柱島泊地備忘録   作:まちた

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二十三話 作戦決行【艦娘side・大淀】

 柱島鎮守府、講堂。

 現在そこには、大規模遠征の主となる水雷戦隊の旗艦たちと、潜水艦隊の代表としてイムヤ、近海警備の主となる龍驤と夕立、提督とその補佐として長門と私が集まっている。

 みなの目元は少し赤く、任務に支障は無いだろうが、昨晩は眠れなかったのが窺えた。

 

「早朝からすまないな。本当ならば、数日はお前たちを休ませる名目で交流を図ってもらいたかったんだが」

 

 手元の書類を捲りながら言った提督に、第二艦隊旗艦の交代要員である天龍が腕を組みながら、

 

「気にすンなって! 俺たちは海に出てこそなんだからよ!」

 

 と声を上げた。

 隣にいた軽巡球磨にすかさず横っ腹を殴られていたが、提督は笑って話を続ける。

 

「気力が有り余っているようで、結構。頼りにしているぞ天龍。それに球磨も、よろしく頼む」

 

「了解クマ~。天龍のお守りはお姉ちゃんに任せるクマ」

 

「んだよお守りってよぉ!? 俺は旗艦だぞ!」

 

「五十鈴の後で、ね? 私たちが戻るまで大人しく駆逐艦と留守番しておくのよ」

 

「五十鈴まで……なんだよぉ……」

 

 これから大規模作戦が行われるとは到底思えない、軽い空気が講堂を包んでいた。

 そろそろ任務の話を進めていただかなければ、と私が口を開きかけた時、

 

「はーいはい、皆静かに。司令官が話を進められないでしょー?」

 

 イムヤが手をぱんぱんと叩く。すると、全員がすんなりと静かになった。

 わ、私の仕事が……ッ! と思った反面、私が初めて出会ったイムヤと、今のイムヤは別人じゃないのか、と疑ってしまいたくなるほどの変わりように驚く。

 全員がイムヤの注意にムッとした顔をしないことも、驚きの一つだった。

 もしも今、昨日出会ったばかりの状態であったのなら――誰一人として話は出来ないだろうし、提督の作戦指令など聞き入れはしなかっただろうに。

 

「この鎮守府において初めての仕事となるが、このようにばたつかせて本当に申し訳ない。だが、この局面を打開せねば先に行くことは不可能であることを、念頭に置いてほしい。では、改めて諸君らに任務を発令する――」

 

 昨晩、長門とあきつ丸、そして私の三人は中々泣き止むことが出来ず、結局、夜遅くまでお茶を挟んで提督に慰められるというとんでもない醜態をさらした。

 早く泣き止まねば提督を困らせると分かっていながらも、優しい声で「大丈夫だ。何かあれば私がいる」と言われてしまっては止めたばかりの涙が嬉しさにまた溢れてしまう……という繰り返しだった。

 最後には、それぞれが寮の部屋の前まで送ってもらうという非常にラッキーな――じゃなく、大変情けない結果で幕を閉じたのだった。

 

 私たちが無駄に手間をかけなければ、迅速に作戦をとりまとめ、提督は少しでも睡眠をとることが出来たであろう。しかし、翌朝になって私が執務室へお迎えにあがった時には既に提督はデスクに向かって執務を開始しておられたのだった。

 

 その際、デスクの上には執務室のキャビネットに詰め込まれていたらしい呉鎮守府や漁港等から取り寄せられたのであろう近海情報がうずたかく積み上げられており、妖精たちも寝ずの執務に徹していたのか、提督が講堂に向かおうと立ち上がるまでずっと慌ただしく動き回っていた。

 提督の手には、その際にまとめられた書類が数枚あり、周りには羅針盤を抱えた妖精たちがふわふわと浮いていた。

 

「――第一艦隊旗艦に、駆逐艦夕立。後方援護に軽空母龍驤。以下、江風、谷風の四隻にて哨戒にあたるように」

 

「っぽい!」

「了解や。ほんで、司令官、ちっとええか」

 

「なんだ、龍驤」

 

 噛みつくような語気ではなく、昨日と違って柔らかな声を紡ぐ龍驤。

 

「なんで旗艦だけを集めたんや? 通達やったら、皆おってもええんちゃうん?」

 

 提督は「もっともだな」と頷いて、意図を話した。

 

