例えばこんなホロライブALT【hololive alternative-bibliography】   作:ちゃんどらー

8 / 15
百花繚乱花吹雪  8

“百鬼流―――鬼神術式。弐式・繚乱剣舞……序―――玲瓏一閃”

 

 呟くような、されども力強い声音で発された言霊と共に、あやめの身体に纏った鬼火が淡く美しく輝いた。

 

 直後。

 凛―――と鈴がなるような音だけがその場に響いた。金属同士の共鳴音のようなソレは、耳の良いミオの眉を顰めさせるほどの耳鳴りを与えて不快感を齎す。

 鍔を鳴らしたのだ、とミオが気づくと同時にあやめの姿が音もなく消える。

 

「―――っ!」

 

 驚愕に目を見開く。

 身体能力の強化は視力にも反映されているはずだ。それでも捉えるのがやっとの速度を以って、たった一瞬でミオの懐へとあやめは潜りこんでいた。

 

 静謐を引き裂く一閃の名の通りに、あやめの一撃は野生に原初を発するミオの知覚の限界にすら迫るモノであった。

 

 大バサミを閉じるように、両の手の持った刀が左右から迫る。

 反射行動を取る為に、ミシミシとミオの身体中の筋肉が軋みをあげた。瞬時に伸びた彼女の爪にイワレが満たされ、破魔の炎が行き渡る。

 

「ぐっ……!」

 

 恐ろしい速度と鬼神の膂力によって振られた刀の斬撃は、どうにかミオのイワレを込めた爪で間一髪防げた。爪ではなく身体にイワレを満たしただけであったならば、密度が足りずに両断されていたのではと冷や汗が噴き出す。

 力を抜けば一瞬で閉じられるであろう両の刃は、ギャリ、と大きな音を立ててあやめのバックステップによって引かれ、ミオの爪に一筋の刀傷を付ける。

 

「繚乱剣舞・破―――二刺風列(ニシフウレツ)

 

 一閃を防ぐも刀での引きのチカラに流されれば、ミオの身体は自然とあやめの方へと引き寄せられる。其処に待っているのは刺突二連。

 上半身のバネだけで繰り出される刺突はまさしく必殺の一撃であろう。致命を狙う二連撃にミオは歯を噛みしめる。

 左右の肺を狙ったソレを躱すのは至難……そう判断したミオは無理やりに両の腕を円運動させることで直線の刺突の力を受け流し、内からどうにかあやめの両腕をこじ開けるも―――

 

―――まだ、まだとあやめは笑みを深めていた。

 

「繚乱剣舞・急―――夜三廻陣(ヨミカイジン)

 

 刺突を払われたチカラを利用して大地を蹴り、下から蹴りあげでミオの顎を狙う。つま先は同時ではなくずらされリズムを狂わせた二撃。

 流れるような連撃は止まらない。どういった対応をしても、それに合わせた攻撃を繰り出してくるのだろう。これは舞なのだ。鬼神による相手の命を摘み取る為の。

 どうにか防ぐ。しかし……くるりと回転しながら二刀による切り上げが更に迫っていた。

 辛くもミオは炎を纏った両腕によってどうにか防御することに成功した。

 

 ただし防げても、蹴りあげによって浮いたままその衝撃までは殺し切ることなど出来るはずもなく、ミオは勢いそのままに大地を滑っていく。

 その最中でも強化された感覚が彼女に告げる。カミとしての第六感も同様に、ミオの脳髄に大きな警鐘を鳴らした。

 

「あっは♪」

 

 たかだか三連撃で―――終わりではないのだ。

 本気を出した鬼神が、同位のカミを相手にその程度で終わることなど有りえない。

 

―――汝……三度の死点を超えし敵対者。我が屠るに足りし超越者。汝と我の血を以って……狂想の盃を交わそうぞ。

 

 それは祝詞のような呪い詩。

 遊び相手を見つけたと喜ぶ子供のように。

 愛しいモノと寄り添えて綻ぶ恋人のように。

 幾度となく絆を交わし合った友に語り掛けるように。

 優しく、愛おしく告げられた。

 

