例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】   作:ちゃんどらー

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百花繚乱花吹雪  11

 暴風の如き冬の風を纏ったフブキと、鬼火を纏って爆発で加速を付けるあやめの速度はほぼ同値だった。

 ミオの野性的な身体のこなしに似たフブキの動きは流動的で、風による方向付けは自由自在と言ってもいい。無茶な体勢変化であろうとしなやかな獣本来の柔軟さと風による体移動にて可能にしている。

 対してあやめが発動している“焔奏鬼轍”は爆発の勢いを利用した直線的な動きの連続である。瞬間速度はあやめに分があるが、フブキと共に方向の調整を繰り返せばそこには一種のラグが生じ、距離的にもタイミング的にも僅かな遅れを齎してしまう。

 だがしかし、鬼神としての能力が極限値まで開放された現在は、呪いが転じた想念を宿した鬼火によるオートの小さな爆発によるディレクションによってそのラグを打ち消すことすら可能にしており、故にフブキに遅れることなく追随し、さらには自己バフの強化によって先ほどまでよりも視覚や聴覚を研ぎ澄ませた上で、鬼の頑強な身体と回復力によって無茶な体勢だろうと動きだろうと可能にしていた。

 つまり莫大なイワレを以ってミオ以上の速度を出しているフブキとの此度の戦闘は、先ほどよりもより鋭い高速戦闘へと突入したということだ。

 

 閃光と見紛うばかりに火花が散る。刀がぶつかり合う度に煌めく。

 爆発の起こりを見てあやめの動きを予測し、フブキが其処に剣閃を置いておこうとも、あやめを手助けする鬼火の誘導によって躱され、返しの刃が迫りくる。

 あやめに攻撃が通らないように、フブキにも実の所刃は通っていない。

 速度で避け合ってはいるが、どちらも超高速戦闘の最中で完全な防御を意識して出来るわけがなく。故にフブキもあやめのようにとある防御策を展開していたのだ。

 

 彼女が纏うは風。そして斬撃の通った場所に現れる肌を覆う氷。

 斬撃は視えない風の鎧が受け止め、受け止めきれない勢いがあろうとその刃の鋭さを氷が弾く。

 爆発の熱量で氷が溶けようとも、臨界点を超えたイワレを宿すフブキの速度と気温によって再び凍り付く。

 冬の風を操れるからこそ出来る鎧と、特殊な目を持っているからこそ出来る防御手段に、さしものあやめとて容易には突破できず。

 

 だからこそ……更にもう一つ、あやめは重ねることにした。

 

「百鬼流……鬼神術式。詠・繚乱剣舞――」

 

 ミオへと神木のイワレが流れていないことを戦闘中に確認した彼女は、ミオに突き立てていた刀を、互いに吹き飛び合った時にそっと引き抜き……だらりと両手を垂らした“無構え”にて構えた。

 先ほどとは違う鬼神状態でこそ出来る舞は、隙だらけに見えるその構えより始まる。

 

 すっと目を細めたフブキは、不穏な気配に次の行動をさせまいと刀を大地へと突き立てた。

 

疾風怒凍(シップウドトウ)

 

 フブキの発した短い言霊の後に突如、大地を突き破ってあやめに向かって氷柱が幾本も現れた。重ねて棘だらけのその氷柱は、フブキの足元のモノから順に中空へと浮き風に乗ってあやめへと向かっていく。

 大気中にもつららが生み出され、あやめの周りを取り囲んだ。鬼火の壁を物量で突破するつもりなのだ。

 

 大地からの氷柱があやめの足元から現出すると同時に……冬が創り上げた槍が全て彼女へと収束した。

 

 幾つも、幾つも轟音が鳴り響く。

 あやめが立っていたその場所に、幾百もの冬が降り注ぐ。

 さしもの鬼神とて無傷とはいくまい。そう考え次の攻撃をと思うも……フブキは目を見開いた。

 

 其処は、氷の結晶の輝きが爆炎と混ざるように吹き荒び。あやめは構えたままで刀を一薙ぎすらしていない。

 まるで護るように爆ぜる鬼火達は、連鎖爆撃によってつららの悉くを打ち落としていたのだ。

 

