例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】   作:ちゃんどらー

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百花繚乱花吹雪  13

 東北と南西から風が吹き抜けた。

 陰陽道に於いて鬼門・裏鬼門と呼ばれるその方角より来る瘴気は、あやめへと集った鬼火達が盾となって受け止め始める……否、貪り始める。

 神社そのモノが神聖を宿している為、本来であれば鬼門や裏鬼門から邪気が入り込むことなどあり得ない。

 しかして今回は二柱のカミのどちらもが不在であり、あまつさえ黒上フブキというマガツガミが顕現していることで、邪気や妖気といったケガレと近しいモノを取り込みやすいモノへと変化してしまっていた。

 

 五芒星は陰陽道の五行を用いる術式の装置であり、陰陽道に精通していることの証左だ。当然、黒上は鬼門を開放することによって起こりうる事態など熟知している。

 ケガレとイワレという陰と陽のチカラを十全に扱える黒上にとって、この事態は予測の範囲。

 

 目の前に相対しているのは鬼だ。それも極上、最上位に位置する鬼神。

 鬼門から流れ込む純粋たるチカラはあやめに対して内部的なバフである鬼神の呪いとは別の、外的バフを付与し始める。

 それは初めて……あやめがこの世界に認められた証でもあるのかもしれない。この世界自体に満ちるイワレやケガレという概念が、彼女の能力の底上げをし始めたのだから。

 

 ネクロマンサーのチカラを取り込んだ上であやめが発動した術式。十全に鬼神のチカラを使える状態でなければ発動しないと決めていたソレは、遥か昔に無理やり一度だけ使用した時よりも余裕をもって起動した。

 

 鬼火、および彼女を呪うニンゲンの想念全てが彼女の内側へと収束し、鬼神本来の様相を成す。

 瞳の紅がより濃くなり、嵐のような風にも似たチカラの奔流を身に纏う。

 

「……」

 

 あやめが到達した鬼神としての最終形態。理性という枷を大きく外し、心にたった一つだけ約束事を、願いを残して、戦を終息させる為だけの戦鬼となる術。

 命が尽き果てるか、目的を完遂するまで彼女が戦をやめることはない。ただし、ネクロマンサーの少女からもらったチカラが尽きた場合……彼女に待っているのは悪神堕ちによって発動する強制転移と強制封印での事実上の敗北。

 それほどまでに黒上フブキという目の前の敵は強大なのだ。

 

 大型獣のような唸り声を上げて睨みつけてくるあやめを見ながら、黒上もまた赤い瞳を凍えるような冷たさに染めていた。

 豊穣に冬以外の季節を捧げている白上とは違い、ケガレという別のチカラを使える黒上は本来の妖狐であった頃の彼女達の術式を使えるようになっている。

 故に、彼女が扱うのは四季全て。咲吹く春も、爽活な夏も、落実の秋も、枯深の冬も。大自然のチカラを扱い、大災害としての猛威を振るえる。そしてさらには……陰陽道に通ずる五行の概念さえも。

 

 声もなく、その戦いは静かに始まった。

 

 百鬼あやめという鬼が、手に持った羅刹を軽く振るったのが合図。

 空間が悲鳴を上げ、押し寄せた衝撃派は音を置き去りにして黒上に迫る。

 こともなげに手を振っただけでその衝撃を逸らしたのちに、赤の眼はあやめの高速移動を捉えて右を確りと見ていた。

 凶刃ではあれど殺意などなく。ただし、一刀のもとに相手を撫で斬る技術はより鋭く研ぎ澄まされて美しかった。先読みしていた黒上は赤い刃を斜めにその切っ先に重ねるように剣戟を送り、そっとずらして方向を変える。

 一閃、二閃、三閃と重なる剣戟は打ちあうというよりはいなし合うような柔らかさ。舞とも取れる彼女達の動きは、洗練された達人同士のみに起こる同位の読みあいの果ての果て。

 手数はやはりあやめの方が上回る。だが、黒上の赤い眼は彼女の攻撃の悉くを見切り、避けさせている。

 

