乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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taniyan様、安藤一二三様、誤字報告ありがとうございます。
taniyan様、礼を述べるのが遅くなってしまい申し訳ございませんでした。

やっとこさリオンを出せた。


第84話 救出と訓練

 リオン・フォウ・バルトファルトは、地下牢で過ごす日が相変わらず続いていた。

 地震のような底から響く、細かい縦揺れと横揺れが定期的に起こっている。その度に埃がパラパラと落ちてくるのが鬱陶しいとリオンは感じていた。

 

 「最近揺れが多いな…… それにしても毎日のように客が来るな」

 

 『それだけ餌として、マスターが優秀であるという証明ですね』

 

 「嬉しくないね」

 

 来訪するのはリオンを騙そうとするフランプトン侯爵派閥の貴族達である。

 それに加えて、5馬鹿達であった。すわ裏切りか! などと騒いでリオンの元に来たかと思えば、軟禁に近い扱いの自分達の境遇の愚痴をリオンに言いに来る。

 

 「あいつらは感情の赴くまま楽しんでいるよなぁ」

 

 『……類は友を呼ぶということでしょう』

 

 「ふざけんな! 俺はあいつらとは全然違うぞ!」

 

 いつものルクシオンとの暇つぶしの会話中も、訪れる貴族達の対応にリオンは辟易としていた。

 時には処刑すると脅し、その後に懐柔しようとあの手この手で交渉してくる。

 そして遂にフランプトン侯爵派閥が、強行策に訴えようとしてくるのだった。

 

 『マスター、どうやら王国はマスターの期待に応えられなかったようですね』

 

 王宮内勢力争いをレッドグレイブ公爵もミレーヌ王妃も勝って纏める前に、そしてリオンを救う前に敵対派閥が痺れを切らしたという事だ。

 リオンのいる地下牢に武装した兵士が足音を殺さず、まるで威圧するように音を立てて近付いてきた。

 

 「ここまでだな」

 

 『マスターは期待し過ぎ、いえ、他力本願ですか』

 

 「耳が痛いな」

 

 リオンにとって見覚えのある、フランプトン侯爵派閥に属する三十代の子爵が、酒瓶をゴトリと牢屋越しのリオンの前に置いて言い放った。

 

 「バルトファルト子爵、寂しいだろうと思って差し入れを持ってきたよ」

 

 「お酒はまだ飲まないようにしているんだ。持って帰るか皆で飲みなよ」

 

 三十代の子爵は馬鹿にしたように、リオンを鼻で笑っている。

 

 「いつまで意地汚く生きているつもりだ? 貴族なら潔く死ぬべきだ」

 

 そもそも潔く死ぬような事案ではないとリオンは思うが、最早まともに相手をする必要はないだろう。

 

 (残念だ…… 地下牢から、いや、もういっそ王国から逃げるか……)

 

 リオンがそこまで考えていると、慌ただしい足音が複数響いてくる。

 ルクシオンが姿を見せると、子爵達が驚いて拳銃やライフルを構え出す。

 

 「報告にあった使い魔か! 捕らえろ! これであの飛行船は我等のものだ!」

 

 『仮にマスターが死んだとしても、貴方達には従いませんよ。それよりも後ろに注意されては?』

 

 飛び出してきたクリスが、木刀で子爵の後ろにいた騎士達を次々に叩き伏せていった。

 

 「バルトファルト、無事か!」

 

 リオンはクリスが何故ここに? と疑問を抱いていると、次にジルクが駆け込んできて、子爵が持つ拳銃を銃で撃ち落とした。

 

 「バルトファルト子爵はやらせませんよ」

 

 子爵が痛みを堪えるように手を押さえ、毒入りの酒瓶が落ちて割れると、まるでその破砕音を視線に込めるかのようにジルク達を睨み付ける。

 

 「ぐぅ、糞っ!? お前ら、自分達が一体何をしているのかわかっているのか? 私の後ろに誰がいると思っている! 今のお前ら程度ならどうにでも――」

 

 『黙りなさい』

 

 怒鳴り散らしながら威嚇しようとした子爵の頭上に、ルクシオンが自らの球体を落として気絶させた。

 

 「さぁ、急いでください。時間に余裕はありません」

 

 ジルクは慌てながらも急いで鍵を取り出して扉を開け放った後は、リオンを急かしながら牢屋から外に連れ出そうとする。

 

 (何故こいつらが俺を助けに来る? 逆に逃げてもいいのだろうか?)

