乙女ゲー世界はモブの中のモブにこそ、非常に厳しい世界です   作:N2

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第88話 衝撃の事実

 「閣下、しかしまだこうしてお店が通常営業していることに違和感を感じてしまいます」

 

 リッテル商会を後にした俺とナルニアは、少し早めの夕食を取っていた。

 

 「商売人は逞しいからね。それに、こういう店を構えている人間は、住まいも生活の基盤もこの近辺だ。仕事も含めて全てが根付いている。覚悟の決まっている商売人も多い事だろう。本来なら娘さんがウェイトレスをして、息子さんが厨房を手伝っている筈なんだが…… 流石に親戚の所にでも避難させたのかもしれない」

 

 厨房の料理人、そしてその奥さんであるフロアにいる中年の女性。

 ここは洒落て味も評判だが、こじんまりとした小料理屋だ。混乱に陥った王都のせいなのか、少々早いとはいえ客は俺達含めて二組しかいない。

 実はよくヘルツォークのワインを卸している店なので、王都で仕事の時によく一人で利用しているお店の一つだった。それもリッテル商会経由ではなく、まだリッテル商会と知己を得る前に、味で選んで頂いた小料理屋。

 俺自身の思い入れも深い。

 ご夫婦2人の表情は普段通りに見えるが、最悪ここで店と運命を共にする覚悟が目の光に湛えられているのがわかる。

 

 「そういうものですか…… しかし美味しいものですね。肉料理も煮込み料理も。ワインに合いそうです」

 

 「僕のここ5年近い行きつけの店だよ。1人でも入りやすいのが助かる。それにヘルツォークのワインに合うんだ。これから王宮に戻るから、飲めないのは不満だけどね」

 

 話を切り替えてくれたナルニアに合わせて、店と自分の話題へと移っていった。

 

 

 

 

 王宮に到着すると、偶々リオンと出くわす事となった。

 

 「あれ? リックじゃないか! どうしたんだ?」

 

 「リオンこそ。僕とニアは暫く軍事演習場の官舎住まいだからね。一先ずは今日の訓練内容の報告かな。リオンは?」

 

 前の会議といいお互いに領主貴族、子爵程度では本来有り得ない場所でバッタリ会ってしまうとはね。

 お互いに苦笑を浮かべるが、リオンが近付いて来て周囲に響かない声で驚愕の事実を伝えてきた。

 

 「王家の船を使うために、俺は総司令官になる事を決めたよ。マリエとあのお馬鹿ファイブも何でも使うために根回しの最中だ」

 

 ナルニアが息を飲んで絶句する気配が伝わる。それほど突拍子も無い話だ。

 

 「冒険者は頭ブッ飛んでるなリオン。総帥じゃないか。まさか某赤い人の立場を奪われるとは……」

 

 「ブッ飛んでる云々をお前に言われたくないぞ! それにリックは今はエレガント閣下だから別にいいだろ」

 

 「御二人とも十分おかしいですよ……」

 

 ナルニアの呟きで、リオンも俺も互いに見合せてげんなりしてしまった。

 俺の秘書官兼副官が酷い。

 

 「俺もナルニアさんみたいな派手めの色っぽい副官とか欲しいんですけど…… しかも秘書とかヤバくない?」

 

 ナルニアが照れた表情でリオンに黙礼している。

 取られないように気を付けよう。

 

 「そうか。じゃぁ、レッドグレイブ公爵に言ってアンジェリカ経由で用意させよう」

 

 リオンがギョッとした表情で食い気味に拒否してきた。

 

 「止めて下さい! お願いします」

 

 少しアンジェリカにビビり過ぎじゃないだろうか?