「理性を捨てて戦鬼と為す、か。思考出来ない獣とは違うみたいだが……これならどうだ。“解けよ冬、起きよ春。黒上が巡る四季の始まり。重ねて比和せよ、五行の水”」

 

 三十を超える刃の応酬をかいくぐりながら黒上は片手で五芒星を宙に切る。イワレとケガレが同調して概念を創りだす。

 

 白上フブキが残していた冬の残滓――雪とつららが溶けて水となり、黒上の生み出した水が更に混ざり合い彼女達の周りを取り囲む。

 ただの水ではない。イワレとケガレで生み出された水に、陰陽術の呪いを付与した特別なモノだ。

 剣戟の最中、水が周りに現出したとしてもあやめはソレを無視して刀を振り続けようとしたが……

 

「はっ、水中でも同じように動けるか?」

 

 取り囲んだのはフェイク。空間自体を操る黒上にとって、あやめの立つ場所を水の中と置き換えるなど造作もないことであった。その水は重く、行動自体を阻害するように纏わりついてくる。水で出来た牢獄のようだと閉じ込められたモノは言うだろう。

 黒上の横、水の中に移動させられたあやめは、緩慢になった刀と腕をゆっくりと振りかぶりながら、ギョロリと紅の瞳を敵へと向けなおす。

 ギシリ、とあやめの歯が軋み鳴った。

 

「……無……」

 

 水の中であるから、あやめのその呟きは黒上には届かない。

 しかし起こった事象は黒上を驚愕に染めるには十分だった。

 

「っ!」

 

 其処には、先ほどと同じ速度で振られる刀があり、同じ速度で動くあやめが居た。

 水中、しかも呪いを込めた水であるというのになんの縛りもなく、彼女の凶刃は黒上へと迫り行く。

 

 ちぃっと舌打ちをしながら黒上は初めて刀でまともにその刃を受けた。受けてしまった。

 

 鬼神の膂力は今、最大値。

 であるならば当然……焦ったその状態でまともに受けられるはずなどない。

 

 真横に振り切られたのが幸い。しかし音速にも近しい速度で黒上が吹き飛ぶ。

 

 ケガレとイワレの強化を受けていようとも、不意の一撃であれば全力を出した鬼神の一振りを受けること適わず。しかして黒上は水と風を器用に操りエアバッグを創ることでその衝撃を受け止めた。

 高速で思考が回る。確実に水牢に捕らえたはずの鬼が放った一閃は、抵抗力を全く感じさせない速度と動きで振り切られた。

 相手が使っている術がどんなモノで、どんな効果を齎すのかを解析する必要が出てきた。

 

 フブキの中から見ていた鬼の戦闘は、鬼火による強化や爆発など直接的なチカラが多かった。しかして今回のは違う。全くの別だ。

 

―――イワレによる術式とも似つかない。現象の操作ならあたしの術式に引っかかるはず。つまりこれは……“もっと高次的なナニカ”。

 

 すっと、思考に潜っていた黒上の視界、先ほどの攻撃によって距離が離れている場所で鬼神が刀を一本、口に咥えた。

 

「距……を……至する」

 

 まったくわけの分からない行動に黒上は眉を顰める……が、ぞわりと背筋に危機感が走り抜けて彼女は本能の命ずるまま横へと飛びのいた。

 

 あやめがしたのは、ただ手を黒上に向けて握りしめただけ。ただそれだけだ。

 先ほどまで黒上が立っていた場所には、ヒト一人分のクレーターが出来ていた。

 

 分からないことの連続。しかし鬼は待ってなどくれない。

 握った拳を放して落ちる土塊。すぐに彼女は何度も黒上を追いかけて手を握った。何度も、何度も。

 その度に黒上が避けるも、地面にはその度にクレーターが出来上がる。黒と白のケガレとイワレが直すとはいえ、ただ手を握るだけで削られる大地などあってたまるかと内心で毒づいたが、あまりにバカげたその攻撃にも黒上は冷えた頭で鬼への返しを始めた。

 

