柱島泊地備忘録   作:まちた

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八話 提督が鎮守府に着任しました②【艦娘side】

 空母を始め、戦艦、各巡洋艦、潜水艦や駆逐艦の部屋を回りきった私はどっと疲れが出てしまい、額に手の甲をあてて溜息を吐いた。

 空母や戦艦は鳳翔さんと長門さんというリーダー的な存在が声かけしてくれたお陰でスムーズに了承を得られたが、巡洋艦と潜水艦には骨が折れた。

 

『私だけでなく北上さんまで捨てた人間に味方しようってわけ? あんた、なめてんの……!?』

 

『まぁ、大井っちの言う通りだよね~……もうさ、良くない? 戦わせるだけ戦わせて、成果が得られなきゃ全部悪いのはあたしたちのせいでさ。大井っちじゃないけど、作戦が悪いとかも考えてくれないじゃんか』

 

『それに、低劣極まりない目で私たちを見る、あんのッ……!』

 

『大井っち……。ま、そういう事だからさ、悪いけどあたしたちはパスかな~。召集に応じなかった罰があるっていうなら、解体でもなんでもしてって伝えてよ~』

 

 という具合に、取り付くしまもない。

 それでも、それでも、と土下座までしてみせた。

 流石に目の前で土下座されては、と二人は『行くけど、行くけど! 言うことを聞くかどうかは別だから!』と不承不承ながら了承してくれた。

 

 

 数も多くなく貴重な戦力たる潜水艦に至っては、せいぜい一隻か二隻いればと夕立に聞けば、なんと五隻も所属しているというではないか。

 どのような境遇に置かれていたのかは分からないものの、ここでならば活躍も出来るぞと説得の言葉を組み立てていた私の目論見は、見事に外れることとなった。

 

 私が見た彼女らはボロボロの状態で部屋から出てきた。入渠しないのかと聞いても、許可が無いの一点張りで全員の目は死んだ魚より暗かった。

 そう、彼女らは単純に酷使されたのだ。かろうじて会話は出来るものの、艦娘同士で話しているという感覚は無く、聞かれた事に答え、言われた事に従うだけとなる程に。

 

 それが顕著だったのは、伊号第百六十八潜水艦――通称、イムヤだ。

 

『イムヤさん、召集がかけられて――』

 

『任務……?』

 

『任務というほどでも無いですが、新たに着任された提督が我々に会いたいとおっしゃっています。来ていただけますか?』

 

『……』

 

『イムヤさん? あの……』

 

『……任務?』

 

『えっ……あ、あの、ですから、提督が召集を――』

 

『……』

 

『イムヤさん、聞いてないっぽい……』

 

『う、うぅぅん……! イムヤさん、任務です! 提督が召集をかけております!』

 

 思い切って話を合わせて見れば、状況は悪化するわ――

 

『っ……! す、すぐ、すぐに出る、出ます、出ますからぁっ……ひっ、ひぐっ……資材、集めなきゃ……叩かないで……うぅっ……』

 

『あ、あぁぁ……違うんですイムヤさん! 提督があなたにお会いしたいと――』

 

『い、いやぁっ……! もう、解体してぇっ……! ぐすっ……うっ……』

 

 ――思い出すだけで胸が痛い。

 その後、同室だったらしい伊号潜水艦八号や、五十八号、伊二十六、伊四十七がイムヤの泣き声を聞きつけて転がり出てきてからも、一悶着。呼びに来ただけの私と夕立はイムヤに危害を加えたと勘違いされ、危うく乱闘になってしまいかけた。

 

 何とかイムヤを宥めて、伊号潜水艦の皆から話を聞いてみれば、彼女たちは前に所属していた鎮守府で一切の休み無く遠征に行かされていたらしい。それだけならば資材の備蓄が無い鎮守府でもよく見られる光景とも思ったが、彼女たちの口から出てきた事実は私の想像を凌駕していた。

 

 彼女たちは、一度として補給をさせてもらえなかったというのだ。

 

 私たちは不眠不休で働ける頑強さを備えているが、それには補給行為が必要不可欠である。もちろん、艦娘として行動しないのであれば燃料や弾薬の補給は必要無い。何せ艤装を使用しないのだから。直接、燃料や弾丸を経口摂取するわけじゃないのだ。

 

 補給していないならば、いくら低燃費の潜水艦と言えど行動は不可能では無いのかと言葉を返したものの、それがイムヤのトラウマを抉ることとなった。

 五十八号曰く、

 

