乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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ゾラ、インパクトのあるキャラですね。
あの漫画版の絶妙にイラっとくるキャラデザが何とも言えません。

リオンの親父さんが格好良い回となっております。


第87話 実子暴露

 リオンがミレーヌを押し倒す勢いで、建国の原動力たる王家の切り札である王家の船を貸して欲しい、総司令官の地位に聖女マリエが必要だと説き伏せている時、エーリッヒとナルニアは会議から解放され、軍事演習場に向かおうとしていた。

 

 「ご、ご主人様…… 私っ! ついに死ぬんでしょうか!?」

 

 ふぁっ!?

 ナルニアが、涙目で身体を震わせながら意味不明な叫びを上げてきた。

 

 「どうしたんだナルニア…… まさかっ!? 病気なのかっ!」

 

 唐突な叫びにナルニアの両肩を掴んで揺さぶってしまう。

 

 「ち、ちちちち、違います! 病気では無いです!」

 

 「じゃぁ、何でいきなりそんな突拍子も無い事を?」

 

 俺はホッとして揺さぶるのを止めて、両肩を掴んだままナルニアに問いかけた。

 

 ナルニアは一度左右を見て、誰もいないことを確認してから、背伸びして俺の耳元で小さい声で囁くように言葉を口に出してきた。

 おっ、甘い俺の好きな香りがする。

 

 「あ、あの、私って物凄い秘密を二つも知ってしまったわけじゃないですか? これって…… く、口封じされてしまうのではと……」

 

 ふわっとする甘い香りに集中してしまっていたが、ん? 二つ…… 一つは俺の父親の件かな。

 

 「あぁ、僕とレッドグレイブ公爵の件はクラリスも知っているよ。ただまぁ、ティナに伝えるのがどうも難しくて…… あんな事情に本家ヘルツォークを変に絡ませたくないから。黙っててね。イーゼにも」

 

 「畏まりました。ご主人様が構わないのであれば…… いや、ほら王家の船の件もですよ。あれって私なんかが絶対知っちゃいけない内容じゃ」

 

 リオンから聞いていたから、俺的にはどうでもいい内容なんだけど。結局動かないし。

 抑止力を理由にして公に出来なかったのは、愛なんかで動く不思議システムなぞ、そもそも王になるような奴と王妃になるような奴の間に、愛なんか基本的に存在しないからだろう。政略結婚なんだから当然だな。

 側室の相当順位の低い女は王の好みとかで迎えたりもするから、その辺りは可能性有りそうだが、試していないのか? やっぱりよくわからない船だな。

 基本的に動かないからこそ、公にしたら領主貴族や王国軍からもさっさと出せと抗議が殺到するので、存在すら仄めかせずに秘匿するのも理解できる話だ。

 

 「黙っておけばいい。目の前でレッドグレイブ公爵が口にしたんだ。何かあったら公爵の責任だよ。その後、陛下と王妃様も普通に話題に上げたしね。バーナード大臣も出席していたけど、王家の船の件はクラリスにも内緒だよ。僕とニアだけの秘密だ。わかったね」

 

 「はい! 絶対に喋りません」

 

 これでその辺の壁裏で、カサカサしているゴキブリ達への対処も基本的には大丈夫だろう。

 気持ち悪っ!

 

 「じゃぁ、軍事演習場に向かおうか」

 

 まだ足元が覚束無さそうなナルニアの肩を抱いて支えながら、2人で軍事演習場に向かうのだった。

 

 

 

 

 軍事演習場に戻ると王宮直上防衛艦隊員達は、筋肉トレーニング直後でほぼ全員がへばっていたが、まだやっている人間も若干ながら存在していた。

 個人差があるから仕方がないだろう。数ではなく限界まで酷使させるのが目的だ。

 

 「大佐、全員しっかりと昼飯は食べさせたか?」

 

 「准将閣下、長かったですね。勿論ですよ。今日は兎に角、彼等の頭をクリアにして何も考えさせなくしてやろうとメニューを組んでますが」

 

 エルンストが振り向いて報告をしてくる。

 

 「それでいいだろう。怯えた余計な思考は害悪でしかないからな。そうだ、最後にもう一度走らせて、再度心を折ってしまおう」

 