―――四季は巡り、五行は廻る。其れ即ち小さき春の姿なり。合わせて火は灰を、土を生み……水は命を育み重ねる。

 

 ぼうと火柱が起こったのちに宙に現れた土の塊は、あやめが握り込んだモノではなく黒上が単一で生み出した混ざるモノのない彼女が創り上げたモノで、他からの干渉など受けない術そのもの。

 先ほどのはフブキの術式の名残を混ぜ込んだ為、何かしらの干渉が行われたのかもしれない。ならば今回は黒上だけで紡いだ術であやめへ攻撃をすべきだと判断したのだ。

 

 土の塊がそれほど速くない速度であやめへと向かい……表情を動かすことなく鬼の一閃はその土塊を切り裂いた。

 

「相生相剋:樹縛」

 

 瞬間、黒上が合わせた掌が音を鳴らす。同時に土塊から爆発的な速度で木の根が生えはじめ、あやめへと巻き付き始めた。

 生み出されていた水が、そして火がもたらした灰が木を育む。陰陽道の相生相剋を用いた“火生土”と“水生木”。ただの大地から木を出すことも出来るが、黒上が五行により創り上げた樹木の方が成長の仕方も木としての性質も決めやすい。

 発生は陰陽術。そして黒上だからこそ出来るもう一つのアクセントを追加。

 

「四季廻陣……春麗散華(シュンレイザンカ)

 

 あやめに巻き付いた根はその肌へと浸食し、あやめ自体を根へと取り込み始める。

 四季を操る黒上が行うのは春の様相。芽吹きを与える術式が齎すのは大地へ根を張る植物の浸食効果。あやめの肉体を依代として植物の苗床にしようというのだ。

 四肢を絡み取られた鬼は一寸だけ呆けたような表情をしていた。

 その強靭な肉体は石畳さえ軽く砕いて浸食している木の根に囚われてはいるが突き刺されたり破られたりすることなく、木の根は彼女に巻き付いているだけにとどまった。

 本来であればこの術は、対象とした生物を樹木の栄養として取り込み急速に成長し華を咲かせる凶悪な術なのだが……鬼神には通じない。

 

 薄く目を細めたあやめは咥えていた刀を落としつつ黒上に視線を向けた。

 

「……性……を……至する」

 

 たった一言。それだけであやめの身体に纏わりついていた木の根がなんの脈絡もなく剥がれ落ちていく。

 術式で組まれたとはいえ、出現した植物自体はもはや黒上の意思を外れた一つの生き物と言っていい。その拘束を外したのではなく無効化したということは、意思や術式に左右されるようなチカラを使っていないということだ。

 黒上が一つまた一つと考察を組み上げる。

 

(水牢を破ったのとは違うなら術式の無効化じゃなく、春麗散華を破ったのなら個別干渉無効化でもない)

 

 再び祝詞を唱え、彼女はまた五芒星を宙に切る。

 次に行ったのは単純な、それでいて絶対不可避の攻撃。

 動かないあやめの周りに現れたのは幾千、幾万にもなる氷塊。フブキが行っていた冬のチカラ、更にケガレによって威力と硬度を上げたモノによる全方位攻撃。

 しかも一つ一つが回転の力を加えられており、貫通力と殺傷力は言うまでもない。先ほどまでのあやめとフブキの戦闘を観測していた黒上が出した、鬼神の防御を確実に貫通する物理的な攻撃手段だった。

 グッと拳を握ると、あやめに向けてその全てが音速を超えて殺到した。

 

「空……を、無……する」

 

 隙間など一つもない。避けたようにも見えない。逃げることもできなかったのは間違いない。

 

 だが……あやめは何もなかったかのように立っていた。大地には先ほど殺到したつららの全てが刺さっているというのに。

 あやめをすり抜けたかのように、大地にだけつららが突き刺さっていたのだ。

 

(ふぅん、物質自体の喪失じゃないなら、攻撃自体の無効化でもない。ならこれで……)

 

 凡その予測はたったと、黒上は静かに距離を取る。

 あやめの瞳に浮かぶ碧と紅の炎が濃くなった。

 