 

 「まぁ、冗談はさておいて、王家の船は超大型対策だろう? パルトナーとアロガンツはどうする?」

 

 「超大型の足止めに公国本隊の迎撃だな…… リックは王宮直上から動かないのか?」

 

 正直に言って動きたくはない。ただ――

 

 「公国本隊はモンスター群に守られている。今の王国迎撃艦隊を相手するには余裕過ぎるだろう。僕が思うに公国は別動艦隊を組んで、王宮や主要施設を迂回して狙ってくると読んでいるから、それを迎撃するためにも安易に動けない。それに最悪、要人の脱出も兼ねなくちゃいけないからね。新ヘルツォーク子爵軍をその任務に当たらせる予定だよ」

 

 王国迎撃艦隊を嘲笑うかのように、迂回艦隊で王宮を焼く。あのモンスター群がいれば俺ならそうする。乾坤一擲に賭ける王国軍は、他が手薄になると読むからだ。

 公国が分散したら王国軍に各個撃破を喰らう? そもそも状況が違い過ぎる。もはや各個撃破できる能力は王国には無い。というよりも王国軍は数を揃える時間が足りない。

 新ヘルツォーク子爵軍を要人脱出に回すのは、エルンストを退避させるのが目的だけど。

 

 「ならそっちは安心して任せられるのが大きいな」

 

 「安心して貰っても困るけどね。僕はヘルツォークの為になら死ねるが、王国や王家の為には死にたくない。退き時は見誤らないつもりだよ」

 

 「だから安心なんだよ。俺だってこんな王国の為になんか死ぬ気はない。でもまぁ、アンジェとリビアには民の為って言うと喜ぶからね。あの2人は絶対に守るよ」

 

 俺はそれだけで安心だよリオン。

 その時、バーナード大臣が俺達を見付けて駆け寄ってきた。

 

 「おぉ、リック君もいたか。バルトファルト子爵、根回しは掛けているよ。ただし、王国軍の集まりは悪い。リック君の王宮直上防衛艦隊とは別に五十隻ほどしか集まらない」

 

 王国本土は広大だ。分散されてしまい速やかに集結というわけにはいかない。そう集めている時間が足りないのに加えて、国境周辺も他国に嫌がらせの様に攻められていて気を抜けない。

 

 「こちらはパルトナーと合わせて二十四隻は確保しました。……おっと」

 

 段々と揺れ自体が大きくなってきているな。二十隻ぐらいは例の辺境男爵グループかな?

 ポケベルのレンタル料みたいな契約で集めた彼等だろう。あれは最後返却したから違うか…… あれ? 結局返却するんだったっけ? 何か暫く手元にあったような……

 やっぱり0円入札だな。 

 

 「バルトファルト子爵、単刀直入に聞こう。君のロストアイテムで例の超大型に勝てるのか? 返答によっては残った家族を避難させたいのでね」

 

 「王家の船がなければ難しいですね。公国軍自体は問題無いです」

 

 結局はそこになるのか。超大型に関しては管轄外、俺自身は何も出来ない。オリヴィアさんに期待するしかないのだろう。

 

 「凄いなバルトファルト子爵のロストアイテムは…… もうすぐ謁見の間の準備も終わる。それまでは休憩をしていてくれ。それから、ご指名の人物も既に到着しているよ」

 

 「ありがとうございます。そうだ、リックも来てくれないか」

 

 俺はバーナード大臣を一瞥して確認するが、大臣は構わないとでも言うように頷きが返ってきた。

 

 「では、ニア、大臣に今日の訓練と状況を報告しておいてくれ。其の後は官舎に戻って休んでくれて構わない」

 

 「畏まりました」

 

 リオンと共に案内されたのは謁見の間に近い控室であり、そこにはマリエ達がいた。

 

 

 

 

 膝を抱え座り込んでいるマリエの白かったであろうドレスは汚れ、顔を上げず膝に顔を埋めたままの格好をしている。

 ユリウス殿下にジルク、クリス、グレッグ、ブラッドの5人がマリエの様子を心配していた。何故かマリエと同じようにボロボロの姿をしたカーラが、部屋の隅でマリエを見守っている。

 ショタエルフのカイルが、リオンに近づいて話しかけていた。

 

 「冤罪で捕まるとか、あんた呪われているんじゃないの?」

 

