これが――提督の本領か――。
提督に頼まれていた海図を執務室に持ってきた私は、この鎮守府に来る前から何度も言葉を失う光景を目にしてきたが、またも声が出なくなっていた。
ふむ、と海図と睨みあい思考する提督は私や夕立が存在していないかのような、それどころか執務室にいることを忘れているのではないかというくらいに考えるという行為に没頭していた。
海図の上を歩き回る妖精が場違いに可愛く見えるが、その妖精の表情は安心感に満ちており、提督を心の底から信頼しているようにも見える。時折、海図の一部を指す妖精に頷いたり、首をひねったり、何を言っているかは聞き取れなかったが、独り言を洩らす提督を眺める事数分。
「……提督。遠征艦隊は、どちらへ」
邪魔をしてしまった、だろうか。
私の問いに提督は妖精と海図をもう一度見て、こう答えた。
「まずは燃料を確保する。艦娘たる者、海を駆けられねばな」
理にかなっている選択。
私たち艦娘が航行するのに必須たる燃料があれば、万が一にも弾薬やボーキサイトが無くとも海上を目視で警戒することが出来る。駆逐艦や軽巡洋艦であれば電探などを使用し通常の近海警備とほぼ変わりなく任務にあたれる選択だ。提督ほどのお方ならば、もう少し早く決められると思ったのだが、買い被りすぎか……いや、それとも何か別のことを危惧していらっしゃるのか……?
ここまで考えた時、私は重大なことに気づく。
提督はこの鎮守府に来たばかりで、所属している艦娘も全員同じ状態のはず。
何故――資源海域を把握しているのか――。
「そちらに燃料が……!? 提督は何故、そのような事を知って――」
待つのよ大淀。考えなくとも、分かるはずじゃない。
提督は過去にこの国最大の鎮守府を指揮していたお方。ならば横須賀鎮守府近海のみならず、その他の鎮守府の状況も把握していたはずだ。加えて、六年もの長い間、海軍の目を欺き続けたお方でもある。相手を欺くのも闇雲に隠れておけばよいという訳では無い。前鎮守府で斥候として働いてた夕立もそれに気づいたのか、横目に私を見た。ぱちりと目が合うと、意思が通じ合ったように、浅く頷く夕立。
目を欺き続けるのに必要なのは、相手の事細かな情報である。
それも、リアルタイムに把握しておかなければ裏をかき姿をくらませることなど不可能。
それを六年間も続けていたのだから、提督は恐らく――全てを知っている。
提督は妖精から授けられた技術を守っていたのだから、その敵は海軍省だけでは無いはず。艦娘反対派の提督にしつけられ完全に駒と化した艦娘の動きも把握していて不思議は無い。それに、その技術は戦争を根底から覆すような代物なのだ……私たち艦娘と人類の敵である《深海棲艦》の動きさえも、このお方の手中なのかもしれない。そんな考えに至った時、私の背筋につるりと汗が流れる。
「……長年の勘、とでも言っておこう。詳しくは、秘密だ」
真剣な面持ちに、重たい声。やはり、と思わざるを得ない。
「仮の第一艦隊を鎮守府近海警備とし、第二艦隊は鎮守府より南西方面へ燃料を、第三艦隊は鋼材を、第四艦隊はボーキサイトを確保してもらう。第二艦隊は燃料を確保して鎮守府に帰還後、新編成し、今度はこちらへ弾薬の確保へ出向いてもらう。何か質問はあるか」
そこからの提督の指示は的確かつ迅速で、まだ一度も私たちを出撃させていないにもかかわらず、長年この鎮守府で指揮を執ってきたかのような熟練の風格を漂わせていた。
本当に、提督の頭の中はどうなっているのやら――。
質問をすれば、必ず納得できる答えを返してくるであろうことなど、考えずとも分かる。この遠征は単純な資材確保のために行われるわけでなく、二つも三つも意義のあるものであろうことも。
「――了解しました」
「――っぽい!」
私たちが出来ることは、提督の指示に全力で従う中で意味を見いだすことだ。
提督を見て、お言葉を聞いて、ただ頷くだけではなく、真意に気づくことが必要なのだ。
食事はしたものの、提督は鎮守府に来てからお召し物を替える暇さえなく私たちの為にと挨拶をし、工廠で開発を行い、今度は緊急で資材を確保すべく三艦隊の遠征作戦を考案なさった。近海警備も含めれば四艦隊同時運用の――
「第二艦隊は帰還後、旗艦を軽巡洋艦天龍に移行し、以下、駆逐艦暁、電、雷に再編成し出動させるものとする。
明朝、マルナナマルマルより遠征任務を正式に発令。大淀は第二、第三艦隊となる者へ通達を頼む」
――違う。正確には、五艦隊運用の大規模作戦……ッ!
