柱島泊地備忘録   作:まちた

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十六話 指示【提督side】

 心は落ち着いていた。事態を把握することに集中すれば問題など取るに足らないものばかりだと分かってくるものなのだ。

 何が、どうして、こうなったのか。たったの三つを知れば自ずと解決策は見えてくる。

 

「……まず、お前たち。持ってきた資材はどれくらいなんだ?」

 

 俺は目の前に整列している妖精たちに問う。

 そうすると、妖精たちはこちらに寄ってきてこう答えた。

 

『ねんりょーをろくじゅっこくらいです』

『あと、こうざいをさんじゅっこ、くらいです』

『私はだんやくをいっぱいつかいました。ひゃくはちじゅうも! むふふん』

『なにをー! 私はボーキサイトをさんびゃっこくらい使ったんですよー!』

『さんびゃく……! なんて、ぶるじょわな使いかたをしているのですか……!』

『おかげさまで、すばらしいぬいぐるみが出来ました。じょうじょうね』

『やりました』

 

 ボーキサイトを大量消費したらしい妖精と、ぬいぐるみを作ったことを誇らしげに語る妖精が何故か赤城と加賀っぽいように見えるのはさておき、資材の消費は《俺の知る限り》開発で使用したと言っても何ら不思議ではない量だった。

 

 ゲーム艦隊これくしょんにおいて開発で使用される資材は、提督であるプレイヤー自身が指定する。妖精の言う『ぺんぎんさんのぬいぐるみ』とやらはゲームにおける開発の失敗が生み出す産物であり、そのまま、資材の消失を意味する。ぬいぐるみというアイテムが手に入るわけでもない。手に入ったところで使い道が無い。

 妖精が開発で作ったものは三つしかない。艦載機彩雲と、ぬいぐるみが二つ……それに資材が大量消費されたのでもなければ、別の原因があるというわけだ。

 

 よし、大丈夫だ。俺は落ち着いているぞ。問題無い。

 あきつ丸と龍驤が喧嘩になりそうになったり、夕立の目がなんだかうっすらと赤く光ったように見えて焦って押さえ込んだりしたが。なんら問題じゃない。

 資材が消えた問題だって原因を突き止めてすぐに解決してみせよう。ブラック戦士は簡単にへこたれたりしないのだ。

 

『けんぺーさんがたくさん来てたのです』

『ここにあるものは、ぜーんぶけんぺーさんがはこびましたから。しざいもです』

『さいしょから少なかったですよ? それに、けんぺーさんも、なんだか変なかっこうをしていました』

 

 妖精に変な格好と言われてしまっては憲兵も立つ瀬がないな……。

 

 ――憲兵!? マテ! いや、まっ、えっ、憲兵!?

 

 どうして憲兵の名前が出てくるんだ? 俺はこの鎮守府に来てまだ一日と経っていない……艦娘に手は出してない! 誓っていい!

 というか夕立や明石を見れば手を出す出さない以前の問題だと、艦娘を知っている者ならば理解できるだろう……! あの重そうな艤装を背負い海を駆ける夕立――ドラム缶を片手で持ち上げて走る明石――手を出そうものなら鉛筆を折るよりも容易く俺の腕をぽっきりやるに決まっている。

 だから手を出さないという訳では無いぞ? 違う、そういう問題でも無い。

 上司と部下という立場も利用したくないし、出来れば時間をじっくりとかけて、互いを知り、歩み寄り、いつしか……って何の話だこれはよぉッ!

 

 憲兵だよ、憲兵! どうして憲兵が鎮守府に資材を運んでるんだよ!?

 その上、変な格好って何だ!

 

「ほう、その恰好とは何だ」

 

 バレないよう、明石たちを横目でちらりと見つつ小声で問う。

 

『ひっこしやさんの恰好です』

 

 別に変でも無ェッ……! 動きやすい恰好くらいするだろうがッ……!

 くそっ、妖精に弄ばれている場合では無いのに……!

 引っ越し屋の恰好をしていたなら、それは憲兵じゃなくて業者だちくしょう……!

