例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】   作:ちゃんどらー

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百花繚乱花吹雪  6

 夕暮れ時のミヤコは、散ることのない桜が朱色に染まってまた別の彩りを見せてくれる。

 今日のオツトメが終わり、やっとこさ一息つけたフブキとウチは神社に戻ってのんびりとお茶をすすっていた。

 

 ここ二日は大忙しだった。

 朝から世界ごちゃまぜ大事件のことを調べていたら、ニンゲン達がウチ達には依頼せずに自分達だけで調査団を組んでこの異変を調べたいと嘆願してくるわ、ミヤコに現れた見たことのない鬼のアヤカシ達が来るわでてんやわんやだった。

 ニンゲン達の方は十分な注意を払って向かうようにと承認しておいたが問題は鬼の方。

 ヤマトとは別の場所、つまりは混ざった別世界の住人らしく、しかし礼儀正しいことに彼らはミヤコに挨拶に来たのだという。

 

―――いや、礼儀正しくはないか。手練れを街に潜ませて情報収集を行っていたのだから。

 

 彼らはヒトよりも遥かに戦闘力が高いのはすぐわかったが、さすがにこちらがどれだけのチカラを持っているかなどの詳細は、街に入っただけでは完全に把握していなかったんだと思う。

 鬼達の来訪をニンゲンが慌てて自分達に報告してきて、そのままニンゲンの領主の所で自分達と共に顔合わせを行い、目の前に来た鬼達は、きっと入り口……いや、屋敷の玄関にでも時点でウチ達の存在に気付いていたのだろう、真っ青な顔色をして震えていた。

 

 上座に座って欲しいとニンゲン達はいつも畏れ多いというけれど、ウチもフブキもそんなモノに拘ることはない。

 一応、領主よりも雛段の上段には座るのだが、ウチ達はそれぞれが好き勝手な座り方をする。床に座っていることもあるし、雛段に腰かけることもある。畏れを以って見上げてくる彼らに対してこちらは威圧を与えることもなく、フブキなんかは彼らに手を振ってたりもするし。

 だから鬼達もそんなに怖がらなくていいのに。

 

―――まぁ、アヤカシとカミだとイワレの量が違うから仕方ないか。

 

 ヒトという種が単体でアヤカシとほぼ相対出来ないように、アヤカシとカミの間には隔絶した壁があるのだ。

 その鬼達も相応の実力をもってはいても、ウチやフブキには決して届かない。

 

 閑話休題。

 その会合によって、彼らがミヤコに来たのはこちらがどういったクニなのかの視察と……戦力の把握だというのがその話からは分かった。

 ニンゲンだけであれば勝てるとでも思っていたのだろう。彼らの視線はニンゲンに向いていたが、意識の先は常に自分とフブキに刺さっていたのだから、ニンゲンを眼中に居れていないのが丸わかりだ。

 フブキはそれに気づいた上で鬼達に向けてにっこりと微笑みながら自分のイワレを抑えようとしなかった。

 彼女は……戦いにすらならない相手だからいらないことをしに来るなと無言で伝えたのだ。

 

―――フブキらしくない。

 

 そう、今思い返しても彼女らしくない。

 チカラに任せて相手の交渉の結果を縛りに行くことなど今までなかった。その時は気づかなかったが、やはりこの異変が起こってからフブキは何処か変わってしまっているのではないだろうか。

 いつもならある程度の興味を抱いたはず。来訪者と友好関係さえ築くこともあるほどに、彼女は新しいことや新しいモノに目がないのだから。

 

 言いようのない不安が心に沸く。もやもやとしたソレは、無意識に自分の眉根を寄せさせるには十分で……

 

「んー、ミオがまた難しい顔してるぅ」

 

 ジト目で見つめてくる彼女の視線は真っすぐに自分の瞳を射抜いていた。

 

「何か不安でもあるの?」

 

 その翡翠に見つめられるのは弱い。まるで自分の心の中を全て見透かされるようで。

 随分と長いことフブキといるから、些細な変化でも彼女にはバレてしまう。これはお互いさまってことかな。

 

「ちょっと、ね。ほら、鬼さん達が攻めてくるかもだし、またミヤコにケガレが溜まっちゃうかなぁって―――」

「うそ」

 

 ほら……誤魔化そうとしてもダメだった。

 ずいっと顔を近づけてくる彼女は、怒っていますと唇を尖らせてウチを見やる。

 

