「今日はもう休む。大淀は遠征部隊へ通達をしておいてくれ。それが終わり次第、お前も休め。間違いの無いように頼むぞ」
大淀が持ってきたタオルを受け取りながら、俺は溜息を吐き出したいのを堪えつつそう言った。
「っは、お任せください」
頼もしい。このまま全部の仕事を代わってもらいたい……いやそれはダメか。
本当にどっと疲れた……。着任初日とは言え挨拶して食事した程度だと言うのに、どうしてこうも問題っていうのは重なるのか。
龍驤然り、あきつ丸然り、悪い娘じゃないことは理解できる――艦隊これくしょんの世界と若干違うものの――が、真面目過ぎるというか、はぁ……。
呉の提督が来た時、狼狽せずにギリギリ対応が出来たのは大淀たちのお陰なのは確かである。真面目なことは決して悪いことじゃない良い例を目の前で見たのだから、否定する気はない。しかし、しかしだ。
明日の遠征がさらりと終わる気がしない。俺の悪い予感はよく当たるんだ。
呉の提督の来訪に驚いたのか、海図の上から姿を消していた妖精たちはどうやら俺が開けた引き出しの中に逃げ込んでいたようで、そろりと顔を出して呉の提督がいないのを確認すると、安心したようにふわふわと出てきて、また海図の上を歩き回るのだった。
『こわかったです』
『そういえば、てーとくの引き出しはさみしいですね』
『おかしくらい、いれておいてください』
うるせえよ! 遠征の行き先を決めるのには大いに役立ってくれたが、呉の提督が来た時は全然フォローしてくれなかったじゃん! 信じてたのに……!
『あすのはなしをしよう』
『みらいを、この手につかむのだ』
無駄な決め顔を見せつけてくる妖精たちから、大淀へ視線を向ける。
お任せください! という心強い眼差しが、今はより一層頼もしく感じる。少なくとも逃げてたかと思えば突然お菓子を要求する妖精よりはマシである。
「……お前は頼りになる」
しみじみ言ってしまった。
大淀は「そっ、そのような、あの、はい、頑張りますので……!」と謙遜しつつ、ゆっくりお休みくださいと残し、部屋を出て行くのだった。夕立やゴーヤにも「きちんと休むんだぞ」と一言声をかければ、笑顔で頷いてくれた。可愛い。
そうして、誰もいなくなった執務室で――ひざ掛けのようにおいていたタオルをそうっと取る俺。
「……」
セーフであった。何がとは言わないが、セーフである。
これでもし染みでも出来ていようものならば俺は二度と立ち上がれなかっただろう。心も体も。
「……アホな事やってないで、仕事するか」
タオルを乱雑に丸めて応接用ソファーへ投げると、俺は再び海図に視線を落として、その上を歩く妖精に問う。
「遠征先はここでいいんだよな? 燃料とか、鋼材とか、そこにあるんだよな?」
『あっ……わたしたちのこと、信じてないですね?』
『そんなぁ……わたしたちはこんなにもてーとくを信じているのに……』
『ぬいぐるみを交換しあった仲なのに……』
交換してないし信じられるような要素が無いから聞いているんだが。
もちろん、口には出さない。溜息の代わりに、鼻息をふぅん、と出して上着を脱ぎつつ言う。
「ぬいぐるみな、ぬいぐるみ……また余裕が出来れば作ってもいいから、明日の仕事の話をしよう。遠征先に資材が無かったら、お前たちの欲しがってるぬいぐるみだって作れないし、俺も艦娘たちも困る」
率直に言えば、妖精たちは顔をつきあわせて二言三言小さな声を交わし、こちらに向き直って敬礼し始める。
「な、なんだなんだ……資材はあるのか? ないのか?」
『てーとくさんを助けるのが、わたしたちです!』
『なので、てーとくさんは、わたしたちを助けてください!』
話が通じねえッ……! 資材があるかどうか聞いてんだよマスコットがぁッ……!
――クールにいこう、そう、クールに。きっと妖精たちも仕事を頑張るから、俺にも頑張れと、そう言いたいのだろう。
もちろん仕事は頑張るつもりだ。井之上さんにお願いされたのもあるし、何よりここは思い描いたものと違えど《艦これの世界》なのだから、頑張らない理由なんて無い。妖精のためにも、艦娘のためにも、俺のためにも頑張りたい。
だが俺が聞きたいのは〝資材の有無〟であって、助ける助けないの話じゃねえんだよォッ……頼むから俺の話を聞けェッ……!