 

 今までのリオンとの関係上、当然の様に疑念が湧くリオンはルクシオンを反射的に見る。するとルクシオンはまるで、大丈夫とでも伝えるように一つ目を縦に頷くのだった。

 

 「どうしてお前たちがここに?」

 

 「色々と手を尽くしたのですが、(ことごと)く失敗しましてね。ただ、今日は妙にタイミングが合いました。後は、大変なことが起きているので、このタイミングに乗じて貴方を助けようと実力行使に出ました」

 

 (妙なタイミング…… リックが何かしたのかな?)

 

 「お前らやっぱり馬鹿だな」

 

 クリスも苦笑しながらリオンに話しかける。

 

 「おかげで間に合ったんだ。良かったじゃないか」

 

 リオンはジルクやクリスに背中を押されるように地下牢の階段を駆け上がり、その先に待ち構えていたのは、やはりブラッドとグレッグであった。

 2人は不思議そうに拘束されながら眠る看守を見下ろしている。

 

 「お前らも来たのか? その人は大丈夫なんだろうな」

 

 味方である看守に危害を加えたのかとリオンも視線が強張るが、2人は肩を竦めながら首を横に振る。

 

 「僕達が来た時には拘束されて眠らされていたよ。丁寧な仕事だから、下にいた子爵じゃないだろうね」

 

 「それより急ぐぞ。ユリウスが待っているからな」

 

 殿下まで来ているのかと看守の無事を確認しながら、内心リオンは驚いていた。

 リオンは何度目かの地面の揺れを感じながらも、4人と共に王宮内を隠れ進んで行った。

 

 「待っていたぞ」

 

 4人に案内されて到着したのは中庭だったが、リオンにはここが王宮内のどこであるかは既にわからなくなっている。

 そして、リオンに声を掛けてきたのは、中庭の木の陰から姿を覗かせたユリウスであった。

 

 「おい、どうして中庭なんかに案内したんだ? 逃げるんじゃないのか?」

 

 この中庭は所謂、袋小路となっている作りだ。当然リオンが疑問に思っているとユリウスが自慢するかのように説明してきた。

 

 「ここには王族しか知らない秘密の抜け穴があるからな」

 

 「おい!? 偉そうにそんな秘密を俺に教えるなよ! 馬鹿なの!? お前ってやっぱり馬鹿なの?」

 

 ユリウスはリオンの反応にズッコケそうになりながらも反論する。

 

 「助けてやったのに何て言い草だ! ん、おっと、何だか揺れが多いな」

 

 小声でユリウスとリオンが言い争いをしていると、またしても地面が揺れた。

 建物に囲まれた袋小路の中庭で、リオン達6人が集まってやいのやいの話をしているとルクシオンから警告が発せられた。

 

 『マスター、囲まれてしまいました』

 

 「何?」

 

 何故囲まれるまで放置したのかとリオンはルクシオンに対して思ったが、中庭に光が照らされた瞬間思考が停止し、一気に明るくなった眩しさに対して反射的に手で目を隠した。

 武装した騎士達が駆け足で近付いてくる音が聞こえてくる。

 

 (ちっ、やるしかないか)

 

 ルクシオンへ命令をしようかと考えたその時――

 

 「お待ちくださいユリウス殿下! 我々は敵ではありません!」

 

