柱島泊地備忘録   作:まちた

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序章 提督side

 よくある転生系の漫画や小説で、転生直後に自らの記憶を思い出し正常を測るというものがある。読むたびに、見るたびに『気が動転してる時にそんなことするはずないだろ』とせせら笑って白けたものだが……もう、笑うことは出来ない。

 

「っ!? こ、ここは……ここは!?」

 

「お目覚めか『元大将閣下』よ」

 

「……? あなたは……」

 

 俺が目覚めたのは、見知らぬ車の後部座席。運転席には制服をまとった運転手がおり、助手席には俺にかけられた声の主が運転手と同じような制服の襟を覗かせている。

 

 おかしい。俺は何で車の中にいるんだ?

 確か俺は仕事から帰って、久しぶりの休みだからと、家でゲームを――

 

「混乱甚だしいところすまないが、君は左遷された。流刑とも言えるが、運が良い」

 

 助手席の男はこちらも見ず淡々と言った。

 るけい? させん? なんだそれ。

 

 混乱甚だしいところすまないが、と言っておきながらも、男は事務的に、そして一方的に話し続ける。

 

「大本営は君が犯した罪を償う機会を与えようと言うのだと。もっとも、私はそんな機会は必要ないと言ったが、上役の決定事項に異を唱えるわけにもいかんのでね」

 

「は……? いや、え――?」

 

「君の主たる任務は紅紙にもある通り、泊地の防衛と管理である。君は任務を遂行するだけでよい」

 

 

 言われるがままに手元を見れば、確かに赤茶けた紙切れが一枚。そこには漢字とカタカナを織り交ぜた妙な文体で『貴殿ヲ柱島泊地新規鎮守府ノ提督ニ任命ス』と書かれていた。

 

 海軍だの鎮守府だの、泊地だのと勝手な事を言ってくれている男に憤りかけるものの、しゃあしゃあと話してくれている間に頭の中で目が覚める前の事をはっきりと思い出した。

 

 

 そうだ。俺は『艦これ』をプレイしていたんだ、と。

 

 思い出した瞬間に全身が粟立つ感覚がして、思わず二の腕を抱くようにして身を縮める。

 すると、硬い感触が肌を触った。着なれないスーツの袖に腕が慣れない感覚に似ていると思ったが、否、中学生だったか高校生の頃に着た新品の制服に腕を通したような感覚の方が近い。

 視線を下げれば、俺は純白の制服を身にまとっていた。ボタンの一つも留められておらず、まるで無理やりに羽織らされたかのような不格好。

 

海原鎮(うみはらまもる)……かつてからは見る影もないとは嘆かわしい限り。私としては大本営に上れる足掛かりとなってもらえて喜ばしい故にここで殺したりはしない。安心したまえ」

 

「殺すって、何を――」

 

「ああ、ああ、だから殺しはしないと言っているだろう。どうせ君は()()()()に送られるのだから、死人も同然という意味では無いぞ?」

 

 演技がかった、テレビなんかで見た昔気質の堅苦しい喋りをする男を見れば、粟立つ感覚はより強くなった。同時に、俺の名を呼んだことにも。

 

 俺が質問を投げかける間も無く、走っていた車がゆっくりと止まる。そこは、海岸だった。

 外を見る余裕など無かったものだから、車から降ろされた時にやっと周りを見られる。

 あるのは、山、海、道路に沿ってぽつぽつと見える商店らしき建物がいくつか。ドがつく田舎だ。

 

「あの、すみません。ここは――その――」

 

「なんだそのツラは? やっと自らの罪に気づいて改心でもしたか? 遅いが。ここは岩国だ。もう本土に上がることも無かろうからな、一服の時間くらいはやろう」

 

 車から降りた格好のままだった俺は、そそくさと着せられていた制服のボタンやベルトを整えながら状況整理に努めようとするも、やはり会話は一方的だった。

 やっと正面から向き合えた助手席の男は痩躯で、纏う制服にしわ一つ無い。言うなればアニメなんかに出てくる敵役の手先みたいな小物感が溢れていた。

 

