例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】 作:ちゃんどらー
ぱちぱちと、耳に心地いい音だけを聞いていた。
揺らめく橙の光は心を安らがせる灯火としては十分に、一間ほどのこの距離ならばその熱も仄かな温もりを与えてくれる。
ぱちり。また炭が少し爆ぜた。舞い上がった火の粉の輝きは美しく。
おぉ、と小さく驚きの声を上げたが、場違いな声であるのに彼女を咎めようというモノは誰もいないらしい。
『――――故に此度の異常事態は好機であろうて。幸いにして我らの力を上げる餌は此処にもおるのじゃ。多勢力との位置関係が変わった今であるからこそ、迅速に勢力圏を拡大し信仰を集めるべきではないかえ?』
『然り。隠密の情報によると“隣に現れた都”は美しくこそあれど術の気配は薄いとのこと。術の構成のすぐに解析できておるし、我らのような一族との戦闘は考慮しておらぬとしか思えん』
『しかしだな……使者として行った俺らが謁見した相手は化け物だったのだ。先代の鬼神と同格が一人……それ以上が一人は確定なのだ。戦闘の得意な我ら鬼族が戦うとしても鬼神並みの相手とあれば……それに現在の鬼神はあやめ様お一人。失うわけにはいかぬ』
ぴくりと、己の名前を呼ばれてそちらに目を向ける。
そこにいる皆は気まずそうに彼女――――百鬼あやめのことを見やった。
『あやめ様、お戻りになられて早々にこのようなお見苦しい会合をお見せしてしまい――』
「んー、別にいいぞ? 余に帰還を要請するほどの問題が起きたならそれは一大事だよね? 皆が悩むのは仕方ない仕方ない」
恭しく頭を下げ始める長老の言葉を途中で止める。
愛らしい声、にっこりと微笑んで先を促す彼女を見て、一様にほっとした彼らは再び問題点を上げていく。
この扱いは久しぶりで、そういえばいつ以来の会合だったかとあやめは一人思考に潜り出す。
(魔界学校にいると時間の感覚ずれちゃうからなー。帰省したのも何百年ぶりだったっけ?)
約千と五百年を生きてきた彼女は現在、魔界学校と呼ばれる組織に所属する鬼神である。
比較的のんびりとしつつも他人に悪戯をするのが好きな彼女ではあるが、魔界の猛者達が切磋琢磨するその場所で生徒会長をしていたりもする。
(そりゃシオンちゃんも急いで帰るわけだ……)
現在の里の状況を見て、そしてこの会合での話を聞いて思う。
(魔界学校は結界に守られてたし何も違和感なくて大丈夫だと思ってたけど……時空間自体が歪んでる? 転移陣で直接飛んでなかったらこれやばかったやつでは……シオンちゃんの方もこんな感じなのかなぁ)
何か大きな異変に巻き込まれていることだけは理解している。原因は彼女にも分からない。
里の皆は口々に物騒なことを言っているが別のことを考えるあやめ。
彼女がのんびりしているのは彼女の感覚がずれているだけであるが。
本来、魔界に住んでいるモノ達にとっての日常は争いの連続なのだ。鬼神になったが故に里を出たあやめが特別だっただけで、他の鬼達――果ては魔界に暮らす一般的なモノ達にとって己の力を磨き強くなるということは必要なことだ。
国同士、種族同士、はたまた異世界同士ですら侵略するのが当たり前。魔界とはそういった世界なのだから。
例外は魔界学校だけ。
政治的な闘争よりも力技で解決することが当たり前な魔界だからこそ、種族のトップ達が切磋琢磨出来るようにと何時からか出来上がったのが魔界学校という場所である。
彼女のような異常な戦力を隔離することによって、種族自体の伸びしろを増やすという効果もある。
閑話休題。
そんな彼女がこうして戻ってきたのは自分の里が非常要請を出してきたからだ。
『――――新たな勢力が突拍子もなく現れた此度の出来事、我ら鬼族の勢力圏を拡大し、信仰を集める好機であろうよ』
『信仰を集めねば一族の他のモノが神になれぬとはいえ、あやめ様に頼っては本末転倒では?』
『いや、そもそも鬼族に対しての畏怖が薄まっていた現在の魔界では、継承以外での鬼神の発現は不可能だ。それもあやめ様ご自身が勤勉であった為に劣化してきていた鬼神の力をつかいこなせたのだぞ』
『それに我らのみで集めた畏怖があっても、子達にまで行き渡っているかと言われると微妙なところだ。皆、勤勉で優秀な子達だし、あやめ様に憧れているのは見て取れる。いつかはそうあれかしと願う姿の眩しいこと』
『眩しくとも未だ芽は出ず。鬼神のお力を継承していないあやめ様にもまだ届かない……』
『……確かに』
然り、然りと頷く鬼達に彼女は小さく唸る。
「ふむ……つまり皆は、余を使ってでも人間様達からの信仰を集めてもっと強くなりたいってことでしょ?」
すらりと、単純明快な答えだけを突きつける。
鬼族のような一部の妖魔は他者の畏怖などの感情によってその強さを増す性質を持っている。
感情エネルギーが力になるのは人間でも稀にあることで、妖魔はそれが顕著なのだ。
例えば神と呼ばれるモノ達も、人間からの認識と信仰によってその力を存分に振るえる。
対象は人間だけではない。妖魔同士であれ、敵対者同士であれ、そこの感情という無から生まれるエネルギーが発生するのなら、彼らはそれを取り込むことで力を増すことが出来る。
一族自体をターゲットにした信仰であれば鬼族は強くなるだろう。
前々までは鬼族として畏怖していた他種族によってその力を上げてこれていたが、あやめという鬼神が誕生したことで、彼女に対しての単一の信仰に変換され始めたことによりそれも薄まってしまった。