 荒い息を吐きながら地面に横たわっているのを眺める。

 

 「死にませんかね?」

 

 微妙なラインだな。

 どうせ走れなくなればぶっ倒れるのだろうが、肺や心臓が潰れる奴も出てくるかもしれない。しかし、治癒魔法師も48人、生き残った艦艇数分いる。彼等は治療魔法で対処できない場合の医薬品や各種機材も準備済みだ。

 糞陛下の手際の良さには、逆に腹が立ってくるな。

 王国の唯一の救いは、財源が豊富だという事だな。だからこそ王国はまだ持っているとも言える。財源が厳しくなってきていたら、浮島領主群に四方八方から襲われているだろう。

 

 「治癒魔法師に医薬品関連も十分だ。何とか大丈夫だろう。ベアテ、見ているだけじゃつまらないだろう? お前も参加しろ。ペースメーカーは大佐に頼もうか」

 

 「はい、准将閣下」

 

 身構えている時には、死神は来ないものだって天パの大型新人も言っていたし。

 ちょうど最後まで残っていた人員もぶっ倒れたな。

 

 「それは了解しましたが、すいません准将閣下。ベアテを最初から参加させておけば良かったですね」

 

 「僕も最初のマラソンは演説の終了と同時に初めてしまったからな。まぁ仕方ないさ」

 

 ベアテはごくりと生唾を飲み込んでいた。

 大方先程の光景を思い出しているんだろうが、こいつは学園入学前に本家ヘルツォーク領の訓練を見学したことがあるだろうに。

 

 「ニアも身体は鍛えていた方がいいだろうから、あそこからあそこまでを行って戻ってくるだけでいい」

 

 大体5kmくらいかな。事務方の次席副官の運動にはちょうどいいだろう。

 ナルニアは魔法や実技関連含めて、学園内でも運動不足の部類だ。上級クラス女子は大概がそんなものだけどね。

 

 「は、はい、閣下」

 

 あんな会議の後だから、軽く運動させてスッキリさせてやったほうがいいだろう。

 では始めよう。

 

 『総員起こーし』

 

 『総員起こーし!』

 

 放射拡散圧力付き拡声魔法で、無理矢理気味に叩き起こした。

 

 『諸君、よく頑張ったな。本日は次で最後だ。本日はゆっくり休んで欲しい。明日には新ヘルツォーク子爵軍が到着する。新興だから諸君らに比べるとまだまだ素人に近いんだがな。諸君らは先達として練度と規律を見せつけてやって欲しい』

 

 「はい…… 准将閣下」

 

 息も絶え絶えだな。

 新ヘルツォーク子爵軍の練度は目も当てられないだろうが、規律だけは骨の髄まで叩き込まれているがね。

 

 『さて、レクリエーションの締めはやはりマラソンだろう。ペースメーカーはエルンスト大佐が務める。もちろん自分の首席副官も走る。次席副官は別メニューだがな。司令官と副長、副官とはいえ、走らないと不平等だからな。そうだろう諸君』

 

 「はい…… 准将閣下」

 

 おい、もう吐きそうになっている奴がいるじゃないか。

 

 『では諸君、スタートだ』

 

 

 

 

 「最悪ですっ!?」

 

 曲線上の軌道を描く魔力誘導された攻撃魔法が、マラソンメンバー()()に降り注いでいる。

 規模も小さく曲線軌道を描いているので、エルンストの攻撃スピードよりは断然遅い。

 

 『お前は直線的すぎるんだ。走らせるためには、もっと魔力誘導で複雑な動きをさせろ! 勉強になるだろっ!』

 

 慣れたヘルツォークの人員は、即席で小隊や中隊を構成しつつ、合図で走りながら避けたり魔法で迎撃を行ったりするが、さっそく阿鼻叫喚が響いている。

 エルンストの奴、半分も迎撃できていないじゃないか。迎撃し損ねて外れたエルンストの魔法を俺は魔法で叩き落していく。

 あいつ2時間走らせようかな。

 決して、ホルファート王国勇猛騎士列伝の最年少記録を抜かされた腹いせじゃないぞ。

 結局、エルンストとベアテを除いた艦隊員全員は、30分以内に全員が昼食をぶちまけていた。

 ナルニアは、荒い息を整え終わっている。適度なマラソンでスッキリとした表情だな。

 汗で額や頬に張り付く髪が何かエロい。

 