 幾瞬、鋭い金属音が鳴る。特殊な目を持つ黒上でなければ一刀両断されていたであろうその一閃に焦りを見せることなく、黒上は後ろにいるであろう鬼神に声を投げた。

 

「なるほどな……そういえばお前はフブキとの戦いで“空間を斬り捨ててたんだった”」

 

 空間を切り裂いて背後に現れた鬼神に、やっとその術の、チカラの正体を見破った。

 

「今のお前は、敵と戦い続ける為に邪魔するモノを全て切り裂く鬼神阿修羅の概念憑依。干渉も、質量も、性質も、空間も、状態も、法則も、概念でさえも無視する」

 

 それがお前の能力か、と。

 大きな金属音を上げて弾いた刀。振り返ることなく、黒上も空間転移で二撃三撃とまた切り結ぶ。

 絡み合う視線の交差。

 つららを投げても溶けて消え、大地を隆起させても土塊に変えられ、風で閉じ込めても易々と突破してきて、結界を強いても薄氷を割るように粉々に砕かれ、空間を押し付けても切り裂かれる。

 鬼神の攻撃は黒上の刀以外の全ての術式を意にも介さず攻撃を繰り返してきた。

 また、彼女達は互いに距離を取った。

 目を細めたあやめは感情の薄くなった声音で、敵意と歓喜が混ざり合ったように告げた。

 

「そうだ。余はもう……余を邪魔するうざったいモノ全てを……無至(シカト)する」

 

 無至。つまりは、(いた)るを無とする。

 

 水牢の術式では水圧という抵抗力を。

 掌で握っただけで大地にクレーターを作るには距離感を。

 樹縛の根による植物の攻撃にはその植物の性質を。

 全方位の物理的攻撃に逃げ場がないのならその空間を。

 

 封じようとするその行為自体を無とする。

 害しようとするその攻撃自体を無とする。

 縛ろうとするその意思自体を無とする。

 

 何者にも囚われず、何者にも邪魔されない。

 鬼神は実力のみで切り伏せなければ止まらない。

 

 力を示せと、ただその力だけで殺しに来いと押し付けられる理不尽。

 

 嗚呼、これはすごいな、と黒上は素直に感嘆の吐息を零した。

 正しく目の前の敵はカミで、自然現象さえ超越する災厄だ。

 

――あたしと同じく。

 

 そう内心でつぶやいて黒上は嗤った。

 純粋な技術と体術と斬術で戦わせることを強制する今のあやめにゆるりと赤の刃の切っ先を向ける。

 

「は……このままお前と同じ土俵で戦うのも悪くない。付き合って、その上で優越してやるのもあたしの存在固定には役立つかもなぁ?」

 

 カミ同士の争いは存在と概念の奪い合いだ。この戦いを終えたとき、黒狐のマガツガミはこの混ざり合った世界でも最上位の悪神として繰り上げられもするだろう。

 

 黒上には余裕があった。

 黒上には自信があった。

 

「廻れ、回れ、重なれ四季よ。カクリヨに移り変わる愛しき然なる四重奏。変わらぬモノは一つだけ。歳月を重ね、季節を廻れど、変わらぬモノを際立てよ」

 

 しかして慢心も油断もしてやらない。

 彼女はあやめがまだ、隠し玉を残しているのも知っているのだから。

 

「四季廻陣;封……瞬夏終凍」

 

 夏と冬の四季のチカラを極大まで凝縮させた術式が彩るのは世界。

 

 あやめと黒上を残して世界は灰色になった。

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 夏は。

 アヤカシとヒトを交わらせやすい最も危うい季節。良き思い出であれ悪しき思い出であれ、一枚の写真のように記憶に残り続けることもある特別な季節であると彼らは言う。

 冬は。

 生けとし生けるモノ達が外界との関わりを閉じてしまおうとする眠りの季節。白に覆い隠されることもあろうと、その凍ったような外界ではなく内側には確かに暖かさがあるのだと彼らは言う。

 

