例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】   作:ちゃんどらー

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百花繚乱花吹雪  3

 長い長い時間を過ごしてきた。

 

 親と呼ばれるモノが居た時は確かに幸せだっただろう。

 

 純粋に、生きる事が幸せなのだと理解していた。

 

 親と呼ばれるモノが他種族との戦いで食い殺された時も、まだ生きることに疑問の一つも持たなかった。

 

 あの時―――過去から繋がる想いを継承したその時から。

 

 ふわふわしている。

 

 ふわふわしていた。

 

 ふわふわ、ふわふわと……己の存在自体が曖昧になってしまった。

 

 想念の継承の本質は魂の昇華だから……自分という存在に異物が混ざるのは仕方のないこと。

 

 多くの想いは責め苦のようで。

 

 多くの念は絶望を届けようとしていて。

 

“喰え”

 

 その一言のみが胸の内にジクリと灯るのだ。

 

“怖いならば、恐ろしいのならば、憎いのならば、恨めしいのならば”

 

 そうだ。

 

 喰らうべき。

 

 周りに在るモノ全てを喰らえばいいと、その一念に支配されて皆はこのチカラに取り込まれてしまった。

 

 だから自分はその想いを飲み干した時―――曖昧な存在になった自分を自覚出来たから、その声が自分と混ざってしまったニンゲン達そのモノだと理解出来たから―――内から響く衝動が溢れる前に噛み砕いて飲み込むことにした。

 

 今もまだふわふわと、己の曖昧さはそのままに。

 

 噛み砕いて、飲み干して、飲み込んでを繰り返す。

 

 

 いらないわけじゃないよと、その哀しい想いが溢れそうになる度に声を掛けて。

 

 

 嫌いになれるわけないよね

 

 

 悪鬼であれ鬼の神、そうあれかしと願われても

 

 

 そうなってなんてあーげない

 

 

 余はね、人間様たちも大好きだから

 

 

 嫌ってもいいよ、余が好きなだけだから。

 

 

 でもちょっとだけ、嫌いな余に力を貸してね。

 

 

 

 

 

 ね、

 

 余のことを大嫌いな、余が大好きな想い達

 

 

 

 あの哀しくテ、寂しそうなカミサマたちと一緒に遊ぼうヨ

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 夜の帳が下りてもその都は美しかった。

 空に浮かぶまんまるのお月様は、優しい光をその都を照らし出して。街道のそこかしこにぶら下げられた提灯は大地から空を朱色と黄色に染め上げて。

 まだその街は活気に溢れ、まるで眠ることを忘れたかのよう。

 

「ヤマト……それがあの子達の国の名前。見た目もよくて名前もキレイとか羨ましいなぁ」

 

 言いながらてくてくと、あやめは木々が月の光さえ遮る暗い昏い山道を独り下りていく。

 数日前の邂逅すら懐かしく感じつつ、其処で話された情報を思い返しながらの足取りは軽く。

 魔界での地域の名前よりも美しい響きに羨望を覚えるものの、感情はそのまま独りごとは続いて行った。

 

「オオエヤマ……だっけ? それが混ざっちゃったこの山の名前。いいね、なんか。うん。余はこの山で育ったから、オオエヤマの鬼の子か……ふふっ」

 

 集落から近く、幼い自分が遊び場にしていたこの山に名前がついたことを嬉しく感じ、それでいて自分が其処に含まれるようになることも面白く思った。

 

 くすくす、くすくすとこそばゆく笑う声は高く。くすぐったい新しい感覚があやめの心をぼんやりと暖かく染め上げる。

 

 思うのは子供の頃のこと。

 鬼の子供達と山を駆けて追いかけ合ったり、沢で魚を取って鬼火で焼いてかぶりついたり、誰が多く木の実を集められるかと競争をしたり、山奥に現れる魔物や妖魔を悪戯にからかっては戦ってみたり……そこに彼女達が加わるところを考えて見た。

 まだ狼の少女としか会えていないが、話に聞く限りではもう一人のカミサマは愛らしい狐の少女だという。

 なら、三人で遊ぶのだ。

 鬼と、狼と、狐。いつか神になるであろう三人で、仲良く山を駆けまわるのだ。

 

「“例えばきっと”……そういう世界もあったのかもしれない」

 

 それは素敵だ。素敵で、素晴らしいことだと彼女は思う。

 

 もしかしたら自分は彼女達と同じクニの生まれで。

 もしかしたら自分は彼女達のように人間からの信仰を受けた鬼神で。

 もしかしたら自分は彼女達とはしゃぎながら日々を暮らしていたかもしれなくて。

 