話が通じない妖精たちに頭を抱えた俺の前に、また新たな刺客がやってくる。
『こんばんわ、ようせいです!』
「……あ、あぁ」
まぁぁあああた妖精かよおおおおおおお! くっそぉおおあああああ!
大淀たちがいない今、頭を掻きむしりながら地面を転がって大声で叫び出したい衝動にかられるも――威厳スイッチの押し過ぎで無表情から変わらない。悲しい。
「どこから来たんだ? 工廠か?」
妖精はどこか話が通じたり通じなかったりするものなのかもしれない。工廠で開発が成功したのも、上手く意図が伝わっただけで、今のような無邪気かつ自由奔放な姿こそが妖精の本当の姿であるとすれば、まぁ……。
諦めはつかないが、諦めるしかない状況とはかくも悲しいものなのか、と俺は話に付き合うほかないと、指を伸ばして妖精の頬をつついて言う。
『呉からきました! とおかった……』
『えんろはるばる、おつかれさまです』
『いえいえ、このたびは、おこえがけいただき、ありがとうございます』
『いえいえいえ、おなじ仲間ですから』
『いえいえいえいえ、ありがたいかぎり』
『いえいえいえいえいえ――』
俺の目の前で井戸端会議のおばちゃんみたいな会話をするなッ!
というか呉からやってきたって言ったか!?
何しに来たんだよォッ……モウ、カエレヨォッ……!
い、いかん、このままストレスをためては胃腸が破壊されて俺が深海棲艦になってしまいかねん。クールに、クールに……。
そうだ、子どもの相手をしていると思えばいいんだ。子どもとは得てして話の通じないもの。親戚の子でもあやすように接してあげれば、満足して仕事の話を進めてくれるかもしれない。目下、必要なのは資材であり、それが無ければ鎮守府の運営など夢のまた夢なのだ。頑張れ俺、負けるな俺。
「呉から来たのか。疲れただろうに、よく頑張ったな」
手のひらサイズの妖精の頭は本当に小さく、俺の指が大きく感じてしまう。
呉からやってきたという妖精の頭をぐりぐり撫でてやると、くすぐったそうにコロコロと笑い声をあげる。
『くふふ、みなさんの言う通り、ここのてーとくは優しいひとですね!』
『あげませんよ!』
『なんと……では、わたしがここにくるというのは』
『……それはよいあいでーあ、ですね』
『なかまがふえることは、よいことです!』
勝手に話を進めないで欲しい。
「それで……どうして呉から、こんなところに来たんだ?」
問えば、呉からやってきた妖精は海図の上をぴょこぴょこと跳ねながら言った。
『ずっとたすけをよんでいたんです! そうしたら、てーとくを頼ればいいっていわれて、ここに来ました!』
「助けを呼んでいたって……そりゃまた、どうして……頼ればいいって言ったのは、誰なんだ」
『漁船にのったなかまでした!』
それ絶対にむつまるじゃねえか……。あいつ、俺の仕事を増やしやがったのか……信じてたのに……!
というかどうやって呉の妖精とコンタクトをとったァッ……!
「助けたいのは山々だが、俺にも仕事がある。遠征という大事な仕事がな。ほら、見えるか? ここと、ここと、こことここ。四つも回らなきゃいけないし、明日は大淀と長門を連れて俺も呉に行かなきゃいけない。悪いが、すぐに助けるなんて――」
『そこは……! てーとくさん……!』
「おっ、な、なんだ……?」
『~~~~!』
呉の妖精は、いきなり俺の手元まで走ってくると、全身でぎゅうっと指を包むよう抱きしめてきた。
周りの妖精はきゃあきゃあと声を上げて呉の妖精の背中ごと俺の指を抱きしめる。
遊んでんじゃねぇんだよォッ……オイィィッ……!
