柱島泊地備忘録   作:まちた

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少し長くなってしまいましたが、読んでいただけると嬉しいです!


九話 提督が鎮守府に着任しました③【提督side】

 おかしい。何がおかしいって、状況もそうだが、全部がおかしい。

 井之上さんによれば俺は艦娘を癒すだけの仕事だったはずだ。

 

 もちろん、だからと言って艦娘と戯れるだけではだめだろうが、井之上さんはこう言ったはずだ。

 

『君に戦争をさせようとは思わん』

 

 なら適当に艦娘と戯れ――いやだからそうじゃない。

 だめだ、混乱して思考がループしている……ッ!

 

 どうしようかと長々考える時間さえ無い。

 

 先程から大淀の視線が俺に突き刺さり、入室を催促されてるような気分になってきた。

 ここで対応を間違えてしまえば……

 

『反旗を翻し、我々は今度こそ絶滅するだろう』

 

 背筋が凍った。ブラック企業をやっと抜け出せたと思ったら、状況はもっとブラックになってしまった。もう破滅する未来しか見えない。

 悪あがきに服を整えたり、軍帽を被りなおしたりしてみたが、たかが数秒で心の準備が出来ようはずもなく、結局、俺は扉に手をかけた。

 

(……あ、汚れたままだ)

 

 時すでに遅し、力を込めてしまった俺の手は驚くほどあっさりと扉を開いてしまい――。

 

「――ふむ」

 

 何が『ふむ』だよ。頭真っ白だよ。

 

 自分にツッコミを入れながらも、俺の目は自然と部屋を見回す。

 ある種の現実逃避とも呼べるが、それを抜きにしても俺は感動してしまった。

 ずらりと並ぶ、艦娘、艦娘、艦娘。所せましと部屋に詰め込まれた、初めて見るはずなのに、懐かしいと思ってしまう光景。

 

 すっと頭が冷えていき、緊張が何となく解れたあたり……やはり俺は、艦これが好きだったのだなと再認識した。いや、好きだった、では無く、今もだなと胸中で笑みを浮かべる。

 

 井之上さんが言うには彼女らは各鎮守府で傷ついた、と。

 戦闘で傷ついたか、はたまた無茶な運用で傷ついたかは定かでは無いものの、一目見ただけで全員の目に光が無いことだけは分かる。

 俺の目が死んでいた昔、彼女たちの目は輝いていたというのに、なんと皮肉なことか。

 

「楽にしてくれ」

 

 最初にそう言って、俺は歩を進める。

 

 百を優に超えるであろう艦娘を、一人一人、しっかりと確認していけば、思い出される名と、ブラウザ越しの出会い。

 あぁ、この子はあの海域を攻略した時にドロップしたな、とか。

 あっちの子は建造で手に入れたな、中々来てくれなくて苦労したな、とか。

 

「ふむ、軽空母に正規空母……戦艦に軽巡、重巡……潜水艦までいるのか」

 

 無意識に洩れた言葉。

 こんな数の艦娘を、この世界の提督は――いや、今はそれを考えるべきじゃない。

 

 講堂の最奥まで歩みを進めたのち、振り返る。

 

「本日より柱島泊地、柱島鎮守府に着任する海原鎮だ。よろしく頼む」

 

 気恥ずかしさを捨て挨拶し、俺は……

 

「早速だが新規の鎮守府ということで君たちの中から数名に仕事を任せたい」

 

 ――全力で仕事から逃げるべく、艦娘に丸投げしようと言葉を紡いだ。

 いやいやいや、本当に仕事から逃げるつもりは無い。本当に。マジ。大マジ。

 

 しかし考えてみて欲しい。提督業を営んでいたと言えど俺が提督だったのは生きていた頃の話であって、こことは違う世界での話である。

 おいそれと艦これの世界にやってきてすぐに提督として手腕を発揮できるわけが無い。

 故に、故に――《艦隊これくしょん》というゲームから派生したアニメや漫画、小説を読んできた記憶と知識をフル活用して、俺は艦娘に仕事を振り、提督らしい唯一の仕事を取ろうと、そういうわけだ。

