柱島泊地備忘録   作:まちた

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十四話 問題【提督side】

「提督、お願いします! 何でも言うこと聞きますから! ね!? ねぇ!?」

 

「後々に多くの開発を頼む事になる。今は工廠の整理を先決してくれないか」

 

「うぅぅぅぅっ……一つ! 一つだけでいいですから!」

 

 あれから、俺に縋ってわあわあと喚く明石と数度同じやり取りをしている。

 夕張と大淀が明石を羽交い絞めにして下がらせようとするも、工作艦の意地なのか一切引く気も無い様子で、ほとほと参っていた。これではまるで子どもじゃないか。

 一喝入れてしまえばいいのだろうが、油断すれば『提督、修理しときます?』とか言われて頭をかち割られかねんので動けない。別にビビっているわけじゃない。

 

 機械いじりが好きなのは艦隊これくしょんに出てきた明石そのものだが、改修資材――通称、ネジと呼ばれるものも鎮守府にあるのか不明なのだ、勘弁して欲しい。

 

「大淀、今の内に資材の残りを確認してきてくれるか。本日はそれを最後の業務とする」

 

 半ば強引に話を進めてしまう。流石の明石と言えど業務が終了したあとに資源を勝手に持ち出して開発をする、なんてことはしないだろう――多分。恐らく。メイビー。

 

「は、はいっ! ちょ、っと……明石! いい加減に、してくだ、さいっ!」

 

「うぅ~……! 大淀は提督の味方なんだぁぁ……艦娘の私には冷たいんだ~……」

 

「元から提督の味方ですっ! 意味の分からないこと言ってないで、明石も倉庫区に行きますよ! ほら、立って!」

 

「うわぁぁぁん! 開発させてぇぇ……!」

 

 そうして、ずるずると引きずられながら工廠を出て行く明石。何なんだアレは。

 残された夕張は気まずそうな顔で俺に何度も頭を下げていた。

 

「申し訳ありません提督! ほんっとうに、申し訳ありません! 後で明石さんにはきつく言っておきますから!」

 

「いいや、構わん。きっと外で大淀にどやされているだろうからな」

 

 大淀を敵に回すと怖いのだ。漫画で見た。

 一方、新たな艦載機を手に入れた龍驤は紙切れに変貌させたはずのそれをまた具現化させ、うっとりと眺めていた。何度か話しかけたが、上の空である。

 

「龍驤。もう戻ってもいいんだぞ。さっきも言ったが」

 

「あぁ……お~う……聞いとるで」

 

「そうか。では明日の近海警備をよろしく頼む」

 

「ん~……任せとき~……へへへ」

 

「……うむ」

 

 聞いてねえ。

 それにしても、ブラウザ越しにしか見えなかった艦載機と龍驤の兵装は不思議なものだった。明石と妖精が共同で開発したプラモデルのような艦載機を、ぽんと触れるだけで紙切れに変えてしまう能力――加えて、それをまた艦載機へと戻す様は現実であるというのに現実感の無い、ファンタジーチックな光景だった。

 その他の空母の装備も、ああいう風に紙切れになったり、矢になったりするのだろう。

 

 さて。もう龍驤はしばらくの間動かないだろうし、あとはあきつ丸と夕立が来るのを待つのみか、と工廠の隅でウロウロとしていた。

 そこから数分して、工廠の扉が叩かれた。

 

「あれ? 誰か来たのかな」

 

「あきつ丸と夕立だろう。私が呼んだのだ」

 

「あ、そっか……。って、あきつ丸……? 講堂にいたっけ……」

 

 夕張は斜め上を見ながら顎に指を当て、思い出すような仕草を見せる。

 ガラガラと扉が開かれ、夕立が――って夕立凄いな。鉄扉を片手で……。

 

「お待たせっぽい! あきつ丸さん連れてきたっぽい!」

 

「ご苦労、夕立」

 

 姿を現したのは、もちろん夕立とあきつ丸。

 夕立は俺の姿を見るや否や、こちらへ小走りでやってきて目の前で急停止。

 

「偉い? 偉いっぽい?」

 

「あぁ、偉いぞ。迅速な対応だ」

 

「えへへ……」

 

 求められている気がしたので頭を撫でておく。面白がって無視でもしようものなら素敵なパーティーと称して工廠を真っ赤に染め上げかねん。

 

「ん~……」

 

 頭を適当にわしわしと撫でているだけであるというのに、気持ちよさそうに目を閉じる夕立。可愛い。

 たかだか数秒のことだったが、そんな様子を見ていたあきつ丸から声がかかった。

 

「少佐殿は夕立殿くらいの娘が好み、と」

 

 ちがわい! 皆好みだい!

