柱島泊地備忘録   作:まちた

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三十一話 報告【艦娘side】

 柱島鎮守府――食堂。時刻、フタヒトサンマル。

 

「これが今後のローテっちゅうわけやな。ほいほい……」

 

「はい。明日一日を空けて明後日からだそうです。本当なら皆さんに声を掛けたかったところだ、とおっしゃっていましたが、流石にお休みいただきました」

 

「仕方ないだろう。昨日から丸一日、働きづめだったのだからな」

 

 私は提督から手渡されたローテーション表を全員に配り終え、やっとのことで席について食事を始めたところである。

 呉鎮守府から帰ってきた私は現在、全員に事の顛末を報告しているのだった。

 

「提督さんは、もう寝ちゃったっぽい……?」

 

 遅い時間だというのに食堂には殆どの艦娘が集まっており、食事を終えている者も提督の話を聞きたそうに私に視線を投げている。

 私の隣には夕立が座っており、そわそわと髪の毛をいじりながら提督の様子を問う。

 

「今の今まで執務をなさっていましたが、休む、と言った後、殆ど気絶するように、そのままお眠りになられて……驚きましたよ。本当なら部屋に戻って寝ていただきたかったんですが、今は執務室のソファーに」

 

 はぁ、と溜息を吐き出しながら、全員が食べたいと言ったらしい焼き魚定食にやっと手をつけつつ、その横にどっさりと積み上げられた書類を一枚手に取り、行儀が悪いと承知の上で話し続ける。

 

「食事をしながらの説明ですが、許してくださいね」

 

「いいっていいって、食いながらでよ。大淀もぐったりだしな」

 

「すみません……」

 

 天龍が頭の後ろで手を組んだ状態で、椅子に斜めに座りながら言うので、ありがたく味噌汁を一口啜った。あたたかな味が口内を満たし、こくりと飲み込むと、また自然と溜息が出た。

 天龍の横に座っている龍田は既に入渠を終えたようで、身綺麗な格好で姿勢正しく座り、ニコニコと微笑んで天龍を見ていた。

 

「呉鎮守府の大佐の息がかかった憲兵隊がこの柱島鎮守府に納める資材を色々と運び込むことになっていましたが、実際には資材の一部――というより、その大部分を呉鎮守府に運んでいたことを認め、その返却が行われました。燃料、鋼材、ボーキサイト、弾薬、それぞれ千七百です。呉鎮守府の山元勲大佐は即時更迭、現在は元帥閣下の指示で鹿屋(かのや)基地から一時的に人員を出向させて、鎮守府を維持するとのことです。鎮守府警備以外の出撃制限をかけられておりますので、我々柱島鎮守府の艦娘の警備地域を拡大し、対応します。宇品、五日市、呉に駐在している憲兵も関わっているということで明日には本格的な調査が行われるそうです。そ、れ、か、ら……えー……呉鎮守府の機能は維持されますが、制限は大きくかけられますので、その間に使われない資材は接収という形で、この鎮守府に運び込まれております。これによって資材の枯渇は完全に解決しましたので、ローテーションの遠征で得られる資材も考慮すれば、余裕を持った運営が可能でしょう」

 

 そこまで言ってから私は一度書類を置き、白ご飯を一口食べ、続いておひたしを食べる。咀嚼している間にも、方々から質問が上がり続けており、私はそちらを見て咳払い。どうぞ、という意味で。

 

「この場にいる全員が気になっていると思うのだが、貴様は途中で提督の話し合いの音声を切っただろう。どうして流さなかった?」

 

「機密事項に抵触する恐れが――」

 

「着任初日に元帥と提督の電話を盗聴した貴様がよく言えたな」

 

「んぐっ、けほっ! ごほっごほっ! そ、それは――!」

 

 ご飯が喉に詰まりかけて咳き込んでしまった……! 質問の主、重巡洋艦の那智の言う通りではあるのだけれど、本当に機密事項であったからとしか言えない……。あの後、すぐに他の駐屯地から憲兵隊が大勢やってきた上に、ばたばたと呉鎮守府をひっくり返す勢いで調査が行われたのだ。所属艦娘に対しての聞き取りや健康状態の検査も含め、蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだから。