龍驤の言葉が頭を過る。バケモノと表現するのはいかがなものかと思っていたが、今ならそれに同意してしまう。
大本営発令の遠征作戦で、いくつかの鎮守府から抜擢して遠征を行うと言うのならば納得できる。しかし提督は、それをたったお一人で、ましてや一つの鎮守府で済ませようと言うのか……!?
いくら所属している艦娘が百を超えるからと言っても限度がある。作戦で実際に動く艦娘は日に一艦隊か二艦隊。三艦隊も動かせたならば、それはもう天才の領域だ。
私は大本営から各鎮守府へ配属される艦隊司令部付の任務娘という存在だから、幾人もの提督を知っている。運悪く方々へ飛ばされてばかりいたが、中には敏腕な提督がいたのも事実である。
だがこのお方は、それらとは比較にならない。
たった一度の挨拶しかしていないが、もしかすると提督は一目で私たちの全てを見抜いているのではないかとさえ考えてしまって、胸中で『そんなこと、ありえるはずないわよね』と引き攣り笑いを浮かべる。
「その編成ならば問題無いだろう。仲も良くなれるだろうからな」
提督……前言を、撤回させてください……。
ここまできたら、脱帽するしかない。
「は、はぁ……そう、ですね……」
なんとか言葉に出来たのはこれだけで、私の頭はパンク寸前だった。
仲も良くなれるだろうからな、とは。一体どこまで艦娘想いなのですか……龍驤に噛みつかれ、あきつ丸に詰められたというのに、あなたは怒りを見せるどころか慈愛で包み、あまつさえ私たちの仲の方を気にしてくださるとは。
ひとたび海へ出れば、確かに私たちは互いの命を預ける身となる。信用、信頼して背を任せねばならない。しかし私たちの境遇では、信じるという言葉はあまりにも薄く、意味を持たない。それはこの鎮守府と、私たちの存在自体が証明している。
なのに、提督は……私たちを信頼し、頭脳を限界まで回転させて鎮守府を支え、私たちの存在を肯定して任務を与えている。
兵器と呼ばれた私の辞書に、仲間などという言葉は無いと言ってもいいのに、彼はどこまでも私たちをありのままに受け入れてくれる。
「それに夕立が鎮守府近海を守るのだ。これほどの鉄壁もあるまい」
「~~~~っぽい! 夕立、すっごく、すっごぉぉく頑張るっぽい!」
「……ふふ。頼むぞ、夕立」
夕立は目を輝かせ、両手を胸の前にぎゅうっと組んで喜びを必死に受け止めていた。思わず、私も笑みを浮かべてしまう。
でも、駆逐艦はずるい。私だって提督の為ならばどのような命令もこなすつもりだ。あの慈しみと愛情の溢れる微笑みを向けられる権利は、私にだって……って、何を考えているの大淀! これは鎮守府の危機なの……任務なのだから、真面目にして……!
べ、別に夕立が褒められているのが羨ましいとか、そういうのは無い。決して。
私は私で任務を全うするんだ。提督が艦娘を支えると言うのなら、私はその提督を支えてみせる。一番初めに提督に出会ったのは私なんだから……ッ!
