偽陰茎持ちハイエナ獣人雌×無性器人間体タコ人魚雄のラギ♀アズ♂。※ツイステ受動喫煙※pixivにも投稿
闇の魔力に親しむ女は、
つまり夕焼けの草原に生まれるハイエナの魔法士は、奇跡の果実でしかありえない。
ラギー・ブッチは、生まれた場所が違いさえすれば、稀代の大魔法士にも成れたはずだった。飢えと渇きを隣人とするスラムの生まれでさえなければ彼女は、
青い血の流れる極僅かな例外を除き総じて魔力の少ない傾向のある獣人には、魔法使いよりも魔女の方が多い。身一つで奇跡の欠片を扱う
同様に、
まさにその故に、夕焼けの草原のスラムに魔法の使い手は少なかった。魔法を扱えるほどの
滑らかな菫色のカバーで覆われた枕を撫でながら、ラギーは微睡んでいた。彼女の恋人の寝台で、彼女の恋人と身を並べて
「おはようございます」
遠く二枚の鏡越えた先にあるラギーの部屋で、陽光が
「ん。おはよーっス……」
目を擦りながらアズールの呼びかけに応え、女も身を起こした。まだまだ食堂が開くにも早いが、土曜だからといって部活動の朝練習がなくなるわけでも、自寮長を起こさなくていい訳でもない。
「朝、食べていきます?」
「や、どうせレオナさんの分は用意しなきゃなんないんで」
「そうですか」
その応えに寂しさが滲んでいるように感じたのはただの希望的観測にすぎないのだろうか。口に出してそれを確認できるほど二人は愛を信じられていない。もしも恋の向く先を選べるのだとしたら、きっと互いのことは選ばなかったと確信する彼らの少年時代は、けれど自分の愛情を信用するには少しばかり憎悪と嫉妬と復讐心に満ちすぎている。
純白に金糸のシーツの海から脱したハイエナの少女の、きっと寮長から送られたのだろう随分大きい寝間着の袖から覗く腕は、サイズの不適切さを差し引いても随分細い。それを見る度にアズールは、信条を曲げてでも彼女とその家族を心ゆくまで満腹にしてやりたい衝動に襲われた。
アズール・アーシェングロットの愛は食事の形をしている。母の作る山盛りのご馳走の形をしている。どれだけ太った自分が嫌いでも、無味乾燥な完全栄養食に頼ることだけはできなかったように。どんなに痩せたくても、母が理由を付けて食卓に登らせる魚の唐揚げ(油で揚げる調理法は海中において最上の贅沢の一つだ)を残すことができなかったように。十肢を四つにまで減らした先でさえ、飲食店以外の業務形態を考えもしなかったように。アズールの愛は食べ物の形をしている。満腹で見る幸せな夢の形をしている。
他者に抱かれるイメージとは裏腹に、アズール・アーシェングロットは愛を損得の天秤に掛けられるほど器用な質ではなかった。それができるのならきっと、数少ない女子生徒だとはいえラギー・ブッチと恋仲になるなど考えることはなかっただろう。
人魚は子を残すためには恋をしない。ただ、全ての柵を越えた先で大洋に溶けるその時をともに迎える相手を迎えるために、どんな財貨と引き替えにしてもその胸にナイフを向けられない相手を探すために、彼らの恋はある。
ラギー・ブッチは恋が、そして愛さえも、金に換えられることを知っていた。それを選ばざるを得なかった女とそして少年たちの悲惨な終わりのことも、とてもよく知っていた。だからラギーは、決して金銭の多寡で恋を選ばないと決めたのだ。恋でなくても、
ラギーは、スラムに生まれた女が一番手っ取り早く金を得る方法を知っている。自分でやるつもりは欠片もなかったが、実例には事欠かなかった。腹が膨れる前に乱暴な客を取らされて酷い怪我を負った娘のことも、客から病を移されて転がり落ちるように薄暗い場所に追いやられた娘のことも。成功して貰われていった娘がほんの僅かな例外に過ぎないことを、ラギー・ブッチは知っている。この学校の誰よりもよく、知っている。