 一瞬の夏と終わりの冬をなぞったこの術式は、対象の存在を際立たせて凍り付かせる。

 

 ぐらぐらと頭が沸騰する。本能と理性の狭間で揺らめく意識をどうにか繋いでいる状態。

 潤羽るしあのチカラを取り込んで発動出来た術式は、碧の魔力が少なくなるごとに彼女の心と意識を蝕んでいく。

 

 理不尽を押し付ける、自我を押し通す彼女の能力は、そのあまりの強大さにチカラの消費量がバカにならない。

 鬼門と裏鬼門から流れ込んでくる新しいチカラのおかげで概念無至まで発動できたが、白上フブキとの戦闘も含めればそろそろ碧の魔力枯渇が起こり始める頃合いだ。このままだと、あやめは“最後の隠し玉”まで早々に使わねばならないだろう。

 

 ただありがたいことに……黒上の発動した新しい術式は、あやめが扱う強大なそのチカラの連続使用を強いるモノではなく、そのチカラを使わせぬようにするモノだった。

 

 周囲がモノクロに包まれたこの現象は、概念の固定化。

 世界にすら干渉するあやめの能力に対して、干渉しても変わらないように固定したということ。

 

 莫大なイワレとケガレがあるからこそ発動する世界の隔離術式。

 ふいと、あやめが阿修羅を振り抜いた。景色は変わらず、セカイに変化は訪れない。

 

 モノクロとなった味気ない景色に、深々と黒い雪と白い花びらだけが降り注ぐ。

 

「さあ、お前はあと……どれくらい持つ(・・・・・・・)?」

 

 口角を釣り上げて嗤った黒上が、高速移動にてあやめの足元に現れる。

 つばぜり合いとなって絡み合う視線。あやめは赤を見つめるだけで会話はしない。

 片手に持った羅刹を振り切り再び離れ合う。

 

 大きく強く、大地を蹴った。

 技の名は口にしない。

 鬼火がなくとも今の状態ならば、身体強化によって空を駆けることは出来るため、あやめは空を連続で蹴って不可測の動きで黒上に迫った。

 爆発を伴わない焔奏鬼轍。縦横無尽さも速度もなんら変わりなく。

 

 反して楽し気に、黒上はその一撃一撃を難なくいなしていた。

 あやめの動きをその赤で観測していた彼女は笑みを深めていく。

 

「なら、あたしはこっちで叩き伏せてやる」

 

 黒上の足元、そして宙のそこかしこに、幾多もの狐火が起こる。

 それはまさにあやめの技の繰り返し。鬼火とは違う狐火による結界。

 

―――これは……余の……

 

 驚愕に目を見開くも、もう遅い。

 共に超高速の戦闘は慣れている。不可測の動きはお互いに目にした。一歩目は同時だった。

 

―――舐めるな

 

 舌打ちさえ堪えて心の中で思う。口にしたのは別の言の葉。

 

「余を拘束しうるモノを、無至する」

 

 術式の無至を発動する。世界に掛けられた膨大な術式の方を無効化をしてしまえばあやめは碧の魔力を使い果たしてしまう為……指定先は狐火。

 

 バシリ、と宙に浮いていた狐火がはじけ飛ぶ。黒上が舌を出して声を流した。

 

「そっちでいいのかぁ? なら、こうすりゃいいだけだ」

 

 再び現れた大量の狐火のイロは黒。その火はあやめが触れてもはじけることはなく、あやめ自体には全く干渉することはなかった。

 加速点としての狐火は、黒上が行う“灰塵踏破”を補助することのみに使われる。

 

 加速補助の付いた黒上の動きは爆発の度に速くなっていく。

 己のバフへと鬼火を回しているあやめには、同じ術式を発動することは出来ない。

 一閃一閃が必殺と言ってもいい攻撃でありながら、まだ一筋も刀傷が出来ることはない。

 回復力の上がっているため、細かい傷など瞬く間に治ってしまう。

 

 何合も、何合もぶつかり合うあやめと黒上の戦いで、もう何十度目かのつばぜり合いが起こった。

 