 とは言え、俺と同じ制服から発される威圧感はものすごく、ようやく、その制服が一体何なのかを理解したのだった。

 男が小脇に抱えた帽子を被れば、より一層に威圧は増す。

 

「軍服……!」

 

「何を言ってるのださっきから。現実が受け入れられんのか」

 

「現実って、あの、ですから俺にも一体何がなにやら……なんで俺はここに……?」

 

 ようやく疑問を口に出せた事によっていくばくかの安堵に似た感情が俺を撫でるも、目の前の男は思い切り表情を歪めてつかつかと革靴の足音を鳴らしながら俺に近寄り――がつん、と顔面をなぐりつけた。

 

「いっ!? あ、がっ……なん……っ!?」

 

 殴られた鼻から奥がつんと痛み、頭がぐらついた。

 そして、ぱたたという滴りが鼻先から落ち、服を赤く染める。

 

「貴様はぁ! 海軍省ならびに大本営の期待を裏切るだけに飽き足らず! 上役の温情さえ素知らぬフリで泥を塗るのか!」

 

 何やら喚き散らしているが、俺の耳には届かず、代わりにどこにもぶつけようのない怒りが湧いた。

 殴られたことで思い起こされる、俺が目覚める前の記憶。

 

 

 俺は、いわゆるブラック企業に勤める会社員だった。

 だった、というのは――俺は仕事を辞めたからだ。

 

 朝は早く六時に出社し、夜は終電ギリギリどころか必ず終電を逃して歩いて帰る毎日。ろくに休みも取れず、辞める時には百連勤という嬉しくも無い記録を打ち立てた。

 もちろん、残業代など存在せず固定給のみである。休日出社? そもそも休日がねえ。

 

 身を切る思いで仕事を辞め、使い道無く貯まっていくだけの金を崩しながら次の就職先を探そうとしていたというのに、なんていう仕打ちなんだ。

 社会に貢献し続けていただけの俺に、ゲームをしていただけの俺に、なんて仕打ちだ。

 

 そうして、俺の中ではっきりと浮かんだのは『俺が何をしたんだ』という一言。

 

「何を、したんだ……だと……? あぁ……!?」

 

 口に出ちゃったらしい。

 

「何もしていないから問題になったのだ! 何も! していないから!」

 

「は……?」

 

 じゃあ殴られるいわれは無いが、と言い返しかける。

 

「はぁ……もう、いい。泊地の警備でもしていれば嫌でも思い出すだろう。生きていられたらの話だがな」

 

 

 ぼう、と汽笛が聞こえた。

 海岸へ顔を向ければ、近くに小さな船が見える。

 

 

「ふん、時間通りか……忌々しい欠陥品どもめが」

 

 もう行け、という雰囲気を醸し出す男だったが、そうは行くか馬鹿野郎。

 いきなり殴りつけておいて、じゃあ失礼しますってなるわけねえだろ。

 

「おい、お前――!」

 

 固く拳を握り、頭に浮かぶありとあらゆる恨みを込めた。

 職場の元上司への恨みが大半を占めていたのだが、まあ、多少はね?

 

 と、振りかぶる前に俺は動きを止める。

 

 

「ここで反逆罪としても良いが? 再三言わせるな。これは温情だ」

 

「何の、温情だよ……っ」

 

 

 痩躯の男は流れるような手つきで銃を取り出し、それを俺に向けた。

 やはりどうしても現実味が無く、しかしながら銃口を向けられるという初めての体験から生み出される恐怖に腕を下すほかなかった。

 

「もう行け。願わくば、もう会いたくないがな」

 

 俺だって会いたくねえよ。クソが。

 

 胸中で悪態をつくので精一杯の俺は、目で示された海岸沿いにやってきている船に向かって歩き始める。

 

 

 薄々気づいていた。これは現実じゃないと。

 

 はっきりと気づいていた。いいや、これは現実なんだと。

 