 

 決して仕事をしたくないというわけじゃない。

 

 俺は一体誰に言い訳をしているんだ。

 

「……」

 

 一瞬の間に考える。

 艦これにおける鎮守府と言えば? ホーム画面を思い出せ――。

 

 まず、ホーム画面の向かって左側に編成、補給、改装、入渠、工廠、と五角形が形成されていた。その真ん中に出撃ボタンがあったはずだ。

 編成……は、出撃の予定が無いからパスでいいだろう。あったとしても、近海警備程度のことだ。追々でいい。

 次に補給、改装、入渠、工廠……これらはゲームの頃ならばボタン一つでカチッと出来たが、ここではそうもいかない。補給するにも改装を施すにも入渠するにも、施設が必要になる。

 

 俺がその施設の責任者なのだが――この鎮守府のどこにあるか分からん。

 

「まず……明石と夕張は前へ」

 

 俺が呼びつけると、艦娘の群れから二つの影がこちらへやってくる。

 ほう、と声が出てしまう。

 

 工作艦明石に、軽巡洋艦夕張。この二人は最初の頃は鎮守府にいない貴重な艦娘のはずだが、これは僥倖である。

 明石は沖ノ島沖という海域マップにて未所持の場合のみ限定でドロップする艦娘で、夕張は建造で手に入る艦娘ながらも、建造最低値でフル回転しても中々当てられなかった記憶がある。それにドロップする海域が極端に少ない。そのレアさ故か初期から装備枠が三つもある頼もしい艦娘でもある。

 二人ともラフな作業着で、肌の露出が多い。

 ワンオフの魅力、十分感じているぞ。

 

 最初から貴重な二人がいて、それも艦これ界隈では工廠の番人――決まりだ。

 

「工作艦明石、および兵装実験軽巡夕張は工廠における一切を任せる」

 

「えっ」

「えっ」

 

 えっ? 君ら、工廠は私達の戦場よ! 的な艦娘だよね?

 

「わ、私はただの軽巡洋艦で、そんな、兵装実験なんて――!」

 

「違ったか? お前ほど兵装に詳しい者はいないだろう。対艦、対潜、対空と隙の無い万能な艦娘だと記憶しているが」

 

 五十鈴に並ぶ潜水艦キラーとは夕張であるはずだが、俺の記憶にある夕張とは随分かけ離れている雰囲気だ。

 弱弱しい口調に、ずっと伏せられている目。俺と目を合わせたくないのかもしれないが、おっさんも傷つくので少しは見て欲しい。

 

「い、いやっ、私なんて、足も遅いし、弱いし……っ」

 

 弱い? 夕張が? ンな馬鹿な……。

 確かに数値上は打たれ弱さの目立つ艦娘だが、大事なのはそこではない。対潜メインとして使われることが多い彼女の強みは万能型であるということだ。

 それに加え、二番艦にすれば九三式水中聴音機、三式水中探信儀、33号対水上電探などを改修出来る。

 潜水艦は彼女を見ただけで泣き叫んで命乞いをするに違いない。

 

 それに、ここは現実。兵装実験軽巡ならではの知識は絶対に役に立つはず。

 

「何を馬鹿なことを。何も海の上で活躍する事だけが能じゃない。知識の飽くなき探求は、必ず役に立つ。明石とともに工廠についてくれないか」

 

 お願いします。工廠の場所すら分からない俺では役に立てません。

 俺の言葉を聞いて一歩前に出てきたのは、明石だった。

 

「私たちの記録でも見たのでしょうが、いきなり工廠の責任者になれなんて、聞けません」

 