 爆炎の結界とも呼べるそれは、当然のようにあやめの技ではなく……鬼神が受け継いできた意思持ちし呪い(想い)が紡ぐ愛の如く。

 ネクロマンサーに魅了された魂の恐ろしさをフブキは其処で初めて理解する。己の魂が砕け散ろうとも主を護るその様に寒気すら覚えるほどに。

 

 鬼火たちを信頼しきっているあやめは目を閉じていた。

 特殊な呼吸を繰り返す彼女は、ゆっくりと大きく吐息を落として……紅の瞳に碧の炎を映して口を引き裂く。

 

「―――灰塵踏破(カイジントウハ)

 

 ふっと、フブキを含めて神社の空間を取り囲むように鬼火たちの輝きが現れる。

 それはあやめを導く道であり、敵を逃がすことのない結界でもあった。

 鬼神の力を開放したことによって纏う鬼火は少なくなり、その分を結界や自動防御に回したのだ。

 

 一つ。

 あやめが踏んだ鬼火が爆発で彼女を送り出す。

 二つ、三つと繰り返される爆発が鬼神の速度を加速する。

 風で鬼火を吹き飛ばそうとしても、意思持つ彼らは小爆発を繰り返してその場に留まり、あまつさえその際の爆音と光でフブキの聴覚と視覚さえ遮ってくる。

 

「あはっ」

 

 通り過ぎざまに聞こえた声は甘くて、どうにか受けた刀の悲鳴は切なくて。

 大丈夫、まだ見えると確信したのも束の間。

 トン、と背中を推されるような衝撃と共に後ろで小さな爆発音が聴こえた。

 

 自身の身体が動いたのだ。否……動かされたのだ。

 目の前に迫る刃の煌めきを、どうにかぎりぎりで回避する。

 

 其処がフブキの知覚出来た限界線。

 

 これは単純にあやめが縦横無尽に動く為の結界ではなく、敵すらも自在に動かす鬼の住処。

 急ぎ、イワレを集めた風を再度身体に纏うも、次はフブキが削られる番であった。

 

 連撃に継ぐ連撃は風の鎧の悉くを引き裂き続け、爆風による衝撃は彼女自身の位置把握も平衡感覚も狂わせる。

 どこから攻撃が来るのかも分からない。どこに弾かれるのも分からない。どれだけこの攻撃が続くのかも……分からない。

 

 連続爆破によって不規則に動くあやめはまるで蝶のように舞っているが……フブキの方も蜘蛛の巣に囚われた蝶にも思える。

 一筋、二筋とフブキの肌に切り傷が出来ていく。連撃の刃がついに風の鎧をはぎ取り、氷の防壁を突破し始めたのだ。

 

「舞え、余の愛しい子らよ―――鬼子操演(キシソウエン)

 

 大きく弾き、グッと、あやめが拳を握ると同時。フブキに爆撃が一つ、二つと。初めは右腕を。次に左腕を。

 鬼火による特攻突撃による爆撃が襲う。爆撃の度に身体が弾かれる、まるで舞を踊らされているように。

 風の防壁を更に吹き飛ばす為だと彼女は気づく。

 回転を……と風を強く操作して鬼火を吹き飛ばすも……そこに待っているのは獰猛な笑みを浮かべた鬼神。

 

「踊ろう……シラカミ」

 

 切り上げ、胴薙ぎ、袈裟切り、両突き、回転剣舞……幾つも重ねられる剣戟は激しさを増し、再び防戦一方へとフブキが押し込まれていく。

 八重歯を見せて笑いながら舞い続けるあやめと、無感情に攻撃を受け続けるフブキ。またも展開される鬼火はまた輝きを取り戻す。

 ギシリ、と歯を噛み鳴らしたフブキがぼそりと言霊を零した。

 

「虚数方陣・狐離夢中」

 

 瞬間、フブキの存在自体が“ズレた”。

 振り切られたあやめの刀は空を斬り、蜃気楼のように揺蕩ったフブキの姿に目を見開く。

 しかし強化された感覚は……そして彼女の周りに侍る魂達が、敵が何処へ行ったのかを伝えていた。

 

「逃がすわけ……ないでしょっ」

 

 瞬時にあやめへと集中する鬼火達があやめの刀へと集まる。同時に刀の根元から切っ先へと指を這わせた。

 

――汝が名は阿修羅。永久の戦を終生の住処とするモノ。余の敵を覆う影を払い、余の愛しい怨敵への絆を斬り結べ――

 