「“あんなの”やケガレのことじゃないでしょ? ミオが考えてるのは」

 

 呆然。

 まただ。ウチはフブキのその言葉に違和感しか感じない。

 あんなの、と彼女は言った。鬼達のことをまるでどうでもいい存在というようなその物言いに、ウチの心はまたもやもやが募っていく。

 

 合わせた瞳。交差する視線を互いにそらすことは無く。

 真剣なフブキの眼差しがウチに伝えようとしているのはなんであるのか。分からない。今まではもっと分かりあえたはずなのに。だからウチは―――

 

「ねぇ、フブキ……やっぱり最近ちょっと変じゃない?」

 

 直接、言の葉で切り込むしかない。

 その質問に対してフブキはほんの少し目を大きくしただけで何も返さなかった。ウチの話の続きを聞くらしい。

 

「鬼さん達との会合の時にイワレを高めて威圧したのとか、今だって彼らのことを“あんなの”って言ったりとか……」

 

 そうだ。部外者だとしても、彼女はこの地を訪れた相手には寛容であったはずなのだ。

 旅人に対しても、住処をなくしたアヤカシに対しても、流浪のカミに対しても、彼女は“シラカミ”としてではなく―――好奇心の強い、まるでニンゲンのようなカミの白上フブキとして接してきたはずで。

 だというのに今回は違う。初めから彼らを拒絶している。そこがおかしい。

 

「……」

「何か彼らに思う所でもあるの? 余所者ってだけなら今までだってあったのに」

 

 沈黙。

 ふいと目線をそらしたフブキは何を考えているのだろうか。

 

「……わかんない……んだよね」

 

 ぽつりと零された。

 

「なんでかな……あの鬼達が異変に巻き込まれたのは分かる。戸惑ってるのも分かる。困ってるのも分かる。怯えてるのだって分かってる」

 

 つらつらと紡がれる話にウチは黙って耳を傾ける。

 

「でも、なんだろう……イヤなの。イヤな感じ。怖くはないよ? だってほら、ふつうのアヤカシだから対処方もあるし負けない。このミヤコを護るのもいつも通り難しくない。

 違うの、そんなことじゃなくて……可哀想だとか、辛そうだとか、苦しそうだとか……同情も出来ない、感情移入も出来ない、救わなきゃって気にもならない、助けたいって思えない……ううん、そういう自分本位なことでもなくて……分かんない。自分でもなんでこんなに嫌悪感が出ちゃうのか……」

 

 左右に揺れる耳はふるふると。感情が落ち込んでいく彼女の声は次第に震え始めて、何かを求めるように伸ばされた彼女の手がウチの手に重なった。

 

「ねぇ、ミオ。“わたし”は―――なに?」

 

 潤んで震える瞳がウチを視る。

 いつものように自分のことを白上とは呼ばず、本当のたまにだけ出てくる幼子のような“わたし”という呼び方が、彼女の心の不安をつたえていた。

 

 彼女の疑問の意味は……もしかしたら……

 

 きゅっと、ウチはその手を両手で包み込む。

 

「フブキはフブキ。このミヤコのマモリガミの一柱で、ヒトからすら友達だって慕われるくらいきれいでかわいい白狐で、ウチの大事な親友で……」

 

 安心させることが出来たらいいなと、出来る限り落ち着いた声音で語り掛ける。

 

「ウチと一緒に千年をこのミヤコで過ごしてきた……大事な家族」

「うん……そう、だよね。“わたし”は白上フブキ……みんなのトモダチで……ミオの親友で、家族」

 

 震える肩をそっと抱き寄せる。

 不安なのは自分だけではない。飄々とした態度をとってはいたものの、フブキの心も異変があってから不安に駆られていたのだ。

 ゆっくり、ゆっくりとフブキの背中を撫でた。

 

―――何よりもこれは……ニンゲン達にも原因があるかもしれない。

 

 最近薄くなっていたイワレの質は、ニンゲン達の想いの変化。まだ大きな変化はなかったのだろうけれども、それがこの異変で大きく変わったとしたら。

 カミはイワレがなければ存在を保てない。吸収するイワレ自体の質が変われば……カミにも変化は訪れるだろう。

 

―――なら……ウチも?

 

 あの心に吹き抜ける風は、イワレの変化が原因なのだろうか。

 

 ウチはケガレを取り込むことはないのに? 破魔のオオカミに訪れた変化はケガレでなく……

 

 フブキは―――?