 記録じゃないよ。前の世界から知ってるとも。

 しかし明石の言うことも一理ある。工廠の全てを任せるのは流石に重荷になってしまうだろう。ならば分担してしまえばいいだけのこと。

 ブラック企業に勤めていた俺の手にかかれば仕事の分担などお茶の子さいさいである。何せ、いくら仕事を各方面に振っても終わらなかったレベルの量をこなしていたのだから。

 

「資材の管理は大淀に一任するつもりだ。大淀とよく話しあって開発を進めてほしい。何かあれば全て私が責任を取る」

 

 ごめん大淀。資材のあんな細かい数値を一桁まで管理は出来ん……。

 ゲームの頃ならいざ知らず、ここでは実際に書類か何かで提出されるのだろうから、それを逐一確認して、まとめて、など考えただけで泣ける。メイン大淀、サブが俺。決裁ならするから許して。

 こういう細かな作業は大淀が適任だ。明石が変なものを開発したら俺の代わりに叱ってくれるだろうしな。いや、同人誌の見過ぎか……。

 

 それに、責任を取ると言っておけば明石や夕張だって安心するだろう。

 実際に責任を問われるのは俺じゃなくて井之上さんだし、あの人、元帥って言ってたし。

 鎮守府の運営に便宜を図るとまで言ってくれたのだ。ここはおおいに甘えさせていただきたい。

 

「なっ……し、信じられません、そんな……」

 

 っく……なんて強情な……頼むよ、工廠の仕事とか俺は絶対に出来ないから。

 

「だが工廠は二人に任せたいんだ」

 

「……どうなっても、知りませんから」

 

 っしゃあ! 工廠の仕事は全て明石と夕張、大淀に投げられたぜ!

 どうなっても知らない? 大丈夫、井之上さんが何とかしてくれる!

 

 浮かれている場合じゃなかった。一応、フォローもしておかねば。

 

「明石には泊地修理も頼みたいからな。仕事が多くて申し訳ないが、頼りにさせてくれ」

 

 フォローするつもりが思わず泊地修理のことを思い出して仕事を増やしてしまった。ごめん明石。変なものを開発しても全部許すから。

 

 仕事を振れたことで調子に乗った俺は、この際どんどん任せてしまえと声をかけていく。

 

「次に、給糧艦の二人はいるか。間宮と伊良湖だ」

 

「は、はい……間宮、ただいま、こちらに……」

「伊良湖、です……」

 

 ふむ……。ゲームでは図鑑や戦闘糧食を使った際にしか立ち絵を見られない、これまた貴重な二人組。

 現実の女性ともなるとこうも美人なのかと感心してしまった。間宮は落ち着いた大人の和風美人、伊良湖は幼さの残る大人になりたての美人、といったところか。

 

 まあ、きっと仕事上でしか関わらない二人だから、いくら美人でもどうと言うことはないのが悲しいところ。

 

 しかし、この二人には最重要と言っても過言ではない仕事を任せたい。

 

「お前たち二人にはこの鎮守府の台所を任せる。戦闘糧食以外にも普段から世話になるが、頼んだぞ」

 

 食事――それは三大欲求の一角。

 漫画やアニメではどんな料理でもさっと作ってしまえるスーパーウーマンの二人だ。きっと間宮と伊良湖の手にかかれば栄養もばっちりに違いない。

 

「し、しかしっ、提督は艦娘の作った料理など、お口には……」

 

 伊良湖の言葉に、俺は目を剥いてしまう。

 

 エェッ!? 艦娘が作った料理だぞ! むしろ食べたいだろう!

 何なら毎日俺に味噌汁を作ってほしいくらいだが!?