「本来ならばこういったやり方はするべきでは無いのかもしれんが、常々、私が指示を飛ばして動かすわけにはいかん。今回のように遠方……とはいえ、呉だが……すぐに対応できない場所へ出ている場合もある。その時、お前たち艦娘の連携が極めて重要となるだろう。それの練習――とでも思ってくれ」

 

 龍驤は提督の言葉を聞いて「さよか。練習なんか本番なんか……スパルタやなぁ」と笑った。

 

「そんなつもりは無いのだが……や、やはり全員に――」

 

 撤回しようとする提督を制したのは、夕立だった。

 

「皆がちゃんとお話しできるように、っぽい? なら、夕立は賛成っぽい!」

 

「そ、そうか? 頭ごなしにあれをこれをと言われるよりは、マシだろう、と……」

 

「頭ごなしに言うたりせぇへんのは昨日の〝プロポーズ〟でよぉ分かっとるから、気にせえへんのに」

 

「プロポ……?」

 

 これはいけない。私は大袈裟に「んん゛っ」と咳払いをして提督に続きを促す。

 

「っと……そうだ、第二艦隊は特殊な出撃方法となるので、気を付けてくれ。第一出撃に軽巡洋艦五十鈴を旗艦とし、以下、駆逐艦秋雲、朝霜、清霜の四隻。資材を確保して帰投後、旗艦を軽巡洋艦天龍へ移行。以下、駆逐艦暁、電、雷の四隻に再編成し出撃せよ。各艦隊に補佐として妖精を同行させるので、しっかりと活用するように」

 

「了解したわ」

「おう、任せろ!」

 

「うむ、期待している。そして第三艦隊は旗艦を軽巡洋艦球磨、以下、駆逐艦白露、陽炎、不知火とし、指定海域で資材を確保したのち、帰投して鎮守府で本作戦が終了するまで待機とする。第四艦隊は旗艦を伊号潜水艦百六十八号、以下、伊八、伊二十六、伊四十七、伊五十八とする。お前たちは呉に向かう私と長門、大淀の航路と被る形となるが、その途中で資材があることが予測される。恐らくは……海底の資源回収となるだろう。出来る限り迅速に回収し、速やかに鎮守府に帰投してくれ」

 

「伊号潜水艦の本領発揮ね」

「クマ~」

 

 書類を睨みながら話す提督に、全員が返事する。

 海底資源の回収――というのが妙だが、何かお考えがあるに違いない。

 

 朝方に迎えにいったとき、提督は妖精とともに海図の上にいくつもの印をつけていた。そのうちの一つが第四艦隊の向かう先であったことから、特殊な資材である可能性もある。

 特殊な資材と言えば、工作艦明石にしか扱えない『ネジ』というものだ。装備改修用の素材らしく、それを用いれば既存兵装の能力を底上げできると聞いたことがある。この鎮守府に来ている明石がそれを可能としているかは、分からないが。

 

「大淀と長門は、昨夜言った通り、私が呉鎮守府を訪問するのに同行してもらう。では……」

 

 提督は講堂の壁にかけられている時計を見て、数秒のち。

 

「……マルナナヒトロク。現時刻をもって作戦開始とする」

 

 全員が一糸乱れぬ敬礼をし――作戦が開始された。

 

 

 

 遠征部隊は私や長門が思っていた数倍も早く集合し、提督が移動用の船に乗る前には全員が出撃していたのだった。

 近海警備の後方支援として残った龍驤だけが、私たちの見送りをと穏やかな海の上でひらひらと手を振る。

 

 今日は、とても爽やかな快晴だ。

 

「鎮守府はうちらに任しとき」

 

「頼んだぞ。では、行ってく――あ、あぁ、そうだ、龍驤!」

 

 長門も私も艤装は展開しておらず、燃料を無駄にしないようにと提督と同じ船に乗っている。

 船はゆったりとした速度で鎮守府から離れていく。

 提督は離れていく龍驤に向かって声を張り上げた。

 

「お前たちは連絡を取り合えるだろう! 鎮守府で待機している艦娘たちの統率を頼む! バタバタしてて本当にすまん!」

 

「お、おー! 了解や! っくく……なんや、バケモンか思たら、えらい人間臭さ出してくるやんけ……司令官! 帰ったら何が食べたいんや! 間宮と伊良湖に伝えといたる!」

 

「食べたいものぉ!? あ、あー……! お前たちの好きなもので頼む! お前たちが食いたいものを、私にも教えてくれ!」

 

「はいよー! ほななー!」

 