 「俺じゃない。呪われているのはお前の主人だ。それより何があった?」

 

 結構フレンドリーなんだな。

 あぁ、そういえばカイルのお母さんをバルトファルト領で生活の面倒を見ているとか、2人でリオンの部屋で話をしていた時に話題に上がったな。

 えらい若く見えるロリ巨乳のエルフさんだっけか。ちょっと羨ましいぞ。

 それにしても、やはりマリエはラーファンの呪いの集大成だったか。

 

 「ご主人様が、自分は聖女じゃないって宣言したら、今まで取り巻きをしていた人達が罵声を浴びせてきましてね。しかも神殿の騎士や神官も怒鳴り込んできて、捕らえられて地下牢に放り込まれましたよ」

 

 「何それ! ちょっと笑える」

 

 「確かに笑えるが、リオンも客観的に見たら似たようなもんだったじゃないか」

 

 名目が保護とはいえ、(はた)から見たらリオンも同じような状況に見えた。リオンも思い出したのか、多少顔を顰めている。

 

 「こっちはまったく笑えませんけどね。それからずっとあの調子ですよ。……ご主人様、このまま処刑されちゃうんですか?」

 

 聖女を騙った極悪人、加えて戦場で職務放棄した重罪人。神殿側も処刑一択だろうな。寧ろよくまだ生きていたな。

 

 「王宮が一時的に処刑を延期にしただけだからな。勝っても負けても命はないと思うね」

 

 リオンの言う通りだろう。ユリウス殿下達はリオンの言葉に怒気を強めて睨んでいる。

 マリエの不安を取り除こうとでも考えたのだろうか、ユリウス殿下がマリエに直ぐ様声を掛けていた。

 

 「マリエ、大丈夫だ。俺達が付いている。だから、バルトファルトの言葉なんか気にするな」

 

 「……五月蠅い」

 

 「え?」

 

 ユリウスがキョトンとしている。

 

 「五月蠅いって言ったのよ! あんたたち、何が大丈夫なのよ! どうにかなるの? あの化け物を見ていないのに、勝てるとか思っているの? 本当におめでたい連中よね…… 出ていけ! 皆出ていって! あたしは、あんたたちなんかみんな大嫌いよ!」

 

 おぉ、マリエがブチ切れた! 

 実際はお前も含めてお馬鹿ファイブ共々相当おめでたいけどな。

 

 「マ、マリエ!?」

 

 「そんな、マリエ様は私と友達だって……」

 

 カーラはマリエに駆け寄り、涙目になりながら訴えるが――

 

 「嘘に決まっているでしょう。あんた馬鹿じゃないの? そんな考え無しだから、孤立して苛められるのよ。あんたを利用したのは、そこにいるモブ野郎が少しでもイラつけば儲けもの、って思ったからよ。あんたなんか! ……友達じゃないわ」

 

 マリエの言葉を面と向かって浴びせられたカーラは、その場に泣き崩れてしまった。

 俺の将来的な寄子の娘さんをお前が苛めるなよ。今は違うから、別に友達間の言い争いぐらいはどうでもいいけど。

 

 「ちっ、本性はそれか。猫を被るのが上手かったじゃないか。今日で剝がれたけどな」

 

 マリエの憎しみのこもった視線がリオンを捉えた。

 

 「バルトファルトもう止せ! マリエは疲れているだけだ」

 

 しかし、マリエは自分を庇うクリス、そして他の面々を貶し始めた。

 

 「はぁ? 止めて欲しいのはこっちよ。あんた剣術しか能がない癖に随分と偉そうね――」

 

 「なっ!?」

 

 「――そこの赤いのも本当に口だけよね。何が実践云々よ。実際はまだまだ雑魚のくせに本当に役に立たないわ。そこの紫もそう、ナルシストで気持ち悪いし、緑色のあんたは何を考えているのかわからないから気味が悪い。それとあんたよ、あんた。一番の問題は元王太子のあんたよ!」

 

 「マリエ!? 一体どうした?」

 

