柱島泊地備忘録   作:まちた

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二十八話 資材②【艦娘side・天龍】

 天龍型軽巡洋艦一番艦、天龍。

 彼女は自らを「世界水準を超えた艦娘」と言う。

 

 しかし実態は旧型も旧型であり、速力は陽炎型駆逐艦にさえ劣る。燃料、弾薬消費ともに少ないとも言い切れず、使いどころに困る艦娘として疎まれてきた。

 さらに理由が一つ、それは彼女の戦闘方法であった。

 

「複縦陣だ! 暁、しっかりまとめろ!」

 

「わかったわ!」

 

 資材を確保した第三艦隊の球磨たちと入れ替わりに交戦となった、新編成の増援艦隊たる天龍は、あろうことか先頭を切って海を駆け抜け、暁に残り三隻の味方を押し付けるかのように言う。

 暁は何故、などと問うことなくそれを引き受け、暁、電を先頭にして、その後ろに雷、響の順で隊列を組み天龍の背を追う。

 

「砲撃戦、始めっ」

 

「はいなのですっ」

 

 暁の掛け声を皮切りに、どん、どん、と砲撃音が鳴る。駆逐艦の装備した十二.七センチ連装砲は敵艦隊に対してあまりに弱弱しく、牽制になりうるか否かという程度の豆鉄砲に等しい攻撃だった。

 これが過去、艦だった頃ならば相当の痛手を負わせることは可能だったかもしれないが、今や当たれど軽微の損傷しか与えられず、敵艦は突っ込んでくる天龍の無茶も相まって〝破れかぶれの戦法なのだ〟と誤認させるに至る。

 

「ッラァァ!」

 

 先陣を切って突っ込んだ天龍の兵装に砲は無かった。

 薄い装甲をぺしゃんこにしてしまえと敵艦が飽和的に放つ砲弾に真正面から突っ込んで行く様は、狂気という他無い。

 

 これぞ、天龍が疎まれる最大の理由であった。

 

 無茶をせずに勝てようが、彼女にそんなものは関係無く、眼帯をしていない片方の目で捉えた敵を必ず〝切り捨てる〟という戦法。否、戦法と呼ぶことも烏滸がましい。しかし彼女にとっては立派な戦闘法の一つであり――

 

「しっかり狙えよ――なぁ!」

 

 ――誰にも真似できない、唯一のものであるのだった。

 天龍は砲撃を紙一重で回避しながら、距離をどんどん詰めていく。

 

 

 球磨たちとすれ違ってものの数分。

 まだ背後に姿が視認できるほどの距離であった故に、敵艦隊の選択は間違っていなかった。軽巡洋艦を先頭にして、単横陣となって一斉砲撃を加えるその行為。

 幅を広くとり砲弾を放つことは、単純に射線を増やすことであり、回避の余地を潰すことだ。

 こうなってしまえばいくら歴戦の艦娘とて手を焼く。

 夾叉の余波を回避して機動力を落とさないことを念頭に置くならば、大袈裟に動いて次の砲撃に対し調整を求めるような位置を取ればいい。それよりも先手を取るならば夾叉から次弾の発射までの間に相手の位置からこちらの弾道を計算し砲撃すればいい。

 深海棲艦が馬鹿では無いと言われるのはこのためだ。奴らは〝選択を作る〟ことが出来る。言うなれば、その選択によって相手の行動を制限させるほどの知能を持つ。

 

 並いる艦娘ならばこの選択を与えられたとき、制限されてしまったと考えず、どちらかを取って戦闘を続けるだろう。圧勝、辛勝、どちらにせよ艦娘には深海棲艦を上回るだけの性能があるのだから、力で押し、技術で対応すれば問題無いと言っていい。

 

 しかし、天龍は違う。背後で全速航行を続け離れ行く球磨も、随伴艦である暁たちも知っていた。

 

 天龍には能力が無い。

 駆逐艦に劣る速力。数ある軽巡の中でも旧型とされ、同じ旧型と言われている軽空母鳳翔のような戦闘を教え授ける能力も無い。燃費も軽巡洋艦として標準も標準で、弾薬消費も特筆して少ないというわけでもない。誤差レベルの使いやすさ、程度である。

 

 だが、柱島鎮守府に着任した彼女には圧倒的な戦闘センスがあった。

 

