資材の備蓄確認を仰せつかった私は、開発がしたい、装備を作りたいと駄々をこねる明石を引きずりながら倉庫区へ向かっていた。
道すがら、諦めたように自分の足で立って歩き始めた明石に対し、目を細めて小言の針をつんつんと刺す。
「全く……提督に向かって不遜な態度をとっていたかと思えば、開発が成功したら目の色を変えて擦り寄るなど言語道断です。今後は提督をきちんと敬い、指示に従って開発をするよう――」
「あー、やだやだ、やめてってばぁ! 久しぶりにまともなものが作れたから、嬉しかったんだって……大淀なら、私がどこから来たか知ってるでしょ」
その言葉にふと足を止めてしまう。
「……警備府から、でしたね」
警備府と言えば『大湊警備府』が先にあがるだろうが、私の横で目を伏せて、先程までの明るさが消え失せた明石がいたのは大湊では無い。所属は、と聞かれたらば大湊警備府『付』と答えなければならない場所――
「警備府じゃなくて、警備支部ね、支部」
――大湊警備府付、北方警備支部。
青森のむつ市にある大湊警備府ではなく、津軽海峡を越えた北海道側に設立されていた支部こそ、この明石が所属していたところであったらしい。
彼女は津軽海峡をまたにかけて防衛していた艦隊の泊地修理や、警備支部において新たな艤装の開発を任されていた艦娘である。名目上は。
「開発どころか、毎日々々酒保の仕入れだの売り上げだのばっか気にして、艦娘ってより酒保の店員って感じだったんだから。久しぶりに開発させてもらえて成功したら、そりゃ喜びもするじゃない……」
兵装開発は名目上のみで、その実態は酒保の管理と銘打って商売ばかりしていたのだとか。
そのためか、泊地修理など数えられる程度しか経験が無く、いざ開発を、いざ修理をという場面に遭遇した時にツケが回ったらしい。
当然、そこからは身を粉にして開発に打ち込んだのだろう。しかし、警備支部ではそれは求められている事では無かった。そうして、明石は一度目の異動となる。
次に行ったのは警備府付の支部などでは無く、ある一定の海域を任された鎮守府だったと記録にあった。そこで、明石は失敗しないよう、艦娘然とした使命を果たそうと努力してきたのだろうが、結果は――現状が物語っている。
「酒保の甘味はギンバイされるし、帳簿が合わなきゃぎゃあぎゃあ喚かれるし……私は艦娘だっていうの! しかも今度は少ない資材に人員一人で兵装を改良しろーって……したらしたで、威力が無い、強度が無い、もっと素晴らしいものを作れ。お前が開発出来ないのは愛国心が無いからだ! って……あー、もう! 思い出したら腹が立ってきたわ!」
「あ、明石、分かったから、もう夜になるんだから、声抑えて……!」
余計なことを思い出させてしまった……。
このまま明石を騒がせるわけにもいかず、私は「早く倉庫を確認して、工廠へ戻りましょう」と促す。
「工廠に戻ったらさ、提督、もう一回くらい開発させてくれないかな?」
「しつこいですよ。資材にだって限りがあるんですから、提督を悩ませるような真似は控えてください」
「一回やったら控えるから!」
「その一回を我慢してくれって言ってるんですけど!?」
掛け合いながらも、あの光景を思い浮かべる。
工廠のいたるところから提督を慕い、求めるように集まってきた妖精たち。そして、その妖精を一声で従え、あまつさえ常識はずれな開発。妖精の作った小さな欠片をパーツだと見抜いて組み上げた明石も、あの時ばかりは工作艦としての魂が揺さぶられたに違いない。
私が知らないところでの苦悩を払拭するほどの高揚、興奮、そして明石を一括りの《艦娘》としてではなく、《工作艦、明石》として認めているような信頼の預け方。
開発が出来ないかもしれない。
もしかすると失敗して、資材を無駄にするだけかもしれない。
ただでさえ貴重な資材だが、この柱島鎮守府では重みが違うことは提督も承知のはず。しかしそれを押して明石と夕張を指名したあの口振りには確信があったようにも思える。それこそが信頼、と呼ぶべきものなのだろう。
まだ一日、いや、半日も経っていない鎮守府を、あの方はどんどんと自らの城へと変えている。