って、違う……だから私は何を考えているの――!
「第四艦隊の潜水艦は、もうそろそろ来る頃だろう。少し一服でも入れよう」
任務の気配……! ここで私がさっとお茶を入れてお出しすれば、提督も私を褒めてくださるはず……!
と、どこか壊れた思考で「私が入れてまいります」と提案しかけたとき、ノックの音が執務室の空気を揺らした。
「来たか……入れ」
私と夕立が、提督の視線を追うように振り返ると、そこにはゴーヤと、知らない人物が一人立っていた。
「失礼します……でち。あ、あのっ、提督」
「おぉ、ゴーヤ、よく来たな。丁度今から茶を入れるところだったのだ、お前も一緒に――」
「ここは兵器に茶を振舞うのか。面白い鎮守府もあったものだな」
私の脳は瞬時に不埒な考えを捨て、状況把握のために回り出す。
提督と同じ軍服、そして胸元と肩へ視線をやれば、見せつけるように輝きを放つ勲章に大佐の階級章。
記憶がひっかきまわされる中で、提督が挨拶をした後の講堂で出会ったあきつ丸の言葉が浮かぶ。
『少佐殿は直近にある呉鎮守府提督の《山元》という大佐に睨まれております。これも大淀殿ならば予想していらっしゃったでしょうが、彼は艦娘反対派の一人……よく言う事を聞くようにしつけた手駒をもって、我らが鎮守府へ挨拶に来るでしょう』
山元大佐だ。瞬時にそう判断した。
「挨拶も無しとは、まだ少佐の階級には慣れんか?」
山元大佐はゴーヤを押しのけ、ずかずかと執務室に入ってくると、中央の応接用ソファに腰を下ろして軍帽を脱ぎ、背もたれに身体を傾ける。
私や夕立がよく見てきた光景――尊大な態度の山元大佐がとる、背もたれに身体を預ける姿勢は兵器呼ばわりする艦娘を前にして『恐怖や危険など感じていない』というものだ。私たちの提督も恐怖は感じていないだろうが、提督のそれと山元提督の感情は全く逆のもの。
「兵器に茶は出せて、私には出せんのか」
軍では上下の関係は絶対である。陸であろうが海であろうが変わらない。
山元大佐が茶を出せと言えば、どんなに屈辱に思おうとも少佐の階級である提督は大佐を敬い茶を出さねばならない。突然の訪問でも、だ。
あきつ丸がどのようにして山元大佐がやってくる情報を掴んだのかは知らないが、事前に情報を持っていた私や夕立は一時的な驚きはあれど、動揺は少なかった。
ゴーヤは怯えているものの、提督の姿を見て幾分か冷静さを取り戻したように見える。
しかし、そんな冷静たる私たちを、提督は一言で動揺させる。
「誰だお前は。名を名乗れ」
「っ……!?」
「ぽぃぃっ……!?」
提督は山元大佐を知らない……? いや、それはあり得ない。この鎮守府に来る時に海域の被っている呉鎮守府の情報も全て掴んでいるはず。
ならば、提督はどうして誰だと問うのか。階級章とて見えているではないか。
「ててて、提督!? あ、あの、こちらの方は、その、呉のぉ……!」
ゴーヤが分かり切ったことを説明しようと両手を虚空にさ迷わせながら言う。
「っ、貴様……この私に――! ここは――」
山元大佐のこめかみに葉脈が如き青筋が浮かび上がる。
「ここは私の執務室だが。ゴーヤが案内したのか?」
対して、提督はそんな大佐を心底鬱陶しそうな目で見る。しかしながら、ゴーヤに目を移した瞬間には、優しそうなものへ。
「で、でちぃ……」
「そうか、ご苦労だった……」
大佐を差し置いてゴーヤを労う提督に、私たちの混乱はさらに大きくなる。
「……が、今日は対応しかねる。申し訳ないが日を改めていただきたい」
「……なるほど、外聞に違わぬ阿呆というわけか。まぁいい、ここでハッキリさせておくが、この鎮守府は我が呉鎮守府の傘下となり――」
