例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】   作:ちゃんどらー

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百花繚乱花吹雪  5

「―――っ」

 

 アヤカシとして生きること数百年。

 カミとして生きること千と数百年。

 

 ミヤコが形を成してからは二千程の年月を重ねてきたオオカミの少女――ミオはあの歌を聞いた夜の次の日、外を見て絶句していた。

 

「なに……あれ……」

 

 美しきミヤコは変わりない。

 永遠に枯れることのない天桜の神木は花を散らすことなく咲き誇っているし、喧噪こそいつもより多いモノの人々の声も変わりなく、空は青く澄み渡り、東方のオオエヤマが良く見えた。

 その山は確かにオオエヤマだ。なのだが違和感があった。

 いや、今はそれはいい。もっととんでもないモノが、彼女の視界、遥か彼方に見えているのだから。

 急ぎで神社の屋根、ぐるりと三百六十度視線を巡らせられる場所へと昇った彼女は更に絶句する。

 

 

 彼女の大きさのモノでは握る事の出来ないような大きな剣が遥か遠く西の地に刺さっていた。

 

 彼女が一度も見たことのないような、まるで空を飛んでいたかのような鉄の塊が北方に突き刺さっていた。

 

 彼女が見たことのないような、それこそ人々から伝え聞く南蛮の街並みのようなクニが南方に広がっていた。

 

 

 ぱちくりと瞼を瞬かせ、呆然とそれらを見ること数瞬。

 

――オンカミが欲すはカクリヨの景と楽。満たせ、満たせと身を研ぎ澄ませしむ――

 

 思考の空白は一寸、ミオが一つ二つと言の葉を紡いで魂にイワレを満たす。

 カミとしての研ぎ澄まされた感覚を更に上げて、この異常な出来事を感知しようと五感の強化を言の葉に込めた―――しかし

 

「は?」

 

 いくら目を凝らそうと、いくら耳を澄まそうと、いくらカミとしての感覚を研ぎ澄まそうとも、そこに視えているはずの景色は現状で見ている視覚的情報以外で知覚することは出来ず。

 素っ頓狂な声を上げたミオの思考が再び空白に支配される。

 ふるふると、愛らしい仕草で首を振った。まだあきらめるには早いのだと。せめて少しでも情報を集めねばならないのだと。

 異質なモノを深く視ることも聴くこともできなかった。

 しかし本当なら其処にあるはずのモノはどうなったのかと、彼女は思い至る。

 ヤマトのクニに起こった異常事態の状況把握を少なからず行わなければと思考を切り替えると……強化された知覚が少しばかり現実を捉えた。

 

「空間が……歪んでる? 確かにヤマトの大地は其処にあるのに、全く別のモノが割り込んでるの?」

 

 ジジッと入るノイズの度に切り替わる接合点の景色。主な景色は新しく現れたモノの方が強く押し出されているようにも見える。

 

「知覚できないってことは其処にはないってこと? あー、ウチらの大地が此処まで変わったらさすがにイワレにも影響出るはずだしそれはそうか。

 それよりも……昨日のオツトメの時はどうもなかったのに、どうして朝になったらこんなことになってるのか、だよね。接合点を確認すればもっと多くのことがわかるかな?」

 

 一度確認しに行ってみるか、と彼女は思うもすぐにその考えを改める。

 

「……いや、こんなことになってるのに“あの子”が騒いでない方がおかしい。そっちの方が異常事態じゃん。どうしてウチは――」

 

―――すぐにその考えに至らなかったんだろう。

 

 背筋が凍る。

 二人で治めてきたはずのミヤコで、二人で見守ってきたはずのクニで、二人で過ごしてきたはずの時間だったのに。

 ミオはその時まで、“あの子”のことを思いつけなかった。昨日も会っていたのに? 昨日の夜のことですら思い出すのに時間がかかるという事実に、ミオは己の身体を両手で抱きしめた。

 カミとしてこの大地を治めている二柱の内の一柱である彼女の認識や意識を歪ませるなど、尋常ならざる事態どころではないのだ。

 

―――まずは“あの子”とお互いの状態の確認を……。

 

「みぃぃぃぃぃおぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 

 思うと同時、遠くから近づいて来る絶叫があった。

 視線を向けるのは上。神木の途中にあるこの神社の更に上。

 この異常事態に気付いて直ぐに一番天辺まで登っていたのだろう―――ミオに一言相談することすら思い付かずに。

 絶叫の元が豆粒のような小ささから次第に大きくなっていく。

 はぁ、と呆れを零した。視線を切ったミオは真っすぐに自分めがけて落ちてくる彼女を

 

「白上はぁぁぁ! 急にはぁぁぁ! 止ぉまぁれぇなぁいぃぃぃ! この愛をぉぉぉ! みおぉんにぃぃぃ! つぅたぁえぇたぁいぃぃぃ! 白上とぉ! みおぉんのぉ! あぁいぃのぉすぅへぇぇぇ! 突撃寸前! 三秒前!! 3! 2! 1! ごぉう!」

「ほいっと」

「にゃあ!」

 

 僅かに避けるだけで人身事故を回避した。

 何やら不可思議な歌詞の歌を、まるで酒を勧める時のような独特のリズムで歌っていたのは気にしない振り。

 神社の瓦が盛大に吹き飛び、屋根には大きな穴が空いてしまった。もくもくと埃が舞うその穴の中を覗くことはまだしない。

 いつになく騒がしい、とまたため息を一つ。

 

 こういう時はどういえばいいのかと、ミオは顎に指を一つ当てて試案する。

 そうして幾瞬、彼女は穴に向かって言葉を一つ投げやった。

 

「……猫やんけ」

「狐じゃい!」

 

 とう、と掛け声が聞こえそうな勢いで飛び出してきたその白いのは、不服そうに眉根を寄せてミオに詰め寄ってきた。

 

「なぁんで受け止めてくれないのー!? 白上の愛はいらないっていうの!? おーまいごっどじーざす!」

「あーはいはい。重力をふんだんに乗せられた重っ苦しい愛さんには屋根と口づけしてもろて」

「うぁぁ、浮気相手として許されたのが硬くて冷たい瓦くんとは、白上はこれから夜な夜なその冷たくて平たいふぉるむの感触が唇から離れず思い悩むことに……」

「後でちゃんと屋根直しといてよね? 雨降って来たら大変だし」

「無・視!」

 

 辛辣な返しに対してまん丸に目を開きながらミオを見やる白い少女は、よほどショックだったのか突っ込み待ちなのか止まったままである。

 その普段と同じ様子に安堵したミオは、呆れながらもほっと吐息を一つ宙に零した。

 

「……おはようフブキ」

「むむぅ、おはようミオ」

 

 不服そうに唇を尖らせながらも朝の挨拶を返す白い少女――白上フブキにミオは微笑みを返した。

 

「朝から元気だね」

「いやー、そりゃこんな変なことが起こってたらねー。はしゃがずにはいられないってもんよー」

「うん、そっか。ウチもさっき見てびっくりしてたとこ」

「う? ミオ、怒ってる?」

 

 どこか対応が硬いミオに違和感を覚えて斜め下から顔を覗き込んでくるフブキ。ミオはふるふると首を横に振った。

 

「フブキは気付いてないの?」

「何を?」

「朝起きて、異変を感じて、ウチを呼ばずにすぐ自分だけで上に上ったこと」

「―――っ」

 

 自分達にしては有りえないことだとフブキも気づいたことに、ミオはまた安堵を深める。

 先ほどまでの緩い空気が引き締まり、フブキの纏う空気が変わる。

 

「ウチもね、フブキに知らせずに外を確認しようって出ていきかけたんだよね」

「……認識阻害と意識操作?」

「分からない。ただ、昨日の夜の記憶もなんか変に感じる」

「……ほんとだ。ミオとおゆはん食べてお風呂入って寝たはずなのに、お風呂入っておゆはん食べて寝たって思っちゃう」

 

 行ったことの順番が違うという些細な違いだが、イワレを扱う彼女達にとって記憶があいまいというのは少しではない異常であった。

 

「身体におかしいところは?」

「多分、大丈夫。記憶もしっかり意識を持てばもうちゃんと思い出せるし、自分も歴史(イワレ)も認識出来る」

 

