俺は種泥棒にはならない   作:ひさなぽぴー

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4.選択のとき

 それから俺たちは、何度もユバール族の待つ時間に挑み続けた。様々な変化を起こし、それまでとは違う結果を導くために。

 

 ジャンが一族から抜けたこともあれば、残ったこともあった。あるいは死んだことも。ライラも同様に。

 あるいは、彼らが儀式を行うタイミングが違うこと……夜ではない、適切な時間帯があるのではないかと助言して本当に神を降臨させようとしたこともあった。

 

 だが、いずれの場合も失敗だった。ゲームであれば正常に機能したはずの仕組みは働かず、俺たちは何度も何度も同じことを繰り返す。

 しまいにはこの地域に出現するモンスターに慣れすぎてしまい、実力以上の凄腕と誤解されることもあったが……それでも世界に変化はなく。

 

 あまりの進展のなさに、アルスやリーサもそうだが、マリベルの癇癪もやばくなってきたので、いっそここは無視して次の地方に向かうのはどうかと新たな石版を探してもみたが……残念ながらそんな都合よくモノが見つかるはずもない。

 というか、ユバール地方の次……ダーマ地方に行くために必要な石版は、まさにこのユバール地方を復活させないと揃わない。ゲームでそれを知っている俺としては意味のないことだとも思っていたが……それくらい行き詰まっていたのだ。

 

 仕方ないので、数日ほど帰宅してみんな休憩しようということになった。これに一番喜んだのがマリベルの親父さんなのは言うまでもないが。

 

 しかしなぜだ? なぜ先に進むことができない? 何が進行を妨げている?

 

 俺は城の自室で一人考える。転生してからずっと書き溜めてきた、ドラクエ7の覚書ノートを開いて記憶と照らし合わせて。

 これは前世の記憶がすり減る前に、覚えていた記憶を思いつく限り書き表したものだ。すべて日本語で書かれており、仮に見つかったとしても読めるものはこの世に俺以外には存在しない。これを読み返しながら、考察する。

 

 そもそもユバール地方での原作の流れは、こうだ。

 

 神の祭壇で神を復活させるための使命を負うユバール族が、一族悲願の復活の儀式を執り行うがいまだそのときではなく、何も起こらない。彼らは起こらないならば仕方ないとし、再び放浪の中に戻っていくのだが……それをよしとできない青年がいた。

 

 それが今まで何度か名前を挙げてきたジャンだ。

 彼は儀式の中核を担う民族楽器、トゥーラの類稀な奏者である。そして同じく儀式の中核を担う踊り手、ライラの婚約者でもあった。

 

 しかし彼はこのときより少し前、突如として大地の精霊のアザを得てしまう。それは精霊に見初められた力あるものの証なのだが、ユバール族にはこのアザを持つもの同士が結ばれることを禁じる掟があった。

 

 そう、ライラもまた精霊のアザを持つもの。ジャンは己のアザを秘匿したが、このままでは婚約者と結婚することができないと焦った。

 

 だから彼は、強引にでも儀式を執り行って神を復活させようとした。神が復活すればユバール族の使命は終わり、その存在意義もなくなる。すなわち掟も何もなくなるはずだ、と信じて。

 

 しかし先にも述べたが、神は復活しない。今はまだそのときではないのだ。

 

 ……これ、今回のループの中で正規のタイミングで儀式をしたにもかかわらず神が復活することはなかったので、恐らく古文書に記されていた「金色に輝くとき」というのは世界が元の姿を取り戻したタイミングのことを指す気がする。というか、この過去の時系列で神が復活したら、普通にオルゴ・デミーラにやられそうだし。

 

 話を戻すが、ともかく神は復活せず、ユバール族は旅に戻る。

 

 しかしそれではジャンが納得しなかった。最後の望みを断たれた彼は己の秘密を暴露し、「一族を欺いた罪は重い」として自ら一族を離れてしまう。

 婚約者が離れていくのを見送るしかできないライラ。そしてそんな彼女を……キーファは助けたい、支えたいと願った。それが漫然と王子として生きてきた彼が見つけた、己の本当のやりたいことだと信じた。

 

 かくしてキーファはアルスたちの一行から離れ、一人異なる時代で生きていくことになる……というのが、一連の流れになる。

 