 移動用の漁船に乗ったその日に見つけた自動操舵装置を起動して操舵室から出た私は驚いた。提督の横にいた長門も苦笑しながら、信じられるか? とでも言うように私に振り返る。

 提督に声を掛けられた龍驤が、快晴に負けないくらいの笑みを浮かべていた。

 

 

 それから、特に変わったことも無く呉鎮守府へ向けて航行を続けること数十分。

 倉橋島と呉の境を通る方が目的地に近いのだが、提督の指示によって大きく迂回するルートを進んでいた。

 出発して数分くらいした頃に、操舵室にある小さな海図を見て言う私に、提督は「広島港から回る航路で頼む。少しでも時間が欲しい」と言った。提督の考案した作戦に必要なことであればと了承したのだけれど、何故か提督は護衛にも使えそうな潜水艦隊には倉橋島の方面へ回るように指示しろと言うのだった。

 

「提督、本当によろしいのですか……? この近海で深海棲艦の目撃情報が無いとは言え、護衛艦隊も無しに……」

 

「ここには大淀もいるし、何よりビッグセブンがいるのだ。何を心配することがある」

 

 その言葉に、口を開くことが無かった長門が反応を示した。

 

「そっ、そうか……? いや、そうだな! この長門がいれば深海棲艦など問題無い。全て吹き飛ばしてみせよう」

 

「長門さん、私たちの進行方向は広島港ですから、冗談でも砲撃戦はしないでください」

 

 市街地の近い海で砲撃戦なんて行われたら、深海棲艦の被害どころの騒ぎじゃなくなってしまう。何より一般市民の目や耳に近い場所で戦闘行為は出来る限り避けたいところだ。

 私に咎められた長門は困った顔で「で、ではどのように提督を守ればいいのだ!? 拳か!?」と訳の分からないことを言っていたが、提督の「いるだけで安心という意味だ」という一声で、再び黙り込んでしまうことになるのだった。

 

 

* * *

 

 

 広島港へ向けてゆったり進むなか、私は無線付眼鏡を起動させて異常はないか確認する。

 船が大きく揺れないように注意しながら、通信範囲を広げるために一部艤装を展開すると、提督は興味深そうに私を見る。

 

「――……こちら大淀。各艦隊、状況報告を」

 

《ザザッ……ザッ……こちら第四艦隊イムヤ。問題無しよ。もう少ししたら海峡部が見えてくるってところね》

 

《資源がある様子は無いでち。もう少し先かなぁ》

 

《まだ、何も見えないから……海峡の付近で、探すね》

 

「了解。以降、異常があればすぐにこちらに知らせるようにしてください」

 

《了解でち! あ、大淀さん、提督は? お話し出来る?》

 

「……ゴーヤさん、今は任務中で――」

 

《ちょぉっとだけでちぃ! ゴーヤじゃなくて、イムヤが話したがってるの!》

 

《なっ、ちょ、やめてよゴーヤ! さっき提督と作戦通達でお会いしたから……!》

 

《イムヤ、遠慮してちゃダメでち! 昨日のお話を聞かせたのは大淀さんなんだから、提督とお話ししたがってる娘はたっくさんいるはずなんでち! ね、大淀さん?》

 

「っぐ……い、痛いところを……あ、あの時は……その、長門さんやあきつ丸さんに提督の本当のお姿を知っていただきたく繋げただけで、皆さんに繋げるつもりは……って、だから今は任務中ですから! 帰ってからにしてください!」

 

 提督に聞かれないよう小声でこそこそと言うと、ゴーヤの不満そうな声が無線越しに聞こえた。

 

《ぶー……大淀さんずるいでち。後で明石さんに言いつけるでち》

 

「なんで明石に言うんです!?」

 

《明石さんくらい大暴れ出来る人なら大淀さんも困ると思ったでち》

 

「的確な選択をッ……! も、もう切りますからね、他の艦隊の様子も聞かなきゃいけないんですから……!」

 

《あ、あはは……ごめんね大淀さん。それじゃ、引き続き警戒しながら進むわ》

 

「了解です。……はぁ」

 

 一艦隊から報告を受けるのにこれである。

 

 昨夜、提督と元帥がお話ししているのを長門とあきつ丸だけに共有していたはずが、状況から起きた手違いで全艦娘につなげてしまっていたようなのだ。もちろん、元帥と提督の話を盗聴していたなどと知られてしまえば私どころか艦娘全員の信用にかかわる。

 言葉を交わさずとも〝知っているけれど、話さない〟という現状なのである。

 話さないというよりは、話せないのだけれど。

 