 背後から撃たれたりしないだろうかと戦々恐々としながら歩くすがら、傷一つない革靴が足の甲を押して痛いな、なんていう現実逃避をして気を紛らわせた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 港とも呼べない場所から船へと近づけば、船に乗っているのが一人の女性である事が分かった。

 そしてその女性が誰であるのか、一目で理解した。

 

 ただのコスプレ女の可能性もあるが、それにしては完成度が桁違いに高い。

 

 白と紺を基調としたセーラー服を改造したかのような衣装。スカートの腰部分に何の意味があるのか分からないスリットから覗く白い肌。すらりとした長い足を覆う()()

 潮風に揺れるきらきらとした黒髪をおさえる青いヘアバンドに、知性的な彼女を象徴するアンダーリムの眼鏡は、照り返す波ををうっすらと映していた。

 

「お待たせしました――あ、あのっ……それは……!」

 

 近づくや否や頭を下げた彼女だったが、面を上げた次の瞬間には狼狽し、どこからか取り出したハンカチを持って船から岸へ一足に飛び移って駆け寄ってくる。

 

 自慢じゃないが俺は女性と話したことが殆どない。

 仕事上でのやり取り? 無い。一切、無い。

 こういう時は普通に礼を言うべきなのだろうが、俺は混乱も相まって差し出された手を制するように片手を振ってしまった。

 

 しまった、と思うより早く、謝罪の言葉より疑問が口に出る。

 それも警戒心丸出しの状態で。

 

「きみ……いや、お前、大淀か?」

 

 大淀型軽巡洋艦一番艦――通称、任務娘。

 

 俺の中からさらに現実味が薄れ、どんどんと『これ夢じゃね?』感が募っていく。

 夢にしては鼻っ柱に残る痛みがリアル過ぎるが、まあいい。

 

「は、はい! 大淀型軽巡洋艦一番艦、本日より柱島泊地に着任いたしました!」

 

 おぉ、と声が漏れてしまうくらいに格好良い敬礼を見せられる俺。

 もう夢ならどうとでもなーれ! の精神で頭を下げる。

 

 軍人……というものは見たことが無いが、自衛隊なんかに敬礼をされたら頭を下げたり、胸に手をあてたりするのが礼儀だとテレビで見た。おれはくわしいんだ。

 

「えっ、あ、あの、う、海原 鎮提督、ですよね!?」

 

 彼女は俺の名前を知っているらしい。というか俺は提督らしい。

 艦これしながら寝てしまったのかもしれない。本格的に背筋が薄ら寒くなっている俺とは裏腹に、大淀はあたふたとしながら「頭をお上げください!」と声を震わせる。

 

 どうやら返礼の仕方を間違えたようだ。テレビはもう信じない事にした。

 

 頭を上げてみれば、大淀はしきりに俺の後方へ視線を向けており、振り返って視線の先を探ると、俺が乗ってきた車が気になっているようだと気づいた。

 そこで俺は、ふと問う。

 

「大淀。あれは誰なんだ?」

 

「えぇっ!? いや、提督、流石にご冗談が過ぎるかと……」

 

「冗談? 俺が冗談を言ってるように見えるのか?」

 

 イラついたわけではないが言葉をオウム返しする俺に、大淀は見て分かるほどに顔面をさあっと白くして頭を深く下げた。

 

「ももも申し訳ございませんっ! あ、あちらに見えますのは軍令部のお車かと推測致します! 本日は海原提督が柱島泊地に着任なされるとの事でしたので……! お顔は拝見できかねますが、軍令部のお方かと……」

 

 わたわたとしながら早口で言い終えた大淀は、そうっと頭を上げる。

 俺は大淀が頭を上げ切る前に後方を見ており、どんな表情をしていたかは知らないが、大げさなほどに鼻息が聞こえてくるあたり怯えているかのように感じた。

 

「軍令部……柱島泊地……そうか」

 

 ぽつりと、誰に言うともなく呟く。

 

 どうやら、俺は本当に――

 

 

「まあ、いいか」

 

 

 ――艦これの世界にやってきたのかもしれない。


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