だから二枚貝のシャンデリアの下でそう言われたとき、ラギーは本当のところ随分失望したのだ。ああ、人魚と言ってもこの男も結局、人間や獣人、ラギーたちハイエナを食い物にしようとする連中と変わりないのか、と。そうしないことで示すことのできる責任感というものをアズールは知っているのだと思っていたから、尚更に。
「愛を確かめる方法がそれだけじゃないってアズールくんなら知ってそうなモンですけど」
ラギーはどれだけ信用できる相手だったとしても、学生のうちに身を許す気はなかった。穏当な表現を探す前に零れた言葉は、彼の故郷よりも冷たかっただろうと思う。いっそ魔法を向けられた方が自然なほどの敵意に満ちた声に、アズールはたじろいだ。
「……陸ではそうするものだと聞きましたが」
震える声でそう絞り出した男が、自分よりよっぽどショックを受けているように見えて、ラギーの方も戸惑った。
「どうしてアズールくんの方が泣きそうなんスか……」
だって、と人魚は言った。飽きられるのではないかと思った、とどこから情報を得たのか陸に上がって二年と経たない青年は言った。ネット記事だか雑誌だかのカップル向け特集とか言う不安を煽るための代物を読んで、ラギーに愛想を尽かされるのではないか、誰か別の──それこそ
「アズールくん」
「オレよりネットだかの記事を信用するんスか?」
アズールは答えられなかった。アズールとてラギーのことを信用したいが、それで機会を失して彼女が自分の眼前から居なくなるのではないかと思うと頭が真っ白になる。隠す余裕もないその動揺があからさまだったので、ラギーは少しだけ声音を緩めた。
「別に、怒ってる訳じゃないっスよ」
では失望したのだろう、とアズールは思った。それが何に対してなのか確証はないが、裏目に出たのは明白だ。ラギー・ブッチは、アズールのように裸体を晒すことを恐れているようには見えなかった。キスだってハグだって、なんなら上半身裸で同衾したことだってある。その経験から言って、性嫌悪の傾向があるとは思っていなかった。けれど拒否されたのであれば無理にと言うつもりはない。焦りのままにアズールは口を開いた。
気を悪くしたのなら申し訳ない、撤回する、と言い募る愛しい男に、絆されたと言わなかったら嘘になる。何故って、アズール・アーシェングロットが肌を見せるのを嫌うことは疑う余地もないからだ。総じて暑さに弱い人魚の身でありながら彼は、制服も運動着も寮服でさえ、夏の暑い盛りにだって着崩さなかった。たぶん、少しばかりラギーの需要と合わなかっただけで、
「一足跳びにってのはアレっスけど、先に進むのはオレだってやぶさかじゃないんスよ?」
アズールのブルーグレーが見開かれるのを、ラギーは当然予想していた。「先」が殆ど残っていないと思っているのだろう二本足初心者と違って、ラギーの方は幾らでも段階を設定できる。最後の一線だけは越えさせない。幾ら防ぐ方法があっても、命を抱くのも堕ろすのもラギーたちにはまだ早い。それだけは心に決めて、ラギーは呆気にとられたアズールの間抜け顔を思いっきり笑ってやった。
己のシャツの合わせ目に伸ばされた細い腕を、アズールは振り解かなかった。その代わり、目の前の女の腹へ恐る恐るに手を伸ばす。ジャストサイズからは明らかに大きなTシャツは制服や実験着の御多分に漏れず、彼が面倒を見ている(あるいは彼の面倒を見ている)寮長から与えられたものだろう。そのことに腹の奥が濁るのを感じて、アズールは思考を逸らした。
服の下に両の手を滑らせて、嫉妬する気も湧かないほどに肉の薄い腹部を撫でる。これでも入学直後よりはずっとマシらしい肋の浮いた脇腹を越えて、ハイスクール生のそれであることを疑いたくなる胸元を掠る。擽ったさに笑いを溢した口元に自身のそれを寄せる頃には、アズールの服は引っ掛かっているという表現が似合うようになっていた。
そこに至ってようやく、アズールは最大の問題に思い至る。
「……あの、」
言い淀んだアズールを、疑問の色を乗せて灰色が見た。アズール・アーシェングロットは蛸の