 妖刀羅刹はミオへのイワレを断ち切る魔滅の能力を宿していた。もう一つの鬼神刀阿修羅が持っていたのは、永久の戦闘を望む鬼神の概念。

 阿修羅とは永遠に戦い続ける鬼神の名だ。故にその銘を宿した刀は、戦を望んだ鬼神の戦闘を邪魔する、敵の前に立ちはだかる存在を切り拓くに特化していた。

 

 あやめが切り裂いたのは……空間。

 

 一閃。

 虚数空間へとフブキが一度退避したことを感知した彼女と鬼火達は、阿修羅に鬼神の力を込めてズレたフブキの残像を切り裂いた。

 

「ふふっ……掛かった」

 

 だが、相対するカミもさるもの。

 

 その瞳が映すのは確率事象。有り得た確率とあったかもしれない世界。

 彼女の瞳は逃げても追いかけてくる世界の情報を掬いあげた。フブキはただで斬られていたわけではなく、己が望む確率に収束するよう時機を見ていただけ。

 他者のイワレを識るような、情報収集ではない戦闘の最中の観測は戦闘行為のズレを起こす可能性があり自殺行為にも等しいが、それでもフブキは忌まわしいチカラを使わざるを得なかった。それほどにあやめの攻撃に隙がなかった。

 痛む頭を無視して仕掛けたのは一つの策。

 

「なっ……あぁぁぁぁぁっ!」

 

 姿を隠した僅か数瞬の間に仕掛けられた罠。

 斬り込んだあやめが吹き荒ぶ螺旋の風に巻き上げられて宙へと打ち上げられる。

 

 密閉空間で凝縮された暴風は、開かれた出口に向けてまるで龍のように牙を剥く。

 火災で起こるようなバックドラフト現象を、フブキは“冬を現出”という風の圧縮によって成り立たせたのだ。

 出てくるのは爆発ではなく風の塊。空間という質量を伴った暴風は、容易くあやめの身体を噴き上げる。

 今度はこちらの番とばかりに、フブキが笑みを深めた。

 

「虚数方陣・連鏡窓狐(レンキョウソウコ)

 

 指で四角く切り取ったのはあやめが巻き込まれている竜巻の頂点部分。そして数多の鏡のような方陣を竜巻の周りへと仕掛けた。

 狐の窓はセカイを切り取る。虚数空間を繋げて、かがみ合わせの袋小路へと放り込む。

 

 回る、回る、セカイが回る。あやめを起点として風の頭と尾を繋げ、空間自体を捻じ曲げた。

 方向感覚と平衡感覚を奪い、逃げ出そうとも虚数同士繋がるように仕掛けられた鏡があやめを呑み込み竜巻へと放り込む。

 

 神木からのこれまで以上のバックアップあればこそ、フブキは想像した能力を創造することが出来た。

 ミオと行ってきたチカラクラベとは全く違う、されども“識っている戦い方”。

 観測したのはあやめとの戦闘であり、そして数多の悪魔や天使や竜やヒト、別世界との戦闘だ。

 あやめと紫咲シオンという別世界の存在を観測したことで、フブキは彼女達と戦う世界線をも観測してしまった。

 確率事象の自分に出来ることの観測が出来たなら、イワレを満たせば出来ないことなど何もない。

 

 ただ……己を過ぎたるチカラが何を齎すかは……見えていない。“別世界にて存在する確率のフブキ”はその時に自分自身を観ることが出来ないのだから……当然のこと。

 

 ズクリ……と尻尾が疼いた。

 

「このっ竜巻ごときぃぃぃっ!」

 

 空間すら切り裂く鬼神刀が輝き、崩された体勢のままであやめは大きく一閃振り抜いた。

 概念を切り裂く斬撃は、フブキのイワレで出来た竜巻を真っ二つに切り拓く。合わせて宙に設置されていた鏡も数枚砕け散る。

 

「よくできました」

 

 自由落下の最中、また爆発での高速移動を開始しようとするあやめの背後でその声は聴こえた。

 残りの鏡も壊そうと鬼神刀を振る寸前で、ガキリ、と刀が合わさる。

 地上に居たフブキが一瞬にして目の前に現れた。瞬間移動に驚くも、わざわざ声を出してくれたのだから反応しないはずもなく。

 鬼神刀でのつばぜり合いと共に、片手に持った妖刀羅刹の刃をフブキに向けた。

 