 もし……もし……と積み重ねることは嫌いじゃない。

 そういったたらればの可能性を積み上げることも、想いを紡ぐことと同義だから。

 

 あやめは狼の少女と話すことによってそういった想いを強く感じた。

 むしろそうであったのではないかとの錯覚を覚えるほど、あやめは狼の少女に親近感を感じていた。

 

「それでも今は、此処にあるモノが全て」

 

 頭の中に浮かんだ光景は泡沫と消え行く。本当にあった過去と見違えるような鮮明さであったのに……。

 ふぅ、と一息。夜風は涼しくて心地よい。

 

「……今の余がいるのは、今までの皆と出会ってきたからだから……ね」

 

 彼女は間違わない。自分が感じている今此処こそが現実なのだと。自分自身が認識するモノが全てなのだと。

 

 てくてく、てくてくと歩きながら思い返す。

 大神ミオという少女は彼女の世界の情報をあやめに簡潔に説明し……そのうえで、魔界という戦国乱世の在り方を拒絶しなかった。

 

 曰く、ヤマトにあるこのミヤコも戦国乱世を経験しているが故

 曰く、余所者を許容できない現地人の心は痛いほどに理解できる故

 曰く、荒事があろうとも……人々の信仰は揺るがず、ソレを収め、治めることこそが自身達の存在意義であるから故に、と。

 

 ああ、なるほど。確かにこの少女は神なのだと、あやめはその在り方を知って納得した。

 人々の信仰を見事なまでに完遂する様も、想念を受け止めてそうあれかしと己を高める心根も、声を聞き入れて微笑みと共に頷くであろうその柔らかさも。

 

 そして重ねて……哀しくなった。

 

 彼女達は其処に居る。それが正しい。そうあれかしと願われて、彼女達は其処にいる。

 

 

“守りたもう。治めたもう。導きたもれ。

 

 掛けまくも畏き、ヤマトノ真神よ天狐よ、オオエの深山の降りたる天桜原に、禊ぎ祓へ給いひし時に、生り坐せる祓戸の大神等

 

 諸々の禍事――罪――穢、有らむをば、祓へ給ひ清め給へと、白すことを聞こし召せと

 

 かしこみ……かしこみ……もまをす……”

 

 

 其処はきっと安全で、安心で、安寧で、安穏としていて、それでいてとても……退屈なのだろう。

 何年、何十年、何百年と。思考と心が、知らぬうちに腐り果てるくらいに、何度も何度も繰り返される日常と願いの連鎖が絡みつく。

 

“嗚呼、真神よ、天狐よ。我らが心を受け取りたまへ。そうして我らの願いを叶えたまへ”

 

 積み上げられ、繋ぎ、紡ぎ、大きくなりすぎた願いという名の呪いは、彼女達を縛りきるには十分であろう、と。

 

 

 あやめには彼女達の本心は分からない。あやめは自由に、自分がこれが一番だという事を“選んで”生きてきたのだから。

 鬼神になる前も自分から強くなろうと思って強くなったし、鬼神になることも自分から望んで呑みこんだ。鬼神になった後も己の勘を信じて選択してきた。

 魔界学校に行けば友達が出来た。好敵手のような存在も居るし、からかってくる奴もいる。変な奴らばかりで大変だが、生徒会長として日々を過ごしてきた。

 

 もしかしたら、と彼女は思う。それはきっと、たらればの話だが

 

「……皆に願われるままに、鬼一族の鬼神として戦っていたのなら……あの子達みたいに余もなっていたのかなぁ」

 

 想像すると唐突に、きゅう、と胸が絞めつけられた。

 なんだろうこれは。この感覚はなんだろう。考えても彼女には直ぐ答えが出なかった。

 

 同情、ではない。

 悲哀、でもない。

 憐憫、もってのほかだ。

 

 くるくるくるくる思考が回る。ああでもないこうでもないと浮かんではまた消えていく。

 暗い闇の中で歩きながら思考に耽っていたが、夜空に浮かぶ月を見たくなって顔を上げる。

 まぁるいお月様は其処にある。いつものように、確かに其処にある。ちゃんと居てくれる。

 

「あ……」

 

 声が一つ漏れ出る。そうか、そうかと続けた。

 

「寂しい、淋しい。空しい、虚しい。そっか……だから余計に、先代達も……」

 