あ、と呟いたラギーの目の細め方が、何か面白いことを見つけたときのウツボのそれに被って、アズールはなんだか嫌な予感がした。
「アズールくん、『擬陰茎』って知ってます?」
決して、それはハイエナの自然な交わり方ではなかった。蛸の自然な交わり方でもなかった。けれど彼らの関係に似合いだったこともまた、疑いようはなかった。ラギー・ブッチは情交の間、主導を手放すことを一種たりとも良しとしなかった。アズール・アーシェングロットにとっては、常ならぬその形こそが、それがただ愛によるものだという、子を成すために同種間で行われる義務としての交配ではなくただ愛と恋によるものなのだという、証明になった。
アズール・アーシェングロットにも兄弟が居た。まだ彼が父母の元へ辿り着く前、岩場に産み付けられた無数の卵の一つでしかなかった頃の話だ。そこらの魚に一息で呑まれるほど小さく、しかし確かに魔力を持つ人魚の幼生は、その大半が卵の内に死を迎える。運良く生まれたものも、人魚のコミュニティへ迎え入れられる前に殆どが食われて消える。そうして数えるのも億劫になるような数の兄弟が泡と藻屑と消えゆくのを肌で感じながら、アズール・アーシェングロットも自我を形成したのだ。
彼にとって、殆どのいきものは肉である。生きていても死んでいても、海のものでも陸のものでも、いつかは海流に流れて食われるだけの、肉に過ぎない。死した知人をただ食糧として分け合う場所で育った彼は、自分が一生、人間と同じいきものには成れないことを知っている。だから彼は、倫理よりも確かなものに立脚することにした。法律と、そして金銭である。十五歳のアズール・アーシェングロットは黄金の輝きに魅せられた一人として、故郷に資本主義を持ち込むことを躊躇しなかった。
「黄金色の猛毒を、世界に広めようと思うんです」
清掃魔法で清めたばかりのベッドの上で、二本足の
「着いて来いってって?」
ハイエナの娘はそう言って笑った。きっと答えは否だろう。アズール・アーシェングロットならきっと、利益を示すだけ示して、ラギーに自分から着いて来させる方を選ぶ。
「いいえ。でも血統主義の社会よりは生き易いと思いますよ」
そうだろうとも。ラギー・ブッチの身体・魔力操作精度は天才的だ。ハイエナであることが問題にならない世界であれば、重んじられるだけの金銭を稼ぎ出すのは難しくない。そして、それはラギー一人きりの話だ。
「オレは、でしょ。まあ別にいいっスけど、骨ごと喰い尽くされる覚悟はしといてくださいね」
飢えと渇きと死を隣人として育ったハイエナの娘は、故郷に雨を呼ぶのが自分ではないことを知っている。そこまでの大事業はきっとラギーの手に負えないと、彼女は知っている。だから、ラギー以外に「やらせる」のだ。それはレオナ・キングスカラーでも、アズール・アーシェングロットでも構わない。カリム・アル=アジームでもチェカ・キングスカラーでさえ構わない。そのことを、眼前の海から来た
「そうならないよう気をつけますよ、ええ」
そう言って笑う二人が、王冠に手を伸ばすことはない。煌めく黄金と貴石で飾られた頭飾りの他に、地上と海を支配するものを彼らは知っている。
男は、深海の掟を知っている。青い血など欠片の役にも立たない環境を、太陽の光の欠片さえ届かない暗がりを知っている。男は、陸で起きた革命を知っている。数の暴力と資本の力が、血統主義を挽き潰しうることを知っている。
女は、死者を飲み込んで葬ることを知っている。情を肉と一緒くたに胃袋に飲み込む術を、人魚も愛もきっと可食だということを知っている。女は、望まれない子を知っている。血の繋がりもないみなしごを養育する老女の姿も知っている。愛が、必ずしも実子の形をしていないことを知っている。
異種であることも異形の交わりも彼らの愛を否定するに足りないことを、彼らのどちらも確かに知っている。