 ふっと、フブキの身体が消える。

 また空間に逃げ込んだのかと気配を追うも、背後に彼女は居た。

 

「鏡が映すのは貴女だけじゃないよ?」

 

 あやめを囲んで共に上空から地上へと落ちていく鏡が術の正体だと漸く気づく。

 四枚の鏡にそれぞれフブキが映り込み、どれもが繋がった空間なため、何処へも行けるし何処からでも攻撃が出来るのだ。

 一閃の鋭さは光速と言ってもいいほどに。鏡の反射による移動かと思えるフブキの空間移動攻撃は、感覚で知覚出来る範囲を超えている。

 後ろから、前から、右から、横から……さらには上から下からの氷刃まで襲い来る。

 だが、フブキの冬のイワレではあやめの鬼火の装甲を抜ききれないのも事実。幾重の攻撃を重ねようとも鬼火の防御に対しての攻撃手段が乏しく、剥がしきるには時間が掛かる。

 

(やっぱり背後をとっても鬼火は自動で防御してくる。厄介な……)

 

 確認したのは鬼火の自動防御の有無。何処から斬りかかろうと鬼火が勝手に防御するのはもはや仕方ないことだとフブキは割り切るしかない。

 攻守共に厄介な鬼神に対しての突破口まではまだフブキにも観測できていない。別世界の白上フブキが出した対策でも分かればいいが……其処まで深く観測するのは危険すぎる。

 

(ニンゲンが起きる前に終わらせないとダメなのに、鬼火と同化したニンゲンの想念の総量が大きすぎる)

 

 削りきるにはあやめが纏っているケガレ……ニンゲンの呪いとも呼べる想念を殺し切らなければならない。

 ネクロマンサーの力によって鬼火と同化し意思を持っている彼らが壁となる限り、あやめの鬼特有の回復力と相まってその防御を突破することが出来ない。

 また爆発による連続攻撃をさせないように、フブキの連撃にて動きを封じているがあくまでこれは停滞を齎す為だけ。

 

(わたしが苦戦している様子と街を破壊しつくしかねない力……ニンゲンがこれらを見てしまうと、鬼神に対して恐怖を抱くことは間違いない。恐怖は彼女の力になり、余計に苦戦することになるだろう)

 

 あやめたちにとって恐怖や信仰はチカラだ。

 ニンゲンの多くが彼女に恐怖を抱いてしまうなら、その時にあやめの能力が上がる。

 千年以上も蓄えた神木からのイワレのバックアップがあるとはいえ、あやめが鍛え上げてきたチカラも他者の力を喰らう能力も侮れない。

 

(なら……もっと研ぎ澄ませ。今のわたしなら出来る。この身に集めるイワレを、もっと……もっと……)

 

 短期で決着をつけるしかないこの状況を鑑みて、フブキは大きくため息を吐いて腕を振るった。

 

(わたしは……負けられない。このミヤコがずっと日常を過ごしていく為に、わたしがシラカミである為に)

 

 パリン、と警戒しているあやめの周りで四つの鏡が砕け散る。

 

(そして……ずっと此処でミオと一緒に平穏に暮らしていく為に)

 

 鏡とは別の空間を割って現れたフブキが、真っすぐにあやめの瞳を覗き込んでいた。

 

―――本当に?

 

―――本当にそれでいいのか?

 

 降り立ったのは同時。互いに視線を切ることなく、再び刀を構え合う。

 

「ふふっ。仕切り直しだ。強いなぁ……ミオちゃんも、お前も……」

 

 屈託のない笑顔と、まっすぐに射抜いてくるあやめの紅の瞳はあまりにも綺麗に煌めいていた。

 

「ねぇ、シラカミ。なんでお前はそんなに苦しそうで、つらそうなの? 友達を傷つけられた怒りすら抑え込んで、お前は何を、誰を想おうとしてるんだ? 何を護りたいんだ? ヒトの為? ミオちゃんの為? それとも……自分の為か?」

 

 フブキの心が、ズクリと疼いた。胸に引き攣るような痛みが走る。

 

―――どうして

 

 心の声が聴こえる。

 

―――どうして貴女はそんなに自由で

 

 心の声が聞こえる。

 

―――どうしてわたしはこんなに縛られていて

 