 そう、この地方では悪役が存在しない。ボスの背後に黒幕がいるらしいことがうかがえる、というレベルではない。明確にこの地方を封印する魔王の使いがいないのだ。

 だが一連の流れを済ますと、世界にはなぜか新たな大地が復活する。不完全だが。

 

 そう考えると、この地方は特異だ。他の封印された地方とは明らかに様子が違う。

 

 侵略するボスはいない。大陸の復活は不完全。この地方には一体どういう意味があるのか。

 

 というか、そもそもこの地方には人が定住していない。せいぜいがぽつんと教会が一つあるだけだ。そんな場所を魔王が侵略する意味ってあるのか?

 

 ……待てよ。のちのち偽神が大陸を封印した際、長年神に仕えていた神の兵であるメルビンは、「なぜこんなことをした?」と問うたな。「なぜこんなことができる?」ではなかった。つまり、大陸の封印自体は神にもできる可能性が高い。

 

 とすると……もしかしたら、ユバール地方は魔王の封印に紛れて神が自ら封印した地方だったりはしないか。この地方で起こる出来事を変え、未来への布石とするために。

 

 この推測が正しいとするならば、この地方ですべきことは原作と同様のこと、となる。しかしそれをすると、俺はアルスたちと別れなければならない。それは到底受け入れ難かった。

 

 だがここまで考えたところで、俺はあることに気がついてゾッとした。

 

 なぜなら、このユバール地方でジャンがユバール族から抜け、代わりにキーファが加入しライラと結婚することは、このあとの物語に大きな影響を及ぼすのだ。一族を抜け、老齢となったジャンが海のモンスターからとある街を守り、なおかつアルスたちがそのモンスターを倒す手助けをする、という。

 

 このイベント……ハーメリア地方の物語は、はっきり言ってジャンがいないと詰んでいる。ここの敵はグラコス。ハーメリア地方の大陸そのものを海に沈めてしまうというとんでもない野郎なのだ。

 しかも前兆はほぼなく、事態に気づいたのはジャンだけ。対抗策を打つことができたのもジャンだけ。

 

 つまり彼はある意味で、ハーメリア地方のために一族から抜けなければならない運命を持っている可能性が高い。

 

 さらに言えば、キーファがユバール族に入ったことも、間違いなく未来のために意味がある。

 

 どういうことかと言うと、キーファは劇中、ユバールの守り手となったことが明言されている。旅を続けるユバール族を外敵から守る大事な役目であり、そんな立場に収まったキーファはさらに、歴代最強の守り手であったことも明言されている。

 

 つまり、キーファという類稀な戦士がこの時代にユバール族に合流したことで、一族は相応の安全を得たことになる。それは逆に、それほどの使い手がいなければ乗り越えられない困難が、いつかのタイミングであったのではないだろうか? だからこそ、キーファが残留しないことがあの地方の封印解除に繋がらないのでは……?

 

 おまけに付け加えると、いずれ現れるパーティメンバーの一人、アイラの存在も見逃せない。

 

 彼女はキーファとライラの子孫だ。そして両者に匹敵する剣と踊りの達人でもある。その腕がこの世界でどれほどのものかは、基準がないのでわからないが……少なくともアイラの踊りは神を復活させるに値するレベルに至っていることは間違いない。

 そんな彼女が存在しないとなると、現代における復活の儀式がうまくいくかどうかわからなくなる。もちろん彼女以外でもなんとかなる可能性だってあるが、彼女にやらせたほうが確実なのも事実だ。

 

 つまりキーファが過去に残ることは、周囲の親しい人間から見れば許容できずとも、世界の命運という観点から考えると、間違いなく意味も益もあることなのだ。

 

 だからこそ、俺は思った。思ってしまった。

 

 もしや、ユバール地方の解放に必要な条件とは、ジャンのユバール族離脱とキーファの一族加入の二つなのではないか、と。

 そうしなければ、アルスは……主人公は、先に進めないのではないか、と。

 

 そんなバカな、と思った。思いたかった。

 