 『エルンスト大佐! お前は迎撃を外しすぎる。彼らが吐き出した内容物を片付けるまで、ベアテ共に走っていろ!』

 

 「わ、私もですか!? 准将閣下!」

 

 「ば、馬鹿っ!? 余計なことを言うんじゃない!」

 

 やっぱりベアテは元気が有り余っているな。

 

 『子供も吃驚の元気溌剌な2人には、今までの倍の魔法攻撃だ! 喜べ!』

 

 「「はい! 准将閣下」」

 

 こうして、王宮直上防衛艦隊員達との初顔合わせと、オツムとお腹の即席内部洗浄が終了した。

 元々、こいつら軍歴は長いし新ヘルツォーク領に引き抜いてやりたい。

 

 

 

 

 其の頃リオンはズッ友本体無料契約で、公国迎撃戦への参加を貧乏男爵グループに強要していた。

 ダニエルとレイモンド、集まった皆の叫びが教室の一角から木霊していた。

 

 エルンストとベアテに王宮直上艦隊員の纏め役と軍務上の処理を任せた俺は、ナルニアを伴い王都のリッテル商会に足を運ぼうとしていた。

 

 「ふぅ、酷いものだな……」

 

 通り道に学園があるため、学生寮で着替えようかと考えていたが、醜い学生達の喧騒が目に飛び込んできた。

 

 「お、お願い私も連れて行ってよ!」

 

 「うるさい! いつも俺を馬鹿にしていたくせにこんな時だけ頼りやがって! 逃げたいなら他を頼れよ!」

 

 浮島出身の男子生徒にすがり付く女子生徒は、恐らく王都に近い出身なのだろう。

 

 「さ、散々貢いだのに僕を捨てるのか!? 今までどれだけの額を使ったと思っている!」

 

 「煩いわね! こんな危険な場所にいつまでもいられるわけないでしょ! あんた、家族も財産も詰め込んで王都を離れられないでしょうが!」

 

 こっちは、浮島出身の女子に男子は王国本土か王都の金持ちの子爵家出身。学年は同じで、ヴィムとクルトから聞いたことがある男子生徒だ。アレンだかアランだったかな。

 嫌味ったらしい自慢ばかりする奴だったが、こうなると憐れだ。

 

 「閣下、私の母の件、本当にありがとうございます。もう、どうお礼をすればいいのか……」

 

 軍服のままだから俺への呼び方は、軍務上の呼び方のままか。

 

 「何を気にしている。ニアはもう身内だぞ。僕の責任の範囲に決まっている」

 

 「閣下の責任に私が入るのは申し訳なさすぎます……」

 

 殊勝過ぎるが、ナルニアが業務でヘマをしたら俺の責任だ。そもそも業務に引き連れた時点で俺の責任が発生している。

 

 「僕はそんなに甲斐性が無い男か? 何とかするさ。しかし学園内も酷い有り様だ。もうこのままリッテル商会に向かって、其の後は食事でもしよう」

 

 「はい! 私は閣下の下で勉強させて頂けているだけですが、いずれお役に立てるよう努力します」

 

 今はそれでいい。

 十代の女の子を仕事で連れ回すのはこちらも心苦しいけど、とにかく人がいないから実は既に助かっている部分も多い。

 それにリッテル商会のカトリナ会頭代行は、貴族、まぁ俺の事が苦手だから、ナルニアが相手してくれる方がいいだろう。

 

 「カトリナ会頭代行の相手は任せる。僕は本部統括マネージャーのトーマス氏と話があるからね。新ヘルツォーク領と僕達の件を報告しておいてあげてくれ。面識は何度かあっただろう?」

 

 「私一人で宜しければ。三度ほどお会いしています」

 

 リッテル商会本部に訪れた俺達は、各々の相手と打ち合わせを行うのであった。

 

 「王都住まいの従業員の新ヘルツォークへの避難、それに王国軍への納入は助かりましたよ」

 