『ゴーヤたちは、遠征で取ってきた燃料を少しずつ分け合って、何とか行動してたんでち……でも、そうすると提督に少ないって怒られて、また遠征に出て……皆怖くて何も言えなくて……燃料の補給を進言してくれたのは、イムヤだったの』

 

『そんな、ことが……』

 

『イムヤは提督に連れて行かれちゃって、そこから、ずっとこんな調子で……』

 

『……』

 

『も、もうイムヤに無理をさせないでほしいでち! 応じなければ罰があるっていうなら、ゴーヤが代わりに全員分受けるでち! だから、だからぁっ……!』

 

 五十八号の縋る声に、過去を思い出したのか息を殺して震える八号。

 無理にとは言わないが……ここに来て提督の言葉をじわりじわりと理解する。

 

 彼女たちに反発されるかもしれないから、という私と夕立への心配がひとつ。

 各鎮守府でトラウマを植えつけられた彼女たちへの心配がひとつ。

 

 そういうことか、と理解したとて、時すでに遅し。

 私は地雷を踏み抜いてしまったのだった。

 

 提督に言われた事をこなせない、私は……と落ち込みかけた時、夕立が、どん、と自らの胸を叩いた音ではっとする。

 

『あの提督さんは、きっと無茶なんて言わないっぽい! 大淀さんじゃないけど、もしも提督さんが無茶を言って来た時は、夕立が代わりに言ってあげる! それで怒られても、ぜ~んぶ夕立が悪いって言ってもいいっぽい!』

 

『夕立さん……』

 

 駆逐艦に庇われ、励まされるなんて……いや、艦種など関係ない。彼女は前も今も、私の仲間で――目の前で恐怖に震える潜水艦の皆も仲間なのだ。

 

『わ、私も夕立さんと同じく代わりに怒られましょう! ですから、どうか提督にお会いしていただけませんか』

 

 このようにして寮を駆け回り集めた艦娘――総勢百隻余り。

 

 駆逐艦に至っては一棟丸ごと駆逐艦寮としてあったものだから眩暈がしたが、夕立が率先して口を利いてくれたことで何とかなった。

 

 全員を講堂に集め、夕立を信用し『提督を呼んできますので、夕立さんは講堂の皆さんをまとめておいてください』と言うと、夕立は目を輝かせて私を見つめて返事をしてくれた。

 

『~~~~っ! 任されたっぽい! 提督さんのお手伝いも、大淀さんのお手伝いも、ぽぽいのぽいっぽいよ!』

 

『……頼もしい仲間がいて、誇らしいです』

 

 私は夕立の頭を撫でた後、思わず強く抱き寄せる。

 

『わわっ……大淀さん……』

 

『頑張りましょうね、夕立さん。諦めないで、生きましょうね』

 

 それは、夕立に向けてというより、自分に向けた誓いだった。

 

 

* * *

 

 

 提督を迎えに執務室まで戻った時、扉の向こう側から声が聞こえた。

 

『わかりました……善処します』

 

 船の上で聞いたものと、同じ言葉。

 電話をしているのだろうか。何を善処するというのだろうか。

 

 ――盗み聞きすべきでは無い、と頭を振って、ノックする。

 

『どうぞ』

 

 扉を開くと、やはり提督は受話器を片手に持っており、こちらを見ている。

 

「失礼します。提督、準備が出来ました」

 

「お、おう?」

 

 ……仕事が遅すぎたか。

 提督が私に向ける目が少し困ったようなものに見え、しゅんとしてしまう。

 いいや、ここで落ち込んでいる場合では無い。提督に言いつけられた事は何が何でも必ず完遂せねばと前を向き、提督を講堂へと案内すべく頭を下げた。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 

 講堂までお連れする道すがら、ちらりと横目に提督を見る。

 提督の表情はどこまでもリラックスしており、一見して隙だらけのように見えた。欠陥品と呼ばれた艦娘が詰め込まれた鎮守府で、人間は提督ただお一人。

 艦娘が一隻で深海棲艦の群れに取り残されているような状況と変わらないというのに、どうしてここまで肝が据わっているのか……。

 

 しかし、講堂に到着して総員を集めた事を伝えた瞬間、その隙は消え失せる。

 

「……大淀、ご苦労」

 

「っは」

 

 私は身震いした。

 軍令部の者に対し侮蔑するような、怒りの目を向けていた時に見せた軍人然とした空気が辺りに充満する。

 

 まるで空気そのものが鉛にでもなったかのような覇気――。

 