 理解が追い付いていないユリウス殿下は動揺し、他の4人は絶句して目を見開いていた。

 しかし、取り乱しているマリエも馬鹿フォーの要点は突いているな。

 

 「王子様って肩書きくらいしか役に立たない奴よね。本当にあんた達って馬鹿。地位も名誉も、そんでもって財産まで捨てて、女が喜ぶと思ってんの? 本当に意味が分からない」

 

 う~ん…… 俺が地位も名誉も財産もほっぽり出した場合、俺の周囲の女性を考えてみても、喜んで付いて来そうなそんなとち狂った女はティナぐらいかなぁ。

 女性は現実的でシビアだとよく言いはするが、でも、男よりも優秀なくせに遥かに異性に対して、とち狂うのは女の方が多い気がする。

 まったく、ティナは頭おかしいな。

 俺はマリエのゲラゲラ笑う声を聞きながら、さして興味のないお馬鹿ファイブとマリエの言葉を聞き流していた。

 そろそろ欠伸出そう。

 

 「そこの小うるさいガキもそう。調子に乗って偉そうに。あたしが許してあげなかったら、あんたなんかまた奴隷商館に戻されていたのよ。少しは感謝しなさいよ!」

 

 この場にいる俺以外が全員ドン引きしているように見えた。

 俺は何でこんな学園ドラマのような一幕を見せられているのだろう。今は戦時下だぞ、馬鹿馬鹿しい。流石に欠伸が出てしまった。

 

 「そこで欠伸してるあんたもよ! あんたあたしの従兄なんだから、もっとあたしに優しくしなさいよ! みんなあたしの言う事を聞いてればいいのよ! 逆らう奴も、役に立たない奴らも嫌い、嫌い…… 大っ嫌い!」

 

 「あぁ!? お前が一番役にも立たんし、お馬鹿ファイブと一緒になって、周囲に対して滅茶苦茶逆らってもいるんだがな」

 

 何で俺に飛んでくるんだよ糞が! もうこいつ、俺が殺そうかな。

 

 「見苦しいぞ」

 

 リオンもイラついて首を横に振っている。

 

 「五月蠅い、消えろ! そもそもお前が邪魔するからあたしは幸せになれないんだ! 返せ、返せよ! ……私の幸せを返しなさいよ!」

 

 幸せを返せ、か…… リオンを見て、何が幸せだったんだろうと考えてしまう。 

 リオンもたったその身一つで、吹けば飛ぶような小舟で冒険に出る破目になるような状況だった。返せるような幸せが果たしてあったのだろうか?

 マリエが泣き出し始めた所で、アンジェリカとオリヴィアさんが部屋に入ってきた。

 

 「少し、マリエとリック、俺の3人だけにしてくれ。特にマリエには話がある」

 

 「はぁ、僕もかよ……」

 

 「例の話だ。付き合ってくれ」

 

 「うぃッス」

 

 ゲームの件は全く役に立てないが、前世云々とゲーム云々の話なのだろう。

 マリエは徐々に静かになっていくと、そのまま倒れて眠ってしまった。それをリオンは苛立たし気に見ていた。

 面倒臭い女だ。

 確かに女で、この特有の面倒臭さはこの世界には少ない、というよりも俺は知らない。

 上級クラスの女は、結局俺達浮島領主とは離れて暮らすから、金が掛かるだけで以降はほとんど顔を見なくて済むからな。そういう意味では便利と言えるな。

 そうか、俺はこの世界では、女性関連には相当恵まれているという事だな。

 

 

 

 

 俺とリオンとマリエを残して他の全員が退出した。

 リオンは脅しの為だろう、テーブルに拳銃を置きだした。

 では、さっさと要件を済まそうか。

 

 「ちょ、おい!」

 

 俺はマリエの胸倉を掴んで、左右の頬にビンタを叩き込んだ。

 

 「いや、無駄な時間は省こうリオン。疲れてもいるし忙しい。この女に時間を取られるのは腹が立つ」

 