 

「は、はぁ!? 感謝はしても嫌がるなんて、あるわけないだろう! 人の作った食事がどれだけ活力を与えると思ってるんだ!」

 

 聞くに堪えない俺の欲望を、理性が自動翻訳してくれた。

 危ない……。

 

「ひっ!? あ、あのぉっ……!?」

 

 悲しいが、言葉を取り繕うことが出来ても感情は全面に押し出てしまっていた様子。伊良湖も間宮も驚いた顔で俺を見ている。

 ごめんて。おっさんが必死になってるのが気持ち悪かったんだろう? マジでごめんて。

 

「……っ、す、すまん。取り乱した。とにかく、お前たちが本領を発揮できる台所こそ、お前たちの戦場になる。頼めるか」

 

 若干ショックを受けつつも、それを隠しながら言う。

 

「ふふっ……はい。分かりました。では、この鎮守府の食事は私達が任されましょう。ね、伊良湖ちゃん」

「間宮さんが、そういうなら……」

 

 笑われた……。くそ……。

 い、いや、それでも間宮と伊良湖の作った飯が食えると考えれば安いもんだ……!

 

「お、おぉ……そうか……! 楽しみに――んんっ、き、期待している」

 

 調子に乗るな俺。また大淀に怒られてしまう。

 

「美味しい料理を振舞いますから、私たちのこと、お願いしますね」

「……です、ね……はいっ。美味しいデザートだって作っちゃいますから!」

 

 間宮と伊良湖がそう言って、胸の前でぐっと拳を握りしめる。

 可愛い。

 

 ……いかん。仕事だ。そう、仕事の割り振りだ。見惚れている場合ではない。

 

 癒すだけが俺の仕事と言えど、素人とバレてもダメという制約がある今、鎮守府らしい業務が無ければ『なんだこいつ、もしかして初心者か?』と疑われてしまいかねない。

 しかし実際に鎮守府に来て艦娘を前にすると、何をすればいいのかと迷ってしまうのも事実。

 

 そこで俺は、安全かつ一度ローテーションを組んでしまえば、後は勝手にやってくれと言える単純な仕事を提案する。

 最初だからね。これくらいでね。という雰囲気を出しておけば、納得はしてくれるはず。

 

「これはのちに通達するが、この泊地の近海警備のローテーションを組むつもりだ。軽巡、駆逐艦を中心にするから、そのつもりで。次に空母についてだが、空母の一部を近海警備に組み込む」

 

 数の多い軽巡洋艦と駆逐艦がいればローテーションは問題無いだろう。

 何故空母を加えているのかと言うと――これも理由は単純である。

 

 艦載機が飛んでるところを見たい。以上。

 

 本当にそれ以外の理由は無かった。空母を近海警備に出すのはどうかと思ったものの、資材の管理は大淀に任せているから何とかしてくれるはず。赤城や加賀がアニメの如くボーキサイトをドカ食いしなければ問題無い。

 

 と、ここまで考えたところで、空母たちのいる辺りからこそこそと囁き声が聞こえてきた。

 

(空母を近海警備に……?)

(やっぱり、変わらないんじゃない……)

 

 ヤバイ。素人とバレてしまう。

 しかし艦載機の発艦は見てみたい……が、ここは諦めて我慢すべきか……?

 

 いいや! しないね!

 

 ブラック企業に勤めて自由というものを知らなかった俺は、この世界でそれをつかみ取る……!

 飛行機が飛ぶのを見るのは、全男子の夢だろうがァッ……!

 

「何も空母に遠出して回ってこいと言うつもりじゃない。お前たちの艦載機は何のためにあるんだ」

 

 それっぽいことを言って場を濁そうとした時のこと。赤城の声が滑り込む。

 

「――遠距離索敵をせよ、ということですね」

 

 お、いいじゃんその理由。乗っかっておこう。

 そうだ、と返事して頷いて見せ、ついでにな、という雰囲気をたっぷりに、実際の目的を紛れ込ませておく。

 

「艦載機を発艦させるのも見てみたいしな」

 

 俺がそう言うと、先程まで若干ざわついていた空母勢がぴたっと静かになる。

 その静寂の中から細い声。聞き間違えようの無い、鳳翔の声だった。

 

「……我々空母がどれほどの力量か、見てみたいということでしょうか」

 

