石版を揃え、光に飲み込まれた俺たちが辿り着いたのは、夜のような暗さの森の中だった。
だが夜と言うには明るく、かといって曇りと言うには暗い様子はどう考えても普通ではない。これが魔王による封印の影響か……と考えながらリーサたちを起こす。
「こんなところ、島にありましたかしら?」
周りを見たリーサが言う。その通り、ここはエスタード島ではない。
「あるからいるんでしょ? それにしても、なんでこここんなに暗いの? それでなくても気分悪いのに、もうホントに最低な気分だわ!」
「ええ……」
アルスの顔には「自分から行くって言ったんじゃん」と書かれているが、その顔に反して態度に悪感情が見えない辺り、こいつも中々な男である。
「じゃああたしは帰るからね。みんな遊んでくれてありがと。つまらなかったわ。じゃあね」
そしてマリベルは意に介さず、さっさとこの場を去ってしまう。本当に相変わらずだが、俺としては生「つまらなかったわ」を聞けて密かに感動している。
「おいマリベル、こんな暗い中一人で動くのはどうかと……って、あー」
「行ってしまわれました……お兄様、どうなさいます?」
「どうもこうも、あれでもしものことがあったらなじられるのはこっちだしな。追いかけるしかないだろ」
「そうだね。それに何もなくっても、追いかけないと色々言われそうだよ」
「それな」
と、苦笑しながらアルスに同意したときだ。
「きゃあーーーーっ!!」
マリベルの悲鳴が聞こえてきた。
「マリベル!!」
瞬間、声が聞こえたほうに向けてアルスが猛然と走り出す。
ほぼノータイムのそれに、思わず青い春の香りを感じてにやけそうになるが、気合いで押し込む。
「リーサ、急ぐから背負うぞ!」
「はい!」
そしてリーサを背負い、俺もアルスを追いかける。
少し走って辿り着いた場所では、五体のスライムに囲まれたマリベルと、彼女をかばってすべての敵を同時に相手取るアルスの姿が。
……原作より数が多いな!? これも俺によるバタフライエフェクトか?
しかしそれを考えるのは後回しだ。俺はリーサをマリベルにつけると、剣を抜きながらアルスに並ぶ。
「アルス、気持ちはわかるが一人で前に出すぎるなよ!」
「ごめん! でももしかのときはキーファがなんとかしてくれるでしょ?」
「……当然!」
アルスの信頼が込められた横目ににやっと笑いながら、このときのために鍛えてきた剣を振るう。
実戦は初めてだが、それでもたかがスライムである。しかも武器は鍛錬でも使う機会がある鋼鉄の剣。いくら数が多くともこれで負ける道理はなく、俺が三体、アルスが二体をしとめて危なげなく初陣は勝利と相成った。
「マリベル、大丈夫? 怪我はない?」
終わるや否や、マリベルに駆け寄るアルス。
「だ、大丈夫……リーサに治してもらったし……」
「たぶん尻餅をついたときに、手のひらを擦ったんだと思います。擦り傷になっていたので、ホイミしておきました」
「よくやった、リーサ。偉いぞ」
えへんと胸を張るリーサの頭を撫で、褒める。
この辺も原作との乖離だが、リーサは既にホイミが使える。鍛錬で怪我をしがちな俺を想ってのことなのだが、しかし意図せずしてこの四人、なかなかパーティとしてはバランスが良さそうだな。
「マリベルも無事でよかった。しっかし、なんでこんなところにモンスターがいるんだ?」
理由は知っているが、それを知る理由が今のところ皆無なので、ひとまずとぼけておく。
「モンスター……? お兄様、今のがモンスターなのですか?」
「ああ、あれはスライムってモンスターだ。見た通り、落ち着いていれば素人でも対処できる程度のやつだが……モンスターはモンスターだ。ただ……なあ?」
「知らないわよ! それより早く帰るわよ! モンスターがいるようなところなんてごめんなんだから!」
「……そうしたいのは山々だが、恐らくここはエスタード島じゃない」
「えっ」
「はあ!? どういうことよ!?」
マリベルがどんどんヒートアップしていくが、彼女を自分勝手とは言うまい。この時点での彼女は、本当にただのお嬢様なんだし。
「エスタード島にモンスターはいない。それは島を隅々まで探検した俺たちならわかるだろ。だから、たぶんここはエスタード島じゃない。根拠はないが、あの光……旅の扉のような、遠隔地に飛ばすものだろう。違う土地に飛ばされた可能性が高い」
「な……」
マリベルが絶句するが、アルスも似たような感じだ。
一方で、リーサはどことなく座りが悪そうだが……さてはこいつ、ワクワクしてるな? 本当に原作キーファみたいだなぁ。
「ど……どうするのよ! まさか、帰れないなんて言わないでしょうね!?」