 苛烈極まる戦場を駆け抜ける精神力。何が危険で、何が安全であるかを瞬時に見極める判断力。艦娘となって最初に覚えることは何か、と惑う艦娘が多い中で彼女は自らの身体の動かし方を一番に覚えた。上から下から、首がどこまで動くのか、腕がどこまで曲がるのか、足はどこまで衝撃に耐えるのか。

 彼女が砲撃に拘らず戦う所以でもあった。いつの頃か、柱島に着任したのとは同型なれど違う存在である工作艦と、ある兵装実験軽巡に作成してもらった〝刀〟という艦娘にあるまじき近接戦闘兵装は、そんな彼女にぴったりであると、長年の戦友である球磨は言う。

 

「彼女、大丈夫なの……!?」

 

 ずるずると海上を行く陸奥が心配そうに問えば、球磨は痛みに歪んだ顔で笑って言った。

 

「問題無いクマ。あいつも、今の陸奥みたいに結界の中を生き残った奴クマ。それに、アレの怖さは――破損してから、クマ」

 

「それ、って……!」

 

 刹那、海上に一際すさまじい轟音と黒煙が上がった。

 陸奥が再度首をひねって背後を見れば、そこには――変わらず敵の砲弾を牽制し続ける暁たち第六駆逐隊の姿と、轟音から巻き上がる黒煙にのみ込まれていく天龍の姿。

 

 やっぱり、と唇を噛む陸奥の目に映った次の姿は――黒煙を突き抜けて飛び出した〝戦神〟が如き艦娘。

 

「硝煙の匂いが最高だなァ……――オイッ!」

 

 球磨は姿も見ず、空を切り裂くような声を聞いてくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「普段は馬鹿だけど、戦場のあいつはなめちゃいかんクマ。砲弾の雨が降ろうが、機銃掃射されようが、仮に片目が潰れようが……周りに誰もいなくなったとしても、あいつだけは絶対に戦い続けるクマ」

 

 ――天龍型軽巡洋艦一番艦が欠陥品たる理由の最たるところは、決して消えない闘争心である。

 球磨たちが離れ、天龍たち増援艦隊の姿が霞む頃には、陸奥の表情は信頼へと傾いているのだった。

 

「天龍さん、右舷に駆逐一隻回り込んだのですっ! こちら、引き受けるのですっ!」

 

「頼むぜ電ァッ! こっちゃあ軽巡同士で仲良くやっからよ!」

 

「了解なのですっ」

 

 絶え間ない砲撃音が鳴り響く。一つ、二つと死が近づいてくるような感覚。

 

 天龍は武者震いしながら、やっとのことで警戒し始めた敵軽巡めがけて駆けていく。

 隊列を崩しながらも駆逐を盾に後退しようとする敵軽巡との距離を詰めながら、天龍は猛る。

 

「構えんのが遅いぜ! オラァッ!」

 

 その言葉通り、敵軽巡が砲身を向けた時には、既に天龍の姿は眼前に迫っており、

 

「――オレの名は天龍、フフフ、怖いか?」

 

 工作艦明石や兵装実験軽巡夕張という全ての艦娘の装備を修理、改修出来る二人から作られた刀は硬度、しなりといった全てが日本刀に酷似している。耐久度に至っては比にならず、その切れ味は――

 

「ガッ……ァ……アァアアァァアァ――……」

 

 ――艦の装甲をバターのように両断する。

 爆炎も、轟音も上がらない異様極まる戦闘法。欠陥品などではなく――誰も彼女を扱いきれなかったという真実。

 

 

* * *

 

 

 戦闘そのものは、あっという間に幕切れとなった。

 第六駆逐隊の正確無比な砲撃によって単横陣でばらまかれた砲弾はことごとく防がれ、逸らされ、例外的に防げなかった砲弾は天龍がその身に受け、盾となって防いだことにより、第六駆逐隊は無傷だった。

 その代わりに、天龍は――

 

「このオレがここまで剥かれるとはな…いい腕じゃねぇか、褒めてやるよ」

 

 ――大破である。

 

「よし……周囲に敵の反応なし……さぁ、早く戻ろう」

 

「天龍さん、大丈夫? 私たちが支えるわ」

 

「入渠ドックに急ぐのです」

 

 響が言うと、電と雷が天龍の両脇からひょこんと顔を出し、腕を取った。

 

「お、おぉ? 悪ぃな、いつも」

 