そこで、俺は自らの発言にはっとする。
「そうだ……大淀と長門を連れて呉に謝りに行かなきゃいけないんだ……長門に言ってねぇ……!」
膝裏で椅子をはじくように立ち上がった俺は、妖精たちが怪我をしないようにふるふると指を振って離れるよう促し「すまん。残っている仕事を忘れていた。遊んでてもいいが、部屋は汚すなよ」と残し、執務室を出ようと歩を進める。
『てーとくさん! まって!』
「うん? どうした」
『しざいがいるんですよね?』
「あ、あぁ、そうだ、資材が――」
『あしたの遠征には、わたしもついていきます! しざいも、みんなも、ばっちりです!』
呉の妖精が胸を張ると、周りもぐっと両手を挙げて見せた。
「! そうか……! お前たちも頼りになるじゃないか……! あー、えーと、そう、明日の遠征部隊の旗艦についていって、場所をしっかり教えてやってくれ、いいな? 頼むぞ?」
『おまかせください!』
『わたしたちもさくせんかいぎだー! おー!』
『『『おーっ!』』』
「……あ、あんまりうるさくならないようにな」
やっぱり俺の目には、子どもたちが遊んでいるようにしか見えないのだった。
そんなことより、と俺は部屋を出て、長門を探すべく艦娘寮へ向かう――。
* * *
艦娘寮の前までやってきた俺は、アパートのような形の建物の一階エントランスに到着してから気づいた事がある。
「……長門の部屋を知らないじゃないか」
ゴーヤたちから案内してもらった時は寮は艦種別にわかれてる、程度しか聞いていなかったために、どんな構造をしているかさえ知らない。
鎮守府の管理者なんだからそれくらい知っておけと井之上さんに怒られかねん……ここは――女子寮。それも戦艦と空母の住まう龍の巣である。
女子寮に男がたった一人、しかも今は夜だ。廊下なんかを下手に歩いて長門以外に出会ったら「こんな夜になんの用? ……そ。大概にしてほしいものね」だの「提督さんじゃん、何やってんの!? 爆撃されたいの!?」と言われてアウトレンジで粉々にされてしまうかもしれない。
ここは細心の注意を払って隠密行動に徹するのだ……。
しかし怪しまれないように、堂々と胸を張って、音を立てず……だめだ混乱してきた。
静かに歩こうにも寮の床は外側がコンクリートとなっており、エントランスから内側はリノリウム。どちらにせよ革靴を履いている俺の足音は消えることなく、静かな空間にコツコツと響いてしまう。
歩きつつ、階段を使用して二階へ。廊下は左右に伸びており、扉が等間隔に並んでいた。表札でもあれば探すのが楽なんだが――。
「……あるのか」
あった。
どうやらある程度は艦種で揃えているらしい。右側の端から左側までずらりと並ぶ表札を一つ一つ確認していったが、金剛と榛名、霧島に比叡、飛龍と蒼龍、翔鶴と瑞鶴、飛鷹と隼鷹などなど……長門の名は見当たらない。
部屋割は姉妹艦でまとめているのだなぁ、なんて考えつつ、そのまま階段へ戻って今度は反対側へ。
反対側に着くと先程と同じように右端まで歩いて、順番に表札を確認していく。
鳳翔、龍驤、赤城と加賀、伊勢と日向――
「二人で一部屋だったり個人部屋だったり……まぁ、姉妹艦がいなければ、こうなるか」
扶桑と山城、そして――
「……長門。ここだな」
確認すると、俺はそのままドアをノックした。
「長門。海原だが、少しいいか」
聞こえるよう声を張って言うと、ドアの向こう側からどたん、と音がした。
まだ夜も八時を過ぎたばかりとは言え、休めと言ったのは俺なのだから休んでいたのだろう。本当にすみません仕事の手際が悪くて……。
出てきた瞬間に「この時間に仕事? 少し整備が必要なようだな?」と首を百八十度捻転させにくるかもしれない。と変な想像を膨らませて身構えるも、すぐに構えを解くという不審者っぷりを発揮しつつ、出てくるのを待つ。
一分、二分と待っているが、ばたばた音が聞こえるだけで出てくる気配が無い。
「風呂にでも入ってたのか……? 悪いことをしたな……」
仕事の話をする前に謝罪の言葉を考え始める頭をしているあたり、俺の社畜魂は衰えていないようだった。悲しい。
と、そこで目に入る長門の部屋の表札。かけ方が悪かったのか、若干歪んでいるようだったので直しておく。それから何気なく視線を下へ向ければ、何かを引きずったような跡が残っていた。荷物を運び入れた時にできたのだろうか?