 こちらを囲みながら叫ぶ騎士に対して、ユリウスがリオンを庇う様に前に出る。

 

 「ならばここを通してもらおうか」

 

 その声は、例え今は異なろうとも王太子然とした威厳に満ちていた。

 

 「それは出来ません。そもそも我々は、バルトファルト子爵を救出するために参ったのです」

 

 「俺を?」

 

 騎士の言葉を素直に信じてよいものかとリオンは考えていると――

 

 『アロガンツをここまで運ぶのに数分必要ですが、大丈夫でしょう』

 

 ルクシオンがリオンだけにわかるように告げてきたので、リオンは一先ず様子を見ようと落ち着くのだった。

 そして騎士達が割れていき、その間から豪奢な衣装を纏った一人の人物が進み出てきた。

 

 「っ!? 父上!」

 

 ユリウスがその人物に対して驚きと共に持っていた剣を下ろした。

 

 「ユリウス、悪いようにはせん。全員武器を下ろしてこちらに来なさい」

 

 ユリウスの父親、ローランド・ラファ・ホルファートが、威厳に満ち溢れた腹の底に響く、しかし自然と体内に取り込まれるという、重厚感且つ浸透する声色を以て6人に告げるのであった。

 国王陛下その人だと気が付き急いで皆が跪く。

 

 (こんな間近に国王陛下が!? 身長は高く国王なのに鍛えられている細身の肉体…… これが、国王陛下……)

 

 リオンは王としての威厳を持つローランド・ラファ・ホルファートに、自然と気付いたら圧倒されていた。

 

 「バルトファルト子爵、苦労を掛けたな。だがそのおかげでこちらも片がついた。大儀である」

 

 (それはアンジェパパ達が勝ったという意味だろうか? 駄目だ怖くて聞けないし顔も上げられない)

 

 ある意味初めての国王との邂逅に、リオンはただ膝をついて臣下の礼を取る事しか出来ない。

 

 「父上、バルトファルトは殺されそうに!」

 

 ユリウスはリオンの理不尽な状況を訴えようとするが、ローランドは鷹揚に頷いてから答えたのであった。

 

 「全て知っている。それから、今ここでゆっくりと話している時間は無い」

 

 その時またしても大地が揺れると、ローランドは思い悩むように地面を見据えるのであった。

 

 

 

 

 リオンが救出される日の午前、俺は王宮外にある軍事演習場にて、一万五千名を有に超える臨時編成艦隊名、王宮直上防衛艦隊員達を前にしていた。

 既に駆逐艦型高速輸送船で到着しているエルンストも俺の横に控えており、ベアテとナルニアは俺達の後ろに控えている。

 新ヘルツォーク子爵領軍五隻は、明日ここに到着予定だ。

 元々あの五隻は王国本土端防衛戦でも無傷だった。加えてミレーヌ様と糞陛下との話し合いで、招集が決定済みであったこともあり、戦時体制のまま新ヘルツォーク領にて待機。

 軍事行動を即座に取れるようにしてあったのが、明日という素早い到着の要因だ。

 

 「壮観ですね。エーリッヒ准将閣下」

 

 号令用のお立ち台の上に俺達は立ちながら艦隊員を見下ろしていると、一万五千人以上を前にして興奮した様子のベアテが、後ろからぼそりと感想を述べてきた。

 

 「そうか? 大の男の軍人連中が、皆して顔を真っ青にしているじゃないか。全員の目を瞑らせて見たら、晒し首が並んでいるようにしか見えないぞ。なぁエト」

 

 「本当ですよね。これ、本家ヘルツォーク領軍でこんな表情晒しながら、義兄上や父上の眼前に整列なんかしたら、私が最低3日は飯を食えなくさせてやりますよ」

 

 チラリとベアテの方を覗いたら、鎧の新人訓練規定を思い出したのか、一瞬で顔を真っ青にさせていた。

 サッと身体を半分エト側の後ろに隠しつつ、艦隊員に見えないように胃を押さえている姿が笑える。

 しかし、ナルニアは落ち着いた様子で彼等を見ているな。来月誕生日で16歳になる筈だが、何でまだそんな年齢の女の子が、この状況で右往左往しないのだろうか?