 

 何だ? 妖精たちの間では引っ越し業者のことを憲兵とでも呼んでいるのか?

 鋼材やボーキサイトなんかを使ってプラモデルのように開発をする妖精のことだ、もしかすると俺が知らない隠語みたいなものがあるのかもしれない。

 失敗作をぬいぐるみと言ったりするんだから、有り得ない話じゃない。まぁ、どこからどうみても確かにペンギンのぬいぐるみにしか見えないからそう呼んでいると言われたらそれまでだが。

 

 俺の考えを見抜いたようにして、妖精たちの中からむつまるが先頭に出てきて安全ヘルメットをこつこつと叩きつつ言った。

 

『謎が謎を……よんでいますね……!』

 

 全然違った……何なんだむつまるお前……。

 

 憲兵という名が出て取り乱しそうになったが、表面上は一切動じないまま、俺は考える。

 もしかすると、新規で立ち上げられた鎮守府は引っ越し業者などを利用せず憲兵の一部を利用しているのかもしれない、とか。小難しく考える必要は無い。現実における真実というものは、得てしてあっけなく、単純なことが多いのだ。

 それにここは曲がりなりにも海軍で、一般人に知られてはならないことは多いはず。憲兵の一部が引っ越し業者として動いていても不思議ではない。

 

 ならば後回しでいいか、と思考を放棄しかけた時、

 

『残りは呉に、といってましたね』

 

「……ほう?」

 

 呉に――呉と言えば、柱島泊地からそう遠くなかったはず。

 

「残りとは、なんのことか分かる者は」

 

 そう聞くと、妖精の中から数名が手を挙げて言う。

 

『呉にある鎮守府のことかもしれません!』

『あそこの提督さんは、とてもこわいのです』

『しざいを使わせてくれないって、仲間がいってました』

 

「……なんだ、そういうことか」

 

 ――なるほどな。そういうことだったか。

 うんうん、はぁ……。

 

 

 全然分からん。よし、次。

 

 

 分からないことに時間をかけ続けるのは得策では無いと俺は知っている。そうしているうちに新たな問題が発生し、取り返しがつかなくなるなんていうのは良くある話で、俺も嫌と言うほど経験してきた。主に仕事で。

 現在把握できていることだけを整理し、後は分かる者を探して任せる、これに限る。そうすれば解決できる人が問題を受けて動く。互いに意思の疎通も図れる。それを人は『連携』と、そう呼ぶのだ。

 

 決して放棄したわけじゃないぞ。本当だぞ。

 

「提督、何か分かったのですか……?」

 

 ううん、分かんねえや。と言うわけにもいかず。

 俺は妖精たちの言葉をそのままに伝える。

 

「どうやら妖精が見た時点で資材は二千も無かったようだ。先ほどの開発で使用したのは艦載機彩雲用に燃料を六十、弾薬を百八十、鋼材を三十とボーキサイトを三百ほど使用したらしい。そのうちごくわずかは妖精の欲しがったぬいぐるみを作成するのに利用したようだが、少なくとも――報告とは違う」

 

「それ、って……」

 

「この鎮守府に物資を運び込んだ業者にでも聞けば判明するだろう。本を正せばいいだけだ。それよりも……」

 

 問題は、資材が無いこと。この鎮守府を任せられた俺が一番気にしなければならないのはそれだけだ。

 資材が無ければ何もできないと言っても過言ではない。艦娘の装備開発、建造どころか入渠や補給さえ出来ないじゃないか。

 

 ゲームでは資材など放っておけば勝手に貯まったものだが、現実の鎮守府でそのような都合の良いことが起きるはずは無いだろう。仮定、に過ぎないが。

 解決しなければならない問題があるとき、最悪を想定して、解決として良い最低ラインを設定する――これもまた、ブラック戦士の俺の知恵である。完璧にこなせないならば、せめて最悪を避ける。当然のことだが、これが中々に辛い。

 上司からは「これだけしか出来ないのか!」と責められるし、部下からは「あの上司は仕事が出来ない」と言われる。いわゆる、板挟みになりやすい。

 