 鬼神の膂力とマガツガミの膂力はほぼ互角。数十秒の硬直は今までで一番長い。

 先ほどまでは片手に持った刀を振り切って弾いていたが今は二つの刀で受けている。

 これで互角ということは、時間が経つごとに黒上の純粋なチカラが上がりつつあるということ……ではない。

 

「違うさ、お前のチカラが落ちてきてるんだ」

 

 ぎりぎりと拮抗しながら語られる。

 

「連戦に継ぐ連戦とネクロマンサーの力で無理やり使ってるバフ、概念の無効化なんていうバカげたチカラの使用。

 幾千もの歳月で積み重なったこっちのケガレはまだ十二分にあるが……お前が取り込んだネクロマンサーの力はそろそろ……」

 

 わざとだ、とあやめは理解する。

 もう時間切れが近いことを思い知らせる為に、わざわざ黒上は膠着状態に持ってきたのだ。

 あやめからは視えないが、黒上からは良く見えた。

 あやめの瞳に灯っていた碧の炎はもはや風前の灯。胸から全身に巡らせていたモノもあと僅か。

 

 頭が痛かった。

 脳内に怨嗟の声が鳴り響いていた。

 分かっている。分かっているのだ。

 自分が呑み込んだニンゲン達の負の想念が、己を壊そうと、取り殺そうとしていることくらい。

 

「ぐ……かふっ」

 

 どろりと、あやめの唇の端から黒いケガレが一筋零れた。

 

 鬼門と裏鬼門から取り入れられる新たなチカラはカクリヨと呼ばれるこの世界のケガレ。即ち、この世界の鬼族に対して向けられる怨嗟の想念(イワレ)

 あやめが持つ鬼神の呪いに共鳴して集まってきた悍ましいモノ。

 それすら背負えと、取り込んだ呪い達はあやめに告げる。

 

 はやくお前も堕ちてしまえ。

 はやく呪われて壊れてしまえ。

 

 違う、と消えかけの碧の蝶の羽ばたきがヒトの形をしたケガレ達に訴えかけている。

 きっとその蝶が本人の姿をしていたのなら、止まることのない涙を流して語り掛けていたことだろう。

 少しだけ、安心した。

 呪いは自分のトモダチに向かうことなく、やはり自分という鬼だけを呪っていたから。

 これで迷惑をかけずに済むのだ。

 

「あぁ……」

 

 くるくる、狂ル狂ルと黒い渦が見えてきた。

 ニンゲンの形をした黒いナニカが渦を巻いて落ちていく。

 目の前の黒上を確かにこの眼で見つめているのに、意識の方はそちらに引きずられて行きそうだ。

 

 いつもより深い。より深く、昏く、重い。

 また咳が一つ出た。

 きっと真黒な血を吐いているのだろう。

 

 不知火と業の気配が消えた。

 自分の式が、一番大きくて親しいニンゲンの想念すらも、呪いに取り込まれ始めたのだ。

 胸の内に沸々とわき始めた殺意と暴虐。ただ目の前のモノを壊したいという欲望。

 

「ふん……堕ちるか? それもいい。お前がただの穢れた鬼神に堕ちるなら、フブキもミオも退治することに否やはなくなんだろ」

 

 少しだけの寂寥を孕んだその声に、心の中に何かの感情があったことを思い出せそうな気がした。

 

「カクリヨに封じるは魔の異端。固めよ、鎮めよと黒上は命ずる。重ねて、五行封印。鬼神に干渉せし次元違いを許すまじ」

 

 黒きケガレがあやめの胸元へと入り込む。

 首から下げていた紫の勾玉に五芒星の線が塗り込まれた。

 

「逃げられても面倒だ。紫咲シオンと癒月ちょこの魔力は使わせねぇ。ケガレガミに堕ちたお前を殺すことで、このミヤコの大掃除の始まりとする。

 さよならだクソ鬼。くたばったその後で、その身体も、その能力も、あたしが有効活用してやろう。お前の概念干渉の力と喰霊の力を駆使すればフブキとミオの記憶だって消せるはずだ。明日にはお前の名前なんて忘れてやる」