 いや違う落ち着け俺。

 すぐさま威厳スイッチをオンにして、俺は夕立から手を離しあきつ丸に身体を向ける。

 

「わざわざ挨拶しに来てくれたのだったか。留守にしていてすまなかったな」

 

 特種船丙型揚陸艦――あきつ丸。

 艦隊これくしょんをしていた頃の俺の鎮守府にもいた艦娘の一人だ。目の前にすると肌の白さが目立つ、と言うのが第一印象だった。

 あきつ丸は『大発動艇』という兵装を装備できるのが特徴であり、艦これにて年に数度行われるイベントにおける上陸作戦などで光る艦娘だった。遠征で使われることもあったのだが、アップデートが繰り返されて大発動艇を装備できる艦娘が増えたことにより中々出番に巡り合わなかった俺の鎮守府の不運担当……いや、流石に失礼か……。

 

「いえいえ、少佐殿もお忙しい様子でしたので」

 

 優しく柔らかな声ながらも、その口調にどこか棘のあるように聞こえたのは、気のせいだろうか。

 これ、あれか? せっかく探してたのに何で工廠で油売ってんだこの野郎ってことか? マジごめん。

 しかし俺は俺で大変なのだ。理解してもらいたい。

 

 百を超える艦娘たちが初期装備かもしれないという疑いがあり、空母に至っては全員が初期装備であることが確定した今、工廠で艦載機を開発することは最優先事項だったのだ。言い訳じゃないぞ。

 飯を食ってたのだって、ここに来るまでに何も腹に入れてなかったから……生命維持、そう、生きるために必要なことだから、食事をしたのだ。決して間宮のご飯食べたら全部投げ出そうとか考えてはいない。本当だ。

 

 本当だぞ。

 

「特種船丙型揚陸艦あきつ丸であります。本日より艦隊にお世話になります。……さて、一つ少佐殿にお伺いしたいのですが」

 

「うん? なんだ」

 

 あぶねえ。脳内で言い訳しまくってて聞き逃す所だった。

 俺は動揺がバレないよう、あきつ丸に威厳を見せるよう、工廠の隅の椅子まで歩み、腰を下ろす。

 

「少佐殿は――海原鎮元大将閣下で、お間違えないですかな?」

 

「……」

 

 ――これについては難しい。

 俺は海原鎮で間違いない。だが、元大将では無い。ブラック企業に勤めていた元社畜であり、過労が原因でこの世界に飛ばされただけの異世界人である。言っても信じられないだろうし、俺だってこの世界を信じようとはしているが受け止め切れていない。それはまあ、いいとして。

 

 俺が別人だと知っているのは井之上さんだけで、バレないように鎮守府を運営して欲しいとお願いされた立場でもある。ここであえて違うと言うのも変だし、これは必要な嘘だと呑み込むしかないか。

 

「……いかにも。私が海原だ」

 

 威厳スイッチ《い》である。

 もう少し威厳を出しておくために、足を開いて、どっしりとした印象を与えておこう。

 

「そうでありますか。いやはや……では、伺いついでにもう一つ」

 

 

 

「――――各鎮守府に所属している艦娘が轟沈した件につきまして、その作戦の指揮を担っていたと。これについては事実でありますか?」

 

 瞬間、工廠の空気が凍り付いた気がした。

 近くに立っていた夕立が拳を握ったのが見えた俺は、咄嗟に手首を掴み引き寄せる。

 勢いあまってこちら側に転ぶような恰好となってしまったが、構わずそれを受け止め――同時に、喉を鳴らす猛獣のような声を上げた龍驤に「やめろ」と言う。少し、大きな声を出してしまったが。