 元祖一航戦である鳳翔は、現実で見ると本当に小柄で、お艦と呼ぶには幼過ぎるように思えた。

 しかし背負う雰囲気はまさに古参。有無を言わさぬどっしりとした重圧を感じる。

 

 鳳翔にはお世話になった……艦載機熟練度を実戦レベルにまでたたきあげるために、何度も出撃してもらった思い出がよみがえる。

 練習空母の一面も持つ鳳翔は、実物も安心感を覚えられる。

 

 力量、なんて大袈裟に言っているあたり、真面目な性格もそのままだ。

 

「力量というほど大袈裟なものじゃなくていい」

 

 と俺が言い終わると殆ど同時に、特徴的な高い声。

 

「ちゃんと考えあるんかいな」

 

 龍驤である。

 艦これではピーキーな性能を持つ空母として有名な彼女だが、アニメや漫画でもそのピーキーさは際立っていた。

 君、駆逐艦? と冗談でも飛ばそうものなら、関西弁の鋭いツッコミが俺の心臓をぶち抜くに違いない。

 

 しかし、この龍驤はなんというか……怖い……。

 

 龍驤は『やったぁ! やったでぇ! うち、大活躍やぁ! 褒めて褒めてぇ!』と、ぴょんこぴょんこしてるイメージだったのに、俺の目の前にいるのは古強者といった風格である。溜息が出そう。

 

「はぁ……」

 

 やっべえ本当に出ちゃったどうしよう。

 と、俺が慌てる間も無く、またも龍驤の声が耳に届く。

 

「悪い、ちょっち失礼過ぎやな。……わぁっとる。ちっと試しただけや」

 

 試した……? 何を……?

 

 俺が混乱していると、龍驤は鳳翔に対して何か言ってから、改めてこちらを見た。

 

「駆逐と軽巡を上空から援護……ほんで、近海警備は毎日のローテ……空母の発艦訓練と一緒くたにせえっちゅうんやろ?」

 

「……」

 

 とりあえず愛想笑いを浮かべておく。

 

 何を言っているんだお前は……発艦訓練と警備を一緒にするとか、艦これで出来ないことを言い出すなよ……。

 

「空母の発艦は色々や。弓道型、からくり型、うちのような陰陽型……発艦訓練なんてしようと思たら、それぞれの場所を用意せなあかん。仮に弓道場を使ったとしても、うまくいかんこともあるやろ。提督はそれを、任務と並行せえ言うんや。失敗して発艦できんなんてこたあ無いやろが、うちらの失敗は即、警備艦隊に繋がる――」

 

 龍驤がなんか説明し始めたが、一部は理解出来た。

 弓道型、からくり型など、空母は発艦方法が違う。例えば鳳翔は弓道型だ。弓から放たれる矢そのものが戦闘機となる。

 からくり型、というのは千歳や千代田などを指しているのだろう。水母である彼女らは改装を重ねても複雑な発艦方法と思しき立ち絵のままだった気がする。

 陰陽型は言わずもがな、龍驤を指している。

 

 訓練の方法はそれぞれなのだろうが、それを一緒くたにしてしまって本当に大丈夫なのだろうか。

 龍驤の言う通り、鎮守府の傍から近海警備に出た艦隊の補助として艦載機を飛ばすのは良い案のようにも思えるが、無駄じゃないかそれ。

 

「――遠方索敵なら動くことも無いから、うちら自身の燃費は関係ない……仮に燃料やら弾薬やらをどさっと消費することがあったら……そりゃ戦闘があったらの話に限られる。提督ぅ……えらい頭切れるやん……? えぇ……?」

 

 動かないと燃料の消費が無い……龍驤こいつ、天才か……?