 振り払うでもなく、笑って二人の首に腕を回して素直に支えられながら反転し、鎮守府へ向けて航行を始める天龍。その姿を見て、暁だけ涙ぐみながら「あんな戦いかた、レディーなんかじゃないったら」と呟きプンスカと頬を膨らませる。

 

「いいじゃねえか、どうだって。敵艦隊は全滅、オレたちも生き残って作戦も成功。泣くこたあ無いだろー?」

 

 暁を筆頭とする第六駆逐隊も、球磨や天龍と同じ鎮守府からの異動である。故に、彼女達はいつも天龍とともにあった。

 

「暁たちだって強くなったんだから! 天龍さんに、頼らなくたって……ッ!」

 

 第六駆逐隊は、然る潜水艦隊と同じく遠征で酷使されてきた艦娘である。天龍はその旗艦であり、彼女たちについて様々な海域へ赴いた。

 時には資源海域に出現した深海棲艦との戦闘で窮地に陥ったこともある。その時、常に前に出て身を盾に戦ったのは、第六駆逐隊の誰でも無く、天龍だった。

 

「別に頼られなくてもオレは戦ってたっての。艦娘は戦ってなんぼなんだからよ! それにな、また旗艦になれて嬉しくってよぉ」

 

 へへ、と笑った天龍の背後に回り、艤装を支えるように持った暁は「……ありがと」と涙声で言って、それきり口を開かなかった。

 

「……今度は守ってやりてぇんだよ」

 

 ぽつりと言った天龍の声に、場は静寂に包まれた。

 

 彼女もまた――同型艦である妹を失った、艦娘の一人。

 正確には、天龍の妹分であるもう一人の艦娘は別の鎮守府に異動となった。詳しく聞こうにも、天龍ちゃんに心配をかけたくないの、と言い張って最後まで教えてくれなかった艦娘は、別れの言葉も無いままにどこかの鎮守府へ異動していったのである。

 天龍と同じく遠征に酷使された妹もまた、駆逐艦を守るために全力で戦う天龍に劣らない戦意の持ち主だった。故に、扱いきれない前提督に欠陥品と呼ばれて捨てられた。

 

「それに、ほら、守れたじゃねえか! あれ見たかよ! 超弩級戦艦の陸奥! でっけぇし、かっこいいし……すげぇよなぁ!」

 

「しかも柱島の海域で救われるってよ、なんつうか、ほら、運命っていうのか? くっせぇと思うけど、なんか……運命を変えられたって思わねえか! だろ!?」

 

 興奮気味に口にした天龍に、全員が頷く。

 柱島――戦艦陸奥が沈没した海で、今度はサルベージに成功した。その事実は何よりも天龍に活力を与えるのだった。

 

「あーあ、これならもっと早く、提督に会ってりゃ、さ……」

 

 尻すぼみになった言葉。それからまた、静寂――にはならず。全艦隊に走るノイズ音。

 

《ザッ……ザ……こちら潜水艦隊イムヤ! 現在地は呉と倉橋の海峡部――》

 

「定期報告なのです?」

 

「だろうね。提督は呉鎮守府に到着した頃だろうから」

 

「呉鎮守府に行くのに、何で潜水艦隊を近くの海域に派遣したのかしら?」

 

「私には分からないな。暁なら何を理由に派遣する?」

 

「わっ、私に聞かないでよぅ! んー……護衛?」

 

「護衛なら一緒に行くはずだけど、提督は途中で宇品に寄ってるから違うんじゃないかな」

 

「うー……! わかんないわよぅ! 暁に聞かないでっ」

 

「あーあー、喧嘩すんじゃねえって……」

 

 ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた周りを宥める天龍。

 海域は既に結界が消え、穏やかな波と快晴を取り戻していた。

 

《資源を確保したわ! ギリギリだけど、応急修理要員が大活躍ね! さっすが司令官!》

 

「んぁ? 資源に応急修理要員って、どういう……もう一隻いたのか」

 

 天龍の疑問が晴れる前に、通信は続けられる。今度は、あきつ丸からだった。

 

《こちらあきつ丸――少佐殿には未来でも見えているのでありましょうかね? っくく、まぁ、冗談……とも言えないでありますが……こちらも少佐殿と合流したであります。現在は、大淀殿、長門殿、自分と川内殿で大詰めでありますよ》

 