 だが、考えれば考えるほど、これが正しいのではないかと思えてきて。

 数日の休憩の間に俺は死ぬほど悩み、結局ほとんど気が休まらなかった。リーサはもちろん、アルスやマリベルにも心配された(マリベルは表面上気にしていない風だったが、態度でわかる)が、こればかりは訳を話すわけにはいかず、ごまかすしかなかったので色々と申し訳ない。

 

 そして再開した旅にやはり実りがなかったことで、俺は遂に決意した。するしかなかった。

 

 俺は――俺は、種泥棒になるしかないようだ、と。

 

***

 

 決意した俺だが、しかしだからといって原作のキーファのように無責任に放り出すつもりはなかった。

 俺は夜、一人だけで親父を訪ね事の次第を説明した。もちろん、原作知識とかについては言うことができないので、神の啓示を得たとかそんな感じでごまかしてだ。

 

 結果、親父は激怒した。当たり前である。しないほうがおかしい。

 何せ俺は嫡男で、後継者としての育成も順調。王子として問題は何もないのだから、過去に残るなど国王として許せるはずがない。親としてもだ。

 

 だが、世界の命運がかかっているとなると話は変わってくる。俺は、俺が過去にとどまらなければこの世界に真の平和は訪れないこと……いずれ現れる魔王に対抗できなくなると説明する。

 魔王がまだ生きていて、ただ力を蓄えている最中であるという啓示も受けたと併せて説明すれば、親父も一度口をつぐむしかなかった。

 

 親父はそのまま黙り込み、顔を手で覆ったまましばし考え込む。俺も下手なことを言えず、しばらく部屋には静けさだけが横たわった。

 

「なぜ……」

 

 そうして再び口を開いたとき、直前までとはうってかわって、急激に老けたような印象を受けた。

 

「なぜ……そなたでなければならんのだ……よりによって、なぜ……」

 

 絞り出すようにこぼれたその言葉は、紛れもない親父の本心だろう。それも、一切誇張も飾りもない。

 

 本当に、なぜ俺でなければならないのか……とは思うも、原作を知る身としては、やはりキーファでなければならないだろうなと思う。

 

 アルスはダメだ。彼こそは主人公だが、そういうメタ的な意味だけでなく、彼は水の精霊に見初められた選ばれしものなのだ。文字通り世界の命運を分ける存在であり、世界に取って最大の重要人物だ。チェスで言えばキング。使いどころはこんな旅の途上ではない。

 

 ガボもダメだろう。元狼であるため人の生活に疎いということもあるが、幼すぎるのだ。戦力としても母狼とセットというところがあるため、キーファに代わって歴代最強の守り手になれるかというと、疑問符がつく。ユバールの守り手に代々伝わるユバールの剣も使えない。

 

 もちろん、マリベルやリーサもアウトだ。彼女たちが女性であることも無関係ではないが、やはり剣を巧みに扱うには向かないということが大きい。

 

 そして、俺たち一行以外で考えても、現代において過去を渡り歩いてきた俺たち以上の使い手がいるかと言うと、いないと言わざるを得ない。

 

 だからこそ、俺しかいないと思えるのだ。思えてしまう。

 

 そしてここまで行かずとも、親父も近いところまで察することはできるのだろう。だからこそ、彼は最初のように激せないのだろう……。

 

 結局、この日は話を重ねたがどうすることもできず、俺たちは代案を得られないままお開きとなった。

 

***

 

「過去に残る!?」

「どういうことキーファ!?」

「わけわかんねーぞ!?」

「アンタ正気!?」

 

 順にリーサ、アルス、ガボ、マリベルである。

 彼らのリアクションは想像していたが、想像通りで少しだけ笑いそうになる。

 

 だがここは茶化していい場面ではない。俺は努めて真顔を作り、説明をする。

 俺レベルの使い手が過去に残り、ユバール族を守らなければ神の復活に必要なユバール族がこの時代まで存続できないらしい、と。神の啓示ということを織り交ぜながら説明すると、理屈の上では納得するしないのか、四人とも黙り込んだ。

 

「なら……それなら、僕が残る!」

 

 だがそれを破り、アルスが声を張り上げた。

 

「は!? アルスこそ正気!?」

「キーファは王子様なんだ、そんなことさせるわけにはいかないよ!」

「じゃあアンタはどうなるのよ! アンタだって村一番の漁師の息子よ!? 誰がボルカノさんの後を継げるって言うの!?」

「そりゃそうだけど、でも王子のキーファに比べたら漁師なんて全然大したことない!」

 