提督の城――柱島鎮守府は、この国の要となる。そう思ってしまう。
「提督のこと信用する気持ちも分からないでもないけどさぁ。大淀は神格化し過ぎじゃない? 提督がどういう人かはこれから分かるんだし、気軽に接した方が楽よ」
「上官と部下、という関係を念頭に接しているのが、間違いであると?」
「ちーがう! 違う違う! 大淀は肩ひじ張り過ぎってことよ! ほらぁ、提督だって男の人だしさぁ、ちょぉっと肌を見せてあげれば開発の一度や二度――」
「明石、プライドって言葉を知ってますか?」
「警備支部に置いてきたかも。それか別の鎮守府に忘れちゃったかな~」
「もぉ……ああ言えばこう言う……!」
「あっははは! 冗談よ、半分は。久しぶりに、あれだけの数の妖精を見たし……提督がどんな人なのかってのはまだ分からないけど、悪い人じゃないことくらい、分かってるつもり。迷惑はかけないようにするし、もう失礼なことはしない。これでいい?」
「えぇ、まぁ……」
ここまで素直に言われてしまうと口を閉ざすしかなくなってしまう。
結局、私と明石は倉庫区まで、そこから無言で歩いた。
ただ、悪い気分では無かったのが不思議だった。
* * *
「倉庫はいくつあるの?」
「ちょっと待ってくださいね、えーっと……」
倉庫区画に到着した私たちは、端から順番に倉庫内を確認していくことにした。
小さく折りたたんで持っていた資料を広げて見る私に、明石はどこからか取り出したバインダーを手渡してくる。
「ほい大淀、使って」
「あ、りがとう、ございます……これ、どこから……?」
「ふっふん、明石さんの秘密のポッケから」
と言いながら、明石は後ろを向いて、つなぎ作業服の腰をぴらぴらと示した。
「腰に入れてたんですか、これ」
「癖でね。ほら、酒保とか開発って座り仕事多いもんだから腰を痛めないようにね」
「あー……」
明石も明石で大変だったのだな、としみじみ思ってしまったが、このバインダーが生暖かいのは、ちょっと……。まあ、使うのだけれど。
「倉庫は全部で八棟ですね。資材倉庫はそのうちの三つで、残りは一つが雑貨、四つが兵装倉庫になってるようです」
「それじゃ、見るのは三つだけってわけね、オッケー」
「一応、何があるのか確認しておきたいので全て回りますよ」
「えぇ……資材の確認だけだし、別に――」
「明石ぃ……?」
「さぁ! しゃきしゃき回っていこー!」
「……もう」
彼女は彼女なりに私を気遣ってくれているのかもしれない、と考えると、厳しい口調なのに口元は緩んでしまうのだった。
陰鬱として過ごすよりも、明石のように明るくいる方が良いのは当然なのだから。
仕事を始めよう、と私たちは一つ目の倉庫の扉を開く。
一棟が相当の大きさなので、中に入って確認しなければ漏れが出てしまうかもしれない、と足を踏み入れるも――そこには何も無かった。
レンガ造りの壁に、鉄骨の天井と、大きな荷物を移動させるためのクレーンがあるのみで、中身は空っぽだ。
「あれ? 何もない……大淀、ここは?」
「ここは……雑貨倉庫ですね。事務机の予備くらいは置いてあるかと思いましたが……」
「……ま! 新規の鎮守府だし、こんなもんよね!」
「そう、でしょうか……」
新規の鎮守府ならば、もっと大雑把に事務用品や諸々を注文し、予備としてここに詰めておきそうなものだが、私の勝手なイメージだったろうか、と首を振る。
何もない倉庫で立っていても仕方がないと、すぐ横の倉庫へと移動する。
今度は、兵装倉庫だ。
「ここは装備の倉庫かぁ。ここも何も無し、と」
「です、ね……。今後、提督が建造なさった時に改修用艤装を置くために使えそうですから、空っぽでも問題ありません」
「そ? じゃ、次ね、次! サクサク行こー!」
「明石……仕事ですからね、これ……」
「わーかってるって! ほら、大淀、何か書いて!」
「な、何かってなんですか! 提督がご覧になった時一目で分かるように、倉庫別にどのような内装か、何が備え付けてあったか、広さはどれくらいかを記録し――」