《こちら龍驤。その他周辺海域に異常無しや。ま、番犬がぐるぐるしとったらやっこさんもいったん退避するやろ……。っと、それと、夕飯は焼き魚定食になりそうや。また〝あの飯が食べたい〟ゆうて鎮守府待機組は満場一致やて》

 

《おぉ、良いですな。それで龍驤殿、五十鈴殿が接敵した件についてでありますが、彩雲を使っても発見が一歩遅れ――》

 

《だぁああ! やめえやあきつ丸ッ! 司令官が聞いとったらどないすんねん!?》

 

《あっはっはっは! 聞いておりませんよ。少佐殿は遠征について全て艦娘に一任すると仰っておりますので、ご安心を。それよりも――》

 

「……賑やかな奴らだなぁ」

 

 天龍が笑うと、安心感のある掛け合いを聞いた第六駆逐隊の面々もいくらか表情を緩めた。

 

《――陸奥殿のサルベージは大淀殿から聞いておりましたが、その他の資材は聞いておりませんな。五十鈴殿の方ではまだ報告がありませんが》

 

《ザッ……ザザザッ……こちら五十鈴。ちょっと! これ、帰ったら絶対に提督に文句言うからね! 絶対! 絶対よ!》

 

「おっ」

 

 通信を聞きながら航行を続ける増援艦隊の耳に、現状が伝えられる。

 あまりに荒唐無稽と思える戦況が。

 

《ついてきた妖精さんの殆どが対潜仕様なの、おっかしいと思ったのよ……敵の補給艦で補給〝させた〟のも、これが目的だったなんて……あーもう、疲れた……》

 

《こちらあきつ丸。五十鈴殿、資材は……》

 

《資材はあったわよ! 文字通りの! 資材が! しかも補給艦でね! あー、なんてありがたいのかしら! そのあとの! 何十隻も領海に侵入しようとした潜水艦隊がいなけりゃね!?》

 

《ひぇっ……!?》

 

《多分だけど、四国の門になってるあの無人海域を拠点にしようとしたのね。っていうか提督はどうやって侵入に気づいたのよ! もう東シナ海抜けかけたところまで潜水艦隊が迫ってて、焦ったったら……今度は通信しようと思ったのに、無理よあんなの……はぁ》

 

「……」

 

 天龍は笑う。高らかに、涙を目尻に浮かべて。

 

「あ、っはは……はっはっはっは!」

 

「て、天龍さん!? か、身体が痛んじゃうのですっ」

「気が抜けるような会話なのは分かるけど、無理しないで」

 

 響と電に「わ、わりぃわりぃ」と、まだ襲い来る笑いの波に耐えながら空を仰ぐ。

 

「ほんっと、もっと早くに提督に会いたかったぜ……ったくよぉ」

 

《秋雲はいきなり絵を描き始めるし……あんたも帰ったら提督に報告してやるからね。清霜と朝霜を見習いなさいな。二人はしっかり戦ってたんだから》

 

《エ、エェェッ!? 勘弁してくださいよぉ! ほ、ほら、これは、あれです、あれ。そのぉ……戦闘、記録……? 今度はちゃんと見入りつつも、描けました! 戦闘も一応参加しました!》

 

《それっぽい理由でもダメよ。爆雷いくつか放っただけでしょ、あんた》

 

《……五十鈴さんをかっこよく描いたんですが》

 

《ぐっ……だ、ダメよ》

 

《五十鈴姉さんの戦い方を思い出せる良い絵っちゃあ、良い絵だけどな。あたしらは戦闘経験が多いわけじゃないし、今回は五十鈴姉さんがいたから何とかって感じだったしさ。なぁ秋雲、それくれよ》

《戦艦になる前に、軽巡に進化するのもいいかも! 五十鈴さんかっこよかった!》

《進化は出来ねェだろ……ま、戦力向上は狙えっかもな》

 

《……ほ、報告は以上よ。戦闘になった潜水艦隊も秋雲が描いてるから、報告書に記載しておくわ》

 

「五十鈴のやつ、丸め込まれてやんの」

 

 あらら、と雷が溜息をついている間にも、柱島鎮守府の影が遠くに見え始める。

 

《燃料確保の遠征じゃなくて、継続戦闘のための燃料補給でしたか。天龍さんは万が一の追撃支援艦隊だったと……んー……私も提督の思考にはまだまだ遠い、という所ですね……》

 

 大淀の声が頭に入り込む。天龍は「思考を読むとか、そもそも無理だろ」と洩らした。

 