「繚乱剣舞……詠―――四鬼共鳴(シキキョウメイ)焔奏鬼轍(エンソウキテツ)

 

 言うと同時、あやめの身体にイワレとは違う昏い灯りがまとわりつく。

 昏く、暗く紅の瞳が渦巻いていた。

 連鎖した三つの連撃は全身その隅々までチカラを巡らせ実力を如何なく発揮するための、言わばブースト。

 本来の鬼神として敵を屠るには、敵がより強いモノでなければならない。三つの死線を潜り抜けた強者のみが相対することを許される。

 あやめは本来の鬼神のチカラを理性的に使う為の制約として、三つの死線を課したのだ。

 理性を破壊して狂ったまま暴れまわるだけの暴力的な鬼神のチカラを、想念を呑み込んで溶かし込めるあやめだからこそ、そうした制約によって縛れたのだった。

 

「―――征くよ」

 

 ぐっと力を入れると……あやめの足元で鬼火が膨張、爆発した。

 宙を滑るように駆け始めたあやめは、吹き飛ばしたミオに追いつくために空中を爆発で蹴って更に速度を上げて迫りくる。

 

「速い―――っ」

 

 防御は出来るだろう。

 ただ、先ほどと同値以上が出ているであろうその速度に、ミオはまた吹き飛ばされるわけにはいかないと歯を噛みしめた。

 狼の脚力にイワレを行き渡らせ、滑っていた自身の身体を無理やりに止め、右へと方向を強制的に転換した。しかし―――

 

「あっはは! 無ぅぅ駄ぁぁっ!」

「うそ、でしょっ!」

 

 一度、二度……無数に爆発を繰り返して、彼女は空中を自在に駆けて来たのだ。

 その軌道はでたらめにも程があった。爆発によって上下左右をジグザグに動きながら進み来る様は驚愕しかない。

 

 これは焔にて奏でる鬼の足跡。其処に逃げ場はなく、暴力的な行進の跡には破壊の傷跡が溢れかえるのみ……流水のような連鎖とは対を成す暴虐の連撃を。

 

 接敵。視線の交差は一瞬だ。

 

 下からの斬り上げが迫る―――どうにか爪で防いだ。しかし鬼神は止まらない。

 右からの柄での打撃―――右腕の裏拳で弾く。しかし鬼神は止まらない。

 左よりの回転を乗せた斬り払い―――破魔の炎の幕を展開して防御を。しかし鬼神は止まらない。

 

 一撃一撃が爆発の速度を乗せて振るわれ、防御を行う度にミオの身体は吹き飛ばされる。

 

「防御してるだけぇ? もっと! もっと余を楽しませてよね!」

 

 理性のタガが外れ始めたあやめが嗤う。

 反撃すら許さない高速の連撃に、ミオは言葉を聞きながらも何も言わず。

 

「足りない、足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りないぃぃぃぃ! 不足ぅ! 不服ぅ! 不十分!!」

 

 不満を口に叫ぶあやめはまるで幼子のよう。

 ミオからギシリ、と歯を噛みしめる音がした。

 急所への打撃は避けている。斬撃もイワレで防げている。ただ、これほど防御一辺倒にさせられていることにミオ自身にも不満が募る。

 それでも、まだ耐えるべきという直感に従ってミオは全身のイワレを防御へと高めるのみ。

 

 上へ、下へ、右へ、左へと。

 だんだんと強くなる攻撃の質。打ち込んでくる打撃も、迫りくる斬撃も、刻を重ねるごとに致命傷へと近づいて行く。

 これは詰将棋だ、とミオは気づいた。

 確かに神木のバックアップはあるし、己のイワレは途切れることはないだろう。しかし疲労は確実に蓄積されていく。精度を増していく相手の攻撃も、いつかは致命傷へとたどり着くのだろう。

 

「さっきの痛かったからさぁ!」

 