「中身無し! 全部レンガ造り! 百人入っても大丈夫なくらい広い! で、よくない?」
「よくありませんっ! まったく……」
これは後で提督に報告して、明石の業務態度に一言貰っておいた方が良いかもしれない。と思いつつ、別の兵装倉庫へ。
二棟目、三棟目、四棟目と、結局、雑貨倉庫含め五棟の倉庫は空っぽだった。
ここまで何もないと清々しくすらあるが、提督がお聞きになったら頭を抱えてしまわないだろうか、と不安を覚える。
流石の明石も楽観できなくなって来た様子で、しきりに「倉庫だけどさ、でもさ、中身何もないって大丈夫なの? 海軍的に」と言っていた。私もそう思う。
さしあたって必要であるのは資材なのだから、と自分に言い聞かせ、資材倉庫の一つへ手をかける。明石も私も、自然と唾を飲んだ。
「……空っぽね」
「そ、そう、です、ね……」
そこには、何も無かった。
鋼材やボーキサイトが入っているような木箱も無ければ、燃料の入ったドラム缶の一つすらない。
私の中で、昔に見た教本の文言が浮かんだ。
《艦娘は資材を補給することで戦い続けることを可能とする。妖精と共鳴することで新たな兵装をも使いこなし、その戦いぶりは――》
大本営が一度撤回した、艦娘を運用する提督に向けた教本。
その中身にはいくつもの注意事項があったとされる。
艦娘を軽んずべからず。
妖精を軽んずべからず。
それは私たち艦娘や妖精が過去の英霊が現人神とも言わんばかりの姿で現れたことに起因している注意事項であろう。日本人らしい、祟られないように、というものだ。
《妖精は多くの資材を使って生み出された艦の魂である》
《ゆえに、かの存在は多くの資材を欲する》
いや、まさか――そんな事――。
待つのよ大淀。撤回されて既に無い教本だとしても、提督は《あの言葉》をご存じだったじゃない。なら、妖精についても私たちより詳しくてもおかしな話じゃない。
開発をする、と言って空母の代表として龍驤だけを連れて行った理由は? そんなもの、龍驤のスロットへ搭載するための艦載機を開発するためだ。
……なら、敢えて龍驤のみにする必要は無い。空母全体が近海警備で上空援護をするのだから、多くの艦載機を開発しても問題無いはずだ。あの提督ならば開発し過ぎるということも無いだろうし、先を見据えて資材運用するはず。
いや、でも、いやいや。
言葉にならない言い訳と感情が入り交じった塊が私の喉に詰まった。
「お、大淀、ほらっ、次の倉庫に行こ! 残り二つあるしさ!」
「は、はいっ」
あるわけない、と思いながらも自然と駆け足になる。
次の倉庫を開けば――そこも、伽藍洞。
「最後! 大淀、ね! 最後の倉庫に全部詰め込んであるのよ! まぁったくさー! 困っちゃうよね、面倒だからって全部一つに詰めちゃってさー?」
引き攣った笑い声をあげる明石に、引き攣った笑い声を返して、最後の倉庫へ。
そこには、明石の言う通り雑多に積み上げられた――
「あ、ほら! 大淀! あった! はぁぁぁ……良かった! もぉぉ、吃驚するじゃない……」
――ドラム缶と木箱の山。
私は安堵の息を吐き出し、バインダーを団扇のようにして顔を扇いで額に浮かんだ汗を拭う。
「ふ、ふふっ、まさか、ねぇ? 心配するわけないじゃないですか。ふふふっ」
「うっそだぁ? 大淀、こーんなに目が釣り上がってたわよー? へへへっ」
「もう、明石っ」
一通り笑いあい、倉庫へ足を踏み入れ、私は木箱とドラム缶の数を資料へ書き込んでいく。
既に頭の中で『この資料は折り目がついてしまっているから、新しく書き写したものを提督に提出しようかしら』と考えていた。
明石は「あーあー、この中のちょぉっとでいいから、開発に使わせてくれたらなぁー!」と、また駄々をこねる。それも半分は冗談だと分かっているために再び咎めるなんてことはしなかったが、早めに諦めてほしいものである。
と、その時。
「ね、大淀、ドラム缶って二百リットルが標準になってるって、知ってた?」
なんて豆知識を披露しはじめる。
「だからね? 各二千の資材ってことは、ドラム缶が十個あるってことじゃん。ね、確認が楽じゃない?」