 望むべきではない感情が見える。

 

―――誰を、何を想ってわたしは……生きているんだ。

 

 ズクリと尻尾が大きく疼いた。

 拍動のようなソレは、深くて甘い声ながらもフブキと同じ声をフブキの心へと静かに届けた。

 

『望めよ、願えよ、求めろよフブキ。本当の願いを。“あたし”がそれを―――』

 

 ズ……と五芒星に昏い輝きが満たされた。

 

『―――叶えてやるよ』

 

 

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 

 

 あやめにとって、フブキが鬼火を警戒してくれることは嬉しい誤算だ。

 小技での削りでは突破できないと考えて空間に作用する術式での包囲を辞めた彼女に対して、内心でほっと息をつく。

 

 ネクロマンサーの力を取り入れてそこそこの時間が経った。

 傷を負う度に鬼火に宿る意思達はあやめのことを心配してくれはするが、その感情はあやめに対してではなく潤羽るしあという力の持ち主に対してのモノ。

 勾玉に蓄えられていた分が切れたらそれも終わり。向けられていた好意の感情は反転し、ネクロマンシーによって明確化された魂の意思はまた呪いに沈み、鬼神の呪いはあやめを呑み込もうとするだろう。

 

(ちょこ先生のがあるから抑えられはするけど……さすがにシオンちゃん達に迷惑かけちゃうだろうなぁ)

 

 暴走などするつもりもないが、それでも万一のことは考えておくべき。友達からの贈り物を信じているから、自分が最悪の事態に陥ることはないと確信しているからこそ、迷惑をかけることが心苦しい。

 きっとその時に自分は三人の誰かの元へと転移されるだろうとは思う。

 

 一寸、あやめの心にもやが沸く。

 目の前の二人のカミを放っておいて、自分の一族すら放置して、それでいいのかと心がそう問うている。

 

―――否、否だ。

 

 一族の願いも、目の前の二人も、そしてこの街のニンゲンも。全てを平穏にして大団円。それこそがあやめの望む所なのだから。

 彼女のトモダチを傷つけたのは自分だ。今更仲良くなれるとは思わない。

 理由を説明しようか。それで納得してくれるほど、目の前のカミは優しいだろうか。手伝ってくれるだろうか。“このミヤコに起きるであろう異常事態の解決を”。

 

 翡翠の瞳の奥底に溜まっている拒絶の感情が見て取れる。しかしそれは無感情な機械的なモノで、あやめはフブキの底に眠る深淵を覗いた気がした。

 

「もっと……もっと……チカラを……イワレを……わたしたちが……に……なるために」

 

―――この子は……まさか……

 

 思考に潜る寸前に、ぞわり、とあやめの第六感が警鐘を鳴らす。

 

「シラカミが紡ぐは……カクリヨにおわすヒトの……ネガイ」

 

 空気が変わった。

 フブキの翡翠の瞳に昏いナニカが渦巻き始めていた。

 ミオやフブキがずっと唱えているはずの祝詞に違和感を感じても、あやめはその異質さに止めることも忘れて見入る。

 

「うぅ……ぐ……」

 

 じわり、じわりと大地から黒が噴き出し始めた。神木からも黒い雪のようなナニカがフブキに向けて降り注ぎ始めた。

 

「繋げ……想え……望まれる姿のままに……シラカミはヒトの……願いを叶えん」

 

 違う、とあやめは直感する。

 感じられたのは、祝詞にフブキ本人の想いが乗っていないこと。

 ただの形式のようなその祝詞は、誰の為にでもなく、ただチカラを求める為だけに紡がれている。

 

 しかし神木も大地も彼女の望みに応え、イワレではない別のモノを彼女へと満たしていった。

 

 昏くて黒い想念の澱み、それも深く深く煮詰められた闇のような……誰かはそれを、マガツケガレと呼んでいた。

 

 あやめは知っている。それは鬼神の呪いと同質のモノ。ただし、込められている想念が違う。

 あやめが呑み込んだモノは怨嗟や憎悪、そして恐怖。今、フブキを満たそうとしているモノは……羨望と嫉妬、利己主義と憂鬱。

 溢れるケガレはフブキを中心として五芒星を刻んでいく。彼女の尻尾に刻まれたモノと同じく。

 

「だ……ダメだっ! やめろっ! それ以上求めるなシラカミっ!」

 