 資材確保の遠征――戦艦陸奥のサルベージの為に方々へ遠征艦隊を派遣し、確実な発見のためリソースを割いている一見無駄ともとれる素人さえ出さない発令。

 その実、遠征などでは無く、瀬戸内海を埋めるかのように派遣された遠征艦隊一つ一つに、意味があった。夕立たち第一艦隊は近海警備で柱島鎮守府を守る要となり、機動力を以て周囲を走る。五十鈴たち第二艦隊は敵補給艦を撃沈し、その戦闘行為で消費した以上の資材を以て侵入を企んでいた多数の潜水艦隊を撃沈――狙いすましたかのような対潜兵装と先手必勝の動きに、奴らはなす術もなく撃沈されたことだろう。

 第三艦隊は当初の目標であった戦艦陸奥のサルベージを成功させ、天龍たち予備艦隊は増援として見事な勝利を収めるに至る。

 

 天龍の頭に、残る潜水艦隊も確実に仕事をしているはずだが、何を目的としたものなのだろう、という疑問が浮かんだ時、即座に解消される。

 

《応急修理要員を使ったら、一気に浮上しちゃって……これ、通信で言うべきかしら……》

 

《一応、報告を》

 

 大淀がイムヤにそう促すと、気まずそうに、声が紡がれた。

 

《多分、これも遠征で酷使された結果、って言えばいいのかな……燃料、弾薬、ともに枯渇状態、っぽくて……浮上は出来たから、もう大丈夫だけど、これ燃料をイムヤたちから移して曳航でもしてもらうの?》

 

 しばし、大淀の通信から《えー……と……》と口ごもった音声が流れてくる。

 

《現在提督は、山元大佐とお話をされておりまして……我々がどうすべきかの指示が……》

 

 どうやら既に提督は山元大佐と話し合いが始まっているらしい。ならば判断はあおげない、が、確保した資材をそのままにも出来ない膠着状態の様子。

 だが、一言だけ、大淀が迷いに迷って周囲の音声まで拾っていたのだろう、提督の声が聞こえた。

 

《ザ……――挨拶に伺うのが遅くなって申し訳ない。が、その前に聞きたいことがいくつかある》

 

《聞きたいこと? はて、元大将閣下が何を聞きたいのですかな。それに大勢の艦娘までつれて》

 

 明らかな挑発行為をしているのは、山元大佐だろう。それは全艦が理解出来た。

 

《どうにも、海軍から街へ物資を要求する行為があったと、ある市民から聞いたのだ。その事実確認をしたい》

 

《っは、何を聞くかと思えば……我々呉鎮守府は日本国を守る大義をもって艦隊指揮をしているのだ。貴様のようなぽっと出が噂話に振り回されるなど笑い話にもならん。そんな事実は――》

 

《あきつ丸》

 

《っは。こちらであります、少佐殿》

 

《なっ、それは……!?》

 

 音声のみで伝えられる提督の戦いは――

 

《報告と差異の激しい艦娘所属数。遠征で得られた資材の増減幅、取得海域と近隣を哨戒していたはずの通常艦船からの報告が違うようだが、これはどういう事だ。資料には通常艦船は憲兵が主となって運用しているもののようだが。そのほかにも、宇品、五日市、呉と港町に絞って物資を得ているようだな。食料のほか、金品も受け取っていると証言を得ている。まず、私と山元大佐が話すには――これらの問題を解決してからとは思わんか》

 

 ――やはり、一方的。

 

《そ、そんな証言、なんの証拠になるというのだ。食料や金品など大本営から送られてきているもの以外、この鎮守府には無いが? 正式な書類でも持ってこい。昨日のことは水に流してやろうと思っていたが――》

 

《失態は謝罪しよう。初日に挨拶に行くという職務に重要なことを失念していたのは私の落ち度だ。しかし、それとこれは別で……》

 

《我々は深海棲艦という化け物と戦争をしているのだ! 挨拶に伺うということがどれだけ重要なことなのか、貴様は今自らで言ったな? なぁ!? そうだ、連携が無ければ怪物に勝利など出来ないのだ! それを差し置いて重要なことなど他に――》

 

《ほう、連携が大事……提督たるもの、重要も重要だな。その通りだ。私も、そのように艦娘には指示している。手を取り合え、と》

 

 はっとした様子で、大淀の声が挟まれる。周囲の音と同時に拾われている提督や山元大佐の声と違い、直接艦娘同士で通信する時特有のはっきりとしたもので。

 