 「納入の件はバーナード大臣の差配ですからね。義父にはなりますが、最近はかなりお疲れのご様子です。一段落付いたら便宜を図って頂けたら大臣も喜ぶでしょう。リッテル商会がファンオースなんぞに潰されたら私も困ります。持ちつ持たれつですよ」

 

 本部統括マネージャーのトーマス氏からのお礼と共に打ち合わせが始まった。

 

 「末端までの避難先の確保、命に関する事項で持ちつ持たれつですか…… 後が怖いですね」

 

 冗談交じりに言われてしまうが、そもそも本家ヘルツォークはリッテル商会、トーマス氏に恩義があるので、今回の件など無償でも構わない。

 

 「別に何も要求しませんよ。言いましたでしょう、貴方達に潰れてもらっては困るんですよ。もうファンオース公国の進行ルートはご存知でしょう? 最悪の場合は、逆側に王都を出て、せめて王国本土のどこかの支店に避難してください。暫くは浮島ターミナルに新ヘルツォーク領の紋章が描かれた、駆逐艦型高速輸送船を待機させています。リッテル商会の人員は無条件で乗艦させるように伝えてありますので、退避する際は遠慮なく乗り込んでください」

 

 「ありがとうございます。では、後ほど会頭代行をお願いします。私はギリギリまで王都本部に詰め、その後は進行ルート逆側の王国本土貴族領の支店に逃げますのでね――」

 

 ファンオース公国本隊は、恐らく王国軍が勝とうが負けようが、王都でストップすると俺は予想している。王宮を押さえて彼等も停戦だろう。だからこそ、進行ルート逆側の王国本土は基本的には安全な筈だ。

 ヴィムとクルトの実家もそちら側なので、彼等とミリーさんにジェシカさんも大丈夫だと思いたい。

 

 「――それと、例のフライタール辺境伯絡みで逃げ切った公認空賊、要は軍人なんですがファンオース公国に一部逃げ込んだ…… そのまま切り捨てるために派遣させたといった所でしょうか。彼等は特殊作戦部隊らしいですが、ラーシェル神聖王国の政変と軍部改革で不要になった部隊だそうです。これは商会組合からの情報です」

 

 正直、今更感が強いが、公国艦隊百五十四隻に組み込まれているのだろうか?

 ファンオースから技術供与を受ける代わりに人員の派兵、一般的な武器供与程度は二国間でやっていそうだな。

 そう、百五十四隻、王国軍の偵察は凡そとか約で報告が許されているのだろうかね。偵察部隊は数の数え方から学んだ方が良い。

 バーナード大臣が、おおよそ百五十隻と言ってきた時には、内心で王国軍偵察部隊の適当さ加減に頭が痛くなったぐらいだ。

 

 「ホルファート王国は彼等の共通の敵ですからね。その程度は毎度の事でしょう」

 

 王国の外交も把握して既に報告済みだろうが、国境が既に騒がしいので意味を成していないだろう。

 俺はリッテル商会が納入したリストを捲り確認していく。

 

 「お、うちの事業から納入した物品もあるのですね。今後の王都の混乱を考慮すると正直助かります」

 

 「商会も儲かりますからね。出来うる限りは新ヘルツォーク領管理の事業関連に配賦していますよ」

 

 トーマス氏は律儀だからこそ、リッテル商会の人員は可能な限り助けたい。そもそも全部リッテル商会内で処理しても良かったのだ。新ヘルツォークは精々が不足する分だけで構わないというのに。

 

 「貴方の律儀で誠実なヘルツォークへの対応に感謝を。貴方に死なれたら困ります。私も王宮直上防衛艦隊を率いますが、我々が空に浮かぶ前には絶対に退避してください」

 

 凡その俺の予測を伝えて、リッテル商会を後にするのだった。

 

 

 

 

 リオンは王都近郊の浮島ターミナルに赴いていた。現在は飛行船の出入りも激しく、大変混雑していて歩くのすら困難な状況と化している。

 学園普通クラス3年生の兄であるニックス、学園2年生の姉であるジェナと無事に合流を果たしたが、ジェナの専属使用人であるミオルは、リオンを視界に入れた瞬間に目が泳ぎ出していた。

