なんか、基本的に有るわけがないんだが。

 最古参の王宮貴族ぐらいだろうか、要は少し前のマーモリア子爵とかだな。

 宮廷の力は削がれたとはいえ、今でも個人的な王との付き合いは在るのかもしれない。

 ジルク自身は能力的には使える奴だしなぁ。

 

 「ファンオース公国の侵攻スピードは遅い。さりとて今はまだ、こちらも軍を再編してかき集めている時だ。宮廷内でもここに来て、あたふたする情けない奴等も多い。今は停滞時期に加えて王都が混乱する寸前の過渡期だ。丁度良いからお前を呼んだというわけだ」

 

 側室だか愛人と乳繰り合っていれば良いものを。だがミレーヌ様とは許さない。

 そう正に過渡期、だからこそ、王宮直上防衛艦隊の立て直しで俺は呼ばれたんだがな。

 

 「一応私は、王宮直上防衛艦隊の訓練と立て直しの為に呼ばれたんですがね」

 

 「それは集めさせて手続きさせている。明日の朝からでも鎧搭乗者と艦艇員は、お前の眼前に揃えてやる」

 

 こいつ!? 

 本命は軍をかき集めて短期決戦想定とシュライヒ中将から聞いたが、こっちにまで手を回していたのか。今日俺がやることが無くなった。

 糞陛下は、尻に火が点かなければ仕事しないのか?

 普段からヤれ! ミレーヌ様を困らせやがって。

 

 「至れり尽くせりですね。何をお聞きになりたいのですか?」

 

 せめてお茶か、最近やっと王都でも流行り出した珈琲でも飲みながら話をしたい物だが。

 気の利かない糞ランドめ。

 

 「ザナの件だ。お前の母親だが――」

 

 懐かしくも愚かしい名前が出て来たものだ。

 今さら過ぎるが…… あぁ、王都混乱前に押さえておきたい物は押さえたいという事か。

 王宮内の貴族の一掃後の目論見か。

 しかし、あのファンオース公国をどうするかを考えたほうが良いんじゃないのか?

 

 「――お前が殺したな。この前ミレーヌとお前と話をした時に確信した。エルザリオ子爵かとも考えていたが、間違いなくお前だ」

 

 そっちか。

 なるほど、口を湿らせさせないためのお茶無しというわけか。

 

 「母は毒を呷って死んだと伺いましたが?」

 

 「ふん、あの女は絶対に自分から毒なぞ呷らんよ。いくら隠していたとはいえ、実子証明程度で居たたまれなくなって死ぬ女ではない。しかも証明前にはな」

 

 確かにな。

 疚しかろうがあの程度で母は自殺はしない。あの頃の俺は冷静さを欠いていたのは認めるよ。本来なら証明直後が、絶好の機会だったのはわかっていたさ。

 

 「しかし、衛兵部門の調べでも裁判でも自殺判定だった筈。だからこそ葬儀はヘルツォークで取り仕切ったんですがね」

 

 そこだけ何とか上手く出来たというわけだ。

 専属使用人? 

 そんなもん衛兵達にすら毛嫌いされている。

 今頃はただの骨だ。

 

 「今更咎めるつもりなど毛頭無い。ふん、泡を食って右往左往してるどっかの派閥の貴族共の、まぁ色々を押さえたいんだがな…… お前なら知っていると踏んでいるのだがな」

 

 所謂、【ザナの化粧箱】の一部を言っているのだろう。

 ファンオースの王都攻撃で、破壊される前に取り押さえたいという事か。ご苦労な事だが何年前の出来事だと思っている。どうしても動かせない上物以外は対処済みだ。

 

 「エルザリオ子爵に聞いてみては? 当時13歳の私は、リッテル商会に加えてバーナード大臣との関係構築だけで四苦八苦でしたよ。ヘルツォーク内の輸出品増産体制確立等、実子証明までの期間約1年。ヘルツォークの事で文字通り手一杯だったのは、バーナード大臣だってよくご存知ですよ。母の内情なんか知りませんよ。あぁ、そういえば、母が生前住んでいた王都のヘルツォークの屋敷は、未だに残ってますよ」

 

 13歳の誕生月である5月、シークパンサー襲撃を撃退してから、ヘルツォークの成り立ち等綿密調査に半年、実子証明のために王都で動いて約1年。

 前世の俺もろともエーリッヒが、100億万度の業火で焼かれて壊れていった期間か…… 

 

 「ふん、私もザナには何だかんだ会ってはいたが、ヘルツォークの屋敷にザナが居たことはなかったがな」

 

 あそこは8歳までの俺の住まいであり、レッドグレイブ公爵との密会場所であっただけだからな。

 親父が不憫だよ…… まぁ、貴族男子の例に漏れずに、親父はザナをまともに相手にしてたとは思えないがね。

 

 「私は8歳にヘルツォーク子爵領に移り住むまでは、あの屋敷の敷地外に出た記憶は余りないんですよね。それ以降は仕事で王都に寄っても、あの屋敷には近付きませんでしたよ」

 

 実際に王都のヘルツォークの屋敷には近付かなかった。文字通りあそこは無意味な場所だからだ。

 

 「……割らんか」

 

 「だから何をです?」

 

 沈黙が互いに訪れる。俺はのんびり壁向こうのゴキブリ達の気配を探りながら、惚けっと暇潰しに興じた。

 

 「ちっ、まぁ、いいだろう。それを貫くのであれば王家に痛手は無いのだ。もうそれで構わん」

 

 「陛下、重ねて何を私に仰っているのかが解りかねます」

 

 入室した当初のように慇懃無礼を以て、糞陛下の締めくくりに答えた。

 

 「お前は慇懃無礼なのが質が悪い。お前と友人だとかいうバルトファルトの小僧は、随分御し易そうなんだがな…… まぁいいだろう」

 

 「陛下、いつまでリオン・フォウ・バルトファルトを牢屋に入れて置くんです。その右往左往しているどっかの派閥の貴族連が、強行手段に出ないとも――」

 

 「だろうな。手配は既にしてある。ギリギリ間に合うだろう。せっかくだ、関係各位には冷や汗ぐらい皆共々掻いて貰わねばな。明日には強硬手段であの小僧を牢から出す頃合いだろう。その後の会議にお前も出席しろ。軍事演習場に使いを出すからな」

 

 ちっ、良い笑顔だなこの野郎。

 何でリオン周辺の動向を把握しているんだか。お前がまともに仕事してれば、この状況はもっとマシだったんじゃなかろうか?

 しかし、本家ヘルツォークにとっては千載一遇のチャンスでもある。やっぱり糞陛下は仕事しないほうが、本家ヘルツォークにとっては良さそうだな。

 

 「陛下のご随意に」

 

 ただ無駄にストレスが溜まっただけの非公式会談が終わった。

 リオンが明日にでも出てくるというのが朗報か。あの超大型モンスターはルクシオン先生や例のオリヴィアさんに何とかして貰わないとどうにもならないからな。

 

 「ニアは軍事演習場の官舎に部屋が用意されている。暫くはそこで僕の副官として生活だ」

 

 別室に待機していたナルニアと合流して王宮外にある軍事演習場に足を運ぶのだった。




ザナ、ルーマニア神話の美神。
ギリシャ神話の美と優雅を司る女神達であるカリスに相当。
複数系って所がザナの恐ろしい所だなぁ(笑)

Z資金、ザナの化粧箱と命名しました。

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