 提督は軍帽を被りなおし、さっさと手で軍服を整えた後、扉を開く。

 この講堂こそ、この鎮守府における、提督における最初の戦場とでも言うように。

 

 扉の先には、艦種別にずらりと並ぶ艦娘一同。

 夕立が考えて並ぶよう呼びかけてくれたのだろう。

 艦娘たちは血に汚れた軍服姿で現れた提督に一瞬ぎょっとしていた。

 

「――ふむ」

 

 執務室に入った時のような懐かしむような声を漏らす提督。

 だが、身に纏う覇気は一切ぶれることが無い。周囲の艦娘も何かを感じ取ったのか、提督を見ようと身体を向ける。

 

「楽にしてくれ」

 

 そう一言おいて、提督は革靴の音を鳴らしながら部屋の端を――いや、艦娘が並ぶ中央を突っ切って……!?

 

「ふむ、軽空母に正規空母……戦艦に軽巡、重巡……潜水艦までいるのか」

 

 軍帽のつばから覗く眼光は、艦娘を委縮させるに十分な威力を発揮した。

 艦娘の数をものともせず、その中を歩きながら一目で艦種を見抜き数えるように顔を一人一人見ていく提督の、なんと恐ろしいことか。

 

 艦娘は、その数の多さから名前を覚えてもらえないことが多い。

 

 艦種こそ見た目で予想出来るかもしれないが、どの艦娘がどのような名を持っているのかなど、提督に分かるのだろうか――?

 

 私の不安をよそに、提督は講堂の最奥までやってくると振り返り、数秒沈黙。

 そして、突然、つらつらと言った。

 

 まだ短い時間ながらも、その中でも一緒にいた時間の長い私さえ初めて聞くような冷静かつ、身体の芯を打つような声。

 

 私は咄嗟に『ああ、これこそ、提督の本当のお姿なのか』と思う。

 

「本日より柱島泊地、柱島鎮守府に着任する海原鎮だ。よろしく頼む。早速だが新規の鎮守府ということで君達たちの中から数名に仕事を任せたい」

 

 講堂内はにわかに騒めく。

 それもそのはず。挨拶だけかと思いきや仕事を振られるなんて。

 

「まず……明石と夕張は前へ」

 

 歩いて流し見ただけで、所属の艦娘を把握した……!?

 い、いや、まさか。そんなはずはない。記憶力の良い私でさえあんな短い時間に誰がいるかなど覚えきれない。

 

 提督の呼びかけに、おずおずと出てきた明石と夕張。

 提督は「ほう」と声を漏らしてまじまじと二人を見る。

 

 明石と夕張は、前の鎮守府で戦闘の役にも立たず、兵器開発なども満足に出来ないと捨てられた過去を持つ。

 二人は提督に認めてもらえるように最大限の努力をしたらしい。

 寝る間も惜しんで限られた資材の中で私たち艦娘の使う兵器の改良を続け、夕張自身が実験的に装備して近海で射撃を行ったりと、それはもう精力的に取り組んだ、と。

 開発や改良に使う資材はもちろん提督に申請を通したもので、許可がおりたはずだったらしいが、失敗すれば無茶な補填を言いつけられたらしい。

 

 艦娘の使う装備、ならびに艤装を扱うのには相当な技術が必要になる。

 

 私の艤装は私にしか扱えないように、艦娘それぞれの艤装は基本的に本人しか扱うことが出来ない。

 それが出来てしまうのが、あの二人だ。

 

 だが、前提督は『壊れたら入渠して治せばいいのだ!』と二人の持つ技術を重要視せず、あまつさえただ飯食らいと晒し上げたのだとか。

 

 明石も夕張も不安そうに顔を伏せているが――提督の声に、えっ、と間抜けな声を上げることとなった。

 

「工作艦明石、および兵装実験軽巡夕張は工廠における一切を任せる」

 

「えっ」

「えっ」

 

 二人の声が重なる。

 

 あわあわと言いながらも、先に言葉を組み立てたのは夕張だった。

 

「わ、私はただの軽巡洋艦で、そんな、兵装実験なんて――!」

 

「違ったか? お前ほど兵装に詳しい者はいないだろう。対艦、対潜、対空と隙の無い万能な艦娘だと記憶しているが」

 

「い、いやっ、私なんて、足も遅いし、弱いし……っ」

 

「何を馬鹿なことを。何も海の上で活躍する事だけが能じゃない。知識の飽くなき探求は、必ず役に立つ。明石とともに工廠についてくれないか」

 

「っ……」

 