 

 其処に思い至った時に、フブキから視線を感じた。

 瞳があったのはほんの一瞬だけだった。ちらりと映ったその瞳は……夕闇の日輪の光に照らされていたとはいえ……なぜか紅に見えた。

 

 甘えるように抱き着いてきたフブキの顔は、その時もう見えず。

 ウチは気のせいだと自分に言い聞かせた。

 彼女の精神にも身体にも、ケガレの溜まりは破魔の眼で見やることは出来なかったのだから。

 イワレの質が変わって、カミとしての在り方に変化が出てきてしまった。

 きっとニンゲン達の不安の想いがそのままに伝わってしまって、フブキが部外者を拒絶しやすい方向へと導いたのではなかろうか。

 ニンゲン達と遊んで、心で繋がろうとし続ける彼女は、ニンゲンの想いを代弁しただけなのだ。

 

 そう、きっとそうに違いない。

 

―――なら……ウチの……この心に吹き抜ける風は……なに?

 

 その時、きらりと流れ星のような光が空に光った。そのまま流れていく光はオオエヤマの向こう側……鬼達の住まうであろう場所へと堕ちていく。

 

 フブキとウチは気付く。気付いてしまう。

 その光は、間違いなく鬼と同じ気配を漂わせながら……自分達に匹敵するほどのイワレを纏っていたと。

 

 時機の悪いことに思考はそれで中断されてしまった。後で考えよう、と思うもきっと考えてる暇などなくなってしまうのだろう。

 もうフブキは震えておらず、見上げてくる瞳は真剣そのもの。

 

 新たに現れた異変に対して、二人で同時にコクリと頷き、とりあえずとミヤコの防衛を強化する為に動き出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

『余は百鬼あやめ。魔界学校に通う生徒会長にして魔界の鬼一族の鬼神だよ』

 

 空気が張り詰める。

 目の前に映し出されている映像は式によるもの。

 絹のような光沢のある薄紅色交じりの白髪は美しく流れ、紅色に輝く瞳は宝石のように、華奢な四肢は完璧なバランスで魅了を与え、妖艶の中に幼さを残させる八重歯が鬼の二本の角と相まってニンゲンにはない魅力を際立たせていた。

 

 オオエヤマへと遣わせた式はしっかりと目的を果たしてくれて、先日からバタバタと対策するに至った原因の少女と、こうして対話できることとなった。

 

 鬼の神だという少女は、なるほど確かに相応のイワレを持っている。魔界学校、というのがどういった所かは知らないが、ウツシヨから落ちてきた書籍にある学校のような場所ならば、似たような実力のモノとチカラクラベなどを行ってイワレを高めたりもしているのだろう。

 だが、違う。

 この少女が持っているのはイワレだけではない。

 

 彼女の内側から溢れる声が、想いが、憎悪が、絶望が……破魔のチカラを持つウチに救ってくれと、清めてくれと、祓ってくれと訴えかけてくる。きっとこれはオオカミであるウチにしか感じ取れないモノだろう。

 彼女はカミでありながらカミでない。畏怖を集めていながら信仰を受けていない。いや……受けている信仰はニンゲンからではない、というだけか。

 アヤカシとしての頂点に位置しながらまだカミとなれず、ニンゲンの多くの信仰を受け止めてカミに至ったウチやフブキとは全く違い、アヤカシのままアヤカシとして、畏怖と怨嗟を、そしてアヤカシの頂点としての信仰を数多く受け止めてカミに上り詰めた存在。

 ケガレを受けてもマガツカミに堕ちる事なく、あまつさえニンゲンの怨嗟というケガレを飲み干してアヤカシに畏怖される歪なカミ。

 ヒトが世界の大半を支配するこのカクリヨに現れることのなかった……ヒトならざるモノの為のカミ。

 

―――言うなれば、“人類種の天敵”。

 

 嗚呼、と思った。

 コレはダメだ。認めるわけにはいかない。如何に少女の見た目をしていようとも、ヒトに信仰されて成り立っているウチ達がコレを認めるわけにはいかない。

 遭遇してから自然体で話してはいたが、回す思考は警戒を最大限に引き上げろと訴えかける。

 