 ぽう、と彼女の翡翠の瞳に光が灯る。次いで、神木も僅かに光を返した。まるで水脈が通っていくようにその光は神木を伝っていき、大地を駆け巡っていく。

 

――シラカミが繋ぐはカクリヨの地と脈。紡げ、紡げと希ひ識を持つ――

 

 小さな言の葉を載せてイワレを満たしたフブキを、ミオは何か違和感はないかとじっと見た。

 

(うん……ケガレは混ざってない。大丈夫)

 

 此処は彼女達が長い間治めてきたミヤコであり、千年以上になる。

 当然、それほど長い年月を治めてきたのなら信仰によってイワレを捧げるニンゲンの意識や想念が変わらぬはずもなく……。

 

 オツトメ―――ケガレを祓いイワレへと変える――や、チカラクラベ―――カミがヒトにその力を知らしめすカミ同士の試合――は行っているが、それでもヒトの心というのは移ろうモノである。

 

 信仰は確かにある。敬意は失っていないだろう。オツトメにより感謝をしているのも理解できる。チカラクラベによって畏怖もあるはずだ。

 しかし……年月を重ねるごとにそれらはどんどんと薄くなっていっている。

 単純なことだ。

 ヒトというのは慣れる生き物で、さらにはその内に秘める欲望(ねがい)はとどまることを知らない。

 

 他の地域で起こったことはミオの耳に入っているし、最悪の場合ソレが起こりうるであろうこの大地のことも理解している。

 

――ニンゲン同士による争いにカミが利用され、マガツカミへと堕とされるカミオトシ。

 

 千年近く前、まだ先代が生きていた頃の話だ。ヤマトの中でも小さな島で起こったことで、戦の規模が小さく対応が早かったからどうにかなった出来事ではあるが、このクニに暮らすカミ達にとっては未だ背筋に冷たいモノが這う出来事である。

 ニンゲン達はそれを臭いモノに蓋をするかの如く忘却の彼方へと押しやった。しかしミオ達はしっかりと覚えている。

 始まりは小さなケガレが祈りに混ざったことからだという。自然発生する澱みと変わらない程度のケガレだ。

 ただ、ヒトという種を甘く見てはいけなかった。

 その小さな欲望は時間を重ねるほどに増えていき……その地のカミで祓えぬ程のケガレとなり果てた。

 ケガレはヒトへ憑りつけば争いを引き起こす。そうしてヒト同士の争いとなり、ケガレたヒトはカミですら利用し、マガツカミが生まれてしまった。

 マガツケガレから生まれたわけでは無かったのが不幸中の幸いだろう。その土地は徐々に浄化されているという。

 そうならないようにと、ミオはカミとしてこの地を治めることに尽力してきた。

 

 ただし、もう一つ彼女には懸念があった。

 

――ほんと最近の……この心に吹き抜ける風はなんだろう、ね。

 

 信仰も、敬いも、感謝も、畏怖も薄くなるのは仕方ない。ヒトはカミと違ってその生は刹那なのだから。

 不満があるのか、と問われてもミオは否と答える。

 ニンゲン達から受ける想念が薄くなろうとも、この大地に溢れる想念は神木が受け取るようにできているから。

 魂を捧げたオオカミとヒト、そして豊穣を与え続けるシラカミの三者によって生まれたこの神木こそが、この大地で一番大切なモノなのだ。

 ミオはなんら不満はない。誇らしくさえ思う。自分の先達によって今も尚守られるこの地を。

 

「―――ぉ? み―――」

 

 誇らしくとも、心に吹き抜ける風の正体は分からない。長い間カミである彼女は、自分の心が何を感じているのかに気付けない。

 

「ミオぉぉぉ!」

「わぁ!」

 

 思考に潜っていたミオの大きな耳に向けて、フブキの高いソプラノがよく響く。

 

「な、なに!?」

「ぼーっとしちゃって! 終わったよ!」

「あ、お疲れさま」

 

 何考えてたのさ、とぶぅたれるフブキの質問には答えず微笑みで返して、頭を無意識で撫でた。

 

「どうだった?」

「んー、“豊穣”に変化はない……っていうか、“豊穣”の恩恵を受ける大地をわざと外したみたいに空間の歪みが走ってるっぽい」

「どういうこと?」

 