 この場合は、資材の確認を怠った俺の責任になるので、上司……上官? の者に叱責されることになるのだろう。そして、部下である艦娘たちから「私たちが使う資材の管理も出来ないなんて……このクソ提督!」だの、言い訳しようものなら「はぁ!? それで逆ギレ? だらしないったら!」と尻を蹴り上げられることになる。ありがとうございます。いや違う。

 

「ど、どないするんや司令官……資材無かったら、うちらも動かれへんで……!? ここに来るんに一回は補給しとるけど、それで動けるんはせいぜい二度か三度の出撃くらいや……それ以降は、流石にしんどいかも……」

 

 がなり声からかけ離れた細い声を上げる龍驤に顔を向ける。

 もっと、こう――どう落とし前つけるんじゃー! とか言いそうなのに……失礼か。ごめん龍驤。

 

 しかし艦娘たちが不安になるのは仕方がない。こればかりは《提督》と《艦娘》の感覚の違いと言おうか。それか、《艦これプレイヤー》しか分からない感覚と言おうか。

 俺が一切動揺しない理由は、明確に、たった一つだけである。

 

 資材など、無くなって当然。

 俺達《提督(プレイヤー)》は事あるごとに資材を消し飛ばしてきた。

 開発に、建造に――大規模イベントに。

 

 貯め込んだ資材が消えていくのは確かに不安にもなろう。

 それが最初のうちから、なけなしの資材が消えたとあらば狼狽して当たり前だ。

 だが俺は単純な解決策を知っている。

 

 現実であるのにゲームみたいだな、と改めて強く感じたのはこれが初めてだろう。

 自分でも驚くほど冷静に、何百、何千と繰り返してきた業務を思い浮かべる。もちろん、仕事の方ではなく、ゲームの方の、だ。

 

「資源確保のために潜水艦隊を編成し遠征を実施する予定だったが、追加だ。水雷戦隊を二部隊編成し、三艦隊の同時運用で遠征を行う。駆逐艦三隻で近海警備艦隊を編成し、空母を一隻……まずはお前だ、龍驤。お前を組み込み、近海警備も同時並行で行う。三艦隊も出ればある程度資材の回復も図れるだろう。何度も出動させずとも、百名もいるのだから、上手く回せば、遠征で得られる資材と出動で消費される資材のバランスは崩れん」

 

 潜水艦隊と水雷戦隊を二部隊、それに実働艦隊を一部隊の合計四艦隊を同時運用。目的は二つのみ。資材備蓄用の遠征と、近海警備だけとは、なんて楽な仕事なのだろう。

 

 これがイベントであれば連合艦隊を組んで札とにらみ合い、航空基地と並行して運用せねばならない。デイリー任務やらウィークリー任務もある。

 それに比べたら、はんっ、と鼻で笑ってしまうレベルだ。

 

「て、ていと、あ、あのっ……提督、四艦隊の編成と、運用、ですか……!?」

 

 眼鏡をずるりと鼻の頭まで落とし、バインダーを胸に抱いて目を見開く大淀の声。

 ブラックな仕事と比べたら楽も楽……極楽だぞ、大淀……。

 

「そうだ。遠征艦隊を三部隊。近海警備に一部隊だ。この後、執務室に潜水艦たちが来る予定になっているから、大淀は近海を確認できる海図を用意してくれ。あとは……おい、いるか!」

 

 俺が呼ぶのは、もちろんむつまる。

 遠征にも近海警備にも、世話になりっぱなしとなるだろう《アレ》が必要になる。

 

 俺の前にいたはずのむつまるはいつの間にやらどこかへ消えていたが、呼びかけに応じてすぐさま姿を現す。よく見慣れた格好をして。

 

『おしごとなら、おまかせです!』

 

 妖精はやはり、艦娘と提督とは切っても切れない存在なのだろうか。

 具体的な指示を出したわけでもないのに意思疎通が出来るのは、とても気持ちが良かった。

 なんだか心がつながっていて、考えていることが全て伝わるような――

 