 

 鬼の能力さえ取り込もうと、彼女は言っている。

 それに怒りを向けているのか、彼女自体に怒りを向け始めているのか自分でも分からなくなってきた。

 

 くるくる、狂ル狂ルと廻る。

 自分自身の境界線があいまいになる。

 記憶が新しいモノから呑み込まれていく。

 約束の一つ一つが破られていく。

 

 なんだっけ、とつぶやいた。

 心にたった一つだけ願いを残したはずだ。

 何を残したか、その残したという行為さえ曖昧になって。

 

 ひらりと、目の前に蝶が舞う。

 次第に薄くなっていくその蝶は、あやめにだけ聞こえる声で最後の羽ばたきを届けてくれた。

 

 

―――負けるな、あやめ先輩っ

 

 

 嗚呼、と声が出た。

 ゴポ……と嫌な水音を鳴らして、あやめの口からケガレが漏れ出る。

 

 願いを思い出した。友達の泣きそうなその声で、自分が願っていたことを思い出した。

 紅の瞳に光が僅かに戻る。

 

 ふと、耳を澄ませばナニカが聴こえた気がした。

 

―――“一、二、三、数えて”

 

 それは声だと、あやめは気づく。

 

―――“此処に、さあおいで”

 

 自分も重ねてみて、二重奏となった声はまだ旋律すら持っていない。

 

 それでも届いた。確かにあやめに届いたのだ。

 昏い渦の中で聞いたるしあの声ともう一つの声が、あやめの意識を現実へと引き戻した。

 

 蛍火のような灯りが宙を舞っていた。それは次第にあやめの元へと集まっていく。

 ぼう、と懐にしまいこんでいた勾玉の一つに火が灯った。ごうごうと、揺らめく炎となって黒のケガレに飛び火する。

 驚愕に目を見開いた黒上が、その火を避けるようにあやめを弾き飛ばした。

 

 彼女の身体は易々と吹き飛ばされるも……柔らかく優しく、一人の少女が受け止めた。

 

 モノクロに閉じていた世界が動き出す……否、燃え落ちる。

 ケガレで齎された術式は、彼女のイワレによって浄化されてしまった。

 

 顔を上げたあやめは、優しく微笑むオオカミの少女を瞳に映す。

 

「ミオ、ちゃん……?」

「さすがに避けられたか。でもあやめが無事ならまだいい……貸し一つだね」

 

 さらりとあやめの頭を撫でるミオの手は優しくて、あやめは思わず目を細めた。

 

「でも……余はミオちゃんを……」

「気にしない、ね? あやめが何をしたかったのかは、ちゃんと分かってるから」

 

 信じていると、その黄金の瞳が伝えていた。

 

 懐で燃える破魔の炎はあやめを燃やすことなく、堕ちる寸前だったあやめの呪いを浄化していた。想いを滅ぼすことなく鎮めていた。優しく、慈しむように。

 ほろりと、あやめの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 

 その炎は暖かかった。

 ヒトの呪いをも包み込むミオの炎は、あやめの願いをただ肯定してくれる。

 

 鬼神の力に取り込まれぬよう心に残していた願いは一つだけ。

 

―――皆が笑顔になりますように。

 

 自己の欲望を本能のままに貪る鬼神が持てない願いを残すことで自我を保っていた。

 決して、自分だけ逃げ帰らないと決めていたから、堕ちると理解しても友達の力が籠った勾玉を使わなかった。使う為の条件を整えることが出来なかったあやめの落ち度。

 一人では、どうやら目の前の強大なマガツガミに勝つことはもう出来ない。

 

―――悔しいことだけど、それでもいいと余は思う。だって……

 

 二人で立ち上がる。

 まだチカラが戻りきっていないミオと、鬼神化が解けて数段チカラの下がってしまったあやめ。しかし、それでも、二人なら

 

 遠く、同じく黒と赤のイロをしているマガツガミへと二人は視線を向けた。

 のちに互いに目を合わせ、コクリと頷き合う。

 