一触即発であった。
山元大佐がこの柱島鎮守府に来ているということは、ここまで護衛してきた艦娘も外で待機しているはず。しかし執務室へやってきたのは大佐のみ。
完全に、なめられている。そしてあまつさえ、傘下になれと。
口を挟むなど以ての外だが、我慢してはならない、決して踏み荒らされてはならない領域というものがある。私にとってそれは、提督のことだ。
「っ……お言葉ですが――!」
私の震える声を遮ったのは、提督だった。
「――これ以上、私の仕事を増やすな。私は彼女らで手一杯なのだ」
「ぁ、てい……とく……」
がつんと頭を殴られたような衝撃を受けた。全身から力が抜けていくような、そして、胸のあたりが締め付けられるような激痛。しかしその激痛は不快なものでも何でもなく、ただ思考力と行動力を全て奪い去ってしまうだけのものだった。
「な、ぁっ……!? き、さまっ……!」
山元大佐がソファから立ち上がり、拳を握る。
一方の提督は椅子に座ったまま、海図の上に両肘をついて指を組み、その上に額をのせた格好で鋭い視線だけを大佐に向けていた。
「いや、これは私が悪いな。失礼した……それで、名前をお伺いしてもよろしいか?」
刹那――提督から発せられる圧力。一点集中して大佐に注がれる圧を見て、ゴーヤも夕立も気づいたのだろう。表情こそ真面目なものだが、そこから危機感や焦燥感がどんどんと薄れ、安心へと変わっていくのがわかった。
「貴様から名乗らんかっ! 名前をお伺いしてもよろしいか、だとぉ……!? 部下の貴様が上官に向かって、なんと生意気な……!」
「あぁ、そうか、そうだな。私はこの柱島鎮守府で提督をしている海原だ。以後、よろしく頼む」
「ぐっ、ぶ、ぶれ、いな……! 貴様ァッ! 煽るのも大概に――!」
「無礼? 名を名乗って無礼と言われるのか……難しいものだな、軍の礼儀とは」
提督は私と夕立、ゴーヤを順番に見てから困ったように笑った。
それは大佐という存在を無視した煽りであり、かつ、私たちを絶対に守ると言わんばかりの行動であるのを理解できないほど、私も愚かでは無い。
しかし、あまりにも攻撃的な態度は綱渡りという表現では追いつかないものだ。一歩間違えれば私たち艦娘どころか、提督の身を危険に晒しかねない。
数年に渡りたったお一人で海軍そのものを相手にしてきた提督は、刃の上を飄々とした顔で歩けるほどの領域であるというのか……。
「~~~~っ!?」
顔を真っ赤にした大佐が素早い動きで片手を腰に滑らせたのが視界に入った。
それが何を意味しているのかすぐに判断出来たが、かたや提督も同じタイミングで机の引き出しに手をかけた。
そして――山元大佐が拳銃を取り出し、提督が引き出しから何かを取り出す。
「貴様は私を公然と侮辱した。そしてここは軍だ――如何様にも理由は上乗せできる。意味が、分かるな……!?」
拳銃を向けられる提督を見て、私は初めて恐怖した。
人は簡単に死んでしまう。たかだか鉛玉をひとつ受けた程度で絶命するほどに脆い。過去に無礼を理由に発砲された経験のある私は、当時、恐怖は無かった。ただ、怒りをかってしまい申し訳ないと思ったくらいだ。
だが、提督に向けられた明確な武力を見て、両足が震え出す。
「……はぁ」
提督は大きなため息を吐き出し、引き出しから取り出した何かを海図の上へぽんと置いた。
それは、紅紙だった。
「上の者からこの鎮守府を任されたのだ。その者以外の一存でどうこう出来るほどくだらん仕事では無いはずだが」