 「えぇ、躊躇ないお前にもドン引きなんだけど……」

 

 気絶した人間の意識回復の為の緊急措置だな。強めには叩いたけど。

 

 「うぅ、んぅ…… え? うわっ」

 

 目を覚ましたので、掴んでいた胸倉を手放した。

 

 「え、え、何? って痛っ!」

 

 マリエは反射的に自分の頬に治療魔法を使いだした。

 

 『エーリッヒは合理的ですね。時間が省けました。マスターだけであれば、どうせ起きるまで待っていたに違いありません』

 

 「お前は俺を何だと思っているんだ! 確かにまだ時間はあるから起きるまで待っていたけど…… もういいや。さぁ、起きたな、話し合いの時間だ」

 

 マリエの目は大きく腫れあがり髪も乱れている。しかも治療魔法を掛けながら、どこか心非ずといったような様子に見える。

 リオンはマリエの姿を見てビクッとした後、拳銃をマリエから見えるように手に持った。

 

 「……嫌よ。そう、お兄ちゃんよ…… そう! お兄ちゃんが来るまで何もしない」

 

 ん? そういえばラーファンにこいつの兄貴がいたような。いたっけ?

 

 「お前の兄貴? どうせろくでもない屑野郎だな」

 

 「お兄ちゃんを馬鹿にするな!」

 

 ラーファンの兄貴は間違いなく屑だろう。

 マリエがギャンギャン言いながら近くにあった物を投げつけてきたのを、リオンはルクシオン先生で防いでいた。

 

 『マスター、私はこの事を忘れませんよ』

 

 「ルクシオン先生も大変だね」

 

 リオンはルクシオン先生の恨み言を無視している。

 

 「本当に屑だな。そんなお前と妹を重ねて見ていた俺が馬鹿だったよ。あいつの方がまだマシだ」

 

 「五月蠅い! あんたの妹なんて、どうせ頭のおかしい馬鹿女でしょ!」

 

 こんなんに巻き込まれるなら、王宮に寄らずにニアと酒でも飲んでりゃよかったなぁ。俺は一体、さっきから何を見させられているのだろう。

 リオン達はヒートアップしているので、ルクシオン先生とお話しでもしよう。

 

 「ルクシオン先生、ルクシオン先生」

 

 ちょいちょいと手招きをじて、部屋の端にルクシオン先生を誘った。

 

 『……何でしょう?』

 

 「いやさ、実際どうなの? 例の超大型。突貫させたヘルツォークの船が爆発した後、黒い霧が発生したんだけど、その後元通りになったとは報告してあるけど、あれどうやって倒すの?」

 

 正直リオンからのゲームでの説明だと解りづらい。

 

 『……王家の船と聖女、オリヴィアの力で消せるようですよ。私自身マスターから聞いただけですがね』

 

 やっぱり、作戦ですらないただの賭けか。

 リオンは賭け事が大好きだが、勝てない勝負はしないと言っていた筈だけど…… 今回は本当に賭けっぽいな。

 

 「結局ただの意味不明な謎パワー頼りか。詰んでいるなぁ」

 

 『貴方は逃げないのですか?』

 

 ルクシオン先生が当然の事を聞いてくる。

 俺はそもそもルクシオン先生の謎技術頼りだったんだけど、物凄く不安になる質問が返ってきたな。

 

 「勿論、いざとなれば逃げるさ。こんな国のために死ぬのは馬鹿馬鹿しいからね。だけど……」

 

 少し寿命を延ばすだけだ。いずれ本家ヘルツォーク領はラーシェル神聖王国に飲み込まれる。

 ラーシェル神聖王国と長い、本当に長い間戦い続けてきた本家ヘルツォーク、想像を絶する苦難を強いられる筈。それこそホルファート王国が優しく思えるほどに。

 今回で疲弊するファンオース公国もその後は、ラーシェルに飲み込まれるか従属させられる事が予想される。

 

 「……ふぅ、ラーシェルの一人勝ちか。ヘルツォークは数年で滅びそうだ」

 

 ファンオース公国はホルファート王国への感情を利用されて、ラーシェル神聖王国の尖兵にさせられているようなものだ。外交に強い国というのは、本当に厄介だよ。

 ちっ、【ザナの化粧箱】から化粧品を取り出す? 