 割とナルニアの不思議な部分なんだよなぁ。ベアテの様に興奮するか緊張で慌てそうなものだが……

 まぁ、ベアテのように興奮しながら、この状況に臨む事が出来るような18歳の女の子も、ある意味一種の才能ではあるか。

 俺は軍人だというのに心を完璧に折られて、落ち着きのない整列をする艦隊員達を眺めながら、ナルニアとベアテの異常さに考えを巡らせていた。

 

 「義兄上、どうします? これ……」

 

 大佐の階級章を付けた軍服のエルンストは、決して階級に負けていない立ち姿を立派に彼らに対して見せつけている。

 ちなみに俺達の軍服は本家ヘルツォーク子爵領軍の物を身に付けている。

 これは名誉階級者と通常の階級者を見分けるためであった。

 そもそも名誉階級者の絶対数が少ないので、それならばと自領の軍服で対応した結果らしい。実際に判別し易いという訳だ。

 王国軍の軍服よりも本家ヘルツォーク子爵領軍の軍服の方が、個人的にはセンスも格好も良いと思うので、俺とエトは喜んでいる。もちろんナルニアもベアテも本家ヘルツォーク子爵領軍の軍服だ。

 エロカッコ良い!

 

 「折れた心も絶望も諦観も腹の中から吐き出させてやるか…… 悠長に時間を掛けるつもりもないから、俺をペースメーカーにして軍事演習場を走らせよう。きっちり1時間で全部吐き出させてやる」

 

 「あぁ、あれをやるんですか。うわぁ、彼等だと阿鼻叫喚じゃないですか…… 始末と匂いが大変そうですね」

 

 「はっ、始末も自分達でやらせるさ。吐き出した折れた心や何やらでその身を汚させて、明日にはきっちりと真っ(さら)な心と中身に総入れ替えだな。新ヘルツォーク領軍も明日ここに到着するから丁度いいだろう。

 エト、気を抜きそうな最後尾や場所場所に、上手いこと魔法で攻撃して死ぬ気で走らせろ。治癒魔法師もいる事だし、死なない程度だったら何をしても構わん。寧ろ勢い余って僕を攻撃しても構わないぞ」

 

 俺の言葉に驚いたのか、流石にゾッとした様子のナルニアとベアテの雰囲気が背後から伝わってくる。

 

 「義兄上に攻撃したら倍返しされそうじゃないですか。絶対に嫌ですよ…… 後が怖い。しかしそれでも我々の軍人よりもかなり甘いですがね」

 

 「彼等の今の士気だとベストの状態による心技体が揃っていないで、ヘルツォークの通常訓練、

ましてや懲罰訓練をやったら彼等は死ぬよ。折角の人員を戦わせずに殺すのは勿体無いからな」

 

 本家ヘルツォーク子爵領軍は頭おかしいからな。まだ学園に入学していないエルンストの感覚基準はヘルツォークのままだ。

 明日からはエルンストをメイン教官に据えて、経験とお手並みを拝見という事でもいいかもしれないな。

 

 「1割ぐらいだったら、訓練中の事故死も有りじゃないですか?」

 

 ほら! エルンストも頭おかしい…… もうナルニアもベアテも隠し切れずにギョッとしている雰囲気が伝わってくる。

 艦隊員達も2人の異様な雰囲気を感じてざわつき出しているじゃないか。

 

 「無しだエト。ただし、明日以降はお前がメインで彼等を鍛え上げてみろ。いい経験になる筈だ。それに本家ヘルツォークも寄子が増えるし、軍事訓練を合同でやる機会も多くなる。何より本家ヘルツォークを継ぐという事は、仮称としてヘルツォーク連合軍のトップになるという事だ。やっておいて損は無いだろう。何かあれば遠慮なく聞いてくれればいいさ」

