柱島泊地備忘録   作:まちた

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一章 着任
序章 艦娘side


 大淀型軽巡洋艦一番艦、大淀。

 

 私は――欠陥品、らしい。

 海に出て戦うことも出来るし、雑務処理も出来る。しかし、私は前に勤めていた鎮守府から追い出されることとなった。

 

 私は――欠陥品らしい。

 前提督は私を含め、所属している艦娘を『兵器』と呼んだ。無論、私も間違っているとは思っていない。だからこそ私は兵器然として海に出て戦い、時には前提督の言う通り雑務をこなしていた。秘書艦娘として執務を手伝い、大本営とやり取りし、出来る限り尽くしてきたつもりだった。

 

 私は――欠陥品らしい。

 ある時、前提督はとある艦娘に夜伽を命じた。ままある事だ。

 提督とは所属鎮守府における最高権力者であるのだから、朝も夜も身は休まらない。故に、夜伽として常に提督をお守り出来る体制が必要である事は理解していた。

 

 だが、私が思っていた夜伽と、前提督が命じた夜伽は違ったらしい。

 就寝前、布団にもぐりこんだ前提督の枕元に座っていた私は、ふと服に手をかけられて理解した。そういう事か、と。

 

 当然、私は拒否した。理由は様々で並べる程も無いが、強いて言えば『そんな暇は無いだろう』というのが真っ先に挙げられる。

 

 前提督は指揮もボロボロで、艦娘達は疲弊しきっていた。

 近海の警備もままならず、資材は常に枯渇寸前。新たな艦娘を建造する余裕も無く、在籍している数十名の駆逐艦や軽巡洋艦のみを運用して体裁を保っていただけだった。無論、それらに駆り出される艦娘達は入渠はおろか、ろくに補給も出来ないままに繰り返し出撃させられるものだから、貴重な戦力でもあり、戦友である彼女達の何隻かは轟沈するに至る。

 それだけでも前提督は評価に値もしないのに、今度は夜伽をしろと。

 

 その時の私は、他の艦娘と同じく疲弊しており憤慨する気力さえ無かった。

 だから彼の手を払い、何とか『お考えなおしください』とだけ言った。

 

 その結果は、見ての通り――。

 

 

 

* * *

 

 

 

 海には毎日出ているが、こうも長い航海は数か月ぶりだった。

 

 前の鎮守府では最初こそ近海警備に赴いていたが、追い出される寸前なんて執務室に篭りっぱなしで深海棲艦よりも文字を見る事の方が多かったので、不謹慎ながらも新鮮に思える。

 

 あれから私は、前提督の罪を全て被って左遷となった。

 

 仲間を轟沈させた作戦を立てたのは私であり、その指揮も私が執っていた……という事になっているらしい。

 その他、資材が枯渇しているのは私が私的に使用していたからであり、大本営に向けての報告もその殆どが私が捏造した虚偽の報告書であると。

 

 ここまで来ると、もう呆れを通り越して無だ。虚無だ。

 

 艦娘としてこの世に生を受け十数年。得体の知れない深海棲艦という世界を脅かす存在に対して唯一の兵器であると自覚し戦い続けて十数年。人類は守られるべきだと妄信して十数年。

 私が得たものは、何も無かった。

 

 残ったのは、何も、無かった。

 

 大本営から前鎮守府に配属され、やっと前線で任務にあたれるのだと期待と不安に胸を膨らませていたあの頃――艦としてではなく、今度は艦娘として今度こそ暁の水平線に勝利を刻み、平和をもたらすのだと誓ったあの頃――深海棲艦よりも先に、人類に、提督に裏切られる事になろうとは誰が想像するものか。

 

 ガタイの良い軍人らしかった前提督は、数年のうちにみるみる肥え、戦うどころか艦娘の尻ばかりを追いかけるようになり、そうして、これだ。

 

「……はぁ」

 

 左遷だと言い渡された私に与えられたのは、移動用の小型漁船が一隻のみ。

 本当ならば身一つで追い出すところだったが、次の提督を迎えに行くのに必要だろうと恩着せがましく言われたのを思い出すだけで溜息が溢れる。

 

 頭の中を悪い思い出ばかりがよぎっていく。

 

 他の艦娘とて私と同じ気持ちで前提督を叱咤するだろうと思っていたのに、あそこの鎮守府にいた彼女達の一部はどうやら良い思いをしていたらしい。

 無暗に出撃せずとも戦果を与えられ、夜伽をしていれば褒章を与えられる。それらは他の艦娘が得た勝利から生まれたのだと知っているにもかかわらず、見て見ぬふりをしてわが物としていた。

 執務室に篭りっぱなしの私が気づいたのは、もうずっと後になってからだったが。

 

 

 そうこうしている内に、命令された沿岸が見え、近づいてきた。

 船速を緩めながら合図に汽笛を鳴らす。

 

 車が一台見えるほかには、車外に二人の影。片方は軍令部の者で、もう片方の軍服を着なおしている男が、私の新しい提督となる男だろう。

 

 前鎮守府を出る時、投げるようにして渡された資料を思い出す。

 

 

 海原 鎮(うみはら まもる)、海軍省付の元大将閣下。

 