「……今後もそういう知識を用いて仕事に励んでいただけると良いのですけど」
「素直に褒めてよー! もー!」
はいはい、と受け流し、ドラム缶を数えていく。
ちゃんと指さし確認を……と数えている途中で、明石がドラム缶を叩いた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
軽快なこーん、こーん、という音が倉庫内に響いた。
「……明石、ストップです」
「言わないで、大淀」
「そういう訳には、まいりません……! 明石、ドラム缶を開封してください……!」
「いやよ! いや! 開けたくない! 見たくない!」
「いいから! 早く、開けな、さいっ……!」
こちらに走ってきた明石が、正面から私を抱きしめるようにして動きを封じてくる。それでも、確認せずにはいられなかった。
明石がドラム缶を叩いて数を数え始めた時――違和感を覚えたのだ。その音に。
中身が入っているにしては響き渡る音。おかしい。あまりに不自然であった。
「甘かったわね大淀……私は一万馬力あるのよ……っ!」
「私は十一万馬力あるんですよ」
「なぁぁぁぁっ!?」
明石を片手で転がすと、ドラム缶に駆け寄って手をかけ、斜めに引き寄せる。
すると、あっさりと倒れ、がらんがらん、と空しい音を立てた。
「やっぱり、こ、これ……!」
「うわぁぁぁあん! どうするのよ大淀ぉぉお! 開発出来ない! これじゃ、何も作れないじゃないのよぉおおお!」
「す、すすすすぐに提督に報告に行きましょう! 何寝てるんですか明石、ほら、立ってください!」
「転がしたの大淀だけどね!? うぅぅぅっ、だめだ、本当に空っぽだぁぁぁあ! うえぇぇええんん!」
明石は器用にもドラム缶を片手で持ち上げ、そのまま倉庫の外へ走り出て行く。
私も後を追い、工廠へ戻る。
半開きになったままの工廠の扉へ、我先にと入ろうとした私と明石は二人して扉でつっかえるようにぶつかってしまうも、伝えねば、という意識が先行して口が動いた。
「て、提督! あの、倉庫の、資材、あのぉっ!」
「開発どころじゃないですってぇぇぇっ! 提督ぅぅうう!」
「今度はなんだ……大淀、明石、何があった」
明石はドラム缶を振り回しながら、私はバインダーを指しながら言う。
提督は何故か夕立を抱きしめるような恰好で――って何をしていらっしゃるんですか提督!? 何故、私ではなく夕立を――いや違う、落ち着いて私!
し、仕事を、先に仕事を……!
「て、提督……資材が……あの、落ち着いて、聞いてくださいね……!」
「まずはお前が落ち着け大淀。それで、報告はなんだ」
「あのですねぇ!? 私と大淀が区画の倉庫を確認したら、空っぽなんです、全部空っぽ!」
私が言うべきなのに!
明石に仕事を取られたことよりも気になる事が多すぎるのもまた、私の思考力を奪っていく。
夕立は何で抱きしめられているのですか?
何故、あきつ丸と龍驤がにらみ合っているのですか?
夕張は何故ぽかんとした顔で立っているのですか?
それよりも、それよりも。
私たち艦娘が、艦娘として活動するための生命線が一切ない事の方が問題だ。
「はぁ? 何を馬鹿な……二千ほどあったのだろう。艦載機の開発に使用した資材もたかだか知れているはずだ。もう一度よく見て――」
「見たんですってばぁ! 二度も! 三度も! ほんっとに!」
がなり声をあげる明石に、提督は表情一つ変えず、眉も動かさずに妖精を見る。
妖精は提督に向かって一列に整列し、綺麗な敬礼を見せた。
どうするつもりなのか、と私が問えば――
「……ふむ。では、対策を考えるとしよう」
――と答え、ぎし、と音を鳴らして椅子に深く腰を落ち着け、夕立をそっと離して背中をぽんと撫でた後、つらつらと話し始める。
「まず、お前たち。持ってきた資材はどれくらいなんだ?」
妖精に向かって話しかける提督を見て、私と夕立以外の全員が驚愕する。
龍驤が「なっ、司令官、妖精と話せるんか!?」と言い、夕張が「何となくわかる、とかではなく、会話を……!?」と口をあんぐりと開き、あきつ丸が「元帥閣下と通ずるだけでなく、妖精も手中でありますか……!?」と軍帽を脱ぐ。