 まだ知らぬ感情と想いがあったと此処で気づく。願われるままに生きることの本質を。

 

 其処に自分は居るのかと、否。

 其処に変化はあるのかと、否。

 其処に心は残るのかと……断じて否。

 

 それはきっと、荒野を吹き抜ける風のようで

 それはきっと、月の浮かぶことのない冷たい夜のようで

 それはきっと、独りで労働に押しつぶされるだけで死を待つ人間が持つであろうモノと似ている。

 

 寂寥、寂寞、と。あやめは彼女達の心を支配しているであろうモノの正体に当たりを付けた。

 

「……余は違う。先代達のようにはならなかった。繰り返しの寂寞に嵌ることはなかった。願われても呪われても己の中の答えを信じて歩いてきた。だからあの子達は……」

 

 貴女なら、と彼女はあの時言った。

 世界を戻す方法など話し合っても終ぞ出ることはなかったが、お互いの目的は話していた。

 何をしているのかは聞いた。どうしたいのかも聞いた。

 自分達がしたいことは話した。どうすればいいのかも話してみた。

 

 日が山に隠れるまでの数刻だけだが、それだけであやめと少女の結論は出ていた。

 

 橙と藍色が入り混じる空の下、狼の少女は大きな耳を揺らしながらあの時、泣きそうな顔で笑っていた。

 

―――交渉、決裂ですね。ただ、世界がこうなって初めて戦うのが貴女でよかったのかもしれません。

 

 その顔は、その声は、その心は……期待や希望など一つも持っていなくて。

 きっとこれからも変わらぬ日常の牢獄を暮らしていくのだという、絶望が瞳の奥に沈んでいたのだ。

 

(諦観、っていうのかな、あれは。明日も明後日もあんな目をして生きていくのかな)

 

 何故、その時はがゆく感じたのかあやめには分からない。

 しかし一つだけ、確かなことがある。

 

 山道を随分と長いこと歩いてきた為に、ようやっと彼女の瞳にも街の灯りが浮かぶようになってきた。

 

「……余は、したいことをする。ずっとそうやって生きてきた」

 

 かちゃり、と腰に下げていた刀の鞘を鳴らす。

 一つ、二つと祝詞を零す。鬼の祝福を受けた彼女の愛刀の二つが薄く光った。

 むかむか、むかむかと胸に嫌な感情が込み上げる。不満、と言っていい。あやめは神と呼ばれる少女達の在り方……ではなく、ソレを受け入れて諦観しているその心が嫌だった。

 

「余の前で、あんな顔で笑うな」

 

 ぽつりと零しながら犬歯をのぞかせて唸る。

 前を睨みつけると其処にはいつのまにか狐と狼の面をした和装の集団が立っていた。

 生き物の気配はない。それがこのミヤコを防衛するための術であることなど分かりきっていた。

 

 すっと、あやめは目を細める。

 大太刀・妖刀【羅刹】と太刀・鬼神刀【阿修羅】を静かに抜き放ち、だらりと腕を下ろした。

 

「そんな顔で笑うしかない居場所なら……余が貰っちゃっても……いいよねぇ?」

 

 一寸の間だけで、その場の重力が倍になったかのように、目の前に立ちふさがっていた面の刺客達は膝をついた。

 じわりじわりとあやめの瞳が紅を増していく。

 

 のちに、彼女は羅刹を上げて都の中心に聳える塔へと切っ先を向けた。

 

「あはっ……」

 

 三日月のように引き裂かれた口で嗤う。

 強化された視覚が塔の頂上に居る黒髪の少女を捉えていた。

 

 嗚呼、その大きな耳は、さぞ遠くまでモノを聞くことが出来よう。

 なら、この声も響いているのだろうに。

 

「オオカミちゃーーーん……あーーそびーーましょーー」

 

 鬼神はくすくすと喉を鳴らしながらゆるりと歩む。

 引きずるように両手に刀を持ちながら。

 たまに邪魔をしてくる面を切り捨てながら。

 

 くすくす、くすくすと。ひたひた、ひたひたと。

 

 まんまるに輝く月だけが、彼女達二人を見下ろしていた。




読んでいただきありがとうございます。

カミサマとして長い年月を過ごしてきたのなら、きっとナニカが冷たくなってしまうんじゃないかなという妄想。

途中の祓詞は神事などで捧げられる本物のもじりとなります。
詞が美しくて好きなのです。

現在シオンちゃんの魔雷脚(マジカルイナズマキック)みたいな必殺技名を必死で考えてます。

ではまた
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