 専属使用人のミオル達が、リオンを陥れた首謀者であることはルクシオンから聞いており、リオンにとっては既知の事項でもある。

 ニックスはバルトファルト家の飛行船が到着していることを教えて、リオン達は飛行船に乗艦してバルカス男爵の行方を乗組員に確認した。

 バルカス男爵は船橋にて艦長と打ち合わせをしており、リオンの姿を見つけた瞬間は笑顔を浮かべたが、一瞬で厳つい顔付きへと変化する。

 

 「お前、今度は何をした! 牢屋に放り込まれたと聞いたぞ!」

 

 「悪いな親父、力を貸してくれ。それと――」

 

 リオンは状況を説明する。そして、捕まった理由や諸々全て、勿論の事であるがミオルの裏切り行為も報告した。

 

 「やっぱりお前は馬鹿だな…… 逃げたって許される状況で、何で逃げないんだよ。お前は本当に馬鹿息子だよ」

 

 息子の状況と決意を知り、既にバルカス男爵の顔は青褪めている。 

 申し訳なく思うリオンではあるが、リオンが父親に贈った軍艦級飛行船は戦艦クラスで大きくて性能もいい。艦艇員の訓練も終わっており、リオンが頼れる中で一番の戦力であった。

 

 「わかってるよ。でもさ、俺と同じぐらいかもっと馬鹿な奴が、王宮直上防衛艦隊に名誉准将として王国軍と自分の艦隊率いて出撃するんだ…… 逃げたら俺は最低な友達になっちゃうからね」

 

 「んで、その友達を顎でお前が使うのか? エーリッヒ君、あぁ、いやエーリッヒ子爵の事だろう。先輩といい、あの子といい、ヘルツォークは凄いな。お前も戦争に関する意見は、彼によく聞いておくといい」

 

 リオンは妙な単語が混じっている事に気が付いた。

 

 「先輩?」

 

 「あぁ、エルザリオ子爵は俺が1年の時の3年だよ。当時辺境男爵グループの隠れた憧れでな。20年前のファンオース公国侵攻戦では、たまたま王都で同窓会をやっていた俺達辺境男爵グループも参陣したんだ」

 

 「20年前親父も出陣してたのか!? でもうちの領は?」

 

 「バルトファルト男爵領が招集されたわけじゃない。王都にいたから王国軍に志願したんだよ。辺境男爵グループは貧乏だから褒賞金目当てだったんだがな…… 偶々ヘルツォーク艦隊の真横に配置させられた。命拾いもしたし凄まじさも知った。エルザリオ子爵は剣聖を黒騎士から助けて、そのまま互角の一進一退。志願艦隊はそのまま退避したが、その後は王国軍はファンオース公国の第二都市を橋頭保として占拠。しかし、ヘルツォーク艦隊は首都直前で阻まれて大損害の末撤退だ。どうだリオン、驚いただろう。俺だって頑張ったんだぞ。志願部隊は勲章は貰えなかったけどな。ヘルツォーク艦隊のお陰で、辺境男爵グループの志願したメンバーは誰も死なずに済んだ」

 

 リオンもニックスも初めて聞く話であった。

 

 「褒賞金の部分は無い方が良かったな」

 

 父親の格好良い昔話をリオンはつい茶化してしまった。

 

 「うるせっ、本当に貧乏で大変だったんだよ。メルセも生まれてルトアートもゾラの腹の中にいたからな」

 

 「あっ、そうだ親父、そのゾラ達が船に乗せろと言ってきたけど、お仲間を大勢連れてきやがった」

 

 バルカス男爵は当時の若い時分を思い出しながらも、ニックスからの報告を受けた瞬間、気持ちを切り替える様に小さく、だが深く溜息を吐いた。

 顔付が普段の時とは全く異なり、異様な迫力に満ちている。そして、専属使用人のミオルの頭を片手で鷲掴みにしてそのまま船橋を引き摺っていく。

 

 「ま、待って!? 何でミオルに乱暴するのよ! 放してよ!」

 

 ジェナが抗議するが、バルカス男爵は一切無視をする。ミオル自身も必死に抵抗を試みるが、その腕も体幹も太い大樹の幹の様にびくともしない。

 

 「は、放してくだ――」

 