 夕張は混乱した表情で明石に助けを求めるように視線を投げる。

 視線を受けた明石は、ぐっと身を前に出し、眉をひそめて提督を見た。

 

「私たちの記録でも見たのでしょうが、いきなり工廠の責任者になれなんて、聞けません」

 

 明石の言は、ある意味もっともだった。

 着任したばかりの提督が、その責任の一部を初対面の部下に投げているのだから。

 しかし提督は驚くべき一言で明石を黙らせる。

 

「資材の管理は大淀に一任するつもりだ。大淀とよく話しあって開発を進めてほしい。何かあれば全て私が責任を取る」

 

「なっ……し、信じられません、そんな……」

 

 俺、では無く『私』と言っていることにも驚いたが、あれはきっと軍人としての提督の一人称なのだろう。威厳が溢れている。

 しかもナチュラルに私にまで仕事を……!

 それに加えて責任者にしておきながら、何かあれば提督が責任を取るなんて無茶苦茶な、という明石の気持ちも理解できる。そんな都合の良いことあるはずがない。

 

「だが工廠は二人に任せたいんだ」

 

 返答を聞かない、という物言いに聞こえるが、任せたいんだというお願いの言葉が出てくるあたり、やはり提督の内にある優しさは隠せないらしい。

 思わず緩みそうになる頬だったが、ぐっと奥歯を噛みしめて耐える。

 

「……どうなっても、知りませんから」

 

 ぼそりとそう言った明石だったが、工廠を任されたことに対してどこか喜びが滲んでいるような雰囲気があった。同じく、夕張にも。

 

「明石には泊地修理も頼みたいからな。仕事が多くて申し訳ないが、頼りにさせてくれ」

 

 そう言った後、提督は二人を下がらせて続ける。

 

「次に、給糧艦の二人はいるか。間宮と伊良湖だ」

 

 ここまで来ては、もう疑いようは無い。

 提督はどうやらこの場にいる艦娘を全て把握しているようだ。

 

 呼びかけに、明石や夕張と同じように恐々とやってきた二人の姿。

 割烹着に身を包んだ、戦場に似合わない、しかし戦場に不可欠の二人だ。

 

「は、はい……間宮、ただいま、こちらに……」

「伊良湖、です……」

 

 二人を見て、提督は同じように「ふむ」と漏らし、指示をする。

 

「お前たち二人にはこの鎮守府の台所を任せる。戦闘糧食以外にも普段から世話になるが、頼んだぞ」

 

 あまりの自然さ、あまりの的確さ、迷いの無さに周囲の艦娘たちの雰囲気がどんどんと懐疑的なものから、別の何かへ変わってくる。

 

「し、しかしっ、提督は艦娘の作った料理など、お口には……」

 

 伊良湖がそう言うと、提督はここに来て初めて驚愕という感情を見せた。

 

「は、はぁ!? 感謝はしても嫌がるなんて、あるわけないだろう! 人の作った食事がどれだけ活力を与えると思ってるんだ!」

 

「ひっ!? あ、あのぉっ……!?」

 

 二人がびくっと肩を跳ねさせる。周囲も、私もだ。

 周りは理解できないだろうが、私は何となくわかっていた。何故そこまで食事にこだわるのか。

 提督の過去を記録から予想している私だからこそ。

 

 血肉を作る食事は基本中の基本である。

 恐らく、提督はそれが限界まで制限されていたのだ。

 故に、手作りの料理のありがたさを誰よりも分かっている。

 

「……っ、す、すまん。取り乱した。とにかく、お前たちが本領を発揮できる台所こそ、お前たちの戦場になる。頼めるか」

 

 あんなに感情をあらわにされては断れるはずも無い。

 それに、間宮は提督の感情の高ぶりに触発されたのか、薄く笑みを浮かべて口元を手でおさえながら肩を震わせていた。

 

「ふふっ……はい。分かりました。では、この鎮守府の食事は私達が任されましょう。ね、伊良湖ちゃん」

「間宮さんが、そういうなら……」

 

「お、おぉ……そうか……! 楽しみに――んんっ、き、期待している」

 

 咳払いして言い直した提督。間宮と伊良湖の目に宿っていた怯えや恐怖は既に無く――あるのは――

 

「美味しい料理を振舞いますから、私たちのこと、お願いしますね」

「……です、ね……はいっ。美味しいデザートだって作っちゃいますから!」

 

 ……なんという人心掌握術か。

 私は提督の怒りの面を見た。そして、夕立に向けられた慈愛を見た。

 自らをただ晒すわけでなく、状況を考慮してこうも心を惹きつけるとは……。

 

 もしかすると自然な振る舞いをしているだけなのかもしれない、とも思うが、それはあり得ない。

 この講堂に入る前の提督の表情と違い過ぎる。

 

 これが、六年ものあいだ海軍省の目を欺き続けた強者の振る舞い――!