《……すみません、指示を得ようとしましたが、無意味でしたね。既に指示されていたことでした……大規模遠征艦隊の司令塔として、この大淀が曳航を許可します。柱島鎮守府に到着次第、すぐに入渠するようにお願いします》

《――同じく、戦艦長門も許可する。勝手なことをするなと叱責を受けるときは、私と大淀が前に出るさ》

 

 解決したか、と天龍たちが安堵するのと同じくして、向かう柱島に近づく。

 港には、明石と夕張が手を振ってるのが見えた。陸奥を入渠ドックに送った後なのか、球磨たちが手を振っているのも見える。

 二重三重の安堵が全身の鈍い痛みを消し去るかのようだった。

 

「やぁっと到着か……はぁぁ、さっさと入渠済ませて、次の出撃に備えっか」

 

「しばらくは休んで欲しいのです……天龍さん……」

「そうよ、雷たちも休みたいんだから」

 

「でもよぉ、身体がなまっちまうって……」

 

 港につき、艤装を背負った天龍は重そうに海から上がろうとするも、上手く力が入らず。

 それを後ろから支え、ぐっと艤装を押し上げたのは、響だった。

 

「っとぉ、わりい。ありがとよ」

 

「Всегда пожалуйста(どういたしまして)……私たちの仲じゃないか。気にしないで」

 

「……おう」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて、明石や夕張、球磨たちに「向こうも順調っぽいぜ」と一言紡いだ時、

 

《こちらゴーヤ! オッケーでち! 燃料、うまく移せるかなぁ……ね、ね、もうちょっとこっちに寄ってほしいでち!》

 

《あ、あらぁ……でもぉ……》

 

 天龍の足が止まる。

 

《許可が出たからいいんでち! あとはゴーヤが引っ張られるだけで、楽できるでち~!》

 

《ちょ、ちょっとゴーヤ! 任務中なんだから真面目に……!》

 

《ほらほら、任務を早く終わらせて、天龍さんに会わせた方がいいでち! イムヤも手伝って~!》

 

《もぉぉお! ゴーヤったらぁ……!》

 

《あらぁ、天龍ちゃんがいるのぉ? そう……そうなのねぇ……天龍ちゃんが迷惑かけてないかな~》

 

 痛む身体をひねり、振り返って、今来た海路を見た。遠く、見えるはずも無い向こう側を。

 

「こ、の声……嘘だろ、おい、提督……お前、これも見越してたって、知ってたって、ことかよ……!」

 

 明石や夕張は最初からずっと通信を聞いていたようで、呆れたような、それでいて、信頼した安心感をいっぱいに顔に浮かべて、腰に手を当てて、にっと笑った。

 

《初めましてぇ、じゃ、ないわよねぇ……聞いてるかしら、天龍ちゃん》

 

 天龍は崩れ落ちそうになりながら、耳の電探に組み込まれた通信機を起動させ、声を張り上げた。

 

《たっ……龍田!? なぁ、お前、あの、鎮守府にいた、龍田なのか!? オイッ!》

 

《きゃっ……もぉ、大声出さないで~? あの鎮守府って、どこのことかしらね~……私が知ってる天龍ちゃんは、駆逐艦の子たちを守る、かっこいい天龍ちゃんで、うるさくて、弄りがいがあって、ちょっぴり間抜けさんで……》

 

 言いながらも、向こう側の声が歪み、震えているのが伝わる。

 

《さよならって言いそびれちゃった、天龍ちゃんかしら~》

 

《っ……そ、うだよ……あぁ、そうだよッ! 龍田てめぇ、最後に挨拶も無しで出て行きやがって! オレは許してねぇからな! 帰ったら……帰ったら、ぜってぇ……ッ!》

 

 今度こそ、どしゃりと膝をつき、耳に手を当てた格好で、天龍は穏やかな海を見た。

 海面に陽光が当たり、宝石のように光って見えた。それだけじゃなく、日差しが目元で反射しているように滲んで見える。

 

《いっぱい、い~っぱい怒られてあげるから……あなたの提督を、私にも紹介してねぇ、天龍ちゃん》

 

《バカッ……オレの提督じゃねえよ……オレたちの、提督だろ》

 

《……うん》

 

 

 その声は、とても澄んでいて、目の前に広がる海のように綺麗だった。

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