 称賛の意を込めて笑顔を返しておこう。彼女はきっと俺の仕事を今後もたくさん肩代わりしてくれる。

 

「なに、そこまでは考えていない。だが龍驤の提案は素晴らしいものだ。それを採用するとしよう」

 

 正直に言うと、龍驤は「なっ……! っち、食えんやっちゃで、ほんま……!」と吐き捨てるように言った。

 

 なんで怒るんだよ! 褒めただろうが!

 

「うらぁ! お前らぁ! 明日から特訓や! 手ぇ千切れても止めへんからな……目にもの見せてやるで! ええなぁ!?」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 なんで空母の皆まで怒るんだよ!? ちゃんと褒めただろうが!?

 

 っく、だめだ……お姉さんが勢ぞろいしていると思っていたのに、この鎮守府の空母は全員戦闘狂なのかもしれん。

 相手にしてられるか、と俺は仕事を振る仕事(?)に戻る。

 

「では、次に戦艦と重巡だが……鎮守府内外の規律維持のために動いてもらう」

 

 戦艦と重巡――砲撃戦と言えば、の艦娘である。

 もちろん軽巡も駆逐も、艦娘そのものが主役であるのだが、やはり戦艦と重巡は一言では表せない魅力が詰まっている。

 素晴らしい火力! 頼もしい装甲! 資材ドカ食い!

 最後のは違うか……。

 

 艦これというゲームにおいて俺の提督レベルはそこまで高くなかったので、戦艦と重巡は使いどころが限られていたが、本当に世話になった。

 ゲームの最初の関門とも呼ばれる沖ノ島海域では、痛い目をみたものだ。苦心して育て上げた軽巡や駆逐があっという間に大破させられてしまう中で、初めて建造出来た戦艦が長門であった。

 

 資材をどかどかと消費したものの、戦艦の火力たるや、敵の深海棲艦である戦艦ル級を易々と吹き飛ばしたほどである。その分、育成するのに資材も吹き飛ばされたが。

 

 俺が思い出に浸っていると、まさにその長門の声がした。

 

「我々に危害を加えられるかもしれんというのに、貴様はそれでいいのか?」

 

 えっ、危害加えるの?

 

「危害を加えるのか?」

 

「我々は! 危害を加えられたのだ! 我らが守るべき対象に!」

 

 危害を、加えられた……?

 ブラックな環境で働いていたというのは嘘じゃないだろうが、まさか暴力を……?

 

 思い入れのある艦娘は長門だけじゃない。

 講堂に集まっている全ての艦娘に思い入れがある。

 

 それに危害を加えた奴がいるのか、この世界は――?

 

 長門の悲痛な叫びが講堂に響き渡る。

 

「その気持ちが貴様に分かるのか!」

 

 頭の中が透き通った。

 同時に、ゲームをしていた頃の純粋な《楽しい》という思い出が見えない何かに踏みにじられ、汚されたような気持ちになった。

 

 だから俺は間髪容れずに、正直に答える。

 

「分からん」

 

「っ……! ならば! 貴様に我らを語る資格など――ッ!」

 

 長門の言う通りだ。語る資格など無い。

 故に、語らない。

 

「一度も語ったつもりは無い。私はお前たちが出来る仕事を、出来るように振っているだけだ。お前が私に危害を加えることが仕事だと言うなら、それもいいだろう」

 

「なぁっ……!?」

 

 本当に艦娘の仕事が人に危害を加えることであるというのなら、俺は喜んで受け入れてやろうじゃないか。

 ドエムという意味じゃないぞ。

 

「わ、我々はっ……私はっ、そんな事……!」

 

 しないだろう。分かっているとも。

 彼女たちは身を挺して海と平和を守り、人を守っていたのだから。

 

 後で思えば、俺はこの時に決意したのだと思う。

 

 疲弊しきっていた、壊れかけていた俺の心を支えてくれた艦娘を、今度は俺が支えてやろう、と。

 

「私はずっとお前たちに救われてきたんだ。どんなに辛い時も、どんなに苦しい時も、私にはお前たちがいた」

 