 偵察用の式が伝える知覚情報だけでなく、フブキの豊穣によるバックアップも受けているからこそこんな遠くでも彼女のチカラを見極められたのは不幸中の幸い。

 イワレとケガレを合わせても、彼女はフブキのバックアップを受けていないウチと同じくらい。

 確実に隠し玉は持っているだろうし、彼女のようなカミが戦闘時にどういったイワレの扱いをするかもわからないが、絶対量としては同等だ。

 

 こちらはこのヤマトという地の利と、ニンゲンからの信仰が味方をするだろう。暴れられても抑えられる―――否、抑える。

 

『お互いの仲間同士で情報交換をしたのは分かってる。でも、余のことはまだ情報がない。謁見とかそういった面倒事を嫌う存在かもしれない。そもそも自分達と同じような力を持っているモノを街に入れたくない。だから余が一人でいる今、此処にわざわざ来た。そうでしょ?』

 

 ウチ達の状況も、内情もその予測と違わないと語る少女にまた一つ警戒心を引き上げる。

 強大な力にかまけるのではなく、生きることそのものを研鑽してきたのだろう、そうでなければここまで頭は回らない。

 

「……ええ、その通りです」

 

 正直に答えると、彼女はペロリと唇を舐めた。

 

『余みたいに自由に、直接来ればいいのに、ね? 怖いの? 変わっちゃった世界が? それとも……余のことが?』

 

 その嘲りに、ウチの頬が無意識で引き攣った。

 牙が疼いた。一寸頭が真っ白になった。両の手の爪が自然と臨戦態勢に入っていた。

 

 もし目の前でソレを言われていたら……ちょっとやばかったかもしれない。

 

 出来ることならしている。これほどの驚異的な存在なら、自分達だけで対処した方が早いし楽なのだから。

 安い挑発だ。しかし先ほど自分達の心情を見抜いてきた彼女がそんなことをするか?

 

 疑問への解答は早かった。

 つまりこの少女は……こちらの状況を探った駆け引きを持ちかけている。

 

 曲がりなりにも鬼の神。一族を率いているというのなら舐められるわけにはいかず。

 さらにこちらがニンゲン達を纏めているのなら上だけで解決できるのかという探りを入れて、しがらみがあるのなら動けないという答えも得る。

 挑発を行った彼女の瞳は知性を失っていない。ケガレが溢れることもなく、そして理性的な輝きは深く深く色づいている。

 

 自由で、チカラを持っていて、頭脳明晰で、身内を想い、ケガレにすら負けることのない。

 

 こんな存在がいるのか、他の世界には。

 

 そう思うとまた、心に吹き抜ける風の音が聴こえた。

 

―――嗚呼、○○○ましい

 

 もう忘れてしまったナニカを思い出しそうだった。

 

 子供のはしゃぐ声が聞こえて

 

 森の深い緑の匂いが漂った気がして

 

 木漏れ日で待つ真っ白な狐の少女が―――

 

『んー、どうしても出てこれないなら仕方ない。余もそっちの人間様達に変な目で見られるのもイヤ。ならやっぱり、こうして話すしかないかー。ごめんね挑発して、それにこっちのわがままを押し付けちゃった』

 

 遠くの記憶に浸りかける思考を、彼女に引き戻される。

 案の定、明らかに駆け引きにも慣れている。

 此処までだ。腹の探り合いは必要だが、礼を失しているのはこちら。相手が折れてくれた以上は、こちらも折れなければならない。

 

「……失礼しました。まず、ウチの方から名乗るべきでしたね」

『ん?別にいいのに。余は余が名乗りたいから名乗っただけだ? それに組織の上の人って名前を知られたくないこともあるでしょ?』

「それでも、ですよ。縄張りの外から尋ねる側の礼儀というモノでした」

 

 申し訳ありません、と心の底から伝える。

 当然のことだ。世界が混ざったのは自分達ではない。彼女からしても、鬼の一族の頂点としての立場があり、縄張り内にウチらが現れたという事件の対処をしているだけでもあるのだから。

 

 其処に至れず、彼女に敵意をぶつけそうになったのもまた、自分らしくない。

 フブキだけじゃない。ウチもこの異変の影響を確実に受けている。

 偶然一人でいる時に彼女を見つけて何処かへいかない内にと交渉を始めたが、それを確信出来ただけでもありがたい。

 

 式の術を一つ解き、受信用の式に自身の映像を転写する術をかけて送信。

 これで彼女の方にもウチの姿が見えていることだろう。

 驚いている様子が愛らしい。

 