「流石、分かっているな。しっかりと頼むぞ」

 

『わたし、かえったら……みんなと、あそぶんだ……』

 

 いらんフラグを立てるな。やめろ馬鹿。

 俺のツッコミよりも早く、龍驤の声が鼓膜を叩いた。流石龍驤、関西弁を操りし艦娘である。

 

「ちょ、ちょい待ちぃや!」

 

「どうした」

 

「どうしたもあらへん! んな無茶してどうすんねん! 司令官の手ぇは二つしかないやろがい! 適当な指示でも飛ばして他の艦娘に被害が出たら笑われへんで!」

 

「ほう――私が、失敗すると?」

 

「――――っ!」

 

 エンジョイ勢とは言え、長年艦これをプレイしていた俺が? 遠征を失敗する?

 こやつめ、ははは。俺が行うのは難しい遠征などでは無い! 簡単かつ短時間、そして微量ながらも反復することで資材を確実に貯められるものだ!

 

「お待ちください少佐殿!」

 

 まぁたお前かあきつ丸ゥッ! もうヤメロヨォッ! これ以上難しいこと言ったら俺の脳みそが燃える!

 

「……今度は何だ」

 

「しょ、少佐殿に失礼を致しました謝罪を……そ、それと……やはり、『あの噂』は嘘であると証明していただきたくあります!」

 

 やっぱりその話か! いい加減にしてほしい……。それは俺と同姓同名の海原さんの噂であって、ここにいる元社畜の海原さんとは別の人なのである。言っても信じてもらえないだろうことに必死になるくらいなら、俺はさっさと仕事に目途を立て、今日の俺はお休みし、明日の俺へ全てを託したいのだ。

 だがそんな事を言おうものならば「やはり海軍、腑抜けでありますな」とか言って懐から拳銃を取り出し、俺の眉間に風穴を開けかねない。やんわりと伝えよう……。

 

「証明する時間が惜しい。それよりもお前たちに必要なものを確保することが先決だ。私がどのように言われようが知ったことではない」

 

 それっぽく話を切れたのではないだろうか。

 どうだ、あきつ丸……これでもう食い下がってこれまい――

 

「上に立つ者こそ外聞に気を遣わねばならないのであります! 冤罪なのですから、それを証明し――」

 

 しつこぉおおおい! 知らないよそんな事ぁ!?

 冤罪なのですから、って自分で言ってるじゃねえか! 分かってることを俺に詰めてくるなヨォッ!?

 

 お、落ち着け、相手を刺激するのは得策じゃない……ここは、大人として、スマートに、冷静に……。

 笑顔だ。笑顔を忘れるな。こういう必死になっている相手を宥めるのに満面の笑みは逆効果である。故に、俺は薄く、出来る限り優しい目で相手を肯定しつつ、話がうやむやになるように仕向ける。

 

「なんだ、あきつ丸。分かっているじゃないか」

 

 相手を立てる。君が分かっているのなら問題無いんだよ、これだけで十分なのだ。

 社畜の技、クレーム処理である。

 自分の発言が墓穴を掘ったことに気づいたあきつ丸が言葉に詰まるが、もう遅い。

 

 俺はさっさと帰って寝……違う。

 執務室に戻って仕事を艦娘たちに丸投げす……これも違う。

 

 そう、執務室に戻り、遠征艦隊に指示を出さねばならないのだ!

 

「お前たちが分かってくれているのならば、気にすることなどない。私は私の仕事を全うし、お前たちの力になるだけだ。もう言いたいことはないか?」

 

「あ、ぅ……」

 

「ふむ……では、また何か思いついたら私のところへ来るといい。今度は茶の一つでも挟んで話そう」

 

 フゥーハハハ! 勝った、勝ったぞ……俺は、揚陸艦に勝ったのだ……!

 これに懲りたら二度と俺に難しい話を振ってくるんじゃないぞあきつ丸。今度似たような話を持ってこようものならお前の前で良い歳した大人の俺が大泣きしてやるからな! ハァーッハッハッハ!