 ふざけた思考は消え、あるのは純粋な、小恥ずかしく青臭い俺自身の想いだった。

 

「私は、貴様など知ら――」

 

「あぁ、そうだろう。顔も知らなければ名前も知らない。私が一方的に知っていただけだ。私が仕事に疲れた時、私が理不尽な目にあった時、お前たちは変わらずに海を守っていた。どんな強敵が現れても前を向き、運命を変えようと戦っていた。私にはそれが眩しくて仕方が無かった――その姿が、どれだけ私の心を救ったと思う」

 

 上司に怒鳴り散らされ、社内で晒し上げられても、俺には彼女たちがいた。

 働いて、食べて、寝て、起きて、また働いて、食べて、寝るだけの生活。

 モノクロだった俺の生活を彩ってきたのは、海と、その上を駆ける彼女たちだった。

 

 たかがゲームでも、間違いなく彼女たちは俺の命の恩人だ。

 

 彼女たちがいなければ、大袈裟でも何でもなく、俺は首をくくっていただろう。

 

「仕事に見切りをつけた後も、私はお前たちの活躍を見ていた。海を平和にするのだというお前たちの光はどん底にいた私を照らし続けていた。お前たちがどれだけ過酷な状況にあったかは知らん。だが、今度はどうやら、私の番らしい」

 

 今度は、俺が身を賭して彼女たちを支えてやる。

 一度死んだはずの俺が蘇ったのは、きっとこのためだったのだ。

 

「お前たちを照らすなどと大それたことは言えないが、出来る限り、善処する」

 

 口癖のようになってしまった言葉を、小さく首を振って訂正する。

 善処などでは無い。俺はこの時を以て、鎮守府に着任する。

 

「――暁の水平線に、勝利を刻みたくはないか」

 

 何度も何度も、彼女たちの声で聞いた言葉を、今度は俺が届けてやろうじゃないか。

 

 そして――講堂が揺れた。

 

「ひぇっ……」

 

 という俺の情けない悲鳴は一瞬にしてかき消される。

 やっべぇ……いらんこと言ったかもしれない……。

 い、いやいやいや、いいんだ、これでいい! 大丈夫!

 

 

「以上だ。今日はゆっくり休め。私も休ませてもらう」

 

 

 そう言い残して、俺は講堂から逃げ出した。

 艦娘全員が敬礼してくれていたが、返す余裕が無かった。

 

 別に怖かったわけじゃない。本当だぞ。

 

 

* * *

 

 

 執務室まで逃げ帰っ――戻ってきた。

 どさりと椅子に座りこみ、盛大に息を吐き出す。

 

「はぁぁぁぁ……緊張した……」

 

 やっと落ち着いた、というところで色々と反省点が見つかるのは、よくある話で。

 

「休めって言ったけど飯も食ってないし、何なら潜水艦に仕事振ってねえや……どうするか……」

 

 あーあー! とりあえず今日は寝て、ぜーんぶ忘れたいわー!

 なーんであんなこっぱずかしい事言っちゃったんだろうなー! あーあー!

 

 胸中で一人反省会をしていると、ノックの音。

 

 休ませてよ! 休むって言ったじゃん! 対応するけどよぉ!

 

「……入れ」

 

 背筋を正して威厳スイッチオンである。

 入室してきたのは、今まさに仕事を振り忘れた潜水艦が一人。ゴーヤだった。

 

「失礼するでち……ます」

 

 可愛い。

 

「硬くならなくていい。どうした?」

 

 用事でもあるのだろうか。

 この鎮守府のことについては聞かないで欲しい。俺もまだ分かっていないから。

 

「あ、あのっ……! 提督は、私たちのこと、どう思ってるんでち……?」

 

 告白かな? 違うね、そうだね。

 

「どう、とは――素晴らしい潜水艦である、と思っているが」

 

「そ、そういうんじゃなくて……!」

 

 あぁ、知識的なことか?