提督は気を散らすことなく、妖精から何かを聞いている様子だった。
私たちの目には、口を動かし、身振り手振りをしているのは見えるものの、声そのものは聞こえない。
そして数分後、提督は「なんだ、そういうことか」と言って妖精を解散させた。
「提督、何か分かったのですか……?」
私の問いに、提督はこう仰った。
「どうやら妖精が見た時点で資材は二千も無かったようだ。先ほどの開発で使用したのは艦載機彩雲用に燃料を六十、弾薬を百八十、鋼材を三十とボーキサイトを三百ほど使用したらしい。そのうちごくわずかは妖精の欲しがったぬいぐるみを作成するのに利用したようだが、少なくとも――報告とは違う」
「それ、って……」
「この鎮守府に物資を運び込んだ業者にでも聞けば判明するだろう。本を正せばいいだけだ。それよりも……」
どうして提督は困惑しないのか。混乱しないのか理解出来なかった。
鎮守府の運営が危ぶまれる状況であるというのに、提督の表情からは焦りの欠片さえ見えない。
それに、物資を運び込んだ業者は――
「ど、どないするんや司令官……資材無かったら、うちらも動かれへんで……!? ここに来るんに一回は補給しとるけど、それで動けるんはせいぜい二度か三度の出撃くらいや……それ以降は、流石にしんどいかも……」
龍驤のもっともな言に、提督は片手で額を押さえ、片手を龍驤に向けて制す。
食堂で見せた、あの考え込む姿だ。
その頭脳でどれだけの策が練られているのか想像さえ出来ないが、少なくともこの時点で、私の中から不安が消えていくのが分かった。
この人なら、必ずやどうにかしてくれるはずだと。
「資源確保のために潜水艦隊を編成し遠征を実施する予定だったが、追加だ。水雷戦隊を二部隊編成し、三艦隊の同時運用で遠征を行う。駆逐艦三隻で近海警備艦隊を編成し、空母を一隻……まずはお前だ、龍驤。お前を組み込み、近海警備も同時並行で行う。三艦隊も出ればある程度資材の回復も図れるだろう。何度も出動させずとも、百名もいるのだから、上手く回せば、遠征で得られる資材と出動で消費される資材のバランスは崩れん」
私だけではなく、この場にいた全員が呆然唖然。
あるいは、血の気が引いたことだろう。
提督がたった一人で、四艦隊も同時運用する、と――?
聞き間違えたのだろうか、と私は口を挟む。
「て、ていと、あ、あのっ……提督、四艦隊の編成と、運用、ですか……!?」
「そうだ。遠征艦隊を三部隊。近海警備に一部隊だ。この後、執務室に潜水艦たちが来る予定になっているから、大淀は近海を確認できる海図を用意してくれ。あとは……おい、いるか!」
提督の声に応え現れたのは――漁船の上で見た妖精。
しかし、なんだか恰好が違う。三角帽子を被り、棒の先に矢印をつけたものを持っている。
「流石、分かっているな。しっかりと頼むぞ」
何が『分かっているな』なのか。私達には何も分からないというのに。
龍驤が「ちょ、ちょい待ちぃや!」と提督に怒鳴った。
「どうした」
「どうしたもあらへん! んな無茶してどうすんねん! 司令官の手ぇは二つしかないやろがい! 適当な指示でも飛ばして他の艦娘に被害が出たら笑われへんで!」
「ほう――私が、失敗すると?」
「――――っ!」
またも、食堂で見せた圧倒的強制力が宿った。
それだけのことだが、一言に収まりきらない強者の魂が私たちから言葉を奪う。
その中で、あきつ丸が奥歯を噛み締めるようにして「お待ちください少佐殿!」と言った。
「……今度は何だ」
「しょ、少佐殿に失礼を致しました謝罪を……そ、それと……やはり、『あの噂』は嘘であると証明していただきたくあります!」
冷や汗を浮かべ、敬礼しながら殆ど絶叫のようにして言った。
「証明する時間が惜しい。それよりもお前たちに必要なものを確保することが先決だ。私がどのように言われようが知ったことではない」
あきつ丸と提督が話している内容は、聞かずとも分かる。
資料にも載っている――提督の経歴の傷のことだ。