 また下から……と思った瞬間には刀を握りしめた拳がもう顎に迫っていた。

 

「く……」

 

 そのまま跳ね上げられた身体は宙に浮く。爆発音が地面から聞こえた。脳が揺れる。チカチカと目に星が舞っていた。

 ダメだ、次に備えなければ……と思っても防御の姿勢など取れるはずもなく。

 

 月を背に嗤う鬼神の瞳が爛々と、紅く妖艶さを増していた。

 

「おぉかぁえぇしぃだぁぁぁぁぁ!」

 

 宙で一段階さらに速度を上げて、あやめはやられた分の仕返しとばかりにミオの腹へと、暴力的な速度をもって踵を叩きつけた。

 轟、と。衝撃を受けて風を切り裂いて落ちるミオが大地に叩きつけられる。先ほどのミオのあやめへの攻撃よりも大きなクレーターが出来上がった。

 声にならない声と共に叩き落とされたミオを追うことはせず、あやめは一度の爆発で宙をまた蹴り、クレーターの出来た場所から距離を取る。

 

 片目を細めて土煙の上がる其処を見やりながら、あやめはゾクゾクと背筋を上る感覚に笑みを深めた。

 

「あはぁ……途切れちゃった。あのまま連鎖共鳴を繋げても良かったけど、一回は一回。返しとかないとね?」

 

 優先したのは仕返しで、子供のような理由ではあるがあやめは彼女がしたいと思ったからそれに従っただけ。

 チャキリと、あやめはそのまま構えをもう一度。ゆらゆらと立ち上る闘気はイワレとケガレを含んだ二重螺旋。

 じっと構えること数十秒。ゆっくりと土煙を抜けてくる影が一つ。

 

 口の端から血を流しつつ、ミオは笑みを浮かべていた。

 

「……ありがとね」

 

 黄金の眼光が真っすぐにあやめを射抜きながら零したのは謝辞。ミオの尻尾がゆらりゆらりと背後で揺れていた。

 

「ずっと考えてたんだけど答えが出なかったんだ。この炎の使い道はいろいろあっても、結局は自分の強化の燃料としてが一番効率よかったから……そういうこと(・・・・・・)が出来るって確信を持てて良かった」

 

 ミオが身体に纏っていた炎が、あやめと似たような揺らめきを伴って行く。

 

「いつもなら、身体の中でイワレを燃やしてフブキの速度について行って……それでも僅かに足りなかったんだよね。ウチが同じような動きをすると燃費が悪そうだから局所的にはなるだろうけど、それでもその速度を出せるなら―――」

 

 言葉の途中で、ミオの足元で小さな爆発が起きた。

 あやめが目を見開いたと同時、刀を交差させてどうにか防いだ一撃。そこには爪をまっすぐに突き出したミオの姿。

 

「長いことフブキとチカラクラベをしてきたけど、ウチはまだ強くなれるらしい。だから、ありがとうね……あやめ(・・・)

 

 引き裂かれた口から牙が覗く。

 名前を呼んでくれたことはうれしくとも、悔しくてあやめは舌打ちを一つ。同じく炎を操っているのだ、あやめに出来ることがミオに出来ないはずもない。自分が見せた技を瞬時に理解して使ってくる辺りはさすがはカミだ、と。

 身体能力のブーストをあやめは制約によって手に入れている。ミオも神木のバックアップによって同じく。これで条件は、共に並んだ。

 

「どういたしまして、ミオちゃん。でも、まねっこするだけでコレを突き詰めてきた余と並べるって? ははっ、舐めるな」

「あやめが技を磨いてきたように、ウチも鍛えてきた技はあるんだよ。だからそこは……お互いさま」

 