 

 「それは! 嬉しいですね。私は義兄上や父上、12騎士から教わるばかりの立場でしたから」

 

 喜色満面の笑みだが、そこに精悍さが加わってきているな。お前にしっかりと主体性が有る事がわかって俺も一安心だよ。

 さて、そろそろ始めようか。

 

 『総員傾注』

 

 『総員傾注!』

 

 魔法で声を拡声させて全艦隊員に響き渡らせた。

 エトも俺の号令の後に同じように拡声魔法で復唱して、全艦隊員を引き締める。

 しかし、あのオリヴィアさんの不思議っ子パワーの生声だけで、あの闘技場全体に声を届けるのは不可能だよな。あれも聖女の力の一角だったというわけか。

 さて、准将か…… 私、自分、僕、俺、はてさてどれで行こうか?

 シュライヒ中将閣下相手には任命前も後も私と一人称を使ってしまったが、任命時のドタバタとして大目に見て貰おう。

 

 『おはよう諸君、自分は諸君らの折れた心と顔を見させられに来たわけだが、何とまぁ散々な有様だな。正直に言って、これが王国軍の整列時の表情なのかと聊か驚いている。自分も諸君らと同様にファンオース公国との王国本土端防衛戦時に出陣していた。諸君らと同様に超大型モンスターも肉眼で見ていたぞ』

 

 ブリッジ詰めの者達は超大型を見ていただろう事が、有り有りと認識できるほど表情が強張った。あれを見ていない通常の艦艇員達は救いだろう。

 

 『情けない表情を雁首並べて揃えている諸君らに先ずは伝えておく。我々の任務は王宮直上の防衛だ。これはファンオース公国本隊から、別動艦隊が攻めてきた際に迎撃するのが主眼任務である。ファンオース公国本隊と超大型の相手は、我々とは異なる艦隊司令部が迎撃する。理解したか?』

 

 戦場は生き物だから、実際は超大型と相対する可能性もあるがね。

 生唾を飲み込む音や分かりやすく表情を明るくさせる者が出てくるが、上官の問いに反応すら出来ない始末は頂けないな。

 規則に則って一応軍服に勲章を佩用してはいるが、そもそも若造だから舐められているのだろうか?

 唯一の救いは、彼等王国本土端防衛戦の生き残りは、それなりに軍務経験が長いという事だ。実際に顔を眺めれば、若くても20代の後半から40代後半で構成されている。士気が最低でも戦場に出れば、最低限は(こな)せるという事だ。

 しかし、考えようによっては百五十二隻分以上のその年代が、お空の彼方に飛んでいき、土中に埋もれて行ったという事実がある。

 聞きたいかね? 戦死者数、99,822人だ。

 これにはコルテン大将閣下にシュライヒ中将閣下も頭が痛いだろう。

 さて、そろそ――

 

 『貴様らっ! 上官の問いにだんまりとは何だ!! 階級章すら忘れる程、寝惚けて居るのかっ!!』

 

 エト君がブチ切れた!?

 しかも拡散圧力付きの拡声魔法での大音量。

 

 「は、はいっ! 准将閣下!」

 

 彼等は驚愕と耳の痛さによって、全員が顔を顰めながらもエルンストの指示に従った。一万五千人以上の返事は非常に五月蠅い。

 ヘルツォークは、生まれてから食って寝て、育って気付いたら、いつのまにか兵隊になっていましたを地で行く素敵仕様。

 もし彼等のような失態を犯したヘルツォーク軍人がいるとすれば、一週間は吐かせて食わせての気付いたら、頭と身体の中身が、強力洗剤も驚くほどの真っ(さら)な真っ白軍人に早変わりだ。まるで手品の様に。