そんなもの、提督を見ればすぐに……と言葉にしたくなるのをぐっと堪える。
私と同様の気持ちなのだろう夕立も、下を向いてぎゅっと手を握りしめていた。
「上に立つ者こそ外聞に気を遣わねばならないのであります! 冤罪なのですから、それを証明し――」
「なんだ、あきつ丸。分かっているじゃないか」
この時の提督の顔は、きっとあきつ丸の瞳に焼き付いたことだろう。
きりりと引き締められていた口元が少しばかり緩み、目を細めて安心したように、そして愛おしそうに笑みを浮かべている提督の顔。
「あっ、いや、これは……!」
「お前たちが分かってくれているのならば、気にすることなどない。私は私の仕事を全うし、お前たちの力になるだけだ。もう言いたいことはないか?」
「あ、ぅ……」
「ふむ……では、また何か思いついたら私のところへ来るといい。今度は茶の一つでも挟んで話そう」
あきつ丸はそれきり、言葉を発せずに立ち尽くしてしまう。
提督は立ち上がって軍帽を被りなおし、大きく息を吐き出した。
「さて――仕事か」
私も、夕立も、明石も夕張も、龍驤も、そしてあきつ丸も、心は同じ。
これは艦娘におけるある種の《共鳴》なのだろう、と思った。
妖精を肩に乗せて工廠を出て行く提督の背中の、なんと、大きなことか。
やせ細っていて今にも折れそうに見えるというのに、なんたる、安心感か。
「……はぁぁ、とんっでもない司令官やで。なんや、四艦隊同時運用て。頭どうかしてんちゃうか」
「りゅ、龍驤さん、失礼ですよっ……!」
「なんやバリィ? おんなじこと思ってるやろ~? ん~?」
「だ、誰がバリですか! 夕張です!」
龍驤と夕張の掛け合いを皮切りに、張り詰めた空気が緩む。
「ほんで、陸……いんや、あきつ丸。どや、あの司令官は」
言葉を投げかけられたあきつ丸は、既に去った提督のいない工廠の入口をぼうっと見つめたまま、うわごとのように答えた。
「なんて、胆力でありましょうか……」
私と夕立、夕張が首を縦に振って同意を示す。
「艦娘を轟沈させたっちゅう噂を問い詰めに来たあきつ丸を黙らせて、資材がまるっと無くなっても動揺もせんわ、おまけにうちら艦娘がどんな性格なんか、どんな装備なんかも分からんまま四艦隊も組んで動かすっちゅうんやから……バケモンとしか言えんやろ」
「で、ありますな」
くつくつと笑いあう龍驤とあきつ丸。
ふと、夕立が恐る恐る二人に問うた。
「も、もう、喧嘩しないっぽい? 夕立と、仲間っぽい?」
私と明石がいない間に一悶着あったのだろう。
夕立の問いに対し、龍驤はあきつ丸に手を差し伸べた。
「……悪かった、あきつ丸。君もうちも、この鎮守府の艦娘で――あのバケモンの艦娘なんや。仲良くしよか」
「何をおっしゃいます、龍驤殿! それに、大淀殿に夕立殿も、失礼を。このあきつ丸、あの少佐殿と仲間に、この身を預けるでありますよ」
「ゆ、夕立も! 夕立も握手!」
握手を交わす二人の間に飛び込んでいく夕立。受け止められながら、緊張に次ぐ緊張と、過去から手を伸ばす不安が溶けて消えていくような感覚を味わうように笑みを浮かべていた。
あぁ、ただ、あなたはそこにいらっしゃっただけなのに……ただ、仕事をしようと言っただけなのに……ここまで、私たちを包み、安心させてくれるのですね――提督――。
「細かい話はあとでしよか! うちは空母の子ぉらに艦載機見せてくるわ! へへっ」
「では、自分は改めて皆さんに挨拶回りに行くであります! 龍驤殿、空母の皆さんに顔見せしても?」
「おぉ、かまへんで! 一緒に行こや!」
各々が動き出す。
「はぁ。提督がどうにかしてくれるけど、結局、開発はお預けかぁ……」
「明石さん、あの、工廠の整理、終わってないんで……」
「夕張やってぇ……」
「明石さんもやってくださいよぉ!? ちょっとぉ!」
この鎮守府が、動き出す。
「夕立は大淀さんのお手伝いするっぽい! なんだか、まだまだ眠れないっぽい!」
「ふふっ、夕立さんは本当に頼もしいですね。では、一緒に海図を探して提督の所へ持っていきましょうか」
「っぽーい!」
――私たちの提督が、動き出す。