 

 ……はぁ。

 

「さて」

 

 現実は残酷である。

 

 いくら取り繕おうとも仕事は逃げ出さないし、逃げ出すのはいつも人間側だ。

 これが昔なら、俺はどうしていただろうかと、ふと考える。

 もう嫌だ、と逃げていただろうなと瞬間的に答えが出るも、ならば今は? と問いが続く。

 

「……仕事か」

 

 俺は軍帽を深くかぶりなおし、大淀たちに背を向けて歩き出した。

 苦笑を浮かべて。

 

「――頑張ってみるか」

 

 今は逃げない。俺は艦娘を支える提督であるから。

 

 

* * *

 

 

 すっかり日も落ちた頃。俺は魔女の恰好をしたむつまると、そのむつまるが連れてきた数名の妖精たちとで大淀たちの持ってきた海図とにらめっこしていた。

 

 場所は執務室。俺と妖精以外に、大淀と夕立の二名がいた。

 

「……ふむ」

 

 ごめん大淀……それに、夕立……前言を、撤回させてください……。

 

『まもる、これ分かる?』

 

 海図の上を歩くむつまるがこちらを向いて言う。

 俺は目に渾身の力を込め、声無く訴える。

 

 

 ぜんっぜん分からん! と。

 

 

 そもそも海図を見たことが無かったのを思い出した時には大淀たちが持ってきちゃってたし、やっぱ分からないと言って無為に不安を与えるわけにもいかず、とりあえず海図を見つめることしか出来なかった。

 

 艦これと違うじゃん! ゲームじゃこんなの無かったじゃん!

 マスがあって、羅針盤回して進軍するだけだったじゃん……!

 

 どうすべきか考えている時間が長引けば長引くほど、室内で俺の様子を見守るようにして立つ大淀たちからの視線がちくちくと刺さるような気がして、俺は今にも間宮の作ってくれた定食を吐き出してしまいそうだった。

 

「……提督。遠征艦隊は、どちらへ」

 

 大淀ォッ! お前が決めてくれェッ!

 

『てーとくさん、ここと、ここ、どっちがいい?』

 

「ふむ?」

 

 唐突に妖精から海図の一部を指された俺は、大淀をちらりと見てから妖精に囁く。

 

「そこには何があるんだ……?」

 

『しざいです。 ここがボーキサイトで、ここがねんりょーです』

 

「……!」

 

 俺は妖精さんに一生ついていこうと心に決めたのだった。

 お、おまっ……お前、仏か……!? いや妖精だね、ごめんね。

 一見して何が何やら分からない海図を格好つけて持ってこいと言った手前、遠征場所を指定できないという最低最悪な事態は避けられただけで及第点だ。もう、オールオッケーである。

 しかも向かう先にどのような資材があるかも分かるとは、なんと有能な妖精だろうか。今度お菓子を差し入れてあげねば。

 

「まずは燃料を確保する。艦娘たる者、海を駆けられねばな」

 

 俺は堂々と妖精が示した位置を指さし、大淀に言う。

 

「そちらに燃料が……!? 提督は何故、そのような事を知って――」

 

 大淀たちが驚くのも無理はない。だって妖精さんが知ってたんだもの。俺の知識じゃない。

 しかしそれをそのまま伝えたら? 嘘つき提督というレッテルを貼られ、身ぐるみを剥がされて空母の群れに投げ込まれることだろう。もしかすると戦艦の群れかもしれない。どちらにせよ待っているのは凄惨な未来である。

 

「……長年の勘、とでも言っておこう。詳しくは、秘密だ」

 

 真顔でそう言うので精一杯だった。妖精たちは俺の咄嗟の嘘を気にするわけでもなく、じゃあ今度はこっちとこっち、どっちが良い? なんて聞いてくる。

 同じように、ここには鋼材があって、ここには弾薬がありますと丁寧に教えてくれた。マジ天使である。

 残りの艦隊にどちらも行かせる、と囁けば、妖精は笑顔で頷いてくれた。可愛い。好き。

 