 

「伊号潜水艦第五十八号。巡潜乙型改二の三番艦で巡潜乙型の最後の艦だな。その他にも――」

 

「そんなに知ってもらえて……って違うでち! そういうのじゃないでち!」

 

「そ、そうか、すまん……?」

 

 こういう時に女性と接してこなかった付けが回る。仕事しかしてこなかったし、艦娘もブラウザで眺めるだけだったんだから仕方がないじゃない……!

 

「さっき、講堂で話してる時、潜水艦には仕事が無かったでち……やっぱり、ゴーヤたちはいらないんじゃないかって――」

 

「いらない!? 馬鹿なことを言うんじゃない!」

 

 膝裏で椅子を倒してしまう勢いで立ち上がって机を強く叩いてしまった俺に驚き、ゴーヤはびしっと背筋を伸ばして固まってしまう。

 マジごめん。だが、いらない艦娘など一人としていない。

 仕事を振らなかったのは完全に俺の落ち度です。

 

「仕事を振らなかったのは完全に私が悪い。気を悪くしただろう。すまなかった」

 

「えっ……あっ、て、提督! そんな、頭を下げないで欲しいでち!」

 

 ゴーヤが小走りで寄ってきて、両手で俺の顔を挟み、ぐいぐいと上げる。

 わぁ……やぁらかい……ごちそうさまでち……。

 

「あの、提督! こういう事を言ったら、怒られると思うけど……少しの間、休ませてほしいんでち……」

 

「それは、どうしてだ?」

 

 一応聞いておかなければ。潜水艦だけ休んで他の全員が働いているという状況を作った張本人である俺が一番悪いのは間違いないが、そのせいで潜水艦の皆と周囲との間に溝が出来てしまってはいけない。

 

「ゴーヤたちは、前の鎮守府で補給もせずに遠征に回ってたんでち……それで、ゴーヤたちのリーダーだったイムヤは、まだ……。さっきの提督のお話で元気が出たって言ってたけど、無理はさせたくないんでち……」

 

「なるほど……」

 

 これは、あれか、オリョクルってやつで相当やられたな?

 実際は知らんが、補給もせずというところに引っかかる。沈むじゃんそんなの。

 まぁ、仕事らしい仕事は振ってしまってもう無いのも事実だ。

 俺はゴーヤを安心させるように手を取り、笑ってみせた。

 

 おっさんの笑顔は無料です。

 

「頑張ってきたんだな。よくぞ生きてここに来てくれた。仕事の方はしばらく気にせずに休むといい。何かあれば私か大淀から知らせるように……っと、そうだ、簡単な仕事も、出来そうにないか?」

 

「簡単な仕事……?」

 

 びびっと来た。俺は天才かもしれない。

 大淀は資材管理やらなにやらで忙しい身(にしてしまった)なので、鎮守府の案内を潜水艦たちにお願いしよう。

 

 あと、周りにばれないように口止めもしておこう。

 

 俺は声をひそめ、ゴーヤに視線を合わせるように腰を曲げて言った。

 

「実はな、ここに来たばかりで、どこにどんな施設があるのか知らないんだ。先にこの鎮守府に来ているお前たちにしか頼めない重要任務なんだが、案内を頼めるか? ついでに食堂にも寄って、飯を食いたいんだ」

 

 ここに来たばかりの時はそうでもなかったが、今は緊張の連続で腹が減って仕方がない。

 俺の提案に、ゴーヤは目を輝かせて頷いた。

 

「……りょ、了解でち! ゴーヤに任せるでち! ね! ね! やっぱり他の皆も呼んできていいでちか!?」

 

 見た目も相まってまるで中学生のようである。何とも愛らしい。

 

「もちろんだとも。皆で一緒に食おうな」

 

 あと、おっさんの笑顔を見ても泣かな――

 

 

 

「ぐすっ、ぐすっ……良かった……本当に、良かったでちぃ……」

 

 

 

 ――俺も泣いていいでち?


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