 提督も憲兵隊に情報の出所を聞かれていたが、それについては「お前たちから漏洩したとは考えんのか?」という厳しすぎる皮肉で閉口し、聴取もされずに終わっていた。

 それ以外にも、提督の怒鳴り声を流すのは如何なものかという理由もあったが、どう答えたものか。焼き魚をつつきながら考えていると、離れた位置に座っていた川内とあきつ丸が代わりに返答してくれた。

 

「逆に、大淀に感謝しときなって思うけどなぁ? 私は」

 

「で、ありますなぁ……」

 

 二人は同時に足を組み、ぎし、と椅子を鳴らしながら身体を反らして背もたれに寄りかかる。

 那智が不服そうな顔で立ち上がり「どういう意味だ」と問えば、あきつ丸が腕組みして思い出すようにしながら話した。

 

「正直に言うでありますが……少佐殿の本気の怒鳴り声を聞いたら、歴戦の那智殿とて悲鳴を上げたでありましょう。自分も、初めて、こう……威圧と声だけで、喉を絞められた感覚を味わったでありますから」

 

「あ、はは……私も、夜戦させてよねー! とか言って和ませようとか考えてたけど、足が震えて声が出なかったよ」

 

 確かに、と深く頷いた私。あの場にいた神風と松風も食堂におり、私と同じようにこくこくと首を縦に振っていた。

 川内とあきつ丸に続いたのは、長門の声。陸奥は戦艦が故に入渠時間が長く、まだ入渠ドックで休んでいる最中である。

 

「間違っても怒らせるな、とだけ言っておこう。艦娘が提督に逆らえないとは言え、戦艦である私に対して暴力的に振舞えた大佐が拳一つで黙ったのだからな。その上、自ら腹を切るとまで言わせたのだぞ? 思い出しても信じられん」

 

 はぁぁ……と食堂全体に様々な意味を持っていそうな個々の声。そんな中で「で、でもっ」と可愛らしい高い声が上がった。本日付で仲間となった神風のものだ。

 

「司令官は、切り替えが早いお方、というか……帰る時は! 私や松風に、お腹は減ってないか? 何かしてほしいことはないか? って、いっぱい聞いてくださって……!」

 

「僕たちは艤装を使えば海を渡れるからって言っても、今は休んでいいんだって船に乗せてくれて……本当に、素晴らしい人だ」

 

 うんうん……と頷いていると、私の横から夕立の「お、大淀さん、頷きすぎっぽい……」と呆れ声。しかし提督の素晴らしさは否定できないのだから仕方がない。如何な悪事を働いていた山元大佐にも慈悲を向け、規律に反しない救いの手も考えていらっしゃったのだ。元帥閣下に直接繋いでしまうというあまりに極端で強引にも思える手ではあったけれど、理にはかなっている。軍の規律に反しないのであれば、その規律に反しているか否かの判断を下せる最高責任者を引っ張り出せばいい。それを地でいって成功させたのだから、とんでもない人、でもあるが。

 

「ままま、司令官がすごいっちゅうんは分かってんねんけどさ、結局大佐はどないなってん? 更迭や言うても相当の処分が待ってるやろ。ウチらんとこから資材パクって、街からもカツアゲやで? いくらなんでも、司令官が元帥閣下に繋いだところでどうにもならんところやろ」

 

 龍驤の言に全員が「あー……」と声を上げる。私は大分昔に、鎮守府へ配属になる前に一度だけ偶然に見かけたことのある海外のホームドラマのような反応だな、と朧げな記憶を思い出しながら言った。

 

「あぁ、それについて……報告の続きでもありますが、更迭された大佐は軍規に則って言えば処刑されてもおかしくありません。しかし提督は『培われたノウハウや知識を捨てるなど愚の骨頂』と言って止めたのです。それに……艦娘への謝罪の機会も与えてほしいと」