 

 道化を演じ、道化と思い込み、道化として存在する。

 その根底にある煮え滾る怒りと、我々艦娘を守り通す誠実さが陰と陽として完全にバランスを取りあのお方を形作っている――。

 

 提督の境地を、まるで想像できない。

 

「これはのちに通達するが、この泊地の近海警備のローテーションを組むつもりだ。軽巡、駆逐艦を中心にするから、そのつもりで。次に空母についてだが、空母の一部を近海警備に組み込む」

 

(空母を近海警備に……?)

(やっぱり、変わらないんじゃない……)

 

 どこからともなく聞こえてくる囁き声。

 提督はそれらを予想していたように言葉を続けた。

 

「何も空母に遠出して回ってこいと言うつもりじゃない。お前たちの艦載機は何のためにあるんだ」

 

 それに声を返したのは、一航戦の赤城さんだった。

 

「――遠距離索敵をせよ、ということですね」

 

 そうだ。と提督は頷き、続けてこうも言った。

 

「艦載機を発艦させるのも見てみたいしな」

 

 それは――ある意味、空母勢への宣戦布告。

 欠陥品と呼ばれた空母たちに向けられた、試練の一つ。

 

 そう理解した瞬間、空母の並ぶ一列の中からおぞましいほどの殺気が立ちのぼった。

 身じろぎひとつしたわけでもないのに、艦娘全員がそちらを見る。

 中から、細くも強い――鳳翔の声。

 

「……我々空母がどれほどの力量か、見てみたいということでしょうか」

 

 今にも屈してしまい、背を向けてしまいそうなほどの殺気は、鳳翔のほか、その横にちょこんと立っていた軽空母、龍驤からも。

 空母の中でも古参の二人から発せられる殺気を受けてなお、提督は飄々としていた。

 

「力量というほど大袈裟なものじゃなくていい」

 

 ここまで言うと、鳳翔と龍驤からの殺気が若干だが和らぐ。

 

「ちゃんと考えあるんかいな」

 

 龍驤が問えば、提督は――溜息を吐き出した。

 何もそんな煽るような……! と私が危惧するまでもなく、龍驤は「あー……」と頬を指でかいて言う。

 

「悪い、ちょっち失礼過ぎやな。……わぁっとる。ちっと試しただけや」

 

 何を試したのか……?

 私の疑問に答えたわけではないだろうが、龍驤は鳳翔に対して「ありゃあかんわ。うちらでも太刀打ちでけへんで」と言ってから、改めて提督を見つめる。

 

「駆逐と軽巡を上空から援護……ほんで、近海警備は毎日のローテ……空母の発艦訓練と一緒くたにせえっちゅうんやろ?」

 

「……」

 

 提督はニヤリと不敵に笑って見せた。

 

「なんや、けったいな提督かと思ったら、鳳翔より鬼ときたもんや。なぁ?」

 

 よもや通じ合った……? わ、私もまだ提督の御心の全てを知らないというのに……! って、違う違う、何を考えてるの私は……。

 

 名をあげられた鳳翔は「龍ちゃん、私は鬼とか、そんなんじゃ……!」と形無しに縋る。

 

「空母の発艦は色々や。弓道型、からくり型、うちのような陰陽型……発艦訓練なんてしようと思たら、それぞれの場所を用意せなあかん。仮に弓道場を使ったとしても、うまくいかんこともあるやろ。提督はそれを、任務と並行せえ言うんや。失敗して発艦できんなんてこたあ無いやろが、うちらの失敗は即、警備艦隊に繋がる――」

 

 ざわり、と空気が動く。

 

「――遠方索敵なら動くことも無いから、うちら自身の燃費は関係ない……仮に燃料やら弾薬やらをどさっと消費することがあったら……そりゃ戦闘があったらの話に限られる。提督ぅ……えらい頭切れるやん……? えぇ……?」

 

 不敵な笑みを浮かべ続ける提督に、龍驤は額に汗を浮かべて笑みを返す。

 空母の中でも艦娘全体でも古参の龍驤を、ここまで圧するのか、提督は……!