 可哀想だったが、ベアテも似たような境遇に放り込んでしまったがね。エトの怖さはベアテが一番叩き込まれているだろう。

 

 『では寝惚けて居る諸君、目を覚ますために簡単な事をしよう。なに、要はマラソン大会だ。折しも季節は寒い時期、ピッタリであろう。初日はレクリエーションに限るではないか。そうだろう諸君?』

 

 「はい! 准将閣下」

 

 先程を思えば良い反応で素直だが、まぁまだ耳が痛くて堪らないのだろう。

 

 『諸君らが賛成してくれて嬉しく思う。もちろん指揮官率先で自分が先頭を走ろうではないか。諸君らはただ無心で付いてきてくれればそれでいい。あぁそうだ、レクリエーションと言えば、打ち上げ花火くらいは必要だと思って用意している。準備が良いだろう?』

 

 「はい! 准将閣下」

 

 おぉ、少し笑顔が出てきている! やっぱりレクリエーションは最高だな。

 

 『いや何、まさか気を抜いて走る間抜けがいないとも限らんので、もしその様な輩を見つけたら、自分の副長、司令官補であるエルンスト大佐から、愉快に素敵な花火をプレゼントしようではないか。この寒い時期にその身をこんがり温めたいという希望者は遠慮しなくていいぞ。諸君らの希望を断るほど、我々は狭量ではないつもりだ』

 

 エルンストがとても素敵な笑顔で迎え入れる様にその腕を開くが、物凄い魔力をその身全体から迸らせている。

 あぁ、ティナにそっくりだ。ヘルツォークの血筋はクレイジーだなぁ。

 彼等は驚愕の表情でエルンストと俺を交互に見だした。

 何だ、嫌だ嫌だとまるで拒否をするかのように首を振っているではないか。まったく、エルンストに指示を出して適度に焼いてやるか。

 

 『エト、彼等は首を横に振って拒否を示しているぞ! 驚きだな。遠慮せず適度に焼いてやれ』

 

 『はっ、了解であります。エーリッヒ准将閣下』

 

 さらに首を横に振りだす全艦隊員らに対して、笑いが込み上げてくるのを俺もエトもわざと止めずに笑顔を見せつけてやる。

 

 『では諸君、自分を抜かしても一向に構わん。付いて来い!』

 

 エルンストはタイミングよくスタートを切るかのように、地面に魔法を叩きつけた。

 俺が壇上から飛び降りて走り出すと、1万5千人以上が広大な軍事演習場を一斉に俺を追いかけて走りだすのであった。

 

 

 

 

 軍事演習場を掘り返すように魔法が次々と飛び交っている。

 エルンストも気を利かせて音と衝撃、若干の炎で調整しているのは、本家ヘルツォーク子爵領でやられるほうを経験しているからだ。

 

 『さっさと起き上がって走れ! 走れ!』

 

 エトもノリノリだな。

 もちろん俺もどっちも経験済みだから、彼等の今現在抱く恐怖は知っているしエトの楽しさもわかる。

 そうしてきっちり1時間俺のハイペースで走った後は、想像通りに彼等は集合場所にて朝食を全て軍事演習場にぶちまけていた。

 良かった想定通りで。ってかくっさ。

 ナルニアもベアテも顔を顰めて必死に自分達もそうならないように堪えている。風の魔法で匂いを遮るぐらいはしておこうか。

 

 『お前達自身の粗相だぞっ! へばってないでさっさと掃除をしろっ!!』

 

 エルンストも今までずっと訓練を受ける方だったから、嬉々として指導に当たっているな。俺も経験者だからその楽しさは本当に良くわかる。

 

 「魔法での匂いの遮断ありがとうございます。しかし、閣下は凄いですね。彼等の先頭を走っていてケロリとされていらっしゃるのですから」

 

 ナルニアが驚きと不思議そうな表情を伴いながら、俺の表情を上目遣いで覗き込んでくる。

 