 昨夜の通話があってからか、総員起こしから作戦発令までの艦娘たちの雰囲気は欠陥品として捨てられたという陰鬱なものでは無く、とても柔らかなものだった。気まずくもあったけれど、それは私が悪い。い、いや、長門やあきつ丸も悪い。

 私は最初、盗み聞きするつもりなんて無かったし、初めにやれと言ったのはあきつ丸で、賛同したのは長門だから私はそこまで悪くない。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけしか悪くない。

 

「大淀。各艦隊の様子はどうだ」

 

「ひゃいぃっ!? い、今確認しています!」

 

「おぉっ!? す、すまん、いきなり声をかけてしまって……」

 

 背後から提督に声をかけられた私は、危うく飛び上がって船から落ちてしまうところだった。

 艦娘が船から落ちて溺れるなんて笑えない冗談である。

 

「いえ、すみません……ちょっと驚いただけですから……んんっ。第二、第三艦隊、報告を」

 

 無線付眼鏡に触れて遠くを見つめながら言う。

 

《ザッ……こちら第二艦隊五十鈴。問題無いわ。浪良し、天気良し、敵影も無し。ま、近海なんだから当たり前なんだけどね。このまま航行を続けるわ》

 

「了解しました。第三艦隊は――」

 

《……クマー……ザザッ……あれ――ザザッ……通信悪いクマね……おーザザ……い、聞こえるかクマー?》

 

「球磨さん? 大丈夫ですか?」

 

《ザザァッ……くぬっ、くぬぅっ……あ、あー、あー。聞こえるクマ?》

 

「はい、聞こえますよ。何か問題が?」

 

《あー……すまんクマ。こりゃ整備されてなかった球磨のが悪かっただけクマ。問題は特にないクマ》

 

「……戻ったら一度明石のところで見てもらってくださいね」

 

《了解クマ。昨日のうちに見てもらうべきだったクマ……》

 

「昨日は忙しかったですから……ただ、緊急通信は出来るようにしておいてくださいね」

 

《そりゃもちろんクマ。いざとなったら不知火も白露も陽炎もいるクマ。頼るときは素直に頼る、臨機応変なクマちゃんなんだクマ》

 

「了解しました。では、以降も警戒をよろしくお願いします」

 

 きちんと整備出来ていれば、と私も一瞬考えたものの、提督が艦載機を開発した時点で資材が無いと発覚したため、たとえ整備するにしても遠征部隊全員は難しかっただろう。その時点で艤装に不備があるかどうかと確認しなかったのは提督の落ち度ではなく、私たち艦娘個人個人の問題だ。

 提督に球磨の通信があまり良くないと伝えるのも仕事のうちだが、そのまま伝えれば、提督のことだ、きっとご自分を責めてしまいかねない。

 

 私は言葉を選び、提督に言う。

 

「提督。第二から第四艦隊まで異常無しです。第三艦隊の球磨も一時通信不良が起こっていた様子ですが、現在は復旧しています」

 

「……ふむ。通信不良か……大丈夫そうか?」

 

 眉をひそめる提督に頷く。

 

「問題ありません。こちらでも密に連絡し、再度異常があれば即時撤退の指示も出せますので」

 

「そうか、分かった。……やはり大淀を連れてきて正解だった」

 

 ふぅ、と息をつき笑みを浮かべる提督。

 お役に立てるのならば、この程度とは言わずどのような状況でも御呼びいただければ即座に対応するというのに。部下へも気遣いし、感謝を忘れないとは良くできた上司である。あなたから一言命令いただければ、私はどのようなことでも――

 

「…ど……大淀? 大丈夫か?」

 

 ――っは……あ、危ない……提督の笑みを焼き付けるので頭がいっぱいになっていた……。

 

「も、問題ありません。いま、近海警備の方へも確認を」

 

「うむ」

 

「……こちら大淀。第一艦隊、応答せよ」

 

《……ザッ……ザザッ……っぽい! 繋がってるっぽい! こちら夕立、問題ないっぽい!》

 

「夕立さん、今はどちらを航行中ですか?」

 

《柱島南方、長島西方の沖合っぽい。 このまま東に向かって一周するっぽい!》

 

「了解しました。また報告をお願いします」

 

《はーいっ》

 

「次は……龍驤さん。聞こえますか?」

 