「そっ、そんなもの、どうとでもでっちあげられる! ここにいる兵器どもにも言うことを――」
「兵器ども、ではない。〝私の艦娘〟だ」
私の艦娘、という言葉に力が込められているのに、今はそんな場合じゃないというのに、私は俯いて必死に涙を堪えた。
夕立も、ゴーヤも同じく俯いていた。
「後日、正式に挨拶に伺う。以上だ」
「ぐ、ぬぅぅっ……!」
完全に、提督の圧に呑まれた様子だった。
山元大佐は忌々し気に拳銃を収め、脱いでいた軍帽を乱暴に取り上げると、ぐっと被りながら怒鳴り散らす。
「ここは呉の傘下であることを忘れるな! 今回は幸運であったと喜んでおけよ、今のうちにたっぷりと。我が鎮守府に来た時には、盛大に歓迎してやる。盛大にだ」
それから、私や夕立、ゴーヤを見て言う。
「……荷物をまとめておくことを推奨する。すぐに別の鎮守府へ行くことになるだろうからな」
それが意味する事は――と考えそうになった時、
「遠征ついでに、挨拶に行くのも良いかもしれんな」
という、提督の呟き。
「遠征ついで、だと……!?」
「情けない話だが、我が鎮守府は現在、資材が底をついているようでな。四艦隊を編成して遠征を行う予定だったのだ。明日にでも遠征部隊を組み、それについて私もそちらへ伺わせていただきたい」
「な、四艦隊を編成してうかがっ……!? ま、待て! 貴様、言っている意味を理解しているのか!?」
流石の私も思わず息を呑む。
これは、完全なる宣戦布告ではないか――!
「そのために新たな装備も開発してある……が、なにぶんまだ勝手をわかっていないのでな。上官の艦娘の装備を参考にさせてもらえたら、ありがたい」
天才と馬鹿は紙一重。そうして、天才は一歩間違えれば狂人となる。
一見して、提督の行動は完全な狂人である。上官に宣戦布告するなど、海軍内の抗争へ自ら足を踏み入れるなど……。
新たな装備を開発したという手の内まで晒して、呉鎮守府という、こことは規模が倍以上違う地へ向かうなんて常人には出来ない。
……いや、待って、大淀。
遠征部隊は一部南西方面へ向かうはず。なのに、遠征隊について呉へ上ると……?
「……わ、分かった。いや、唐突の訪問となったのは、呉鎮守府との、海路でもある柱島という特殊な泊地に提督が着任したと耳にして、個人的に、会って、みたく」
「……ほう、それで」
「っつ……ついては、私が個人で行った、挨拶である。正式な挨拶とあらば、謹んでお受けする」
「そうか。それは良かった。失礼を重ねるが、私は軍の礼儀に疎い。どのような形で挨拶をすれば失礼にあたらないか、ご教示いただけるだろうか」
これは、使えない欠陥品とまで呼ばれた私たちさえも武器としてしまう、提督の完全なる意趣返し――!
あー、それは、と話す山元大佐を置いて、提督の小さな呟きが私たちの耳に届く。
「……怯えるな。大丈夫、問題無い。大丈夫だ。何があっても俺なら――」
あなたは、どうして自らを危険に晒すのですか。
私や夕立、ゴーヤは欠陥品と呼ばれようが、兵器であるというのに――何故、脆い身体をおして守ろうとしてくださるのですか。
狂人としか見えない行動を取り、上官に歯向かってでも、私たちを守るのは、何故なのですか。
「こういう時、どう言ったらいいんだ……わ、分からん、が……だ、大丈夫、大丈夫だ……何とかなる。何とかする。明日も美味しい飯を食うんだ……」
明日に希望を持てと、そう仰るのですね。
あなたは、私たちに明日の暁を見せてやると――また、一緒に食事をしようと、そう仰ってくださるのですね――。
軽巡洋艦大淀――もう、迷いはありません――!