 されるがままのフブキは唇に指を当ててどうやって説明したモノかと唸った。

 

「シラカミが付与してるイワレである豊穣をオオカミの破魔のイワレで守ってるでしょー? それが影響してるこのミヤコとある一定まで縁深い場所までが範囲だけ残して、あとは空間の歪みが囲うように走ってるんだよぅ」

 

 ふむふむと頷くとフブキはビシリと指を一つ立てた。

 

「さ・ら・に・は! 歪んだ空間はまだ不安定で不干渉。其処にあるけど行き来はまだ出来ないと思う。蜃気楼みたいに見えるけどいけない場所、みたいな?」

「じゃあ式を向かわせても――」

「ダメだろうね。ただ天辺で視た時よりも深くつながって来てるから、もしかしたら“混ざっちゃう”かもしれない」

「それは……世界が、ってこと?」

 

 聡く気づいた予測を話すと、フブキは小さく吐息を一つ吐き出す。

 

「オオエヤマが今の所、一番顕著だね。今まで在ったオオエヤマに、別の世界の木とかイロが混ざって来てる」

 

 言われてすぐそちらに視線をやると、確かに自分が感じていた違和感が大きくなっていた。

 

「既存の概念がひっくり返った……ううん、浸食される、されていく。此処はもう、白上達の知ってるヤマトじゃないかも」

 

 撫でられるがままにされていた手をすっと外して、フブキが屋根の端へと歩いて行った。

 オオエヤマを見て、空を見上げて、最後に振り返ってミオを見た。前髪に隠れて翡翠のイロは見えず。

 

「こっちの世界――カクリヨから、あっちの世界――ウツシヨを認識できる。ならもしかして……ウツシヨからカクリヨも……ってのはおかしいのかな?」

 

 一歩、一歩とフブキはミオへと距離を詰めていく。

 

「そもそもウツシヨとカクリヨは本当に一つずつだろうか。いやぁいつも考えてたんだよね。朝の今は見えないお空のお星さまたちは、もしかしたら……って……」

 

 フブキのいつもとは纏う空気の違いに、ミオは眉根をきゅっと寄せた。

 

「……歪んで、混ざって、もしかしたら世界がもっと広がって……それはいつものようにウツシヨからいろんなモノが落ちてくるのと似てるけど―――」

 

 フブキは両手の親指と人差し指で小窓を作ってその中からミオを覗いた。

 

「―――“シラカミ”は、まだソレを拾わない」

 

 いつもならキラキラと光っているはずなのに。

 まっすぐ見つめてくる翡翠の瞳、その奥は深くて昏くてミオには覗ききれなかった。吸い込まれそうになる。

 

「フブ……キ……?」

 

 ふっと、フブキはミオから視線を外す。

 

「なんて」

 

 のちにペロリと舌を出しておどけたフブキに、ミオはほっと胸をなで下ろす。

 

「からかわないでよぉ、もー」

「ごめんごめん! でも世界が歪んで混ざっちゃってるのはホントだから……どうにかしないとね?」

 

 あはは、と言いながらくるりと一回転。愛らしい尻尾を揺らして両手で狐を作ってフブキは笑った。

 

「だぁいじょうぶっ! ミオと一緒ならこのおかしな出来事もいつものオツトメみたいにすぐ解決できるよー」

 

 くるくる、くるくると彼女は楽しそうに回る。

 その愛らしい仕草にしょうがないなとため息を吐いて、ミオはじゃあどうしようかとこれからの行動予定を再び話し合い始めるのだった。

 

 




読んでいただきありがとうございます。

異変があった朝のシラカミ神社での一幕。
フブキちゃんのコールが頭から離れなかったんや……

狐の窓:指で四角の小窓を作って覗くのを狐の窓といいます。妖怪などの正体を見破る行為ではあるのですが、シラカミがそれをするのは少し違った意味を持つという。

遅ればせながら、天狐は豊穣に関係し、真神は破魔に関係することをフブミオの独自設定としておりますことをご容赦ください

公式からホロオルタの供給がどんどんあってとても楽しみですね
ウェスタの設定、気になります

これからも楽しんでいただけたら幸いです。
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