 

「提督さんはそんな人じゃないっぽい! さっき違うって言ってたじゃない! なのに、なんで……!」

 

「お、っとぉ……夕立殿。なにゆえそこまでお怒りに? こちらの少佐殿とは本日が初対面だったはずでは。そこまで肩入れする程の御仁でありますか」

 

「おぉ、おぉ、(おか)のモンがいけしゃあしゃあと、誰に口きいとんねん、アァッ!? あんなもんガセや、ガセェッ!」

 

 俺の知ってる龍驤じゃない……怖い……。

 い、いやいや、引くな。どうしてかは分からんが喧嘩になりかけているのは分かる。

 

 前の職場でもこういう事が幾度かあったな、と一部冷静な頭で考える。

 人員に見合わない仕事量を投げられ、部署そのものが墓場と化していたあの職場において、真面目に、ひたむきに努力して仕事と向き合っていた一人の社員がいた。その人は無理を承知で他の社員たちを助けつつ何とか仕事を回し、当時の現状打破を試みた人でもあった。

 その努力から俺を含む多くの社員から慕われた人だったが、ある日、いつものように無茶な仕事を上司が振りに来た時のこと――罵詈雑言を撒き散らしてその人を怒鳴った上司に、数名が立ち上がって口論となったのだ。

 その時は上司がすごすごと帰っていったことで事なきを得たが、今、この工廠では望めないことだろう。

 

 それで……俺が艦娘を沈めた、だったか。

 

「自分は少佐殿に聞いているのでありますよ。小耳に挟んだもので」

 

 異動先のことくらい調べるよなぁ、そりゃあ……。

 しかし残念ながら俺は艦娘を沈めた覚えなどない。何せここに来てまだ初日である。

 艦隊これくしょんをゲームとしてプレイしていた時も轟沈だけは避けてきた。俺がプレイし始めた頃は大破進撃しなければ轟沈はしないという説が濃厚となっており、大破自体は問題じゃないとされていたのだが、俺は艦娘が傷ついただけでも心臓が止まりそうになっていたヘタレである。

 ……自慢にはならないけども。

 それでも、決して無茶はせず艦これをプレイしていたのだ。お陰でドヤ顔で知識を語るも、それらは全てネットの情報なのが悲しい。実地における知識はそこまで豊富ではないのである。

 

 南方のサーモン海域が俺の最後の攻略だった。中部海域には到達したが未着手である。

 

「沈めた覚えなど無い」

 

 としか言えない。だって沈めてないんだもの。

 

「ッラァッ! 司令官がこう言うとるやろがい!」

「提督さんはそんな事しないっぽい!」

 

 ちょっと黙ってて二人とも。マジで。

 

「……どこからそのような情報が出ているかは知らんが、俺が言えることはこれだけだ。沈めた覚えは一切ない」

 

「しかし――」

 

 まだ食い下がるかあきつ丸ゥ……! それはどこの情報だよぉ!

 

「情報の出所はどこだ。まずはそれを確認してからもってこい」

 

「……各鎮守府からの報告、というのが、何よりの出所であります。相当な恨みを買っているとも耳にしているでありますよ」

 

 俺が沈めたわけでは無い。だが、各鎮守府から沈められたと報告は上がっている。

 導かれる答えは二つ。

 

 俺と同姓同名である海原鎮元大将閣下とやらが本当に沈めたか――虚偽であるか、だ。

 

 そして俺は、どちらが答えか知っている。

 

「それが虚偽でないという証拠を、と言えば、堂々巡りになるな。今の俺には関係の無いことだが、艦隊運営に支障をきたしてはかなわん。あとで調べさせるとしよう」

 

 各鎮守府が嘘を言っているのだ。だって井之上さんが言ってたもん。

 あらゆる汚名を着せられ――って、まさにこのことではないか。

 

 俺はただここにいる艦娘を癒しつつ、艦隊運営と称して近海警備をさせるだけの簡単な仕事を請け負った一般人なのだ。小難しいことは全部井之上さんがすればいい。仕方がないよね、分からないんだもの。

 

「調べさせる? はて、少佐殿にそのようなお力があるとは――」

 