他愛ないことを考えているうちに、ようやくドアがきい、と開かれる。
顔を上げれば、半開きとなった隙間から長門の顔が見えた。
「お、おぉ、夜分にすまないな。明日の仕事について通達だ」
「通達だと……? この鎮守府の規律維持以外で、か?」
「あぁ、明日、呉に行く用事が出来たのだが――」
「っ……!」
「――大淀と一緒についてきてもらいた、く……長門、どうした……?」
話している途中、長門のドアを押さえる手が震えているのに気づく。
そういえばこの廊下は風が入る。夜風で冷えてしまったのかと手短に話を済ませてしまうことにした。
「すまない。冷えるな。呉鎮守府への訪問に大淀とお前を連れて行くことにしたから、急で悪いが、明日は私とともに来てくれ」
「て、提督……それは、命令、か……?」
「命令……?」
命令って、そんな大袈裟な……と考えたが、業務命令に当たるのだろうと思い、頷いておく。
「うむ、命令だ。詳しくは大淀に聞けばわかるから、頼んだぞ」
寒そうだし、俺がいるのも居心地悪かろう、とさっさと退散する俺。
忘れていた仕事はこれで終わりだ! と執務室へと帰る道すがら、長門は風邪をひいたりしないだろうか、なんて考えるのだった。
* * *
それから再び執務室。本日の業務はこれで終わりだ! と椅子の背もたれにだらしなく寄りかかる。ぐっと身体を伸ばすと、ところどころからパキパキと音が鳴った。
遊び飽きたのか、海図の上をちょこまか歩いていた妖精たちの姿は既に無く、執務室には俺一人。
「今日はもう働きたくない……頑張ったろ……」
ぽつりと洩れた独り言。もう後は寝るだけだな、と壁にかけられた時計を見れば、時刻は八時半に届くかという頃。
昔であれば未だ全力で仕事に取り組んでいる頃だが、ここでは違う。
もう、俺は社畜などでは――
ジリリリリリン! と、けたたましい電話のベル。
反射的に受話器を上げる。
「こちら柱島鎮守府、執務室」
誰だよぉぉおおおおお! 休ませろよぉおおおおお! 休むって言ったでちぃぃいいいいッ!
『夜分に申し訳ございません、提督。明日の遠征作戦についてですが――』
電話の主は大淀だった。ぴんと背筋が伸び、姿勢よく椅子に座りなおす俺。
大淀には頭が上がらない。足を向けて寝ることも出来ない。これからあらゆる仕事を振る予定であるからというのがひとつ、呉の提督に怒られるという情けない姿を見せたにもかかわらず見てないふりをしてくれたというのがひとつ。
「あぁ、どうした」
『指定海域に艦隊を派遣後、資源はどのように鎮守府へ運びましょう』
え? と声が出そうになった。
どのように鎮守府に運びましょうって、そんなの俺に聞かないでくれ……俺は艦娘じゃないから、艦娘がどうやって資材を鎮守府に運んでいたのかなんて知らないうえに、《艦これ》の時はドラム缶を持たせたくらいだ。
ドラム缶を持たせてもいいか? ということを聞きたいのだろうか。
そういうのは聞かなくても勝手にやってもらって構わないのだが、指示が無いのも無責任か……。
しかし、困ったことに――ドラム缶を開発する資材は既に無い。彩雲とぬいぐるみに消えてしまったのだ。大淀マジでごめん。
鋼材やボーキサイト、弾薬くらいなら抱えて持って帰れるかもしれないが、そもそも燃料はこの世界でドラム缶無しに輸送できるのか?
答えは否、否である。手のひらをすぼめて零さないように持って帰らせるつもりも無いので、方法があるとすれば艦娘の艤装を利用して持って帰ってもらう方法くらいだ。
というのも、船というのは大体、何かあった時のために予備の燃料を積んでおくことが出来るようになっているらしいのだ。ネットで見た。
艦娘も船なのだから予備の燃料を積むくらいの余裕はあるだろう。サイズ的には期待できないかもしれないが。
「あ、あぁ……あー、そうだな……艦娘に無理をさせたくないのでな、多くなくともいい。少しずつでも構わないから確実に確保して鎮守府に帰還するようにしてくれ。お前たちの補給もままならんのは申し訳ないが、こちらも出撃が困難にならないよう、編成を替えて反復出撃させるつもりだ」
少しずつでも確実に。遠征組には悪いが、帰ってきてすぐに燃料の補給、というのは我慢してもらうしかない。持って帰ってくる燃料と消費した燃料を照らし合わせて、上手く運用するのだ。回数をこなせば、いつしか全員に補給がいきわたり、資材も回復できると。自分で考えておいてなんだが、途方も無ぇ……。
遠征部隊の艦娘には優先的に間宮のご飯が食べられる権利を与えよう。俺も順番を譲ってあげちゃう。ほんとすみません。
『――それは、所属する艦娘をあげてでも、と?』
っく……全てお見通しか……!