「初めまして。ウチの名前は大神ミオ。このミヤコを治める二つの家の片割れ、大神家の当主をしている狼の祀りカミです。名乗りが遅れて、そしてちゃんとお話しできなくてごめんなさい」

 

 フブキや自分のシキガミやアヤカシの繋がりをニンゲンのように家と言ってかは分からないが。

 彼女は驚いているようで、きらきら光る瞳で尋ねてきた。

 

『……余と同じで神系統? 道理でふつうの気配と違うと思った。狼の神様は初めてだ』

「ウチも鬼の神は初めて会いました」

 

 童女のような物言いにクスリと笑ってしまう。素の彼女はこんななのだろう。ケガレを内包しているとはいえ、その彼女の人柄に自然と警戒心が解かれそうになる。

 

『そっちの世界にはいなかったんだね』

「はい、“そっちの世界”ということは貴女もこの異変の大方の予想はついているというわけですか」

『うん、たぶんあなた達と同じ予測を立ててると思うよ? 擦り合わせする時間ある?』

 

 とんとん拍子に話が進む。これは有り難い。もしかしたら彼女との話し合いを行えば、お互いの被害を最も減らすように持って行けるのではなかろうか。

 それが出来るだけのことを、ウチ達もしてきたはずだ。ニンゲンと積み上げてきた関係があれば……

 

「……幸いなことに日が山に掛かるくらいまでは」

『ならそこからかな』

 

 もう少し話せたらいいのだが、夜にはニンゲン達との会合がある。カミとして彼らの不安を払わなければならない。

 

 よいしょー、とつぶやいて草の上に腰を下ろす彼女は自然体で、こちらが話すのを待ち始めた。

 

 世界が混ざり始めていることや、こちらの認識などにも影響が出てきていることを話すべきだろうか。

 ならまずはイワレとケガレの認識と、カミの存在を理解してもらう必要がある。弱点にはなりえないから其処は話てもいいだろう。

 

 そこまで考えて、彼女が思い出したようにウチに声を掛けた。

 

『擦り合わせする前に聞きたいことがあるかも』

「……なんでしょう?」

 

 なんだろうか。現状の打開の為の情報収集に優先されること。まあ、彼女の緩い雰囲気ならそこまでの問題でもないだろうけど――

 

「もしかして……あなたも歌を聞いてたりしない?」

 

 さあ―――と一陣の風が吹き抜ける。

 彼女の疑問は、確かに先に聞いておくべきことだった。

 

 

―――あの歌、か。

 

 異変の起こる前夜に聞いたあの歌。

 オオカミの旧き想いが眠る森に聞こえたあの歌が思い出される。

 たった一小節にも満たない歌が、脳髄には鮮明に残っていて……もう一つ。

 

 祭囃子のようで、華の舞い散るようで、暁を望むようなあの歌を。

 目の前の少女も聞いていたのだろうか。

 

―――否。

 

 拒絶。

 ちがう。違う。絶対に違う。聞いただけじゃない。

 そうだ……思い出せ。あの時に聞こえてきた歌は―――誰が歌っていた?

 

 聞こえたのは、三人の歌声。

 なら何故、この少女は、“歌った”ではなく“聞いた”と尋ねてきた?

 自分も、この少女も、“あの子”も歌ったことがない歌を……どうしてウチらは聞いて……そして“知っている”?

 

「……そう、ですか。貴女も……なら、もしかしたら貴女こそが―――ウチとあの子に必要な存在なのかもしれませんね」

 

 思い出される歌声があまりにも楽しそうだったから。

 もしかしたら、と思う。現世の世界から落ちてくる書物のように、これが運命的な出会いだというのなら。

 

 ウチは彼女に話してみたくなった。つらつら、つらつらと言の葉が零れていく。

 

 

 イワレのことや、ケガレのこと。

 このミヤコとニンゲンとの暮らしのこと。

 オオカミとシラカミのこと。

 己がカミとなってから知ったカクリヨのこと。

 

 その上で、彼女も魔界という場所の情報をこちらに提供してきた。

 

 

 イワレやケガレと同じ概念のチカラがあること。

 魔界はニンゲンが少なく、この世界でいうアヤカシが主に暮らす世界であること。

 ニンゲンを壊滅させた鬼神の子孫であること。

 魔界学校は彼女のような異端が集まった場所であること。

 魔界に住まうモノ達は、力づくでなければ上下関係を納得させられないということ。

 