 

「はぁぁぁ……なんやそれ。そないな事で許されとったら、海軍は滅茶苦茶になるやんけ。艦娘らぁも会いたくないやろ、なぁ?」

 

 龍驤が長門に視線を投げる。長門は視線を受け、ゆるく首を横に振った。

 

「私や神風たちは謝罪を受け入れたよ」

 

「あぁ!? うっせやん……ええんかそれで……」

 

「本当の事を言えば、許せないさ……。陸奥や神風たちを轟沈させかけた事実は変わらんのだからな。しかし、もし私があそこで許さないと言って大佐を突っぱねれば――私はきっと、仄暗いものを胸に抱えて戦い続けねばならなくなる」

 

「……。それが怖い、っちゅうことか」

 

「少し違うな――私は全力で戦いたいのだ。胸を張って、前を見て戦いたい。だから、許した」

 

「っは、なんやそれ」

 

 龍驤がやれやれと言う風に頬杖をつく。食事を続けていた私は、助け船、とは呼べないかもしれないが、提督のお言葉を伝えねばと口を開く。

 

「――『過去は変えられん、故に我々は未来を変えるのだ』……と、提督は仰っていました。山元大佐はこれを聞いて目を覚ましたように、腹を切ると自分から言ったんですよ。あそこで許さないという選択も出来たのかもしれませんが、長門さんはきっと、それで未来を変えたのだと、私は思います」

 

「大淀……」

 

 長門に微笑みを向けたあと、私は空っぽになったご飯茶碗を持って立ち上がり、カウンターへ。間宮に茶碗を差し出すと「おかわり?」と聞かれたので「多めでお願いできますか……」と小声で返す。

 すぐに白米の小山となった茶碗が戻ってきて、それを受け取って席に戻ると、ちょびちょびと魚を口に入れながら、ごっそりと白米を口に入れ込む。はしたないが……今日は本当に疲れていて、空腹だったのだ。

 艦娘になって久しくなかった感覚に、私は戸惑いつつも嬉しさが勝っており、食事を存分に楽しみたかった。

 

 そんな食べっぷりに食事を終えたはずの夕立も「お、お腹減ってきたっぽいぃ……」と立ち上がり、カウンターへ。間宮に「おにぎり! おにぎり食べたいっぽい!」とねだり始める。

 間宮と伊良湖はくすくすと笑って「はいはい」と準備し始め、夕立はその様子を見ながら「わぁぁ……!」と声を上げた。

 

「驚きましたよ。小さな船で出て行った提督が、輸送船を連れて帰ってくるんですもの。ねぇ、加賀さん?」

 

「鎮守府の艦娘総出で搬入することになるとは思いませんでした」

 

 ずず、とお茶を啜りながら言う一航戦の二人。続けて、二航戦の二人も言う。

 

「資材以外にも、返却する予定だった街の人のお金とかぜーんぶ返したのに、逆に持って帰って欲しいって言われたんでしょ?」

 

「すっごかったよね、食料の量」

 

「ねー」

 

 提督はあの後、呉鎮守府に保管されていた様々なものの返却に奔走した。憲兵隊の一部にも手伝ってもらって三つの街に届けようとしたのだが、金品を返せば、同等かそれ以上の食料や雑貨、お礼の品などを貰って帰ることになったのである。

 結局、一度に持って帰れないが、何度も往復するわけにもいかないということで宇品港にある会社から輸送船を借り受けて運び込むことになったのだ。圧政から解放されたということもあってか、提督は一躍有名人になってしまった。

 

 別に有名人になることが悪いことではないし、私としては、私たちの提督が素晴らしい人であると周知されたことに喜びを感じている。しかし、なんというか、私が一番早くに出会ってその素晴らしさを知っているのだから――……私は何に嫉妬しているのだろう。い、いやいや、嫉妬じゃない。

 

「これでとりあえずの運営の目途は立ちました。明石も運び込まれた資材を見て目を輝かせていましたが、それがいつまで続くやら……といったところです」

 