 あきつ丸も大概だな……一応上司なんだから俺……流石に悲しくなるよ……。

 

「面倒なことは井之上の爺さんに投げるか……」

 

 溜息をついてしまった俺に、えっ、と三つの声。

 

「しょ、少佐殿、は、あっ、あっあっあの……えっ、元帥閣下を、爺さん、と……」

 

 いきなりスタッカートが利いた喋り方をしはじめるあきつ丸。

 

「な、え、えぇぇぇええぇええぇ!? 提督さん、元帥さんを知ってるっぽい!?」

 

 すごいビブラートで驚く夕立。抱きとめた格好のままだったので、耳元で叫ばれてきんきんする。

 

「えぁっ、てい、とく、ま、ま……えっ、マ……?」

 

 唐突にネットスラングっぽく驚く夕張。

 

「お、ごっ……司令官、元帥閣下を、そんな、じいさん、て……何言うてんねや……!?」

 

 エッジの利いた驚き方をする龍驤。どうしたんだ皆。題名のない音楽会でも開くつもりか。

 

 忙しい時に限って問題は重なるものだな、としみじみ思う。

 

 百を超える艦娘は全員が初期装備かもしれないし、やっと龍驤の艦載機を一つ作って問題が一つ解決したかと思いきや、今度はあきつ丸が文句を言いにくるときたものだ。

 ただでさえ、この後は明日の近海警備に誰を出すか決めなきゃな……なんて考えていたというのに。

 

 その他にも問題は山積みなんだぞ!? 資材の確認から、遠征用の海域の確認、指定。仕事を休ませると約束をした潜水艦たちのご機嫌取りだってしなきゃならねえ!

 今後の近海警備のローテーションだって作らなきゃいけないし、艦娘たちに挨拶こそ出来たが誰がどんな装備で、どれくらいの練度なのかも確認しなきゃいけないんだ! 出来る限り早くな! クソァッ!

 

 全部ぶちまけて『お前ら全員手伝え! おらぁん!』と言ってしまいたいが、そうすると人類が云々。こんなことを百回くらい考えているんだ。許して……もう許して……これ以上、俺に仕事を増やさない――

 

「て、提督! あの、倉庫の、資材、あのぉっ!」

「開発どころじゃないですってぇぇぇっ! 提督ぅぅうう!」

 

「今度はなんだ……大淀、明石、何があった」

 

 半開きとなっていた扉にがつーん! とぶつかりながら入ってきた明石と大淀。

 大淀は片手にバインダーを持っており、明石は何故か緑色の大きなドラム缶を片手に持っている。お前それどうやって持ってんだ。

 

「て、提督……資材が……あの、落ち着いて、聞いてくださいね……!」

 

「まずはお前が落ち着け大淀。それで、報告はなんだ」

 

「あのですねぇ!? 私と大淀が区画の倉庫を確認したら、空っぽなんです、全部空っぽ!」

 

「はぁ? 何を馬鹿な……二千ほどあったのだろう。艦載機の開発に使用した資材もたかだか知れているはずだ。もう一度よく見て――」

 

「見たんですってばぁ! 二度も! 三度も! ほんっとに!」

 

 ははははは、つまらんことを、ははははは。

 だめだ。変な俳句を作ってしまうくらいには聞きたくない。

 

 ふと、工廠のいたるところに散っていた妖精たちがちょこちょことこちらへ走ってきて、整列する。

 そして、

 

『いっぱいしざいをつかえたので、かんぺきなしあがりです』

『こんごも、わたしたちにおまかせください!』

『ぬいぐるみはふたつしか作ってません』

『むつ丸のないすあいでーあ、です』

 

 と口々に言った。

 あきつ丸が俺の前に整列する妖精に驚いていたりするが、そんなこたぁどうでもいい。

 

「提督、その、どう、致しましょう……」

 

 工廠の扉の前から響く、大淀の美しくも凛とした声が震える。

 

 

 

「……ふむ。では、対策を考えるとしよう」

 

 威厳スイッチ《ふ》である。ぶっ壊れるまで押す。

 

 ――どうしよう? 懐かしいブラックな香りがしてきたぞ。

 


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