 あやめは懐から二つの勾玉を取り出す。

 黄金の中に桃色を浮かべた一つをミオに渡した。

 

「余の友達の一人、“保健室の悪魔”の魔力が籠った勾玉だ。使えばミオちゃんはより効率的にイワレってのを回復できるようになって、破魔の炎も十全に使えるはず」

「ウチから吸ったそっちはどうするの?」

「強大なチカラで圧倒することは出来る、確かにあいつを一時的に戦闘不能には出来るかもしれない。でもそれじゃあ足りない。このミヤコはあいつにチカラを与えすぎるから何が起こるか分からないんだ。だからその前に……」

「マガツケガレに取り込まれて暴走するかもしれないから、あやめがウチの破魔を取り込んで浄化で抑え込むってことだね? その為に吸ったってことかぁ」

「うん。ごめ―――」

「謝らないの。ウチもね、部外者のあやめにウチたちの不手際を背負わせちゃったから。それなのに、最後まで手伝って貰うことになっちゃうから、ごめんね」

 

 困ったように眉を寄せて謝るミオに、あやめは一寸だけ呆けたように口を開け、すぐににっこりと綺麗に笑った。

 

「……にひひ、いいよ。余がしたくて始めたことで、余がしたくて終わらせることだから」

「じゃあ……お願い。ウチと一緒に、あの子達二人を助けて」

 

 切なる願いを優しい鬼神は受け入れる。

 

 嗚呼、嗚呼と心が軽くなった。

 オオカミの少女の心にも、もはや寂しい風が吹くことはない。

 

 手を繋ぐ。二人が握ったのは紫の勾玉と金に桃色が混ざった勾玉。

 

 指で弾いた黒と赤の勾玉を、あやめが愛おしそうに呑み込む。

 

 二人で重ねた掌に、破魔の炎が立ち上る。

 

 勾玉を封じた昏い五芒星の封印は燃えて消えてなくなった。

 

 そっと手を放してそれぞれが一つずつを手に取って……互いにごくりと呑み込んだ。

 

 マガツガミは、黒上は……苛立ちと殺意を高めて二人を見つめていた。

 

 

 雷鳴が轟き、電が迸る。空間が鳴き、空が割れ、大地が震え、そのモノを恐れているかのよう。

 鬼が纏うは紫電の輝き。友から預かった魔の極致。

 

 燃え上がる焔は天に届かんという程に大きく。金と桃の光は狼を癒し、別世界の理を優しく教えた。

 狼が纏うは魔に於いて異端の摂理。悪魔から譲られた癒しの極意。

 

 

「繋げよ、愛しき友との約束。鬼神は魔の雷を喰らい雷神となりて不条の理を打ち砕く。“零式喰霊……魔鬼両式:紫電紅焔・緋雷神”」

「解けよ、溶けよとオンカミは接合す。癒し月の光を受けて理は裏返り、破魔は癒しを溶かし込む。己が焔は穢れを溶かし友を癒す魔の炎。“月癒大神”」

 

 

 片や、二つの刀を構えて挑発的に笑いかけた。

 片や、拳を握りつつも慈母のような微笑みを投げかけた。

 

 どちらもから向けられる感情に、ついにマガツガミの苛立ちは限界に達する。

 されども冷静に、冷徹に、彼女は心の内に眠らせている愛しき姉の為にと、感情を凍らせる。

 

 すっと細めた目で、二柱の神を見下した。

 差し出した手を返して、掛かって来いと無言で示す。

 もはや言葉は不要だと。姉の友が敵となったとしても、それすら黙らせて己の欲望(ネガイ)を押し通すだけだと。

 

「行くよ、ミオちゃんっ」

「うん、行こう、あやめっ」

 

 月と大桜だけが見守る春の夜。

 それぞれの願いを叶える為にと最後の衝突が始まった。

 

 地平線へと近づき始めた月と、染まり始めた東の空の藍色が、もうすぐ暁が昇るのだと教えていた。




呼んで頂きありがとうございます。

あやミオてぇてぇ
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