 ギリギリと膠着したままで笑い合う彼女達は、話ながらもこの後どうやって相手を上回るかの思考を回していく……こともなく、ふっと短く一息の後に互いをはじき合う。

 距離が出来た。それも一瞬。直ぐにぶつかる二人の速度は共に最速で、足元で弾かれる空気が弾となって地面や壁、建物を破壊していく。

 刀と素手のリーチの差はあれど、あまりの速度にほぼ意味をなさない。

 あやめの方が有利に事を運べるかと思いきや、そこはミオも千年以上もカミとして過ごしてきた時間があるのだから……速度で追いついた今、対応は早かった。

 

 黄金の瞳が爛々と輝いていた。引き裂かれた口から覗く牙は今にも敵を噛み砕かんとするほど。

 縦横無尽という言葉は今、彼女の為にあるようだ。

 先ほどの速度で負けていた時ですら、野生の嗅覚と視覚と触覚を持つミオは、あやめよりも更に深い知覚能力を以って悉くを防いでいたのだ。

 つまりは……速度が同等であれば彼女も攻撃に転じられた……もう一段階上の攻防を繰り広げられたということに他ならない。

 

「くぅっ」

「ふふっ……間に合う? ウチの爪に」

 

 ぶつかり合う拳も刀も同時。しかしその後の対応力はミオの方が上。

 彼女には視えているのだ。この超高速戦闘の全てが。あやめも見えているようだが、ミオとは視えている情報量が違う。

 ふっと、ミオは攻撃を交えながら笑った。

 

「もう一つマネてみよう」

「え……?」

「ウチは恥ずかしいからしなかったんだけど……あやめやフブキみたいに、技に言霊を乗せてみようか」

 

 祝詞を紡ぐだけで済ませていたイワレの使用を、更に上へと。

 イワレとは想念の収束で、言霊とは想念の固定化に等しい。

 鬼のチカラを使う度に呟いていたあやめのように……ウツシヨの本を真似て唱えていた“シラカミ”のように……ミオはソレの名を付ける事にした。

 

「あやめみたいにするのなら……“大神式体術・狼楼来落(ロウロウライラク)”」

 

 離れた時に、これまでとは違うようにくっと低く構えた。

 一寸の静寂に風の音が耳を撫でる。

 今度の始まりは……ミオの俊足からであった。

 

 焔での加速を最大にして飛び出したミオに向かい迎撃の斬撃を繰り出した……しかし、彼女はあやめの目前でふっとかき消える。

 はっと息を呑む間もなく上を見る。飛んだと思ったのだ。しかし空にあったのは焔による残影。目を見開くと同時に、下から声が聞こえた。

 

「残像だよ。ソレ」

 

 防御を、と思うも遅い。

 振られた刀よりも更に低く構えていたミオからの掌底があやめの腹に突き刺さる。

 

「ぐぅえ―――」

「壱」

 

 まだ、続く。

 あやめの暴力的な焔での加速ではなく、ミオは流動的な円を描いた加速にて吹き飛ぶあやめを追いかける。

 回り込んで下から蹴り上げにあやめが宙へと浮いた。

 

「弐」

 

 更に追撃を。

 ひらり……とあやめに重なるように飛んだミオは焔の空中加速を刻んで連撃を叩き込んでいく。その連鎖が一つの撃。

 

「参、四、伍、陸……」

 

 まだまだ。

 上へ上へと昇っていく彼女達は、月を二人ともが瞳に入れていた。

 あやめの背中に回り込んだミオは、にやりと笑いながら彼女の耳元で語り掛けた。

 

「破魔の炎が完全に効かないってわけじゃないんでしょ? そんなにケガレを開放してよかったの? 燃やしてあげるよ……ソレ」

 

 ガッとあやめを抱きしめたミオは、その身から揺蕩わせた炎の火力を最大に上げた。

 

「がっ……ああああああああああああああ!」

 

 鬼火を纏い、身体に混ぜ込まれたケガレは今、あやめと一心同体なのだ。

 鬼神としてのチカラを発揮したあやめにとって、ミオの炎はやはり毒。炎に耐性があるとはいえ、至近距離での破魔の炎を喰らえばさすがに……。

 