《はいはい。聞こえてんで。いっやぁすごいな彩雲! しかも妖精付きや! 発艦からぴゅぅーっと、すぐに機影が消えてもうた! それに索敵範囲もダンチや、ダンチ! っははは、ウミネコも吃驚して逃げよるわ!》

 

 随分とハイテンションの龍驤は、どうやら早速艦載機に妖精を乗せて飛ばしたようだ。

 共鳴出来れば相当の戦力となるが、口振りからするに共鳴も発艦も問題無く行えたのだろう。

 

「それは良かったです。それで、何かありましたか?」

 

《いんや、特に何も無しやな。でも司令官の言うことや、何があるかわかれへんからしっかり見とるで。第一艦隊の支援も上空索敵も任せとき。何かあったらすぐに言うわ》

 

「了解しました。ではまたのちほど――」

 

 すっと眼鏡から指を離し「全艦隊、異常ありません」と伝えると、提督は「そうか」と安堵したように海を見た。

 と、そこで長門から声がかかる。

 

「……むっ。そういえば上着は替えなかったのか。見慣れてしまって今気づいたぞ」

 

「あ、そうだな……やってしまった……」

 

「これから訪問なのだから、それではいかんぞ提督。呉鎮守府に行く前に、汚れを落とせるような場所でも――」

 

 長門に言われてようやく、私も提督の軍服がまだ血で汚れていることに気づく。

 出会った当初からずっとそのままだったために薄れた違和感とは対照的に、血痕は若干茶色に変色をはじめている。長門の言う通り、少しでも汚れを落としておいた方が良いだろうと賛同する。

 

「応急処置にはなりますが、呉についたら商店を探して洗剤かなにかで落としましょうか」

 

「それが良いだろう。我々の長が汚れたままというのもな」

 

 私と長門の会話に、提督は「仕事のことばかり目が行って、疎かになっていたな……そうだ。ついでに朝飯でも食おうか」と言った。

 

「す、すぐに向かわなくてもよろしいのですか? そんな、食事なんて……」

 

 という私に対して、提督は表情をかたくして、

 

「構わん。もう少し、時間をかけたい」

 

 と至極真面目な声音で言う。

 先程もそうだったが、提督は呉鎮守府に向かう時間をどうにかして遅らせようとしている。

 

 私と同じ疑問を抱いているのか、長門も訝し気に提督を見るのだが――

 

「……提督が言うのなら、従おう」

 

 明らかにおかしな提案を承諾する。

 私が眉間にしわを寄せて首を傾げた時、その疑問はあっさりと解決したのだが。

 

 

 

 

《ザッ……ザザッ――》

 

「っ……?」

 

 通信? それも、遠征艦隊……からじゃない……?

 

《――ザッ……こちら、あきつ丸。聞こえますかな、大淀殿》

 

「あきつ丸さ――ッ……!?」

 

《おっと、どうかお静かに、そのままで。いやはや、流石に総員起こしからの即出撃は目が覚めますなぁ……。大淀殿。少佐殿にお伝えいただきたいのでありますが》

 

「……」

 

 あきつ丸がどうして通信を……? と思いつつも、見られていないのに頷く私。

 

《こちら問題無し。このまま任務を続行す、と。自分の裁量に任せると仰られたので、同行する艦娘は川内殿にしております、とも》

 

 やはり、遅らせているのは何らかの意図があったのか。

 視認できる範囲では海上には私たち以外いないが、それでも念には念を入れて、提督に近寄り、とんとん、と肩を叩き、振り返った提督の耳元へ囁く。漁船のエンジン音や波の音を考えれば、長門にさえ聞こえないはず。

 

「揚陸艦あきつ丸より、軽巡洋艦川内を連れて任務を続行すると通信が。現状に問題無しとのことです」

 

「……ふむ。それは何よりだ」

 

 詳しく話さないのには、理由がある。あきつ丸が川内を連れて任務にあたっている時点で、予測はできてしまうのだが――提督は徹底的な安全主義なのだろう。

 

《いやはや、出てくるわ出てくるわ……目も当てられませんな。それで大淀殿、第四艦隊の現在地を教えられたし》

 

「第四艦隊は現在、海峡部の付近にいるとのことです」

 

《なんと、時間ぴったりとは恐れ入った。もう、海軍など、とは口が裂けても言えないでありますな。それでは、動きがあればまたこちらから。――呉で会いましょう》

 

「あ、待っ……! 切れた……」

 

 

 

 あっという間に通信は切れ、釈然としないまま、私たちは広島港へと差し掛かる。

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