「言わない、と断言できればいいんだがな。判断材料がなさすぎる」
「なんであんたはそんな冷静なのよ……!」
流れは把握しているからな。
とはもちろん言えないので、適当に濁しておく。
その流れで、この場を離れて人のいるところを探そうと話を誘導。先頭をアルス、殿を俺、間にマリベルとリーサという隊列で、警戒しながら進むことになった。
「……! ねえキーファ、あれ……」
「ああ、女性だ。見た感じ、戦士のようだな……」
森が途切れる辺りにその人はいた。重厚な鎧兜に身を包み、使い込まれた剣を佩く女性。
彼女は俺たちにすぐさま気づき、最小限の動きで振り返りながら剣を抜いた。
しかしそこにいたのが俺たちで……中には子供であるリーサの姿を見ると、警戒を緩めながら首を傾げた。
「あなたたちは……誰?」
「え、あ、僕たちは……」
先頭にいたアルスがしどろもどろになるので、俺は肩を軽く叩く。
彼の頷きに応じて前に出た俺は、目の前の女性に声をかけた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私はグランエスタード王国の王子、キーファ。怪しいものではありません」
「エスタード……? まさか……」
「それからこちらにいるのは、私の妹と仲間たちです。ええと……」
「……ああ。申し遅れました。私はマチルダです」
そう名乗った彼女の瞳に、光はなかった。
無理もない、と思う。ゲームの知識がある俺には、そう思えてしまう。
だがどうすることもできない。もはや彼女は手遅れなのだ。
***
そもそもドラクエ7は他の作品と異なり、「魔王による世界征服がほぼ完了した世界」の物語だ。それを解放していくことが物語の軸なので、基本的に暗くならざるを得ないのだが……先に述べた通り、ウッドパルナ編はその中でもトップクラスに鬱い。
ドラクエ7の始まりを飾る、ウッドパルナ編。その特徴は、ほとんど誰も救われない暗さである。
流れとしてはこうだ。
この地域はかつて、モンスターの侵攻を受けた。しかしウッドパルナは決して大きくはない素朴な森の村であり、対抗できるものなどほとんどいなかった。
それでも、平穏を守るべく人々は力を合わせて立ち上がることを決意する。そして村で最も力を持つ青年パルナが打倒のために、まず立ち上がるのだ。
村人たちは、パルナに約束する。他のみんなもすぐに行くから……と。
その後パルナは単身モンスターの本拠地に乗り込み、八面六臂の大活躍を見せる。そしてそこに、村人たちもかけつけてモンスターを撃退、めでたしめでたし……。
……と、それまでのドラクエならなっていたかもしれない。だが現実は非情である。
ウッドパルナの人々は、パルナの救援に向かわなかったのである。
……いや、この言い方は語弊があるかもしれない。彼らは行けなかったのだ。死を恐れ、勇気がわかなかったのだ。
かくしてパルナは、誰も助けに来ないことを知らないまま、一人で戦い始めた。一人で戦って、戦って、戦い続けて……そうして、彼は自らの命と引き換えに、モンスターを撃退して見せた。
彼は、間違いなく村の英雄となったのである。そして村は、彼への感謝を忘れないために、ウッドパルナと名を変える。
そう、感謝のためだ。村人たちは、決して悪い人たちではなかった。パルナ一人にすべてを押しつけようとか、楽をしようとか、そんなつもりだったわけじゃない。
彼らはただ、怖かったのだ。モンスターの大軍に挑めるほどの勇気がなかっただけで。
……本当に当てつけのような気持ちのものもいたかもしれないが。あるいは後ろめたさもあっただろうが、それでも多くの人間にとっては感謝のために、パルナの名を永遠に残すことを選んだ。
けれど、そんな英雄と共に姿を消した妹の存在は、村人たちにはさほど気にされなかった。もちろん気にしていたものも大勢いたが、それでも消えてしまった一人の少女をずっと気にしていられるほど人間は図太くない。いつしか少女の存在はほぼ忘れ去られるに至る。
だが、彼女はただ姿を消したのではない。もちろん、愛する兄を、たった一人の肉親を失った悲しみから、世をはかなんだわけでもない。
彼女は兄を案じて一人追いかけ、モンスターと相討った兄を前に魔王に見初められたのだ。そうして言いくるめられ、いつしか村の人々を恨むようになる。
やがてモンスターに変じた彼女は二十数年の時を経て、ウッドパルナに戻ってきた。大量のモンスターを引き連れて。
ここに主人公一行が流れ着き、村を救うことになるわけだが……ただ彼女を倒して終わりにならないのがウッドパルナ編の肝だ。そしてそれは、ドラクエ7という物語が一筋縄ではいかないものだと暗示させる。