 手を伸ばした。

 しかしまるで意思を持っているような黒いケガレに弾かれる。

 渦を巻いてフブキを取り囲むケガレに、もはやあやめですら取り込まれる危険があるため近づくことが出来なかった。

 

「くぅ……ぁあぁぁぁぁぁっ!」

 

 遠く、尻尾を抱きかかえたフブキの姿が、独りぼっちで泣いている小さな女の子に視えた。

 聞こえた叫びと、最後に絡み合った視線。小さく動いた口から読み取れたのは、フブキ自身の心の声だった。

 

―――貴女が、うらやましい

 

 黒、黒、黒が埋め尽くす。フブキを囲んで溢れだし降り積もったケガレが渦をまく。

 一瞬でまだ倒れているミオの元へと移動したあやめは、結界を張りつつそのケガレが落ち着くのを待つしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾分、静寂が訪れる。

 しかしそれも一瞬のこと。

 ビシリと大きな音が鳴った。卵にヒビが入るような、ガラスが割れる寸前のような。

 

 フブキを取り込んだケガレが、頂点からボロボロと崩れ始めた。

 

 溢れ出る気配の大きさに、じわりと冷や汗が滲み落ちる。

 

 崩れたケガレが昏い光となっていく。その中から……一人の少女が歩み出てきた。

 

 口を三日月のように引き裂いたその少女の髪も尻尾も黒く染められていて、瞳は血のような紅に染まっていた。

 

「よぉ……鬼神」

 

 尊大な声音と態度。色は違えど背格好は同じだというのに、別人としか思えない。

 

「起こしてくれてありがとよ。“あたし”が出てこれたのはお前のおかげだ」

 

 粗暴な言葉遣いと挑戦的な眼差しは自信に満ち溢れ、あやめに向けて牙を見せて嗤う。

 

 立てた指に、ぼう、と狐火が灯る。

 フブキでは操ることの出来なかった火の概念を、黒の少女は容易に浮かべた。

 妖艶な流し目で彼女はあやめを射抜く。

 

「あたしは黒上……黒上フブキ。フブキをニンゲンのケガレから護る為、ニンゲンの呪いの受け皿として創られ、フブキに魂の同化をさせられた先代シラカミの子で」

 

 手に持った刀、つっと蒼い刀身を撫でると、彼女の指が通った場所から紅へと色付く。血を溶かし込んだように赤く、紅く。

 

「寂しがりで強がりで大バカで哀れな姉、白上フブキの願いを叶える為だけに生まれた……マガツガミだ」

 

 

 シラカミの器はケガレで満たされた。黒、黒、黒に染まり行く。

 黒の少女から溢れ出るマガツケガレの大きさは、あやめが飲み干して抱えている――千年育ってきた鬼神の呪いをゆうに超えていた。

 反転した魂に呼び声が届くかは分からない。微かに感じるフブキの魂の鼓動が消えぬよう願って、あやめは胸に下げた紫の勾玉を握りしめる。

 

 見誤った、と一言。

 

 あやめは少しだけ後悔を零す。

 

 この地に蓄えられた呪いを壊して彼女達を助けるには……あまりに覚悟が足りていなかった、と。

 それでも……と続けて二刀を構える。

 

「余が聴いた歌を、三人で笑い合ってる瞬間を……叶えてみたいから……」

 

 異変の始まりに聴いた歌と観た景色。

 美しい花の舞い散るあの瞬間を、暁に交わした約束を……三人で笑い合ってみたくて。

 

「……色づく想ひは刹那」

 

 一小節だけ口ずさんで、あやめはクスリと微笑んだ。

 

―――きっと大丈夫、あの光景は本物だ、なんて思っちゃう余はバカなんだろうか。

 

 

 宵闇が深さを増している頃、神木の桜が多くの花びらを舞い散らせ、彼女達が聴いた歌のように、美しい花吹雪が吹き始めていた。

 

 曖昧な彼女達の心は揺れて、声は互いにまだ響かない。

 




読んでいただきありがとうございます。


ラスボス黒ちゃんの登場。
神木や大地が蓄えていたのはイワレだけではなく。

補足として、
この物語のフブキちゃんの黒化は闇落ちではないです。公式設定にある通りに、黒ちゃんとフブキちゃんは別人。ただしいろいろと思惑が絡んでたりします。
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