私の意思が固まった時、ぴりりと頭に走る電流。
これが、私が初めて自覚した艦娘同士の〝共感〟だった。
目を見開き横を見れば、同じ顔をして夕立が私を見ていた。そして、ゴーヤを見れば、そこにも同じ表情が。
「――であるからして、挨拶に来るならば……」
つらつらと話す山元大佐の額には、汗が見えた。
提督の威圧に屈さなかったことを大いに誇るといいだろう。歴戦の艦娘である、初期型の龍驤でさえ膝が笑い立ち上がれなくなったのだから、両足をしっかりと地につけて立っている山元大佐は、見た目に違わぬ猛者であるのだろう。
しかし、それもここまで。
「……夕立と伊五十八は任務がありますので、呉鎮守府へのご挨拶には、私が同行いたします、提督」
「大淀……」
提督が安堵した表情で私を見た。
分かっております、提督。決してあなたを一人にはさせません――!
「そっ、そうか、同行は貴様一人か?」
山元大佐の問いに、私は一瞬だけ目を合わせたが、すぐに提督へ顔を向ける。
「必要とあれば、私が召集いたします。いかがいたしましょう、提督」
「……長門でも連れて行くか」
山元大佐の額に浮かぶ汗がどんどんと増えていくのが、見なくとも分かった。
これでは本当に狂人である。呉鎮守府へ挨拶に行くと宣戦布告し、その長を前にして戦艦を連れ出すと言っているのだから。
執務室内でここまで修羅場が起きているというのに、山元大佐が連れてきたらしい艦娘は全く姿を現さない。外で待機しているのならば、可哀そうに、としか言えない。
今やこの鎮守府には、欠陥品と呼ばれた艦娘たちが放し飼いとなっているのだから。
まだよく話したことも無い艦娘ばかりだというのに、私は完全に信頼しきってしまっているのだった。
「わっわかった、海原、分かった。落ち着け。此度の訪問と無礼は、私から謝ろう。ここにいる艦娘とも、話してはいない。だから――」
「うん? ゴーヤと話したんじゃないのか」
「そ、それは! 案内をさせるために――!」
「そうなのか、ゴーヤ?」
ゴーヤは山元大佐に脅されて提督のもとまで案内させられたに違いない。
それを察した提督はゴーヤへわざと問うているのだ。
ゴーヤは山元大佐を見てニッコリと笑い、提督へ言った。
「案内してくれって言われただけでち。何も、問題無かったでち」
「そうか。ならいいが」
あからさまに安堵の息を吐き出す山元大佐。
既にそこには、来た時の威厳や圧力は欠片さえ残っていなかった。
「では、話はここまでだ。もう遅いし海は暗い――ゴーヤ、大佐を送って――」
「い、いや、結構! こ、ここに来るのに秘書艦と数名の艦娘を連れてきているから、大丈夫だ。海原……少佐の、手を煩わせることは無い。では、失礼する」
言うや否や、山元大佐はそそくさと執務室を出て行った。
出て行くのを見つめ続ける私たち。どうしてか、ぽかんとした顔をする提督。
どうやら、山元大佐は提督と同じ戦場には立てなかったらしい。
提督の表情は、これからが本番だぞと気合が空回りしてしまった故だろう。
これではどちらが弱い者いじめをしにやってきたのか分からないではないか、と笑ってしまいそうになる。
お優しいのか、恐ろしいのか。
「……夜の潜水艦ほど頼りになるものも無いと思ったんだが」
この人は敵と認めたら本当に容赦がない……。
「提督……やり過ぎです」
と私が言うと、ゴーヤは笑って「夜の海で潜水艦を仕向けるなんて、てーとく鬼すぎでち!」と山元大佐が去って行った先を見つめる。
「素敵なパーティーになるかと思ったっぽい……」
夕立は……若干、提督よりの戦闘狂かもしれない。良く言い聞かせておかないと、と心に誓う。
「さて……ちょっとお茶をもらえるか、大淀。あとタオルを」
「あ、は、はいっ!」
こうして、私たちは提督の一方的な勝利の目撃者となったのだった。