 「黙れっ! 俺の息子を売りやがった奴が俺の飛行船に乗るなっ! 舐めてんのかてめぇはっ!!」

 

 バルカス男爵の本気の睨みを受けてしまったジェナは、後退りつつニックスの後ろに隠れるように下がってしまった。

 

 「リオンを裏切ったこの屑を俺の船に乗せるな! ニックスお前は船橋にいろ。ジェナ、お前は部屋で大人しくしていろ。誰かさっさと連れていけ!」

 

 船員達にジェナを任したバルカス男爵達は、ミオルを引き摺りながら飛行船の出入り口へと向かった。そこにはお仲間を大勢引き連れたゾラが待ち構えていた。

 

 「バルカス! さっさと私達を乗せなさい! それから、王都に降りて屋敷の財産も全部回収するのよ。いいわね!」

 

 人が多く騒がしい現状の港で、バルカス男爵はどこか環境音楽のようにゾラの叫びを無視しながら、ミオルを突き飛ばした。

 

 「ま、待ってく――」

 

 「黙れ」

 

 腰に下げた剣を自然な動作で抜き放って、鮮やかにミオルの首を一振りにて斬り落とし、身体を飛行船から蹴り飛ばした。

 空に浮かぶ浮島ターミナルの港から、鮮やかな血液を撒き散らして首と身体は別々に落下していく。

 その光景を目を見開いて目撃したゾラは、恐怖から口を真一文字に閉じて怯えだしてしまった。ルトアートも顔を真っ青にしながらゾラの後ろに隠れて震えだしている。

 

 「これから戦争だ。ルトアート、お前も参加しろ。初陣だ」

 

 「い、嫌だ! 私に命令するな! 田舎領主の野蛮人が!」

 

 今のバルカス男爵に言い返せただけでも、ルトアートには殊勲賞ものかもしれない。

 リオンも父親の迫力に黙って様子を見ている。ゾラも先程の衝撃から徐々に回復しだし、またもや高圧的な態度を取り出す。

 

 「バルカス、いったい誰に命令しているの! 誰のお陰で平和に暮らし――」

 

 「ルトアートを寄越せ。これから戦争だ」

 

 普段の弱気であったバルカス男爵とは全く異なる雰囲気を前にして、ゾラがその場で地団駄踏みながら騒ぎ出した。

 

 「図に乗るな、田舎者のゴミ屑が! ルトアートは私の愛した人の子よ! お前なんかの血は流れていないわ。戦争をしたいなら、そこのろくでなし達にさせなさい!」

 

 (混乱して本音をぶちまけたらしいが、何とも酷い話だ…… 何が酷いって、予想出来たのが酷い。リックの奴、あいつは自分で血が繋がらない事を証明する所が狂っているな)

 

 バルカス男爵が安堵している様子を見せる事が、リオンは不思議と印象深かった。

 

 「だと思っていたよ。だがこれで清々した。ゾラ、ここでお別れだ」

 

 「ま、待って。今の話は違うの。あ、あのほら、どうしても跡取りが欲しいなら、これから子供をつく――」

 

 ゾラ達を飛行船から冷たく見下ろしながら、バルカス男爵は合図を送る。

 

 「悪いな。俺は忙しい。ゾラ達はお帰りだ。それからリオン!」

 

 「はい!」

 

 リオンは初めて見る父親の迫力と格好良さに、反射的に返事をしていた。

 

 「皆を送り届けたら直ぐに戻る。それからあれだ、色々と…… 覚悟は出来ているか?」

 

 いつも見る父親の心配そうな表情に、いつもの父親だと心中で安堵しつつも、それが妙に嬉しく、心配を掛けてしまったと情けなくなる。リオンは黙しながらもゆっくりと父親の言葉に頷いた。

 

 「そうか。後はこっちでやる。お前はお前のやりたいようにやれ。どうせ俺が言っても聞かない奴だからな。まったく、お前にはいつも驚かされる」

 

 (そうするよ親父。迷惑を掛けて本当にすまない……)

 

 思えば前世でも両親に迷惑を掛けていたなとリオンは考え、そして今現在も、両親に迷惑を掛け続けている事を心中ではあるが、申し訳なく思うのだった。




モブせかは、中年以降のキャラ達が一番格好良いと思います。

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