 彼女の話を聞いて納得がいった。

 なるほど、確かに彼女は鬼神なのだろう。

 アヤカシの頂点として、鬼の神として、魔界の流儀にのっとって、アヤカシ達の納得するようにこちらと戦うと伝えてくる彼女は。

 

 納得して……○○○ましくなった。

 

 彼女は自由でありながら、仲間を思いやる心を忘れることなく、ニンゲンを慮る心も失わず、己すら破滅させうる怨嗟の想念を呑みこみ切って、自分という存在を確立して曲げず、自身の願いを見失うことはない。

 

 綺麗だった。見た目ではなく、その在り方が。

 

 

 また、心の中に風が吹き抜ける。

 

 

“守りたもう。治めたもう。導きたもれ。

 

 掛けまくも畏き、ヤマトノ真神よ天狐よ、オオエの深山の降りたる天桜原に、禊ぎ祓へ給いひし時に、生り坐せる祓戸の大神等

 

 諸々の禍事――罪――穢、有らむをば、祓へ給ひ清め給へと、白すことを聞こし召せと

 

 かしこみ……かしこみ……もまをす……”

 

 

 捧げられる祝詞がこの身を満たしている。

 

 ウチはソレに何を感じているのだろう。

 

 形骸化しつつある祝詞にニンゲン達は何を乗せているのだろう。

 

 何百年、何千年と続いたその慣習は、ウチの破魔のチカラに対してだけ向けられた想いなのだろうか。

 

 

 ジクリ、と自分の心が疼く。

 纏わりつくように現れるケガレの昏い輝きが見える。これはどこから出てきてる?

 

 しかして不思議なことにその現れたケガレは……ウチが祓う間もなくふっと消えてしまった。

 

 違う。ウチじゃない。ウチは何もしていない。

 

 首を振っても答えは出ない。

 まだ、鬼神の前だ。これを追及するのは後。

 

 じっとこちらを見てくる鬼の少女は何を測ろうとしているのか、もう分からない。

 観察するような眼に、自分はどう見えている?

 

 上手く回っているかも分からない思考で、そのままつらつら話すのはこの世界の変化についての予測。

 彼女にもどうやら分からないらしい。魔界の友達が大慌てしていたとのことから他でも似たようなことは起こっているのだろう。

 ふわふわとした頭でどうにか彼女と話し合っても、終ぞ世界を戻す方法の案などは出ることもなく。

 

 しかしお互いの目的だけははっきりした。

 

 彼女は、この地を手に入れたい。

 ウチ達は、この地を護りたい。

 

 二つの目的に妥協など許されるはずもなく、どちらが折れることもない。

 

 フブキやニンゲンを含めて話し合いをするか?

 否だ。フブキにはフブキの役割があるし、ニンゲンはそもそもウチ達が守護してくれると思っているはず。

 聞けば彼女達はもう数日の内に攻めてくるという。

 耳の速いことに、ニンゲン達がこの異変によって浮足立っていることも、ニンゲン達の領主に近しい幾人かがこの異変によって何かを企んでいることも分かっているらしい。

 

 追い風を受けているのは彼女達。これだけ条件が整っているのなら衝突は必至。

 

「戦うのは避けられませんか」

『無理だな。余はよくても一族は鬼としてもう止まれない。魔界の他の地域が活発になって先を越されたらもっと面倒なことになるんだから』

「そう、ですね。なら……少しだけお願いを聞いてくれませんか?」

 

 小さくため息を一つ。

 首を傾げる鬼の少女へと、ウチはせめてと願いを零した。

 

「ニンゲン達への危害はやめてほしいんです。彼らは弱く、脆い。街が壊されるだけでも死んでしまうモノも出るでしょう。貴女達の目的は信仰の取得……それならば、ウチ達を倒せばすむことのはず。

 なので鬼の一族との戦闘はミヤコの外で、ウチともう一人で迎え撃ちます」

 

 言うなればチカラクラベの延長線。鬼神と鬼族を二人と眷属達で相手できれば、ニンゲンからケガレが発生しないですむ。

 なるほど、と言った後に唸る鬼の少女は、ナニカを思いついたらしくにんまりと笑った。

 

「ひひっ、却下だ。余は攻める側だぞ? そっちの思惑に乗るなんてお断りだね」

 

 仕方ないか……せめてニンゲンだけでも事前に退避させて――

 