 「このマラソンね、本家ヘルツォークでは2時間なんだよ。しかも通常訓練。こんな半分程度でへばるようなヘルツォーク軍人はいないよ。艦艇員だろうがもちろん鎧乗りだろうが戦場は何が起こるかわからない。体力と気力はどんな時においても必要だからね」

 

 「閣下は…… いえ、本家ヘルツォーク子爵領とは本当に凄まじいですね。新ヘルツォーク領でのフュルスト殿の訓練は拝見しましたが、かなり甘い訓練課程だったのですね」

 

 「彼等は元々民間護衛組織や運送業の人間だからね。いきなり無理をさせると潰れてしまうから、慣れさせていく過程だったんだろう。そもそも新ヘルツォーク領には軍人が残っていなかったから、彼等でさえ最低限使い物にしなくては駄目だからね」

 

 新ヘルツォーク子爵領軍は結局、中古の王国式軽巡洋艦五隻を揃えて200人から300人規模で運用している。鎧だけは最新型ではないが、王国軍の汎用型正式採用機の新品36機を購入した。

 艦長と艦長補佐だけは、本家ヘルツォーク子爵領軍から20代を借りている。次世代の彼等の訓練にもなるから一石二鳥が理由だ。

 艦艇員や鎧乗りの人員も民間護衛組織と運送業の移住組ではこの数が限界だ。

 彼等も王国本土端防衛戦は良い経験になった筈だろう。あれはパウル達、本家ヘルツォーク所属の艦長連10名のお手柄だがな。

 

 「私は閣下の王都での事業における秘書官だけで、四苦八苦していますが、閣下のような凄まじい軍歴の軍務における次席副官など務まるでしょうか……」

 

 こうまで気落ちしたナルニアは珍しいな。

 

 「大丈夫だよ。ニアのメインはあくまで事業における僕の秘書官だからね。ベアテはもうすぐ卒業だし、新ヘルツォーク子爵領軍でも軍務に当たる。もうこの際だから、新ヘルツォークでもベアテは僕の副官にする予定だ。だから今回の様に招集された場合の次席副官としてのニアの仕事の割合は、2割から3割ぐらいで構わない。状況によっては、軍務中も事業の処理が出る可能性があるから、その場合はニアはそちらが優先だ。もちろん構わないなベアテ」

 

 「はい! やった、新ヘルツォーク子爵領軍でも鎧に乗ってリック様の副官!」

 

 副官も鎧に乗ってお互いに撃墜されたら目も当てられないけどなぁ。

 2人で出撃したりもしていた、マシュマー○セロと副官のゴットン○ゴーみたいな感じかな。ベアテに艦は任せられないけど。

 

 「あぁ、姉上の機嫌が絶対に悪くなる」

 

 こらエト、そういう事を言うんじゃない。

 身震いしてくるじゃないか! 寒い時期の屋外のせいだな。

 王宮直上防衛艦隊員達が、掃除を行い終える頃には正午になっており、一度休憩を入れようかと考えていると、王宮からの使者が到着した。

 糞陛下からの王宮への呼び出しを伝えてきたので、リオンが牢屋から出されたのだと確信した。

 大陸とはいえ浮いているというのに、時折感じていた地面の揺れを改めて不思議に思いながらも、エルンストとベアテに後を任せて、ナルニアを伴い王宮へ向かうのだった。




王国本土端防衛戦の戦死者数は、まぁネタも含めて実際の数になります。
准将だからね。仕方ないね。

とまぁさておいても、重巡クラスでも王国軍は一応大国の動員数規模、600人ほどは乗艦してます。
ヘルツォークは重巡は300~400人程度で運用。
王国軍最新式戦艦クラスは1,000人ほど。
状況によっては、ヘルツォークも万全の体制でもって戦艦には1,000人ほど乗艦します。
旧式の戦艦は600人程度ですかね。

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