 ふふ、と笑うと、潜水艦隊の旗艦であったイムヤが首を傾げた。

 

「それってどういうこと?」

 

「明後日から資材の調達に遠征に周っていただくじゃないですか? それで開発の余裕が生まれたので、一日に数度、開発を行うと提督から命令書が出ています。これもローテーションになっていて、レシピ? というものもありまして……私が見ても一目では分かりませんが、明石と妖精に見せれば分かるということで」

 

「何それ、見せて見せて?」

 

「どうぞ」

 

 イムヤは私のもとへ来ると、書類をじっと見つめる。

 

「最低値の開発を最低値、十、十、十、十……建造を三隻、三十、三十、三十、三十……? 次の日は、十、九十、九十、三十……ダメだ、分かんないや。っていうか、建造もするの?」

 

「えぇ。建造ドックも二つありますから、精力的に活動していく、との事です。なんと言いますか……艦隊運営から長年離れていたとは考えられないくらい、手際が良すぎると言いますか……」

 

「確かに……司令官ってさ、ほら、そのー……六年もさ、ほら、ね? なのに何でこんな命令書をすぐに作れたんだろう」

 

「そのことについてだが」

 

 長門が腕組みをして、食堂を見渡しながら話す。

 

「提督はもしかしたら――もしかしたら、だぞ。憶測の域は出ないが、過去に実行されたいくつもの大規模作戦に関わっている可能性がある」

 

 全員黙り込み、カウンターでおにぎりを握っていた間宮や伊良湖、夕立も長門を見て固まった。

 

「な、長門さん、それは言ってもいいのでしょうか」

 

「我々の中で共有するだけならば問題無いだろう。提督のことだ、いずれ話してくれるかもしれんとは言え、全員が気になっていることではないか? 大淀もな」

 

「そ、れは……まぁ……」

 

 長門は呉鎮守府に行っている時の記憶を掘り返すように唸りながら言う。

 

「基地航空隊開設作戦、友軍救援作戦……秘匿名『光』作戦……提督の口から出たのは、この三つだ。神風と松風を見て懐かしいと言っていたが、失踪していたことを考えれば、作戦に従事していたことと矛盾する。それに、提督は自らを日陰者であった、とも言っていた。零れ落ちてくる情報を得ることしか出来なかったが、それが突破口であったともな。ここから考えられるのは、提督が『大将閣下』から降ろされた原因でもあるかもしれん、ということくらいだ。大淀ならば、どう見る」

 

「ん、ぐ……」

 

 少し待ってくれ、というジェスチャーをして口いっぱいのご飯を味噌汁で流し込む。

 

「失礼しました。確かに呉鎮守府前で、そのような話をしていましたね。ご存じの方もいらっしゃると思う……というか、皆さん知っての通り、基地航空隊開設作戦は空母である艦娘にしか利用できないはずだった艦載機を陸上から使えるようにしようという作戦でした。北太平洋前線の環礁で発見された飛行場設営の適地。その地周辺の制海権を確保する前段作戦のほかに、設営隊の輸送作戦――敵の陸上戦力を無力化したあとに設営された飛行場を用いての後段作戦は、永らく制圧されていた泊地に取り残されたままであった友軍の救援に大きく作用したと。……大規模作戦だったために、多くの鎮守府から戦力が派遣されたのを覚えていないというのは、ごく最近建造された艦娘くらいのものでしょう」

 

 私は焼き魚の残りをひょいと口に入れ、咀嚼した後に漬物の残りも平らげ、そっと手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟く。

 それから、落ち着いてお茶を飲みながら頭を整理しつつ、話を続けた。

 

「基地航空隊開設作戦については周知された大規模作戦でしたので、知っていても別におかしくはありません。問題は『光』作戦――」

 

「あーあー、あの頭おかしいんちゃうかって言われた作戦やな? 大規模作戦が終わって息もつかん間に実施された、小規模の」

 