 振りほどこうにも振りほどけない。

 しかしてあやめも多くの戦闘を経験してきたのだ。拘束された場合の対処も……ある。

 当然、その動きを察知したミオもさること。逃すわけがないだろうと次の行動へと移った。

 

「狼楼来楽―――桜花墜撃(オウカツイゲキ)っ」

 

 風に桜の花びらが舞うように、その攻撃はひらりひらりと。

 桜の花びらの数だけの連撃があやめを襲う。

 両の掌底も、空中での廻し蹴りも、重力を乗せた肘撃も、回転を込めた膝蹴り上げも、そうして打ち上げられたあやめに焔を纏った拳が振り下ろされ、共に大地へと……

 

「やら、せないし! 業、不知火っ……!」

「っ!」

 

 向かうことはなかった。

 突如あやめが纏っていた鬼火を開放し、ミオの攻撃の最期の一撃を中断する隙を作ったのだ。

 

 三日月型に開いた口から牙が覗く。

 そのたった一寸の隙を、あやめが逃すはずもない。

 くるりと反転、あやめとミオの体勢が入れ替わる。

 ホールドされたまま大地へと激突したのはミオで、そのまま拘束は解かれず。あやめは肩で息をしながら言葉を流した。

 

「ありがと。業、不知火。さすがに危なかった」

 

 ミオはどうにか抜け出そうとするも、関節を極められて振りほどくことが出来なかった。

 

「余の自慢のこの子達が居なかったら、たぶん押さえつけられてたのは余の方だったんだろうね」

 

 ぐしゃり、とミオには祝詞さえ紡がせないと口が地面にめり込まされる。

 

「楽しかった……久しぶりに此処までゾクゾクした。一歩間違ったらお互いに死んじゃうほどの楽しい楽しい狂想の演舞で―――」

 

 ぺろりと唇を舐めたあやめは、恍惚とした表情でミオを見下ろしていた。

 

「鬼としての昂ぶりも……今から満たされる」

 

 意思持つ鬼火はミオの炎を抑え込んだ……否、喰らい始めた(・・・・・・)

 

 同時にあやめは状況に思考の空白を差し込まれているミオの首に……その牙を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

はえじゃんうごいひゃ(ダメじゃんうごいちゃ)

 

 関節を極められているため、ミオに脱出の手段はない。破魔の炎を出そうにも、あやめの鬼火が全て喰らってしまう。

 さらに恐ろしいことに、己の身体に異変が起き始めたことに気付く。

 

(なに……これ……)

 

 すーっと身体からナニカが抜け落ちていく。首筋がいやに熱く感じた。

 突き立てられた牙が鈍い痛みをつたえているのに、その先端が己の血潮が脈打つのをはっきりと教えていて。

 肌に触れるあやめの唇の感触がやけに生々しくて、その一点だけに触覚が集約されたような感覚に陥ってしまう。

 

 声が漏れそうになった。

 どうにか耐えた。

 首筋から脳髄まで熱が伝わってしまいそう。

 歯を噛みしめることでそれも耐えた。

 しかし……全身から抜けていくチカラには逆らえそうになかった。

 

(声が……出ない……)

 

 荒い吐息は出てくるのに、喉が震えてくれることはなかった。

 組み敷かれた背中越しのあやめが嗤った気がした。

 

――チカラが抜けていくなら、また集めればいい。

 

 神木からイワレを集めようとして……ズブリ……と熱を伴った痛みが走る。

 

 背中に突き刺さったそれは、彼女の持っていた刀の一つなのだろう。

 

 妖しい気配を放つその刀が、ミオが集めようとしていたイワレを霧散させる。

 

 嗚呼、と吐息と共に少しだけ声を零せた。

 

 チカラが入らない。

 

 首筋から伝わってくる熱が、じわりと脳髄へと広がりはじめた。

 

 思考が揺れる。うまくまとまらない。

 

 つぷり、と首筋から牙が抜かれた。

 

 失ったチカラは、ミオに戻る事はない。

 