なぜなら、復讐のために戻ってきたパルナの妹は……村を襲い、女たちを攫い、男たちに自らの手で村を破壊させるという悪辣な手段を取りながらも、人の心をわずかに残していて……自分と同じようなことをした少年を助けるなどしているのだ。
また彼女の助けの手は、主人公……アルスたちにも差し伸べられる。そして彼女は、人間の魂の輝きに触れて、人の心を取り戻した。
しかしモンスターの身体はもはやどうしようもなく。
なにより、彼女という存在そのものがウッドパルナの女性たちを封じ込める楔になっていたために、彼女は自ら死を選ぶ。
一切の抵抗をせず、一度たりとも攻撃することなく……静かにアルスたち、そしてウッドパルナの新たな英雄ハンクの手によって生き絶えるのだ。
そんな彼女の名は……マチルダといった。
***
白骨の巨体に、毒々しいピンクの鎧で身を包み、大きな剣と盾を手にした異形。一般的にナイトリッチと呼ばれるモンスターの姿こそ、マチルダの正体だ。
そんな彼女の身体が、音を立ててくずおれた。
彼女は抵抗しなかった。構えることすらしなかった。ただ何も語らず、静かに、穏やかな気配のまま、何度も俺たちの攻撃を受け、そうしてこうなった。ゲームと同じように。
やるせない。本当にやるせなくて、悲しくなる。
剣を振るい、彼女と間近に接した俺もアルスも、そしてハンクも、この悲劇には顔を歪めることしかできない。ここからは見えないが、根は優しいマリベルも苦しい顔をしているはずだ。リーサに至っては、今にも泣き出しそうである。
だって誰も悪くないのだ、ウッドパルナの物語は。決定的な悪の権化の姿などなく、小さな不幸と人間という生き物の弱さが折り重なってできた、特大の悲劇。それがウッドパルナの物語だった。
ゲームをしていた幼い頃の俺は、パルナを見捨てた村人たちを非難したものだが。しかし、大人になればわかるのだ。理不尽な死の恐怖を前に、立ち向かえるものがどれほど少ないかが。
ましてや穏やかな森の村で。周囲にいるモンスターなどスライムかナスビナーラ程度がせいぜいのウッドパルナで、魔王の手先を相手に挑めなど、言えるはずがない。
これでマチルダが身も心も魔王に捧げたただの復讐鬼であったなら、どれほど気楽だったことだろう。ただ怒りと憎しみにあかせて暴れるだけのモンスターなら、どれほど……。
「アルスさんがた……どうか……気になさらないでください……」
マチルダが言う。女性らしい澄んだ声ではなく、モンスターらしい濁った声で。
「すべて……これでよかったのです……あの方の……配下となった、そのときから……既に命はなくしていたと同じ、ですから……」
けれど、そう言う彼女の目は。
がらんどうのはずの眼窩に宿る光は、確かに人間のそれで。
「……っ、キーファ、なんとか、なんとかしなきゃ! このままじゃマチルダさんが!」
「そ、そうよ……このままじゃマチルダさんが! なんでもいいからなんとかしなさいよ!」
「お兄様、マチルダさんは、マチルダさんは……」
みんなが俺の肩を、背中を叩く。
彼らの言いたいことはよくわかる。痛いほどにわかる。
わかるが……しかし、それを俺に言うのか。それは主人公の……アルスの役割じゃないのか。
いや……今それを気にしていても仕方あるまい。そういえば俺、この中で最年長だし。長男だから我慢しなきゃな。
「……キーファ殿、私をとめようというのですか」
アルスたちにひらりと手を振り、前に出た俺はハンクが言う。しかしこちらを見ることはなく、剣はマチルダの急所にしかと当てたままで。
そんな彼に、俺は……。
「……その前に、彼女に聞きたいことがあるんです。構いませんか?」
「……よかろう。だが彼女が少しでも動けば、私はやりますぞ」
「構いません。……マチルダさん、二つ、聞かせてほしい」
「……なんでしょう? 私に答えられる問いならば、答えましょう……」
倒れたまま、マチルダが返してくる。その声はか細く、放っておけば間もなく消えてしまいそう。
俺はそんな彼女に、ずっと考えていた問いを投げかけた。
「……あなたは最初に会ったとき、『今すぐにあなたがたの住む場所に戻ることはできません』と断言しましたね。それって……もしかしてあなたは、あなたの命は、村の女性を解放する鍵というだけでなく……俺たちが戻るための鍵でもあるのではないですか?」
「……!」
「キーファ!? それ……!?」
「ちょ、ちょっと、アンタ何言ってるのよ!?」
アルスたちが気色ばむ。だが、俺は確信を込めて問うた。もちろんそれは、ドラクエ7という物語を理解しているからなので、正直ズルなわけだが。