「ただ、ニンゲンに危害を加えないのと、街を出来るだけ壊さないのは同意する。余も一族も、このミヤコを美しいと感じてる。それを壊すなんてとんでもない」

 

 しかし彼女は一部だけ同意してくれた。

 びしりと立てられた指が一つ。

 

「一族の誇りを護るのも大事だから、お前達の内一人はあいつらと戦ってくれると助かる。そして余は一人でこのミヤコに攻め入ろう。どんな策を弄してくれても構わないし、どんな罠を仕掛けてくれても構わない。

 余は小細工なんてしない。最短で、真っすぐに、一直線にお前達のミヤコの真ん中を奪いに行く」

 

 その瞳はあまりにも真っすぐで、見つめられた自分がそらしてしまいたくなるような輝きを持っていた。

 

「真ん中にある塔……いや、木かな。アレがこのミヤコの心臓。そうでしょ? ソレを貰う」

 

 自身満々に言い放つ。不敵に笑うその姿すら様になっていてウチは自然と苦笑を漏らしてしまった。

 罠に掛けるのは簡単だ。でも周りは卑怯者と思うだろう。それにここまで言い切られてしまったらそんなことする気も起きない。

 奇しくも戦うのはウチとフブキだけであり、彼女と鬼一族だけ。

 ニンゲンが仕掛けてくる戦争よりも遥かにマシだ。あんな悍ましい戦いにならないなら、それでいい。

 

――嗚呼、○○○ましい。

 

 真っすぐな彼女への感情を抑え込む。

 確かにこの少女は厄介だ。鬼一族に一人が時間を取られてしまうのもめんどうくさい。

 しかし、しかしだ。自分達が負けることはないのだ。

 何せ二人。フブキやウチが鬼一族に後れを取るわけもなく……そしてこのミヤコはウチ達の味方。

 結果の分かっている勝負で、それでも彼女は挑んでくるという。

 それならと、言の葉を紡ぐ。

 

「交渉、決裂ですね。ただ、世界がこうなって初めて戦うのが貴女でよかったのかもしれません」

 

 変わらない。きっと変わらない。こんな運命的な出会いをした彼女であっても、ウチとフブキの日常は変わらない。

 

 心に吹き抜ける風の音が大きい。

 どうしてウチは、泣きそうになってるんだろう。

 どうしてウチは、苦しいと思ってしまうんだろう。

 

 

 フブキが居ればそれでよかったはずなのに。

 フブキといられればそれが幸せだったはずなのに。

 

 違うんだ。

 ホントは、フブキと一緒に……

 

 嗚呼、ウチは―――なんてヨクバリなカミサマなんだろう。

 

 

 

 

 ▽▽▽

 

 

 

 満月が夜空に浮かび、枯れない桜がよく映える。

 神社の屋根の上で見下ろせば、街の外にイワレとケガレを燻らせて歩いてくる小柄な人影が一つ。

 

 額に突き出した二本の角は人外であることをこれでもかと表し、防衛機能として働いた式を睨みつけていた。

 すっと、彼女は目を細める。腰に差した二本の刀を抜き放ち、だらりと腕を下ろし……大きな、有りえないほど大きなチカラが放たれる。

 

 遠く離れたここまで届くほどのチカラに、頬を冷や汗が一つ流れ落ちた。

 

 式のほぼ全てが大地にひれ伏し道を開ける。

 

 片手を上げて、刀の切っ先が向いたのは自分。

 

 三日月のように引き裂かれた口、高揚している笑い声は楽し気に嬉し気に。自慢の耳によく響く。

 

『オオカミちゃーーーん……あーーそびーーましょーー』

 

 くすくすと笑う彼女の声が街に響く。ひたひた、ひたひたという足音を止めることも叶わず。

 式が紙切れのように切り裂かれていく。

 

「遊ぶつもりはないよ……鬼の神―――百鬼あやめ」

 

 

―――ごめんね、負けられないんだ

 

 届くことのない想いを一つ口にする。

 

―――此処が、此処こそが……ウチの魂の場所だから。

 

 

 まんまるの月だけが、己の決意を聞いて輝いていた。

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。


みおしゃ視点のお話。
フブキちゃんの異変。みおしゃの心の寂しさ。余の本気まで数分前。

気付いたら1万文字超えてた…
次は衝突。
戦闘描写苦手ですが頑張ります。
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