 言葉を紡いだ龍驤のほか、空母たちを見つめながら、私は提督の行動、いの一番に開発したものを思い返して、有り得ないという気持ちがどんどん薄れていくのを感じた。

 

「ん、んんっ……おかしいかどうかはさておき、無謀であると言われた作戦です。上層部から承認が下り、作戦自体は実行されました。しかし、艦娘反対派でさえ戦力をおいそれと失うわけにはいかないと首を横に振ったような作戦です。作戦に携わった艦娘は今現在でさえ秘匿されたまま、作戦が成功したとだけ事後通達が行われた……」

 

「事後通達っちゅうんも、ほんまならせんかったかもしれんって話らしいやん。通達っちゅうか暴露に近い形やったしな、アレ」

 

 龍驤の言う通り――『光』作戦は秘匿され続けるはずだった作戦だったらしい、という話もある。

 作戦自体は成功し、大規模な敵泊地の後方兵站線を分断して大幅に戦力を弱体化することができたと聞く。その結果から、深海棲艦の出現は当時から現在にかけて相当数減っており、過去に実施された作戦が如何に大規模な泊地を壊滅に追いやったかが想像できる。

 その功績は作戦を成功に導いた者が受けるべきなのは言わずもがなだが、結局、誰が発案し、誰が実行したのかは闇に葬られたままである。艦娘反対派は手のひらを返して我々が発案して実行したのだと言い張っているが、信じる者はごく少数というのが現実。

 

 作戦を発案した司令官も、実行した艦娘部隊も、何もかもが闇にあり、既に調べる事さえ出来ない。

 

「トラック基地に偵察戦力を増派し、哨戒線を強化して敵戦力を退け、その細い海路を突き進んで、輸送用に分解された彩雲を運び込み、敵泊地を戦略偵察――そして、その情報をもとに組み立てられた新たな作戦で大型泊地を壊滅においやった……。今、自分で口にしておきながらも、どうかしていると思える危険な作戦です。要するに、偵察のための戦力を輸送しただけの作戦のはずなのです、光作戦は。しかし……彩雲を分解して秘密裏に運び込むという迅速な行動を、敵泊地から発見されずに、それも、輸送作戦ならば輸送部隊が組まれていたはずです。少なくとも十隻以上の艦娘を連携させるなど無茶と言われても仕方がありません」

 

 そこまで言って、本当にありえない作戦だなと溜息が出てしまう。

 

「……あ、あの、さぁ」

 

 今の今まで黙って頬杖を突き、あくびをしてぼんやりと話を聞いていた五十鈴が口を開いた。

 五十鈴は提督が帰ってきた時、文句を言ってやるのだと息巻いていたのだが、提督から「よくやった。お前ならば確実に実行できると思っていたぞ」と褒められてしまい、言葉を失って下がってしまった。敵潜水艦の撃沈数を聞いて驚きながらも「流石、五十鈴だな」と褒められてしまっては文句の一つも出なかったのだろう。

 

「どうしましたか?」

 

「いや、大淀、自分で言ってて、気づかないの……?」

 

 首を傾げて見せるも、周りの数名は「ま、まさかぁ!」などと言いながらもそわそわとしだしている。

 

「私と天龍は敵戦力と戦ったけど、それ以外は? イムヤも球磨も、分かってんじゃないの」

 

 五十鈴が目を向ければ、球磨が声を返す。

 

「難しいことはあんまり考えたくないクマ。でも……まぁ、友軍救援作戦に、光作戦を合わせたみたいな作戦、みたいに思えるのは、否めないクマ」

 

「「……」」

 

 しん、と食堂が静まり返る。

 

「当てはめるなら、陸奥や龍田は救援された泊地の艦娘で……敵戦力を彩雲で偵察したのは、龍驤クマ。それも、鎮守府から動かずに……まるで基地航空隊の戦略偵察クマ。そのおかげで球磨たちは結界を突破出来たし、天龍も敵戦力を撃沈できたクマ」

 

「おぉ、確かにな。彩雲が無けりゃ結界の中でウロウロするっきゃできねえしな」

 