「仮の第一艦隊を鎮守府近海警備とし、第二艦隊は鎮守府より南西方面へ燃料を、第三艦隊は鋼材を、第四艦隊はボーキサイトを確保してもらう。第二艦隊は燃料を確保して鎮守府に帰還後、新編成し、今度はこちらへ弾薬の確保へ出向いてもらう。何か質問はあるか」

 

 癖でそう聞いてしまってから後悔する。質問されても答えられねぇどうしよう。

 しかし、予想に反し大淀と夕立は顔を見合わせ、重々しく頷き合った後に俺へ敬礼する。

 

「――了解しました」

「――っぽい!」

 

 了解しちゃった……。

 ちらりと妖精を見る。

 

『かならずしざいをかくほしてきます!』

『わたしたちのぬいぐるみをつくるために!』

『みんなのために!』

『おかし!』

 

 ちょっとお前ら大丈夫か? なぁ、ほんと大丈夫か? 信じてるぞ? その綺麗な敬礼、信じるぞ?

 

 紆余曲折、何とか遠征先が決まったが――今度は遠征部隊を編成しなければ……。頭痛がする……。

 だが今度は大丈夫だ。潜水艦隊は決まっているのだから、残りは三艦隊の編成だけ。

 

 俺の口から自然と編成する艦娘の名がつらつらと出た。

 

「第一艦隊、旗艦に駆逐艦夕立。以下、江風、谷風、後方支援に軽空母龍驤――」

 

 大淀はすぐさまバインダーを取り出し、物凄い勢いでがりがりと鉛筆を走らせた。

 あれっ……今、大淀、そのバインダー腰から出してなかった? ま、まぁ、いいけど……。

 

「遠征部隊、第二艦隊の旗艦を軽巡洋艦五十鈴、以下、駆逐艦秋雲、朝霜、清霜。

 第三艦隊、旗艦を軽巡洋艦球磨、以下、駆逐艦白露、陽炎、不知火。

 第四艦隊、旗艦を潜水艦伊百六十八、以下、伊八、伊二十六、伊四十七、伊五十八とする。

 

 第二艦隊は帰還後、旗艦を軽巡洋艦天龍に移行し、以下、駆逐艦暁、電、雷に再編成し出動させるものとする。

 

 明朝、マルナナマルマルより遠征任務を正式に発令。大淀は第二、第三艦隊となる者へ通達を頼む」

 

「――はっ!」

 

 どうしてこのような編成となったのか――艦これ時代の名残である。

 攻略サイト頼りに攻略をしていた俺は、相性なんていう経験から生まれるような感覚を持ち合わせておらず、艦娘全体の練度をバランスよく上げる事が多かった故に姉妹艦だったり史実に沿った編成だったりをせず、ただただ好きな艦娘を好きな組み合わせで運用する事が多かった。

 攻略の時だけ記載された通りの艦隊を組み、それ以外は完全なる好みの選抜である。遠征然り、海域周回然り。

 

 大淀に知られたら顔面をグーで殴られそうなので、念押しに言い訳――じゃなかった、安心させる一言を付け足しておこう。

 それに、夕立にも近海警備を頑張ってもらいたい。

 

「その編成ならば問題無いだろう。仲も良くなれるだろうからな」

 

「は、はぁ……そう、ですね……」

 

 あ、あれぇ? 余計だったかな……。

 いかんいかん、夕立にもきちんと言っておこう。怪しまれる。

 

「それに夕立が鎮守府近海を守るのだ。これほどの鉄壁もあるまい」

 

「~~~~っぽい! 夕立、すっごく、すっごぉぉく頑張るっぽい!」

 

「……ふふ。頼むぞ、夕立」

 

 可愛すぎて思わずにやけてしまった。これでは気持ち悪がられてしまう……話題を逸らせェッ……!

 

「第四艦隊の潜水艦は、もうそろそろ来る頃だろう。少し一服でも入れよう」

 

 まさにお茶を濁すってな!