直接は言わずとも、伝えたいことは分かる。大淀は俺に『所属する艦娘全員を働かせてやっと資材が回復する、と言いたいのですね?』と圧をかけているのだ。怖い。
言い訳でもしたら、深海棲艦の餌にされてしまう。
素直に謝るしかない。皆さんを頼りにさせてください。役立たずで大変申し訳ございません……。
「……必要とあらば、私も尽力するつもりだ。遠征中は指示も出しづらくなるかもしれん。みなを頼りにしたいのだ」
はい。俺も全力で頑張ります。遠征で出来ることは無いですが、呉の提督に失礼しましたと一生懸命に謝ってまいります。
だめだ、自分が情けな過ぎて泣けてくる。
これでは大淀に怒られっぱなしではないか――
『呉鎮守府への〝訪問〟の書類はどうなっているのでしょう』
「えぇっ!? あ、も、もう出来ているぞ。すまなかった、遅くなってしまって。確認にもう少し時間がかかるが……」
ぐ、ぐわぁぁぁぁッ! 不意打ちに嘘をついてしまったァァァァッ!
何だよ訪問の書類って! 正式に挨拶を受けてくれるとは言ってたが、そういうのに書類って必要なものなのか!? アポイントメントを取るというのなら分かるが、それは既に先方も了承していることであってわざわざ書類にする必要無いじゃないか!
い、いや、待て待て、あの大淀が言っているんだぞ……もしかしたら海軍ならではのルールがあるのかもしれない。あの呉の提督を見れば分かる体育会系の空気を思い出せ……きっとへんてこなルールが……って思いつかねえよ! クソァッ!
とにかく、それっぽい書類を作り出さねば。
だがそれを持って行って呉の提督が「何だこれは貴様ァッ!」とか言い出したら本当に死んでしまう。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ということわざもあるのだ……形だけでも書類を作成しておいて、正規の書類の作成方法は素直に大淀に聞いてしまおう。
「明日の遠征に併せて書類の確認を頼みたい、の、だが……大淀に認めてもらえるかどうか……」
『……この大淀、作戦成功に尽力致します。如何様にもお使いください』
大淀ぉ~! お前ってやつは最高の艦娘だよぉ……!
仕事を真面目にする気があれば、きちんと教えてくれる。そんな大淀はきっと良い上司になれるだろう。俺の部下にはもったいない。というか俺の上司になってくれ。お願いします。手のひらくるっくるしちゃ――はい、すみません。
「お、おぉ……そうか。すまないな、大淀がいるなら、安心できる」
『あっ、え、と、その、あ、えへっ……そんな、安心だなんて……』
うーん……大淀は正義である。可愛い。
安心できるのも嘘などでは無い。大淀が居なかったら俺は今頃、柱島の近海で浮いていたに違いない。
『ん、んんっ……それでは提督、作戦通達はこちらで確実にしておきますので、明日のためにゆっくりとお休みください。時間になったら、伺います』
「うむ。では、また明日に」
『はい、また明日――』
昔からの癖で、黙ったまま数秒間、受話器を耳に当ててしまう。それから静かに受話器を戻し――盛大にデスクへ突っ伏した。
「はぁぁぁぁぁ……仕事終わったかと思ったのによぉぉぉ……!」
ひとしきり唸った俺は、嫌なことに気づく。
「あれ、大淀、時間になったら伺いますって……確認は、明日するってことか……? ま、待て待て待て……それじゃ間に合わんだろうが……!」
全身にじわりと汗が滲む。頭の中では呉の提督の怒鳴り声が響き出す。
「や、やばいやばい、考えろ……! お、大淀に電話しなおすか!? って番号が分からねえ……あいつどうやって掛けてきたんだ……! ほ、他になにか手は……」
こんなことになるなら、無駄にあがいたりせずに井之上さんに聞けば良かった……!
……うん? 井之上さん……? そうだ、井之上さんがいるじゃないか!
電話番号は分からないが、幸いにもこの鎮守府には井之上さんの所から来たらしいあきつ丸がいる! やはり天は俺を見放してはいなかったか……!
そうと決まれば早速あきつ丸を探さねば、と俺は勢いよく立ち上がり、また鎮守府を徘徊――じゃなかった。捜索に向かったのだった。