「鬼の本質は……喰らうモノ。他者を喰らいて糧と成すモノ。そっちの特性が破魔にあるように、余の一族の特性は餓鬼にある」

 

 おぼろげになり始めた意識の隅でその言葉を聞いていた。

 

「ごめんね。こんな終わり方にしちゃって。きっとミオちゃんとなら何時間でも何日でも楽しく戦えたと思う」

 

 少し寂しそうな声音は懺悔に染まっていて。

 

「でも、今回は許して。ミオちゃんを泣かしてる原因をぶち壊すには……余はミオちゃんを倒すだけじゃダメだって分かっちゃったからどうしても……鬼神の悪神としてのチカラを使うしかなかったんだ」

 

 謝らなくていい。そう声に出して伝えたかった。

 これは純粋に自分の力不足なのだから、と。

 

「まだ使わないよ。ミオちゃんから貸してもらうチカラは、必ずこの後に必要になるから……あ―――」

 

 唐突にあやめの言葉が途切れた

 ピシリ、ピシリと音がする。

 冬の夜に霜が降りたつような、水面が凍り付いていくような、そんな音が。

 

「……イヤな気配はしてたんだ。これはダメ。ダメだよ。“こんなモノ”を放っておいたら、ミオちゃんも余の一族もこのミヤコに住む人間様も大変なことになる」

 

 大きな殺気が冷気と共に流れて来ていた。

 ミオはその殺気を知っている。今までぶつけられたことはないが、仲のいいニンゲンをアヤカシから護る時にたまにソレを発していたのを見てきたから。

 あやめは近づいてきたソレへと言葉を投げた。

 

「安心しろよ……死ぬことはない。ただしばらくおまえたちの言うイワレの流れを断ち切っただけで」

 

 寒かった。凍えそうだった。冷たくて、暖かさなど欠片もなかった。

 

「余がこいつのイワレって奴を頂いただけだぞ……“シラカミ”」

 

 

 助けて、と声に出そうと思えなかった。

 

 ただのチカラクラベをしただけだから。

 

 でもきっとあの子には、これはひどい状況に視えているんだろう。

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 底冷えするような声が聞こえた。

 こんな声を、ミオは長い付き合いで聞いたことがない。

 

「なんでかなぁ……」

 

 あやめはもう話さない。

 ミオの傍から離れるも、突き立てた妖刀は抜くことはなく……一つだけ刀を構えた音がした。

 

 白い、白い美しい髪が風になびく。

 狐の大きな耳は敵の物音一つ逃がしそうにない。

 先端だけ黒の尻尾が苛立ちからか毛が逆立っていて。

 

 中空に現れた五芒星の魔法陣。祝詞も紡がずに現れた其処に手を入れて―――スラリ、と彼女は刀身の蒼い刀を引き抜いた。

 

 翡翠の瞳が紅をまっすぐに射抜く。

 冬の夜を思わせるほどの冷たい眼差しは、あやめの背筋にゾクリと寒気を与えた。

 

「ずっと続くと思ってたのに……どうしてかなぁ」

 

 大地が凍り付いて行く。中空に現れたつららは百に迫る数。

 春の季節だったはずなのに、もうそこは冬の夜。

 少女はミオに目をやって泣きそうになるも……グッと堪えて大きく吐息を吐き出した。

 

「わたしたちのセカイを壊すって言うのなら」

 

 目を合わせた鬼神に睨みつけられても、少女の表情はもう動かない

 冷徹で残酷な感情を浮かべた翡翠が揺れていた。

 それは静かな怒りだった。じわり、と白に黒が滲む。

 

「……許さない」

 

 ぽつりと零された一言と共に、雪と氷と風が吹き荒れる。

 

 散ることのない桜の花びらが、ひらり、と一枚舞い落ちていた。

 

 

 夜天よりの淡い輝きが照らす中、雪月花に鬼と狐が舞い踊る。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

遅くなりもうしわけなし。

あやめちゃんVSミオちゃんはいったん終わり。
熱いバトルを描けていたら幸いです。

次からフブキちゃん回。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。