 資料で名を見た時には目が飛び出るかと思った。左遷と言いながらも栄進じゃないか、と。

 だが、同紙に記述されていた内容を見て訝しむこととなる。

 

『大本営ヨリ、少佐ニ降格ス』

 

 彼は大将から少佐へ降格という異例中の異例であった。その原因となる理由も、目を疑うもの。

 少佐として横須賀鎮守府という海軍の最重要拠点に着任し、たったの一年で中佐、大佐と出世し、果ては将官にまで成り上がった男は、ある日を境にぱったりと姿を消してしまったというのだ。

 行方不明として捜索隊まで組まれていた彼だったが、いつしか軍部の反艦娘派に暗殺されたのではという噂まで流れる始末。そうして、月日は流れ現在――約六年を経て発見された彼は、横須賀鎮守府の倉庫内で意識を失っていたらしい。

 

 ある重巡洋艦が神隠しだと記事を書いてばらまいていたが、一瞬でもみ消されていた。

 

 資料にあったのは、行方不明となっていた彼が発見されたというだけで、以下は恐ろしくも私が仕えていた前提督に引けを取らない悪行の数々で埋め尽くされており、見れば、方々の鎮守府で沈んだ艦娘達の臨んだ作戦は全て彼が裏で指揮を執っていたとあるではないか。

 

 まぁ、見るからに分かる冤罪、というものなのは私とて理解していた。

 

 私と同じく海軍にとって、主に艦娘反対派にとって不都合な存在は遠くへ追いやってしまおうという杜撰な策に溺れた哀れな軍人なのだ。

 どんな顔をしているのやら、と岸辺に船をつけて、こちらにとぼとぼと歩いてくる影を見る。

 

 無理やりに羽織ったかのようにくしゃついた白い軍服に、顔に対してまっすぐ向いていない軍帽のつば。

 疲れていて、不健康そうな目元のくまも相まって幽鬼が如き姿。

 細い手足はぎこちない動きをしているのに、どうしてか確固たる意志を感じる異質な雰囲気があった。

 戦場で生き抜いてきた故の異質さか、あるいは多くの死を踏み越えて来たぎこちなさか。

 

 

「お待たせしました――」

 

 ここで、私は歩いてきた彼の軍服が血で汚れている事に気づいた。

 見れば、鼻から未だに滴る赤色。

 

 急いで停船させて船から飛び降り、ハンカチを差し出すも――彼の目は、怒りに染まっていた。

 

「きみ……いや、お前、大淀か?」

 

 その怒りは私に向けられているものでは無い様子で、同時に妙に混乱もしているようだった。

 彼――今後、私の直属の上官となる提督に向かって急いで敬礼する。

 

「は、はい! 大淀型軽巡洋艦一番艦、本日より柱島泊地に着任いたしました!」

 

 粗相のないように、と最敬礼した私の事を、彼は既に知っているはずだ。

 長年行方をくらましていた提督とて、私を知らないはずがない。大本営から送り込まれる数多くの『任務娘』の一人であるのだから。

 

 主な私の仕事は大本営と現場鎮守府のパイプだ。

 その任務柄、疎まれることが多いが……提督もまた、同じような人だろう、と感情から落ちる第一印象を、彼は、提督は仕草一つで覆した。

 

 ふう、と一息吐いた次には、怒りに染まった目をそっと伏せて――深く、頭を下げたのだ。

 ただの艦娘である私に対して。

 

「えっ、あ、あの、う、海原 鎮提督、ですよね!?」

 

 思わず再確認する私。提督の後方には未だ軍令部の車が停まっている。

 こんな所を見られでもしたら、私はおろか提督が何を言われるか分かったものじゃない。

 頭を上げてほしいと言う私の懇願に、提督は流麗に頭を上げてからちらりと私を見た後、振り返って問う。

 

「大淀、あれは誰なんだ?」

 

 えぇ、と大声を上げてしまう。

 提督をここまで送ったのだから軍部の者である事は言わずもがなだろう。それに、元とは言え大将閣下をここまでお送り出来る者は限られる。少なくとも、将官である事に間違いは無い。

 冗談が過ぎるかと、と咎めた私に対し、提督は――。

 

「冗談? 俺が冗談を言ってるように見えるのか?」

 

 また、射抜くような視線に怒りを込めて私を見た。

 全身が針で刺されたような痛みを受けたと錯覚するほどの怒気に、私はまたも頭を深く下げてまくしたてた。

 

「ももも申し訳ございませんっ! あ、あちらに見えますのは軍令部のお車かと推測致します! 本日は海原提督が柱島泊地に着任なされるとの事でしたので……! お顔は拝見できかねますが、軍令部のお方かと……」

 

 当たり前の事を口にすることの何と阿呆らしい事か。

 提督の目には私が滑稽に見えているだろうと、視線だけをそっと上げて提督を見やれば、彼はぽつりと呟いた。

 

「軍令部……柱島泊地……そうか」

 

 何が、そうか、なのか。

 

 

 その時の私は知る由も無い。

 数多の深海棲艦を退け、不気味な記録ばかりが残る彼の類稀なる手腕が、欠陥品と呼ばれ追いやられた艦娘達を率いて戦禍を退けることになるとは。

 

「まぁ、いいか」

 

 この彼こそが、艦娘を指揮し戦争を覆すことになるとは。

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