 おっさん以外が言おうものなら明石に人体改造を施されるので注意するように。

 

 と、くだらない事を考えていると、こんこん、とベストタイミングでノックの音が響いた。

 

「来たか……入れ」

 

 潜水艦たちには本当に申し訳ないが、頑張ってもらわねばならない……お茶の一つでも入れてご機嫌を取ろう……。

 

「失礼します……でち。あ、あのっ、提督」

 

「おぉ、ゴーヤ、よく来たな。丁度今から茶を入れるところだったのだ、お前も一緒に――」

 

 

 

 

「ここは兵器に茶を振舞うのか。面白い鎮守府もあったものだな」

 

 入室してきたのは、潜水艦たち、では無かった。潜水艦はゴーヤのみで、その後ろからずかずかと入ってきた人物は、俺と同じ軍服を纏った知らない人物であった。

 

「……」

 

 言葉が出ない。それもそのはず。

 

「挨拶も無しとは、まだ少佐の階級には慣れんか?」

 

 居丈高に振舞う俺と同じ年齢くらいの男は、そのまま執務室の中央に置かれた応接用のソファへどっかりと座り込み、軍帽を脱いでくつろぎ始める。

 無精ひげに、浅黒い肌、筋骨隆々の体格に鋭い目つき。俺とは真逆の容姿だ。

 

 い、いやいやいや……あの……。

 

「兵器に茶は出せて、私には出せんのか」

 

「誰だお前は。名を名乗れ」

 

 思ったことが口から出てしまった。

 

「ててて、提督!? あ、あの、こちらの方は、その、呉のぉ……!」

 

 ゴーヤがあたふたとおかしな動きをしながら俺に説明しようとしてくれているが、そんなことはどうでもいい。

 俺は今、やっと息を吐けると思ったのだ。遠征部隊を組み、遠征先を決め、資材の確保を行う目途が立って、近海警備用の艦載機も作って、やっと……!

 

 言い訳ではなく、俺がこういう対応となったのは忙しさも相まった理由がある。

 ひとつ、過去に社畜であった俺はある程度の肩書を持っていた。中間管理職としてのものを。

 もうひとつ、肩書を持つ者として一つの部署を任されていた。その感覚でもって、俺は鎮守府を任されたのだから何とかせねばならないと、一応の責任感を持っている。

 最後に一つ、そんな場所にアポなしで知らない男が来たのなら、責任者として相手を見極め、何をしに来たのか問わねばならない。社畜としてではなく、今度は提督として。

 

「っ、貴様……この私に――! ここは――」

 

「ここは私の執務室だが。ゴーヤが案内したのか?」

 

「で、でちぃ……」

 

「そうか、ご苦労だった……が、今日は対応しかねる。申し訳ないが日を改めていただきたい」

 

 これ以上仕事を増やすんじゃねえ! いい加減にしないと龍驤の心臓一突きツッコミを食らわせるぞ!

 

「……なるほど、外聞に違わぬ阿呆というわけか。まぁいい、ここでハッキリさせておくが、この鎮守府は我が呉鎮守府の傘下となり――」

 

 海図の上にいた妖精はいつの間にか消え失せ、大淀、夕立の顔は引き攣り、ゴーヤは今にも泣きそうだった。一番泣きたいのは俺なのだが、それよりも休息を邪魔された怒りと――今更になって、こちらに来たばかりに殴られた怒りが相乗して爆発したのだった。

 

 人はこれを逆切れと言います。

 

「――これ以上、私の仕事を増やすな。私は彼女らで手一杯なのだ」

 

 嘘じゃない。俺は艦娘を支えないといけないのだ。じゃないと俺も名前も知らないお前も滅亡する。

 おっさんだって、生きていたいだろうがッ……!

 

 人は怒りに振り回されると、簡単なことに気づけなくなるものである。

 突然やってきたおっさんの胸元に、何故か俺より豪華なバッジがついていたりすること、とか。

 

「な、ぁっ……!? き、さまっ……!」

 

 

 

 

 

 

 あ、あれ。もしかして……あなた、提督さん、っぽい……?

 俺の心の夕立が冷や汗をかいた。本物の夕立も冷や汗をかいていた。

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