故に彼女は魔界学校へと所属することで、里のモノ達の発達を促そうとしていたのだが……如何せん効果は現状にて明らかとなった。
『……不甲斐なし』『申し訳……ありません』『……誠に、己の無力が悔しゅうございます』
仕方ないことなのだ。魔界では力が全て。一族に継承される鬼神の力を分散させるなど愚の骨頂。
そもそも鬼神へと至れること自体が稀である。
さらに本来であれば、鬼神の力を継いだモノは他国へと侵攻し、畏怖を集めることで一族を引っ張らなければならない。
そうして鬼族を叩きあげるのが鬼神発現時の習わしで、自然な流れなのだ。
ただ、彼女はそうしなかった。
鬼族の彼らはそれに対して文句は言わない。
当代の鬼神が決めたことで、願ったことがある故に。
“余は皆を護るけど、余は皆を強くしない。先代からの鬼神の力は余から後に受け継がせない。
だから、皆には強くなって貰う。余の貰った力じゃない、新しい力を手に入れる為に”
なぜ、と唱えるモノも激昂するモノも当時は居た。
ただ……その力の本質をあやめ本人から聴かされ……一度だけ実際に見せられた彼らは何も言えなくなった。
心優しく優秀なあやめだったから彼らは従い、彼らはその願いに納得し、古い慣習を捨てることとなったのである。
「ふふふ、気にしないで。強いやつがいるなら仕方ないって」
一様に悔しがる彼らに掛ける声は優しく、彼女は愛らしく口に手を当てて笑った。
「どうしてもな時は頼っていいよって言ったのは余だし。皆がこの数百年を皆だけで頑張ってくれてたのは嬉しいんだぁ」
帰省しようかなと思うことは彼女にもあった。しかし彼女はそれすらせずに彼らを信じていた。
そうしなければ鬼神への信仰は薄まらないし、そうしなければ彼ら自身の力も強くはならない。
個への依存という毒が消え去るには相応の時間が掛かる。
あやめから信じられていた証左を感じて、鬼族の彼らの多くが鼻をすすった。
「にひひ。ありがとね。だから今度は……余が応える番かなーって」
かちゃり……と、横に置いた刀を手に取った。
「それに今回のは魔界学校の友達も焦ってたからやばい案件で間違いない。お昼に走り回ってみたけどオカシイコトだらけだし、皆には皆の、余には余の出来ることをしよう」
白刃を少しだけ覗かせて己の眼を映した。刃には曇りもなければ澱みもない。学校で遊んでた時とは違う、昔に少しだけ使った力に頼ることになるかもしれないと、彼女は小さくため息を吐く。
「地形がちょっと変わったとはいえ此処は余たちが暮らしてるんだから魔界でいい。近くに変な町が出来て縄張りの線引きが必要なら魔界流のやり方で教えてやればいい。皆が納得するようにすればいい。そのかわり……」
すっと指を一つ立てた。
「人間様を殺すことは禁じる。アレらの恨みは千年続き、二千年響く。余たちはきっと長い時間をかけて殺される。二度と先代達の轍は踏ませない」
ぶるりと皆が震えるのを見た。
彼女はにまりと三日月型に口角を釣り上げる。
「だから支配者になればいい。余たち鬼族が。其処では他の一族が人間様を支配してるんだから、ソレを倒して余たちが支配したって問題ないよね♪」
さらりと言ってのけた彼女を見てごくりと生唾を呑むもの多数。
嗚呼、と誰かが吐息を零した。
それは感嘆だったのかもしれないし、畏怖だったのかもしれない。
彼女は鬼神。彼らの神で、彼らの標。本来の姿を取り戻した鬼族に安堵を覚えるのも仕方のないこと。
では、と作戦の詳細を練り上げながらあやめは思考を回す。
(あとは世界で起こってる出来事への対処だけど……)
世界規模の異変であるのだから里のモノではどうしようもない。というか彼女自身にもどうしようもない。
(別魔界の侵攻ってレベルじゃないよね? 山から見てきたけど地図の書き換えとかそんな単純な上書きじゃない……“混ざってる”し、“増えてる”。生物も、土地も、空も、星も、認識でさえも……)
世界を揺るがす大きな案件とも遭遇済みな彼女ではあるが、今回はどうやら違うようだと思考に潜る。
(言うなれば前の世界の質量や法則を加算して成立する新しい世界)
考えながら納得だと頷く。
鬼神という圧倒的な強者となり、賢者や智者と知り合えたからこそここまでは認識できた。
しかし
(次元干渉とか時空干渉が出来る存在、もしくは集団がいるって? そんで余みたいな術式持ちに気付かせずに世界を融合加算? シオンちゃんみたいな黒魔導士すら簡単に世界移動させ――――っ)
浮かび上がってくる疑問の数々を頭の中で投げ放題していた時に、キン、と耳鳴りがした。
世界が遠ざかるような感覚。周りの会合の声が吸い込まれたように無となった。
視覚は見える、が、見えるだけ。認識がずれていく。視覚に情報を割いている場合ではないと、彼女の全てが告げていた。
聴覚だけが、彼女の全てとなった。
〈描いた世界へ――――〉
それでも聞こえたのは少しだけ。一小節にも届かなかった。
しかし、まだ感覚は戻らない。
もう一つだけ、彼女は音を拾った。
それは祭囃子のような音で。
それは華が咲き誇るような歌で。
それは彼女の心を暁に連れていってくれような――――
世界が広がるような感覚と共に、あやめは大きく息を吸い込んだ。
そうして小さく笑って――
(うん、こんなの余だけじゃ無理♪)
――もうどうにでもなーれ、と
意味もわからない全てを頭の隅においやって、そのまま流れに身を任せることにした。
かわ余