「…………」
マチルダはこの問いに、答えなかった。しかし穏やかに微笑み、ふっと視線を落とした様を見れば、彼女の答えはわかろうものだ。
そしてそれをみんなわかってしまったからこそ……後ろから聞こえてきたアルスたちのリアクションに、申し訳ないとも思う。
「……わかりました。では最後に……あなたは……『あの方』と何度か言いましたね。つまり、あなたの後ろには何者かがいるわけだ。あなたをこうした、元凶が……」
俺の言葉に、マチルダを除いた全員がはっとした。
そう、マチルダの悲劇性に目を奪われているが、そもそもの話、この一件には黒幕がいる。
確かにマチルダは、兄を見捨てた村人を恨んだかもしれない。しかし、彼女をそそのかしたものがいる。背中を押したものがいる。人の身を捨てさせたものがいる。それは間違いない事実だ。
「それが何かはわからない……でも、人ひとりをモンスターに変えてしまうような存在……
「…………」
マチルダは、この問いにも答えなかった。しかしやはり、答えずもかすかに微笑んで、目の焦点を遠くした。
これまた、返答したも同然の反応と言えるだろう。
「……マチルダさん。俺たちにはあなたを救えない。そんなことしたくないけど、でも俺たちも、ハンクさんも、帰るべきところがある……帰りを待ってくれる人がいる……何より、村を救い、この島の闇を払う手段は一つしかない、だから……」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! あ、あんた女を斬る気なの……!?」
剣を握る手に力を込め、腰を落とした俺を見たマリベルが声を張り上げる。いつもの彼女もよくやることだが、トーンがまるで違う。切羽詰まった、非難するような声だ。
だが、そのマリベルを当のマチルダが制した。
「マリベルさん……ありがとう……あなたは、心の優しい、人だ……」
かすかに声を上げて……それでも彼女は、確かに笑っていた。とても穏やかに。
「皆さん……初めて、私と出会ったあの森を……覚えて、いますね……? あの森の……奥、を……もう一度……お尋ねください……これが、私にできる……すべて……」
彼女の言葉に、俺は思う。
彼女はやはり、俺たちがどこからどういう手段でやってきたのか、知っているのだろう、と。
石版と、その意味を知らなければこんなセリフは出てこないはずだ。
いや、未来から過去に遡行してきた存在ということまでは知らないかもしれないが……けれども、俺たちがエデンの戦士たちであることは、恐らく……。
「……マリベルさん……花の、種……嬉しかったです……ありがとう……」
「……マチルダさん。あなたの仇、俺が取ります。あなたをこうしてしまった『あの方』とやら……絶対、倒して見せます。だから……」
俺は、最後まで言い切ることができなかった。なぜなら、そこでマチルダは息絶えてしまったから。
巨大な魔物の姿が崩れ、さらさらとチリになっていく。さながら無理な変化を経た存在が、正常な理の中に無理やり戻されたように。
彼女の残骸が、ぬるい風に流されていずこかへ消えていく。俺たちはその様を、呆然と見送ることしかできなかった。
***
かくして、魔王の手先は新たな英雄ハンクといずこからともなく現れた勇者たちの手によって倒され、村に平和が戻ってきた。さらわれていた女性たちも戻ってきて、早速復興の道を歩み始める村を眺めながら……ハンクはぽつりとこぼした。
「英雄パルナの妹……できることなら、死なせたくはなかった……」
彼のその言葉は、全員の心境の代弁だった。
誰も、マチルダに死んでほしいとは思っていなかった。悲壮な人生を送った彼女には、幸せになってほしかったと……みんなが思っている。
「……お兄様……わたくし、この子を大事にしますわ……それで、絶対、マチルダさんのこと忘れません……」
マチルダからもらった木の人形……彼女の遺品となった、英雄パルナ手製の人形を胸に抱き、リーサが言う。
ゲームなら、ハンクの息子に譲ることのできる品だが……それを言うのは野暮と言うものだろう。
俺はリーサの頭をそっと撫で、最初にしてとんでもない冒険を終えることにした。
「……帰ろう。マチルダさんの言葉を信じるなら、きっとここから帰れるはずだ」
そうして俺たちは、森の奥にいつの間にか現れていた旅の扉に踏み込む。
だが、エスタード島に戻った俺たちに、休息する時間はなかった。
なぜなら、島のすぐ北に、突如として島が出現したのだから。
唐突なネタバレ:ここまで書いた段階であまりの先の長さに色々と心が折れたので、次からダイジェスト風味にカッ飛ばしていきます。