 糞が、間に合わなさ過ぎる。それに実物を確認出来ていない物もある。使えるかどうかすら不明な物まである始末。

 開けるとしても逃げてからだな。

 ラーシェル相手に活用するしかない。もっと今以上に本家ヘルツォークを盟主とする浮島群を纏めていくしかないか。

 超大型に王国が屈した場合、フレーザー侯爵家の背後を突いてラーシェルと挟み撃ち、その後乗っ取ってラーシェルを一時撃退して時間を稼ぐ。

 本家ヘルツォークが生き残っていく道はこれしかないな。新ヘルツォーク関連は混乱に乗じて本家ヘルツォーク側に移動。

 王国本土もファンオース公国もこちらに手出しする余裕は、両方軍事力が疲弊して流石に戦後直ぐには無い。

 

 『エーリッヒ、貴方には手が無いのですか?』

 

 「無いね。あんな回復までする超大型は、そもそも消えるまで放って置くしかない。僕はもう、王国があれに耕された後の事を考えているよ。もし良ければ遠いだろうけど、バルトファルト男爵領を本家ヘルツォーク側に運んで欲しいぐらいだ。そうすれば、浮島群で生き残っていく可能性も高くなる」

 

 リオンのパルトナーとアロガンツがいれば、かなり生き残っていく可能性が高そうだ。

 

 『そこはマスターの判断に任せますがね。伝えてはおきましょう』

 

 「……それで十分だよ。手というよりも策はあるかな」

 

 『聞きましょう』

 

 「あれだけの力、ロストアイテムとはいえ対価、若しくは稼働時間のようなものがありそうだとは思う。もし、そういうものがあれば、王都周辺は全軍撤退。王都が更地にされようが何されようが手出しせず、その間王国軍を編成。超大型が消えた後に編成後の全軍でタコ殴りかな」

 

 賭けならば俺はそれに賭けたいが。

 

 『そちらも憶測面が強そうですし、マスターが納得しないでしょうね』

 

 まぁ、王家と王宮からも許可は降りなさそうだな。

 ルクシオン先生との話し合いが終わる頃、リオンの絶叫が響き渡った。

 

 「お前かよぉぉぉぉおおおお!!」

 

 「お、お兄ちゃん!? おに~ちゃ、痛いっ!」

 

 マリエがリオンに飛びつこうとして、頭部に拳銃のグリップで叩き落されていた。

 お兄ちゃんってどういう事? リオンの叫びのせいで、ドアの向こうがガタガタと音がしている。

 

 「久しぶりに出会った妹に酷くない?」

 

 「俺はもしもお前に再会したら復讐すると心に決めていた!」

 

 「兄貴がお母さんに色々と言うから、話がややこしくなったのよ! あの後、私がどれだけ苦労したのかわかっているの?」

 

 「元はお前のせいだろうが! いや、待て…… お袋や親父はどうなった?」

 

 えぇぇぇぇぇ!? 衝撃の展開過ぎて言葉が出ないんですけど。

 ルクシオン先生がリオンとマリエの様子を観察しながら言う。

 

 『2人共興奮はしておりますが、脈拍、心音共に一定のリズム。どうやら芝居しているわけでは無さそうですね。前世はエーリッヒの件もありましたが、これでこの世界が乙女ゲー云々というのも真実味を帯びてきましたね』

 

 ルクシオン先生には嘘発見器まで内蔵されているのか…… まぁ、遺伝子を調べられるぐらいだから容易なのか。

 

 「お前、まだ疑っていたの?」

 

 リオンとマリエが前世で兄妹…… 

 

 「お前ぇ、もっと妹の管理ちゃんとしておけよぉぉおお!」

 

 俺まで絶叫してしまった。




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