 いつも温厚で、そんなに激することのないアルスが大声でまくしたてるのは少し新鮮だ。

 

 だがすまない、アルス。お前は、お前だけはダメなんだ。

 

「残念だがそれだけはできない。なぜならアルス……お前は選ばれたものだからだ」

「僕のどこが!? 僕なんてただの村人だよ!?」

「お前は水の精霊に選ばれたものだ」

「……っ!!」

 

 俺の言葉に、アルスははっとして己の片腕を押さえた。

 そこには、半分ではあるがアザがある。ジャンのそれとは形こそ違えど、本質は同じもの。

 

 そしてその意味を、俺はユバール地方での冒険で既に伝えてしまっている。あそこはアルスが普通とは違うことを示唆する描写がある、最初の場所だから。

 当然、他の仲間も居合わせたから、みんながその意味を知っている。

 

「ジャンと同じだ。アルス、お前は明確な使命を持った人間だ。……それこそ、俺とは違う」

「……っ、そんな、……でもっ、それじゃあもう……! 僕たち、もうキーファに……! そんなの、そんなの……!」

「…………」

 

 アルスが怒り顔で俺につかみかかり、しかしすぐに静まって、がくりとうなだれた。

 

「お兄様……」

 

 今度はリーサが声をかけてくる。そちらに顔を向ければ彼女は、表情の抜けた顔で静かに、しかし滝のような涙を流していた。

 

 心が痛む。ああ、だからこんなことしたくなかったのに。なのに。

 

「お兄様……お兄様には、もう会えないのですか……?」

「……そう、なる」

「いや……いやです、いやです、そんな、そんな……!」

「すまない、リーサ……」

「やだあああぁぁぁーーっっ!!」

 

 一転して表情を崩したリーサが、砲弾のような勢いで抱きついてくる。

 似たようなことは昔からしていたが、ここ最近の冒険の影響か、だいぶ重くなった。いや、単なる重量の話ではなく、勢いのほうで。

 

 しかし、それでも俺には受け止めることはできない。身体を受け止めることはできても、彼女の気持ちまでは。

 

 結局この日は、リーサが泣きやまないままだったのでほどなくお開きとなった。

 

 時間を置いて、みんな一応の落ち着きは取り戻したので改めて過去に向かうことにかったが……それでも、空気はどことなくぎくしゃくしていた。

 

 しかし、もはや慣れた道中だ。通い慣れたとまで言えるレベルで、何度も通った道。良くも悪くも俺たちの足をとめる要素はなく、最初にここに来たときくらいの速度で最後のときを迎えることになってしまった。

 

「……みんな。ここでお別れだ」

 

 俺は旅の扉の前に立ち、四人を順繰りに見つめる。

 既に俺がユバール族に入ることは伝えてあり、あとはアルスたちと別れるだけだ。

 

「キーファ……僕、僕がんばるよ。君ほど大したことはできないかもだけど……でも、君に負けないくらい、がんばるから……」

「ああ、世界を頼んだぞ。……マチルダさんたちのためにも」

「うん……」

 

 アルスとがしっと握手を交わす。

 

 ガボやマリベルとも似たように言葉を交わし、リーサとはハグをして。

 

 そうして俺は、全員が涙を流していることを無視した俺たちは、二つの時間軸に別れ――

 

「――お兄様! きっと、きっとまた会いましょう! もしもまた生まれることがあったら、そのときは、それでもまた、わたくしをお兄様の妹にしてくださいましね!」

「……っ、ああ、当たり前だろ! お前は俺の、大切な妹だ! 約束だ!!」

 

 旅の扉特有の青い光が消える。その中に、リーサの泣き笑い顔も一緒に消えていく。

 

 さようなら、だ。みんな。

 

 けど、そうだな。

 また、いつか。

 

 ここではない世界のどこかで、会えるといいな……。

 

 やがて旅の扉も消えていく。緩やかに小さくなって、ほどけるようにして。

 

 こうして俺は、過去の人間となったのだった。




もうちっとだけ続くんじゃ。
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