 天龍と球磨の声がやけに響いて聞こえた。二人の言葉を継いだのは、龍驤。

 

「ほなら、アレか? 五十鈴は敵戦力を分断するための攻撃艦隊っちゅう、救援作戦と光作戦を極小も極小で再現してみせたって言うんか」

 

「ま、憶測にしか過ぎないクマ。提督はきっと頭が良いクマ。参考にした可能性もあるクマ?」

 

「参考にしたって……事後通達された内容なんぞそこまで詳しいもんでも無かったやんけ。ウチらが話してるのも無茶な中でも合理的に考えればってレベルや。司令官の今回の作戦は泊地の攻撃でも何でもなかったやん。燃料だの鋼材だの弾薬だの、ある意味秘匿名で艦娘を助けたんはそやけど……そや、五十鈴、ボーキサイトも確保する予定やったやろ。提督には報告書上げたんかもしれんけど、ウチら聞いてないで」

 

 あぁ、と一言置いて、五十鈴は言う。

 

「――私が撃沈した潜水艦隊は、多分……敵の偵察隊よ。ボーキサイトって言われてたのは、敵の補給艦の事でしょうね。あえて補給艦をボーキサイトって呼んでたのは――逆を突いた、とも言えるわ。提督が報告に驚いてたのは、私が全部片づけたから、かもしれないわ。先に言っとくけど、これも予想、いいや、ただの想像。龍驤、あんたが発見して天龍と交戦したのは軽巡だの駆逐で編成された敵艦隊よね?」

 

「あぁ、そやけど……」

 

「私たちが敵泊地に偵察先行させるなら、何を送る?」

 

「そら足の速い艦娘をつこ、う、て……い、いやいや、五十鈴、冗談キツイて……」

 

 言いながら、龍驤がサンバイザーを取って額を拭った。

 

「多数の潜水艦で何が出来そう? 泊地に待機してる艦娘なら、もしかしたら――とか、思わないの?」

 

「んなもん無理やろ! た、例えばやで!? やっこさんがこの柱島泊地を乗っ取ったろと思ってたとしてや! もっと戦艦、空母、重巡って打撃力が必要になると思うやろ! それこそ連合艦隊を組んで叩くわい!」

 

「敵の偵察機を発見したら? 例えば、『彩雲』とかいう、速いものを」

 

「敵戦力の再確認、やな。振出しに戻って先行部隊を、組んで……あぁ、あかん、どうあがいても追い込まれるわ……」

 

「……ま、あんたでそう考えるなら、全員一緒よ。提督は選択を作れる敵に選択を返して、行動制限をかけた上でさっさと戦力を回収……その上で呉鎮守府の不正をぶっ叩いて帰ってきたってわけ。それもお土産と一緒にね。文句の一つも出ないわ。完敗よ、完敗」

 

「バケモンや……マジもんのバケモンやんけ……」

 

 龍驤が呆れて大きなため息を吐き出し、頭を抱えた。

 夕立は話が分かっているのかいないのか、やっと動き出した間宮たちが差し出したおにぎりをカウンター付近で立ったまま食べつつ、犬のように首を傾げていた。

 

 私の頭の中で、提督の言葉がリフレインする。

 

『鍛え続け、戦略を変え、何度でも挑めばいい』

 

『だから戻ってきたのではないのか。この世界へ』

 

 私は食器を下げるのも忘れたまま、横に積み上がった書類を手に取り、読み流す。

 

 

 

 

「――明日は休め、とは言っていましたが……これから忙しくなりますよ。これは」

 

 私の声に呼応するようにして、全員が手元のローテーション表を見た。

 遠征、哨戒出撃、開発、演習と大きく四つに分けられた項目には、所属している艦娘の名前がびっしりと書き込まれている。癖のある走り書きのような提督の字は、読みにくくはないものの、どこか戦場で急いで書かれたかのような印象を受けてしまうのだった。




感想返しが遅れておりまして申し訳ありません。
順番にゆっくり返してまいりますので、お待ちいただければと思います……。

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