 

「なに、そこまでは考えていない。だが龍驤の提案は素晴らしいものだ。それを採用するとしよう」

 

「なっ……! っち、食えんやっちゃで、ほんま……!」

 

 自分で立てたものじゃない手柄を、わざと掴ませるような真似……完全に手玉に取られた龍驤から笑みは消え、代わりに顔を真っ赤にして声を荒げる。

 

「うらぁ! お前らぁ! 明日から特訓や! 手ぇ千切れても止めへんからな……目にもの見せてやるで! ええなぁ!?」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 龍驤を中心に、鳳翔や一航戦、二航戦に五航戦、水母までもが大声を上げる。

 提督を見れば、実に満足そうな表情で――あぁ、やはり、あなたは違う。

 

 意気消沈していた加賀さんの目には、いつのまにか闘争の炎が宿っており、並ぶ赤城さんにも伝播している。

 

 感情が、心が、艦娘たる魂が燃え上がっている。

 

 今こそ、立ち上がる時なのだと。

 

「では、次に戦艦と重巡だが……鎮守府内外の規律維持のために動いてもらう」

 

 提督から語られる任務に一切の無駄は無く、人間に対して強く不信を抱く戦艦と重巡に自らを監視する役目を与えた。

 深くは言及しなかったが、不安ならば好きなだけ自分を監視し続けろというのだろう。

 

「我々に危害を加えられるかもしれんというのに、貴様はそれでいいのか?」

 

 戦艦勢の中から上がる長門の低い声に、提督は恐れずに言う。

 

「危害を加えるのか?」

 

 直球過ぎる返しに、長門はぐっと言葉を詰まらせた。

 次には、感情の片鱗を見せる怒鳴り声。

 

「我々は! 危害を加えられたのだ! 我らが守るべき対象に! その気持ちが貴様に分かるのか!」

 

 ……その通り。一分の隙も無く。

 しかし提督は単純な一言でまたも長門の言葉を詰まらせた。

 

「分からん」

 

「っ……! ならば! 貴様に我らを語る資格など――ッ!」

 

「一度も語ったつもりは無い。私はお前たちが出来る仕事を、出来るように振っているだけだ。お前が私に危害を加えることが仕事だと言うなら、それもいいだろう」

 

「なぁっ……!?」

 

 長門に投げられる、言葉の奥に秘められた問いの真意。

 人間に危害を加える……仕事ならば、それでいい。

 

 それをしてしまったら――私たちは、深海棲艦と同列となる。

 

「わ、我々はっ……私はっ、そんな事……!」

 

「私はな、長門――」

 

 

 

 

 提督は、唐突に語る。

 

 それはのちに、我々艦娘の間で長く語り継がれることとなる、伝説の一端。

 

 

 

 

「私はずっとお前たちに救われてきたんだ。どんなに辛い時も、どんなに苦しい時も、私にはお前たちがいた」

 

「私は、貴様など知ら――」

 

「あぁ、そうだろう。顔も知らなければ名前も知らない。私が一方的に知っていただけだ。私が仕事に疲れた時。私が理不尽な目にあった時、お前たちは変わらずに海を守っていた。どんな強敵が現れても前を向き、運命を変えようと戦っていた。私にはそれが眩しくて仕方が無かった――その姿が、どれだけ私の心を救ったと思う」

 

 

 誰一人として、声を発する事が出来なかった。

 

 

「仕事に見切りをつけた後も、私はお前たちの活躍を見ていた。海を平和にするのだというお前たちの光はどん底にいた私を照らし続けていた。お前たちがどれだけ過酷な状況にあったかは知らん。だが、今度はどうやら、私の番らしい」

 

 

 声が染み渡っていく。

 

 

「お前たちを照らすなどと大それたことは言えないが、出来る限り、善処する」

 

 

 私達が胸に抱えていた想いが、提督の口から出てくる。

 

 

 

「――暁の水平線に、勝利を刻みたくはないか」

 

 

 

 轟、と講堂全体が揺れた。

 誰からか、ではなく、誰一人として漏れず、大声を上げていた。

 海へ平和を、暁の水平線に勝利を、我らに、提督に勝利をと。

 

 

 

「以上だ。今日はゆっくり休め。私も休ませてもらう」

 

 そう言った提督に逆らおうなどという艦娘は、もういなかった。

 一糸乱れぬ最敬礼をし、講堂から去っていく提督が見えなくなるまで、姿勢を解くことはなかった。

 

 血に濡れようとも諦めない我らが提督――彼はのちに、私たちの間で「血濡れの大将」と呼ばれることになるのだった。




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